●ニンゲンのキカイ オバアチャンはある日動かなくなって、連れて行かれちゃった。それからシラナイ人間がオウチに来るようになったよ。 なんだかワカラナイ話をして、ボク達も連れて行こうとする。 行かないよって踏ん張ってたら、五月蠅いキカイが来るようになった。 ココはボク達のオウチなのに、壊そうとする。 ボク達は赦さない。引っ掻いて、噛み付いて、――出て行け!! 「参ったなぁ……」 引っかかれた重機、破かれた作業服に、何人かの作業員が呆れた声を出した。レッカー車に運ばれていくそれを見送りながら、作業の停滞に頭を悩ませる。 振り返れば洋館の前で猫達がまだ唸っていた。どうも――猫にしては少し大きいように思うが、まさか猫相手にこうも工事を中断させられるとは思わなかった。 「次は大型持ってきて突っ込めばいいだろ。後は防具、だな。運転席で暴れられちゃまた重機がぶれて壊れらぁよ」 一人の言葉に、作業員も頷いた。 「持ち主の親族も手を出せねぇってよ。可哀想だが……強行するしかねえだろ」 帰って行く作業員の一人が、ふと振り返った。 館の中でカーテンが揺れた気がした。 柔らかな声が聞こえた気がした。 けれど、館は既に無人の筈――作業員はさっさと歩き出す。 猫達は満足して、丸くなっていた。 ――見て、オバアチャン。帰って行ったよ。 オバアチャンがいつしか戻ってきてくれていた。いつもみたいに撫でてくれる。 猫達は喉を鳴らした。 ――オバアチャン、オバアチャン。ズット此処に居ようね。 ●猫は家に憑く 招いたリベリスタ達に向き直った『あにまるまいすたー』ハル・U・柳木(nBNE000230)は、指を組んで「さて」と言った。ほんの少し、珍しく真面目な顔をして。 「もふリスタの皆には申し訳ないんだけど、今回は――猫を、退治をしてきて欲しい」 ハルは困ったように言った。詰まる所、エリューション化した猫である。凶暴化もさる事ながら、世界をも崩壊させる。――討つしか無い。 モニターに映し出されたのは、森の中の小さな洋館だった。静まりかえったそこに人の気配は無い。居るのは唯、 「猫……」 そう、猫が居た。 玄関前をうろつく白く大きな猫が、警戒心と敵対心を剥き出しにして辺りを探り、そして館に帰っていく。 館の中に居たのも白い毛並みの猫だった。どれも中型犬程までその姿を変えている。 「ん、あの猫は?」 リベリスタの一人が尋ねた。エリューション達が彷徨う部屋の隅にあるソファ。そこにうつらうつらしている猫が居る。その白い毛はくすんでいて、年老いているのが解る。 「その子はただの猫。おじいちゃん猫だね。どうもこのエリューション達は彼の子供達みたい」 主の居なくなった館。猫。 リベリスタ達にも想像がつく。 主の居なくなった館は、引き取り手が居なければ解体される。猫達は此処が家だと離れない。そして家を護るため、爪を振るう。 「……何度かもう解体業者は向かってるんだ。その度猫が邪魔をして作業が進まない。猫達もその間にどんどんフェーズが進んだ」 そしてリベリスタ達が向かう日に、工事は再開される。フェーズを進めてしまった猫達は今度こそ業者の人間を殺してしまうだろう。 「だから何とかして業者の人達を足止めして、猫達を――眠らせてあげて」 あの老猫は? と誰かが聞いた。ハルは言った。出来るなら護ってあげて、と。だってまだ生きてるから。 猫達はおじいさん猫を守るように動くが、攻撃に巻き込まれる可能性は高い。しかし洋館に入るや猫達は襲い掛かってくるので、速攻で保護しに行くのは難しいかもしれない。だから、ハルも決して無理にとは言わない。 第一、その老猫も館を離れたがらないだろうから、もし老猫が生き残ったとしても、その後如何するかは君達に一任するとハルは告げた。 