● 少女の呼気と共に剣が閃くと、その圧倒的な破壊力で墓石が薙ぎ倒される。 しかし、少女の周囲を取り囲む「敵」は一向に弱まる気配を見せない。 それも当然と言えるだろう。 少女を取り囲むのは灰。ある時は人の形を取り、ある時は獣の姿を取って、彼女に襲い掛かる。そして、切っても突いても、灰を消滅させることは叶わない。逆に彼女の生命力は摩耗していく一方だ。 「クッ……何で……何で減らないの!」 怒りの声を上げながらも、少女――『剣林』派のフィクサード、武蔵トモエ(たけくら・-)――は自分が罠に嵌められたことを確信していた。多分、あの人はこうなることを見越していたんだろう。殴られた頬がズキリと痛んだ気がした。 トモエは、日本フィクサード主流7派の1つ『剣林』派に属するフィクサード。『楽団』と呼ばれるフィクサード集団の潜伏場所を突き止めて強襲を仕掛けた。『剣林』としては現状『楽団』に警戒以上の姿勢を見せておらず、彼女の行動は血気に逸ったと評されても仕方が無いだろう。実際、結果を見ればご覧の有様だ。 こと、彼女が革醒したきっかけはジャック事件と呼ばれる一連の事件。そこで彼女は家族と友人を殺されている。詰る所は、バロックナイツという存在への復讐が目的なのだ。しかし、現実はこの通り。力を得るためにフィクサードとなったが、今ここで命果てようとしている。 悔しさに胸を引き裂かれそうになるが、今は足を止めている場合ではない。 刀を構え、目の前の灰の塊に向かって裂帛の気合と共に振り下ろす。 「こんな所でぇぇぇぇぇぇ!!」 ● 混沌と言っていい程に神秘情勢が混沌を極める12月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。『楽団』の話はあんた達も聞いているだろ?」 『楽団』の名前に身を硬くするリベリスタ達。『楽団』とは『厳かな歪夜十三使徒』の1人である『福音の指揮者』ケイオスに仕える私兵集団の名前だ。死を弄ぶネクロマンシーの使い手で、彼らが来日してからアークは幾度と無く苦戦を強いられている。そして、ここにリベリスタ達が集められたということは、また『楽団』の動きが検知されたということだ。 「あんた達にお願いしたいのは……フィクサードの救助だ。本来であれば俺達の仕事じゃない! ……って言いたい所なんだけどな」 『楽団』の一部には一般人では無く七派のフィクサードや在野のリベリスタ等を殺して操るプランを実行に移しているものがいる。今回もその1つということだ。 「狙われたのは『剣林』派のフィクサードだ。どうやら、誤情報に誘き出されたみたいだな。墓地に『楽団』を倒しに向かったフィクサードは、逆に返り討ちに合いそうになっている。フィクサードを護るなんて出来ないって奴もいるだろう。だけど、フィクサードが倒されるってことは、『楽団』の強化に直結するんだ。よろしく頼む」 守生は下げた頭を上げると、機器を操作してスクリーンに地図を表示させる。 「『楽団』とフィクサードが交戦しているのは、ここにある墓地になる。そして、戦場一帯を灰が覆っている。つまり、『楽団』が操っているのは墓地の遺灰だ。お陰で真っ当に物理攻撃は効かないし、敵の数も多い。オマケに今も数を増やし続けている。強敵だ。十分気を付けてくれ」 たしかに厄介な状況だ。しかし、リベリスタ達の決意は揺るがない。 「説明はこんな所だ。資料も纏めてあるので目を通しておいてくれ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 ● 「割と頑張ってたみたいだけど、そろそろ彼女も限界かな?」 墓地を見渡せる高台の上で、ヴァイオリンを弾く少年は虚空に向かって刃を振り下ろすフィクサードを眺めていた。年の頃はまだ10代半ばほど。金髪碧眼で、少女のように整った顔立ちをしている。しかし、背中から生える翼は、彼が革醒した証だ。そして、彼が奏でるヴァイオリンが人間の骨で出来ていることは、少年が外見と裏腹に邪悪な性根を持っている証明だろう。 「それにしても、頑張るなぁ。罠に簡単に引っ掛かってくれるから、雑魚かと思ったけど意外と良いのが手に入るかも。頭は空っぽみたいだから、最高の素材かもね」 イタリアに残してきた妹も参加出来なかったことが悔やまれる。目の前で少女が見せてくれるオペラは、絶望と悲壮感に包まれ、至上のものであった。きっと妹なら気に入ってくれたはずなのに。 少年の眺める先で、フィクサードはひたすらに無駄な攻撃を繰り返している。 