● ――迷い込んだ先に広がる光景は目を疑うほど美しかった。 旅先で訪れた田舎道。濡れた土の匂いを運ぶ風に誘われてついつい遠出をしてしまったのがいけなかった。 気がつけば田舎道は獣道へ、そして鬱蒼と生い茂る森の中へと迷い込んでしまっていた。それでも久しく触れていなかった木々の感触に、危機感よりも先に懐かしさを覚えていた。 そして現在。 もうすっかりと日は暮れ、さすがに危ないと本格的に帰り道を探し始めてからしばらく。 男は目の前に広がった光景に息を飲んだ。 切り開かれた場所にぽつんと存在する湖。 周囲に音はなく、ただ静かにその水面に夜空を映し出している。 よほど水質がいいのか。そこに映し出される星々は、まるでそのまま夜が降りてきたかのようにさえ思える。 中でも素晴らしいのは柔らかな光を湛える十六夜の月だ。僅かにそよぐ風に揺らぐ銀の月。その幻想的な月の姿に、男は時が経つのも忘れてただその光景に魅入ってしまう。 ――迷子になるのも悪くないな、と。 ここに至ってまで、男の危機管理能力は発揮されず、それ故に男は気がつくのが遅れた。 否、もしかしたら男は最後まで気がつかなかったのかもしれない。 ――上空に浮かぶ月と水面のそれとでは、月の形が異なっていることに。 ブゥウン、と。 男の背後から、羽音がやってくる。 それは小さな虫一匹が発するようなか細い音ではなく。 無数の、それも大型の虫が連なって発する耳障りな騒音。 既に季節は冬……そろそろ寒さも厳しくなってくる時期。そんな時期のこんな時間帯にこんなにも群生して活動する虫なんていただろうか。 疑問に思い、振り返り――そして男はようやく自らの迂闊さを知る。 「う、うわぁ!?」 それは一言で言い表すならば蟲だった。 拳大ほどの大きさの、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの虫達が群を為して男のすぐ後ろまで迫ってきていたのだ。 ギチギチギチ、と音がする。大きく発達した虫が背負ったリュックを食い破る音だ。 「ひっ――!?」 さらに一匹、二匹と虫がリュックに、衣服に、皮膚に群がり、男はようやく自身の状況を把握した。 いや、この蟲がなんなのか。そしてどうして自分が狙われているのか。男は何一つ理解していない。ただ、はやくここから逃げなければこいつらに食い殺されるということだけはわかった。 リュックの底が食われてばらばらと荷物が散らばり、男はまだ蟲が少ない前方――湖の中へと逃げ込む。 ばしゃばしゃと水面を揺らし、星の瞬きを掻き乱し、中央に映る月を目指すように突き進む。 だが水の中を進む人の足と空を飛ぶ蟲とでは速度が違う。あっという間に追いつかれ、パニックに陥った男は急に深くなった水底に足を取られ湖の中へと沈み込む。 不意の出来事に肺から空気は漏れ、暗転した世界は上下も不明で。足掻き、もがき、そして―― こぽり、と。最後に肺に残った僅かな空気が満月のちょうど真ん中から浮かんで。 あたかも月が人を飲み干したかのようなその光景は、もしもそれを目撃する者が居たならば。 ――その目を奪うほどに、残酷で美しかった。 ● 「神秘的な光景の場所に神秘が宿るのか、神秘が宿っているからこそ神秘的な光景になるのか。どっちだと思う?」 「先に神秘的な光景があって、そこを見つけた神秘が気に入ってそこに宿る。の方がロマンがあって私は好きかなぁ……」 リベリスタ達が集まる前のブリーフィングルームでそんな会話を繰り広げていたのは『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)と、最近フォーチュナとして活動を始めた少女の二人だった。 「……あぁ。皆、着たわね。