そう言ってから、ハルは思い出したように顔を上げる。 「そうそう、猫と一緒にこの館の主――お婆さんのE・フォースも出現するけど、それは彼女が蘇った姿でも、意識が残っている訳でも無い。だから説得の必要は無いよ。……そのまま消してあげて」 猫達が望んだのか、お婆さんが望んだのか、その姿は生前のように穏やかに館を歩く。 その微笑みに猫達はより一層、鼓舞されていくだろう。そんな彼女をもし先に倒したなら、猫はきっとその人を赦さないと言いながら、ハルは緩く瞳を伏せた。 「それじゃあ、任せたよ。いってらっしゃい、リベリスタ諸君」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月13日(木)23:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●猫が啼く家 走るリベリスタ達の耳に重機の音が聞こえてきた。 山の麓の業者達が、仕事の時間だと新しい重機を運んできたらしい。 それには目もくれずリベリスタ達は先を急いでいた。目指すは猫達の館。 「この道が最短だろう。木にはぶつかるなよ」 館へのルートをAFで確認しながら、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)は後ろを振り返る。リベリスタ達が選択したのは、一般人達へ直接の小細工はせず踏み入らせない事。その鍵は『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が握っていた。 「全部、ブッ壊すしかねーんだな。コイツらの命だけじゃねェ、家も、居場所も、思い出も全部……」 AFに映る洋館の情報。ルートを鷲祐と確認しつつも、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)の喉奥からは苦々しい気持ちしか浮かばない。 ――クソッ、と、悪態を止められない。 その気持ちは解る。しかしその痛みを仕方無しとする者、心に刺さる者。 「全く嫌になるねぇ……」 飼い猫が飼い主を守る為、そこまで愛して貰っていたのなら、飼い主冥利に尽きて良い話だったのにと『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)のその緩い表情から苦笑のような響きを滲ませた。 「ま、仕事は仕事だ」 それでもそう心を割り切って振り払う。 “でも”と思わずには居られない、エリューションとなってしまった末路の運命。 唯一生きる事を許された老猫――ジィジ。彼は家も、子供達も失ってしまう。 (私達はこの仕方が無いをどれだけ積み重ねれば良いのでしょうね……?) 『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は瞳を伏せた。 「そろそろ別れた方が良いか……」 ヘキサがぽつりと呟くと、『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)が『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)に頷いた。 「近いみたい。ここからは別行動だね。気をつけて、陽菜さん」 アーリィの言葉に陽菜はにっこりと笑ってみせる。誰よりも真っ先に未覚醒の老猫を助けたがったのも陽菜だった。あの老猫だけは守り通すと、その意思を託して陽菜の姿は影の中に消えていく。 それをのんびりと見送ったのは最後尾を走ってついてきていた『もう本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)。 