● 「あぁ、これぞ究極の救済だな。そうは思わないか?」 ヴィオラを手に、1人の男が血溜りの海で笑う。 男にとって、血溜りは救済の証。 「……それ、私達にも言えるの?」 ふと、彼の傍らに立つ幼い少女がぶしつけに問うた。 「は、俺もお前も救済はいらねぇだろ。少なくとも他の連中を救済してやってる間は、生きてて楽しいだろうが」 「……よくわからない」 男にとって、救済とは死。 それを与えた時に得られる至福を求め、男は血を求める。 「お前は俺の言うがままに動けば良い、何も考えるな。疑問も持つな。イイ子にしてたら、お前にもこの楽しみを分けてやる」 「……うん」 少女は半ばうつろな目を湛え、男に答えた。 2人が立つ血溜りの周囲に転がるのは、大量の死体、死体、死体。 ――転がっているという表現は、間違いだ。 なぜならそれは、今まさに動き出していたのだから。 「な、なんだこれは! 死体が動くなどと……ありえん!」 そんな折、その惨劇を目撃したものがいた。 法衣に身を包んだ中年の僧は、おびただしい量の血溜り――それ以上に、血塗れになりながらも動く元人間達の姿に、驚愕の表情を見せる。 「あん? テメェも救ってやるよ。 実在もしねぇクソ仏様なんぞに祈るよりゃ、よっぽどマシだろ? ……やれ、パット」 「……わかった、クライヴ」 パットと呼び捨てた少女にクライヴと呼ばれた男、『salvatore』クライヴ・アヴァロンにとって、神などは存在しないモノ。 クライヴにとっては教会や神社、寺など、存在する価値は微塵もない。 「神や仏に祈っても、救われることなんざありゃしねぇんだぜ?」 死んでしまえば、全てが終わる。それがクライヴの『救済』の形だった。 動き出した死者が耐え難い苦しみに苛まれていようとも、彼にとっては関係のない話でしかない。 それは彼にとって救済の代価に過ぎず、救済してやった後の事など、どうでも良いと考えているからだ。 「そうだな、パット」 「……うん」 クライヴの問いに、『incensatrice』パトリシア・リルバーンは静かに頷き、手にしたトライアングルを1度だけビーターで打つ。 「さぁ、救済の演奏だ」 響き渡るクライヴのヴィオラの音色が生者にとっての念仏ならば、パトリシアのトライアングルはさながら仏具の鈴。 救済の音色が、また1人のリビングデッドを生み出す……。 ● 「狂った救済。そう言ったほうが正しいかもしれません」 一通りの未来を伝え終え、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は軽く目を伏せ言う。 生者を死者と成し、救済とする『salvatore』クライヴ・アヴァロンと『incensatrice』パトリシア・リルバーン。 この2人は、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ率いる楽団のメンバーだ。 「彼等はこの地図に記した寺を襲撃し、殺害した人達を次々と自身の尖兵へと変えています」 カレイドスコープで垣間見た未来。その最後で殺害された僧も、今は彼等によって操られる死体と化している。 そして運悪く寺ではこの日、祭事が行われる予定だったようだ。 そのため惨劇が起こっている事など知らない人々が祭事のために寺を訪れ、その結果1人、また1人と餌食になる事は想像に難くない。 「死者達は今、寺の入り口付近に集められています。寺の門を開けば、そこが地獄の入り口……ということでしょうか」 和泉はそう言うものの、クライヴにとってはそれが『救済』なのである。 このクライヴにとって、救済する対象は別になんであっても構わない。それが一般人であろうとも、リベリスタやフィクサードであろうとも。 「クライヴと、パトリシア。この2人は門を見渡せる位置に陣取りながら、次は無縁仏の霊魂すらも呼び覚まそうとしています」 優秀なネクロマンシーである彼等に、霊魂を使役する事などはより造作もない事なのだろう。 