● 『さて、そろそろ頃合いか?』 燕尾服を着た銀髪の男は、禍々しい印象を与えるトランペットを片手に立ち上がる。場所は日本の国外であるが、発した言葉から察するに男はイタリア人らしい。 「Ruooooooooooooo!!!」 男は高台から村を見下ろしていた。 眼前にある村の上空では、獅子の頭に2枚の翼を持つ奇怪な獣人が猛り狂っていた。獣人が一声上げると暴風が巻き起こり、村人達はいとも簡単に血煙を上げて倒れて行く。 獣人の周囲には人の顔のようなものがいくつも浮かび上がり、その顔もまたわずかに人々に襲い掛かって行く。 『たしかに派手で良いが、少々やり過ぎたな。『材料』を壊し過ぎだ。適当に無事なのを見繕うか……』 やれやれといった表情を浮かべながら、男は村に近づいていく。 男は『厳かな歪夜十三使徒』の1人である『福音の指揮者』ケイオスに仕える私兵。死を弄ぶ『楽団』の一員であり、磁界器に深い造詣を持っている。たまたま極東の地に流れた『デーモン・トラップ』と呼ばれる磁界器――異世界よりアザーバイドを呼び寄せるためのものだ――が、この小村付近の祠に封印されているという情報を耳にしてやって来た。 効率良い死体の回収を目論み、結果はまずまず。 村1つ分の死体、それも幼子から老人までより取り見取りで、死体を手に入れることには成功した。しかし、少なからぬ死体は損傷が激しく、彼の手を持ってしても使役出来まい。『デーモン・トラップ』は呼び出したアザーバイドと共にあるが、これ以上アレに頼る必要は無い。 そして、死体に仮初めの命を与える曲を奏でようとした時だった。 ぞわっと全身の毛が逆立つ。 濃厚な死の気配が、身体を包み込んだのが分かる。 無力な子羊が虎狼の接近を感知した時には、同じことを思うのだろうか。 すぐさま戦いの構えを取ることが出来たのは、彼とてそれなりの戦闘経験を持つネクロマンサーだからだ。しかし、手ががくがく震えているのが自分でもよく分かる。断じて寒さのせいなどではない。 以前にも似たような気配を感じたことはある。 愚か者が主の機嫌を損ねた時だ。 しかし、その時感じたものとは別の種類だ。 主の発したものと比べると、遥かに直線的。 はっきりと殺意が伝わってくる。 そして、何よりも問題なのは、それが真っ直ぐ自分に向けられ「お前を殺す」と告げていることだ。 『な、何者だ!』 恐怖のあまり、声が裏返ってしまう。長い年月を音楽に捧げてきたと言うのに、無様極まりない。 そこに1つの影が現れた。 風よりも速く。 獣よりも獰猛に。 「あいきゃんのっとすぴーくいたりあん、だ……外道」 それが『楽団』の中でも1、2を争う不幸な男が最後に聞いた言葉になった。 ● すっかり冷え込んだ11月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。 欧州からは少なからぬフィクサードが流れ込み、六道の 兇姫はその狂気を振りまいている昨今だ。大事件の予感に身を震わせる。そして、それが確かなのは目の前にいる少年、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)の顔が普段よりも険しいことからも分かる。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。とりあえず、あんたらにお願いしたいのは、アーティファクトの回収だ」 どこか、言葉を選んでいるような空気がある。 何事だろうか? ともあれ、守生が機器を操作すると、スクリーンに銀色の輪が表示される。 「これがアーティファクト、『デーモン・トラップ』。端的に言うと、ディメンション・ホールを生成する能力を持っている。そして、狂暴化したアザーバイドを召喚するそうだ」 元は欧州で作られたものなのだが、過去に日本に持ち込まれ、当時のリベリスタ達の手によって封印されたのだという。 そして、続けざまに守生は、スクリーンに獣人の姿を映す。