その瞳にはるか猫は映らずカレーの事だけが浮かんでいた。 「アークのお給料でカレーが食べられる毎日。あ~、もっとごろごろしてカレーが食べられたらいいのにな」 小梢ははふっと息を吐く。猫の館はもうすぐそこだった。 ●猫達の想い 大きな窓を通して中の猫達の様子は伺え、逆もまた然りであった。 猫達は七人の人影に唸って、毛を逆立てていた。 ――アア、また来たよ。ボク達のオウチに! 外に居てもその殺意混じりの気持ちはリベリスタ達を貫いていく。 フツはその気を受け止めながら、魔槍深緋の石突を地面に乗せた。何も知らぬ一般人を巻き込まないよう、深く深く魔術の陣を広げていく。 猫達も何か異変に気付いたのか、ひくりとヒゲを動かした。それでも襲ってくる気配は無い。ただ館の中に居続ける。朽ちた洋館の中に留まり続ける姿はどこか寂しい。 (……ゴメンな) これから起こる事。しなければならない事。猫達の運命。 振り払ってもこびりつく未来に、ヘキサは謝るしか無い。これからもきっと謝り続けるのだろう。それでもヘキサの瞳から決意は揺るがない。ただひたすらに、蹴り出す一撃の為に力を篭める。 鷲祐もその横でじり、と地を踏んでいた。館を見定める瞳は既に先を見続けて、いつでも、いつも以上の反応を持って応じる構えを取り続ける。 その間にカルナとアーリィは扉へと近付いた。扉はそこまで広くない為、自分達が開ける手となり、突入を重ねられるようにと。 いよいよもって猫達が唸り、扉を蹴破る不安に二人はフツを見遣る。 「うん、よし。二人とも開けてくれ!」 フツが瞳を開けた。 50m。もうこの館に、空間に神秘を知らぬ者は入れない。 「もにゃもにゃで人も寄ってこない、すごいやフツさん」 小梢が眼鏡を押し上げて、同時にカルナとアーリィが頷いた。 「お願いしますね」 「悪い猫さん達じゃ無さそうだけど……このままにしては置けないから!」 ――ニャアアゴッ! 外からの風、ニンゲンの匂い。追い出そうと振り上げられる腕。 猫達は嫌と言う程味わってきたのだろう、憎悪すら抱いて牙を剥きだして喉の奥から声を出す。 扉が開かれるのを待つ為に足を止めていたリベリスタ達は未だ誰も洋館に踏み込まず、そこに猫が飛び出さなかったのは恐らく僥倖。二匹の猫の前に立ちはだかるような大きな白猫が唸るその声が怒りに満ちてリベリスタ達を襲う。 開かれた扉に突入すべく正面に構えていた鷲祐、ヘキサ、そしてフツがその痛いくらいの声を聞く。 「鳴いたか……厄介だが、皆平気か?」 片耳を抑えながら、鷲祐とヘキサの影に大猫からの視線に逸れていた和人が三人の平静を問うた。ここで駆け出されては全てが無駄になってしまうばかりか、老猫まで恐らく手が回るか如何か。 「ヘッ、ウサギの足について来れるかよ! ってな!」 「そういう事だ。俺はトカゲだがな」 ウサギにしては好戦的な視線を投げて、トカゲの脚で地を掻いて、獣の血を持つ二人は笑う。 「結界張ってるオレが怒りにかられるなんて、カッコつかないだろ」 フツも冗談じみながら一回り小さな猫達を見る。その先、かすかに見える白くくすんだ影は、リベリスタ達が守ろうと決めた老猫だろう。 うつらうつらとするその姿を遠目に納めながら、ふとその視線の先を“もや”が横切った。 「あら、お客様?」 「――!」 そのもやはお婆さんを形作っていた。柔らかな微笑みと穏やかな声。 生前の幸せな日々が伺えるその声はしかし、嘘に固められた歪んだ言葉。 「駄目よ、おいたしたら」 それは扉を通り抜けて小梢に降りかかる。本気は出さなくともスプーンとフォークを構えていた小梢の力が抜けていった。 「あ、力入らないや」 元から緩い小梢の状態はわかりにくいものの、手を開閉させる。