●逢瀬 1/2 彼女の頬の赤みは、暮れなずむ夕日のせいだけではない。 ふたり、放課後の教室で。 ふたつ、人影はひとつに折り重なって。 時はたゆたい、陽染めのカーテンはそわそわとはためいていた。 不埒なる口づけを終えて、もうひとりの少女は潤みきった一呼吸をつく。 ルージュのない薄っすらとしたら唇、その向こう側で白亜の牙が妖しげに見え隠れする。 白牙の少女は妖艶な口ぶりと裏腹に、小柄で、ほんのちょっとだけ背伸びをせねば接吻を交えることもできない。 「――センパイ、おうちに帰りたければ、今のうちですけど?」 「いじわるを、おっしゃらないで……」 ふたつ、影はまたひとつに重なり合って――。 ●潜入調査 1/3 「花冠女学院への潜入調査および在学するフィクサードの保護を、みなさんにお願いします」 ブリーフィーリングルームにて『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は概略を説明する。 貴方と仲間たちは資料に目を通しつつ、言を待つ。 ディスプレイに立体映像が映し出される。花冠女学院の校舎、そして保護対象たる少女。 少女は華奢で小柄なれども、妖しく力強いまなざしはどこか大人びてもいる。黒髪サイドテールにさくらんぼの髪留めというところが妙に幼げで、ともすれば小学生みたいでもある。なんとも不思議で、万華鏡みたいな少女だ。 「まずは保護対象となるフィクサードについて。 日隠日和(ひがくれ ひより)。十三歳。中高一貫の花冠における中等部の一年生です。ヴァンパイアのスターサジタリー。弓道部に所属しています。 日隠日和は『吸血』によって他の生徒を毒牙にかけては記憶操作や魅了などで自分に都合のよいよう他者を操り、勝手気ままに行動しています。ただし、殺人など重大な悪事は犯していません。 過去に特務機関アークに所属していた頃があるものの、半年で辞めています。それなりの実力があったものの素行が悪く、報酬や待遇、周囲との人間関係のトラブルが相次ぎ、自ら辞めてしまったそうです。以来、エリューション事件には関わらず、その能力を私利私欲のために悪用しており、定義づけとしてはフィクサード寄りの中立という位置づけになっています。 では、なぜ日隠日和を保護せねばならないのかをご説明します」 リベリスタの面々は、各々に説明を聞いている。 しかし、どこか上の空になってしまっている者も居た。 それは貴方か、あるいは貴方の隣の誰か。大なり小なり、日隠を知る者であろう。 その小悪魔ぶりを。 ●逢瀬 2/2 秘密の逢瀬、背徳の妖花。夕暮れの教室に、衣擦れの微かなる音がする。 机の上に組み敷かれているのは日隠だ。 挑発めいた笑みを浮かべつつ、どこか不安げに目を泳がせ、自らを押し倒した上級生の心を力強く揺さぶってくる。 「ひへっ。センパぁイ、怖い目つき」 「貴方がそうさせるのよ、日和。私は、ただ……」 「いいんですよ、わたしのせいにしても」 そっと引き寄せる。 心身の距離は、ほんのわずかになった。吐息と吐息が、交じり合う距離に。 つぶらな黒き瞳が、期待に満ちている。 「甘い果実をみつけたら、食べてしまいたくもなりますよね。それが人間だもの。 頬張って、啜ってみて。罪の味は、とっても甘露なんですから」 「……あぁ、ゆるして」 上級生は日隠の誘惑に耐えきれず、ブラウスのボタンをひとつひとつはずしてゆく。 そして白日の下に露になった白い肌を、なだらかな腹部の丘陵曲線を、指先でなぞりあげる。 「んっ」 くすぐったさに漏れる嗚咽は、しかしそれだけの意味でもない。 口唇が、へその輪をついばみ確かめる――。 日は沈み、夜は更けきらぬまま宵闇に青白い月がぼんやり瞬いている。 微熱の余韻に浸り、上級生は深く荒い吐息を繰り返している。 日隠はブラウスのボタンをひとつひとつ丁寧に留め直した後、トレードマークのさくらんぼの髪留めを口にくわえてながらサイドテールを結びつつ、ふにゃりと言葉する。 