●愛し合うため 「どうぞ」 扉の向こうから、入室を許可する言葉が返ってきた。 『○×芸能事務所 アイドルオーディション会場』と書かれた紙をじっと見つめ、最後に大きく深呼吸をする。 (今度こそ受かる……絶対に、受かってみせる……) そう自分自身に言い聞かせ、彼女は緊張した面持ちで目の前の扉を開いた。 「おめでとう! 合格だよ!」 中に入ると同時に、拍手と共に大きな声でそう告げられた。 彼女は面食らいつつも精一杯の笑みを作り、『審査員席』と書かれた紙の貼り付いたテーブルに座り、未だに手を叩き続ける男へと視線を向けた。 男は二十歳前後だろうか、ジャケットこそ羽織っていないものの、蝶ネクタイにウィングカラーのシャツ、下は黒のスラックスといったフォーマルな服装に身を包んでいた。 審査員席にはその男以外の影はなく、机の上には五十センチくらいの高さのハープが置かれているだけだ。他にはなにも乗っていない。 審査員はこの男だけしかいないのだろうか……。 彼女の心に小さな違和感が生まれる……しかし男から掛けられた声に意識を引き戻され、それ以上は考えることが出来なかった。 「いやあ、素晴らしいよ! 期待以上だ!」 男は、興奮したように彼女へと絶賛の言葉を投げかける。 「一体、なにが素晴らしいのか分かるかい!?」 彼女は曖昧な笑みを浮かべながら、精一杯自分の長所について思考を巡らせるが……そもそも彼女からの答えなど求めてはいないのか、男は自らその理由を語りだした。 「その肌! 肌の色だよ! いやあ、一目見てビビっときたね! この子は逸材だって!」 確かに、毎日肌の手入れは欠かしていない。だが、自分では全く意識してなかった箇所を褒められ、彼女は「あ、ありがとうございます」と返すのが精一杯だ。 「こうやって実際に見てみて、改めて確信したよ! 君は、最高だ!」 彼女の返答を聴いているのかいないのか、男の絶賛は鳴りやまない。 どんな理由でも良いじゃないか、あこがれのアイドルになれるのなら……。 男の絶賛の嵐に頷きを返しながら、彼女がそう自分を納得させた時――突然背後で「ブツンッ」と大きな音が響いた。 「おっといけない、次のお客さんだ!」 男はそう言って、彼女の背後へと視線をやる。 彼女が慌てて振り返ると、背後の壁に大画面の壁掛けテレビが備え付けられている。どうやらさっきの音は、このテレビの電源が入った音だったようだ。 画面に映っている場所には、見覚えがある。このオフィスビル一階の、エレベーター前監視カメラが映し出すもののようだ。音声は聞こえない。 オーディションに参加する子だろうか、同年代くらいの髪の長い少女がエレベーターを待っていた。 「うーん、いまいちだなぁ……可愛そうだけど、不合格だね!」 明るい声でそう言うと、男はテーブルの上のハープを手に取り、撫でるように小さな音を奏でる。 そして再び、笑顔で画面を注視した。 この映像と、男の行動の意味は理解出来なかったが……男がそうする以上は仕方なく、彼女も画面へと視線を戻す。 画面に映る髪の長い少女をぼんやり見ているうちに、再び違和感が頭をもたげてきた。 そういえば、いつもオーディション会場には待機室などがあり、順番を待って複数人で審査を受けていたのに、今日はエレベーターから降りたときに『このまま、オーディション会場に直接お入り下さい』との看板が出ていただけだったことを思い出す。 ……そもそも、自分はこのビルに入ってから、この男以外の人間と遭遇しただろうか……。 彼女がそこまで考えたとき、画面の中のエレベーターの扉が開いた。 そして中からスーツ姿の男女が出てきて――髪の長い少女の頭へと掴みかかると、そのまま噛みついた。 あっけに取られたように画面を注視する彼女の背中を、冷たい汗が伝う。 そして硬直する彼女の頬を、伸びてきた手がそっと撫で上げた。 「君の白い肌が死体になって、血の色が引いたときが楽しみだなぁ! それはもう、美しい色合いになるんだろうなぁ!」 いつの間にか、男が彼女の背後に立っていた。 