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<裏野部>歪みだらけの愛情論

●noise
 紅く濁った視界は揺れていた。
 ナイフを受け止めた頬骨の辺りが熱を持って疼いて。辛うじて開けた目の前で、良く似た顔が笑っていた。
「役立たずで気味悪い姉さんに、お仕事あげるんだよ?」
「そういうのを余計なお節介って言うのよ」
 姉さんは身の程知らずだね。呟く声。紅の瞳を気持ち悪い、と笑った時と、革醒した力に怯えて、上京してまで助けてと縋ってきた時と。全く変わらない、軽すぎる声に眩暈がした。
「もっとたくさん、見たくもないものを見てよ。救えないって絶望してよ。姉さんは俺の玩具でしょう?」
 わざわざ頼ってあげて、もう2年も大事にしてきたのに。傾く首が見えた。言葉はもう出て来なくて。
 振り下ろされたナイフを辛うじてかわして、部屋を飛び出した。
 そこから先の記憶は残っていない。
 ただ。

 ――忘れないでね、姉さん。

 楽しそうな笑い声だけが、頭の中で響いている。


「ねーねー、ほら、逃げないの?」
 全てを焼き払う、閃光が駆け抜けた。鈍い呻き声。それを耳にしながら、艶やかな黒髪をくるくると弄る青年は首を傾ける。
「あ、でも逃げたら、みんなの由紀ちゃんは死んじゃうけど」
 どうするんだろうねぇ。くつくつ、笑う声。絶望し切った顔で、仲間の後ろに庇われる少女と視線を合わせた。
「いいね、由紀ちゃん。その顔ほんっとうに素敵。……あー、でも、黒髪じゃないのがなぁ、惜しいなぁ」
 後どれくらい、君は正気で居てくれるんだろうか。嗚呼面白い。何にも出来ない無力な者を庇う為に倒れていくのを見るのも。
 庇われながら、傷付いて怯えて、それでも見ているしか出来ない者を見ているのも。
「もう、もうやめてよ……何でもするから、ねえ……っ」
「んー? 何でも? じゃあ、まずそのまま腹を裂かせてね。内臓とか見せてもらって、嗚呼、心臓も触って見て良い? それくらいじゃ死なないでしょ」
 その後はゆっくり指を一本ずつ落として、おなかも綺麗に縫い合わせて、死なない所から滅多刺しにしよう。
 一気に引き攣った顔に、満足げに笑う。
「ほら、出来ないでしょ? 駄目だなぁ、そういう所も駄目だ。まぁ、やだって言ってもそうなるんだけどさ。あ、安心してね、顔だけは綺麗なままにしてあげる」
 目を細めた。怯えて、涙を零す少女を庇う様に出てきた少年の肩を気糸で貫く。
「良かったねぇ、姉さんに似てて。……ほら、早く捕まえて帰ろう」
 今日の『作品』作り、何時もよりは楽しみだ。
 青年――月隠・奏多は酷く楽しげに、微笑んだ。


「……どーも。今日の『運命』話すわ」
 レンズ越し。何時もの様に資料片手に、『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は話を始めた。
「スナッフビデオ、って分かる? まぁ、娯楽目的の殺人ビデオ。事細かに過程を撮った、所謂『そういう』人達の為のものね。
 それが、出回ってるって情報を掴んだ。……しかも、被害にあってるのは、力の弱いフォーチュナや、革醒したての子達ばっかり。
 まぁ、一般人じゃすぐ死んでしまうから。より、沢山の苦痛を与えて、絶望させて、ありとあらゆる手段で殺してみせる、って言うのが売りらしいわ」
 良いご趣味だこと。冷ややかに呟いて。フォーチュナは微かに視線を上げた。
「このビデオ、まぁ当然、フィクサードが絡んでる。……厄介な事に、裏野部所属のフィクサードと、恐山所属のフィクサードがね。
 利害関係の一致で手を組んでいるんだけど、あんたらに処理してもらうのは、裏野部の方。
 こっちは、要するにそのビデオを作製してる。今回のターゲットは、リベリスタ集団『楚』所属メンバー。
 大して大きい組織ではないわ。構成員15名。フォーチュナ1人。残りはこっちの資料にある。実力は、まぁそれなりかな」
 裏野部フィクサードは、彼らを捕らえ、新しい『ビデオ』撮影に使うのだ。
 一呼吸。少しだけ間を空けて、資料を一枚捲った。
「フィクサードは総勢9名。ホーリーメイガス、マグメイガスが1人ずつ。ソードミラージュ2人、ダークナイト2人。
 クロスイージス、デュランダル。そして、首謀者とも言えるプロアデプトが1人。
 ……月隠・奏多。ジーニアス×プロアデプト。裏野部に所属したのは、1年近く前の話だけど……最近実力をつけ、頭角を現してきた。
 今回、あんたらに頼むのは、フィクサード半数以上の殲滅及び、『楚』構成員の過半数を守り抜く事よ」
 一瞬、沈黙が落ちる。資料に落ちていた視線が少しだけ上がって、リベリスタを見回した。
「……今回、一枚噛んでる恐山フィクサードについては、世恋の方で話してる。気になるならそっちも確認宜しく。
 それくらいかな。……申し訳無いけど、後は宜しく」
 立ち上がる。机に資料を置いて、上がった顔はどこと無く何時もより白かった。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年12月21日(金)23:51
スナッフビデオ、怖い。
お世話になっております、麻子です。
しいなSTの『<恐山>傷だらけの免罪符』との関連依頼です。
以下詳細。

