●福袋の中身 街は土曜日の朝をひっそりと迎えていた。目抜き通りに人の姿は疎らであった。年寄りの姿が多く、のんびりと散歩を楽しんでいるように見える。 その通りから程近い所に老舗のデパートが建っていた。規模としては小さいものの、地域に根差したスーパーに匹敵する低価格が主婦層に受けていた。とは言え、今日の状態は異常である。開店の九時を待ち切れない人々が長蛇の列を作っていたのだ。最後尾は折れ曲がり、デパートを包囲するかのようだった。 客の目当ては、ただ一つ。この時期に催される福袋にあった。事前に中身を知らされていないので五千円に各々の夢が膨らむ。袋に収められた商品の平均価格は二万円程度。在り来たりの設定と思いきや、十万円に相当する当たりが紛れているらしい。その場で中身を確かめた人物が大声で喜ぶ姿を目撃した者は数多い。噂好きの主婦の間では当たりの存在は定説となっていた。 開店時間に数分と迫る。先頭の主婦と思しき三人はストレッチを始めた。示し合わせたかのようなジャージ姿は市民マラソンを彷彿とさせた。手首や足首を入念に回し、合間に気合を入れた。全員が特設会場の三階を目指す。 シャッターが音を立てて上がっていく。先頭の細身の二人が前傾姿勢になった。体格の良い一人は握力を確認するような動きに怠りが無い。 そして運命の開店時間を迎えるのだった。 湯上り直前の火照った顔の三人はデパートと同じ通りにある喫茶店にいた。奥まった席で戦利品の福袋に囲まれ、上機嫌の様子であった。 「それにしても見事なスタートダッシュだったわね」 三人掛けのソファーを独占していた一人が言った。両方の袖を捲って太い腕を見せつける。 「私達は足が命だからね」 「そうそう、日頃からバレーで鍛えているし」 時計の長針と短針を思わせる二人は流れるように話を合わせた。 「足の遅いこっちは大助かりだったわ。あなた達が右の非常階段を選んだ影響で後ろが迷ったのよ。その隙にあたしは左のエスカレーターを先頭で駆け上がれたんだから」 「こちらこそ、ねぇ」 二人は視線を合わせて微笑んだ。 「その大きな身体で後ろの人たちの足止めをしてくれてたんですよね?」 「ちょっと人聞きの悪いこと言わないでよ。わざとじゃないって。大体、あそこのデパートのエスカレーターが狭いのがいけないんじゃない」 三人は揃って笑った。 間もなく獲得した袋の中身に移っていった。目当てのブランド品に喜び、タオルセットに憤り、様々な感情を爆発させた。 「どうかしました?」 背の低い一人が逸早く気付いて正面に声を掛ける。 「……別に、その。あれよ、派手な下着が入っていて、ねぇ」 開けた袋の中に目を向けたままで答えた。 その後、三人は店先で解散となった。 「今回は福袋の中身が問題なの」 表情の乏しい顔で『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が言った。ブリーフィングルームに集められた者達は次の言葉を待つ。 スクリーンに大柄な人物が映し出された。 「この人の福袋の下着が破界器なの。精神にも少し影響を与えるみたい」 話を聞いていた一人が控え目に手を上げた。言い難そうに下着の種類を尋ねる。上なのか、それとも下なのか、と。 「上下で言えば上だよ。そのブラジャーを速やかに手に入れて」 はっきりとした名称に何人かが過敏に反応した。顔を赤らめている者もいた。 「私は壊してもいいと思うんだけど。本部の方で詳しく調べてみたいらしいの」 イヴは去り際に、私は興味ないけど、と念を押すのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒羽カラス | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月10日(月)22:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●決戦前夜 デパートの店内に蛍の光の曲がしめやかに流れた。残っていた人々は足早に店外に向かう。やがてシャッターはゆっくりと降ろされて今日の営業を終えた。一つの大きな明かりが消えて夜の寒さは本番を迎えつつあった。 通りに足音が響く。