「ふぇんぱい、ふぇんぎはもういいふぇふよれ」 「ふぇ……?」 うろんにまどろんだ上級生の瞳に映るのは、白い牙の仄かな輝き。 しかし抵抗の意志は湧いてこない。とうに魂は食まれている。甘美ならば、それでいい。 薄闇の中、淡い月明かりの滴る日隠の髪が、瞳が、肌が、とても美味しそうではないか。 ならば、それでいいのだ。 「安心して。痛くするから」 「ええ」 「とっても、痛くするから」 「おねがい、日和……」 身を捧げる。 それは己の意志に根ざす欲望か、それとも――。疑問は、たちどころに甘く霧散した。 最中に、だ。 教室に、秘密の花園に、招かれざる二名の来客が訪れていた。 それは音もなく現れ出でるや、己の影のようにごく自然と日隠の背後を奪っていた。 ハッとする間もなく、何かが、吸血に夢中であった日隠の背をえぐった。 「かはっ」 それはまごうことなく、白木の杭だ。 吸血鬼の弱点として伝承上に伝わる“俗説”の武器だ。そびえ立つ黒き影の侵入者は、再び、天を突くまでに鉄槌を振り上げた。 抵抗はできない。もう一名の侵入者の仕業か、日隠の視界はままならないが、何かの作用で自由を奪われてしまっていた。一片の抵抗もできやしない。 上級生は金切り声をあげた。今まさに血を捧げていた日隠が、自分の腹上にて折り重なったままに杭打ちに処されているのだ。無理もない。しかし悲鳴さえも侵入者の凶貌を見たが最後、出せなくなってしまった。 「だ、れ……?」 問いたずねた刹那、二打目が打ち抜かれる。 断末魔の悲鳴があがる。深々と、骨を砕いて臓物に達したのだろう。上級生の顔に、鮮血が噴霧される。 三度、侵入者は鉄槌を振り上げて。 「断罪者だ。我々は、罪を裁き、購わなければならぬ」 重々しい男の声は、地の底より響くかのようであった。苦悶と苦悩に満ち、一片の歓喜もない。 「……しが、なにを」 「吸血種。この世に生まれたることが、汝の罪なり」 三打目。貫通寸前だ。胸骨が、かろうじて向こう側へ白釘を突き抜けさせまいとしている。薄皮一枚、骨一本を貫けば、次に抉られる骨肉は日隠日和のモノではない。 わななき震える上級生の瞳を見つめ、必死に求めてくる手を握り返して、日隠は意を決する。 「あぁ……はっ、けふ、けふ。ねぇ、ひとつ、約束して」 「何をだ」 「わたしだけに、して。この子は、ただの……」 一考する侵入者の沈黙。 「センパイは大丈夫、だって……」 やさしく、語りかけようとした。訳もわからず、すがるように助けを哀願する少女の瞳に。 その時だ。 鉄槌が、返答代わりの四打目となって振り下ろされる。頑丈なエリューションの肉体を貫通する一撃だ。並みの人体など、容易く撃ち貫いてしまう。即死である。 「穢れたる血に魅入られた女など、毒婦でしかない。ならば、死こそ救済だ」 日隠は呪わざるをえなかったであろう。先に死ぬべき自分が、異物であるばかりに最期を見届ける立場になる。 “わたしのせいで” 絶望と後悔と自責が、聖なる杭よりも深々と日隠日和の心の臓を抉った。 「吸血鬼よ、汝に祝福あれ」 侵入者は二本目の白杭の狙いを後頭部に定め、ひどく作業的に、淡々と己の仕事を果たした。 ●潜入 2/3 「……通称“白木の団”と呼ばれる過激派リベリスタ集団は、主にヴァンパイア種やビーストハーフ種のエリューションを邪悪として殺害を繰り返しています。 元々は、ヴァンパイアハンターの集団であったそうです。エリューションには善人もいれば、悪人もいます。大昔より、悪しきエリューションの所業は怪奇譚として語り継がれてきているほどです。そうした恐怖や嫌悪が、彼らの根底にあるのでしょうか。 そして驚くべき点は今回“白木の団”が日本へ送り込んできた二名は、彼らの憎むべきヴァンパイア種とビーストハーフ種という情報があります。 曰く、同族を殺めることで己の呪われた血の宿命を克服することができる、と。 