●成功条件
裏野部フィクサード半数以上の殲滅、及び『楚』構成員の過半数の生存。

●場所
『楚』の拠点内。
戦うには十分な広さの部屋です。
(侵入ルートは確保済みです、侵入後からリプレイ開始します)
入口は一つ。灯りも十分です。

●『楚』
リベリスタ組織。総勢15名。
フォーチュナ(由紀と言う少女)がリーダー。
残りのジョブは雑多です。ホーリーメイガス・レイザータクトが確認できています。
戦闘能力はそこまで高くありません。
到着時、多くのメンバーは疲弊した状態です。

●裏野部フィクサード×8
ホーリーメイガス、マグメイガス、クロスイージス、デュランダル一名ずつ。
加えて、ソードミラージュとダークナイトが1人ずつ居ます。
実力はそれなり。Rank2までのスキルから、幾つか使用してきます。

●月隠・奏多
ジーニアス×プロアデプト。アークトップランカー程度の実力を持つ裏野部フィクサード。
今回の裏野部フィクサードの中でのリーダー的存在です。
月隠・響希の実弟。22歳程度。
2年ほど前に革醒後、今年2月辺りから、裏野部に所属しています。
一般戦闘スキル・非戦スキル所持。
プロアデプトRank2スキルまでのスキルから3つ(一つはピンポイント・スペシャリティ)と、神気閃光を使用します。

以上です。
ご縁ありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。


参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
天城 櫻子(BNE000438)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
★MVP
ソードミラージュ
天風・亘(BNE001105)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
クロスイージス
カイ・ル・リース(BNE002059)

劉・星龍(BNE002481)
ホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)
覇界闘士
鳴神・暁穂(BNE003659)


 伸ばした手が望んだのは、その視界を全て奪ってしまう事だった。
 最後に見るのは自分の顔。もう誰にも侵せない、絶対的なそれを与えたかった。
 けれど出来なくて。手に入れる事も出来なくて。卸せなかった欲望は行き場を失って。
「……次、希望無いの?」

 問うた。酷く打算的でけれど何処までも穏やかな仮面を被る『雇い主』はやはり何時も通りに笑ってみせる。
 任せると言う事なのだろう。嗚呼どいつもこいつも悪趣味だ。自分も含めて。
「お姉さまの事は、大変哀しい想い出でしたね」
 吐き出された言葉に思わず殴り倒したくなった。愛しているのに。愛してやっていたのに。それをすべて裏切って逃げるなんて。
 好きだから意地悪をするんだよ、なんてそんなの幾つの子供の話だろうか。大きな子供になってしまった彼は、その歪みに気付かない。