それじゃあ、今回の仕事について説明するわ」 ブリーフィングルームの開く音を聞き、イヴがリベリスタ達の方を向く。 「今回の事件の発生源は、ちょっとした森の中にある湖……に、浮かぶ月の幻影」 タイプとしてはE・エレメントに近いかも。そう言いながらリベリスタに資料を配るイヴ。 「特徴としては昼間でも湖に浮かんで見えること。波風を立ててもその姿が僅かに揺らぐだけで見えなくなることはないこと。湖の真ん中に結構大きく映っていて、常に十六夜月の形をしていること」 指を三つ折って、そして言葉を切るイヴ。 「……このエレメントの特徴としては、ただそれだけ。これ自身が周囲に危害を加えることはない……んだけど、問題はこのエリューションの媒体が水だということ」 その所為で湖面の月影付近で水を飲んだ虫達がエリューション化し、巨大化してしまったのだという。 「エリューション化した虫は主に羽虫とかトンボとかコオロギとか、脱皮の時期が少し遅れた、タイミングの悪い子達。だからそこまで数は多くないけど……」 それでも数十匹の単位で革醒しているという。 「まぁ、それでも元が小型の虫だからエリューション化の影響もそこまで酷くない。せいぜい大きくなったり、顎が強化されていたり、毒とかが若干強化されてるだけでそこまで問題はない」 それでも一般人には十分すぎる脅威ではあるが、リベリスタならそれほど苦もなく駆除できるだろう。 問題は、 「それに追い立てられて湖面の下へと沈んでいった元遭難者の方」 沈む際に大量の水を飲み込んだのか、それとも元からそういった適正が高かったのか。遭難した男は虫達よりも早いペースでフェーズを移行させた。 「脅威度はこっちの方が全然上」 男は、まだ月影の水を定期的に摂取しないと活動できないらしく、今は付近にあるモノ――それこそ革醒した虫やら普通の獣やらを食い散らかしている程度だが、もしもう一つフェーズが移行したならば被害はより広範囲に及ぶようになるだろう。 「このアンデッドが虫をある程度食べていたお陰で、ある種食物連鎖めいたものが成り立って周囲への被害も割と少ないんだけど、その分発覚が遅れた」 そしてその虫の数も季節的に減ってきており、周囲へ影響が出始めたために発覚した次第というわけだ。 現在の男は摂取していたモノの影響か背中に四枚の羽を有し、口元は大きく裂け、右手を注射針のように細く変形させているという。 「ちょっとした、怪人ゾンビ」 攻撃方法もアグレッシブな物が多い。 「だから今回の任務は怪人の退治と、その周りを飛ぶ虫の駆除。最後に月影エリューションを破壊」 月の浮かぶ湖面を叩いて叩いてその姿が消えれば任務完了だ。 「今から向かうと、向こうに着くのは夕方くらい……多分、怪人退治と駆除が終わった頃にはもう暗くなってると思うわ。月を砕く前に、少しだけその風景を鑑賞するのもいいかもしれない」 空気は冷たいかもしれないけれど、その分冴え渡る空とその姿を映す湖の鏡面はその寒さに見合っただけの価値はあるだろう。 「それじゃあ、行ってらっしゃい。……今日は一層冷え込むみたいだから、風邪を引かないように気をつけてね」 そう言ってリベリスタ達を見送り、それからイヴは思い出したように少女の方へと振り返って、 「あぁ、そういえば……さっきの質問だけど。結論から言えば両方有り得る、が正解よ」 「むぅ……イヴちゃん、ロマンがないです」 私はどっちが素敵だと思うかどうかを聞きたかったのに。そんな風にむくれる少女を見ながら、イヴは僅かに口元を緩めるのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:葉月 司 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月18日(火)23:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――ソレはただじっと上を見つめる。 