● ある都市の繁華街。休日の白昼、人通りも多いその場所で事件は起きた。 しかしそれは、人外の手によるものではない。 雑踏に紛れたせいか目立った音はなかった。僅かに聞こえた呻きに、付近にいた者たちが何事かと周囲を見渡す。 男性が、倒れていた。彼の腹部からはおびただしい量の血が流れ出していく。 さらにその隣には、地面に流れる赤と同じ色に染まったナイフを握って立つ男が一人。 ――通り魔事件だ。 ざわめきが悲鳴の連鎖となって広まるのに、さほど時間はかからなかった。 被害者と加害者を残し、人の波が急激にひいていく。それを好機と思ったのか、それとも他に考えがあったのか。 ナイフの男は倒れた男性に馬乗りになり、さらに刺した。 何度も、何度も。 ……すでに助けを呼ぶ声は出ていない。視界は十分にぼやけている。 腹部の熱さだけが感じられるが、それも徐々に失われつつあった。 何度目かの衝撃で顔が横を向く。 最後の涙が落ち、僅かに鮮明になった視界に映ったのは、遠巻きにこの惨劇を見つめる人々の顔。 恐怖、興味、錯乱……等々。様々な表情が見て取れた。 警察が来るまで為す術が無いのはわかっている。自分が彼らの立場だったとして、恐らく同じ行動を取っていただろう。 都合の良いヒーローなど、この世界にはいないのだ。だがそれでも。それでも思わずにはいられない。 私以外にもっといたじゃないか。 何故私なんだ。 「どうして――」 それが、生者である彼の最期の言葉だった。 ● 数週間後、事件現場付近でのこと。 深夜、通り魔事件の影響も相まって人通りがすっかり少なくなったその場所で、再び事件は起きた。 そしてそれは、人外の手によるものだった。 あの時自分を貫いたナイフを握り、運悪く通りがかった男性に馬乗りになって「それ」は叫ぶ。 「どうして――オマエじゃないんだアアああア゛ア!!!」 振り下ろしたナイフが血飛沫を生む。 死に際、胸の内に生まれた呪いにも似た感情のみが「それ」を動かす動力源となっていた。 ● 「仕事よ」 リベリスタ達の前に立つ『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の表情は、静かな水面を感じさせる。 だが彼女の口から語られる事件が穏やかなものであるとは限らない。 「今回の敵はエリューション。近い未来、ある通り魔事件の被害者がエリューション・アンデッドとなって人々を無差別に襲う光景が見えた」 そう言うと、彼女は隣にあるモニターに光を灯す。そこに映し出されたのは、一般的な新聞の一面だ。 しかしその見出しの文字は普段見るそれと比較して大きく、起こった出来事の重大性が見て取れる。 「……先日、都心近くの繁華街で通り魔事件が起きた。それも白昼に。 加害者はすぐに逮捕されたけど、被害者が1人出てる。事件現場で加害者にナイフで刺し殺されて、ね」 時計の秒針の進む音が大きく聞こえる。そこに、少女が手元の資料をめくる音が加わった。 事件現場は凄惨そのものだったようだ。加害者は被害者と一切の面識が無かったのにも関わらず、まるで仇であるかのように執拗に攻撃したらしい。 「被害者はこう思ったはず。どうして私が殺されなければならないんだ、と。 その想いが被害者を革醒させ、エリューション化に到ったのだと思う」 人として、その理不尽さを、その無念を嘆くのは当然だろう。 だがその結果、状況は違うとはいえ、被害者は加害者と同じ道を歩もうとしている。 「敵は一体でエリューションのフェーズは2。背丈や体重は成人男性くらい。でも、決して弱いとは言えない」 敵の武器は自らの能力で作りだした一振りのナイフ。 仮にそのナイフを敵の手から弾き落としたとしても、戦う意志がある限りナイフは瞬時に敵の手の内に再生される。 攻撃方法はナイトクリークのダンシングリッパーに似た攻撃の他に、視認した対象に高温の血液を浴びせる、対象一人に馬乗りになってナイフを突き立てる、というものがある。 特に、馬乗り攻撃を受けると特殊なバッドステータス状態になり、移動・回避・速度に悪影響が出るようだ。 「今ならまだ、犠牲者が出る前に食い止めることが出来る」 強い思いを湛えたイヴの瞳がリベリスタ達に向けられた。 「……アンデッドとなった被害者の無念も分からなくはない」 でも、好きにさせる訳にはいかないから。 少し俯きがちに呟くように言ったイヴだったが、資料ファイルを胸に抱えると改めてリベリスタ達に向き直る。 