下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






<混沌組曲・序>三ッ池公園狂想曲~Jötunheimr

●Jötunheimr(ヨツンヘイム)
 十一月の寒さが身に染みる、深夜の三ッ池公園。
 ボトムチャンネルに開いた『閉じない穴』。赤く赤く、深い闇。
 だが、その『穴』を除いて――圧倒的な存在感を持つそれを意識から外すことなど、誰にも出来はしないが――かつての戦いの記憶を留めるものは、もう公園内にはない。
 時折現れるエリューションやアザーバイドへの対処も、この封印を警備する多数のリベリスタによって、その殆どは危なげなく行われていた。一部の脅威にはアークの精鋭が駆り出されていたが、逆に言えばそれで済む程度である。
 フュリエの少女とバイデンの少年のような闖入者もそう現れるものではなく、つまり、概ね三ッ池公園は安定した状況下にあった。

 この、十一月の寒い夜。
 典雅なる音階が、闇を震わせるまでは。

「う、うわぁっ!」
「なんで、なんで立ち上がってくるんだっ」
 突如公園の全域に現れた、人型の思念体――燐光を纏うそれは、まさに怨霊とも呼ぶべきもの。その数の前に、リベリスタ達は一人、また一人と倒れていった。
 しかし、彼らの戦意を挫き、足を震えさせたのはそんなエリューションまがいの存在ではない。実力的には精鋭に劣るといえども、不利な戦いを恐れるようなものはこの場に配置されていない。
 彼らが恐れたのは、彼ら自身、であった。
「こ……これが、ネクロマンシーというものですか……!」
 亡霊に混じり、ゆらり、ゆらりと近づいてくるのは、力尽き倒れた彼らの同輩。
 立ち上がった彼らは、再び歩き出す。腕が折れ、肩が砕け、首が捻じ曲がっていても。
 ゆらりゆらりと近づいてくるそれらは、見えざる恐怖の手で、迎え撃つリベリスタ達の肺腑を鷲掴みにして。
「くっそぉぉぉぉっ!」
 機関銃を構えた男が、ありったけの銃弾を動く死体に叩き込む。一体は、人の形を保つこと適わず、ぐずぐずの肉片になって崩れ去った。
 だが、それだけだ。
 生きた人間であれば致命傷になる銃弾の嵐を潜ってさえ、形を保っている限り、動く死体はその動きを止めはしない。
 そして。
「うわ、た、助けてくれ……!」
 ぐちゃり、と。
 ぐちゃり、と。
 一人、また一人と――新たなる死者が、戦列に加わっていくのだ。

 怨霊と死体のレギオン。
 誇りも闘志も在りはしない、虚ろなるウォール・オブ・デス。
 その壁の向こうでは、二人の少女を従えた燕尾服の男が、蹂躙されるリベリスタを眺めていた。

●アクセス・ファンタズム
『緊急連絡。悪いけど、今すぐ三ッ池公園に向かって欲しい』
 冷たくアラームを鳴らしたアクセス・ファンタズム。挨拶さえ惜しいかのように喋り出したその声の主は、言わずと知れた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。感情を露にすることの少ないアークの姫君は、しかしこの時、焦りを隠そうとはしなかった。
『ケイオス配下の『楽団』が暴れてるのは、もう知ってるよね。その楽団員が、徒党を組んで三ッ池公園を襲撃しているの』
 三ッ池公園。
 その重要性を理解していないアークのリベリスタなど、いるわけがない。だが、何故そこまでにイヴが常の冷静さをかなぐり捨てたような態度を取っているのか、腑に落ちぬ彼らであった。
 あの『閉じない穴』は、多数のリベリスタによって二十四時間の警備が行われているのだから。蟻の這い出る隙間もないほどの警備下でフィクサードの数人が暴れたとて、そう大事にはならないだろう。
 だが。
『既に公園は大混乱に陥ってる。どうやって気づかれずに侵入できたのか判らないけど、公園中央の『丘の上の広場』、『穴』の近くに突然現れた楽団員が、公園の内部に大量の怨霊を蘇らせたの』
 捲し立てるイヴの言葉に、事態が既に危機的なラインにまで及んでいるのだと、彼らは知る。
 かつてアークと戦い、そして散ったフィクサード達の思念。闇夜に奏でられたコールアングレの音色が、昇華されず赤い月の残滓にしがみつくそれらを意志なき兵士へと変えたというのだ。
『同時に、公園の四方からも楽団員が侵攻を開始してる。前後から挟まれた警備のリベリスタは、もう怨霊の波を押し留めることすら難しくなっているみたい』
 だから、と少女は希う。
 いまや死地と化した三ッ池公園に潜入し、混乱の張本人を叩いて、と。
『全滅した警備隊が壊滅の間際に送ってきた情報と、オルクス・パラストのデータを突き合わせて、誰が相手かは判ってる。――大物だよ』
 モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン。
 コールアングレの首席奏者(トップ)にして、『楽団』木管楽器グループのリーダー格。
 それが相手、と予言の少女は告げるのだ。
『警備隊の残存戦力で、広場までの道は確保するよ。みんなは消耗を抑えて、モーゼスの所まで辿り着いて』
 これまでの楽団員の傾向から、モーゼスはまだ積極的に戦おうとはせず、死者の軍勢を増やしながら、リベリスタに出血を強いると考えられる。
 だから、彼を討ち取ることよりも、その目的を達成させないことの方が、今は重要だ。それですら言うほど簡単でない事に、誰もが気づいてはいたけれど。
『とにかく、撤退に追い込んでくれればいい。少しでも、楽団の戦力増強を阻止出来ればいい。だから、絶対に死なないで』
 もしも、命を落としたならば。
 その先に待つ運命は、あえて言葉にするまでもないだろうから。