静かな水底から、湖面に映る月を見上げる。 そこから降り注ぐ銀の光は水と混じりあうようにソレの体を覆い、ソレは僅かずつだが力を蓄えていた。 ――だがまだ足りない。 あともう少しの気がするのだ。だけどそのもう少しが決定的に足りない。 それはまるで湖に浮かぶ十六夜の月のように。 欠けた月から零れ落ちる光のように。 満たされることなく。何かを求めるように。 ――あるいはそれこそが、この月とソレの本質であるのかもしれないが。 だけどソレは思考しない。 あるのはただ、渇きにも似た想いを満たすことだけ。 湖の底からぬるりと這いあがる。 湖面の月を揺らして、水の滴る全身を震わせて、手近にあったものを掴み貪る。 口の中から奇怪な音が響くが、ソレにとって聴覚は既に意味のないものとなっていた。だから構わず噛み砕き嚥下する。 湖の底で全身を包んでいた僅かな力が内側からじんわりと染み込んでいくのがわかる。 だけどこれだけでは足りないのだ。もっと、もっともっと、もっと――! 「――神秘的な光景って。自分自身を神秘的な光景だって、考えるのかしら?」 聞きなれない音がする。 その音に反応して振り向いて、 「悪いわね、食事時にお邪魔しちゃって」 全身に衝撃が走り、木の間を縫って後退させられる。 ――あぁ。 ぱちゃりと湿った音がする。どうやら湖の縁にまで吹っ飛ばされたらしい。 「ZOMBIEといえばNINJA。お主の相手は拙者でゴザル!」 目の前に、何かがいる。 ――あぁ、もしかしたら。 目の前のこれこそが、自身の求めたいたものかもしれない。 溢れる渇望が縋るように浸食し、そして―― 「ーーーーーっ!」 ソレは、目の前のモノに向けて飛び込んだ。 ● 「よし、向こうは無事に足止めに成功したみたいだな」 『正義の味方を目指すも者』祭雅・疾風(BNE001656)は、千里先をも見通せる目でもって『ニンジャウォーリアー』ジョニー・オートン(BNE003528)と怪人ゾンビが交戦に入るの確認し、仲間へと声をかける。 「それじゃあこっちも動こうかしら」 群がる巨大な虫達へと市販の弁当を投げ注意を逸らしていた『上弦の月』高藤・奈々子(BNE003304)が、その手に持つ物を弁当から愛銃へと持ち帰る。 「いくぞ! 変身!!」 それを合図に疾風がその身にバトルスーツを纏い、他の面々も行動を開始する。 「出来ればこのような場所には、プライベートで訪れてみたかったものですが……」 森全体に漂う木々の香りと、ここまで香る濃く甘い水の匂いと。それから眼前に迫りくる虫の顔とを見比べてしまって深く溜息をつきながら、それでも己の役割をと『蛇巫の血統』三輪・大和(BNE002273)がその身の側に影を呼び出し一歩前へ出る。 「かっ……月は人の心を狂わす、なんてよく言うけど。狂わされてんのは心どころじゃねえし、人も虫もお構いなしか」 事前に聞かされているとはいえ、実際にエリューション化してしまっている虫を睨みつけながら、『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)は悪態をつく。 事前に仕掛けた強結界がきちんと作動していることを確認しながら、前方にいる疾風や大和にまとわりつく虫達に向かって気糸を張り巡らせる。 その気糸が何体かの虫の胴体を鋭く貫くのを見ながら「さて、」と動き出したのは『陰陽狂』宵咲・瑠琵(BNE000129)。 「近頃使い手が増えて来たようじゃが――」 瑠琵はその手にした符を構え、叫ぶ。 「せめてもの手向けじゃ。陰陽の妙技、篤と見よ!」 