獅子の頭を持ち、1対の翼と蠍の尾が生えている。画面の映像からでも、それなりの「格」を有することが伝わってくる。 「こいつがアザーバイド、識別名『デモニオ』だ。フェイズ3のエリューションに匹敵する力を持っている。それどころか、急速な増殖性革醒現象を起こしていて、周囲にEエレメントを呼び出している」 確かに強敵だ。 自然とリベリスタ達の表情も引き締まる。 『デーモン・トラップ』はこいつが呑み込んでしまったのだという。つまり、アーティファクトの回収はアザーバイドの討伐と同義だ。 「『デーモン・トラップ』を起動したのは、『楽団』と呼ばれる日本に入って来たフィクサードの1人。あんた達も噂は聞いたことあるだろ? 死体を操る事件を引き起こしている奴だ。どうやら、死体を作るためだけに、このアーティファクトを起動したらしい。お陰で近くにあった村は全滅する。俺達が向かう頃には既に手遅れだ」 村の地図を前に悔しそうな顔をする守生。 自分の力が届かない。そんな時、彼はこんな顔を見せる。 そして、状況を理解したリベリスタ達は部屋を出て行こうとする。間に合わないにしろ、時間をかけて良い状況でもない。 そんなリベリスタに気が付いて、守生は慌てて呼び止める。 「悪い、まだちょっと続きがあるんだ」 何事だろうか、と怪訝な顔をするリベリスタ達。 守生の顔は普段以上に蒼白なものになっている。今まで聞いた以上に厄介なことがあるというのだろうか? 「今回、あんた達は『楽団』のメンバーとも、その使役する死体とも戦う必要は無い」 リベリスタ達は虚を突かれる。 とすると、フィクサードは逃げ去ってしまったのだろうか? あるいは、自分が呼び寄せたアザーバイドに殺されてしまったのか。 「どちらも、違う。ここにやって来た、『デーモン・トラップ』を狙ってやって来たフィクサードにやられたんだ。だから、あんた達にはそのフィクサードを出し抜いて、アーティファクトを回収してもらわないといけない」 いよいよ、守生の表情が蒼ざめている。 「そのフィクサードの名は、その、男の名は……」 ● バキィッ 和室を支配していた静寂が、激しい打撃音で破られる。 そして、拳の威力のままに少女の身体は月の照らす宙に舞い、和室から飛び出て、地面に叩きつけられる。 しかし、少女――『剣林』派のフィクサード、武蔵トモエ(たけくら・-)――は諦めない。 「どういうことですか! 納得が行きません! 何であたしが出ちゃいけないんですか!」 真っ直ぐな怒りと共に、顔を殴られたトモエは抗議の声を上げる。 『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの率いる『楽団』への警戒任務を希望しながら外された。彼女はそれに対する抗議に訪れ、答えは先ほどの拳だった。 対して、彼女を殴りつけた男は座したまま、酒を口へ運んでいる。 「一つ目に、そういう所が向いていねぇ」 男はぴしゃりと言うと、醤油を刺身に付けて、口に運ぶ。 何か言いたそうなトモエを尻目に、刺身を飲み込むと、さらに杯の中の酒を飲み干す。 「二つ目に、俺の晩酌の時間を邪魔した」 「それは関係なッ……」 「三つ目に、俺が決めた。まだ何か文句あんのか?」 盃を置くと、男はじろりとトモエを睨む。その鋭い眼光に、トモエは動けなくなる。 一睨みで万の軍勢をも縛ると評された眼光。少女は誇張された表現ではなかったことを身を持って思い知る。 これが日本フィクサード主流七派の一角、『剣林』派を総べる男、剣林百虎(けんばやし・びゃっこ)だ。 藍染めの着物と黒い紋羽織に包まれた恰幅の良い体つきの下には、鍛え上げられた筋肉が眠っている。白髪交じりの短髪から覗く白虎を思わせる耳は、彼が異能者である証だ。 その顔つきには、戦国の世に一国を支配する武将と思わせる貫録があった。 「文句が無ぇなら、この辺で帰ぇんな。今日のことは不問にしておいてやる。それに若い娘が1人きりで出歩くにゃ、ちと遅過ぎる時間だ」 しばらく沈黙が続いた後に、百虎はおもむろに口を開く。 