『ネガティブ系アイドル候補生』氷室・竜胆(BNE004170)は髪の色と同じ青いコートに同色のロングブーツを履いていた。迷いのない動きで薄暗いデパートの前に立つ。背はかなり低く、幼い顔立ちのせいで迷子のように見えた。しかし、その目に宿る意志は強い。明日の最大の目玉、福袋を狙う一端の戦士然としていた。 遠くでポリバケツが倒れるような軽い音がして滑舌の悪い怒鳴り声が聞こえてきた。竜胆は嫌悪感に満ちた顔を声の出所に向ける。街灯のない所を黒い人影が覚束ない足取りで横切っていった。 「大丈夫、仲間もいる」 自分に言い含める言葉は真実となった。まずは賑やかな声が先行して、間もなく脇道から集団が現れた。一番乗りを果たした竜胆に労いの声が掛かる。 「大したことはない」 俯き加減に言うものの、口元には微かな笑みが浮かんでいた。 各々が寒さ対策を考えてきた。防寒着に始まり、温かい物や飲料で厳しい現実を凌ぐ。幸いな事に風は吹いていなかった。 問題は寒さではなく、待つ時間の長さにあった。 「……こんな時はコンビニで」 厚着でも猫背と分かる姿で『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)は力なく呟いた。夜の影響もあるのか。燃えるような色の髪には勢いがなかった。 その言葉を傍らで耳にした『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)はスカーフを巻いた頭で何度も頷いた。ポンチョから出た手を指揮棒のようにゆっくりと動かして、更に大きく口を開ける。 「肉まんだよね!」 二人の声は見事に揃った。感動の再会と言わんばかりの握手を交わし、共に駆け出した。 「あまり遠くに行くんじゃないよ!」 たくましい母親を地でいく『砂のダイヤ』敷島 つな(BNE003853)が声を張り上げた。二人は本当の子供のように走りながら笑顔で手を振る。 臙脂色のハーフコートを着込んだ『騎士道一直線』天音・ルナ・クォーツ(BNE002212)は、そのような遣り取りに関心を示さない。直立不動の姿勢は地上に刺した一本の剣であった。 要した時間は十分弱。二人はビニール袋を胸に抱え、ほくほく顔で戻ってきた。早速、ふっくらとした肉まんを取り出して齧り付く。 「肉まんうめぇ……」 とらは蕩けるような顔で至福の時を味わった。天音の目が瞬間的に動く。 「やっぱり寒いときに食べる肉まんは最高ね!」 焔は笑顔で言い切った。続いて紙の容器に入った唐揚げを手にした。 「あ、唐揚げも買ってきてあるけど、みんな食べる?」 「ダイエット中なのよねぇ」 つなは困ったような顔で大きい一つを摘まんで口に入れた。同じように差し出された天音は姿勢を崩さず、有り難く頂戴する、と礼を述べた。 「温かい飲み物はどうですか?」 赤いベンチコートにパンツルックの『蒼輝翠月』石 瑛(BNE002528)が魔法瓶を掲げた。その結果、全員の紙コップが用意された。湯気が立ち上るウーロン茶を笑顔で啜る。遠足みたい、の声には誰もが頷くのだった。 ●前哨戦 朝日を予感させる空の下、白いダウンジャケットに赤のタータンチェックのスカートを穿いた女の子が走ってきた。 「遅れてごめんなさい。昨日はホテルに泊まれなかった。それで家から始発の電車に乗ったんだけど、こんな時間になっちゃって。それにしてもホテルだよ。家出や迷子とは違うのに」 アメリア・アルカディア(BNE004168)は少し口を尖らせて言った。居合わせた者はぎこちない笑顔を浮かべた。十才だし、と年齢を口にする者までいた。本人には聞こえていないらしく、しばらく小言が続いた。 「ま、ホテルはいいとして。これに目を通してよ」 アメリアは近くにいた竜胆にA四サイズの紙をまとめて手渡した。全員に行き届くのをじっと待つ。 「それはデパートの地図だよ。あたしが昨日のうちに下見をしておいたのさ、えっへん」 多くの感謝の言葉に驚きの声が混ざる。全ての目が焔に注がれた。 「実は私も下見を、いえ、いいです」 「私にも地図をくださいよー」 黒いダッフルコートの上からでも胸の揺れが確認できる。