● 廃倉庫に響き渡る笑い声は酷く耳障りだった。 月隠・奏多は呆れを浮かべながらも恐山のフィクサードの前に一人で立っている。 握られたビデオテープは『彼』が用意したものだった。 「はい、今回の。……で、報酬なんだけど。三割でいいよ」 別に楽しんでいるだけだから、とさも詰まらなさそうに言う青年に恐山のフィクサードは笑う。青年が持ってきたビデオはスナッフビデオ。娯楽目的で作られる殺人ビデオだ。世間には『そういう』人たちは数多くいる。 ニーズがあるから市場が拡大する。売り手市場が拡大する理由なんて買い手の需要があるからに限る。 需要と供給のバランスがしっかりとれた均衡点。ニッチな市場を開拓せよと何処からか聞こえてくる。 ――だが、趣味での協力者はこれ以上望めないだろう。 「月隠さん、また、お待ちしてますよ」 それなれば、自分達だって恐山だ。何をするかなど決まっている。 嗚呼、彼は裏野部だから、彼に全てを押し付けてしまえばいい。表舞台は常に役者が踊るに限る。 自分たちは裏方だ。スポットライトを当ててやろう。 正義(アーク)がきたって、結局は役者(奏多)の責任だ。自分たちは、何も悪くなんてない。 嗚呼、大丈夫、脚本だって用意したから――ほら、勝手に踊って居れば良い! ● 「趣味なんて人それぞれだけど、分かり合えないことだってあるわよね」 何処か困った様に笑った『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は事件よ、とリベリスタに告げる。 机の上に置かれたのはビデオテープ。鮮やかな桃色の瞳でちらりと一瞥し資料を指先で捲くる。 「スナッフビデオ。娯楽目的のビデオなのだけど……人を殺してるとか、傷めつけている場面を楽しんでるビデオらしいの。 被害者は私達の様に戦えない革醒者――フォーチュナや、革醒したばかりの力が弱い人ばかり。 一般人って、苦痛に弱いから。私達って、ほら、ね?」 みんなも分かるわよね、と見回す視線に頷かない訳にはいかない。 運命に愛された神秘の力を得たリベリスタ達は戦いにその身を投じてきた。幾ら傷つこうと普通の人間なら死んでいる筈の怪我を負っても生きてきたリベリスタ達。 「……まあ、このビデオを作成してるフィクサードへの対応をお願いしたいの。 皮肉な話ね、裏野部のフィクサード……月隠・奏多。響希お姉さまの弟さんについてはお姉さまが予知してる。 私がお願いしたいのは利害関係で一致して手を組んでいる恐山のフィクサード」 裏野部のフィクサードは『何らかの目的』があってビデオを作っているようだけど、と自身の姉貴分を想いだし視線を揺らす。 瞬きを一つ。 気を持ちなおして、恐山についてね、とモニターに映し出したのは廃倉庫だ。 「此処にいるのはまだ革醒したばかりの人たちと一般人。ごちゃ混ぜ状態で連れて来られてはこの倉庫で痛めつけられるわ。 勿論、一般人は死んでしまうし、革醒者は痛みにもがき苦しむだけ。 だから、どうか、止めてきて欲しいの」 誰かが犠牲になる前に、はやく、と。 隠された場所でビデオが回り続けている。そのビデオも出来れば回収してきてほしい、と世恋は告げた。 廃倉庫の壁にはビデオが並んでいる。その数々も今までの商品なのだろう。残虐な行いを記録したテープ。いくつかは裏野部フィクサードの『奏多』が持ってきたものだろうが、その中にも更に恐山が『一般人を苦しめた』秘蔵のビデオも存在している。 嫌な趣味だわ、と呟きを漏らして、フォーチュナは向き直る。 「今までも幾らか繰り返していたらしいわ。でも、その罪は全て奏多君に被せてきたらしいの。 利口でしょう、それが恐山ってやつらしいわ。酷く、利口で、意地が悪い ――さあ、目を開けて、悪い夢を醒まして頂戴」 これ以上誰かを傷つける事は、あってはいけないのと予見者は目を閉じた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月14日(金)23:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 誰しも心の奥底には歪んだ性癖があるものだ。 御せない欲望は簸た隠しにするには限界が近づいていた。 元からある市場の新規参入はより激しい競争を生み出すのみ。なれば新規市場を産み出すのみだ。 