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<晦冥の道>洗脳セミナー


 濡れて張り付く黒髪を、適当に払った。
 嗚呼、今度のお人形もろくなものではなかった。楽しそうに笑う顔はあの人に良く似て最高だったけれど。
 縛り付ける様なアイシテルには呆れてしまう。あら嬉しいわ、微笑んだまま、己に覆い被さる男の首を切った。愛した女の手で腹上死。ねえきっと幸せでしょ?
「あっれ、また飽きちゃった訳?」
 気に入ってたじゃん、俺様ちゃんに似たお人形。シャワーを浴びて尚、微かに残る鉄錆のにおいを感じ取った様に此方を向いた相手に、大げさに首を振って見せた。
「全然駄目よ。だって、私のこと愛してるって言うの」
 玩具は遊ぶものなのに。愛されたって嬉しくない。玩具に心なんていらないでしょう?
 お兄様にはなれないんだから。そんなつぶやきは飲み込んだ。そんな『妹』の様子にも大して反応を示さず、『兄』──黄泉ヶ辻・京介は思い出したようにその瞳をこちらに向ける。
 視線が交わる。花が綻ぶ様に微笑んで、妹は首を傾けた。
「ねぇお兄様、糾未に玩具を貸してくれる?」

 ――おー! 糾未ちゃん、次のお遊び何すんの?

 けたけたと。響き渡る笑い声に目を細める。内緒よ? と傾けられた顔。
「好きなの持ってけば? また、可愛いお遊びするんでしょ?」

 ――頑張ってね、『フツウ』ちゃん。頑張らないと京ちゃんにはなれないよーん!

 狂気がわらう。面白そうに。楽しそうに。歪めた瞳にはしかし、いろが無い。
 傷付いた様に引き攣る表情が見えた。玩具に心が無い方が良いなんて『フツウ』が考える常識だ。

 玩具は心があった方が面白い。
 壊した時の絶望を、さあもっと見せてくれ。


「遥斗、」
 一声。少しだけ震えた声が呼ぶ名に、振り向く事無く反応した。手に持った、エルレンマイヤーフラスコに詰めた透明な液体が揺れる。
 手術台にうつ伏せに乗せた『生きた人形』。一度試験管を放して、取り出すのは細いドリル。
 がりがりがりと削って。びくびく跳ねる身体。後頭部に開けた穴から垂れる血は吸い出して、脳には傷を付けない様に。
 そうっと差し込むチューブ。フラスコの口と繋いで、傾ける。緩やかに流れ込む、少し粘度の高いそれ。
「大丈夫だよ糾未、うまく行ってる」
 十分入れたらチューブを抜いて。
 確り、ゴムで栓をして。
 手を離せば、寄って来た子供がその頭を掴んだ。呻くそれ。何も躊躇わずに、全力でそれを上下に振った。
 水の揺れる音。何かが泡立つ音。口から目から鼻から耳から血が混じった泡が滴り落ちて、続いて湧き出す純白の泡。
 悲鳴も何も無いままに。絶命した筈のそれが起き上がる。どろり、濁ったそれの目が此方を見詰める。
「ほら、丁度一個出来た。リウちゃんのお陰で質が良くて良いよー。もー空っぽだから、後は詰めて貰うだけだね」
 阿国ちゃんならちゃちゃっとこなしてくれるでしょ。楽しげにけらけらと笑う。
 常人なら顔を引き攣らせるであろう状況に、やって来た自分の主は眉を寄せて、慌てて首を振った。
「そう。……じゃあ、後は宜しくね」
 言葉少なに。席を立ち消えていく後姿を見送った。嗚呼、あの子はどこまで言っても普通から何も変われない。
 折れた傷口から修復する先によっては、違う未来もあるのかもしれないけれど。
 想像して、少し笑った。溢れ出したピンク色の泡が、地面を染めていった。