トモエはその言葉でこれ以上話しても意味が無いことを悟る。 「……はい」 やっとのことで返事をすると、踵を返してトモエは足取り重く立ち去って行った。 そして、彼女が場を去り、気配が完全に無くなったことを確認して、百虎は重い溜息を漏らす。 「次から次へと、全く……」 正直な話をするなら、トモエのような性格は嫌いではない。と言うか、若い内はあんなもんで良いと思っている。実際、自分だって若い頃はあんなものだったのだろう。今は組織を去ってしまった桜鶴や清十郎には、多大な迷惑をかけてしまっている自信がある。 そういう意味では、今度は自分が若い連中を導いてやらなくてはいけない番なのだろう。自分の性に合っているとは言い難いが。後ろからあれこれ言うのは、どうにも苦手だ。 自分が陣頭に立つのが正しいのだろうが、刃を向けるべき場所にも困る。見える所に分かりやすい『敵』がいれば助かるのだが。 と、その時だった。 備え付けの電話が鳴る。剣林お抱えのフォーチュナからだ。 「おう、てめぇか? こんな時間に連絡寄越して、つまんねぇ用事だったら承知しねぇぞ?」 豪放な笑いと共に、電話を取る。少なくとも急な連絡と言う以上、自分の気分を紛らわしてくれるものであるのは間違いない。はたして、話を聞くと、その表情は見る見るうちに楽しげなものへと変わって行った。 「そうかそうか。漸くだな。さて……誰に任せるか」 と、いくつかの選択肢を頭に浮かべる百虎。 その時、1つの考えが閃く。 なるほど、この手ならいけるはずだ。 「おい、恐山の爺様に連絡を取りな。祭りを始めるってな」 すると、電話の向こう側にいるフォーチュナも察したようだ。慌てた声で止めようとしてくる。 しかし、百虎は意にも介さない。 「まぁ、京の字の後塵を拝するってのは気に入らねぇがよ」 百虎の声色を聞いて、フォーチュナは主を止めることを諦める。 こうなった剣林百虎を止めることなど、誰に出来るだろうか? 少なくとも自分はやりたくない。誰だって、命は惜しい。 そんなフォーチュナの心中を知ってか知らずか、百虎はとても楽しそうに告げた。 「剣林百虎、久方ぶりの出陣だ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月14日(金)00:00 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● あの日もこうやって空を眺めていた気がする。 もっとも、胸に満ちるのは敗北感と、それ以上の後悔だったが。 あの時の自分と比べて、今の自分は一歩でも前に進めたのだろうか? 血潮燃え 玉鋼散る 如月の 月見酒、雨 未練さえ無く 嗚呼 あの歌の意味、いつか解る日がくんのかなぁ……。 ● 「さて、ご老人。説明を聞かせていただこうか」 逆凪カンパニー本社ビルにある社長室で、窓の外の夜景を見下ろしながら長身痩躯の伊達男――日本フィクサード主流7派最大手、『逆凪』派首領である逆凪黒覇――は電話越しに相手を問い詰める。 『説明……とは何のことやら』 「とぼける必要は無かろう。先ほどの顔合わせで、剣林の動きを承認したことだ」 やれやれと肩を竦める黒覇。のらりくらりと言い逃れようとする老人相手に、やはり一筋縄では行かない相手だと再確認する。当然だろう。相手は謀略で知られた『恐山』派の首領、恐山斎翁なのだから。 七派間にはそれぞれの調和を保つためのルールが存在し、その1つが『首領が直接動く前に事前に互いに通達する事』というものだ。先日、それに従って首領同士の顔合わせが行われ、驚くほどあっさりと恐山は剣林の動きを承認したのだった。 百虎は「発見されたアーティファクトの確保に向かう。強力なアザーバイドを召喚している様子なので、自分が直接向かう」と言っている。あまりにも「剣林らしからぬ」行動だ。黒覇ならずとも、警戒するのは当然だ。 『たしかに、百虎が何を考えているかは分からぬ。