回復手を担う者としてカルナが視線を送るも、なんとかなると手を振って。 「ニャー!」 「おおッ!?」 「フニャアアッ!」 猫は鳴く。 鳴き続ける。 来るな、来るなと館を守る。 扉を引き開けてその影に入ったカルナとアーリィではなく、そのまま突入できるようと待機していたヘキサ達にやはり猫の声は集中する。 「っ、平気だ。フツも鷲祐も和人も先入ってくれ!」 ヘキサの目配せに気付きカルナも頷く。まずは踏み込む事、猫達を引きつける事。回復の手はもう一歩待っても良い。 ダンと、鷲祐達は洋館を踏みしめた。 ――ウウゥッ! 唸るシマ猫の前に鷲祐は踏み込んだ。そのまま繰り出す刺突は外の日差しに反射してきらきらと舞う。 猫の血も重ねながら。 「時間が惜しいんでな。この光の蹴撃、寸暇に全て持っていけッ!」 隣に踏み込んだフツも同じシマ猫についた。結界で縛るか逡巡する。ダメージは無くともジィジを巻き込まないか、それが過ぎる。だが、今は鷲祐の言うようにのんびりしてもいられない。 「やらせてもらうぜ!」 再び槍の石突きが床を叩く。 「―――!」 びりびりと空気を揺るがす結界にシマ猫と茶色猫の足がもつれた。――効いている。 和人は小梢と共に次に続いた。真正面に立ちはだかる虎のような大猫の前。 「こーいう形でおまえらを潰さにゃならんとはな……」 その爪が深く自分に食い込まぬようにと、光を纏うオーラで身を包む。 「これもアークのお仕事だもん。あー当たるかな。私の攻撃当たらないから、反射した方がいいかな」 小梢はやっぱり本気を出さず、ぺかぺかとマイペースに同じようにエネルギーを防御へと回していった。 「じゃ、オレも入らせて貰うぜ。カルナ、アーリィ、後ろは任せたからな!」 ヘキサは踏み込み、玄関前のスペースを曲がり、抑えられる猫の傍を駆け抜けて、後ろで微笑む老婆の元へ。 靴を鳴らすも、目の前の老婆は変わらなかった。ただ微笑んでいた。穏やかに、たおやかに。 「いらっしゃい。この子達と仲良くしてあげてくださいね」 「――ッ!」 ニセモノだ。この笑顔も、優しさも。 「アンタはなんでここに戻ってきたンだ……!」 カルナもアーリィも、玄関前から一歩だけ、洋館へと侵入した。 ●ヒトの想い フツが吼えた。 その槍を大きく振るい、アーリィもそれに倣う。 「猫さん達の意識もこっちに来てるはず……おいで、猫さん達!」 その声に紛れて、パンと小さな音がした。大猫がウ、と唸りながら不審げに耳を傾げる。 しかし直後に和人が握った銃を殴りつけ、小さな音の事など忘れてしまった。 「ジィジ」 ソファの上の猫は動かない。影から現れ、それでも気配を殺しながら陽菜は老猫ジィジに声をかける。 「中に居ると危険だから、ちょっと強引になっちゃうけど、ごめんね」 どうか暴れないでと思いながらそっとジィジを抱き上げた。 ジィジが顔を上げる。猫達を玄関を、そしてお婆さんを見ている。 「だめ、ジィジ!」 「ぎなぁ……」 ジィジの声はか細く、消え入りそうな声だった。けれど誰が欠けてもいけないこの洋館の、確かに一人だった。 「フゥゥッ!」 ――オジイチャン! 大猫が向く。しかしその行き先は和人と小梢が阻んで通れない。 ――ドコに連れてくの! シマ猫も行けない。フツが鷲祐が抑えている。けれど、茶色猫は誰も抑えていない。 「茶色の猫さんが行く! 陽菜さん気をつけて!」 アーリィが手にしたボウガンを構え、罠を展開するより先に茶色の猫が走った。大猫の嘆きで足の呪縛を何度も消した俊敏な足のまま飛びかかり、陽菜はジィジを庇ってその身に受ける。 「だめ……ジィジも傷つけちゃうよ!」 ――オジイチャンを返して! 猫に人間の理屈はわからない。