ぱんと拍手を打ち放る符から、自らの分身ともいえる影人が創り出されて前線を支える二人の元へと向かっていく。 そしてそんな瑠琵に続くように影人を生み出すのは、虫と対峙する五人とは僅かに離れた場所に位置する『愛の一文字』一万吉・愛音(BNE003975)だ。 「響かせましょう愛の音を! ゾンビ殿を抑えるのが愛音のお仕事でございます!」 瑠琵の影人とは僅かに異なる――正確に言うなら頭部に愛の一文字を掲げた影人が、見事な軽業でもって怪人ゾンビに張り付く。 「うぉ、ZOMBIEに続いてライバルまで登場でゴザルか!?」 その動きは真の忍者を目指すジョニーにとっても想定外のものだったらしく、サングラスの奥の目を剥きながら驚きの声を上げる。 ざっと見たところ、純粋な速度では自らの方が上だが身の軽さでいけばライバルの方が上といったところでゴザルか。 ならばどのように連携していけば良いか。それを頭の中で練りながら、ふと怪人ゾンビが奇妙な初動を見せ始めたことに気がつく。 「むっ、いかんでござる……一万吉殿!」 それが飛ぶ前兆だと予感したジョニーは、自身の身を当て怪人ゾンビの動きを一瞬だけ遅らせる。 「LOVEでございます!」 二体目の影人を生み出していた愛音はその隙を逃さず、影人を大地からジョニーの背、そして肩、頭へと駆け上らせ空へと羽ばたかせる。 影人が伸ばした腕は見事、数瞬早く飛び立った怪人ゾンビの足を掴み、墜落させることに成功する。 「ナイスLOVEでゴザル!」 「おぉう、本場の発音でございます……!」 互いにサムズアップを交わし合い、怪人ゾンビの厄介の動きを封じたことを讃え合う二人。 それを見て、先に怪人ゾンビを湖まで吹っ飛ばした張本人、『薄明』東雲・未明(BNE000340)は安心して虫を駆逐する五人の元へと駆け戻る。 「てか、こんな時期まで蝉が残ってることが驚きだわ」 そんな未明の進路を妨害するように向かってくる蝉を見て、未明は素直な感想を漏らす。 巨大化した、なかなかにグロテスクな蝉の顔も、実家の環境では割と見慣れたものであったため動揺はない。 「流石に頑張りすぎじゃない? ……とっ!」 発達した管を幅広の剣で受け流し、上段から蝉に叩きつける。 頭部の三分の一ほどを砕かれながら、しかし地に伏さない蝉からの反撃というように、未明の腕が熱く火傷を負ったようにわずかに爛れる。 「逃げられる際にしっぺ返しを食らっちゃったみたいね」 前線へと合流した未明へと声を掛けるのは奈々子。 「あの月のように美しくはないけれど……」 木々の合間を縫って浮かぶ月を見上げ、黄昏色に染まり始めた森の中の空間をやさしく包み込む光を発生させる奈々子。 その光は未明の爛れた腕と、そしてプレインフェザーの三半規管を癒す。 「……汚れんのは困らねえけど、帽子が汚れるのはなんかムカツクな」 羽音に惑わされ、転倒した際に落としてしまった帽子を拾いながら、八つ当たり気味に目の前にたむろする虫を貫いていく。 「いくら神秘によってこの季節まで生きながらえたとて、元来は寒さに弱き虫等。ならばこの氷雨はどうじゃ?」 数体の影人を出し、さらに味方全体に守護の結界を張り巡らせ終えた瑠琵までもが攻勢に加われば、状況は一気にリベリスタ達の方へと傾く。 元より直接的な打撃力に欠ける虫達。その羽音で敵の動きを阻害しつつ状態異常で弱らせてから食べるという、ひどく原始的な行動パターンしか持たない彼らは、その大半が羽音の影響を受けないメンバーで構成されたリベリスタ達と相性が悪かった。 加えて奈々子が満を持してブレイクイービルによる浄化の光を放てば、回復手のいないリベリスタ陣とて崩すことは容易ではない。 