「怖がらなくても大丈夫だよ、君は合格したんだから! 合格した君にはなんと、僕を愛する権利が与えられるんだ!」 もはや愛想笑いを浮かべることも出来ずに、ただただ恐怖の表情を浮かべる彼女に、男は嬉しそうに言葉を掛ける。 「もちろん、君にはあんな乱暴な処理の仕方はしないよ! ちゃんと僕自身の手で、痕なんて残らないように綺麗に殺してあげるからね!」 恐怖のあまり声を出すことも出来ない、震えるだけの彼女の喉に、男の手がそっと伸びていき――。 「そうすれば、僕も君を愛してあげることが出来るんだ! だから、ちょっとだけ苦しいかもしれないけど……我慢してね?」 ●ブリーフィング 「この男の名前は『プリモ・ロンゴバルト』。『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ率いる“楽団”の一員よ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターの電源を落とすと、説明を開始する。 バロックナイツ、『厳かな歪夜十三使徒』の一角であるケイオス。 今回の任務は、そのケイオス率いる楽団のメンバーの一人、プリモに支配されたオフィスビルで行われてる行為を止めることだ。 「プリモは、街で配っていたオーディションのチラシをたまたま見て、このオフィスビルの占拠を思いついたみたい。ビルの中に居た人達は、すでにみんなゾンビになってしまったわ」 楽団メンバーは皆死体を操る能力者で、殺した人間をゾンビとして使役することが出来る。もちろんプリモも例外ではない。 ただ、使役するゾンビの手駒を増やすのが楽団の方針のようだが、彼に関してはそれだけではないらしい。 「プリモがこのオフィスビルに目を付けたのには理由があるわ。プリモが居たフロアは、芸能事務所のオーディション会場。ここでは、月に一度アイドルのオーディションが開かれるの。そこで自らの眼鏡にかなう少女を物色して、お気に入りに加えてようと企んでいたのね」 お気に入りといっても、先ほどの映像を見た限り生きた状態ではないのだろう……案の定、イヴはそれを肯定する言葉を続けた。 「プリモという男は、生きた人間には関心を持てないし、愛せない。だから、彼のお気に入りに生者はいないわ」 プリモは気に入った少女に刻印を与え、自らの側近として仕えさせる。 側近の少女達は、彼の持つアーティファクト『L'amore e` cieco』の効力で、皆その身体能力を強化されているらしい。 また、ビル内部には側近以外の死体達も、かなりの数がいるだろうとのことだった。 「プリモは、幸い暴れること、配下の数を増やすことに積極的というわけではないようだけれど、だからといって放っておくわけにはいかないわ。あなた達の力を貸してちょうだい」 イヴはオッドアイの両目でリベリスタ達をじっと見つめたまま、そう言ってブリーフィングを締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:外河家々 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月16日(日)22:17 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●心からの宣戦布告 「……厳しいな」 周囲を見渡し、『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)は苦い顔でそう洩らした。 彼の目の前にはオフィスビル。このビルの六階には、“楽団”のフェクサード『プリモ・ロンゴバルト』がいるはずだ。 そのプリモの逃走を阻止するため、陣地作成を使用する。それがリベリスタ達の作戦の主軸であったのだが……。 ――陣地作成は高度な魔術であり、強結界などのように及ぶ範囲を調節することが出来ない。 そして、周辺がオフィス街でありそこそこに人通りがあること、なにより半径五十メートルにも及ぶ効果範囲の広さを加味すると、近隣のビルや通行人を範囲内から除外するということは不可能だった。 