愉快そうにそれを眺めると、少年は一層高らかに楽を奏でる。フィクサードの凄惨な様子とは裏腹に、美しい音楽が戦場に鳴り響く。 「そろそろ、クライマックスにしよう。天国へ行けない哀れな魂のために。この世界に天国は存在しない。だからこそ、安心して死の忘却に身を委ねると良い」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月25日(火)23:05 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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● 『楽団』の少年、ネーロはこれからのフィナーレに向けてスッと息を吸い込む。そして、ヴァイオリンを奏でようとした、まさにその時だった。 「ん? これは……?」 ヴァイオリンが囁きかけてくる。 自分が支配するこの戦場の中に、異物が紛れ込んできたと。 どう考えてもただの人間ではあるまい。一般人なら戸惑うか、のっぴきならない気配を察して引き返すだろう。そもそも、この戦場は結界が張られているのに等しい状態なのだ。そして、動きに迷いは無い。大方、罠にかかった少女を助けに来た増援といった所だろう。 「こういうのを日本語では友釣りっていうんだっけ? ちょっと違ったかな?」 ネーロは涼やかな口元を吊り上げて嗤う。 同じような単純馬鹿であれば、一緒に持ち帰るとしよう。 崇高なる『混沌組曲』のために。 ● トモエは膝を付く。さすがに飛ばし過ぎた。 急いで相手からエネルギーを奪って補充しようとするが、敵の襲い掛かるペースが上がってきた。 (まずい!) 攻撃は通じず、防御に転じる暇も無い。 そして、1つの塊が獣の姿を取り、大きく顎を開く。 (ゴメン……なさい……!) トモエが誰かに謝り、目を閉じた時、何処からともなく爆音が響き、ガーリーにアレンジした導師服に身を包んだ少女が炎と共に姿を現わした。 「ふん、死んだ者を操り戦わせるとは趣味の悪い……。その上、自分達は高みの見物とは……気に入らないな」 『赤猫』斎藤・なずな(BNE003076)に言わせれば、そんな奴が好き勝手やっているなど、放っておけるものではない。素早く煤けた金の腕輪を一擦りすると、さらなる魔炎を召喚する。 「動く死体……ましてや灰などあまりそそられない……が、そちらがその気なら辺り一面真っ赤になるまで燃やし尽くしてやろう……!」 そして、現れた神秘の炎は、なずなの叫びに従い炸裂する。 「死体は死体らしく大人しく墓の下で眠っていろ!」 炎の中に飲み込まれた灰から、苦しむような声が上がる。 自らが既に死して、その体すら失っていたという事実。それをネクロマンサーの秘儀は忘却の隅に追いやり使役していた。しかし、彼らは炎を見せ付けられることで思い出した。自分達は既に死を迎えていることを。 「どうやら、間に合ったようだな」 「ひょっとして、その恰好……アークの? 何で?」 トモエの前に立ったのは『デイアフタートゥモロー』新田・DT・快(BNE000439)。 アークと『剣林』、いや、リベリスタとフィクサードは基本敵対するものだ。彼女が疑問の声を上げるのも当然のこと。 「剣林の大親分に借りを返さなきゃならないんでね。助太刀させてもらうぜ」 快は先日、『剣林』派首領、剣林百虎と戦った。結果としては見逃してもらったものだと理解している。だから、自分達も危機に瀕するトモエを助けなくては義理が立たない。 「まったく、せめてホリメは連れてきなさいっての!」 怒りの声と共に『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は癒しの微風で、本来的であるはずの少女を癒す。 「でも、他の人を巻き込む訳には……」 「デモもストも無い。単騎でデュラが集団に特攻とか無茶にも程があるっ!」 怒鳴りながら、アンナは何となく察していた。おそらく、彼女は高い戦闘力とは裏腹に戦場全体を見る能力には劣るのだろう。考え方が素人臭いと言っても良い。だから、無茶な戦闘を行えば、こんな罠にも引っ掛かる。 「なんにしろ苦戦してるみたいね。通りがかったのも何かの縁、楽団の連中はわたしたちの敵でもあるし……ここは切り抜けるまで共同戦線と行かない?」 『黒き風車を継ぎし者』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は巨大な黒い鉈を構えて、油断なく周囲を見渡す。