その爪が当たれば、老猫一匹、簡単にぼろ雑巾になってしまうとも気付かずに、ただ主張する。 「陽菜さん走ってください。今は癒すよりもジィジさんを」 ぽたりと血を引く陽菜を見ながら、カルナは割られた窓を示す。それ程深い傷では無い。ならば優先するのは、一つの命。 陽菜は振り返らずに走り出した。 「フツ、シマ猫任せたぜ!」 戦闘を優先する鷲祐だが、ジィジを陽菜を後退させるべく踏み出した。 「ジィジ――……」 お婆さんが咳をする。どこへ行ってしまうのと告げるように、弱く。 「婆さん」 ヘキサがぐっと拳に力を籠めて、ギリっと床を踏みつけた。 「ネコのことを想う心が少しでも残ってるってンなら……ここで、倒されちまってくれ――……!」 一瞬であの世へ蹴ッ飛ばす――その意思のままに蹴り上げられた純白のショートブーツ。銀の月を描いたウサギの蹴りは、嗚呼と細い声を残して老婆を消し去った。 ――オバアチャン!! 猫達が一斉にヘキサへ向いた。 陽菜は走っていた。フツの張る陣のギリギリまでジィジを連れて行く。 鳴き続けるその声を今は聞かず、地面に降ろせば立ち上がろうとするジィジを撫でて宥めた。 「お願い、ここにいてね」 時間が惜しい。仲間達の援護に行かなければと陽菜はジィジに鍋を被せ、再び走り出した。 「ヘキサさん。傷は私に任せてください」 「わたしにも言ってね。しっかりサポートするから!」 方向を変えた茶色猫が飛びかかり、大猫は和人と小梢の向こうから怒りのままの声を叩き付ける。フツに抑えられていたシマ猫は足をもつれさせながらも、遠くからにゃあと鳴く。 猫の攻撃を一身に受ける身体をカルナが癒しても猫達の手は止まらない。 「ばーさんへの想い、か……」 輝きの籠った改造銃で殴られた大猫がぼたぼたと血を流しながら、それでも瞳からは闘争心が消えない。きっと、余程大事なのだろう。この館も、老婆も。 それは幸せな居場所だったから。 「……けど、それはもう無くなっちまったんだ。ばーさんが死んじまった時にな」 その声は猫達には届かない。 鳴き続ける猫達の声に混じって、慌ただしい足音が加わった。陽菜だった。 「皆、ジィジ安全な場所に保護してきた! アタシも復帰するよ! えーっとまずは……」 「茶色耳を頼む!」 「了解!」 フツの声に陽菜は窓から飛び込んだ。 フツから離れようとするシマ猫の行く手にナイフが一つ突きつけられる。最後の力を振り絞るシマ猫に、鷲祐のナイフは輝きを持って凍えて冷えた。 「すまんが、行かせん。そして、――タイムアタックだ」 「にぁぁあ゛ッ!」 シマ猫が倒れ込んだ。 駆け寄ろうとする茶色猫を、アーリィが撃ち抜いてその足を止める。続けざまに陽菜の魔弾がその身を撃ち抜いていく。 万が一を考えて範囲を巻き込む攻撃を控えていたリベリスタ達だが、残るのはもう茶色猫と大猫のみ。 リベリスタ達の手が茶色猫を討った時、鷲祐が言った。 「大好きな人のところへ送ってやる」 こくりと頷いて見せたヘキサは、猫の憎悪を一身に受けながら溜めに溜めていたその力を、再び一撃の蹴りに籠めて。 「兎の牙に……喰い千切られろォッ!!」 「――にぁぁッッ!」 どうっと大猫が吹き飛んだ。 茶色猫も動かない。シマ猫も。オバアチャンも消えてしまった。オジイチャンもドコ? 「にぁ……」 リベリスタ達は見ていた。 大猫が前足を伸ばして、リビングへ向かう。 きっと、老猫と一緒に幸せな日々を過ごしていたのだろう、ソファへと。 にゃあ―――その身体は届く事無く、大猫の許されない命はそこで消えた。 ●猫が泣く日 「よいしょっ、と」 猫から視線を背けて、和人は二階への階段へと踏み出した。どうしたんだと聞くヘキサに和人は答える。 「供養してやりてーんだ。