●ダムナティオメモリアエ ヴィヴァルディ。四季。冬の第二楽章。 おおよそ誰にでも分かるメロディが、唯一つの楽器から響いてくる。ヴァイオリンだろうか。 初冬の夜風の中で、数名の黒服達が眉を潜める。 冬の暖かなリビングにこそ相応しい優しい調べなど、埃まみれのアスファルトには似合わない。 第一、底冷えする初冬の夜風と楽器からの長調が混ざり合っても、滑稽な不協和音でしかないというのに。 それより何より。 「ふふ……踊りましょう?」 ウィスタリアのツインテールを揺らし、燕尾服を着込んだ少女が謡う。弦楽器の奏者は彼女だ。 女は瞬く街灯の上で演奏を続けている。 対峙する黒服は舌打ち一つ、拳銃を構える。 奏者は恐らくフィクサードだろう。兎も角、冗談のような光景だ。 彼女が黒服達の命を狙っていることは理解出来た。だが動機は何なのか。 こんな時、誰しも奏者を倒すことを考えるのだが、奏者と黒服達の間は、幾多の障害が封鎖していた。 それらは人の形をしている。 ――蠢いている。 数など数える気にもならない。 動く死体の群れはEアンデッドのように見えるが、どこかが、何かが違うのではないか。 そもそもいつから狙われていたのか。何時の間に囲まれていたのか。 「桔梗、右へ」 脳裏に過ぎる疑問を反芻している暇はない。 黒服の一人、女性が頷く。 黒服の拳銃が動く死体の額を正確に打ち抜く。 時を同じくして桔梗と呼ばれた女性の両手剣が死体の首を跳ね飛ばす。 その技は恐らく歴戦を誇るアークのリベリスタにも引けを取るまい。 だが―― 「日下部!」 「……チッ」 首を跳ね飛ばされたはずの死体は微塵も動きを止めず、何事もなかったかのように両腕を振りかぶる。 ただ掠めただけの爪は日下部の胸板を強かに抉っていた。 徐々に狭まる包囲網の只中で黒服達は互いに頷き合う。 黒服の一人が死体の胸にナイフを突き込む。鮮やかといってもいい手並みだ。 それが死体への決定打とはならないことを、彼は覚悟していたはずである。理解していたはずである。 なのに――死体の反撃は黒服にとって致命的なものとなった。抉り取られた胸からあふれ出す鮮血は、彼の生命活動が終焉したことを告げている。 そのまま。黒服は膝からゆっくりと崩れ落ちる暇もなく、仲間に向き直る。 ありえない光景だ。いかな運命の計らいとて、死んだ者を蘇らせる等できるはずもないのに。 「ほらほら、もっと踊りましょう」 長閑な演奏が続いている。奏者はころころと哂っている。衒いもなく。臆面もなく。 黒服が振るうナイフが、別の黒服の胸に吸い込まれ、鮮やかな血花が舞い散った。 倒れるその彼もまた、ゆらりと身を起こし、他の黒服へと襲いかかる。 もうダメだと桔梗は思った。 認めがたい現実だ。今しがたまでの仲間は死んだのだ。『あっち』へ行ってしまったのだ。 このまま何人失われるのだろう。悲観的な予測に時間を割かれるわけにはいかない状況ではある。 そもそもつい先ほどまで言葉を交わしていたはずの仲間が死んだ等という実感すら、未だまるでなく。 まずは、ここをどうにか突破しなければならない。 ただそれだけを信じて。 第三楽章の開始は悲壮な決意と共に―― ●アーク ブリーフィングルームに空調の音が小さく響いている。 暖かいけれど酷く乾燥した風に、桃色の髪の少女『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は小さく咳き込んだ。 「ケイオスの楽団だな」 「……はい」 モニタを顎で指し、尋ねるリベリスタに少女は小さく頷いた。 「相手は『死を踊る』フェネラル・”フィドラー”・フォルテ。楽団のメンバーです」 恐らく、あの少女だ。 