「武蔵トモエが相性の悪さ故に敗北する所だった」、このことは事実だ。しかし、彼女と目の前の灰との相性差を差し引いても、この状況が自分達に有利だなどと楽観視は出来ない。 「今度は死者の灰まで操るのかぁ……ほんともうなんでもありの世界だね」 「死んで塵でも残っていれば動かせるなんて……なんでもありですね。塵も残さず抹消するしかないですか……」 それが『楽団』フィクサードに共通する能力なのか、この場にいるフィクサード個人の能力なのかは定かでない。しかし、『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)としては油断できるものではないことはよく分かっている。だから、フィクサードと手を結ぶことにも抵抗は無い。 「どうも……先日はそちらの長……剣林百虎さんにお世話になりました」 つい先日の戦いで受けた傷を抑える。まだ怪我は治り切っていない。 「あ、敵対しにきた訳ではないのです……。貴方が楽団の仲間入りするのを止めに来ました」 「うん、決めたことは実行に移すのみ。楽団の思い通りにはさせてやらない。剣林のフィクサード……助けるよ!」 「え? だけど……」 事態があまりにも早く急転し過ぎて、トモエは話について行けなくなる。 「死者の灰すら操る、楽団は恐ろしい相手です。灰が舞う墓場はまさに彼のテリトリーと言えます。この状況で1人きりというのがどれだけの不利かは分かるはずです」 風見・七花(BNE003013)は状況を整理する。物理攻撃はまともに通じず、一定条件下でしか攻撃は通じない。そして、今の戦いからも明らかなように、トモエは物理攻撃しか使えない。 「楽団がせめてきて、崩界レベルがあがったよー、めんどうだねー」 『もう本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)の言葉は簡潔だ。 「剣林のフィクサードさんが罠に嵌っちゃってるんだってさ、めんどうだねー」 しかし、的を射ている。 「でも放っておくと操られちゃってさらに大変な事に。とってもめんどうだねー」 痛い所を突かれて、トモエの表情が辛そうなものに変わる。 さすがに「アークの情報」としてそれを伝えれば、剣林のフィクサードと言え、納得させるのに十分なものであった。 「そう言うことだ、武蔵。勝手に手ぇ貸すぜ」 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は不敵に笑う。鎧の下では未だに癒えない、深い傷がある。しかし、そんなことお構いなしだ。そして、同じように痛々しく包帯を巻く『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の肩を叩く。 「しっかしまぁ揃いも揃ったねぇ、傷も癒えてねぇだろうに……困ったもんだよ俺達も」 「あぁ、奴らの思い通りにさせてやる心算はない。それに、武蔵とは……別の形で決着を着けたいからな」 そう言うと、高台でヴァイオリンを奏でる少年をギロリと睨む。 視線が合った。 傷浅からぬリベリスタ達の姿を見て、『楽団』のフィクサードはあざ笑うかのような目でこちらを見ている。相変わらず、反吐が出るやり口だ。気に入らない。 そして、リベリスタ達はそれぞれの刃を取る。 彼らの心の中にある刃、残酷な結末を斬って裂いて降す、闘志という名の刃を。 「さて、そんじゃま混沌を吹き飛ばしてやろうか!」 フランシスカが鉈を一振りすると、戦場すら包み込まんと闇が溢れ出すのだった。 ● 「へぇ、やるじゃない」 ネーロは感心して頷く。 アレはアークだ。ケイオス様の此度のモチーフに選ばれた、栄えあるリベリスタ達だ。 たしか、来る前に調べた資料で見た。あの中の数名が着ているのは、アークの制服だし、盾を持った日本人の男。彼はアークの中でも歴戦の実力者と言う話だ。他の連中も中々に腕が立つ。 アークの性質を考えると、『チェネレ』の性質もある程度割れているだろう。炎を使う術者がいるのが、何よりの証拠だ。それを考えると、本来の優位性は失われている。 「だけど、この場所で僕に勝てるなんて思わない方が良い」 墓地を選んだのは偶然などではない。ここは自分の能力を十全に活かせる環境。日本では火葬が主流なので燃やす手間がいらない。本当にありがたい話だ。 存分に彼らの実力を試させてもらうとしよう。 『混沌組曲・序』。 奏でるべき曲はまだまだ残っているのだ。 ● 「灰を燃やせし紅蓮の炎、闇はその輝きも包み込んで無へと帰する……ってね!」 