「――そう思いませんか、月隠さん」 その言葉に月隠奏多は笑む事すらしない。 彼が出たら自分は如何するか。パレート効率性を図る為には致し方あるまい。 「お姉さまの事は、大変哀しい想い出でしたね」 その言葉に青年は怒り狂うのだ。唯の愛ゆえの意地悪はここでは正当化されている。経済効果は上々だった。 ● 出会いは常に傷を与え続けた。世界は悪意に満ち溢れている。 「世界は、どうして優しくないのだろう」 甘えだと言われてしまえばそうでしかないのだろう。其れでも、その短い両腕で包み込める世界は護りたかった。 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は黄泉ヶ辻の悪意に触れた。三ツ池で悪意に触れた。その指先は常に惑う。 ――ボクは正しい?―― 答えの出ないループ。人を癒す救いを与える。其れは間違いだったのだろうか。苦しめ苦しめ、死の安穏を遠ざけたのか。 その顔に咲いた血色の薊。鮮やかな黄泉の姫君の瞳と同じ色。 「世界は悪意に満ち溢れているのだな」 身震いをする彼女の肩をぽん、と『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は叩く。薄氷が如き青は細められて、雪の様に白い指先は雷音の肩から下ろされる。 ビスクドールの様な運命論者の魔女は緩く冷めきった笑みを見せた。 「脚本家は悪意を望んでいるのね。けれど、三下が吐きそうな台詞だと思わない?」 『自分たちは悪くない』だなんて、何と子供染みた言葉だろうか。万華鏡の導きで、彼女の親愛なる男が率いるアークは全てを見通していた。 「アークは総てお見通し。悪意も何もかも、全て知った上で私達は此処に居るの」 「ええ、けれど、わたくしは正義が為に」 それが自身の存在の証明だという様に『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は紡ぐ。騎士たる彼女は神秘に携わる悪意には寛容ではなかった。趣味嗜好その他個人の資質など知った事では無かった。何が悪い、何が良い。そんな事は全く触れる気もなかったのだ。 悪意が満ち溢れる世界で、ノエルは息を吐く。 「我が運命はこの世界の為に。我が槍は世界の敵が為に。わたくしに憎しみや怒りはありません。世界の為に。 ――なれば、我が槍を以って然るべき処へ送って差し上げましょう」 「陳腐な言葉だけれど、力無きものを踏み躙るなんて許す事が出来ないわ。清掃活動を開始しましょう」 ふわり、白の、銀にも見える『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)の髪が揺れる。鮮やかな紅色の瞳を伏せり蝶々を指先に纏わりつかせる。個人の趣味には彼女だって興味はない。幼い少女には『特に興味のない』分野であるからだ。 「最低な事に、変わりはないわね」 他人に責任を押し付けて、踏み躙る事を至上とするなど、趣味以前に人としてどうなのか。悪趣味な其れに彼女は視線を揺らがせた。一つ、小さなため息とともに吐き出したのは彼女なりの精一杯の興味だろうか。 売り手も買い手も、どうかしている。 世界にはそんな『商品』――商品と呼ぶにしては悪意に満ちたもの――が沢山存在している。 幼い少女に見える『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)もその事には少し気付いているだろう。前髪に隠されたその眸が何を思うのかは分からない。ただ、『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)だけはその悪意に少し触れた事がある事を思い出し居心地悪そうに視線を逸らす。 昔、此処に来る前に触れた事のある配達の仕事。大人だからこそ分かるのだ。趣味であるし、言っても治らないと。だからこそ、その趣味趣向を完全に否定する事はできない。自分だって配達した事がある以上大切なクライアントであったのだから。 「ま、何の謂われもねぇ一般人を使うってのは宜しくないわな。しっかり片付けさせて貰いますか」 かつん、誰かのヒールがコンクリートにぶつかって音を立てた。 ● 指示を待つ『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)は己の気質が故か周囲に炎を纏う様に燃え滾る新緑を隠す事をしない。