「――お願い」 彼女の頭の動きと共に、大きなリボンがふわりと揺れた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:力水 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月22日(土)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 喧噪が遠くに聞こえる。世界を分かつ壁のように軒を連ねる店々は、その表側こそ華やかに見せているものの、裏側に回ればそこはまさに別世界だ。 「まるで張りぼてね」 路地の隙間から漏れ出た、表通りの煌びやかな人工の光に、『薄明』東雲 未明(BNE000340)は思わず目を背け、吐息と共に呟いた。 彼女が歩を進めているのは、とある繁華街の裏通りだ。表通りの方は今夜も賑わいに溢れている。 ……凄惨な事件など、何も起こっていないかのように。 「みんな、もう忘れてるのかな……」 未明と並んで歩を進める『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)は、表と裏の温度差に疎外感すら感じていた。 しかし今回リベリスタ達の敵として現れた『彼』は、裏の世界で、今もまだ無念や絶望といった負の連鎖の中にいる。 ――どうして。 「いきなり殺されたら……誰だって、そう思うよね。理由もないのなら、尚更……」 「――運が悪かった、と答えるのは簡単なのだけどね」 羽音の背後から声をかける形になった『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が口にしたその言葉の重さは、彼女自身もよく理解している。それ故に、『彼』の想いはきっと正しくて。 「理不尽な運命に、世界に、嘆きの言葉を吐くのも仕方ない――それでも、ね」 「うん。でも……だからって、こんなことは許されない」 焔の言葉に羽音が強く頷く。 それは、自分の苦しみを、痛みを、他の誰かに与えていい理由にはならないから。 「力づくでも、止めるよ」 「ふうん、みんな優しいのね」 二人の会話を窺っていたのか、不意に未明がくるりと振り返る。 強い意志を感じさせる双眸で仲間達を見回した未明が発した言葉は、明快なものだった。 「気持ちは理解できるけど、あたし、こういう八つ当たり的なのは嫌いなの」 それだけを言うと、彼女は再び前方に向き直る。 「あ……、あれ!」 それと同時に警告の声をあげたのは、暗視で暗闇を見通していた羽音。 「ね、そこの貴方」 仄暗い裏通りに無造作に放たれた未明の言葉に応えるかのように、突如、銀の光が煌めいた。 「えと……どうしたんですか、それ」 時間は少し遡る。先程の三人とは逆側の方向から、五人のリベリスタ達が薄暗い裏通りを進んでいた。 戦場での光源確保のため、肩口、つまり肩と腕の境目辺りに懐中電灯を括り付けようとしていた『娘一徹』稲葉・徹子(BNE004110)の視線の先には、 「ん、ああ、こうしておけば照明器具の代わりになるかなって」 徹子の隣を歩く『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)の肩に担がれた、バス停だったものがあった。 バス停の天辺にある『のりば』の看板の下に懐中電灯が括り付けられたそれは、大きな電気スタンドに見えなくもない。 事前に付近の地形を把握していた生佐目を先頭に、四人は道なりに進んでいく。だがその足取りは決して軽くない。 「不慮の事故で命が失われる、というのはどうにもできない不幸な出来事ですが……何より、私は『彼』が誰かを恨まずには居られないという事が、一番悲しいです」 独白のように、俯きがちに『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)が言葉を紡ぐ。 「まあ、ね」 あ、そっち左ね、と分かれ道の行き先を示しつつ生佐目が応じる。 「不慮の事故――突如の理不尽。激昂の理由もわからない訳ではありませんが、許容できないことも事実」 よいしょ、とバス停を担ぎ直す。 「人生、ままならないもの、と言うのは簡単ですが……いざ巻き込まれるとなると、わからないものです」 真っ直ぐに結んだ凛子の口からは、続く言葉は紡がれない。彼女は脳裏で、『彼』の事を思う。 きっと、エリューションとなってしまったとしても、『彼』もまた本心からこんな事をしたいとは思っていないはずだ。 