「欠けた月の光で目醒め……偽りの赤き月の光で眠りなさい」 瑠琵の攻撃にさらに追い打ちを掛けるように大和がその背に赤い月を呼び出せば、その光の波動に耐えきれなくなった虫が数匹地面へと落下し始める。 そんな、まさしく虫の息となった状態のそれらを、鋭い踏み込みでもって踏みつぶしながら疾風と未明が自らの得物を振るう。 疾風はその速度と変化に富んだナイフ捌きで虫を翻弄し、未明は腕の力でのみで虫をなぎ払っていく。 二人の剣は柔と剛を表すかのように対極でありながら、それでいて奇妙にかみ合い虫を蹴散らしていく。 「そろそろ、向こうの抑えがきびしくなってきたか……!」 千里眼から覗く湖側の戦況はあまり芳しくない。致命傷は避けているものの、ジョニーの体からはかなりの出血が確認でき、援護に回るべきか否か逡巡する。 「ふむ……おぬしが行くよりも、わらわの影人を向かわせた方が良いかのぅ」 こちらは十分に数が足りているようじゃし、と。 大分減った虫を見遣りながら瑠琵が判断を下す。 「おぬしはこちらで一秒でも早くこやつらを倒せるように専念するのじゃ」 「了解しました!」 その掛け声に偽りなく、自身から迸る雷撃を乗せて周囲の虫の羽を纏めて切り裂く疾風。 「よし。疾く行け!」 それを確認し、瑠琵が影人に指示を出し湖へと向かわせる。 「あと、プレインフェザーさんも向かってあげてください!」 疾風の声にプレインフェザーが頷き、大和へとインスタントチャージを掛けその精神を癒してから影人の後に続く。 ここから湖へは全力で駆ければ十秒と掛からないとはいえ、木々が邪魔をしてスキルが通らない。 そして愛音は三体も影人を生み出せば余力はほとんど残らない。 木々が開け、水の気配をより強く感じさせる空間へと出て、何を確認するよりも先に愛音へと意識を同調させてその精神を癒す。 「ナイスタイミングでございます!」 既に何度か相手から吸血を行ったのか、唇を鮮やかな赤で染めた愛音が手を叩き、 「愛の壁は簡単には抜けないのでございます!」 まさに今、怪人ゾンビによって打ち破られた影人を補填するように生み出す。 「向こうはもうすぐ片づく! ニンジャも一端後ろへ下がれ!」 瑠琵の影人三体と、追加で生み出された愛音の影人が怪人ゾンビへと張り付き、未だ残っていた影人と合わせて五体の影人がその動きをブロックする。 囲まれ、十全に身体能力を発揮できない怪人ゾンビを見て、ジョニーもプレインフェザーの言に従い一度下がることにする。 「悪いな、そっちの怪我は治せねぇ」 改めて愛音へとインスタントチャージを掛けながら、ジョニーの痛ましい姿に歯がゆげに表情を歪める。 「なんの。自らが刃となり皆を守る。それがNINJAでゴザル。その心遣いだけで十分でゴザルよ」 「それはまさしくLOVEでございますね!」 「そうでゴザルな。……しかし、影人もこれだけ集まれば圧巻でゴザル」 一息吐いて息を整えたジョニーが皆が合流するまでに少しでもダメージを入れておくため、その長い足を蹴りあげてかまいたちを怪人ゾンビへとぶつける。 「瑠琵殿の影人を守るように動くでございますよ!」 プレインフェザーのフォローのおかげでコンスタントに生み出せるようになった影人の内一、二体を攻撃に、残りの影人をブロックに使って時間を稼ぐ愛音。 影人は直撃で一撃、致命傷を避けても二撃といったところで消滅してしまう。複数体に向けて攻撃を仕掛けてくることもあるため油断はできないが…… 「やはり最初の専守防衛が効いてゴザルな」 片や疲れ知らずの人形、もう片方は神秘によって強化されたとはいえ生身の肉体。その身体には疲労が蓄積し、その動きは徐々に露になっていく。 それはやがて一秒にも満たないわずかなラグとなり、 「――待たせたわね」 そして戦場ではその差が生死を分けこととなる。 奈々子の早撃ちの音が木々に囲まれた湖畔に反響し、怪人ゾンビの羽を穿つ。 