「オルクス・パラストからの情報、アーク本部の解析に寄れば一流の死霊術士(ネクロマンサー)だそうです……」 彼等の活動を許せば許す程、彼等の軍勢は増強されて往くのだろう。そして未だケイオスの姿は見えない。 「攻撃を受けているのはリベリスタ組織『ダムナティオメモリアエ』です」 アークに所属しない、野良リベリスタ組織である。 彼等が殺されてしまえば、その死体も楽団の手先となるのだろう。由々しき事態である。 これまでの楽団の傾向は単純だ。 とにかく人を殺すことで兵隊を増員する。交戦していれば楽団員は逃げてしまう。ただそれだけだ。 はじめは唯の市民。その市民の死体を操り、リベリスタやフィクサードが狙われる。その死体を使い、次はどこを狙うのだろうか。 言うまでもなくアークでしかない。そしてアークのリベリスタが倒れれば、その死体は仲間に牙を剥くことになるのではないか。 延々、延々と、そんなことが続くのだろうか…… 事態も、戦闘そのものも長期戦が予想されるが、未だアークは個々の状況に対処するばかりで、抜本的な対策が出来ていない。 だがそうする為のチャンス稼ぐことが出来るのは、そして相手の出端を挫くことが出来るのは、今しかないのだ。 「ここで――とめましょう」 エスターテは静謐を湛えるエメラルドの視線を上げる。 襲われ、殺されているリベリスタ達が、彼女の家族達であること等おくびにも出さずに―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月10日(月)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Fellows.... よろめきながら迫る人だかりに、黒服達が取り囲まれている。 滑稽な光景を照らしあげるのは、誰に省みられることもないクリスマスイルミネーション。 昇り始めた下弦の月までも、瞳を持たぬ笑顔で大地を見下ろしている。 ――夜半。 「そう。わかったわ」 死人の群れへと駆けながら、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は友人の言葉を飲み込む。 常夜の蝶が舞い踊り、死者達を縦横無尽に切り裂いて行く。二度立て続けに放たれた刃は、並のフィクサード等であればたちまちのうちに打ち倒してしまうであろう威力を秘めていた。だが、死者達はそのほとんどを身に受けながらも、歩みを止めることはない。そして唯一人、街灯に腰掛けたままの『死を踊る』フェネラル・”フィドラー”・フォルテは、笑みを崩さずフィドルの弓で刃を無造作に打ち払う。 携帯ごしに受け取った桃色の髪の友人からのオーダーは、動く死体に囲まれた野良リベリスタ達を救い出すこと。 そのリベリスタ達――ダムナティオメモリアエのメンバーは、友人の家族同然なのだという話だ。ありていに述べてしまえば私事である。だから少女はあえて糾華が聞き出すまで何も言わなかった。 だが糾華は友人の口から本当の願いを、心からの声をどうしても聞きだしたかったのだ。 ならば話は単純極まる。彼女にとって楽団がどうの、ケイオスがどうのという事象は、大切な友達の家族を守る事に置き換わるのだから。 とはいえ、それも水臭い話ではある。 戦場に到着したアークのリベリスタ達の中には、顔見知りも居たのだから。 「この一戦に誓う。此処が我らの境界線――」 大盾に対の十字が煌く。 「――その醜悪な死の舞踊、終わらせるのであります!」 凛と張り詰めた『イージスの盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)の声が夜闇を切り裂けば、『red fang』レン・カークランド(BNE002194)が瞳を細めて頷く。 