●Instigator
「……かのジャック・ザ・リッパーを破ったというから、如何ほどのものかと思えば」
 実に他愛無い、と、白髪の紳士――モーゼスは肩を竦めた。彼の手には、ひどくごつごつとした、岩めいた印象を与えるコールアングレが握られている。
 彼ら三人が片付けたリベリスタは両手の指をはるかに超えていた筈だが、周囲にはただ一体の亡骸さえ倒れてはいない。周囲を徘徊する数体を除けば、今頃は軍団の尖兵となって、かつての仲間に掴みかかっている頃だろう。
「しかし、バレット君も芸がない。どうせ奇抜なだけの演奏をするのなら、この程度の工夫はしてみてもいいと思うが」
 フィクサードやリベリスタを殺害し、軍勢に加える。なるほどそれは良いだろう。だが、ネクロマンサーたる矜持があるならば、この三ッ池公園という宝の山を見過ごす法があろうか。
「困ったものだ。ケイオス殿は何故アレを『楽団』に置いているのだろうね。ゼベディ君にフュリ君、その他の皆も有能な者は多いというのに」
 傍らの少女達へと視線を投げる。ビスク・ドールとも思しきブロンドの少女達は何も答えなかったが、彼はそれを予期していたのか、苦笑を浮かべるに留めた。
「まあ良い。バレット君にも、極東の諸君にも教えてあげるとしよう――序曲とて、ハイライトは用意されているのだと」

 三ッ池公園に鳴り響く死の旋律。
 混沌のタクトによるオーバーチュアは、まだ、終わらない。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月可染  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年12月13日(木)23:56
 弓月可染です。
 はじまりのおわり。以下詳細。

●Danger!
このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
『三ッ池公園狂想曲』とタイトルに関したシナリオは、同一PCで同時に参加する事を禁止します。
同時予約が確認された時点で当落に関わらず、除外等の対処とペナルティが架されますのでご注意を。


●成功条件
 モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネンを撤退に追い込むこと。

●モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン
 男性。壮年の白人。燕尾服にショートマントを羽織っています。口ひげが素敵なダンディ。
 ごつごつとした印象を与えるコールアングレ(イングリッシュホルン)を演奏します。
 霊魂を弾丸にして複数の敵を撃ち麻痺させるなどの攻撃が可能です。
 また、怨霊を召喚する能力があると考えられますが、戦闘中は一度に数体に限られるようです。その他の詳細能力は不明。

●二人の少女
 名前は不明。ピッコロを手にしたボブカットとロングへアーの小柄な少女で、喪服のようなドレスを着込んでいます。攻撃能力は不明ですが、下記特殊能力を使用します。

【ボブカットの少女】
・Melody of the Solitude
 3ターン以上単体攻撃の対象になっていない全ての怨霊に作用。
 (4ターン目開始時よりこの能力の対象になる)
 次の攻撃が命中した場合、その攻撃は『200%ヒット』として威力判定を行う。

【ロングヘアーの少女】
・Melody of the Multitude
 前ターンに4回以上攻撃(単体に限らない)の対象になった全ての怨霊に作用。
 次の攻撃が命中した場合、その攻撃は『200%ヒット』として威力判定を行う。

●怨霊の皆さん
 開始時十五体。かなりタフです。攻撃方法は様々。

●死体の皆さん
 開始時六体。恐ろしいほどにタフです。
 モーゼスに精密に操られており、生前の能力をほぼ全て使いこなします。
 デュランダル、クロスイージスx2、ナイトクリーク、マグメイガス、ホーリーメイガス。

●丘の上の広場
 かつてジャック・ザ・リッパーが戦った広場。
 アシュレイが抑えている『閉じない穴』が鎮座していますが、少々何かした程度でどうこうなることはありませんので、今回は気にしなくて構いません。

 モーゼスと接触するところまではプレイング不要です。
 それでは、皆さんのプレイングをお待ちしています。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ソードミラージュ
絢堂・霧香(BNE000618)
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
インヤンマスター
門真 螢衣(BNE001036)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ソードミラージュ
レイライン・エレアニック(BNE002137)
スターサジタリー
劉・星龍(BNE002481)
ホーリーメイガス
リサリサ・J・丸田(BNE002558)
プロアデプト
廬原 碧衣(BNE002820)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
プロアデプト
阿久津 甚内(BNE003567)


 ――ずっと、あなたといられますように。


「絶対に……許さない!」
 誰よりも早く夜闇を裂いて駆ける、白無垢の羽織、銀糸のポニーテール。『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)、その真っ直ぐな剣筋が、場をか細く照らす電灯の明かりを煌かせて奔った。
「命を、魂を弄ぶなんて……!」
 丘の上の広場。三ッ池公園、その最奥部。
 北門から侵入した彼らは、ここまで一度も消耗することなく辿り着いていた。『敵』の姿を見なかったわけではない。共に救援に駆けつけた仲間、そして命を賭けて公園を護らんとするリベリスタ達。
 圧倒的な数のアンデッドを前にして、それでも彼らは。
 行け、と言ったのだ。
 頼んだ、と言ったのだ。
「絶対に、許さない!」
 繰り返す。だが、その裂帛の気合にも、剣の先に立つ男――モーゼス・マカライネンは動じなかった。その岩めいたイングリッシュホルンが一音を鳴らせば、急速に人の像を為した燐光が、残像を残すほどの怒涛の斬撃を受け止める。
「ごきげんよう、リベリスタの諸君」
 次々と現れる死霊。モーゼスとリベリスタ達を隔てる死の壁は、おお、おおと呻き声を上げるばかり。かつて人だったもの。今はもう、人ではないもの。
「哀れな……!」
 間違ったメイド服めいたドレスを着込んだ少女が霧香に続く。いや、少女に見えるもの、か。『巻き戻りし残像』レイライン・エレアニック(BNE002137)が振るう鈍器は、爪を立てた猫の掌のようで。
「死者を、魂を、冒涜するでないわ!」
 ぶん、と振り下ろす。質量を持たぬであろう霊体が相手。手応えは如何に、と考えたのも一瞬。柄を通して伝わる生々しい手応えは、肉を引き裂く感触に等しかった。
「ふん……どこまでも」
 死者を冒涜するな。
 死闘を冒涜するな。
 記憶に刻まれた赤き戦士との死闘から、まだそう経ってはいない。ましてや、ここは三ッ池公園。多くの死を飲み込み、その魂を捕らえて離さない墓地だ。
 だからこそ、この場所がどれだけ霊的に優れた極地であろうとも、その安静を乱す事はレイラインには許しがたい。
 そして、それは彼女だけの感情ではないのだ。
「ここは、花子さんが守った場所なんだ」
 かつん、と両手の甲を打ち付ける『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)。両の手には『勇気』と『境界線』。彼の根幹を成す二つのタームが、稲妻を帯びて眩く明滅する。
「お前のような奴が、一分一秒でも立っていていい場所じゃない」
 深く息を吐く。心を鎮めているようにも見えるその仕草は、しかし見かけよりも遥かに熱く滾る心情を隠していた。
 ぐらぐらと沸き立つ怒り。それを細い細い一点に集約し、怒涛の雷鳴へと変えて死霊の群れへと殺到する。いや、悠里が狙ったのは、果たして怨霊の戦士を排除する、それだけだったのか――。
「まして、死者の念を呼び出すなんて事、許せる訳がない!」
「ほぅ、花子君というのかね。此処で散った君の友人は」
 何体かの霊体を一纏めに薙ぎ払い、けれど死の壁を越えることは適わない。並び立つ怨霊の向こう、殺意を存分に篭めた彼の視線を涼しい顔で受け流したモーゼスは、ならば、と笑みを深くした。
「例えばコレが、その花子君かもしれないな」
 空いた左手を宙に伸べ、掴む。その瞬間――。