名目通り、磁界器集めやアザーバイドの討伐に向かった訳でもあるまい』 電話越しの会話だが、2人は互いに全神経を傾けて相手の気配を探る。フィクサードが支配する闇の世界では、発せられる言葉の全てが真実とは限らない。だからこそ、鋭敏に感覚を研ぎ澄まし、凄みから相手の真意を測る。 『セリエバの話もあるが、これとは考えづらい。「義侠心溢れる親分が部下のために磁界器集めを手伝っている」、この辺が真意であると思わせたい所なのだろう、奴にとっては』 やはり老人も気付いていたようだ。 人は何か疑問が湧いた時に、答えを見つけると思考を停止してしまう。答えが分からない不安感に脳が耐えられないからだ。そこで、百虎は建前と「もっともらしく見える答え」を用意した。その先にある「剣林百虎が真に為そうとする目的」を隠すために。 「あぁ、羅刹個人とは気が合うようだが、六道派のやり過ぎに眉を顰めることが多いと聞く。セリエバ召喚などその最たるもの。部下が関わることを黙認はしても、積極的に関わりはしないだろう」 まったく意外に腹の底を見せない男である。 もし、剣林百虎と言う男が単に戦いを楽しむ、義に厚いだけの男であったのなら、話は簡単だっただろう。しかし、実態はこの日本の闇社会に一代で「武闘派剣林」の名を刻んだ男である。もし、武しか持たぬ男であったのなら、13年前のナイトメアダウンで、『R-TYPE』に戦いを挑んだのはクェーサーでは無く剣林だっただろう。 もっとも、この状況を何処かで楽しんでいる黒覇も十分度し難い男ではある。 「つまり、ご老人としても剣林の動きを読むにはパズルのピースが足りないということか。たしかにそれなら泳がす方が良い」 しばらく会話を続けて、黒覇も得心が行った。普段はどれだけ勘ぐろうと足りない相手だが、今回は勘ぐり過ぎたようだ。少なくとも、電話相手の老人はこの件に関しては嘘を言ってはいない。 『あえて言うなら、現地に『楽団』らしきフィクサードが入ったという情報があることも理由か。もし、百虎とかち合ってくれれば、連中への牽制にもなる。それに……』 斎翁の口から続いて出たのは黒覇にとって意外な言葉。この老人からそのような言葉が出るとは。 しかし、同感だった。思わず笑みがこぼれてしまう。 部下がその姿を見れば、何事かと思ったことだろう。 「フッ、違いない。さて、それでは別の件だが……」 それからしばらく世間話――と言う名の探り合い――を挟んで、闇を生きる魔人2人の会話は終わる。 電話を切った黒覇は窓の外に映る摩天楼を眺める。神秘界隈の混沌も知らずに、人々は繁栄を謳歌している。その光景を眺め、逆凪派首領は先ほどの会話を思い出して1人笑う。 あの場に三尋木凛子がいれば何と思っただろうか? 日本最強の剣林百虎と新進気鋭のリベリスタ達。どちらが強いか、見たいと思わぬか? 普通に考えれば剣林百虎にアークと言う組織が何処まで抗い得るかの情報収集には価値がある、ということになるだろう。しかし、黒覇は額面通りに受け取ることにした。 考えてみれば、これ程までに魅力的な対戦カードはそうそう無い。 闇の底で魔人の思惑がひしめき合う。 その中で、いよいよ戦いの時間は近づいていた。 ● 風の刃が一斉に少女へと襲い掛かる。 凝った風の塊は、ぶつけ場所の無い憎悪と悪意を以って、虚ろな少女の五体を引き裂こうとする。 「こっち……よ」 しかし、『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)にとって脅威とは言えない。ギリギリまで距離を引き付けて、紙一重の差で回避する。肩口にかすり傷が出来るが、想定の範囲内。最小限の動作、最小限の労力での回避。動きを見切れぬものからは、彼女が全く動いていないように見えるだろう。 しかし、そんな彼女の表情に警戒の色が浮かび上がる。 「Ruooooooooooooo!!!」 空に浮かぶアザーバイドが奇怪な雄叫びを上げる。 すると、じっとりと重たい空気が周囲を押し潰そうとする。 