「……どーも。今日も最低な『運命』、話すわよ。どーぞ宜しく」
 手をひらり。皮肉交じりの声に反し、表情一つ動かさぬまま、『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は話を始めた。
「過日、散発した主流七派黄泉ヶ辻による大量虐殺、及び拷問の目的が判明した。ま、『首謀者』が自らご丁寧にお話してくれた訳だけど。
 ――黄泉ヶ辻・糾未。その存在が一切公開されて居なかった、黄泉の妾子。首領サンの妹にあたるそうよ」
 モニターに映し出される、女の顔。艶やかに微笑む顔は少女とも女ともつかない危うい美しさを湛えてリベリスタを見つめていた。
「ま、その事実と、……彼女にとっての唯一の『肉親』があの『狂介』なのが、彼女を歪めてるっぽいのよね。
 大好きな大好きな兄に追いつく。黄泉ヶ辻に相応しい狂気を得る。そんな目的を果たす為の『お遊び』にあたしらは招待されたの。
 ……ま、結果は見事、阻止しちゃった訳だけど」
 愛は、障害がある程燃えるって言うでしょ? 呆れた様な溜息。錆びた紅がモニターの顔を見上げた。
「誰より狂気に愛されるはずの黄泉のお姫様は、あんまりにも『普通』だったみたいね。まぁ、実力だけはあったけど、彼女は世界を知らなかった。
 狂気さえ足りなかった。箱入り娘は、挫折を知ってしまったのよ。……奇しくも、『兄』が毎度軽くあしらってみせる、アークの手によって」
 それは、普通の心を歪めるには十分だった。もう一度、動いた。吐息交じりに吐かれた言葉。
「今回あんたらに頼むのは、情報収集及びこれ以上の被害を止めること。
 東京近郊で開かれるセミナーの裏側に潜入して貰う。一見良くある啓発セミナーだけど……これに行って、『戻ってこない』人が増えてるの。
 多くは縁者の居ない人。縁者が居ても、手紙なんかが残されてて完全に自発的失踪を装ってあるけど……まぁ、あたしが視たって事は、只の失踪事件じゃないのは分かるでしょ?」
 落ちる沈黙。大掛かりな人形集めだ、とフォーチュナは呟く。
「……このセミナーは、妹君の『お遊び』に使う人形を選んでるみたい。詳細は不明。ま、本人は居ないけど。
 此処で選ばれたお人形は、次の場所で『検品』されて、ここに戻ってくる。そして――此処で要らないものを洗い落とされて、また次の場所に運ばれるの。
 そこで、狂気って名前の綿を詰め込まれるの」
 出来上がるのは狂いに狂った、ノーフェイスと言う名のお人形。良い趣味してる、と冷ややかに笑った。
「検品場は世恋が、綿詰め場はメルチャンがそれぞれ予知してるから、一応確認して欲しい。
 あんたらは、情報収集と、セミナー参加者の避難を第一に考えて。……後、出来れば、『検品』済みの玩具を出来る限り、壊して欲しい」
 淡々と。告げられた言葉に混じる内容に、空気が硬くなる。それを察した様に、資料を差し出したフォーチュナは、硬い表情のまま冷ややかに目を細めた。
「……ご想像通り。検品されてるのは、未だ只の一般人。でも、……もう日常には戻れない。完全に可笑しくなってる。
 だから、『壊して』来て頂戴。じゃ、後は宜しく」
 無事に帰ってきてね。一言告げて、フォーチュナは部屋を後にした。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年12月17日(月)23:23
お披露目なのです。
お世話になっております、麻子です。
しいなST、ガンマSTとの連動。
以下詳細。

●成功条件
表のセミナー参加者(40名)の3分の2以上の生存、及び情報収集。
(可能であれば、『洗浄忘却』使用前の一般人処理)

●場所
東京近郊のとある講堂です。
メインとなるセミナー会場の地下に、『検品』済みの人間の脳を洗う場所が存在しています。
地下室への入口は、セミナー会場内に一つ、外部に一つあります。
セミナー会場内には講師を含む5人の黄泉ヶ辻フィクサードがおり、地下室には6人の黄泉ヶ辻フィクサードが存在します。
光源の心配は必要有りません。