 ――ヒィギィィァァァァァアァァァァ――。

 魂消る(たまげる)、という言葉の意味を思い知らせるかのような甲高い叫びが、ざわめく夜の空気を押し潰す。空を掴んだはずのその手には、どろりと暗く輝く球体が握られていた。
「返してあげよう。受け取りたまえ」
 左手を広げる。球を保っていた瘴気のエネルギーが、枷を失ったかのように溢れ出し、いくつもの弾丸となって爆ぜ飛んだ。
「う――わあっ!」
 その一つは悠里を直撃し、全身に呪詛の鎖を這わせその動きを縛る。全身を侵す瘴気が、急速に彼の体力を奪っていく。
「大丈夫です……すぐに癒します…っ!」
 戦場を吹き抜けるしっとりとした典歌。それは、遥かなる高みに座すものへと捧げる祝福の旋律。『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・マルター(BNE002558)が紡ぐ詠唱の韻は、癒しの福音とハーモニーを響かせる。
「それが、ワタシの役目ですから……」
 パーティ十人の中で、バックアップに長けた能力を持っているのは自分ひとり。陰陽のを操り敵を釘付けにする仲間に、回復の負荷までをかけるわけにはいかない――その自負と危機感が、彼女を衝き動かしていた。
 モーゼスの放った霊の弾丸はリサリサをも襲ってはいたが、絶対に倒れないという信念を胸に呪縛を払い除けた彼女は、その苦痛を表に出そうとはしない。
 だが。
(――これでは……っ)
 悠里が、『下策士』門真 螢衣(BNE001036)が倒れていた。いずれ彼らは意志の力で立ち上がるだろう。だが、それは十秒先か。二十秒先か。
 彼女の責任ではない。だが、癒し手を自認するリサリサにとって、『意思の力に頼らざるを得ない』状況は余りにも不本意に過ぎた。それは、攻撃力と防御力の両方の喪失を意味するのだから。
「あーららー、えっちなお姉ちゃんが怖い顔しちゃ台無しだねー」
 知らず表情を強張らせていた彼女。その耳朶を、けらりと軽い声が打つ。
「音楽の押し売りってーだけで鬱陶しーのに、長いってーのよ」
 これって押し聞かせ? などとおどける『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)。だがその細い目の奥は、口調ほどには笑っていない。
「雑音の発生源はお帰り下さいお願いします! って言いたいところだけどー」
 手にした矛を向ける先は、死霊の壁に紛れた『動く死体』――いや、『動かされている死体』。金色の穂先からするりと伸びた不可視の糸が、聖衣を纏ったリベリスタの亡骸、その脚関節を撃ち抜いて。
「ははー悪ぃーね。本領発揮ってヤツだー★」
 それでも、足を引きずるようにしてずるりずるりと木偶は迫る。狙われたのは、甚内自身。だが、それでいい。恐らくホーリーメイガスであろうこの死体を自由にさせない事は、必須条件と言ってもいいことなのだから。
 しかし、それも僅かの間。他の死体が放った眩い光を受けた途端、夢から覚めたかのように、聖衣の亡骸は詠唱らしき仕草を再開するのだ。

 それを鋏、と呼ぶには、その凶器は余りにも歪すぎた。
 肉を抉り引き裂くことに特化したような、無駄がなく、けれど何処か醜悪な印象を与えるフォルムの長剣。その刃に遍く咲いた血を思わせる錆の華が、この得物が苦痛を与えることに長けた凶器なのだと知らしめる。
 だが、それよりも目を惹くのは、刃の根元に螺子で取り付けられた、同じく錆び付いた厚刃のナイフ。
「伝説の殺人鬼が暴れた場所かぁ。うっかり出てきたりするのかな☆」
 合わぬ刃をじゃきりと鳴らし、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は荒れ狂う。瘴気じみた魔力を纏った『鋏』が、レイラインが引き裂いた――もっとも、次の瞬間には見かけの傷は治っていたが――怨霊を断つ。
「ん~、俺様ちゃんにはつまんない相手だね」
 うっそりと笑いながらも、どこか投げやりな葬識。斬られても苦しまず、斬っても喜ばず。蘇った木偶は哀れで、それ以上に浅ましい。

 死は絶対だ。

「だから生を刈り取ることが、俺様ちゃんの生き様さ☆」
 返す刀でもう一閃、長刀の部分で撫で斬った。だが、これほどの攻撃を受け、なおも怨霊はその形を保っている。
「……本当に鬱陶しい限りだな」
 半ば本気で呆れたかのような『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)。雨後の筍でもあるまいし、と呟いて、眼前に翳した短刀に左手を当てる。
 巻き起こる魔力の渦。緩く閉じた瞳、短い祈りと共に生まれた幾許かの神気が、その渦に混ざり淡い輝きを与えた。
「悠里……と、考えるより手が出るのが早い性質(たち)だったか」
 予測値通りであれば自分の詠唱が終わるほうが早いはず、彼女の演算を超えた速さで飛び出した僚友に、思わず苦笑いを漏らす。だが、それもどうということはない誤差だ。
「練った魔力が勿体無いからな、折角だから貰っていけ」
 この場に集うのはアークの精鋭。後の調整くらい任せていいだろう、と結論付け、碧衣は掲げたナイフに纏わせた魔力を一気に解放する。
「……参ったな、これは」
 聖別の光は怨霊達をあまねく灼いた。だが、その歩みは止まらない。