仮にそんな状況で陣地作成を行使すれば、神秘とは無縁の一般人を大量に陣地内へと閉じこめてしまうことになる。そうなれば、取り込まれた一般人達がパニック状態となることは避けられないだろう――それが、フツの出した結論だった。 だが、それを聞いても表情を曇らせる者はこの場には居なかった。 「想定外ではありますが、逃走する暇すら与えない程に、完膚無きまでに叩きのめしてやりましょう」 「幸い予防線としてトラックの用意はしてありますし、一般人の侵入に関してはなんとかなるでしょう」 『絹嵐天女』銀咲 嶺(BNE002104)の些細なことだとでもいうような台詞に、『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)もそう言葉を続けた。仲間達も頷きを返す。 少々予定が狂おうが、自分達の使命を全うし、唯唯外敵を駆逐するのみ――リベリスタ達は科せられた任務を遂行するため、オフィスビルの内部へと足を踏み入れた。 ――見たところ、ビル一階のエレベーターホールに敵の姿は見あたらない。 中に入ると同時に、義衛郎は第三者の侵入を妨ぐため幻想纏いの中に用意していた運搬用トラックで入り口を塞いだ。 次いでリベリスタ達は、放置しておけば作戦に支障をきたすであろう、エレベーターの対策に移る。 ブリーフィング時の映像のように、ドアが開いた瞬間にゾンビが飛び出してくることを警戒していたリベリスタ達だったが……下りてきたエレベーターの中は無人だった。 エレベーターを一階まで呼び出し、フツがAF内に用意しておいたバイクを内部へ突っ込み扉が閉まらないようにする。同時に『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)がエレベーターの操作盤へと拳をねじ込み、それを破壊した。 そうやってエレベーターへの対策を終えたリベリスタ達は、その行程を映し出していたであろう防犯カメラ、そしてその映像を視ているであろうカメラの先の相手へと鋭い視線を向けた。 「何が序曲だ、何時までも方舟が様子見してると思うな」 カメラへ向け中指をおっ立て、夏栖斗が挑発の言葉を吐く。 「自分の身勝手で人の命を弄ぶ行為……許せません。もう貴方の好きにはさせませんよ、プリモ、覚悟なさい!」 『空泳ぐ金魚』水無瀬 流(BNE003780)も同調するように頷いて、年相応ながらも凛とした雰囲気のあるその顔に怒りの色を滲ませた。 「……哀れな男だ。自分に唯々諾々と従う相手は恋人ではなく『従僕』と呼ぶんだよ」 義衛郎は、蔑むような冷たい瞳をカメラへと向ける。 「監視カメラを味方につけ、アンデッドで固めた自分の城でやりたい放題とは……まったく、楽団員というのは誰も彼も気持ち悪い方ばかりですね」 指でメガネの位置を調節しながら、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は無表情のまま嫌悪感を隠さない辛辣な言葉を洩らした。 「意思を持たぬ死体がお好きだなんて、随分とピグマリオン的な一方通行ですこと。首を洗ってお待ち下さいな、拿捕にしろ始末にしろ、タダじゃ帰しませんよ」 物騒なその台詞とは裏腹に、嶺も妖艶に微笑んでみせる。 「生かして捕らえたいところだが、それが難しいなら躊躇はしない。好機逸すべからずだ、ここでお前を殺すぜ」 フツもそう言って、サングラスの下からカメラの先の相手を見据える。 そして最後に『骸』黄桜 魅零(BNE003845)がカメラに向かって手を振り、 「ハァーイ、籠の鳥ちゃんこんにちはー☆ そんなわけで、殺される覚悟して待っててねー☆」 満面の笑みでそう告げると防犯カメラへと暗黒の瘴気を撃ち込み、それを破壊した。 ●楽しげに遊ぶ 映像が、ノイズへと変わる――。 「残念! エレベーターに乗り込んだら、ワイヤーを切って箱ごと下に落としてやろうと思ったのに……」 ノイズを映し出す画面を見つめたまま、プリモはさして残念さを感じさせない声色で呟いた。 