●黄泉ヶ辻・糾未
主流七派・黄泉ヶ辻首領、黄泉ヶ辻・京介の妹。
ヴァンパイア×ホーリーメイガス。今回、現場には居ません。
彼女の次の『お遊び』の為の下準備が行われているようです。
登場シナリオは『<黄泉ヶ辻>仮初デッドエンド』。

●櫻木・遥斗
黄泉ヶ辻・糾未の側近。ビーストハーフ(ネコ)×ナイトクリーク。
一般戦闘・非戦闘スキル所持。
ナイトクリークRank2スキルまでから4つ所持。一つはギャロッププレイです。
アーティファクト『洗浄忘却』を所持しています。

●黄泉ヶ辻フィクサード×5(セミナー会場)
ジョブ雑多。少なくともホーリーメイガス1名、クロスイージス1名が存在します
立場上、積極的には戦闘・一般人殺害を行いません。
講堂壇上に1名、残りは講堂の四隅に居ます。

●黄泉ヶ辻フィクサード×5(地下室)
遥斗に従い、『洗浄忘却』を使用し玩具を作るフィクサード。
ホーリーメイガス、クロスイージス、破界闘士が判明しています。
此方は戦闘を行います。

●アーティファクト『洗浄忘却』
エルレンマイヤーフラスコ一杯に詰まった透明な液体。
これを脳内に流し込む事で、対象の『記憶・感情・知識・本能』全てを洗い流しなかった事にします。
これを使用された一般人は、ノーフェイスとして革醒します。

●一般人×40(セミナー会場)
セミナーを受けに来た一般人です。
彼らの中から選ばれたものが、『検品』会場に運ばれる予定でした。

●ノーフェイス『ドール』×2(地下室)
『洗浄忘却』を施されたノーフェイスです。完全に狂気に陥っています。
・ブレインウェーブ(近単/弱点、鈍化)
・ブレインショック(遠範/ショック)
を使用します。

●廃人×25(地下室)
『検品』会場から運ばれてきた一般人です。完全に狂っています。


以上です。ご縁ありましたら、宜しくお願い致します。 
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
坂本 ミカサ(BNE000314)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
デュランダル
兎登 都斗(BNE001673)
ホーリーメイガス
エリス・トワイニング(BNE002382)
マグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
クリミナルスタア
坂本 瀬恋(BNE002749)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
レイザータクト
アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)


 透き通るような水色。すう、と細められた『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の瞳は全てを見通し把握する。
「……地下、奥に一つ隠し部屋。火災報知機は、入口側より会場奥で鳴らすと良いと思う」
 淡々と。感情を挟まぬ乾いた声。目の前の会場組は勿論、既に移動した地下組にも。出来る限り精密な情報を伝えて、微かに息をついた。
 瞼を落とす。伏せられた水色が湛えるのは激情と、少しの思案。嗚呼。敵も味方も誰も彼も。こんな風に、いろいろ考えて生きてるのか。巡らせてみた思考はどうも性に合わなくて、別にいいけどと吐き出した。
「気分よさそうにひたられても、いらいらするだけだ」
 嗚呼むかつく。少しだけ大人になった彼女の胸を満たすのは、今も変わらず『悪意』への苛立ち。透かし見た先で転がされた人間だったものを思って、その先に見えそうなものに苦い思いを噛み潰す。
 そんな彼女と共に表で待機する事になるのは『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)。この奥、そして幾つかの場所で行われる『人形遊び』の理由こそ気に掛かるが、今は少しでも多くの一般人を救う事が優先事項。
「では、お気をつけて」
 見送りの言葉が、作戦の開始を告げた。