彼らは主にフィクサードや悪性エリューションを討伐するため、普段は利害が一致します。しかし、ここは日本です。正規の手続きを踏まず、法規を乱してフィクサードとはいえ勝手に極刑に処するなどやりすぎです。 しかし彼らは過激でこそあれリベリスタ。無用な火種にならぬよう、今回はなるべく捕縛を心がけてください。ただし、やむにやまれず捕殺せざるをえなかった場合でも作戦は成功とみなします。後の厄介ごとは、こちらにお任せください」 天原和泉は一呼吸を置く。みょうに長く、重たかった。 「彼らは、対ヴァンパイア種に特化したアーティファクトを所有しているとの情報があります。 今回の一件は、とくにヴァンパイア種のみなさんには一念おありと思います。ですが、今回はなるべくフライエンジュやメタルフレームを中心の人選が望ましいとのことです。 もしヴァンパイア種の方が参加される場合、相応の覚悟と準備を整えて志願してください。 ……わたしからの、おねがいです」 天原和泉は消え入りそうな声で、そう告げた。 ●潜入 3/3 花冠女学院への潜入がついに実行に移される。 リベリスタ達は、それぞれ各自趣向を凝らして花冠女学院に潜入することになったのだ。 ここは乙女の花園である。 男性は、少数の教員を除いてほとんど居ない。男子禁制というわけではないものの、女子だけのお嬢様学校だけに独特な雰囲気がある。 貴方たちは、日隠日和および“白木の団”の二名に正体を気づかれぬよう潜伏せねばならない。 アークの介入による未来の不確定化により、「いつ」「どこで」襲撃されるかは不明瞭だ。 貴方は、しばし花冠女学院での潜入生活を余儀なくされる――。 ようこそ、乙女の花園へ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月12日(水)23:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●潜入初日/中等部 「アリシア・ジル・フォーゼットでーす」 「山田・H・花子です」 『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)。 『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)。 ふたりはあっという間にクラスに打ち解けた。ただし、マスコット的に。 「アリりん、ドーナツたべるよね!」 「ねーねー花ちゃんの眼鏡どこで売ってんの?」 ヘクスは眼鏡の底にうんざり気分を隠す。アーリィに「愛想よくしてね」といわれたのだ。渋々となけなしの、一銭にもならないゼロ円スマイルをサービスする。 休み時間、ふたりはようやく開放された。 ヘクスはため息をつきつつ携帯電話で定時連絡を行おうとする。幻想纏いは潜入中封印だ。 「できるものならば、経費として笑顔代をアークに請求したいですね」 「はい、あーんっ」 と、二等辺三角形を描くへクスの口元に、アーリィは食べかけ半月ドーナツを運んだ。 「んぐ」 『へク……花子?』 「はいはい、こちらアリシア・ジル・フォーゼット。花子ちゃんは食事ちうだよ」 『蘭々だ。こちらは無事に潜入できた、そちらは?』 土岐田蘭々、また偽名である。 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)からの電話だ。 アーリィと雷音は必要な連絡事項を確認し合い、通話を終えた。と、 『白木の団、到着したようです。理事会の人間となにやら密談しているようです』 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)からの連絡がきた。アンジェは千里眼によって白木の団と日和の所在を監視、自身はステルスで一般生徒に巧妙にまぎれて潜伏と監視報告に徹している。 