「本当……、タフっていう話は、伊達じゃないね……」
 イヴの事前情報を信じないわけではなかったが、これだけの数を滅ぼし尽くすのは骨が折れるだろう。『道を開く』ことに注力する――そう決めた自分達の方針は間違っていないと、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は意を強くした。
「けれど、やるしかない。泣き言なんて、言ってられない……」
 滑るように距離を詰めた黒衣の少女。レースのスカートの裾が、ふわりと風を抱いて膨らんだ。その手には、ただ人を縊るための革紐。
「絶対――思い通りになんかさせない!」
 大きく右手を振り抜いた。霊だけに絞殺は難しかろうと判断してか、鞭のように大きくしなったブラック・コード。アストラル・バディに、死印が刻まれ――音もなく、ヒトガタは四散して消えた。
「ようやく一体、ですか」
 両の手には陰陽の符。身を苛む縛鎖を気合だけで振り払った螢衣は、周囲に展開した結界が破られていない事を確認し、まずは溜息をつく。霊魂の弾丸などおぞましいとしか言いようがないが、宙に浮かぶ守護の符を食い破るほどのものではないらしい。
 常は愛らしいほどにころころと変わる表情も、今は凜と張り詰めていた。元より『仕事』には手を抜かぬ彼女ではあるが、今彼女の頬を強張らせるのはそれだけではない。
「……いきなりハードルが上がってしまった感がありますね」
 今夜に至るまでに、彼女は既に『楽団』との交戦を経験している。撤退を余儀なくされたクラリネット吹きの少年との戦い。頬を強かに殴られた動く死体の一撃は、いまだ記憶に新しい。
 だが、目の前の相手は、率いる死者の軍団は、その少年よりもなお危険なのだ。
 モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン。
 木管楽器のリーダー格となれば、その実力は既報に聞く『歌姫』や『第一弦楽器』にも劣るまい。
 だが。
「それでも……なんとかするしかありませんね」
 この公園に開いた、『閉じない穴』。
 極東の『特異点』たる日本、その中心をバロックナイツに渡すわけにはいかないのだ。そうでなければ。
「でなければ、ジャックを倒した意味がなくなります……!」
 カァ、と一声。式神の鴉が闇に黒翼を溶かし、一直線に飛んで怨霊を貫く。精神体ならば効くだろうという読み通り、ヒトガタが歩む向きを変えたのが見て取れた。
「まあ、なんとかしてみましょう」
 咥え煙草の『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)は、すっかりと身に付いた立射の姿勢で相棒たるライフルを構えていた。
 長距離からの狙撃を得手とするスナイパーである彼にとって、目を瞑っていても当たるような距離から猟師のように弾丸をばら撒くなど、決して本意ではなかったが――やらねばならぬことは心得ている。
「与えられたチャンスと戦力で成功させるのが、プロというものです」
 狙いもつけずに引鉄を引く。放たれたのは鋼鉄ではなく意志の弾丸。怨霊の頭蓋を穿つヘッドショット。亡霊の兵士は脳漿を散らすことすらないが、少女の奏でるピッコロの旋律を妨げる事はできるだろう。
「鴨撃ちとて手は抜きませんよ」
 流石に懐のスキットルを取り出すのは油断の度が過ぎる。変わりに煙草の煙をふかし、星龍はサングラスの奥の目を細めた。

「やだねーもー、しつこいんだよコイツラー」
 面倒臭げな顔を隠そうともせず、甚内はその矛先を聖衣の骸へと向ける。放つ気糸は百発百中とは行かぬまでも、ぎこちない動きの死体相手ならば外すことは無かろうと思われた。
「御捻りってあるやん? コレはその逆★」
 僕ちゃんにもっとキツいの頂戴よ、と放ったそれは、しかし此度は死者の癒し手を射抜くことはなかった。代わりにそれを受けたのは、短剣を握る軽装の戦士。
「モーゼスちゃんやるじゃーん」
「……極東の諸君は品格が足りないな」
 眉をひそめるモーゼスが命じたであろう行動。全身で癒し手を庇い守る暗殺者の死体が、甚内の齎した不可視の糸を遮ったのだ。
「面倒くさい~ね~、阿久津ちゃん」
「ホント厄介だねー。さっさとー、お帰り下さいお願いします!」
 辟易した風情の甚内に向け、けらりと声に乗せるは諧謔の笑み。楽しい楽しい殺し放題のレジャーも新鮮じゃなければいま一つ、それでも肉を斬る感触には抗いがたい葬識である。
「ま、伝説には程遠い殺人鬼も暴れてみますか☆」
「わらわも一枚噛ませてもらおうかの」
 奇妙な鋏を振り上げた葬識、だがそれよりも速く、彼の視界に金の尾が踊った。
「すまぬ……もう一度眠りについてくれなのじゃ!」
 瑞々しく全身の発条を利かせて跳ねる『少女』。レイラインの振るう猫の鉤爪が、本物の猫の気まぐれな手捌きに似て幻惑を生み、鋭く怨霊を引き裂いた。
「一気に仕留めるのじゃ――楽に、してやらねばな」
「楽にねぇ。ほんと、ここで何人死んだんだろ?」
 大きく割れた霊体の身体。それが下に戻っていくのを見逃さず、殺人鬼の刃が音を立てる。ぎりぎり一杯まで開いた二刀を、胴の付け根にぐい、と差し込んで。
「――俺様ちゃんも、殺し合いに混ぜてほしかったのに」
 両断する。それが止め。葬識の目の前で、また一体の怨霊が消えていった。
「これで何体だっけ☆」
「やっと三体だな。先は長いぞ、殺人鬼」
 珍しく軽口を叩く碧衣。くい、と指を曲げれば、四方に配された不可視の罠が一斉に牙を剥き、怨霊の自由を奪い取った。
「『楽団』よ、観客も居ないところで音を奏でるのはつまらないだろう?」
 だからわざわざ出張ってやったんだ、と碧衣は唇を曲げる。だが、その言葉ほどには彼女らに余裕はない。
 確かに三体を倒し、少しずつ数の上での不利を動かそうとしている。問題は、とにもかくにもそのタフさだ。五人がかりでも仕留め切れない場合さえある怨霊は悪戯に戦いを長引かせる。
 そして、動く死体――かつてのリベリスタ。
 クロスイージスやホーリーメイガスらしき者が剣士らしき二人に庇われ、聖別の光で引き剥がすことも出来ぬ中、後列から撃ち込まれる火球は、あるいは死霊たちすら癒す戦歌は、予想以上に彼らを苦しめる。
「何とか、最後まで気力が持てばいいのだが」
「持つか持たないかじゃない、最後まで持たせるよ!」
 こちらはメインアタッカーの任を帯びた霧香。強く地を蹴って踏み込んだ彼女の袴が、大きく空気をはらんで膨らんだ。
「恐ろしい敵……でも退けない。あいつらを見逃してなんてやらない!」
 彼女は、ここで『楽団』を――危険な男・モーゼスを逃がしてはならない最大の理由が見えていた。三ッ池公園にあっさり入り込んだ、その類稀なる隠密能力。それはきっと。
(「厳重な警戒の中でも潜り込む能力があるなら、アークも、三高平も安全じゃなくなっちゃう」)
 三尺余の太太刀に力が宿る。怨霊へと勢い良く振り下ろされた白銀の刀が、返す刀で斬り上げの一撃を滑らせた。
「まったく……嫌になるね、ホント」
 それでも存在が掻き消えることなく、その疵を埋めていく怨霊。待っててね、と口の中で呟いて、霧香は油断なく上段に太刀を構えた。
 ――待っててね、あたしが解放してあげるから。