どれ程の死を、喰らわせただろうか。 明るい表情を浮かべて格好を付けるフランシスカにも分からなくなってきた。 戦いは決してリベリスタ達にとって優勢なものとは言えなかった。 なずなと七花が炎で死体を攻撃し、相手の防御力を奪う。 そして、その隙に範囲攻撃で数を減らしていく。 単に当初の質・数の敵を相手とする戦いであれば、勝利はそう難くなかっただろう。実際に作戦通りに事は運び、ゆっくりではあるが敵の数は減っている。 しかし、リベリスタ達が予期していた通り、相手の数が尽きることは無い。実際には有限なのだろうが、この霊園に眠る死者全てを葬り去ることなど、無理に近い。そして、自分達の命はどうしようもなく有限。そういう意味では圧倒的な差がある。シトリィンが忠告してくれた、ケイオスの『対軍戦闘スペシャリスト』としての恐ろしさを、リベリスタ達は身を以って実感していた。 「楽団もこれで3戦目……人の国で本当に、本当に好き勝手やってくれて」 苛立たしげにアンナは呟き、戦場を見渡す。 彼女はアークの中でも、取り分け『楽団』との交戦経験が多い。その中で、ある程度彼らの動きにパターンがあるのは見切っている。「術者が安全な場所にいて、耐久力の高い下僕を用いた人海戦術」を行っているのだ。戦い方が自然と似てくるのは当然だろう。 それに従えば、相手は様子見的な散発攻撃を続けているが、そろそろ後衛に対する浸透攻撃にシフトしてくる頃だろう。 (読めてるならまだ気分に余裕はある) 頬を汚す煤を拭い去ると、仲間にアイコンタクトを送り、撤退の合図を出す。 今の目的は『楽団』を倒すことでは無く、犠牲者を出さないこと。それが一般人であるかフィクサードであるかなど、関係無い。 「いいわ。何度でも止めてやる」 「そだねー、正直かなりしんどくなってきたし」 灰にまかれてけほけほ咳き込みながら小梢が同意する。 元々ぼうっとした雰囲気のある少女だが、普段よりも生気に欠ける表情だ。敵の主たる目的である武蔵トモエを庇って、代わりに幾たびの攻撃を受けてきたのだろう。タフさに自信のある彼女で無かったら、とっくの昔に倒れていただろう。 「やー、きついねー、早く帰ってカレーでも食べようよ」 もっとも、そんな状態でこんなことを緩く言えるのも、小梢の強みだ。 「でも……まだ行ける。アイツを倒さないと。そうすれば、隠蔽魔術とか関係無しに、バロックナイツの居場所を聞き出すことだって、出来るんだから……!」 何かに取り憑かれているかのように瞳を赤く光らせ、『楽団』のいる場所を睨むトモエ。以前に彼女と交戦経験があり、もっと明るい表情を見ていたツァインは心の中で嘆息を漏らす。 (それがコイツの剣を取った理由か……でも、流石に先走り過ぎだぜ) 理解は出来る。アークにだってエリューションやフィクサードに大事なものを殺されて剣を取った者は少なくない。しかし、だからと言ってこれ以上の戦いなど認められるものではない。 「分が悪ぃのは分かってんだろ。それに、あの人に殴られた理由思い出せ」 諭すように優しい口調だ。 そして、ツァインの言葉にトモエの動きが止まる。実際、彼女は『楽団』の戦闘を希望して、日本最強たる組織の長に殴られている。 「それにな!」 そこまで言って、ツァインの口調が変わる。 彼本来の強気な口調だ。 「オメェには貸しがあるんだよ! 何処の誰だか、ツマラン奴にやられて勝ち逃げなんて許さねぇからなッ!」 ツァインの本音からの言葉にトモエは剣を止める。彼女の背負った復讐と、それを止める想いが天秤の上で揺れているのだ。そこにリンシードが冷静な声で囁く。 「そもそも、貴方……なぜ楽団の相手をしているのですか……?」 リンシードが戦うのはアークの任務だから。だから、死体達を惹き付けるという危険な役目だってやり遂げてみせる。 「……貴方の独断行動じゃないですか……? あの人、怒ると怖いですよね……。どうしますか、このまま続けて、貴方の大嫌いなバロックナイツの仲間入りでもしますか……?」 再びトモエは一番辛い所を突かれ、目じりに涙が浮かぶ。彼女も何処かで理解しているのだろう。この戦いのいく果てに待つ、最もおぞましい結末を。そして、その直前に体が震えたのは、アークが幸運にも見ること無く終えた「怒れる日本最強」を知るが故か。 そして、七花は真摯な表情で訴えかける。 「妬ましい位、貴女は強い。並みならぬ鍛錬をこなされていたのでしょう」 本来、内気な性格である七花にしては珍しい光景だ。それだけ、目の前の悲劇、出さずに済む犠牲を止めたいのだろう。 