「それにしても乱暴なお客さん方だなぁ! あれが極東のリベリスタ『方舟』の連中なのかな?」 背後に佇む彼の『恋人達』へとそう問いかけてみるが、むろん相手からの返事はない。 「向こうはやる気満々みたいだけど……さて、どうしようかなぁ!」 プリモは楽しげに腕を組み、考え込むような仕草をみせる。 「決めた! 『新しい恋人』のデビュー戦も兼ねて、少し遊んであげることにしよう!」 そして、ほんの数秒の間すら置かずにそう言うと、テーブルの上のハープ『L'amore e` cieco』に手を掛けた。 「それに……さっきのあの子なら、僕の恋人になる権利を持ってそうだ!」 先程の映像を思い出しプリモは心底嬉しそうに、その顔に屈託のない笑みを浮かべた。 「とりま楽しいオーディションの始まり! オーディエンスが死体だなんて痺れるね、憧れねーけど!」 先頭を進む夏栖斗が放つ蹴りの旋風が空間を切り裂き、その蹴撃がゾンビ達を纏めて貫く。その蹴撃は、そのまま階段を写す監視カメラをも貫いた。 生ける屍達は、腹に風穴が空き、胴を真っ二つに切り裂かれても尚動き続ける。確かにしぶとい……だがそれだけでは、リベリスタ達と拮抗するには至らなかった。 階段で遭遇したゾンビ達を、リベリスタ達は次々と蹴散らしていく。 浅倉 貴志(BNE002656)も土砕掌を近場のゾンビに叩き込み、上から飛び降りてきたゾンビにはフツが手にした『魔槍深緋』で鋭く突き上げる。 最後は義衛郎の多重残幻剣により解体され、ゾンビ達はその活動を停止した。 「手首から先だけでも動くとか、どんな仕掛けなんだか」 切り捨てたゾンビの破片を見下ろしながら、義衛郎がそう言って溜息を吐く。 「……襲ってきた死体は十体程度です。おかしいですね、数が足りません」 同じく死体達を見下ろしていたレイチェルが、怪訝そうに呟いた。 「……でも、ここを上がると目的の六階に着いてしまいますね。途中のフロアや非常階段に、敵の気配はなかったと思うのですが……」 その言葉に流も頷き、眉をひそめる。 ここまでの各階にあるフロアや、非常階段にも注意を払って進んできたはずだ。 ということは、この先のオーディション会場に、残りのゾンビ、そしてプリモとその恋人達が待ちかまえているのであろうか……。 「まあ、ここで悩んでもしょうがない……枝先に行かねば熟柿は食えぬってな」 進めば分かることだとフツはそう言って、答えの出ない問答を打ち切った。 上がった先、六階のエレベーター前には『オーディション会場はこちら』と立て看板が立てられていた。看板に一瞥をくれると、リベリスタ達はその先にあるオーディション会場へと進んでいく。 そして回復を済ませた一行は、『○×芸能事務所 アイドルオーディション会場』と書かれた紙の張り付いた、扉の前に立った。 ●それぞれの、愛のカタチ 激しい音をあげ吹き飛ばされた扉から、リベリスタ達が勢い良く飛び込んできた。 あわよくば先制を――との算段で、突入すると同時にすぐさま戦闘態勢に移るリベリスタ達だったが、こちらの進入を予期していた、標的たるプリモ達の反応も早い。 しかし、それでも――先手を取ったのは、レイチェルだ。 視線の先にプリモの姿が見える。二人の間を阻むものはない。 まさか早々にチャンスが訪れるとは……。もちろんレイチェルは、このチャンスを逃すことはしない。 黒いドレスに身を包んだ――それはブリーフィング時の映像で写っていた彼女。その彼女がレイチェルの行く手を阻むようにブロックを試みるが、すでにそこはプリモへと届く射程内だ。 レイチェルの伸ばした気糸は、プリモの体を這うように巻き付いていく――。そして、がっちりと捕えた。 気糸に絡め取られたプリモは、全身を拘束されその動きを完全に封じられた。 そんな動くことの出来ない愛しい人を庇うかのように、恋人達の一体がその前に立つ。バックステップで後ろに下がったレイチェルとは対称的に、残りの四体はリベリスタ達へと一気に接敵した。 彼女の手にする武器はショヴスリ。