今の『彼』を突き動かしているのは、図らずも空っぽになった心を埋めてしまった『魔』。 だが、力を持つ私達ならば。 顔を上げた凛子の視線の先には、徹子の姿があった。何も言わず、徹子が一度頷く。 ――その『魔』から、『彼』を助けてあげられる。 (どうして――か。押し問答だな) だが、前を行く彼女達から少し離れた所にいた『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)の考えはまた、異なっていた。 (通り魔など、自然災害と一緒だ。そんなものに遭う方が悪い……まさに運がなかっただけだ) 闇に溶けるような髪と漆黒の装束を纏い、沈黙を保ったまま、彼女は想いだけを巡らせる。 (……滅ぼしてやる。身も心も) その決意とは裏腹に、裏通りの心許ない電灯に照らされた結唯の表情は静寂だけを湛えていた。 「止まってくれ」 不意に響いたのは、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)の凛とした声だ。 まさか、と他の四人が前方に目を凝らす。 道なりに点々と続く仄暗い電灯の先に、自分達と対峙するように立つ者達がいる。 そして自分達と彼らの間にいたのは、一見するとスーツ姿のサラリーマンに見える男性だった。 しかし、強引に裂かれたワイシャツの隙間からは、腹部や胸部に刻まれた惨たらしい傷跡が覗いている。 『な、なんだお前達は……!』 己が取り囲まれていることにようやく気付いたのか、どこからともなく取り出したナイフを振りかざし、スーツ姿の男――件のエリューション・アンデッドは悲鳴に近い叫び声を上げた。 「成程、御健勝で何よりだ」 担いでいたバス停を通りの脇に設置する生佐目の隣で、鷲祐が自身のアクセス・ファンタズムから一振りのナイフを引き抜く。 同時に取り出したマントを体に纏い、一歩を踏み出した彼の姿は、一秒と経たぬ間に疾風の如くアンデッドの懐に飛び込んでいた。 「……さぁ、正義のヒーローの登場だ」 ● 『く、来るなあっ!』 アンデッドのナイフが、芯まで冷え切った夜の空気を切り裂く。 「おっと……!」 身体を反るようにしてその斬撃を躱しつつ、鷲祐の人ならざる脚力がすぐさま自身の身体を刃の射程外へとはね飛ばす。 『死にたくない……どうして殺されなくちゃならない!』 狂ったように、アンデッドがカチカチと歯を震わせる。 ――いや、すでに世界の異物となった時点で、狂気という段階をとうに超えているのかもしれない。 「……そうだな、理不尽だ」 そう応える鷲祐の表情に同情の色はない。真っ直ぐにアンデッドを見据え、まるで相手の全てを見届けようとするかのようだ。 「――御機嫌よう、お兄さん。そんなに怖い顔をして、何処へ行こうとしているの?」 問い掛ける焔を、アンデッドが澱んだ瞳で睨み付ける。 その異様さに焔は思わず怯えの表情を浮かべかけるが、それも一瞬のこと。 反射的に戦いの構えを取った焔の表情は、すでに戦士のそれへと変わっている。 「そのナイフを振りかざして、自分と同じ存在を生み出したいの?」 そして彼女はわかっている。アンデッドの行いが、本当は何も生み出さないことを。 『私は、私は替わりを見つけなくちゃあならない。私の替わりに死ぬ人間を。替わりを作れば私は死なずに済む、一つ、二つ、三つ、四つ……!』 「――でもそれは、きっと間違っている!」 『何故! 間違っているとお前に言える!』 理解されないことに苛立ちを隠せないアンデッドが振り抜いたナイフから、高温の血液がばらまかれた。 焔達のいる側へ撒かれたそれは着弾すると同時に燃え上がり、彼女達を苦しめる。 「誰にだって分かるさ」 直後、アンデッドの身体を背中から黒く輝く光が貫いた。じわりと、黒光はアンデッドの身体を蝕んでいく。 それを放った生佐目が、手を前方に翳しながら言葉を続ける。 「この場で刃を振るっても、貴方自身は決して救われない。それは貴方だって知っているはずだ」 『……ッ、……!』 それは理解しているが故の苛立ちか、悔しさか。歯を軋ませる音の次に発しようとしたアンデッドの言葉はしかし、未明が横薙ぎに撃ち出した一撃で止められる。 真芯を捉えることはできなかったものの、渾身の剣撃は彼女に延焼していた魔炎をも吹き飛ばす勢いだった。 体に纏わり付く燃え残りを、未明は息を整えるついでに吹き消す。彼女自身、多くは語らない。いや、むしろ待っているのだ。