 そこは絶望と、泣きそうな声に満ちていた。死なない程度に嬲られ傷つき、それでも仲間を庇い続ける者の姿。凄惨過ぎる光景に一瞬言葉を失って、けれど『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)は声を張った。
「アークの焦燥院フツだ! 『楚』のメンバーを助けにきたぜ!」
 一気に此方を向く無数の目。名の知れた彼に続く様に、リベリスタは室内へと雪崩れ込む。真っ先に戦場を駆け抜けたのは、鮮烈な青。美しい羽根が一枚舞い飛んだ。飛び散る光の飛沫と共に齎す斬撃。
『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)の瞳が、部屋の奥で此方を振り向く男を見た。楽しげに微笑む予見者の顔がちらついて、刃を握る手に力が籠る。姉と弟。其処にある事情は、何も知らなかったけれど。
 無理に知ろうとも思わなかった。けれどそれでも、心の奥で割り切れない想いがある。
「……貴方を許す訳にはいかない」
 胸糞悪いビデオは勿論だけれど。彼女が、響希が悲しみ苦しむ姿を見たくはないのに。だからこそ凶行を止めるのだ。優しげな瞳に映る冷やかな色。交わった視線はしかし、すぐに興味なさげに逸らされた。
 戦場に、宙を舞う力が駆け抜ける。弱ったリベリスタ達に与えられた『撤退』の力を確認してから『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)は口を開く。
「前衛で余力ある方はペアでフィクサード1名をブロック、後衛や余力ない人は由紀さんをつれて離脱してください」
 とにかく由紀の安全を第一に。指示に一瞬戸惑うような色を浮かべた彼らはまだ、殆どが子供と言って過言でない程の顔立ちで。だからこそ、庇わねばならぬとその身を少しだけ前に出した。
 結んだ印が描き出すのは、不可視の特殊結界。フツの念誦に応える様に現れたそれが、敵の動きを制限する。直後、響き渡るのは全てを癒す優しき福音。
「怖かったナ……安心して欲しいのダ。皆頼りになるメンバーなのダ」
 杖がくるりと回った。『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)は鳥の瞳を細めて笑う。優しげな雰囲気で面々を安心させてから、前を見据え直した彼の瞳にあるのは滾る様な怒りだった。
 人を傷つけ苦しめ、それを見て楽しむ。最悪な趣味と言う以外に言葉が出なかった。だからこそ、阻止する。誰一人として欠けさせる事無く逃がしてみせる。
 そんな決意に満ちた彼の後ろ姿に応じる様に、宙を舞う力を得た楚の面々は動き出す。その様子を眺めながら、首謀者、月隠・奏多は嗚呼詰まんない、と肩を竦めた。
 漆黒の瞳がリベリスタを見遣る。良く知る者も居る、予見者の女に瓜二つと言ってもいい顔が、余りに不似合いな程穏やかに微笑んで、首を傾ける。
「どーもいらっしゃいませ、……今日は、もしかして何時もよりいいものが撮れんのかな」
 あの『箱舟』が負ける所。きっと高値がつくだろうね、なんて大して興味無さげに言い放って。閃く銀鎖と共に、不可視の気糸が拡散した。