 程良い空調と、穏やかな音楽。広い講堂に並べられた椅子はその殆どが埋められていた。羽根も目立つであろう外見も全て神秘のヴェールで隠して、上から見せかけの自分をもう一枚。
 そのまま大人しく椅子に腰かけて、兎登 都斗(BNE001673)は目の前で語られる講師の言葉に耳を傾ける。
「貴方の人生を変える選択です。……『普通』から脱却しませんか?」
 フツウ。メモを取る為に復唱した。こんな夢物語のような話の裏で進む作業は随分と穏やかではない。巻き込まれる無知なだけの一般人からすれば堪ったものではないだろう。
 さらさら、走るペン。流れ込むのは『特別』を目指そうという甘い甘い毒の言葉。これに騙される前の彼らを、出来る限り帰さないと。
「……さ、楽しみだね」
 どんな情報が得られるのか。後半は飲み込んだ。そんな都斗より入口側。『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)は透明なレンズ越しに講師を見遣った。
 彼の痩身に良く馴染むオルタネイトストライプのスーツは、今日だけラフな私服に切り替えられ。一度見られた容姿を誤魔化せば、咎められる事も無く紛れ込めた。
 話せば話す程。陶酔した様な視線を投げる者が多くなるのは言葉の巧みさなのかはたまた他の理由なのか。何にせよ、あまり気分の良くない光景に僅かに眉を寄せた。
 そんな彼の視線の先。通路に立っていた男に断って、此方に歩いてくるのは『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)。あくまで目立たぬように、けれど早足に通路を歩く彼と視線が交わる。
 すれ違う。其の儘会場奥に消えていく彼を見送って、そろそろか、と一度時計を見遣った。
「……気に入らない奴の事は全力で妨害したくなる性質でね」
 邪魔をしに来たよ、なんて言ってやったら、どんな顔をするのだろうか。ノイズ交じりの熱弁に、大きく頷く聴衆たち。話を纏めよう、そう動き始めたフィクサードの思惑を裂くように――

 ――ジリリリリリリリッ

 酷く不安を掻き立てるような高音が、講堂一杯に鳴り響いた。


 ノイズ交じりの警告音が、幻想纏い越しに動きを伝える。次いで入った、仲間の声。戦闘が開始されたのだろう、即座に遠ざかったそれは、地上の仲間が動いた事を告げていた。
「……問題無いわ、直進した扉の先に全員」
 そして、涼子の言う通りであればその奥に人間だったものが沢山。酷くドライに状況を告げる声。『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の身体がふわりと宙に浮きあがる。
 黄泉の姫君のお遊び、だなんて言うけれど。氷璃にはその『姫君』自身が黄泉ヶ辻の玩具にしか見えなかった。どれだけその血が濃かろうと、兄と妹は所詮は別人。違うものにどれ程なりたがっても、それは無いもの強請りと同じだった。
「……けれど、」
 もしかすると。黄泉ヶ辻であるにはあまりに普通で危うすぎる存在であるからこそ。彼女は、『向こう側』へ踏み出せるモノを持っているのかも知れなかった。そう、丁度1年前。力に焦がれた誰かが、人の枠を出てしまったように。
 通路を一気に駆け抜けて。重厚な扉を半ば蹴破る様に開いたのは『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)。勢いのまま駆け込んで。黒い瞳に揺らぐのは捕食者の本能。
 災厄を告げる拳が、眼前の敵を見境無く全て引き倒し殴り叩き伏せる。荒れ狂う大蛇の殺意もそのままに、その瞳がフィクサードを睥睨した。
「どーも。アークの暴力出張サービスでーす」
 御挨拶代わりに突然だけど、ソレ、置いて逃げてみる気はないか。投げかけられた問いに、奥に立っていた青年が面白そうに笑い声を立てた。フィクサードは既に動き出している。
 飛んで来た鎌鼬が掠めた額から、流れる紅が美しき薄氷に色を付ける。くるり、夜の天蓋が宙で踊った。氷璃の唇から紡がれるのは、漆黒の魔術の方程式。
「ごきげんよう。貴方が此処の責任者かしら?」
「まぁそんな感じかな。来てくれて嬉しいよ、アーク。どうぞお見知り置きを」
 ひらひら、手を振って見せた青年の周りで、暗い紅色が踊る。練り上げられた魔力が織りなす、禍々しき月光。音もなく身を焼くそれに表情を歪めた仲間を見遣りながら、見極める様に目を細めたのはエリス・トワイニング(BNE002382)。
 解析しても得られるのは、既に聞き及んだ情報ばかり。少しだけ歯噛みする間にも、相手の癒し手が齎した清浄な息吹が傷を癒すのが見える。
「答えないって事は、拒否だよな。……ま、アタシはお前らをぶん殴れる方がいいから」
 願ったり叶ったりだね。瀬恋は笑う。叩き付けられた盾による一撃をがっちりと受け止めて。数で負けている状況においての最善を探す様に視線を動かした。