炎を宿す緑色の瞳は気持ちで納得できない事に対しては寛容ではいられなかった。 世界は理屈じゃない。勿論理屈にこだわることだって悪くはないだろう。でも、それ以前に心がある。心が納得しないのだ。感情で走っていく。唇を噛み締めて彼女は震える声を吐き出した。 「――燻ぶってるのは、性に合わないのだわ」 何時か、炎を見た気がする。けれど、何か分からない。燃え滾る炎がその身を覆い尽くす様に怒りへと変わる。 「ミリーの出来ない事は皆がやってくれる、そう信じてるのだわ」 突っ走る用意はできている。ぐ、と足に力を入れた。筋肉が軋む音がする。 「ああ、オレ達はただ出来る事をすればいい。オレの最も嫌いなタイプを教えてやるよ。一般人を食い物にする奴だ」 ぎり、と歯を噛み締めた。理不尽は常にその身に襲い来る物だった。恐ろしいとも思った。けれど、其れに打ち勝つ強さがある自分ではない、それに勝つことすらできない弱者を襲う者には容赦したくはなかった。 普段の少年の顔に、戦士を被せて『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)は自身を象徴する刀を――デュランダルを握り直す。 「必ず殲滅し……必ず助け出す!」 「うむ。――行こう」 息を吸い。恐山の悪意に怯えながらも雷音はしっかりと前を見据える。やや広めの廃倉庫の中に存在する4つの部屋。人間の唸り声が、笑い声が聞こえる。何処からかジーと機械音が鼓膜を擽った気がして和夫は目を伏せる。 「朱鷺島の嬢ちゃん、大丈夫だ。安心してくれよ」 「和夫、済まない」 恩に着ると紡ぎながら扉に手を掛けて、開いた隙間から氷璃の式がするりと入り込む。存在する4か所其々に式を運び氷璃は薄い笑みを浮かべた。 ぎい、鈍い音にフィクサードは反応する。機械音を立て続けるカメラ。静かに映像を取り続けている事が分かる。 部屋の入り口近くに立ち止まり、蝶々が飛びまわる。弾きだされたのは糾華のナイフだ。弾丸が如き鋭さでフィクサードを狙い撃ちにする。茫然と眺める一般人達へと視線を送り、糾華はゆるりと笑む。 「アークよ。御機嫌よう」 「アーク……!」 踏み込んだリベリスタの姿を確認し恐山のフィクサードの表情が凍る。彼らとて、今までの経験則で万華鏡にうつされている事には気が付いていたのだ。 「それじゃ、撮影を始めましょうか。いい顔をして頂戴?」 くすり、笑みを浮かべてふわりとドレスを揺らした氷璃は意地悪く笑みを浮かべる。神の眼は、アークが誇る万華鏡は彼らを撮影するのには勿体ない程の性能を持った『撮影機材』であった。 ● 生産方面は全て任せていたといっても過言ではなかった。 所謂、自身達は業者であるから、製造元の責任等負う気は最初からなかったのだ。 だが、楽しくなってしまったのだ。撮影が、其れに手を伸ばす事が。 需要が多ければ多いほど開拓できる市場がある事を知らしめられた。 ――月隠さん、どうですか? 新規参入する市場としては十分うってつけだった。自分たちは何も悪くない。 ただ、歪んだ愛情論をぶつけるだけぶつけた『趣味の悪いビデオ』であれど、それは十分金の元だったのだから。 ● 雷音は望まぬ物を除外した状態で自身の陣地を展開する。 「いいご趣味ですね。所で、外田アツナ。謀略の恐山としては、こうなる事も謀り事の内、でしょうか?」 ゆっくりと、浮かべられたのは優しげな笑みであった。それも関係ないな、とノエルは思う。 騒ぎを聞きつけて現れるフィクサードの中で外田は余り戦闘に参加しようとしない。此処でリベリスタと戦う事はリスキーでしかないのだ。謀略の恐山。使えるものは使うのだ。 比較的好意的な関係を持っている恐山エージェントの顔を想いだして、ノエルは溜め息をつく。 「ご安心を。わたくしの目的は倒すのみ、ですよ」 へらり。その言葉に応えるように叫び声が聞こえる。一般人を助けようとする素振りは一切なかった。ただ、目の前に貴方が居るからですとでも告げるが如くノエルは走り寄る。そして、Convictioで穿つのみだ。 光が投擲される前にすっと横をすり抜けたのはミリーだ。燃え滾る拳を包み込むのは女子力・改。少女は物理も神秘も何でも御座れだと笑んだ。 たん、と一歩跳ね上がる。 「ミリーの火力はね、味方の力も含まれてんのよ!」 