各自、こうして初日は連絡を密に行いつつ、それぞれに潜入を行うのだった。 ●潜入二日目/高等部 高等部の学舎では、転校生・坂本恋子こと『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)を一目みようと下級生が集まっていた。檻の外から虎をながめるように。 新ジャンル『チョイ悪おねえさま』。 「鬱陶しいなおい、昼飯が食いづれぇったらありゃしない」 ギラリと眼をつける。 一目散、観客は物陰に隠れた。その中に日隠日和の姿があったことを、瀬恋は見逃さなかった。 「リナさん、プチトマトはいかがですか? 私、家庭菜園が趣味でして」 上級生――月島月見はウェービーなブロンドを邪魔そうに手で押さえつつ、箸を運ぶ。 ちっさな赤い果実を、リナは飴のように頬で転がした。 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)、その偽名がリナだ。 初日、魔眼によって上級生・月島を含む同級生に暗示を与えた。その結果がこのお弁当交換会だ。 プチトマトの薄皮を食むと、爽やかで甘酸っぱい味わいがした。リリの頬もつい綻ぶ。 「けっこうなお手前で」 「励みになります」と月島は上品に笑い、自分も一口、果樹を食んだ。 なぜ、この上級生が日和のターゲットに選ばれたのかよく分かる。見目麗しく成績優秀という点のみならず、心優しく家庭的だ。年上のおねいさんとしては納得だ。 「しっつれいしまーす」 教室へ、日隠日和がお弁当を手にたずねてきた。 ちまっこい背丈に、人懐っこい顔立ち。色艶やかな黒髪を幼げにサイドテールに束ねて、プチトマトにも似た赤い玉のアクセで纏めている。高等部の教室ではなお幼げだ。 とてとてと歩いてくる仕草は、足下にチューリップが咲きそうなほど可憐だ。 「センパぁイ? こちらのおねーさまは?」 「転校生のリナさん、仲良くしてあげてね」 「初めまして日隠様。どうぞ宜しくお願いしますね」 リリが丁寧におじぎすると、日和はひへっと笑った。八重歯のごとく牙を見え隠れさせて。 「日隠日和です、どうかお見知りおきを。リナおねーさま」 日和はスカートの端をつまんで演劇上のお姫様のように挨拶した。 ●潜入二日目/中等部 放課後。 日隠日和は弓道部の道場にて、稽古に励んでいた。 積極的にいこう。 『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)は単刀直入なアプローチを試みようと部活動の見学にかこつけ様子を見に来ていた。 ばったり、そこで仲間たちと顔を合わせる。 『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675)と坂本瀬恋、リリら高等部の三名だ。 「おや、奇遇。……あの、ステファニーさん?」 魅入ってしまった。 花冠女学院の制服を着こなした三人の並び立つさまに、レイチェルは計らずも忘我に溺れた。 紺のブレザーに白のブラウス、赤と黒のチェックのネクタイ、グレーのミドルスカートというのが冬服の作りだ。シックに抑えて、気品がある。 瀬恋はラフにやや着崩してワイルドに、リリは凛と襟を正したまっすぐさ、かるたは柔和で慎ましく楚々としている。それでいて、三人とも豊かでメリハリのあるボディラインなのが魅力だ。 「もしもし、ステファニーさーん?」 返事がない。ただのしかばねのようだ。 「起きろコラ」 すぱんっ。瀬恋の鮮やかなローキックがスネに決まった。 「きゃんっ」 レイチェル、のたうちまわる。三者に負けず劣らじ、金髪碧眼の英国美少女ぶりが台無しだ。 ひゅんと弓を射掛ける日和の佇まいは凛然としていた。 百発百中、見事に“狙い通りに”的の中心を外している。己の才気をひた隠しているのだ。 