今やアークの中核コーポレーションの一つ境界最終防衛機構の面々は、かつて相模の蝮事件の時分、ダムナティオメモリアエとの交戦記録を持つ。 守ると誓い。ままならぬ状況を打破し、無用な敵対関係を解消し、結果として命さえ救うこととなった。 だから組織の姫君は――桃色の髪の少女はアークにやってきた。 かつて手を差し伸べると誓った己が身の責務。この家族は決して見捨てはしないと。 「ラインハルトッ! レン――ッ!」 日下部がその名を叫ぶ。声音に微かな安堵が感じ取れたのは、穿った見解に過ぎるであろうか。 「簡潔に言うと皆さんヲ助けに来たのダ」 それは独特の言い回しなれど、これ以上なく、分かり易い話だ。 兎も角。積もる話をしている暇はない。アークのリベリスタ達は囲まれた中心までの道を切り開かねばならないのだから。 「必ず助けてみせるっ!」 凶つ月が下弦を覆い、波動が戦場を劈く。未だどれも倒れぬ群れなれど、戦場に満ちた不運は敵の数が多ければ多いほど生きてくるはずだ。 呻くように。僅かに響く黒服の声音は、かつての交戦相手の技量が己を遥かに追い抜いた高みにあることを暗に認めていた。 それにしても、こんなど田舎の駅前に、前触れもなく人が集わされたものである。 流行のフラッシュモブのつもりだろうか。それにしては絵にならない。 くだらないサプライズイベントの計画、ダンサーの増員など―― 「阻止させてもらうゾ!」 魔力の杖を振りかざし、真っ先に癒しの歌を唱える『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)の向く先は、傷ついたダムナティオメモリアエの面々である。 先方は既に際どい状況ではあったが、これで幾ばくかの時間は稼げるはずだ。 弦楽は鳴り響いて止まない。死ぬ行く者達への鎮魂歌のつもりか。それとも操る死者への行進曲か。 中途半端なアレグロのリズムは、どちらにせよ悪趣味だ。 雪白 桐(BNE000185)が『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)と共に躍り出たのは最前線。少女と見まごう身体に張り詰めた気迫は既に限界を突破している。そろそろこんな音色はとめてやりたい所だ。 これは死体だ。それを操り、生者に仇為す。その技術は驚嘆すべきものなのかもしれない。 だが。力を使い方を誤った者に容赦は必要ない。醜悪な悲喜劇の観客は操られた死者ではない。黙っているとは思わないことだ。 唇を結ぶ『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は弓の弦を引き絞る。 死者の群れが迫っても。無粋な爪がその白肌を傷付けても。 凛と伸びる背が崩れるのを赦すのは―― 「……焔獄、舞いなさい!」 神弓が奏でる音色が、死者の群れの中に業火を纏う矢の雨を降らせる。この瞬間だけだ。 木々を飾るクリスマスイルミネーションが一斉に弾け、炎は燃え広がり戦場を赤々と照らす。 奏者の眼前に迫る炎を受け止めた幽体は火花を散らして燃え落ちる。刹那の時、その笑みは引きつったろうか。 「影主さんの御家族を、救いに参りました」 ただ一度だけの私語。その言葉にどれだけ心が救われたことであろう。 十字の凱歌は闇を打ち払い、組み敷かれていたニ名の黒服が、死者の身体を払いのける。 完璧な初動対応に、奏者はころころと笑い続ける。喜劇を嗜むように。甘味に匙を滑らせる少女のように。 けたたましいとさえ思える演奏さえ、どこか調子はずれで耳に障る。 そんな音に合わせるよう、死者達は用心深く氷上を歩く。 身を焼かれ、どこか滑稽な踊りを思わせる企鵝の足取りを縫い付けられても。 ノエルに、桐に、囲まれた黒服達に一心不乱に腕を伸ばす。爪が走り、血花が舞う。 伸ばした腕をリベリスタ達に切り裂かれても。