 きん、と響く金属質な音。ぶつかり合った刃を跳ね上げて、拓真は浅く、精神を整える様に息をつく。足元に転がるライターと煙草、そして、倒れ伏したクロスイージスの男。
 作戦通り、たった一人で火災報知器を鳴らしに行った彼は、その綿密な作戦と研鑽し続けた力量で見事にその役割を果たしていた。会場内で聞こえる避難誘導の声に、安堵の息を漏らす。
「一つ、良い事を教えてやる」
 二式天舞が閃く。かつん、と床と触れて音を立てる刃先。まさか、と言いたげな顔に微かな笑みを浮かべてやった。そもそも、敵地に一人で来るほど馬鹿な訳が無いと言うのに。
「──俺達の目的は、此処だ。さぁどうする。俺とこのまま遊んで居てくれても良いが──」
 その間に、仲間はきっと、目的に辿り着くだろう。あくまで穏やかに、けれど冷やかに。告げるその顔をまじまじと見つめていた男が、表情を歪める。何で気づかなかったんだ、と呟く声。即座に取られた無線がざざっ、と音を立てた。
「避難誘導は良い、其の儘帰らせろ! 良いから早くしろ、帰らないなら殺せ、――『誰が為の力』だ。新城拓真が会場内に居た!」
 今すぐ地下室に。それだけ告げて通信を切った男が恨めし気に此方を見遣る。早く行かなくて良いのか、と言ってやれば即座に駆け出す後姿。それを確認してから、会場内へと飛び込んだ。
 ざわつく室内。フィクサードの姿は既に殆ど無いが、動きの遅い一般人に苛立ったのだろうか。最後に一人、会場中央に残っていたそれが、手首に仕込んだ暗器を引き出すのが見えた。
 目前には一般人。けれど、拓真が走ろうとその手はきっと届かない。声を張り上げかけて、けれど寸での所で飲み込んだ。
 ふわり、広がるのは常人には不可視の気糸。張り巡らせて、音も無く絡め捕る。縫い止められた様に動きを止めた男が視線だけを動かせば、見えたのは鈍く紫を灯す白い指先。
「悪いね、邪魔させて貰うよ」
 変装代わりのニット帽を脱ぎ捨てた。一般人に被害を出さない事だけを考えていたが故の、即座の行動だった。漆黒の瞳が大した感情も孕まず冷やかに細められる。何処までも静かに動いたミカサの行動は、一般人にも気付かれない。その間に手早く都斗が一般人を撤退させれば、途端にがらんとした会場内。
 無言で叩き込まれた、生死を分かつ程の斬撃の前に、動きを止められたフィクサードが何も出来ないまま倒れ伏す。視線を交わした。向かうべき場所は既に、分かっていた。