それはコウモリを意味する三つ叉の槍だ。 漆黒のドレスを靡かせ飛び上がると、プリモの恋人達は凄まじい速度の突きを繰り出す。 その攻撃は夏栖斗、義衛郎、貴志を貫き、まるで槍の柄が伸びてくるかの如く後衛にまで突き刺さった。 だが、リベリスタ達も負けていない。四体からの突きの嵐が止むと共に、すぐさま反撃に打って出た。 「さっきぶりね、プリモ・ロンゴバルト。貴方から見て黄桜はどうかしら? 恋人に成れるかしら? まあ、お断りだけどね。だって黄桜が、貴方を死体にするもの」 魅零の作成した黒い霧が、恋人達の一体を覆い隠す。スケフィントンの娘――実在した拷問器具と同等の名を冠したそれは、まさに拷問のような数の状態異常を相手へと叩き込んだ。 キャハハと楽しげな声を上げ、魅零は次は貴方の番だねと視線を送る。 「君、良いね! すごく良いよ! そういう殺る気マンマンの子が、僕のことを全力で愛するようになるってのは、すごく良いよね!」 送られた視線を受け流し、そう言ってプリモはうんうんと満足そうに頷きを返す。 魅零は一瞬きょとんとした表情を見せたあと、すぐに愉快そうに口端をつり上げた。 「覚悟しなさい、愛してあげる……黄桜なりの殺リ方で――」 笑みを浮かべ、歪な愛の言葉を交換する二人。そんな二人のやりとりの間にも戦闘は続く。 「Benvenuto Come sta?(よーこそご機嫌麗しゅう楽団!)アークID4番御厨夏栖斗でぇすv 得意なのは虚空! 嫌いなのは死を冒涜することだ!」 夏栖斗の放った虚空は、しかしプリモの体へと届く前に彼の恋人により阻まれる。 「愛しの彼女を盾にするなんて素敵な愛だね! 万歳アモーレ!」 そんな皮肉の言葉にも、プリモは動じる様子もない。 そこに続くように義衛郎と嶺が、息の合った連続攻撃を仕掛けた。 「死体を良い様に操って恋人呼ばわりって……随分と恋というものを舐めてますよねぇ。義衛郎さんもそう思いません?」 「れーちゃんの言う通りだと思うが、余り言ってやるなよ」 義衛郎の生み出した多数の幻影が、複数の恋人達へと斬撃を喰らわせていき、その数体を混乱状態へと誘う。 いけない、人前なのに思わず名前で呼んでしまいました……そう自重するように口元を抑えつつも嶺はその動きに合わせ、発現させた気糸を真っ直ぐ伸ばし絶妙のタイミングで撃ち込んでいく。 それはプリモにこそ届かず庇う存在により阻まれるも、他の数体の対象の動きを阻害することに成功した。 「……まさか、僕の恋人達が先手を取られるなんて思わなかった! いやぁ、参ったね!」 命の殺り合いの最中だというのに、心底関心したというように大声をあげるプリモ。その様子からは、自身が気糸に捕らわれた身だという危機感を感じることは出来ない。 超直観を活性化しプリモを観察していたレイチェルの頭に、嫌な予感が駆け巡る。 (……おかしい。まだ半数以上が残っているはずの、ゾンビの姿が見えない) それがなにを意味するのかを頭が理解するよりも早く、彼女の耳が背後の通路から微かに漂ってくる不気味な音を捕らえた。 死者達の、うめき声が響いている。 その声は、廊下の右側にある中央階段の方からも、廊下の左側にある非常階段のほうからも……。完全に、通路を塞がれている。 ここまでの道中に、ゾンビ達の姿はなかったはず。なのに一体どこから――いや、そもそもこのビルは何階建てで、ここはその何階だっただろうか……。 「ゾンビ達を、上の階に控えさせていたのですね……」 その言葉には答えず、プリモは笑顔で「いやぁ、参った参った!」と感心したような言葉を吐き続けるだけだ。 前方にはプリモとそれに従う五体の恋人達。そして後方からは、二十体近くのゾンビ。 本当に厄介な相手だ。やはり多少無理してでも、ここで殺さなければ……。 メガネの奥のその瞳に、レイチェルは深い決意の色を滲ませた。 ●独演 生糸による束縛から脱出したプリモは、『L'amore e` cieco』を本来のサイズまで巨大化させると、戦闘中であるにもかかわらずそれを奏でだす。 