「クッ……狂暴化していても、判断力は健在ってことか」 大地を踏み締め『デイアフタートゥモロー』新田・DT・快(BNE000439)は、倒れそうな体を支える。骨も軋みを上げている。機械化によって得た強靭な肉体を持ってしても簡単に大丈夫とは言わせてくれない威力だ。 何よりも目の前のアザーバイドを強敵足らしめているのは風の防壁だ。悪霊めいた獣人は攻撃とほぼ同時に接近を阻み、あるいは射撃を押し戻す風を発生させる。しかも、リベリスタ達の攻撃に物理的な手段が多いことを見切ったのか、はたまた偶然か、攻撃を阻む風を張り巡らせるのだった。 リベリスタとアザーバイド「デモニア」の戦闘が開始されたのはほんの少し前だ。 Dホールを生成し、アザーバイドを召喚する能力を持つアーティファクト「デーモントラップ」。それに召喚されたものは例外なく狂暴化し、周囲に災いを振りまく。悪魔にとっての罠であり、悪魔を使役しようとする者にとっての罠なのだ。そして、その危険なアーティファクトを回収するため、そしてこれ以上の災禍を防ぐためにリベリスタ達はこの地を訪れた。 既にアザーバイドは暴虐の限りを尽くしており、ほんの数刻前まで人々が生活をしていた気配は残っていない。 そして、重たい風が圧し掛かる中、『おとなこども』石動・麻衣(BNE003692)は凛然と立ち、癒しの詠唱を紡ぐ。全身を痛苦が苛んでいる。しかし、如何なる逆境にも揺るがない絶対の個が彼女を戦場に立たせる。 (みんなが万全で戦えるように……) 小学生程度の少女にしか見えない麻衣だが、実年齢は集まったメンバーの中では最長の1人。そして、積んだ実戦経験は歴戦だ。その中で自分の為すべき役割は誰よりも分かっている。 そして、重たい風を吹き飛ばすように吹く清冽な風を受けてツァイン・ウォーレス(BNE001520)がアザーバイドへと肉薄する。 「たしかに厄介な能力だな。だけどッ……!」 ツァインの手に握られた剣が目映いばかりの光を放つ。魔を断ち悪を切る破邪の光だ。 そして、その刃は悪霊の身を鎧う風の防壁すら切り裂いていく。 もし、この能力を野放しにしていたら、なすすべも無くやられていただろう。ある意味で偶然、ある意味で必然だが、今回のメンバーに武闘派は多い。だからこそ、この一撃は意義の大きな一撃だ。 「今だ!」 「はい!」 剣が放つ輝きと共に、虹色の光を刃に纏わせて『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)が飛び立つ。彼女の眼の端に映るのは、抗う術も無く死んだ村人の姿。そう、村1つ分だ。どれだけの人が死んだのか、数える気も起きない。そして、何よりも彼女が嫌うのは無軌道な暴力、無意味な殺戮だ。 「絶対に許しません。殺人の代償は貴方の命で払って貰います!」 少女らしい素直な怒りと共に刺突が放たれる。 暴れる獣如きに避けられよう道理は無い。全身を突き刺され、痛みに対してアザーバイドもまた怒りを露わにする。 その一方で、絶えぬ圧力に膝を屈しそうになりながらも、『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)は冷静に魔力銃を構える。 思えば目の前のアザーバイドも哀れなもの。勝手に召喚された挙句に、意に沿わぬ戦いを強いられている。彼もまた、この国に災厄を持ち込む『楽団』の犠牲者なのだろう。しかし、だからと言って放置することは出来ない。 「アンタの死の他に、解決の術を持たない俺達を許すな」 謝罪はしない。それが目の前のアザーバイドに対する敬意だから。 容赦もしない。それがリベリスタとして背負った使命だから。 覚悟の弾丸がアザーバイド、そしてエリューション達を穿つ。 (「彼」が来る前に雑魚程度は片しておきたかったが……間に合うか?) 影継同様に銃を撃つ『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の心に焦燥が走る。