 じわり、じわりと、双方の戦力を削り合う戦いは続く。
 さらに四体の怨霊を倒した。残るは怨霊八とリビング・デッドが六、そしてモーゼスと二人の少女。
 二本のピッコロが奏でる、軽やかな、或いは物悲しい調べ。霊体の下僕を強化するというその旋律は、ここまでに唯の一度もその効果を表していない。彼らは、ぎりぎりの闘いの中でも怨霊どものハンドリングには成功していた。
 それこそが、リベリスタを待ち受ける陥穽なのだと、彼らは露知らず。
「……っ、絶対に護ります……。この命をすり減らす事になろうとも……」
 壮絶なる覚悟を胸に、リサリサは詠唱の韻律を紡ぐ。戦場に満ちる『混沌の福音』、それを妙なる調べで押し止める彼女は、しかし大きく肩を上下させていた。
「皆さんを支え続けることが……ワタシの役目ですから……!」
 おそらくメンバー中でも屈指の防御を誇る彼女は、モーゼスの霊弾を跳ね除け、迫る怨霊をも杖で払い防ぎきっていた。
 並みの後衛であれば、脱落の危機となっていたに違いない。だがその装甲は、継戦能力と引き換えのもの。
 柔らかな風と福音の旋律を使い分けているとはいえ、唯一人で十人を――それも、倍する数を凌ぎ続ける十人を支えることができる時間は、短い。そして、敵を翻弄できる碧衣を、そう簡単に自分のフォローには回せないのだ。
「……弱音なんて、吐きませんよ」
 青い瞳に意志の光が宿る。自らの得手とはかけ離れた立ち居地を強いられる、それは、近場のリベリスタをかき集めたが故の、如何ともし難い状況。
 だが、リサリサは諦めない。生命線であるという自負が折れぬ限り、彼女は止まらない。
 ここまで戦線が崩れなかったことが、既に奇跡と言って良いのだ。その奇跡を齎したのは、間違いなく彼女なのだから。ならばあと少し、耐え抜けばいい。きっと、仲間達は怨霊の壁を突破してくれる――。
 輝ける未来予想。その奇跡を。彼らの希望を。