 撃ち抜かれた魔力の砲撃と共に、鮮血が散った。力を失った『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)の脇腹に開いた傷口が大量の紅を床へとばら撒いていく。戦況は、決して良いとは言えなかった。
 フィクサードの一人は地に伏せ癒し手も浅からぬ傷を負っているが、護る為に戦う限り常に不利は付きまとう。厚い回復があろうと、前に出たものの実力はリベリスタにもフィクサードにも到底及ばぬ楚の面々は、気付けば数人が己の血に沈んでいた。
「ねぇ由紀ちゃん、逃げるの?」
 歴戦の刃から毀れる冷気。唸りをあげたグレイヴディガー・カミレが巻き起こした烈風が、敵を切り刻む。敵陣深く。切り込んだ『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)の視線に動じる事無く奏多が齎したのは視界さえ焼く白い閃光。
 魔力の残滓残る銀鎖を揺らして、楽しげに笑った彼が放つ言葉は甘い甘い猛毒。庇われながら入口に近付いていた少女が振り向いた。
「君の為にこーんなに犠牲になってるのに。ねぇ、誰かを踏み台にして生きるってどんな気持ち?」
 何にも出来ないのに。背筋の冷える笑顔に、表情が引き攣った。足を止めてしまった彼女を狙う漆黒の気配。容易く命を食らうはずのそれはしかし、寸での所で投げ出された銀色に遮られる。
 打たれ強くはない身体を蝕む痛みに眩暈がした。けれど、膝は折らない。ゆるゆると、開かれたのは色違いの透き通った瞳。
「貴女が無事である事が、仲間の為になります」
 だから大丈夫。優しく微笑んで、『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)はその背を押す。握り締めた天空の女神の名を冠す杖を翳して、敵を見据えた。嗚呼、本当にどうしようもない人達なのか、と、首を振る。
 こんな恐ろしい事を平然と。こなすその気持ちは到底理解出来ず、勿論しようとも思わない。
「どんな時でも私は自分の役目を全うするだけですわ」
 為すべき事を、出来る限り。儚げでありながらも芯の通った可憐な面差しが、真剣みを帯びる。そんな彼女の視線の先で、爆ぜたのは鮮烈なまでに蒼い雷光。
 踏み込んだ足。握り込んだ拳を叩き付ければ耳を劈く放電音。蒼い舞踏は止まらない。巻き込めるだけ叩き伏せて、『蒼震雷姫』鳴神・暁穂(BNE003659)は戦場を見渡す。
 思う存分ぶん殴ってやりたい。そんな感情を込めて振るった拳を握り直す。漆黒の瞳と視線がぶつかった。月隠。送り出す時の予見者を思って、微かに眉を寄せる。
「甘く見てたら痛い目見せるわよ!」
 考えても答えは出ない。ならば、殴ってから聞けばいい話。切り替えた彼女の横。舞い踊る様に散る光の飛沫。亘の手でAuraが歌う。煌めく銀の刀身は、跳ねた血液さえ触れる事を許さない。
 執拗に楚を狙う奏多に叩き付けた一撃。庇い合うなんて言葉は知らないのだろう。自分勝手な戦闘を繰り返す彼らの隙をつくのは難しい事ではなかった。
「貴方の相手は自分です。……言ったでしょう」
 貴方は絶対に許さない。真正面に立った。時間を稼ぐ。どれ程切られても血反吐を吐いても、笑みを浮かべよう。この心は折れない。忌々しげに、競り上がった血を吐き出した青年は酷く冷やかに瞳を細める。
 前線の脇。傷ついた楚のメンバーでは抑えきれない部分を付こうとするソードミラージュが駆ける。狙うのは当然、後衛。そして、ドアの向こうの由紀。けれど。
「罷りなりません」
 遮る長身。艶やかな髪がふわりと舞う。叩き付けられたナイフを受け止めて、凛子は一片の揺らぎも無い瞳を向けた。唇が紡ぐ、力ある言葉。清浄な空気が満ちて、荒れ狂う。
 どんな傷さえも容易く癒すそれが、戦場を駆け抜けるのを確認して。凛子は素早く目線をやった。
「……もう大丈夫です、皆さんも撤退を」
 あとは、自分達が。そう告げる声に頷くのを確認して、滴り落ちた己の血を払った。そう、此処からが本領発揮。魔槍が唸りを上げた。突き立てられるそれから滲むのは、重たく暗い呪詛の気配。
 行動を遅らせられている癒し手が、遂に声も無く倒れ伏す。血の匂いに満ち始めたそこで、今度こそ本気の殲滅戦が始まろうとしていた。


 存在したのは、歪み切った愛情と優越感だった。
 虐げられるべき存在だった。無感動に此方を見るだけの瞳が、傷つける言葉を吐く度に痛みを浮かべるのが好きだった。落ち着いた。
 ずっとずっと手元に居てくれる筈のものはけれど、自分ではない兄の手を取って消えた。
 必ず見つけるつもりだった。運命に愛されたのは偶然で。けれど酷く都合が良かった。
「……可哀想なものって、自分が助けてやらなきゃ駄目なものって、手放せないだろ?」
 つけ入ればいい。優しさに。甘さに。愛情に。傷口に塗り込むのは塩ではなく優しくて甘い遅行性の毒だ。
 癒えてから抉った方が傷は酷くなる。繰り返せば膿んで、けれどそれをどうしたら良いのか知らなければどんどん腐っていく。
 だから。
 そうやって手中に収めたと思っていた。なのに、目論見は外れて。気付いてしまったのだ。

「如何ですか、月隠さん。……貴方の『毒』が一番沁みそうな人ですよ」
 くすくすと。笑う声が耳障りで。何か言う前に目の前の命を絶った。優しく甘い毒。塗り付けて塗り付けて、傷つけて自分のものにする筈だったのに。
 嗚呼。
 ――毒を飲んでいたのは、自分の方だったのかも知れなかった。