「貴女が死ぬようなことがあればその力が利用され、貴女の仲間にも向けられるかも知れません。それに、気に食わぬ相手に死後を好きにされるのも不愉快だと思いませんか? 屈辱かもしれませんが、この場は引きませんか?」 「分かってる……分かってるけど、あたしはあいつらの仲間に、父さんと母さんを……!」 「こっちだって! 三ツ池公園じゃ仲間を大勢やられてるんだ。収まりが付かないのが自分一人だと思うなよ。それでもだ。命が無ければ、次が無いんだ」 快が声を荒げる。 トモエがびくっとする。 普段穏やかな性格の彼がここまで感情を露にするのは珍しい。彼自身の胸にもバロックナイツのせいで幾つもの傷が刻まれている。その内の1つ、まだ生々しく癒えない心の傷は、他ならぬ『楽団』によって刻まれたものだ。 そこへつかつかと拓真が近寄る。熾烈な戦場であるにも拘らず、その動きに迷いは無い。 ぱんっ そして、刀を握り込んだ拳で、トモエの頬を張る。 「剣林は強い。その強さを誇りにしていると言うのも解る。だが、今は退け」 人の誇りを傷つける言葉、振る舞いなのは拓真自身が自覚している。かつて認めた相手だからこそ、言葉を紡ぐ自分の心も痛む。それでも、言葉を止めるわけには行かない。ここで彼女を殺す訳にいかないから。目の前で好敵手を失いたくないから。 「……今のお前は、かつて認めた剣林の好敵手ですらない。ただの、死にたがりだ」 残念だ。 その言葉は如何なる言葉よりも痛烈に少女の心を斬りつけた。 トモエは硝子のような瞳から涙を流して膝から崩れ落ちる。 癒しの息吹を呼び込むアンナは思った。彼女も戦士であると同時に、一般人の心を残している、そんなフィクサードなのだろう。それだけに、戦闘の場でも心の揺らぎに弱い。 と、そんなフィクサードの少女の背中をそっと拓真が叩く。 「それともう1つ」 声色が変わっている。先ほどまでと打って変わって優しいものだ。 「お前の友人から紅茶を預かって来てる……無駄にはしてくれるな」 「……うん」 やっとのことで声を絞り出すトモエに、ようやく拓真は微笑みを浮かべる。そして、仲間達の顔を見て頷く。 「話がついたみたいだな。それじゃ、撤退だ。増え続ける敵と戦い続けてもキリが無いからな」 そう言って、なずなは自分達の後方を取り囲もうとしていた灰を焼き払う。 正直、フィクサードの生死などどうでも良い。むしろ、思う存分炎を撒き散らせたことの方が楽しかった。だけど、自分の力で立ち上がったフィクサードの姿を見ると、何故か気分が良くなってきた。 「おい貴様、意地でも生き残れよ! 最後に命の行き先を決めるのは貴様の意志だ!」 リベリスタ達が逃げる様子を見て、『楽団』の少年が舌打ちしたのを七花は感じた。 純粋な破壊のエネルギー――炎がリベリスタ達の道を切り開く。 この先が見えない混沌の闇。 その闇を明るく照らし出し、どこか希望ある場所へ向かうかのように、彼らは駆け抜けるのだった。 ● 「引き際も鮮やか、か。やるじゃない」 演奏を止めて少年は微笑む。何処か悔しそうではあるが。 死体集めは済ませてある。それに収穫もあった。十分とは言えないが、今日はこれで満足しておこう。 だけど。 「アークのリベリスタ……是非とも僕のものにしたいな……」 そして、少年は闇の中に消えて行く。 混沌の闇の中へ……。 ● 「くっそー、楽団の奴め……今回は痛み分けってことにしてやるけど次やる時はぶっ飛ばしてやるからね!」 墓地から距離を取った所で、フランシスカが叫ぶ。 幸い、これ以上追ってくることは無いようだ。 余裕が出来た所で、アンナはトモエに対してイライラした表情で自分が経験した『楽団』の戦術を伝えていた。自分自身が一番素人臭い、アンナはそれを自覚してしまうから語調が荒くなる。 そして、その様子を微笑ましく見ると、ツァインは先ほどの墓地を睨みつける。 あのフィクサードはもう去ってしまったかも知れない。それでも、やっておくべきことがある。安い挑発かも知れないが、これは大事な宣戦布告だ。 「天国はねぇって? そうでもねぇよ、何故ならテメェ等全員地獄送りだからだ!」 これ以上の犠牲は出させない。 『混沌組曲』などぶち壊してやる。 それがリベリスタ達の誓い。 そして、それこそ彼らが抱く不壊の刃なのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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