「極東の諸君、君たちの努力には敬意すら覚えるよ」

 薄く嘲弄を載せた声色で、モーゼス・マカライネンは粉砕する。ホルンにつけた唇。吹き込んだブレスが響かせる、哀愁のメロディ。
 ぞわり。
 場違いに美しいメロディは、リベリスタの背筋をぞわりと撫でた。寒風吹きすさぶ三ッ池公園、その気温がさらに下がったように感じられて。
「こんなことの、ために……」
 そのメロディーの美しさを知ればなおさら、アンジェリカが悔しげに呻く。モーゼスの周囲に現れたのは、三体の怨霊。予期されていた新手。
「ここまでのネクロマンサーなど、そうそうお目にかかるものではありませんが……」
 恐らくこの場で最も冷静だったのは――あるいは戦況の悪化を痛感していたのは、後列から次々と符を散らす螢衣だったろう。リサリサの奮戦に心中頭を下げながら、彼女は彼女の戦いを続けるべく符に念を篭める。
 死体と霊体を操るフィクサードなど、目の前の『楽団』に限らず腐るほど居る。口にするのもおぞましいが、死体は『ごく入手しやすい』素材であるし、魂が秘めた神秘は身近な宝の山だ。
 だが、『楽団』は別だ。
 ケイオス・“コンダクター”・カントーリオと、その配下は格別だ。
「この日本を、ポーランドと同じにしてなるものですか……!」
 五十数年前、欧州ポーランドの神秘界隈を根こそぎに壊滅させた『混沌』事件。極東の、それも年若い組織であるアークのリベリスタには、最早その事件を知らぬ者も多いだろう。
 だが、学究の徒である彼女は知っている。その小ぶりな頭蓋に蓄えた知識が、目の前の敵が抱いているであろう心理を叫んでいる。
 五十年前もそうだったのだ。組曲は序曲。フィナーレはまだ遠く、ここで終止符を打つつもりはないのだ、と。
「なんとか、あの前衛を突破しましょう。一太刀でいい。身を危険に曝してまでわたし達と刺し違える事を、まだ彼らは望まないはず」
 符を式神の翼に変え、縦横に舞わせ死体を翻弄する螢衣。言うのは簡単だけどね、と返した悠里の唇、その小さく歪めた端から一筋の血が流れ、顔を汚していた。
 ちらりと背後の碧衣へと視線を投げる。クロスイージスのリベリスタ『だったもの』を相手取ることにしたらしい彼女と視線が絡んだ。頷き一つ。
「花子さんだけじゃないんだ」
 足技を披露していた彼は、再び手甲を握り直す。
 まだモーゼスはリベリスタを侮っている。あるいは、あくまで死者の軍勢をけしかけ、消耗させることに務めている。
 倒しても倒しても、怨霊の群れは消え去りはしない――ならば、逆転のチャンスは。
「沢山の友達が、アークの仲間が、みんなを守るために死んでいった」
 ばちり、と。
 闘志と怒りとその他全ての激しい感情がないまぜになり、白銀の甲の表面を奔る。ばちり。ばちり。金属の肌に火花が飛んだ。
「死を汚す、お前らのその行為は絶対に許せない」
 脳裏をよぎる、何人もの顔。
 肩を並べた、今はもう逢えない仲間達。
 そして、『ついさっき見捨てた』公園警備のリベリスタ達。
 そこに残せば、その多くは命を落とすと知っていた。知っていて、元凶を潰すことを選んだ。大きな目的の為に、必ず出るであろう犠牲を悠里は意識から追い出した。
「過去も、現在も、未来も」
 大きく跳んだ。亡霊と死体とが入り乱れる只中に殴りこみ、無尽に拳を振るう。その速さは、今このひととき、神速を謳われる友人にすら勝るとも劣らない。
「何一つ、お前らの好きにはさせない!」
 乱れ飛ぶ雷光の中、一体の怨霊が音もなく消えていく。行け、と叫んだ次の瞬間。
 ガコン、と音がした。
「……やはり、こいつは無粋で仕方ありません」
 ライフルの先端から落ちたサイレンサーが、ころりと星龍の足下に転がっていた。
 もとより、超長距離であればともかく目を閉じていても当たる近距離で、サイレンサーの有無が命中率に影響することはない。だが、彼は僅かのノイズすら許さなかった。
 許すべきではない時だと思った。
「前衛が命を賭けるなら、こちらも仕事はきっちりと」
 銃声が轟く。
 解き放つ光の矢。ライフルに篭めた魔力の弾が尾を引いて怨霊の群れへと吸い込まれていく。二発。三発。狙いをつけずに撃ち込んだような速射は、しかしその実、経験による予測で精密なる照準を保ったまま。
「確実に、仕留めてみせましょう」
 地上に現れた流星雨。悠里の周囲の怨霊が、星龍の光弾に射抜かれて爆ぜる。そのうちの一体が、積み重ねられたダメージに耐え切れなくなったか――人の形を取り戻すことなく、眩い光が齎した影に溶けていった。
「……ボクは、歌が好き」
 首から下げたロザリオを、ギュッと握り締める。痛いほどに掌に食い込む黒色のそれが、瘴気に溢れ戦いの熱気に酔う戦場で、アンジェリカを繋ぎとめていた。
「ボクは音楽が好き。ボクの奏でる音楽は、ただの曲かもしれないけれど……」
 彼女の掌で球を成して渦巻いた魔力の渦は、やがて一枚のカードへと変わる。破滅を齎す道化師のカード。その札が投げられる相手は、既にどうしようもない破滅を味わっているのだと、知ってはいるけれど。
「でも、それは……、誰かを楽しませ、慰めるためのもの……だから」
 あの時、神父様が歌ってくれた曲は、ボクを温かく包んでくれたから。――だから。
「ボクは……楽団の連中を許せない」
 そっと押し出すように放ったカードが、怨霊にぺたりと張り付き冥い輝きを放つ。闇の中にあって尚暗く、しかし眩いその輝きは、黄泉還らされた哀れなる犠牲者の全てを吸い尽くし、そして。

 三体目の亡霊が、悠里の前に立ち塞がった壁の全てが、消えた。


「……行って」
「今です」
 二人の射手が声を揃える。モーゼスと二人の少女、死の壁に隔てられた敵陣への道が、今この時開いたのだ。だが、高速の武舞を終えたばかりで体勢を崩していた悠里は、その僅かな隙を活かせない。
 それでも、咆哮と共に彼が身体を捻りこもうとした、その時。
「あたしが行くよ」
 ふわりと。
 いっそ優雅と言っていいほどの柔らかい身のこなしで、少女がするりと間隙を抜けた。宙を跳ねる銀の尾。霧香の凜とした横顔は蒼白で、けれど奇妙に穏やかだった。
「あいつらの手駒になんて、絶対にさせない」
 操られたリベリスタの死体に視線をくれて、彼女は声に怒りを篭めた。桜花の鍔に月光の刃。風を捲き嵐を従えた妖刀を、しかし彼女は振り抜こうとしない。
 恐らくすぐに、この穴は塞がれるだろう。だが、甚内は短剣の死体に挑まれ、葬識は何体もの怨霊を相手に奮闘中。悠里は間に合わず、リサリサを投入するなどもってのほか。頼りはレイラインだが――。
「あたしが、道を拓く」
 覚悟を決める。渦巻いていた風刃が四散した。刃一本で切り抜ける死地に、無粋な小細工は不要だ。
 草履がじゃり、と土を擦る。
 ただ一足、清冽なる女剣士は亡霊の谷間を抜け、一息に敵の後陣へと斬り込んだ。ああ、それは災禍を斬る一振りの刃。白無垢の羽織をリベリスタの刃と化して、斬禍の太刀は剣の道を征く。
 霧香が狙うのはロングヘアの少女。喪服のようなドレスに身を包み、赤みを帯びた短笛を一心に吹き続ける少女へと、透徹なる殺意は迫る。
 その意図は明確だ。周囲を焼き尽くす炎の矢、あるいは神気の光、全身から放つ気糸――そういった範囲攻撃で、均等にダメージを受けている亡霊達を一網打尽にすること。モーゼスが新たなる兵隊を生み出すより早く、王様を丸裸にすること。
 そのためには、彼女のピッコロが邪魔なのだ。
「もらったぁ!」
 間合いを詰める。上段に構えた姿勢から、ぐん、幻影纏う刃が振り下ろされ、躊躇いなく肩から斬り下ろす。
 演奏は止まった。伏せ気味の前髪が泳ぎ、はっきりとは見えなかった少女の顔が明らかになって――。