目の前の相手がその身に抱えた怒りを、恨みを全て吐き出すのを。 「……生きている私たちには、本当は貴方に対して言えることは、何もないのかもしれません」 木刀を構える徹子の考えはもっともだ。住んでいる世界が違う相手を理解する事は、想像以上に難しい。 だがそれでも、想像することはできる。自分が相手の立場ならば、どう想うか、どう感じるかを。 アンデッドが低い姿勢から徹子に突進を仕掛ける。だが、衝撃に表情を強ばらせながらも徹子は抗わない。押し込まれ、地面へと倒される。 危険を伝える鷲祐の声が飛ぶが、すでにナイフは天高く掲げられている。 『ああ……アアあア゛アァああ、ッ!!』 喜ぶような、しかし悲痛とも取れる叫びが裏通りに響く。凛子の展開した強結界が無ければ、一般人に勘付かれていたかもしれない程だ。 銀の刃が振り下ろされる。 鈍い音。感触はある。 手応えを感じたアンデッドが徹子から飛び退こうとしたその時、アンデッドは自分の手が徹子にナイフごと掴まれていることを知る。 「……痛かった、ですよね」 『何……だ!?』 アンデッドはその時気付く。徹子は、わざと攻撃を受けたのだということを。 何故。その疑問に対する答えはすぐに得られることになる。 「……助けてあげられなくて、ごめんなさい」 口の端から赤をこぼしながら、アンデッドの下に倒れている女が呟く。ナイフを握った手は未だ彼女に掴まれたままだ。 『ま、さか』 同じ目に会うことで、同じ感情を得ようとしたのか。 彼らが何か特殊な能力を持っているのはわかっているが、だとしても無防備に受け止めるには危険すぎる一撃だというのに……! 「で、女の子にいつまで乗ってるのよ」 「徹子……!」 自分が突き立てたナイフを、アンデッドが恐ろしいものを見る目つきで視界に収めるのとほぼ同時に、未明のメガクラッシュがアンデッドを掬い上げるように弾き、僅かに浮いたその身体を羽音の機械剣が爆音と共に裂き、払った。 「全く、無茶をするお嬢さんだ!」 その隙に、鷲祐の腕が地面に倒れたままの徹子を駆けながら抱き上げ、敵から遠ざける。 「回復を……!」 徹子と同じ手段を取ることを考えていたためか、凛子の処置は適切で、徹子を含むリベリスタ達の傷が癒されていく。 (このままでは、彼は殺人者と同じになってしまいますからね) 徹子の顔色が正常なものへと戻っていく。思わず安堵の息をもらした凛子だったが、すぐさま、視線をアンデッドの方へと向ける。 「貴方がしたかった事は、本当にこんな事だったのですか?」 未明と羽音の重撃に膝を付いていたアンデッドが、呻きと共にゆらりと立ち上がる。 『私、は……』 羽音は気付く。先程からアンデッドの視線が、その手に握られたナイフをわざと見ないようにしていることに。 「そのナイフ……貴方を殺したナイフに、そっくりだね。それで、この裏路地で、人を刺すなんて……。 あの犯人と、まるで一緒」 表通りの喧噪はすでに聞こえてこなくなっていた。あえてアンデッドの心を抉るような羽音の問い掛けに、その表情が引きつっていく。 「貴方は、その犯人のような人間になりたいの……? 違う、よね? あたしは、貴方に……そんなこと、して欲しくないよ。辛い気持ちも、無念も、受け止めるから、だから……」 「――何故黙っている?」 鷲祐の声が、夜闇に染み入る。 「理不尽と想うなら、気に入らないと想うなら……」 一息。 「叫べッ!! 不運を、恨みを、絶望を、激昂を、何もかも叩き付けてこい!」 アンデッドを人間として接する。彼のこの想いから来る言葉が、力強く叩き付けられる。 「抱えた怒りは全てぶつけなさい、ここで全部を」 吐くだけ吐いて消える為にね、と未明。 「……来い」 結唯が、両手のスナップで得物の装填を完了させる。 『お……』 声が漏れる。嗚咽だ。 『お、オオオ……ッ!』 外れようとしている。箍が。 「来なよ、ほら」 生佐目の指先が、相手を手繰り寄せるように動いた。 『――――ッッ!』 獣のように吼え、牙を剥き、無念と絶望の権化がリベリスタ達に襲いかかる。 その二つの眼から、涙を零しながら。 ● 生きたい。その決して届かぬ想いに、されど追いつこうとするかのように戦場を駆けるアンデッドの腕が焔を捕らえ、力任せに引き寄せる。 突き立てようとするナイフが、焔の拳と拮抗した。 「私はね。ただ悪と断じて割り切ることも、前に立って貴方の痛みを受け止めてあげることも出来ない半端モノよ」 ナイフを受け止める拳の手甲が、魔力の火花を散らす。 