「今のところ2人が保有している死体は20体ほどですが、到着が遅れれば遅れるほどに新たな死体、そして霊魂が増えてしまいます」 ならば最速で向かい、死者と霊魂、さらにはクライヴとパトリシアを倒してしまえば良い話なのだろうか。 否、それは不可能に近い。 操られる死者達は相当にしぶとく、腕がちぎれようが、足が無くなろうが動きを止める事はない。 その死者の群れを突破する頃になれば、恐らく8体ほどの霊魂が使役されている事だろう。 死者とは違い霊魂であるが故に、2人の周囲を取り巻く霊魂達に対して、物理的な攻撃はほとんど意味を成さない。 この二重の壁を突破して、初めてクライヴとパトリシアとの戦端が開かれるのだ。どう考えても、そこに辿り着くまでに疲弊しきったリベリスタでは、勝負にならないだろう。 「仮にクライヴとパトリシアを倒せるとするならば、奇蹟でも起きなければ難しいと思います」 2人の撃破。それは和泉が言うとおり、まさしく奇蹟だ。 しかしその奇蹟を起こすのに、リベリスタはどれほどの代償を支払う事になるのか。 代償を支払った結果、共に戦う仲間すらもそのまま敵となる。あまりに危険な賭けであることに違いはない。 「なのでまずは、現実を見据えて彼等を追い払うしかないでしょう」 クライヴにしても、蘇らせた死体を全て失う事を望んでおらず、ある程度の死体が倒されると撤退に踏み切るだろう。 「相手の戦力を増やさない。これが、今一番重要な事なんです。決して深追いだけはしないよう、気をつけてくださいね」 危険だと感じたら、引く。 その判断は、この戦いにおいて決して恥じる事ではない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:雪乃静流 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月13日(木)23:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●地獄門 リベリスタ達が立つ寺の門は、まさにそう呼んで良いだろう。 この門を開けば、そこにあるのは阿鼻叫喚の地獄。動かぬはずの死者が闊歩し、生者を喰らう世界。 惨劇を演出した楽団員の男、クライヴ・アヴァロンにとっては、それこそが救済された世界の姿という事か。 「まだ人の気配はないようね」 「そのようだ。予定通り門を封鎖するとしようか」 周囲を見渡した『深紅の眷狼』災原・闇紅(BNE003436)の視線に、寺へ訪れる一般人の姿は映らない。 どうやら祭事に訪れる人々よりは早く到着したらしく、『闇狩人』四門 零二(BNE001044)が門を封鎖するだけの余裕はあるようだ。 「わかった、これだけ大きいトラックなら邪魔になるだろ!」 そう言うと同時に、手にしたアーティファクトから大型トラックを出現させ、『chalybs』神城・涼(BNE001343)が寺の門を塞ぐ。 寺に訪れる一般人が来るまで、どれほどの余裕があるのかは誰にもわかりはしない。 「では、後は本官に任せてもらおうか」 警官に扮した零二と、そのサポートに回る涼が戦闘に参加するまで、門の先で待ち構える死体達との戦いは残った6人で行うという、リベリスタ達の作戦。 どれだけの数の一般人を、寺に入らせないようにするか。 零二と涼が合流するまで、6人でどこまで戦う事が出来るか。 「よし、行こう」 そして『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)の手によって、静かに扉が開いていく。 全ては楽団の戦力増加と、これ以上の被害拡大を防がんがため。 (久しぶりにお兄ちゃんと一緒! これでかつる! 