●魔のルーティン 『面白い事を思いついたの』と、我らが可愛いお嬢様が仰ったので。 「……」 「……」 冗句を飛ばすでもなく、世間話をするでもなく。黙々。二人は只々自分の仕事を徹底していた。周囲には蹲るノーフェイス。ぶら下がった電球が廃墟の部屋を頼りない灯りでボンヤリ照らす。手術台の様なモノを映し出す。 そしてまた、一人が定まらぬ焦点で部屋の隅を見つめるノーフェイスの腕を掴んで引き摺って手術台の上に乗せ、ノコギリを持って、もう一人と一緒にゴリゴリゴリゴリ。最初は「脳まで切っちゃ駄目だぞ」「分かってるよー」なんて会話もあったが、今はただ黙々々々。そうして黙々していれば、ノーフェイスの頭が開く。ぷるんと中身が露出する。皺だらけのそれに、ボールペンを持った一人が屈み込んで文字をスルスル書いてゆく。日本語でも英語でもない、脳内で暗記した魔法の方程式を書き込み書き込み。文字を書くのは大好きだから苦にはならないが、連れの方は面倒そうだ。書き込みが終わったら頭を溶接する係りだから、しばらく暇なのもあるだろう。 「あ」 そんな彼が後頭部で手を組んだまま、一声。 「なぁに」 「メロンパン」 「メロンパン?」 「ずっと『何かに似てるな~』って思ってたんだけど、メロンパン」 「あ~~~」 「最近メロンパン食べてないなぁ……」 「腹減ってきたね……」 久々の会話も二人同時の溜め息で終わり、再び作業。作業。作業。頭を開けて脳に文字書いて頭を閉じてまた開けて書いて閉じて開いて書いて閉じて。お腹がぎゅるる。 ●くろい 「主流七派『黄泉ヶ辻』首領の妹、黄泉ヶ辻糾未……彼女に関する事件が発生致しましたぞ」 と、事務椅子をくるんと回し皆へと向いた『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)が静かな声で言う。 黄泉ヶ辻――日本において活動するフィクサード集団の内、最も大きな七つの組織『主流七派』の閉鎖主義集団。主義も思想も謎、それ故に気味が悪い『気狂い集団』で名を馳せている異色であるが故に何処からも腫れ物扱いされている組織である。 その首領、『黄泉の狂介』の異名を持つ黄泉ヶ辻京介――おそらく日本で1、2を争う『危険』な人物――彼の妹たる黄泉ヶ辻糾未。先日に『一般人を只管甚振る』という事件を起こし、アークの面々に知られる事となった女。 「皆々様に課せられたオーダーはノーフェイスの討伐ですぞ。どうやら黄泉ヶ辻連中が何やら『細工』をしているようです。 とある啓発セミナーによって集めた人を『餞別』し――『検品』して――『改造』。件の妹姫様の『お遊び』に使う人形を作る為にね。 しかし『お遊び』の具体的内容は未だ不明です、お遊びにノーフェイス達がどう使われるのかも。……尤も、十中八九『ロクでもない事』でしょうが」 いっそう不気味ですな、と呟いた。 黄泉ヶ辻。狂気を追う女、黄泉ヶ辻糾未。 それが作り出したのは、狂って狂った過去形の人間。玩ばれる為に在るお人形。堕ちてしまったそれらが元に戻る可能性は――無い。 「故に、それらを片っ端から破壊せねばならぬのです。『餞別』は響希様が、『検品』は世恋様が其々対応なさっとります。私の担当は、『改造』。 故に強力なノーフェイスが皆々様の相手となるでしょう……当然ですが黄泉ヶ辻のフィクサードもその場におります。 危険な任務ですが、どうかお気を付けて」 心配を押し殺す目を向けて、メルクリィは言った。続けて、「しかし」と。 「狂気、ですか。その果てには、何があるんでしょうね……」 リベリスタ達を覗き込む深淵は、何処までも昏い。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月10日(月)22:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●作業なう 「まだー?」 「まだー」 「まだー?」 「まだー」 「まd」 「時間がかかるの、文字書いてる時ぐらい静かにしててよ!」 「ぶえー。