「流石センパイですね! わたしソンケーしちゃいますっ」 上級生へのヨイショと謙遜は、実情を知っていると滑稽で痛々しくもある。 弦を爪弾く日和の横顔は、どこか孤独をにじませていた。 部活後、夕刻、道場裏。 「ね、待ってよ!」 レイチェルの手が、逃げ去ろうとする日隠日和の手首を掴んだ。 夕暮れの色が馴染んだ瞳は、じんわり淡い赤みを帯びている。動揺にさざめいてもいた。 「センパイ、あの……」 察して日和の腕をパッと離すと、レイチェルは微笑んでみせた。 「あたし、ステファニー。イギリスから転校してきた交換留学生なの」 疑いのまなざし。 「……って、設定でやってきたリベリスタなんだよね」 「わたしは正義の味方に裁かれるほどのイケナイこと、してませんよ」 後ろめたい想いがあるのか、日和の視線は右へ左へ、逃げ場を探してみえた。 大胆にもレイチェルはそっと手と手を絡めた。 「ね、強引なのって嫌い?」 「や……」 間隔十五センチ、吐息の色さえ視えそうな距離で。 「すぐにこういうのは望まないよ、安心して」 こくりと弱々しく日和はうなずく。 「これは正義も平和も関係ないあたしの本音の部分、あなたとおんなじ、わかるでしょ?」 日和の瞳は震えていた。どこか、不安にまぎれて期待の色を秘めて。 しかし一転レイチェルをキッと睨みつけ、突き飛ばした。 「わ、わたしは! もう二度とアークのリベリスタなんて信じないっ!」 生の感情を剥き出したかと思った刹那、日隠日和は自らの幻想纏いである髪留めを起動させ大弓を構えてみせた。しかし矢は番っていない。 これは警告だ。 「答えてっ! 坂本って名前を見た時、まさかと思ったけど。どうしてこの平和な学院にアークのリベリスタが潜入してるんですか!」 意気荒い日和を刺激せぬよう、レイチェルは慎重にゆっくりと言葉を選んだ。日和はけして撃たない。そう確信した上で。 「あたし達はね、あなたを守りにきたんだよ」 説明した。必要最低限に留めつつ、レイチェルは日和にこれから起こる事件についてを教えた。日隠は愕然とした表情を見せ、大きくショックを受けて大弓を手放し、その場にへたり込む。 「また……わたしのせいで」 うつむいて、表情を見せずに重たくつぶやく。 自分の死が怖い、それだけではない。日和はきっと他人の死が怖いのだ。 「優しいんだね、日和は」 「……ちがい、ます」 今は、真実を聞くべき時ではないのだろう。けれど、ひとつ確かなモノに辿り着けた。 「あたし、そんな日和と仲良くなりたい。ダメかな♪」 ハッと面をあげた日和の頬は濡れていた。 「ね、あたし達に協力してくれる?」 ●潜入三日目 作戦変更だ。 博打じみたレイチェルのアプローチが功を奏して、日隠日和の協力を得ることができた。 よって、積極的に白木の団へ罠を仕掛けることが可能となったのだ。 重ねてリリの説得が通じた。 「どうかここはご協力頂き、アークに戻って頂けないでしょうか? 貴女が悪い方には見えないのです。一緒に頑張りたいのです。血が欲しいのでしたら、わ、私の血で良ければ差し上げますから……」 「……わかりました。 万華鏡の仕組みは、わたしも知ってます。なるべく、起こるべき未来に近い状況にしないと」 あとは月島上級生の辿るべき一連の運命を、代役一名がこなせばよい。 ただし迫真の演技で、だ。 日隠日和とのときめきガールズラブライフを望んで過ごしたいのは約一名のみ。 が、レイチェルは積極的すぎて「年下の小悪魔ヴァンパイアに翻弄される恥じらい深き可憐なおねいさん」の演技適正がない。そこをシンクロの才覚で補い、演技することになった。 もちろん、みんなの監視下で。 図書館で勉強を教えてあげたり、お弁当を作って食べさせっこしたり。 ひとつのマフラーを共有したり、膝枕させて髪を漉いてあげたり。 千里眼担当のアンジェリカと集音担当のかるたは後にこう語る。 『……神父様、愛とは何でしょうか』 『耳に水あめをどろりと流し込まれる気分でした』 ●潜入四日目 破局した。 