私とお兄ちゃんの愛を邪魔するやつらには、さっさと退場してもらわないとね!) ……のはずだが、『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)は何やら別の方向で燃えているようだった。 「あん? 新たな救済希望者か? いや……違うな、例の箱舟の連中か?」 開いた門を潜り、次々と寺へと侵入していくリベリスタ達。その姿は、門から離れた位置で無縁仏の霊魂を呼び覚まそうとしているクライヴの目にも映っていた。 「……お客さん?」 「あぁ、そうだな。確かに客だ。丁重にもてなしてやらなきゃな。せっかくの遊び相手だ、すぐに救済してやる必要もねぇ」 パトリシアの無機質な問いに笑いながら答えるクライヴにとって、アークのリベリスタはゲストであるらしい。 彼等をもてなすのは、先程救済してやった死体達の役目だ。 「ま、お手並み拝見といくか。パット、テメェは余計なモンなんざ見ずに、テメェの仕事だけやってろ」 「……うん」 霊魂の具現化をパトリシアに押し付け、クライヴは狂気染みた笑みを浮かべ、不遜な態度でリベリスタ達の戦いを眺める。 それは、まさしく観察と呼ばれる行為に他ならない。 狂気の中にありながら、男はそれでも冷静さを保っているようだった――。 ●救済という名の災厄 「テメェが『救済』なんてセリフ吐くンじゃねーよ、虫唾が走ンぜ。オレたちが居る限り、これ以上好きにさせねーぞ!」 クライヴとパトリシアの会話が聞こえたのだろう、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)は周囲の死体の目を自身に向けさせるついでに、彼等へと挑発を仕掛けていく。 もちろんクライヴにそんな挑発が届く事はなく、自我を失っているパトリシアは命令を黙々とこなしてスルーしているが、どうやら蠢く死体達のいくつかは彼を狙い始めたらしい。 鈍重な動きながらも、じわり、じわりと迫り始める死体達。 「何処までつぶせばいいかわかんないけど……まぁ全部潰せば終わるって事よね……」 自身の速度を最適化させた闇紅が言うように、ぐちゃぐちゃに破壊し尽くせば死体達は動きを止めるだろう。問題はそこに至るまでに、どれほどの手数を要するか。ただ、それだけだ。 「なら、蜂の巣にしちゃえば良いんだよっ!」 そう言った虎美によってばら撒かれたガトリングの弾を受け、死体達の顔が吹き飛び、あるいは体のどこかに穴が開く。 「じゃあ自分は焼き尽くしてみよう。まったく、師走と演奏だからってちょっとは慎めよ」 さらには『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)の放った業火を纏う矢が降り注ぎ、周囲に立ち込めていく肉が焦げる臭い。 しかし体に穴が開こうとも、炎に包まれようとも、痛覚のない死体達はまったく倒れる気配を見せはしない。 「想像以上にタフなようですね……。非常に残念ですが、現時点では彼らを倒すことは困難と言わざるをえませんね」 普通の人間なら、確実に死んでいるだろう。アークが普段よく対峙するフィクサード達でも、多少は怯むだろう。それほどのダメージですら意に介さない死体を見やり、風見 七花(BNE003013)の思考はクライヴ達の撃破より、死体の撃破による戦力増加阻止に向いたようだ。 今回の戦いにおいては、それは当然とも言える話だとも言える事であり、 「あぁ、それに……誰もこんな終わりを望んじゃいなかったはずだ」 加えて眼前に迫る死者の群れは、殺害された一般人のなれの果て。『救済』されてしまった一般人を、本当の意味で『救済』する事も大切だと考える竜一。 手にした雷切とブロードソードを激しく振り回し、その風で周囲に群がる死者を薙ぎ払った彼の視線は、クライヴ達の方へと向く。 「中々激しい奴等じゃねぇか、死体共もあれじゃあ手に負えねぇだろうな。パット、そっちは少しくらいはイケてるのか?」 その視線はクライヴと交錯し、ケタケタと男は笑う。 