でもブンヒっちゃんずっと文字書いてるーオイラ暇ー」 「ちょっと」 「ん?」 「……」 「……?」 「……なんか来た。足音とか声とか聞こえる」 「お。お。お。お。お♪ オイラ見てくる!」 「駄ァ目! 溶接!」 「うぇうぇうぇーーー」 ●夜の中、暗い中、道なき道を進んだ先 木々と闇の中へ溶け込むかの様に、その廃墟は在った。一つだけの月が見下ろしている。コンクリート。 それを見上げて。 「フィクサード界隈にゃあ碌なお嬢ちゃんが居ねェのな」 六道然り、黄泉ヶ辻然り。『機械鹿』腕押 暖簾(BNE003400)は息を吐く。さて、そんな彼女が言う『玩具』は、不幸な被害者達は、残らず破壊してやろう。人だった者達の名誉の為にも。 「さァて、全部潰してやろうぜ」 結ぶ印は守護結界。その一方で『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)は全身のエネルギーを防御に特化させて自慢の堅さを更にパワーアップさせながら、奮然雄偉に大盾を構える。 「有名なわるいやつなのデス! 境界最終防衛機構の名にかけて、世界を護ってみせますのデス!!」 その声。頼もしいね、と『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は微笑む。けれど正面、廃墟に視線を戻したその目には――冬の三日月の様な冷たい殺意。 (命が尊いなんて、大切な人以外で思った事は殆ど無いけど) それでも。それでも、齎されるのは吐き気。趣味の悪いお嬢様だ。この前取り逃がした黄泉ヶ辻フィクサードの阿国といい、気持ち悪いのが揃っている。 「全く、纏めてブチ殺してやりたくなるよね。――おいで、僕の影」 声と共に現れるのは影の従者。揺らめく黒は、天使の姿にも見える。 黒。『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)もまた闇の武具をその身に纏う。そして呟いた。「また黄泉ヶ辻か」と。 「使用用途は不明だが、これ以上ドールを作らせることもない。二度とドールを作る気にならないよう、全力で潰させてもらうとしよう」 幻想纏であるバタフライナイフで空間を切り裂いて斬射刃弓「輪廻」をその手に握りつつ、隻眼で廃墟を見澄ました。そこにいるのだろうフィクサードを思う――再び阿国に会う事が出来るとは。 「とり逃した相手ともう一度戦えるというのはありがたい。以前の戦闘で見せてもらった技、今度こそ解明させてもらう」 意気込みは銘銘、『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)は拳を己の掌に打ち据える。 「気色悪い事してるじゃない。こんなとこ、全部燃やしてやるのだわ!」 スポーツウェアの袖を捲くり、一歩。 「どの様な時を過ごしてくれば、あの様な思考を得る事が出来るのでしょうか。あの境地に足を踏み入れたい訳ではありませんが、どうにも気になります」 明神 暖之介(BNE003353)はそんな言葉を紡ぐ。とは言え悠長に思考に耽る時間は無い、善は急げ。『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)の攻撃教義が皆に施される。 戦いに向けて歩き出す仲間達。その背を静かに見、嗚呼、と。『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)は遥かの月を仰ぐ。 ――正気と狂気は表裏一体。光と闇がそうである様に。 壊す。護る。無限に続く矛盾に命を賭けるのならば、其れもまた、狂気と呼べるのだろう。 姫君の渇望も、私達の信念も。 アーデルハイトが目指すは審判の門。血に濡れて罪に染まった此の魂は、堕ちて煉獄に焼かれるのだろう。そう知りながらも歩みは止めず。転がり始めた車輪がもう止められぬ様に。 ――ならば、堂々と冥府への道を。 翻す夜の外套。靡く銀髪は地獄の最下に流れる嘆きの川(コーキュートス)の如く。 