「……えっ」

 霧香が見たのは、陶器で出来た『美しい』瞳。生きた少女と変わらない、けれど病的なまでに白く艶やかな肌。
 何も映すことのない紛い物は、ビスク・ドールの如く可憐な、そしておぞましい視線を来訪者へと向けた。そして、何事もなかったかのように千切れかけた腕でピッコロを構えようとする。
「傷つけては困るのだよ、君。私の最高傑作なのだから」
 はっ、と振り向いたときには既に遅く。
 夜を裂く悲鳴と共に放たれた魔弾が霧香に喰らいついた。少なからぬ傷を負っていた彼女に背後からの一撃を耐える事はできず、もんどりうって倒れる。その彼女を魔力の矢が容赦なく射抜き、そして。
(――ごめんね。借りを、返さなきゃ)
 意識を失う寸前、霧香が最後に見たのは、ボブカットの少女――死体人形(デッド・ドール)が主と同じ霊魂の弾で彼女を撃つ、まさにその瞬間の光景だった。

「悪いが……わらわ達の誰一人、貴様のモノになってやる気はないんでのう!」
 二人の少女とさほど変わらない衣装のレイラインが、残像を残すほどの速さで駆け、仲間を救出すべく敵陣へと突入する。
 下がったロングヘアーの少女に代わり、霧香へと殺到する死体達。大きく跳躍し、その眼前に舞い降りたレイラインは、力任せに猫爪を振るう。
「こっちはわらわに任せておくのじゃ! 触れられるものなら触れてみい!」
 更にもう一閃。剣士と魔導師の姿をした死体が、ひととき目標を見失ったかのように破れかぶれの攻撃を放ち、仲間同士で傷つけあう。
「モーゼス! 残念じゃが……今宵の楽曲はここまでとさせてもらうぞよ!」
「だいたい、コンサートなら別の国で開催してくださいよ」
 螢衣の周囲に展開する十六枚の符。陰陽の力で宙に浮くそれらが、目まぐるしく動いて呪術の円陣を描く。
「特にこの会場は、周辺住民からの苦情が多いんですから」
 彼女にしては珍しい軽口は、ここを先途と覚悟を決めてのものか。だが螢衣の冷ややかな美貌は崩れることなく、儀式の完遂に向け念を篭める。
 いや。
 息も白む寒さの中、彼女の額から頬にかけて、つ、と汗が伝う。
「これがわたしの全力です――覚悟してください」
 目まぐるしく変化する光芒が、やがて一つの光へと変わり周囲を照らした。同時に生まれた影がするりと広がり、ロングヘアの少女を包む。
「どうあろうと目的は変わりません。わたしの策が、あなたを討ちます」
「いいね、私もその策に異存はないよ」
 くつりと喉を鳴らした碧衣。その余裕とは裏腹に、彼女もまた一筋の汗が流れるのを感じていた。額にではなく、背中に、ではあるが。
(仲間が攫われた時もなかなかくる物があったが……)
 反攻のきっかけを作る為に斬り込んだ霧香。だが、それは命を賭した危険な行為でもあったのだ。死なれてしまっては目覚めが悪いからな、と、すかした物言いで呟いて。
(……ふ、二束三文の奇跡とやらにも、まだ私では足りないときたか)
 苦く笑う。どうせ自分が死んでも悲しむものは居ないとばかりに、運命の糸を手繰り寄せる覚悟を固めた碧衣だったが、どうやらまだその時ではないらしい。
「ついでに、コンサートの話も異論はない」
 螢衣の軽口に乗っかる格好で、碧衣は肩を竦める。――それならそれで、最後まで足掻くだけだ。
 混戦の中、パチン、と指を鳴らす。瞬間、縦横に張り巡らされた不可視のトラップが怨霊の身体を縛り付けた。
「折角だから感想もくれてやるよ──とても最悪の気分だ」
 この期に及んでも、ボブカットの少女への警戒を怠る事は出来そうにない。幾分かの苛立ちを込め、彼女はその主を皮肉ってみせた。
「……そう。最悪の気分。それが……多分ぴったりだね……」
 ルビーの瞳をきりと細めるアンジェリカ。ロングヘアーの少女は既に死の壁の向こうに逃れ、此処からは只々凄惨なる潰し合い。なれど愛を求める死神は、それ故に容赦なく絞首の紐を振るう。
(音楽で……死者の尊厳を、侵す)
 それは明白なる罪だ――少なくとも、彼女にとっては。音楽を愛するが故に。音楽に篭められた愛に救われた故に。
「ボクが持っているのは、唯の楽器……だけど」
 背には愛用のトランペット。今これを高らかに鳴らしたとて、おそらくはアーティファクトであろう、あのイングリッシュホルンやピッコロの力を抑える事は叶うまい。
 それでも、アンジェリカは自らの内に生まれた衝動と戦っていた。楽団の奏でるスコアを受け入れたくはなかった。唯の楽器。唯の曲。唯の平凡な奏者。自分にあの男と張り合う『技術』はない。
 それでも。
「……愛する気持ちを、篭める事は……教えてもらったよ……!」
 それを嘘にしないために、彼女は、彼女が出来る方法で戦うのだ。ひゅん、と鞭のように唸るアンジェリカの黒紐。怨霊に刻み付けた呪詛の印が一拍遅れて赤く輝き、どろりと霊体を溶かした。