苦しめられる革醒者。そこにミリーは一気に踏み込む。外田を庇う者はいなかった。元から少数で別れていたのだ。指示を出す外田が見に来たのも幸運と言えよう。 ミリーの拳が唸る。炎を纏ったままに、ぐっと振るわれて腹を抉る。 「手加減なんてしてあげない。お解り? それとも、解らせてほしい?」 艶やかな吐息が血の鎖が濁流の様に襲いかかる。氷璃には手加減をする気はなかった。躊躇さえもない。唇が歪む。 青い瞳は細められて、笑った。 「言ってたじゃない。革醒者は頑丈で――そう簡単に死なないもの。ねえ?」 鎖は逃れる事を許さない様に伸びあがる。その濁流を避けて襲い掛かってくるフィクサード。 庇い手として雷音の前に立ち続ける和人の体力も限界が近付いている。回復手はほぼ存在していない。 痛みに顰めた表情は隠さない。 「来るなら来いよ。全部受けてやらあ」 庇い続ける。地味に体を抉る痛みが痛みをより伝えてくるのだ。彼の体は頑丈だった。それ故に庇い役として買われていたが庇う事を行う為、リベリスタの戦力は恐山のソレと比べると劣っているのだ。幾ら頑丈と言えど束に為られると。 「――はっ! 痛てーけど、痛くねーよ」 振り仰ぐ。彼の背後に立っている少女にへらりと彼は笑った。 小さい少女であれど、『護っている女』に弱音等吐ける訳が無い。そんな事をしたら、男が廃る。浮かんだ魔女を想いだし、陣地ってすげえなと陣地を生み出した少女の事を思った。 「あの魔女サマも乳がでか……いや、何もない」 「うむ、和人。もう大丈夫だ。それより……」 雷音は走り寄る。革醒者は能力者である。その部屋に取り残された彼らは『閉じ込められた』のだ。其れはリベリスタとフィクサードと同じだ。室内で歌う彼女はぎゅ、と手を握りしめた。 間違いではないのだ。悪意を持って笑ったフィクサードの顔が想いだされる。 癒しは『助ける為』の力だ。 「大丈夫だ。だから、安心して欲しい」 少女は歌う。翼を広げ、頬を掠める攻撃に、傷を負うその身に構う事はしない、はらりと結いあげた髪が舞う。掠める攻撃が彼女の肌を裂いても傷つけても歌い続けたのだ。 「ねえ、あんた達にだって力はある。怯える必要なないわ! ミリー達がこうやって戦えるように、あんた達だってできる。それをミリー達が証明したげる!」 だから――ちょっとでも協力してね、と少女は踏み込んだ。炎を巻いて、敵を圧倒する。運命を差し出しても良い。回復手の少ないリベリスタ達にはこの戦いは過酷な物だっただろう。 『望まぬ』一般人は大丈夫だろうかと雷音は考える。『望まぬ』から、此処に居ない。 「他の、人は」 「無事なのだわ。心の火を消しちゃダメよ。ミリーの火でよかったらわけたげるのだわ!」 彼女の火は灯ったままだ。彼女の火と同等に燃えがある風斗の想いは段々と鋭くなる。外田の人質になった革醒者が怯えを浮かべる。奥歯が折れてしまうほどに歯を噛み締めた。 「それで動きが止まるとでも思ったか? なら、その人間を抱えて動けないまま殺されるのを待ってろ!」 その声に一般人が暴れ出す。ぴくり、彼の体が揺れる。 狙いは恐山に『一般人を救いに来た』と思わせない為だった。彼の言葉に一般人は怯えを浮かべたのだ。少女達の言葉とは真逆の脅す様な言葉。恐怖を覚えた彼らに風斗の体が瞬間的に震えた。 「次は、お前だ! 裏方気取りも此処までだ。さあ、踊って貰うぞ」 外田へ向かい、走り寄る。強烈な一撃を含んだデッドオアアライブを放つ瞬間に、其れでも人質を離さない事に気づき、動きを止める。 「――殴らないのか」 「そいつを、離せ……!」 彼の胸の中で未だに息吐く恩師の言葉が、ぐるぐると廻る。迷いを浮かべても、彼は其の侭真っ直ぐに外田の顔の隣へと剣を突き刺した。木霊するのは彼の心の震えだろうか。 「――そいつを、離せ。お前の舞台はこっちだ。フィクサード!」 メッキが剥がれる。風斗は完璧なる剣士としてではなく一人の少年として、フィクサードへの殺意を胸に抱き、剣を振るうのだ。 氷璃の鎖が外田へと絡みつく。一般人の体を受け止めて風斗はぎっと睨みつけた。任せた、と雷音へと預けたその体。 フィクサード達へ向けて放たれる糾華の蝶々の鋭さは段々と彼女の冴え渡る感性を表すが如く真っ直ぐだ。 所々で聞こえる叫び声にノエルは走る。全身の限界など感じなかった。癒しが無くとも彼女は只正義の為に走るだけだ。 