されど髪と同じ色をした瞳は凛然と、前を向くのだ。愛すべき世界を護る為。 夜闇の帳に潜み鮮血の湖に佇んででも、咎人の世界に罪無き者が迷い込まぬように。 「さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで」 ●アーユーハッピー? 「おらぁあああ!」 裂帛の声と共にドアが蹴り破られた。ばぁんとド派手な音、フィクサード達が見遣った先に居たのは着地と共に女子力・改の拳を合わせ呪文を唱えているミリーだった。 「あ! リベリ――」 阿国シュタールが嬉々として凭れた壁から跳ね起きた瞬間。刹那。室内の床に浮かび上がる巨大な魔法陣。赤く、紅く、禍々しく―― 「MAX火力で焼き払ってやるのだわ!!」 ――紅蓮。吹き上がる煉獄の劫火。大きな大きな火柱は何もかもを包み込み、天上を赤い舌で舐め上げ、フィクサードをノーフェイスを灼熱を以て貪り喰らう。 護るべき相手が居ないのであれば、遠慮も容赦も必要ない。燻っているのも性に合わない。少女の翠睨に映るは、激情の炎。 そして燃え盛る火の中から、ユラユラ。人影。人じゃないモノの影。ニンマリと有り得ない程に口角を吊り上げケラケラ笑う『人間だった者達』。狂った人形。狂わされた人形。 嗚呼、もう大丈夫。今夜はゆっくり寝かせてあげる。 「甘く見てると痛い目見そうだし、油断せずいくわよ!」 「合点デス! 境界最終防衛機構が一員にして、遊流癒龍運送社受付、姫宮心! いざ護らせて頂きますのデス!!」 心は防御のオーラに超硬いフルアーマとラージシールドを輝かせ、どーん。名乗りは大事だ。小さいけれど堅固な要塞は唯一の回復手にしてパーティーの生命線である暖簾を背に護る。 「初めましてだな。邪魔しに来たぜェ……さァ往くぜマリア、Sweetdreams!」 永い永い安息をくれてやる。暖簾が構える銃指、ブラックマリア。しなやかな黒紫が夜に煌き、銃声。殺意の弾丸が手術台に拘束されたドールの頭部に直撃する。動かないそれを狙うのは容易く、半壊した頭部で金切り声を上げるドールに止めをさしたのは黄泉路の暗黒とアーデルハイトの葬送曲・黒。 二つの黒は唸りを上げて、ノーフェイス達を飲み込み喰らう。されどその間隙を縫って、ハッピードールとドール達。放つ脳波がリベリスタ達を襲う。体内から破壊する衝撃波。ぶしっ、と暖之介の耳と鼻と目と歯茎から鮮血が迸った。蹌踉めいた彼を、果たして頭を掴む事で受け止めたのは――阿国。 「にっひひ! ひ! ひ! 火! 火だ! 火だぁあああっふあはぁああん♪」 この男、どうやらミリーの炎に高められすっかりエレクトしたらしい。涎を垂らして恍惚に、暖之介を掴んだ掌から凄まじい劫火を奔らせた。 「あーーー! あ! あ! ンもぉっう最ッ高ォ! サイコォ! PSYCHOOOO!!」 燃え頽れる光景、ゲラゲラ笑うフィクサード。もう一人のフィクサード、ブンヒツも火を払いニタァと笑う。 「あっちゃん、リベリスタだ。こいつらリベリスタだぜ。アークだ、箱舟だ。どうする? どうしたい!」 「アァアアア! あはっあはっあはっあははははーーー!」 「成程~~ッお前マジで天才だな! 後でメロンパン奢ってやるよ!」 噛み合ってるのか意味不明、否、こいつら(黄泉ヶ辻)に意味なんて求めるだけ無駄か。 視線、ノーフェイスのそれよりも狂った目がロアンを見遣った。気違い共め。気持ちで毒突き、手に持つは火炎瓶。ほらご覧、君の大好きな火だよ――言いかける瞬間、ブンヒツが超高速で投擲するペンが瓶に、彼の体に突き刺さる。舌打ち。奴らは笑う。狂った人形と異常な人間。 「穿て、ユピテルの力を以て」 最中に凛と響いたのはアーデルハイトの麗声、舞踏の様に翻す夜闇の外套ディー・ナハトより召喚された一条の稲妻が戦場を駆けた。そこへ重なるのは暖簾の氷雨である。 「雷雨警報発令中、ってなァ。お前さん火は好きかい? 俺は氷が好きだぜお前さんの炎、消してやるよ!」 「面白ぇー!」 「面白いのはあんたの顔よ!」 横合い、阿国の顔面に焔のアッパーカット。