『静かなる古典帝国女帝』フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)が最後の一人として加わった。 開店まで二十分を切った。長蛇の列の先頭はリベリスタの八人が死守した。夜の陽気な雰囲気は霧散して顔には緊張の色が見て取れる。時折の視線は決まって後方に向けられた。真後ろには今回の依頼を左右するジャージ姿の三人がいた。 「あたし達よりも早くに来る人がいるなんてねぇ」 腕組みをした米原武子が大きな声を出した。二人は控え目に、そうよね、と相槌を打つ。 「あのカラフルな頭はなんなのかしらねぇ。小さな子供のうちから、これじゃあねぇ」 「教育は大事ですよね」 長身の末原美鈴の同意に二人が大袈裟に頷いて見せた。 「まあ、母親のあたしがしっかりしているから、教育の心配はいらないわよねぇ」 つなは顔を横に向けて大声で返した。対抗するかのように武子が語気を強める。 「母親にしては顔が全く似てないわよねぇ。なんでかしらねぇ。世の中には不思議なことがあるものよねぇ」 「似てない? 実は、全員父親が違うのよ。ええ、あたしも若い頃は、この子達のようにスリムでかわいくて、そりゃあ魅力的だったものだから」 つなと武子は、ほぼ同時に高笑いを引き起こす。双方が長さを競っているのか。最後は掠れて鼻息を荒げた。そこに身なりの小さな笹山純が話に割って入る。 「武さん、チャンスですよ。徹夜で並んだのなら疲労が溜まっていますよ、きっと」 「あら、そうよね。いくら若いと言っても疲れには勝てないわ」 ほくそ笑む二人に見せつけるかのように瑛が右足を上げた。靴の裏が真上を向いた見事なI字バランスであった。反対の足も同様に高々と上げる。最後は背中が折れ曲がるかのような驚異の柔軟性のバク転を披露した。 目の当たりにした三人は憎まれ口を叩く事が出来なかった。その間に行列の中から拍手が起きて、瑛は気恥ずかしそうに頭を下げた。 「いい、皆。バーゲンは女の戦場よ。平時は港に例えられる女も、今日ばかりは大海原に漕ぎ出す漁師となるのよ! この戦い、負けられない!」 つなは全員に気合を入れる。最後の言葉には後ろの武子が目を剥いた。 ささやかな前哨戦は終わりを迎え、残りは数分となった。 ●決戦場 完全にシャッターは上がった。奥の自動ドアを二人の若い女性店員が通る。白いワンピースの清楚な印象のまま、外側のガラスドアを開錠した。左右の金属の取っ手を持ち、一呼吸の間を入れる。 天音は時に備えた。とらは後方の三人を取り逃がさない為の策を施す。竜胆は古びた一万円札を悲壮な顔で握り締めた。等しく八人が厳しい表情で前方を見据えた。 行列の圧力に押されたかのようにドアが左右に開いていく。 「討ち入りじゃぁ!」 つなは心情を露わにした声を上げた。 「先に行かせてもらう」 先陣を切ったのは天音であった。剣の突きの鋭さを体現した速度で店内を駆ける。しかし、見惚れる速さは同時に反動を生んだ。最初の分岐で曲がり切れずに足が滑ったのだ。咄嗟に手を付いてショーケースへの激突は免れたが速度は激減した。 二番手のつなは大回りながらも曲がってエスカレーターを目指す。 とらは意図的に速度を落とした。後ろに目をやって、カマキリ発見、と嬉しそうに言った。 その脇を瑛が挨拶代わりに片手を上げて追い抜いていく。最初の難関の分岐では速度を落とさずに直角に曲がった。まるで足の裏がフロアに接着されているかのようだった。 とらにカマキリと称された美鈴は小さな純と並走した。険しい双眸で難なく分岐を曲がって非常階段に突っ込んだ。 「……私の後に付いてきてね」 走りながら焔は声を潜めて言った。自ら否定するかのように頭を左右に振った。速度の差で後続の味方は僅かに三人。最後尾はフィオレットで鬼の形相の武子に抜かれた。重そうな胸を自在に揺らしながら、程なく一般客に取り込まれていった。 福袋の会場は三階の奥まった場所で開催されていた。大型のワゴンは継ぎ足した上に五列にも及ぶ。無作為に入れられたような福袋が山のように積まれていた。最奥には横長のテーブルが置かれ、横一列に並んだ担当者がレジ係を務める。 会場には瑛とつなが僅差で駆け込んだ。対面した二人は困惑した表情を隠せない。ワゴンを見る目が激しく泳いだ。