血色を失った指が弾け飛んでも。 吹き飛んだ首はその足に噛み付き、宙を舞う千切れた指先さえ、桐の、ノエルの着衣を掴んで離さない。 こんなものはタフどころではない。フィクサードはおろか、並エリューションさえここまで執念深くはない。 リベリスタ達に僅かに走る怖気を切り裂くように、ノエルは眼前の全てを貫き通す。 アーク随一の撃破力に裏打ちされた銀の暴風が吹き荒れた後―― 活動を止めた死者は唯の二体であった。 ●Falce / Farce / Fateless. アーク本来の目的は楽団を撃破すること。今回ダムナティオメモリアエのメンバーを保護することは、あくまで楽団勢力の拡大を防ぐ為である。主目的ではない。それにそんな建前すらもさておいて、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)にとっては、楽団の存在が何より気に食わぬ。 「さて始めるぞ」 全てを死者に任せ、奥に引きこもって傍観し、自らは手を出さぬ。厄介な相手である以上に態度が許せたものではない。未だ余裕綽々、街灯の上に腰掛けたまま笑っている少女にリベリスタ達は苛立ちを募らせる。 「有象無象が――さっさと沈め」 絶技に等しい精度で気糸を収束させ、櫻霞は亡霊に死者の群れを一気に貫く。 これで亡霊はほとばしる絶叫だけを残してニ体が消滅した。 敵陣にこじ開けられたほんの僅かな亀裂は、命を繋ぐ楔となるか。 「消耗の大きい奴は大人しく後ろに下がれ」 「逃げろってか、アーク!」 死者の爪が誰かの頬を抉る。 「決して無理をしないように、辛かったら身を護るだけでも充分よ」 「流石に、お優しい限りだな」 互いの口調こそ険しいが、言葉を返す黒服の口元は微かに笑むように歪んだ。どうするべきかは通じている。 まずは両者が合流し、一塊となって突破口から脱出する。そして死者の撃滅を続けながら戦えそうにない者から離脱して行く。簡単な話である。既に何名も失った現実に加え、アークにこれだけの技量を見せ付けられている以上、納得する他ないのだ。 なのになかなか包囲を打ち破ることが出来ない。 亀裂に流れ込む水のように、砂のように、死者達は削り落とされた壁を埋めてくる。 ここで黒服の一人が倒れた。敵陣に飲み込まれるように姿を消す。恐らく彼はもうだめだ。 知人が。家族が。目の前で死んでいくというのに。その死者がこのように動くのならば。その動きがまるで人に見えないならば。そんなことはまるで現実味もなく―― 「言わんことじゃない。退け、篠崎!」 二度と戻らない仲間へ向けて驚愕の表情を浮かべる別の黒服に向け、桔梗が叫ぶ。その姿は既に満身創痍。 桔梗に切り裂かれながら迫り来る死者を、真一文字に両断したのは桐だ。足取りに澱みない耐久力もさることながら、威力すらも格が違う。一流と己との差に息を呑む桔梗。アークのリベリスタとはこれほどまでに強いのか。 だが。それ以上に欧州随一の敵達は―― 斬れども、叩き伏せども、腕一本、頭一つになってすら、死者達は動き続ける。 調子外れの第三楽章が鳴り響く中。死者達は何かを懇願するように這いずり、まとわりつき、殴り、掴み、噛み付いて離さない。 「キリがネェ」 「敵の攻撃は近接が主力、落ち着いて各個撃破を心掛けて下さい!」 僅かに生じた間隙を通じて。一人、また一人、アークのリベリスタと黒服達は合流を開始している。焦燥の中を遅々として。 繰り返される激突。 鼻を突く腐臭の中、リベリスタ達は懸命に作戦の遂行を続けている。幾ばくかの時が流れ、戦況はいよいよ長期戦の様相を示してしまった。 直後八体の死体が桐を襲うが、三度深く傷付けられても彼の足並みは揺るがず、留め置くことは出来ない。 「簡単に倒せるとは思わないことですね――」 桐は倒れない。