レイチェルと日和の蜜月の(演技だが)日々は、たった一日で終わった。 日隠日和曰く「こんなの理想のおねいさまじゃないっ!」とのこと。 レイチェルは保健室へゴウトゥヘル。笑い死にしかけた坂本もあやういところだった。 そして「じゃあお前やれよ」と坂本瀬恋にお鉢がまわる。 図書館で勉強をせがまれたり、お弁当を無理やり食わされたり。 マフラーで絞め殺されかけたり、膝枕させたら足がしびれて立てなくなったり。 千里眼担当のアンジェリカと集音担当のかるたは後にこう語る。 『……神父様、ここに懺悔します。真剣にがんばる人を笑ってしまうだなんて』 『病が再発して死んでしまうのではないかと心配でした』 ●潜入五日目 破局した。 坂本瀬恋曰く「こっからさきは報酬三倍でも断固拒否だっ!」とのこと。 そして最後の頼みとばかりにリリの出番となった。 「ふ、不束者ですがよろしく……お、お願いします」 「こ、こちらこそ」 リリはシンクロによって月島上級生を手本としつつ、日和との演技に望んだ。 いざやってみると極めて気恥ずかしいものだ。 その上、日隠日和の愛くるしさは殺傷力が高い。異性同姓を問わずハートを射抜く威力だ。演技とはいえ「日和に魅了される上級生」の役は魂をゆりっと引っ張ってくる。 (へ、平常心、平常心) 夕刻の教室、万華鏡の描いた禁忌すべき未来は再演された。 背徳と甘美に満ちたシトネ。恥らうリリを翻弄する小悪魔じみた日和のいざない。 「キス、していいですか?」 白桜色の唇がさえずる。 「――ぇと」 リリは惑乱した。日和はくすくす笑って。 「リナセンパイ、かわぁいんだ」 接吻を交わしたのか、否か。千里眼で見守るアンジェリカには判ったのだろうか。 艶めく演偽はつづく。 蒼白とした月はカーテンの向こう側よりふたりのサバトを盗み見ている。 白い牙の幽かな輝き。 微熱を帯びた息遣いで、日和はささやく。 「安心して。痛くするから」 ――合図だ。リリはハッと我に返り、冷静に演技しようと努める。 「ええ」 「とっても、痛くするから」 「おねがいします、日隠様……」 目を瞑る。怖いのだ。本来これから起こるべき惨劇より、もし何も起きず、このまま日隠日和に吸血されることが怖い。なにか、後戻りができなくなる気がして。 微かな足音。 目を開ける。 日和の肩越しに、黒き巨塔がそびえ立っていた。 白木の杭を、振り上げて。 ●断罪 「くぁぁぁぁっ!!」 リリは我が身を盾とした。日和を庇うにはこれしかない。ジーニアスならば白木の杭の効力もやや落ちる。冷静で正確な判断、その思考は激痛によって停止した。 黒衣の男、ガイセンの膂力は凄まじかった。のみならず、白木の杭は突き刺さった直後に極細の根っこを張り巡らせて神秘と物理の両面より、リリの肉体を制圧する。 が、だ。 「光よ!」 光輝する浄化の鎧の神秘がリリの戒めを解き、傷を癒した。レイチェルだ。 「このっ」 この隙にと日和の大弓が魔弾を射る。ガイセンは片手で払いのけるが、この間に距離を稼ぐ。 「日隠! リリ! 君らをたすける!」 一気呵成、雷音をはじめとして待ち伏せていた仲間たちが集結する。 雷音は詠唱を遂げ、陣地作成の秘儀を行使した。これで逃げ場もなくなった。 ガイセンをねめつけ、雷音は啖呵を切る。 「貴様たちにも正義はあるのだろう。 だが、手順を踏まないのは無法のフィクサードと何が違う?」 ガイセンと、逃げ場を失い姿を露にしたファーステル、ふたりの断罪者は包囲されている。 「愚問だ。力無きばかりに悪と小競り合いに終始する、貴様たちアークの法は無力だ」 「ならば!」 戦闘開始だ。 回復の手を断つべく、一同は癒し手のファーステルを集中攻撃した。黒衣に狐面の女ファーステルは杖と神秘を巧みに裁き、応戦する。しかし多勢に無勢、時間の問題だ。 ガイセンは守りを捨て、白木の杭と魔落の鉄槌によって猛威を振るった。 