周囲の敵をも巻き込み燃やし、躍り出たミリーが彼を睨む。阿国は笑う。甚く彼女を気に入ったらしい。上等だ、斃してやる。 「炎の熱さを忘れたあんたなんかに負けるもんですか! 何百発、何千発だってブチ込んでブチ燃やしてやるのだわ!」 猛然と飛び掛かる。拳に炎。彼女に放たれるのも炎。嗚呼、その殺さない炎があれば、殺さずに済んだ命もあったかも知れないのに。 熱い、痛いだけが炎じゃないのに! 「全部、燃やしたげる!」 涙も蒸発させて、轟と吼える。 状況は正に乱戦だった。激しい戦い。暖簾、アーデルハイト、黄泉路、ロアンの攻撃に巻き込まれたドールは既に姿を消し、ハッピードールの一体も頽れた。 されどリベリスタの被害も零ではなく。或る者は先を対価に立ち上がり、或る者は無念の内に倒れ込む。 戦況はどちらも優劣つけ難く、果たして最後まで戦場に立つのは誰か。 ハッピードールの衝撃波に襲われ、血飛沫を散らしアルフォンソが倒れた。弱点、防御無視、決して侮れない相手である。返り血を浴びながら振り返ったその狂った笑みを、顔面ごと切り裂いたのは黄泉路の輪廻。 「壊れて狂ったその命……正しく黄泉路へ送ってやろう」 刀状にした得物を振るい、黄泉路はその血を恐るべき闇に変えて撃ち放つ。その黒と共に踊り舞うのは銀の糸、ハッピードールの群れに踏み込むロアンのクレッセント。返り血を帯びたそれは歪夜の月光を思わせる。 『哀れな命に安らかな眠りを』――あの娘ならそう言うのだろうか。僕は何とも思わないのだけれども。 「踊ろうか、死のダンスを」 時は早く、そして短い。踊る鋼糸が無慈悲に煌き、絡め取ったハッピードールの一体を肉塊に変えた。 衝撃波。穿つ痛み。それに加え、フィクサードの炎が投擲されるペン先が。アーデルハイトの胸に刺さる。銀のペン先。奔る赤。しかし麗人は倒れる事を拒絶し、削る運命と共にそれを抜き放った。 「消えなさい。ウィルオウィスプの案内は必要ありません」 高速詠唱。組み上げる黒き唄。唸る血鎖がハッピードールを穿ち絡める。 激しい戦いに傷付く仲間。それを癒すべく暖簾は奔走する。傷癒術。しかし彼の体に傷が殆どないのは、傍の心が護るから。 「ファイト一発なのデス!」 心が放つ破邪の光が煌き、皆を苛む危機を払う。自分の事は自分が一番知っている。彼女は攻撃が得意でない。だから自分の分まで仲間が攻撃に専念できるよう支える事、それが役割。ハッピードールの衝撃波が心を襲うが、傷付く事も倒れる事も怖くはない、躊躇わない。 「壁役ですから、慣れっこなのデス! 己のやれることを全力でやるのみデス!」 世界を護るのだ。声を張り、ブレイクフィアーの輝きで己の存在を見せ付ける。攻撃するならするが言い、願ったり叶ったりだ。不沈艦、簡単には倒れてやらぬ。 さて、庇われるのは初めてか。治癒の札を手に暖簾は思う。 「済まねェな……その代わりしっかりお前さん達を癒やしてやるからよ!」 無頼が回復役というのもアリだろう。戦線は崩させない。 そして彼がライフラインと知ったブンヒツは高速で暖簾目掛けてペンを投擲する。が、それは彼を庇う心の大盾が受け止め、弾いた。させないデス、と。その兜頭にぽんと手を置き暖簾はブンヒツを睨む。 「よォブンヒツ。同業者か、奇遇だな。術士で無頼の機械鹿――有りっ丈の名誉を護る為に、お前さんの仁義も見せてくンな?」 「仁義? 仁義……おぉ、そいじゃ俺の『暴れ大蛇』でも見せようかい?」 「最悪だなお前……頭ン中、数式ごとブチ撒けてってくンねェかね?」 阿国が繰り出したメラメラも、ノーフェイスも、フィクサードも巻き込んで。降らせる冷たい雨。こんな狂ったベルトコンベアーなんて、ふざけた玩具工場なんて、ぶっ潰してやる。 荒い息を吐く。ミリーは慢心創痍だった。既にフェイトも消耗し、しかし瞳の戦意は少しも消えず。使える火種は全部使う。 その様子に阿国は絶頂にも似た快感を覚える。ニタニタ。そんな彼に、黄泉路は声をかけた。 「一つ聴きたいことがある」 「今忙しいの!」 「いいから聞けよ。以前、カグツチを使った際こう言ったな……『火への愛があれば使える』と。 