 深紅の鮮血が、禍々しき鎖へと姿を変える。地下室を一気に駆け抜けた氷璃の魔術が、誰かの意識を奪ったのが見えたけれどその確認を行う間さえ惜しかった。
「凡人が描く狂気を傍から見るのはさぞ滑稽でしょう」
 次はどんな茶番が待っているの? 尋ねる声に、浅くはない傷を負った青年はひどく楽しげに笑い声を立てる。そうだね、と、首を捻る顔。それに苛立ちを隠さぬまま、真っ直ぐ突っ込んで全体重をかけて。
 握り込んだ鈍器ごと、全力で拳を叩き付けた涼子の頬に跳ねた返り血。雑に拭って、嗚呼むかつくやつらだ、と小さく呟いた。呻き声も、奥の部屋から聞こえる調子外れの笑い声も。何もかもが苛々する。巻き込まれて弄ばれたもののなれの果て。
 吐き出したい激情は、けれど上手い言葉にはならなくて。代わりにもう一度きつく拳を握り直す。外部で火災を装う為に尽力した彼女と同じく遅れて突入したアルフォンソは、放った閃光弾の行方を見る間も無く、深い傷を抑えていた。
 既に一度運命は飛んでいるのに、此方にその傷を癒す癒し手は居ない。否、居ないのではなく、既に地に伏せていた。回復しか出来ないから、と尽力を続けたエリスだったが、数の不利は覆し切れない。
 自然と狙われる形になれば、脆い癒し手は長くは持たない。彼女が倒れた事で癒しを受けられなくなった面々も、中々に窮地に立たされていた。面倒だ、と舌打ち。瀬恋の瞳が周囲を見遣る。
 試しにと放った精密な抜き打ち射撃はしかし、フラスコに薄く傷をつけたのみ。アレを奪えないのなら、戦う以外に選択肢は無い。幾度目か。獰猛な大蛇が牙を向いた。
「テメェらもわかってんだろ? こんなお手本みてぇな悪事を教科書通りに真面目にやったって狂う事なんて出来ねぇって事ぐらい」
 殴って殴って其れでも足りない。心の底から湧き上がる苛立ちを込めて、床へと叩き付けた敵を蹴り上げ意識を飛ばしてやった。ふざけている。出来ないと知りながら笑って付き合うこいつらも。
 クソ真面目に『悪事』をこなして兄に焦がれるオヒメサマも。最高に最悪でつまらないお遊びの為に、何の関係も無い人間まで巻き込んで。がちん、とぶつけ合わせた拳が音を立てる。
「さっさと立てよ! お前ら全員ぶちのめす、覚悟は出来てんだろ!」
 ぼたぼた、滴る血液は瀬恋とて無事ではない事を告げているけれど。倒れてやる気なんてなかった。遅れて駆け込んで来たフィクサードの一撃を受けても膝は折れない。強固な意志は運命さえ容易く引き寄せる。
 滾る瞳。それを見据えて、青年はやはり面白そうに笑って。じゃあ、と一つ指を立てた。
「良いこと教えてあげるから、見逃してよ。地下室もこのまま置いていくからさ」
 通路から、一般人避難に尽力したリベリスタが駆け込んでくるのが見えた。そこに見覚えのある長身を見つけて、ひらひら、手を振って見せて。側近たるが取り出したのは一枚の紙。
「箱舟の万華鏡の素晴らしさは勿論、知ってるからさ。来るって思ってたよ。……まぁ、此処まで前線されるのは正直完璧に予想外だけど」
 その間も、戦闘は続く。即座に癒しを回すこととなった都斗に飛ぶ、狂ったノーフェイスの『脳波』。狂気じみたお人形の一撃に表情を変える間もなく続く猛攻に、容易く運命は削られる。
 展開される魔法陣。触れたものを即座に石に変える魔力が閃いた。舞い上がる銀色と、華やかなレェス。
「何度でもへし折って上げるわ、……そこにどんな目的があろうとも」
「それは光栄だ。……これはね、前準備なんだよ。あんまりにも可哀想な親愛なる我らがお姫様が、可笑しくなる為の階段の一つ」
 才能以外何一つ受け継げなかった哀れな普通の女の子を、普通ではないものに変える為の特別なお人形劇。続きを求める氷璃の視線に応える様に、遥斗は両手を広げてくるくる、回って見せた。
「ねえ、質問だ。世間知らずで、温室育ちの子供を成長させる一番の材料ってなんだと思う?」
「――挫折ね」
 迷う事無く返された答えに、男は御名答、と口角を上げる。傷だらけの銃が鉛の雨を降らせた。拓真の瞳が、そちらを向く。黄泉ヶ辻においてはあまりに『普通』である女。生まれと育ちが違ったなら、リベリスタにもなり得たかも知れない程に普通であるらしい存在。
 けれど。危うい普通は常に可能性を秘めている。蛹が蝶へとなる様に。普通から、純粋な狂気へと身を落とす可能性が。氷璃と同じ危機感を覚える彼の視線にも、青年はうっすらと笑みを浮かべる。
「大好きな大好きなお兄ちゃんになりたいのなら、まずはその普通を失わなきゃいけない。……お手本通りの悪事、って言ったっけ」
 瞳が、瀬恋を見据えた。生き残るフィクサードはもう半数程。それを見据えて、軽やかな足取りで通路へと足を進める。お手本通りで良いんだよ、と、その声は告げた。
「狂気が足りなかろうと、何かが傷つくなら君達が来るでしょ? ――お兄ちゃんになりたい妹が、一番傷つくのはなんだろうね?」
 兄に憧れて。兄を愛して。兄になりたくて兄が羨ましい。愛憎入り混じってけれど失えばきっと生きてはいけない程の想いを抱えた女が、最も忌諱する事は。
 リベリスタを、ぐるりと見回して。お姫様の側近は恭しく一礼してみせる。扉を押し開けて、振り返る。
「何度でも来てよ。そして、何度でも勝ってよ。其の度にお姫様は可笑しくなる。君達のお陰で本当の狂気を知るんだ。素敵でしょ?」
 殺人幇助をどうも有難う。けらけら、笑い声と共にその後ろ姿は外へと消えていく。歯噛みした。最初と同じく扉を蹴り開けて、視線がぶつかる男を瀬恋は睨み上げる。
「覚えとけよボケ共。坂本組の瀬恋ちゃんは、カタギに手を出す奴と、舐められるのが大嫌いなんだよ!」
 殺してやる、とその瞳は雄弁に語る。笑顔を崩さなかった青年が、ひどく真面目な表情を浮かべて。じゃあ待ってるよ、と囁いた。足音が遠ざかる。一般人に気付かれる事無く行われた攻防は、敵の逃亡という形で幕を閉じた。