寺の中にいた人々は全て殺しつくされ、リベリスタと交戦している最中であり、新しく誰かやってこない限り死体が増えることはない。 だが、霊魂にいたっては話は別だ。 「……もう少し、後10秒くらいかかる」 「遅ぇよ」 一気に不機嫌な表情を浮かべたクライヴは、力任せにパトリシアの頬を殴りつけ、霊魂の具現化を急がせる。 殴られた当の少女は口元に血を滲ませながら、虚ろな目をさらに虚ろにさせながら、それでも自身の役割を果たそうとしていた……。 「何かあったんですか?」 同時刻、戦場の外では一般人が寺の入り口へと訪れていた。 「凶悪犯が寺に立てこもっており、危険なんですよ」 「危ないので、下がってください」 相手が一般人、かつ零二が警官に扮しているせいだろう。零二も涼も、普段とは違う口調で訪れた人々に事情を説明し、遠ざからせようと懸命なようだ。 「あらあら、中のお坊さん達は無事なのかしら?」 「嫌な世の中になったものよねぇ」 しかし、野次馬根性とでも言うべきなのだろうか。訪れた中年女性2人は、中の様子を気遣いながら離れていく様子はない。 (コレは参ったな) (どうするんだ?) 小声で会話し、どうするかを考える零二と涼ではあったが、こればかりは手の打ちようがないのも事実。 死者達が門を破って出てくる事はなくとも、このままでは野次馬の壁が出来上がりかねない。 ガガガガガガガ! その時、鳴り響くガトリングガンの轟音。 「離れてください、もし外に出てきたら大変な事になりますから」 これはチャンスだと判断した零二の言葉によって、2人の中年女性は慌てるように寺を離れていく。 「やってくれるぜ。この音は……アイツか?」 こんな轟音を鳴り響かせられる人間は、涼の知る限りではこの場に1人しかいない。 「この音を聞いたら、誰もが銃を乱射してるって思うよね!」 彼の推察の通り、その轟音の主は虎美だった。 視覚的にも聴覚的にも、銃を撃ちまくる姿と音は、普通の人間にとっては脅威に感じられるモノ。 (これだけやりゃ、確かに一般人は近づかないだろーな。代わりにポリス呼び寄せちまうかもしれねーけどって、ポリスはいるんだっけか) そう考えるヘキサの頭を過ぎる、1人の男。即ち警官に扮した零二の存在があれば、警察を呼ばれる事もないだろう。 とすれば、死体がこれ以上増える危険性はないと考えて良い。 「後ろの心配は、どーやらしなくて済みそうだな!」 風のような速度を持って振るわれた彼の刃が、ズタボロになった死体の1つを激しく切り裂き――死体が1つ、動きを止めた。 「そうみたいだね。なら……残ったゾンビも霊魂も全部蹴散らしてやる!」 「ええ、さっさと終わらせましょ……」 さらには後ろを気にする必要がない事に、士気が上がったのか。極限まで集中する七海の目や、目の前の死体を鋭く切り刻んだ闇紅の一撃に、一層の力が篭ったようにも見える。 「身勝手な虐殺を救済と称するなどと……。そのような救済を行うなら、他人より先に自らの死を以て実践すればいい」 雷撃を走らせた七花の様子までも見れば、それはクライヴに対しての『怒り』がそうさせたと見るのが妥当だろう。 20体いた死体も、そんな彼等の猛攻を受けて既に4体が沈んでいる。 「このまま押し切るよ!」 だが虎美がそう判断して仲間達に発破をかけたのと、 「……まずは2体」 パトリシアによって2体の霊魂が具現化したのは、ほぼ同時だった。 「よしよし、良くやった。とっとと次を出せ」 「……うん」 ようやく具現化した霊魂の姿に満足しながらも、次を出せとクライヴは命令を下す。 急かされるように次の具現化の準備に入るパトリシアではあったが、その時、彼女の耳に別の声が届いた。 「お嬢ちゃん。追従するなら、そんなやつ止めて俺にしといたほうがお徳だぜ! きっと、君の救済はそいつの元にはないしな」 「……そうなの?」 竜一の言葉に、少女は首を傾げ問う。 「ついでに言うなら未来も無い。