「でも。半端モノだけれど、貴方の気持ちを和らげる事くらい私にも出来る」 鋭い音を立てて弾いたナイフが焔の腕を強かに裂くが、 「出来る筈よ!」 蹴り込んだ脚が疾風を生み、アンデッドの胴に傷跡を残す。 「受けろ……!」 続けて結唯が黒髪を靡かせて振るった両手からは銃声が連続して鳴り響き、無数の弾丸が放たれた。 ナイフに着弾した弾丸がその刃を粉々に砕くが、次の瞬間には時間を巻き戻したように彼の手に傷一つ無いナイフが収まっている。 アンデッドが手の内でナイフを回し、構えを取る。怒りによって煮えたぎる血流が刀身に流し込まれ、マグマのような赤の散弾がリベリスタ達を襲った。 裏通りの暗闇をいくつもの魔炎が照らし出す。 「もう、悪夢は終わるときです」 しかし、凛子が再び具現化させた癒しの力がすぐさまリベリスタ達を救い出す。 「――刻め。我が名は、『アークの神速』司馬鷲祐!」 『がっ、あ――!』 続けざまに、赤く染まったナイフが切り裂く役目を果たすその前に、速度を乗せた鷲祐の刃がアンデッドの腕ごと、それを粉微塵に砕いた。 「総ての怨嗟を吐き出してしまえ。俺達に浴びせろ。そしてその身を、軽くするんだ」 吐き出す。それは新たな刃の源となるが、リベリスタ達がさらにそれを砕き、そしてアンデッドが吐き出し、生み出す。 そのサイクルの中で、人間だった男の中で膨れあがった負の想いが壊されていく。 少しずつ、着実に。悔いを残さないように。 だがサイクルを重ねるにつれ、終わりが見えてくる。例えどうあがこうと、その運命からは逃れられないのだ。 一度死んだ者の想いは、有限なのだから。 幾度目かの破砕音が響く。 『……ッ!』 手に作り出したのは、すでに細く、脆くなったナイフ。 それを振り上げたアンデッドの腕を掴んだのは、未明だ。 「少しはスッキリした? それともまだ足りないかしらね」 『……私は』 挑発するような彼女の言葉にアンデッドは身じろぐが、彼の手とナイフを、さらに生佐目が掴み取って引き寄せた。 「この程度で貴方の怒りを理解したと言えるほど傲慢ではない。だがしかし。 この血に賭けて、我々は理不尽を取り除く事を止めないと誓おう」 『……私とは違い、君達ならうまくやるんだろうな』 だけど、と続ける。 『生きたいと願ってこんな姿になった以上、私は自分からは諦められない。間違った命が再び終わりを迎えるには……だから』 終わらせてくれ。 二人の手を振り払い、男のナイフが大きく振るわれる。姿勢を低く取った未明の体が、振り抜かれる腕をかいくぐり、手にした長剣をその体に突き立てた。 剣に込められた力が迸る。 ――おやすみなさい。 そう、誰かの声が聞こえた。 ● 崩れ落ちる体が、本来の姿を取り戻す。 リベリスタ達が見守る前で、エリューション・アンデッドは人間の白骨へと姿を変えた。さらに白骨のそばには、赤黒い粉末状の物が僅かに積もっている。 「血か」 結唯が指先で掬い上げ、確かめる。 どうやら乾ききった血液のようだった。通り魔事件で流れた被害者の血液なのだろう。 被害者自身の遺体と流れた血、そして拭い去ることの出来なかった想いが彼を受肉させ、エリューションへと変貌させたのだ。 「いつでも戻ってくるがいい。何度でも追い返してやる」 幻想纏いに武装を格納した鷲祐が、静かに目を伏せる。 「連絡したよ。後のことはアークに任せよう……遺体の処置も含めてね」 アークに報告を終えた羽音が皆に告げる。 凛子は皆の怪我の手当てに動いている。彼女の手当てを受けていた徹子がふと、洩らした。 「……この人は、誰かに死んでもらいたいんじゃなくて。本当は助けて貰いたかったんだと、思うんです」 「最初は少し魔が差した、それだけだった。けれど、それが段々と抑えられなくなって……。 でもこうして未然に防ぐことができた。私たちは、あの人を救えたのだと思います」 そう微笑む凛子に、徹子もまた安堵の笑みを浮かべる。 冷たい夜風に火照った体をさらすように、焔は伸びをした。 体を起こし、息を吐く。 ――きっと世界は悲劇に、理不尽に満ち溢れている。 ありふれた悲劇、ソレが何れ忘れ去られる悲劇であったとしても。 「私は今日の事を、忘れない――貴方の想いを、忘れない」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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