アメリアの遅れが判断を鈍らせていた。 そこに天音が到着した。躊躇う素振りは全く見せず、近場のワゴンに直行。見定める様子は皆無であった。取り上げた一つの福袋を持ってレジへと向かう。 決然とした行動を目にした途端、二人の動きが活発になった。手当たり次第に福袋を手に取って目を閉じる。感覚を研ぎ澄ましているかのようだった。 移動の最中に瑛の目が非常階段の方向を捉えた。競り合う三人の一人、純に狙いを定めて動き出す。 一方の美鈴にはとらが当たった。相手が選んだワゴンの上を楽々と跳び越える。そして捻りを加えた着地で向かい合った。 「勝負の世界は非情なんだ」 宣戦布告のあと、とらは底意地の悪い笑みを浮かべた。美鈴は両手を軽く上げて構えた。 「アメリア、指示をお願い!」 会場に走り込んできた焔は真後ろに向かって叫んだ。心強い味方の登場に士気は高まった。口々にアメリアに福袋の鑑定を頼んだ。 「小娘共が調子に乗るんじゃないわよ」 荒い息の武子がワゴンの中央に乗り込んできた。つなは肩口をぶつける勢いで突進していく。 断続的に聞こえる足音は遠雷のようだった。押し寄せる人波は巨大な鉄砲水と化してワゴンの周囲を瞬く間に取り囲む。巻き込まれる形で竜胆は中央に押し流されて沈んだ。いや、ワゴンの下に潜り込んで移動を果たした。目の前に太いジャージの足が踏ん張っている。 「あたしの狙った獲物に手を出すんじゃない。さっさと離しなさいよ」 「あんたこそ離しなさいよ。これは、あたしのものよっ!」 言い争う声が竜胆の頭の上に降ってきた。相手に気を取られている今が好機と言える。 「あ、出られない」 どちらに目を向けても大量の足が邪魔をする。這い出す余地はなかった。困った、と折り曲げた両足を胸に抱えて無念の待機となった。 混戦の外でフィオレットは半ば傍観者になっていた。アメリアは人波に揉まれながら移動を繰り返していて、これ以上の要求は受けられそうになかった。もう少し早くに到着していれば、別の展開を望めたかもしれない。 「適当でいいかなー」 フィオレットは仲間のいないワゴンに突っ込んで二つの福袋を手に入れた。購入後は化粧室でお色直し。身体に密着した白いパーティードレスに満足して、いそいそと会場に戻ってきた。 「今度はこれにしよう」 二つの福袋を手にレジへと向かう。 「お客様、大変に申し訳ありませんが、お一人様二袋まで、とさせていただいております」 フィオレットは笑顔で小首を傾げた。再度、同じ内容を強めに繰り返された。 「イタリア人だもの!」 そのような捨て台詞で戦線を離脱した。 ●終結 激しい嵐は過ぎ去った。所々にある変形したワゴンが戦いの凄まじさを物語る。八人は疲労の濃い顔で非常階段の手前に集まっていた。落ち武者のように乱れた髪の三人が福袋を手に項垂れた状態で階段を下りていった。武子の舌打ちが最後の抵抗となった。 「皆さん、お疲れさまでした」 しばらくしてアメリアが頭を下げた。足元のひしゃげた福袋を持ち上げた状態で作戦の成功を口にして、つなの功績を称えた。周りの褒め言葉に、ちょっとやめてよ、と大きな身振りを交えて全員の勝利を謳った。 少しいいか、と天音が抑えた声で言った。 「持ち帰る前に本当に本物かチェックを……。いや、最高のプロポーションなんて興味ないのだが。その、別のものだったら困るだろ?」 アメリアは大丈夫と太鼓判を押す。透視できないブラだから、と端的に理由を言った。天音は納得して微笑した。数人が胸元をじっと見ていたせいで少し挙動がおかしくなった。 「勝利のラーメンを食べに行きましょうよ。わたしはピリ辛味噌ラーメンと餃子のセットにするんだぁ」 「私、濃い口醤油ラーメンニンニクましまし」 「味噌バターコーンラーメン。チャーシュー、温卵付きで」 「ラーメンは魚介醤油系、海苔トッピング……うめぇ」 口にするだけで胃を刺激するのか。疲れた顔は笑顔に変わって足取りも軽い。 ――胸より団子。 彼女達は朝日の中、腹が膨らむ新たな戦線に挑むのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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