 其処にはもう、血の匂いしか残っていなかった。失った命は4つ。けれど、それ以外全てを守り抜いたリベリスタの本気は統率の甘いフィクサードでは到底及ばない。
「やれるだけやってみましょう……」
「他者の……響希さんの痛みを知ると良いのダ!」
 戦場を駆け抜ける魔力の矢と、荘厳な神とも言うべきモノが齎す真白き閃光。凄まじいまでの魔力を持つ櫻子とカイの齎すそれは、脅威と呼ぶに相応しいだけの威力を持っていた。
 一発だけでも。祈るような気持ちで撃ったそれは、奏多を傷つけデュランダルを地に沈める。敵の数は、既にほぼ半数。けれど。
 圧倒的不利も、負った傷さえも気にならないかのように。奏多は漆黒の瞳を見開いた。そこにある色を亘が読み取る前に、横合いから飛んで来た淀み無き連撃に運命が削られる。ぐ、と膝に力を込めて耐えれば、抑え切れないとばかりに笑う顔。
「ねえ。もう一回言ってよ。今、なんて言ったの?」
 姉さん、生きてるんだ。心底嬉しそうに。表情を歪めたそれに走った怖気を飲み込んで。暁穂は握り込んだ拳を雷撃と共に叩き付ける。己さえも傷つけるそれに微かに表情を歪めて、けれど迷いの無い瞳がじっと青年を見据えた。
「……あんた、響希の血縁かなにか?」
 少なくとも、良い関係だとは思わなかった。ブリーフィングルーム。強張った表情を浮かべた彼女の胸中は知らないけれど。そう問えば、楽しげに弛む顔。聞いているのかいないのか。幸福そうな笑顔と共に、それは聞いて無いの? と首を傾けた。
「姉さんだよ。嗚呼、納得だね。流石だよ。まさか、『セイギノミカタ』になってるなんて。笑っちゃうね」
 けらけら、笑う声に反して瞳は欠片も笑っていない。馬鹿にしたようなそれに、燃え上がる様な怒りを覚えた。握り込んだ微風の女神が、自分に応えるのを感じる。絶望を断て。幾度目か。光の飛沫が溢れて落ちる。
 叩き付けたナイフは深々とめり込んで。此方を向いた瞳を睨み据える。彼女はこんな奴の玩具なんかじゃない。彼女の導く絶望の未来を切り開くのは自分達。
「彼女はもう幸せの道を歩んでいるんです……だから、その邪魔を、するな!」
 荒い息。怒りに震える声に微かに表情を歪めて、翳される鎖。溢れる思索の奔流を、物理的な圧力に。叩き付ける様なそれが亘の身体を跳ね飛ばし意識を飛ばす。逃げるのだ、何て事は誰の目にも明らかだった。
 凛子の齎した癒しの息吹が戦場を満たす。もう4人しかいないフィクサードの動きが撤退に変わった事に、怜悧な面差しは冷やかな笑みを浮かべて傾けられた。
「私たちは弱くて脆い。ならば、逃げる貴方もそう変らないという事ですよね?」
 視線が交わった。微かに歪められた表情は否定を出来ないのだと言う事を如実に示していて。荘厳な神の鉄槌に撃ち抜かれたデュランダルの視線を一身に受けながら、カイも冷たく目を細めた。
 作品なんてものは一つだって残さない。誰かの痛みになるものは此処で全て壊す。決意にも似た色を灯す彼は、叩き込まれた生死を分かつ程の一撃さえ物ともしない。受け止めた杖が軋んだ。
「――連中は守られるだけの置物じゃなく戦い、そして勝った」
 脆弱で、少し力を加えただけで危ないのに。『彼ら』は異世界で戦う事を選んだ。仲間であるから、助けるのだと。揺らがぬ瞳はあの時幾つあったのだろう。
 墓掘の刃を背負い上げた。脆弱な『彼ら』はあの日からランディにとっての『戦友』に変わった。だからこそ、奏多と『戦友』の間に存在するものになんて、興味はない。
 何を求めているのかなんてもっての外だった。けれど。一方通行の繋がりなんてものは存在しない。
「へえ。……なんか嫌だな、姉さん、強くなったの?」
 傷つける度に泣きそうな顔を見せるのが嬉しくて堪らないのに。これは愛情だと笑って見せる男へと。振り上げた大斧が纏うのは、絶対的な力。まさに暴力。叩き落されたそれが、肩を砕いて胸を裂く。
 大量の血が溢れて落ちた。せき込む鈍い音。けれど、それは辛うじて命を繋いでいた。燃え飛んだ運命の残滓だろうか。仄白い煌めきが一瞬、その瞳を横切る。
「切れてんだ! とっくにな」
 追い打ちとばかりに。残りのフィクサードを始末する蒼雷と、魔力の矢。それを一瞥して。血の筋を引きながら、青年はずるずると後退する。触れた壁。リベリスタの視線が集まった。
 血反吐を吐き出す。真っ白になった顔が此方を睥睨した。
「悪いけど、諦めないよ。……伝えてね、『また会おう』って」
 ずるり。その姿が外へ続く壁を擦り抜ける。凄まじい量の血と、幾つもの死体だけを残して。歪んだ愛を謡うそれは姿を消した。