 乱戦の中、突如巻き起こった爆炎に巻き込まれて碧衣が倒れた。周囲の死霊が苦悶の表情を見せるかのように悶えたが、術士の姿をした動く死体は、それを操るモーゼスは眉一つ動かさない。
「あはは、現地調達できるとか便利すぎて反吐がでちゃう☆」
 何体巻き込まれようとあの男には知ったことではないのだと、葬識は改めて思い知る。思わず喉を鳴らした。いいね。とても、いい。
「くそったれすぎて――殺したい」
 軽薄な言辞にちらりと刃の鋭さが混じる。ぞわり、と周囲の冷たい空気が震えた。
 彼の全身に走る、甘美なる痛み。殺人鬼から漏れ出したどろりとしたモノが、怨霊と死体とを飲み込んで、モーゼスや少女人形へと迫る。
「ねぇ、不死って本当なの? 何度でも、殺せるの?」
 何度でも。
 何度でも。
「ああ、だからって、雑に殺ったりしないよ、もちろん☆ 一回一回、丁寧に、心を篭めて――」
 その側面からゆらりと迫る、短剣を握り締めた死体。比較的損壊の進んだソレを、ちらりと葬識は流し見て。
「――地球より重い大事な命、バラバラにしてあげる☆」
 黒々とした渦が動く死体を絡め取る。いまや奔流を為した瘴気は肉の木偶を飲み込み、急速に咀嚼し――しかし得物が自然に消え去るのを彼は待たず、歪なる大鋏でその首を刎ね飛ばした。
「成る程、これが洗練された人殺しというものですか」
 愉悦に浸りながら死のステップを踏む殺人鬼へ、サングラス越しに半ば呆れたような視線を投げる星龍。それが一つのありようだと理解はしていたが、とはいえ彼の流儀には合いそうもない。
「なに、確実に殺すというならば、私も同じですがね……それに、泥臭さも同じですか」
 既に、数を増した怨霊の群は後方まで抜けてきていた。その圧力の前に一度は膝をつき、しかし伸ばされた死の手を振り払うようにして彼は立ち上がる。
「まさか、ライフルで零距離射撃をするとは思っていませんでしたよ」
 無造作に解き放った銃弾は、しかしコインを射抜くほどの精密な照準を保っていた。ほとんど近接戦の間合いでさえ、身体に染み付いた技術と癖を忘れる事はない。
「よいしょっとー。ソイツまだだったよー★」
 此処まで蓄積させたダメージが効いたか、銃声と共に四散する怨霊。
 その後ろから押しのけるように進んできた新たなる死霊兵へと、甚内は得物を突き入れる。ピッコロの旋律は、まだ続いているのだから。
「大丈ー夫、ちゃんと見てるからねー♪」
 ボッチになんてしないからー、とほとんど糸のように目を細めた。底抜けに陽気で洒脱なノリ。だが、その戦いぶりには容赦はない。
「まー、ゆっくり覚えるような暇なんてねーんだけど!」
 柄に結ばれた緋色の布が、膨れ上がってはためいた。どくん。どくん。霊体を形為す魔力が穂先から柄を伝い、生身と機械、一本ずつの手を通して甚内へと流れ込む。
 額の流血が止まる。奪ってしまえば早い、という刹那的なポリシーに従う彼は、しかし意識の内では、この戦場が行き着く果てを見通そうと務めていた。
「バッカ、死ぬ気なんてなー、覚悟の有無に関係なく僕ちゃんにはねーの」

 闘争は渦巻く。そして、飲み込んだ全てを粉砕する。
 前衛後衛と名乗る贅沢は、もうリベリスタには与えられていなかった。敵の数も判らない。ひたすらに斬り、焼き払い、そして彼らの努力を嘲笑うかのように、一歩ずつ崩壊のフォルテは近づいてくるのだ。
 星龍が死霊に飲み込まれ、その意識を手放した。かろうじて彼を救出したレイラインはいまだ健在だったが、霧香を含めた二人を護りながらではその動きも制限されるばかりだ。最早自分を癒しながら耐えるしか出来ない螢衣も、戦力としては脱落したに等しい。
(一か八か、ですか……)
 限界まで全身のマナを振り絞るリサリサだったが、そのなけなしの気力すら尽きようとしていることを、彼女はよく理解していた。そして、最早この混戦を立て直す機会は失われたということも。
「――護りの力に満たされし我が身」
 未だ、事前に定めた撤退のライン――半数の戦闘不能には陥っていない。だが、それは時間の問題だ。そして、余力を完全に失った状態で脱出させてくれるほど、この死者の軍団は、その指揮官たるモーゼス・マカライネンは甘くはないだろう。
「その身を持って仲間を護ることに、何の躊躇いがございましょうか」
 決断は早かった。すう、と息を吸い込む。仲間達が、齎されるであろう貴重な時間を有効に使ってくれるように、そう願いながら。

「さぁ、哀れな死者よ、道化の笛吹きよ。ワタシはココです……っ!」

 朗と通る声で告げた。
 それは見方によっては彼女自身への死刑宣告に等しい。殺到する死霊。得物を突き立てる死体。運命の加護すらあっという間に吹き飛び、そして苦痛の中、死の壁の向こうにモーゼスがあの霊弾を握り締めているのを垣間見たとき、リサリサは終わりを悟る。
 これでいい。この僅かな時間があれば、皆様は脱出できる――。
 そして。
「――僕の仲間に、触るなっ!」
 彼女の視界を雷撃の閃光が灼いた。
 シルエットだけの背中。それは悠里。臆病を勇気に変え、仲間と共に立ち向かう者。
「リサリサちゃん、僕達は決して仲間を見捨てたりしない!」
 かつて、この場所を命がけで護った仲間が居た。
 そして今、この場所を、死を穢す者が蹂躙しようとしている。
 ぎり、と尖った牙を噛み締めた。ふつふつと湧きあがる怒り。
 ああ。
 どうしてこの場所で、再び仲間を失う事を認められるだろう?
「だから僕は――死にもの狂いでこの手を伸ばす!」


「序曲はコーダを迎え、後は余韻を残すばかり、か」
 静けさを取り戻した丘の上の広場。手にした携帯電話を懐に仕舞ったモーゼスは、まずまずというところか、と周囲に蠢く亡者へと視線を投げる。
「ゼベディ君達は撤収したようだが、まあいい。元手無しでリベリスタを削ったのなら、それは重畳というべきだ」
 彼にこの公園を占拠し続ける意志が無いのは明らかだった。この公園にひしめく無数の怨霊を確保し、リベリスタに痛打を与えること。それが、この『序曲』のハイライトなのだから。
 だからこそ、抵抗しつつも脱出を図る彼らを追いはしなかったのだ。窮鼠猫を噛む、という例えは、何も日本だけのものではない。
「バレット君も派手な花火を上げたようだが、戦果は我々に比べるべくもないだろうよ」

 そう満足げに笑い、モーゼスは姿を消した。
 因縁渦巻く三ッ池公園に、新たなる火種を残して――。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
 ご参加ありがとうございました。
 やはり因縁のある場所だけに、熱い思いが伝わるプレイングでした。その思いをいくらかでもお返しできていれば、これに勝る喜びはありません。
 力を振り絞り、奮闘していただきましたが、力及ばず、判定としては残念な結果となりました。少女の演奏のギミックは突破出来ていましたが、それは第一関門に過ぎません。その先にある真の主題、クラウドコントロールとリソースコントロールを達成するだけの精度が足りなかったように思います。
 お疲れ様でした。また、次の戦場でお会いしましょう。