なぜならそいつを俺がそのうちぶっ殺すから」 その問いへの答えは、クライヴへの挑発と共に。 確かに、追従するべき相手がいなくなれば追従者としての未来はないだろう。 「だから、さあ! おいで! 俺の元に!」 「……私はクライヴの追従者。……人形」 投げかけられた言葉に対し、少女は静かに告げた。 そして彼女の首根っこを掴み、クライヴは言う。 「ついでに言えば、俺の盾なんだぜ。俺を先にぶっ殺す事が出来るか? させねぇよ!」 いざとなればパトリシアを犠牲にしてでも、生き延びる。それがクライヴ・アヴァロンという男の本性でもあり――彼にとって、パトリシアはそういう存在に過ぎないのだ。 「お兄ちゃんどいて、そいつらころせない! これなら、霊魂でも大丈夫だよね!」 飛来する霊魂すら巻き込む勢いで、虎美が放つ光弾が飛ぶ。 残る死体は16体、現れた霊魂は2体。 ――否。 「ちょっと痛ェけど我慢しろよ? 天国送り返してやるからなッ!」 虎美が光弾を放つ直前に、ヘキサの手によってさらに1体の死体がその動きを止めていた。 「……安心したよ。……キミ達楽団も、我々と同様の卑小な『人間』だと解ってね」 さらには一般人への対応をこなしていた零二が、涼と共に駆け付けて来たのである。 先程の竜一とクライヴの会話が耳に届いていたのだろう、彼の発したソレは、クライヴを理解したとも言えるような一言だった。 「元は一般人の死体をやるのは、多少は気分がよろしくはないがな」 彼の後ろに陣取った涼はブラックロアを引き抜き、素早く弾丸を発射すると、打ち抜かれた死体が臓腑を撒き散らしていく。 もしかしたら先程2人が会話した中年女性が、この死体の中に混じっていた可能性もあるだろう。 (やっぱり楽団て虫唾が走るよなあ) 死体を使役し、己が兵力とする楽団。生きている者でさえも、死ねば彼等の兵力となる。 あぁ、気に入らない。やり口に虫唾が走る。 可能ならば、このままぶちのめしてやりたい。そんな気持ちを抑え、涼は周囲を蠢く死体を見やった。 「完全に動きを止めるまでは、気を抜かないでくださいね」 遅れてきた2人に対し、七花が注意を飛ばす。零二の投げた閃光弾で死体の幾つかは動きを止めていた。 が、ただ単純に動きを止めているだけでしかなく、活動を完全に停止させたわけではない。 「潰しきらないと、あんな感じで動くよ。気を抜かずに行こう」 そう七海に言われてみれば、四肢を失っても地を這いずり、喰らいつこうとする死体が目に留まる。 最も、その死体は七花の起こした雷と七海の炎の矢を受けて動きを止めたが、それほどまでに死体はしつこい存在でもあるのだ。 「……まずは数を減らす事を考えていくわよ」 攻撃してこないのならば、楽団員は放って置いて迫り来る死体と霊魂を減らしていけば良いだけの話。 闇紅の一言はシンプルながら正論でもあり、下手に欲を出してクライヴやパトリシアに手を出す程の余裕も、実際にない。 『ケタケタ……』 『ふしゅるしゅ……』 まるで生きている者全てを呪うような霊魂の笑い声と、死者の言葉にならない声が、嫌なほど耳に届く。 「当たるわけにはいかねーな!」 殴りかかってくる死体のパンチをヒョイと交わす事は、ヘキサにとっては難しい話ではない。 恐ろしいまでのスピードを誇る彼にとって、朝飯前と言っても良いだろう。だが、当たればタダでは済みそうもなさそうな威力が、そのパンチにはある。 「……凄まじい威力だな」 それを目の当たりにした零二の口からは、その言葉だけが漏れ出るのみであった。 死体にしてみれば、ただ振りかざした拳が地面に当たっただけの事。それは殴るという動作の延長線上ではあったが、地面を殴りつけた腕は骨が突き出し、砕け、腕の原型を留めないほどに自壊させながら、大地をヒビ割っていく。 「あんま集めすぎて自滅するんじゃないわよ……」 「傷が深くなれば、癒しますから」 注意を促す闇紅の言葉は、ここは素直に聞いていたほうが良いだろう。 