倒せない。それは粉々になっても蠢き続ける死者ではなく、凛と生き抜く者の姿。 「他をお願いします」 舌打ちする日下部の前に立ち、死体となった黒服を斬り捨てる。鼻で笑うのは日下部流の承諾。 桐は想う。たとえ激戦の最中とて、つい今しがたまでの仲間を斬るのはつらかろうから。 「適材適所、前列は私達にお任せあれ」 ラインハルトの激励が飛ぶ。 「組み付かれたら剥がす事を優先して下さい」 なるほど桐の能力があれば、一斉に迫り来る敵の戦術など通用しないのである。 だが全員が全員、そういう訳にもいかぬのが実情でもある。救助対象達がいかにリベリスタに迫る手錬であろうと、厳しい戦いであることに変わりはない。 リベリスタ達は激しい攻撃を集中させ、その身をもぐりこませて行く。 事は迅速かつ大胆に。されど慎重を要する 下手をすれば誰しも濁流の中州に取り残されてしまうだろうから。そうなれば危険が大きく、下手をすれば命さえ失いかねない。 糾華、櫻霞、紫月が次々と死者の肉片をそぎ落とし、腕を、首を破壊する。 ダムナティオメモリアエの面々とて、遊んでいるわけではない。リベリスタ達が狙う死者を中心に集中攻撃を仕掛けている。それでも倒れぬ死者をノエルは粉々に貫き通す。 最後に立ちふさがる死者を桐が弾き飛ばし、事態は一歩だけ進展を迎えた。 この過程でカイ、ノエル、紫月が一度膝を折りかけたとはいえ、リベリスタ達は圧倒的な火力で蹂躪しているはずだ。 なのに。漸く合流が完遂しただけとは。 ●Faith Fake Faithless? どうにもらちがあかない。ラインハルトとカイは神秘の力を束ねて、戦場全域を覆う癒しの術陣を展開する。 また、並外れた精度、威力を誇る紫月の殲滅力も重要な要素ではあるが、 「日下部さんも、桔梗さんもでありますよっ!」 日下部が唇をかみ締める。そろそろ体力が持たない。 アークの面々の背に守られるよう、傷つき、技量が劣る黒服達から徐々に後退してゆく。 なのに。漏水するように、僅かな間隙を縫って死者達は陣に侵入してくる。数が違いすぎるのだ。 死者の群れは中州のように取り残された黒服一人を、更に飲み込んで往く。 リベリスタ達と共に包囲網を脱出せんともがいている唐突に桔梗が笑った。 おそらく若いのだろう。彼女にも意地というものがある。大剣を上段に振りかぶり腰を落とすが―― 「――義も理も情も有りましょうが」 静かに響くラインハルトの声。一回りも違う少女の声。 「無理はめっ、であります!」 今生きている全員が無事に帰るのだ。戦闘開始から、二人の命が消えうせた。 際どい状況が全員の生存を赦さなかったというのは、客観的な事実ではある。だが、それを仕方がない等とは絶対に言わない。 もうこれ以上、誰一人として欠けさせるわけにはいかないから。 少女の笑顔―― 今、別の戦場で戦う友人達―― 組織の面々の顔を知る以上に、レンはその心も背負いこの戦場に立っている。 己の感情を押し殺し、リベリスタ達を戦場に送り込んだ、小さくても心の強いその少女の想いを。その仲間の命を。あの頃より幾分背が伸びた彼は、絶対に守らなければならないから。 再び不吉の月が戦場を照らし上げる。紫月が居なければ既に放つことも出来ぬであろう業の顕現は、ここで最後の幽体を消し飛ばした。 リベリスタ達は少しづつ、少しづつ、後退していく。集中攻撃が功を奏したのか、敵も包囲の数が揃わなくなってきた。リベリスタ達は黒服が二名欠けたのみであり、数の差は縮まってきている。 大きな役割を果たしていたのが、やはりリベリスタ達が執拗に放ち続けた敵陣全体を覆う苛烈な攻撃の嵐だった。初めの頃こそ、時間のかかっていた撃破も、敵の耐久力を削り落とした上でならば、如実に早まってくる。 