一発。二発。 乾いた音が連続し、片羽は無惨に引きちぎられる。 怪人ゾンビはその痛みと怒りに身体と残った羽を震わせて目の前の影人をなぎ払う。 湖に淡く輝く月の光と、影人が霧散する光とが甲殻化した身体の表面や羽に反射し、言い知れぬ空気を纏わせる。 「――すっかりこの地の住人ね」 その光景に、この言葉ほど似つかわしい表現はあるだろうか。 「でも、帰るときが来たわ」 「左様。せめてお主の魂だけは、拙者達が解放してみせるでゴザル!」 後方からやってきた仲間と共に、ジョニーも再びその傷をおして怪人ゾンビの前へとやってくる。 「……貴方に罪はなかったわ」 そして激しい打ち合い。 もはや怪人ゾンビに勝機はなかったが、それでも彼は求めることをやめない。 「こうなった後も虫を倒して、人々の被害を未然に防いだ貴方に敬意を」 何のために、それを求めたのか。彼自身、既に覚えてはいないけれど。 「菊の大輪、供えさせてもらうわ」 その声は、果たして彼に届いたのか。 「それじゃあ、ばいばい」 ――最後の一発が、怪人ゾンビの眉間を貫いた。 ● 「っていうか湖側で戦った人とか、濡れて寒くない?」 戦闘が終わり、ぴんと張りつめた空気が弛緩してから、未明が主にジョニーの方を見ながら首を傾げる。 「熱いお茶も持ってきたし、折角だからお月見しながらひと休憩しましょう」 「うむ、賛成じゃ」 未明の提案に真っ先に乗ったのは瑠琵。熱いお茶ではないが……と言っていそいそと取り出した物を見せながらにかりと笑う。 お茶と、盃とを希望者に配り、 「かつて彼が人だった頃に数瞬だけ見惚れたこの月と」 「彼の故人を忍んで、献杯じゃ」 湖のほとりにシートを敷き、すっかりと日の暮れてしまった空へと器を掲げる。 奇しくもそれは、彼がこの光景に見入った当時とほぼ同じ時間帯で。 より澄んだ空は星達をより近くに感じさせ、星光達は湖の中を嬉しそうに揺蕩う。 「……こうやってただ綺麗なだけならば、良かったのだけどな」 ぽつりと呟かれた疾風の言葉が、皆の気持ちを代弁していた。 神秘が先なのか、神秘的なそれが先なのか……それは、リベリスタ達には分かり得ぬことだけれど。 「どっちが素敵か、て話なら……あたしは、コレを綺麗だって感じるコトが一番、人間らしくて素敵なんじゃないか、って思う」 なんてな、と照れたようにそっぽを向くプレインフェザー。柄にもねえ事言うもんじゃねえや。なんて頬を掻きながら熱いお茶を一気に飲み干す。 「かの御仁もそう感じだだろう風景を、拙者達が心に残す。これも供養でゴザルな」 彼は最期まで人間らしかったと、その証明に。 ――そして空に浮かぶ上弦の月と、湖に浮かぶ十六夜の月の共演にしばし時を忘れて楽しんだ後。 「では、そろそろ破壊するとしましょうか」 戦闘での疲労がある程度抜けてから、撤退の準備を始める。 「本来なら、人の手で湖面に移る月を壊すは無粋なのでしょうけれどね。これが、世界に仇なす存在でさえなければ……」 最期の瞬間を逃さず捉えようと見つめながら、 「水面の月は漂って命のやり取りを眺めるだけでございますか」 それは確かに綺麗なのだろう。罪ではないのだろう。 だけど―― 「――それは愛ではないのでございますよ」 リベリスタ達の一斉攻撃が銀湖の月へと降り注ぎ、その湖面を割る。 激しい水飛沫が舞い、どんなことがあっても決して沈むことのなかった月が、ようやく姿を隠す。 その最期の姿をも瞳に刻み、リベリスタ達は帰路へと着くのであった――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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