「わたくしは潰せるなれば潰すのみ」 穿つ。弾かれたその隙間に滑り込み、ただ、淡々と倒すのみ。助けるそぶりなど見せない。 瞳を一度伏せ、恐山のフィクサードに向けて笑ったのだ。 ――わたくしは正義の為に。 じゃらじゃら、血の鎖は黒き濁流となり、フィクサードを抑え付ける。悪戯っ子の様に浮かんだ笑いには優しさの欠片もない。 誰かに責任を押し付けようと、何をしようと、其れは結局自分へと廻ってくるのだ。 如何してあげよう――嗚呼、そんなのスナッフビデオ並みにもっと辛い物を見せてやればいい。そう思っているのだ。 「さぁ、泣き叫んで命乞いする準備は良い? どんな顔を見せてくれるの?」 『少女』のかんばせには似合わぬ艶を持って、笑みを浮かべる。――どんな顔を見せてくれるの? 楽しみだわと伸ばした白い指先。外田アツナは嫌々をする様に首を振り、手にした剣を振るう。素早さにミリーは眼を見開いた。 彼女の髪が散る。けれど、少女は燃え滾る炎を抱きしめる様に両手を広げて『燻ぶる事を辞めた』のだ。 「ミリーの火は消えない!」 ――ほら、もっともっと、燃え滾って! 「一つ救いを与えようか」 雷音は傷を負っている外田を見つめる。名前を出す。懇意にしている恐山のエージェントの名前だ。 彼の名に外田は反応を見せ、じっと見つめた。救い。何だろうか、それは。 「ビデオテープさえ置いていけば逃げても構わん。陣地からも解放してやろう」 術者は和人の後ろでそう紡ぐ。はっきりと言う彼女の声は倉庫全体に響き渡っているのだろう。蝶々のナイフを構えたまま糾華はどうするのかしら、と目を向けた。 「炎に飲まれて崩れ落ちる? それも人の姿をした浅ましい外道が潜むこの場所には相応しいわ」 笑みさえも浮かべない。幼い少女の怖い位に整った顔に浮かぶ笑みは唯の冷笑。 「私、この手を血に染めても良かったと思える未来を勝ち取りたいの」 その為なら、容赦などしなかった。 ひらひらと外田が手を上げる。武器を降ろさないままのノエルは「宜しいですか」と視線を雷音へと送った。降伏のサインだ。其れに気付き魔術(からくり)を解いた。 彼は趣味であれど、それに拘る必要はなかったのだ。儲けに為らないなれば、要らない。 あっけなくも手放す事業。溜め息をついた氷璃はじっと外田を見つめる。 直ぐに背を向ける外田の背中にミリーはぎり、と歯を食いしばる。風斗は壁をどん、と叩いた。 嗚呼、けれど、救えて良かった。 「――大事な者を守るためにあるんだもんな」 折れぬ剣――彼は、デュランダルであるから。 ● 周囲を見回しながら和人はビデオを回収する。廃棄してもデータが残って居る可能性も捨て切らないと回収するかな、と抱えられるだけ抱えたのだ。 「これさ、持ち運ぶ所見せねー様にしたいな……」 これ以上は嫌な思いさせたくない、と視線を揺らがせる和人に頷いて糾華は処理しましょうね、とビデオに触れた。 全て燃やしても良いかしら、と呟くミリー。その近くでは一般人を緊急搬送する氷璃の姿も見受けられる。 「有難う……生きていてくれて、有難う」 呟く、間違ってない。癒しは、間違ってない。脅迫概念の様に、迷いを打ち切る様に、怖がったまま少女は手を握りしめる。 ――悪意に負けないで居てくれて、ありがとう。 ラックに並んだビデオの中で、一つ、封の開けられていない物を雷音は手に取った。 伝わるのは悪意だろうか。けれど、歪んだ愛情でも、彼の姉に伝えたいのだ。彼の今後がどうなるか、今の雷音では知りえない。『歪みだけの愛情論』は正攻法では伝えられなかったのだろう。胸が、痛む。悪意は全てを奪い去る様だった。 「……悪意に蝕まれる人が減ればいいのに」 その想いを携帯電話に並べた。 「人間の暗部なんてね、幾らでも覗いてきたでしょう。あの生き地獄が精神を擦り減らす地獄なのだとしたら」 其れこそ、この場所は命その物を蝕み喰らう地獄だったのだろう。浅ましい。 自身の胸に渦巻く炎を押さえながら、燻ぶり続けた激しき火は金の髪を揺らして言葉を紡ぐ。 「――燃えちゃいなよ」 一つ、悪意を燃やしても。それでも世界は悪意に満ち続けるのだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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