「――ぁ」 かるたが中衛にて式符・鴉を試みた刹那、被弾をもろともせずに猛牛のごとくガイセンは迫り、白木の杭を打ち降ろした。対ヴァンパイアの破界器は凶悪だ。即時、立ちあがることさえできなくなってしまった。 へクスはブレイクフィアーを行使するが、邪気を払う神秘の光も力及ばない。 戦況は一進一退。 アーリィの正確無比な気糸がファーステルの狐面を砕く。 「ッ!」 その下の顔貌にアーリィは息を呑む。右頬の肉が抉り取られて、奥まで歯牙が剥き出しの女狐なのだ。ファーステルは何語か分からぬ言葉で怒声を発す。 冷静さを失った今が好機だ。雷音とリリの神秘が決まり、満身創痍としたところをアンジェリカのギャロッププレイによって拘束、捕縛した。 「そこまでだ!」 「……吸血鬼め」 ガイセンは足を止めた。数的な優劣は歴然としている。 「ボクは貴方を殺めたくない。降伏してくれ。生きて祖国の土を踏ませてあげる」 「ならん」 巌の面は不動だ。 「貴方はそんなにヴァンパイアである事が嫌なの? でもね、ボクはヴァンパイアである事も含めて自分が自分である事に誇りを持ってるんだ。自分を誇りに思えない貴方には負けない」 「――昔、あるところに誇り高いヴァンパイアが居た。 彼の父は悪逆非道を尽くし、人々を恐怖で支配した。彼は人々を救うために親殺しを果たした。しかし報われることはない。人々は平和を授かり、彼は孤独を得た。これでよかったのだと、彼は自分を肯定したかった。そのために、更なる同族殺しを続けた。彼の誇りは塵の価値もない。 還る場所は、灰と土くれだ」 ガイセンが動く。彼はなぜか朝露を呑もうとはしなかった。 八対一の戦いは遠からず決着がついた。 ガイセンの孤軍奮闘は空しく、弱ったところへレイチェルの神気閃光が不意を突き、坂本の鉄拳が決まったところですかさず次の一手へ。 「決着だ!」 雷音の呪印封縛が勝敗を決す。 幾重にも織り込まれた呪印によって四肢が次々と釘づけられていったのだ。 教室に、夜の静謐が帰ってきた。 ●事件後 後日、作戦司令室。 「――というわけで、アークは両名の身柄引き渡しを条件に、白木の団との協定を結びました。今後この極東地域での活動においてはアークを介して行うとのこと。 一説に、白木の団内でガイセン氏がアークとの協定を強く助言してくれたとのこと。 これにて一件落着です」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は報告資料を嬉しげに読みあげる。 「花冠での吸血鬼騒動も終息、被害報告はありません。 なお、制服はお持ち帰りください。さて、ところで……この請求書は?」 へクスの瓶底眼鏡がきらりと輝く。 「笑顔代。支払いは現金か金銀でよろしく」 「こっちも忘れずになぁ!」 ばん! 坂本も紙を机に叩きつける。特別手当の請求書だ。 「さぁ」 「さぁ!」 「け、経費で落ちませんってばー!?」 一方、雷音はひとり携帯メールをしたためている。 『親愛なる父君へ。今度、貴方に見せたいものがあります』 そんな光景にリリが頬をほころばせていると。 「リリセンパぁイ?」 甘ったるい猫撫で声で、日隠日和は耳元でささやいてきた。日和は保護観察処分ということで、アーク所属の非常勤リベリスタとして今後、協力することになった。 「血、好きな時にいつでもくれる約束ですよねー?」 「そ、それは……」 冷汗まみれのリリは壁際に追い詰められた。 レイチェルは「いいなぁ」と羨望のまなざしを向けてくる。ちっともよくない。 「安心して。痛くするから♪」 「か、神よ!」 「噛むよ♪」 ――かぷっ。 -おしまい- |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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