そして回復を担う七花の存在が、リベリスタ達の生命線と言っても過言ではない。 「数はだいぶ減ってきたけど、最後まで気を抜かないでね!」 そんな中、虎美の放った光弾が2つの死体を完膚なきまでに破壊する。 「このまま全部倒しても良いくらいだな……いくぜ!」 物理攻撃を殆ど受け付けない霊魂ですらも、涼が背後から首を掻き切って1体は消滅していったのだ。 戦局を決定付ける程の、リベリスタ達の善戦。 「ふん……」 力量を測るつもりで悠長に眺めていたクライヴは、さも面白くないと言うようにその戦況を無愛想に眺めていた。 ●少女を縛る鎖 「ふーむ……まぁこんなもんか。引くぞ、パット」 「……うん」 苦戦を強いられながら、ボロボロになりながらも、リベリスタ達によって倒された死体の数を見、クライヴは撤退を決めた。 端から戦う気もなく、様子見を決め込んでいた彼にとって、それでも撤退は遅いくらいだったのかもしれない。 「ちと遊びすぎたか。死体なんぞ、そこらの人間を救済してやりゃ幾らでも増えるから、良いんだがな」 それを裏付ける一言を発し、とっとと撤退を決め込んだ彼の後ろを、無言のままで付いていくパトリシア。 「パトリシアっつったっけ。お前、マジでこんなのが『救済』だと思ってンのか? 楽しいと思ってンのか?」 その彼女に対して、戦いの最中に声をかけた竜一のように、ヘキサの声がかかる。 ピタリと足を止めて耳を傾けるような素振りを見せるパトリシアは、自我を無くしたと言っても人の話を聞くくらいの事はするようではある。 「よく考えてみろよ、ンな変態思考野郎と一緒にいて楽しいわけねーだろ。オレたちとなら、『誰かの命を助ける』嬉しさと楽しさってのを教えてやれるぜ?」 そこに僅かな突破口があるのかもしれない。ヘキサの言葉が次々とパトリシアへと投げかけられていく。 しかし――。 「……私はクライヴの追従者。……人形」 パトリシアの発した言葉は、竜一の言葉への返事と同じもの。 ただ命令されるがままに動き、反論も許されない自身を人形に例えたのは、少し皮肉めいて聞こえすらする。 「良い子だパット。お前をココまでぶっ壊すのは、苦労したよなぁ……ハハハ、そういう事だ、アーク!」 甲高い笑い声を上げ去り行くクライヴを、小走りでパトリシアが追う。 どれほどの目に遭えば、そこまで人は『壊れる』のだろうか。想像しうる限りの想像をするだけでも、背筋に冷たいものが走ることは間違いない。 「とりあえずは、これで終わったかな?」 楽団員の撤退に、戦いの終わりを感じる竜一。 「大変不愉快ですが今は臥薪嘗胆、耐えるときです」 クライヴとパトリシアを逃がした事が心残りではあるが、七花が言うように今は耐える時だ。 機が熟せば、2人との真っ向勝負の場はきっと訪れるだろう。 その2人が残していった、惨劇の場。 大量の血の跡が痛々しくそこかしこに残されているが、もはや死体が動く事はない。 「祭事は中止だろうけど、これ以上人が死ぬよりはいいね」 これほどの惨事が起こった以上は祭事の中止は免れないだろうが、それでも、この場所でもう誰かが殺されない事実に、七海は胸を撫で下ろした。 「それじゃあ、帰ろうぜ?」 「そうだね、良い物もいっぱい見れたし!」 ならばと帰還を促す涼の言葉に頷いた虎美は、脳内に保存した竜一の雄姿を何度も再生しては頬を緩ませ、もっとじっくりと思い返したいという程の気迫すら見せている。 熱烈な兄妹愛の前では、惨劇の傷跡も霞んでしまうのだろうか。 ふわり、ふわり。 そんな折、寺に雪が舞った。 まるで惨劇の傷跡を隠そうと、『神様』や『仏様』が犠牲者達を弔うかの如く――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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