だからこそ奏者には焦りが見え始めている。彼女はたびたび演奏を中断し、腕を戦慄かせてすら居た。 フィドラーでも陰気な奴がいるものである。再び戦場に癒しの光を振りまきながら、カイはひとりごちる。 そもそもヴァイオリンが歌い、フィドルが踊るもの。死者達を踊らせるものではない。 「フェネラル・”フィドラー”・フォルテ、貴様にも踊ってもらうぞ」 減らせども、減らせども、一向にキリがない。 「漆黒よ走れ、死人を黙らせろ」 どこまでも怜悧な氷刃の苛立ちを隠そうともせず、櫻霞は対の拳銃を放つ。硝煙の香りが漂うより早く、一陣の闇は死者達の胸を貫き、数体を纏めて打ち倒す。ここからは奏者とて、ついでに巻き込んでやってもいい。 そんな敵将に対して、ラインハルトは無視を決め込んでいる。この戦場での本懐は、そこにはないのだから―― それにしても。どうにもこうにも。癒しを途切れさせる暇がない。カイにせよ、ラインハルトにせよ。本来癒し手であるのみならず、より以上の立ち回りも十二分にこなすことが出来る力を持っている。役割を割り切っているラインハルトは兎も角、嘴を噛み締めるカイは敵陣をかき乱すチャンスが欲しいのも事実。だがどうしても、その切欠がつかめない。 未だ、それほどまでに敵の攻撃は絶え間なく、リベリスタ達は脱出寸前とはいえ、危険な状態には変わりない。 櫻霞が退き、レンさえ意識を遠のかせる。 こうして。 ●Fiddle For Faddle. リベリスタ達は壁となり、進入は赦さぬ状況に持ち込むことは出来た。未だ動かぬ奏者をよそに、膠着した泥沼の戦況は一定の成果を見せつつあった。 それだけで終わるなら、苦労もないのだが―― 再び紫月が放つ業炎の矢がかすめ、赤々と溶け出す街灯が焼け落ちる。激しい火花と紫電が戦場を飾りつけ、唇の端を吊り上げたフィドラーは崩れ落ちる街灯を蹴り降りる。 「……リウスがッ!」 金切り声を張り上げる。 「私の……ネクロヴァリウスが――!」 フィドルにビールをこぼしても、誰も泣く者はいないと、カイが嘴を上げる。 だのに、煤に汚れてヒステリーを起こす者がいるらしい。 「……さない。赦さないッ!」 口調とは裏腹に、少女は一歩退いた。逃げるのか。 単に作り上げた軍団の損耗をこれ以上増やしたくないだけなのかもしれない。 だが敵の能力が読めない以上、何か罠があるのかも知れたものではない。 じりじりとした時の中で、リベリスタ達は未だ攻撃の手をやめない。敵将もそれ以上は退かない。馬鹿らしい意地の張り合いだ。いっそ消臭剤でも贈りつけてやろうか。そんなことを考えながら、桐は再び眼前の死体を斬り捨てる。 敵の数が減りつつあるならば、癒しの力で再び立ち上がった他組織の面々も地味な力量とは言え、アークのサポートに徹することが出来ていた。 それでも、リベリスタ達の疲労も蓄積し、限界が近い状態でもあるから、何かが起これば一気に覆る可能性も多いにある。 次から次に死者を盾にして、逃げ回る敵をここで倒したいのは事実である。だがこれ以上の継戦はリスクが大きくなりすぎる。 誰もが、おそらく敵さえもそのように考えていたのだろう。至近距離から放たれる糾華の華麗な突きがナイトクリークの死体を引き裂いた所で、戦闘は終焉を告げた。 「まさにイタチごっこだな」 キリがないことだ。 夜闇に溶け、消えてゆく敵に向けていた瞳を閉じ。 「さて」 櫻霞は紫煙をくゆらせる。 「元凶のケイオスとやらは一体何処に居るのやら――」 冷めた下弦の月は、いつしか雲に覆われ哂うのを止めていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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