猫用の遊び道具とかあったらそれを添えてさ、一緒に向こうに送ってやるんだ」 俺は花束をとAFを手にする鷲祐にカルナはじっと祈り続ける。 「お墓、作ってあげよ」 もう動かない猫を抱く陽菜に、アーリィはそっと手を添えた。 「ジィジさん、独りぼっちのままでしょ? 連れてきてあげてくれますか?」 「そういえば、うん!」 その言葉に陽菜は走り出し、アーリィと鷲祐、カルナは猫達の亡骸を洋館から連れ出し始める。 その間、フツは動かなかった。その心に静寂を取り入れて、ゆっくりと腰を下ろす。 (婆さん。猫達) 今は亡き館の主達へ、フツは静かに語りかけた。 「ここを壊されるのは止められねえから、ジィジをこの場に残しておくわけにはいかないだろう。 ……オレ達が連れていってもいいかい」 ――なあ、婆さん。 陽菜は走っていた。走って、ジィジに被せておいた鍋を開ける。ジィジはずっと見上げ続けていたのだろう、長い毛に覆われた奥の視線がかち合った。そこに重々しい音を聞いて、陽菜は顔を上げる。 フツの陣地が途切れた事で工事の者達が入ってきたのだ。陽菜はその重機の前に飛び出して、行く手を止める。 「ねえおじさん達、待って! 解体するって言うのは知ってる……でも、延期して!」 ジィジを抱き締めたままの陽菜の懇願は、しかし業者の男達に届かない。 仕方ない事だった。 その土地は今誰のものか。そこから交渉しなければいけないし、一介の雇われ業者が決められる事では無い。 予想の通りに発した言葉は否。 「いいもん、なら! 洋館の中で籠城するから!」 「おい、お嬢ちゃん――!」 陽菜は館へ向かって駆けていく。男達は頭を抱える羽目になった。猫の次は子供か、と。 それでも陽菜は心のままに走る。 「ジィジ、洋館から離れたくないよね? アタシも一緒に居てあげたいからね~」 ぎなぁ……と、ジィジは弱くただ鳴いた。 「あれ? 陽菜さん、おかえりなさ――」 「どいて! アタシ籠城するから!」 「はあ!?」 アーリィが声をかけても陽菜は止まらない。帽子の中の本物のウサミミが思わず飛び出そうになったヘキサの前も走り抜ける。陽菜が開きっぱなしの洋館の扉に手を掛けた、その時―― 「うお!?」 「きゃあっ」 風が吹き抜けた。 フツも陽菜も思わず目を瞑る。 恐る恐る目を開けても風景は何も変わらなかった。ただ風が吹いただけ。 「今、……なあ」 フツは天井を見上げた。風は館の中から外に出て行ったような気がした。 ぎなぁ、と、ジィジが鳴いた。 「もしかしたら」 カルナがそっと両手を重ねた。 「お婆さんじゃないでしょうか。外に出ても良いと、連れてってと。ジィジさんを」 それはリベリスタ達の願いなのかもしれない。 猫達を残して先立って、残され、運命が狂ってしまった猫達を想ったお婆さんの最後の意思。 「だと、いいんだがな」 風に撫でられて、鷲祐の添えた花が舞う。小さな墓に添えられたのは、猫じゃらしにぬいぐるみ。愛らしい首輪達。 「ばーさん。猫達も、向こうで何時までも幸せにな」 和人が空を見上げれば、重機の音がする。 この館はもう終わるだろう。猫の思い出も、全て。全てはリベリスタ達の胸の内だけに残して。 「帰ろうぜ。ジィジ、お前もさ。それからルートを変えよう」 ジィジを撫でて、ヘキサが再びAFを開いた。 カルナがもう一度洋館を見上げる。流れる風に緑の髪が揺れ、小さな声を聞いた。ジィジだった。 最後のお別れのようにジィジが鳴く。 ――なぁ。 ――ぎなぁ、ん。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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