 呼び寄せられた地獄の業火が。降り注いだ鉛の雨が。もはや人としての在り方を失ってしまった、人だったものを『処理』していく。
 狂った様な呻き声。肉と髪が焦げ付き焼ける嫌なにおい。吐きそうな程に立ち込めるそれに、けれど表情を動かすものは居なかった。
 否。未だ淡く硝煙を立ち上らせるブレイドラインを握り締めて。拓真は微かに、本当に微かに震えた息を吐き出した。躊躇いはなかった。迷いもなかった。そうしなければならない事を、知っているから。
「恨むなら、恨んでくれ──救えなかった、この俺を」
 けれど。その表情は割り切りきれてはいない。誰が為の力。正義と呼ぶには余りに汚れ、けれどその在り方を正義以外に何と呼べばいいのか。
 無言で、刀を仕舞った。資料を集めていた仲間を振り返る。残されていたものは多くはなかったけれど。綴られている内容に目を通していた氷璃が、微かに眉を寄せる。
「――『ヘテロクロミア』による、革醒実験、ですって」
 走り書きのようなそれを読み上げた。特別な手法で作る、特別なノーフェイスと、『ヘテロクロミア』と呼ばれる何か。重ねられた日本地図に幾つもつけられた印は、その疑問の答えを与えてはくれない。
 燃え燻る遺体を見下ろした。狂いに狂わされて処理されるしかなかったそれも、もうすでに語る声を持ってはいない。
 先が見えなかった。次の目的。アークを自ら招くような行動の理由。合わせて考えて、湧き上がるのは嫌な予感ばかり。そっと、首を振った。
 地下室の扉を開ける。気付けば雨空に変わっていた外の空気を吸い込んだ。透き通った清浄なそれに、微かに溜息が漏れる。
 誰ともなく外に出た。リベリスタは、守るべきものを一つも失うことなく、帰路についた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。
お返しが遅くなって申し訳ありません。

一般人対応が特に素晴らしかったように思います。
地下室対応も、少ない人数で最善を尽くしていたと感じました。

ご参加有難うございます。宜しければ、また宜しくお願いいたします。