 優しい、癒しの風が吹き抜ける。十分な手当てが行われていなかったであろう楚の面々の傷を癒す凛子の横で、糸が切れた様に、櫻子の膝が落ちる。
 ぺたり、座り込んで。深々と息を吐いた。凛とした色の代わりに表情に浮かぶのは、何時もの柔らかで優しげな色。
「はぅぅ、流石に疲れましたですぅ……」
 今日は早く帰って、愛しい人に話を聞いてもらうのも良いかもしれない。肩の力を抜いた。置いてあったビデオとテープは、カイが徹底的に破壊していた。
 こんなものは一つだって残さない。痕跡さえ残さない。誰かの痛みと苦しみに満ちたものなんて。残しておいて良い筈がないから。
「大丈夫なのダ。……君達の頑張りは、覚えておくのダ」
 記録なんて無くても。救えなかった者の事なんて、忘れる筈がないのだから。一つ、溜息を漏らす。静かな室内に、唐突に響いたのは通信音。
『……終わった、って聞いたんだけど。皆無事?』
 ざざ、と。ノイズに乗って聞こえる予見者の声。応じたランディが問題無いと告げれば、深い、安堵の息が聞こえた。敵は、と問う声に、少しだけ間を空けた。
「……フィクサードは死んだ。お前の弟なんて見てねーよ。ドジんなっての全く」
 投げられたのは軽い声。何処までも優しい気遣いに、予見者が気付かない筈も無く。息を呑むのが分かった。落ちる沈黙。微かな呼吸音だけが聞こえて。
『うん、……ごめんね。ありがとう』
 気を付けて帰ってきて。通信を切った声が、震えていたのは気のせいだったのだろうか。
 死体は既に全て横たえ直されて。そこで静かに手を翳すのはフツ。死者の霊を呼び寄せる術。唱える呪の合間に、問う。
 声なき声を耳にして。得られる情報を探したけれど、明確な何かはほとんどない。けれど、楚所属だった少年達の声だけは、はっきりと耳に届いた。
 無事でよかった。よかった。何処までも仲間を思う声。それを静かに伝えてやれば、リーダーの少女は瞳を震わせて。今にも泣き出しそうなのを堪える様に、唇を噛み締める。
「ありがとうございました。……守ってくれて」
 震える声。泣き出しそうで、けれど絶対に涙を零さない少女の髪を、凛子が優しく撫でてやる。その様子を眺めながら、フツはそっと手を合わせた。
 死者に、良いも悪いも無いのだ。確りと弔う彼の背は、まだ若くも既に多くを背負っていた。
「――南無阿弥陀仏」
 かけた数珠が、しゃらりとなった。落ちたのは沈黙。まだ血の匂いが消えないそこで。弔いの祈りは届いただろうか。
 失われたものがあった。守られたものがあった。ぶつかり合った愛情論と譲れぬ何か。
 意識を取り戻した亘が、そっと息をつく。歪んでしまったものは、きっと元の形には戻らない。膿んだ傷は簡単には癒えない。
 答えは見えなかった。どうすべきか、なんて事も。けれど、少なくとも。嬲られ傷つき泣き叫びながら死ぬ筈のものを、救えたのは事実で。
 早く帰ろう、と目を伏せた。再び溶けていく意識。傷ついた身体は、少しばかり重いけれど。
 お帰りなさい、と笑う顔を少しでも安心させる為に。 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。
お返しが遅くなって申し訳ありません。

作戦面、良かったと思います。特に手厚い回復と、ブロック役の役割編成がいい感じだったと思います。
MVPは、その覚悟と、最も危険な役目を全うした貴方に。
貴方が敵を引き付けるという尽力を見せてくださったからこそ、被害は減りました。

ご参加、有難う御座いました。またご縁ありましたらよろしくお願いいたします。