それはつまり、その技術を学ぶには強い思い入れが必要ということじゃないのか? だったら……その技術、火炎以外にも応用が利くんじゃないか?」 「にににーーー」 「カグツチと縁のある死者の国。黄泉に蔓延る闇で応用したのなら、どんな技が生まれるんだろうな?」 「んににににぃぃい~~オイラ忙しいって言ってるでしょー! メラメラァ!」 黄泉路を指差し、新たに召喚する火の人形と既に居た火の人形とに襲い掛からせる。 バリン、と室内を照らしていた豆電球が割れた。 それでも戦いの音は未だ止まず、飛び散る血潮が床を壁を染め上げる。 リベリスタ勢は範囲攻撃こそ豊富なものの、アタッカーが少ない。長引く戦い。消耗が激しい。戦場に残るはハッピードールは二体、フィクサード二人にリベリスタ五人。誰もが息を弾ませて。 「ここが正念場なのデス!」 先を対価に、心は剣を突いて立ち上がる。鎧の隙間から垂れる血が床に染み込む。それでも鼓舞の声を張り上げ、危機を払う光で仲間を支える、励ます。 退くわけには行かぬ。全身に血華を咲かせたアーデルハイトは凛呼と敵を睨め付け、呪文を唱えた。 「負けません――退きません!」 「すっ込んでなコノヤロォ!」 麗人のフレアバーストが炸裂し、火に包まれたハッピードールを暖簾の弾丸が捉え、その頭部を吹っ飛ばす。ドサリ、倒れた。 「残るは君だけだね……さあ、懺悔の時間だよ。言い残す事はあるかな?」 月を背に、妖しく光るは吸血鬼の紅睨と、銀の糸。残り一体のハッピードールへ踏み込んだ――嗚呼、何が『ハッピー』か。下らない。踊る様に踏み込んだ。煌いた。 赤。 ごとん。落ちる首。落ちた。どさり。遅れて体も地に伏せる。 「おーろろ あらららら こいつぁ参ったな お嬢怒るかな……おいあっちゃん!」 後退しながらブンヒツは阿国に声をかける。傷だらけのミリーの髪を掴んで宙にぶら下げている彼。 「なん?」 「撤退だーそいからお嬢に謝罪文書かなきゃな」 「えー」 「いいから早く! つーかお先に!」 リベリスタ達が追い縋る前にブンヒツはガラスの無い窓から跳んだ。余力の殆ど残っていないリベリスタ達が追う事は無い。阿国も口を尖らせながらミリーを投げ捨てようとしたが――その手を、少女は強い力で掴み。 「どこ行こうってのよ……! 撤退させるつもりなんかないわよ!」 幾ら焼かれようと、阿国のソードブレイカーに切り裂かれようと。構うものか。精神力も魔力も尽き果て炎が出せなくなっても、少女の中の火が燃え続ける限り――戦うのを止めない。 「消せるもんなら消してみなさい! 食べきれないぐらいの炎で焼き尽くしてやる!」 激しい炎に焼かれながら、振り被る拳。最後の力を全て全て振り絞り。 「不完全燃焼なんてさせないんだから!!」 殴り付けた。突き刺さる。阿国の胴。鈍い感触とパキリと聞こえた軽い音。 「ごほっ……!?」 肋骨がへし折れたのだと阿国は知る。拉げた臓物が悲鳴を上げて、血交じりの胃液を吐き出した。 「あぁ ほんと きみ サイコー♪」 汚れた口唇を剥いて笑い、そして――火柱、カグツチフリーズ。包み込む赤。熱風。 そして炎が消えた頃、そこにフィクサードの姿は無く。 ●暗い道、何処までも続く道 辛うじて収めた勝利。負傷者に肩を貸し、リベリスタはその場を後にし始める。 「不可逆性ってのは嫌なもンだな」 暖簾は死したノーフェイス達の傍にしゃがみこみ、両手を合わせた。せめて、人らしく弔いを。 「良い夢見てくれよ」 吹き抜ける夜の風はシンと冷たい。 それにカソックを靡かせて、ロアンは傾きかけた月を仰いだ。 「地獄で懺悔させてあげるから、待ってなよ」 それは、暗い道を往く彼方の女へ。狂気に焦がれ狂い狂う黄泉ヶ辻糾未へ、その下で蠢く配下達へ。 頬の血を拭う。乾き始めた、赤茶色。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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