プリモの生み出すハープの音色と競い合うかのように、生者と死者との殺し合いによる音の響きも、どんどんと激しいものになっていった。 プリモと、彼の操るゾンビ達による挟撃に晒されたリベリスタ。にも関わらず、彼等はその状態からではありえないほどの善戦をみせた。 「黄桜はオレ達の大切な仲間だ。渡すつもりもないし、なによりお前にはちと勿体ないぜ」 フツはきっぱりとそう言って、癒しの符を取り出し、傷ついた仲間を回復させる。 「あなたなんかに魅零さんは渡しません! それに、あなたの身勝手な欲望の犠牲となっている彼女達も、絶対に解放してもらいますよ……!」 流も強い決意の籠もった言葉と共に、敵を複数巻き込む位置へとフラッシュバンを投げつけ、強烈な閃光を浴びせかけた。 恋人達からの攻撃に耐え、傷ついた者は癒し、恐ろしいまでのしぶとさを誇るゾンビ達を次々と薙ぎ倒し……プリモと彼を取り巻く恋人達へも、着実に攻撃を重ねていく――。 そしてついに、嶺の放ったピンポイント・スペシャリティが恋人達の一体を打ち倒した。しかしプリモは自らの演奏に夢中なのか、そのことを気に留める様子もない。 その理由は、すぐに判明することとなった。リベリスタ達が二体目の恋人達の撃破に成功したとき、信じがたいことが起こる。撃破したはずの一体目の恋人達が再び立ち上がり、戦線へと復帰したのだ。 更に数分後には、倒れた二体目の恋人達も起き上がってくる。これこそが、『L'amore e` cieco』の隠された能力なのだろうか……。 恋人達は言葉を発することなく淡々とショヴスリを構え、プリモは相変わらずハープを奏で続けるだけ。 それでもリベリスタ達は前だけを向き、倒れそうになる度に堪え、一度倒れても自身のフェイトを燃やし、凄まじい執念で立ち上がる。だがしかし――。 最初に貴志が倒れ、次いで一番のダメージディーラーであり回復役をも扱うレイチェルが集中攻撃を受け倒れたことで、戦況は徐々に悪化していった。 もう一人の回復役であるフツを流と魅零とで適時庇うが、彼一人では回復が追いつかない。押し込まれてくリベリスタ達。 一度も膝をついていないのは、戦況が決定的になって以降、意図的に致命傷を避けるかのように攻撃されている魅零と、庇われていたフツだけだ。まだ倒れていないメンバーも、その体には深い傷を負っていた。 「夢を求めた女性や、殺されたビルの人達の痛みを知れ! 貴方が命を蹂躙するなら、私が貴方の命を蹂躙する!!」 だからそこを退いて、自分にその男の骨と肉を――その男の命を殺らせろと。魅零は残る力の全てを暗黒の瘴気へと込め、男を守る者達へと撃ち出す。だがそれでも、やはりプリモには届かない。 「いやあ、しぶといね! どっちが死者だか分からないくらいだ! まあ負ける気はしないけど、なんだか面倒だしそろそろお暇させて貰うとしようかな! よくよく考えてみると、今日は六番目のセイが新しい恋人になった記念日だしね! 歓迎のお祝いをしなきゃ! だから、お楽しみはまた今度に取っておくことにするよ!」 いつの間にか、プリモの演奏は止まっていた。 「逃がすと思うのか?」 その問いかけに、プリモは見当違いの言葉を返す。 「あ、そうそう! そろそろ時間だね!」 プリモがそう言葉を吐いたとき、唐突に壁掛けテレビの電源が入った。 写ったのはビルの裏手、オーディションの参加希望者と思しき少女がきょろきょろと、周囲を見渡し非常階段を見上げている。 「うーん、不合格! あれは君たちに譲るよ!」 そう言って、プリモはリベリスタ達へと背を向ける。 「またどこかで出会えたら、きっと僕の恋人にしてあげるからね!」 最後に一度だけ振り向き魅零へと微笑みかけると、プリモは五体の恋人達と共に窓ガラスを破壊し、その外側へと飛び降りた。 もうすぐ映像の少女が、非常階段を上がってやってくる。 室内には、まだ活動可能なゾンビが数体存在している。 プリモの背中を追いかけることは、出来なかった――。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|