元より「狂暴化した強力なアザーバイドを倒してアーティファクトを回収する」という危険な依頼ではある。しかし、その達成を一層困難にしているのが、もう1つ既にこの近くにいるだろう男の存在だ。 本気で事を構えるなら、アークとしても全戦力の投入を考える必要がある相手である。しかし、相手の意図が分からぬ上に、混沌を極める情勢がそれを許さなかった。そこで、可能な限り信のおける、少数精鋭を選りすぐることで対処することを選んだ。アークの戦略司令室としてはギリギリの決断と言える。 そんな状況を笑い飛ばすかのように、アーク所属の殺人鬼――『殺人鬼』熾喜多・葬識(BNE003492)は嗤い、巨大な鋏を振るう。 「ほらほら、そんな辛気臭い顔しないで。もっとハッピーに楽しんじゃお?」 深淵の騎士にして人の心を逸脱した殺人鬼が鋏を振るうと、その度に現れる暗黒の瘴気がエリューションを喰らう。言葉通りに状況を楽しむ反面、葬識の心は既に終わってしまった状況に心を曇らせていた。 (デモニアちゃんに殺された人達、可哀想だよね。俺様ちゃんだったら、もっと丁寧に殺してあげることが出来たのに) 歪んだ形でヒトを愛する殺人鬼にとっては、あまり好ましいとは言えない状況だ。 だからこそ、場を盛り上げ、これから起きる最も恐ろしく最も楽しいだろう戦いに想いを馳せる。過去を変えることは出来なくとも、未来を変えることは出来るのだから。 「ま、わたくしの場合、状況がどうあれやることは変わらないわね」 『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は自分の手を伝う血をペロッと舐める。幼女の無邪気さと妖女の艶やかさを感じさせる。この凄惨な戦いの中にあって、淫靡さを感じさせる仕草だ。 そして、彼女が詠唱を紡ぎ上げると、リンシードの身体を光り輝く鎧が包み込む。若干、リベリスタ側が押しているものの、実質的な均衡状態。気を抜けば、いつにでもアザーバイドの牙が喉元を捉えるだろう。 だからこそ、弾幕の中を『紅炎の瞳』飛鳥・零児(BNE003014)は全力で駆け抜ける。 機械に置き換えられた右の瞳が鋭く赤い光を放つ。彼の無限機関が戦闘に向けて活発化している証であり、闘争本能が研ぎ澄まされている証だ。 「吹き飛べ!」 鉄塊が振り抜かれると、零児の言葉通り、その場に存在していたエリューションは消し飛んでいた。 そして、そのまま向きを変えて次のターゲットを狙おうとした時だった。 場の空気が変わる。 今まではリベリスタとアザーバイドが真っ向からぶつかり合っていた。 しかし、争う両者すら呑み込みかねない、重たい風が後方から流れ込んできたのだ。 「あれが……日本最強か」 その風の正体が何者なのか、リベリスタ達は理解していた。いや、覚悟していたと言った方が正しいだろう。葬識は陽気に笑うと、仲間達の顔を見渡した。 「大将お出ましだよ、準備はOK?」 ● ある者は『伝説』ジャック・ザ・リッパーを思い出した。 ある者はプリンス・バイデンを思い出した。 ある者は目の前にいる男が、人の姿をしながら今まで遭遇した中で最大級の敵であると確信した。 「さすがはアークだな。情報を掴むのも早ければ、遅刻するってことも無いってことか」 数人の部下を従え、『日本最強』の称号を持ち、武闘派剣林の首領でもある男、剣林百虎が姿を現わしたのだ。その圧迫感たるや、未だ抜刀していないというのに、リベリスタとアザーバイドを警戒させるのに十分なものだった。 アーク最精鋭の中でも取り分け強敵と接する機会の多かった快は、プリンス・バイデンを思い出した。ジャックに比べると派手さは無く、どっしりとした佇まい。それでいながら、戦闘への意欲はひしひしと伝わってくる。そういう意味で、バイデンの長によく似ている、と思った。 (これが日本最強か……。たしかに怖い、が、それで役割を見失うわけにはいかない) もっとも、似ているというだけで同じではない。わずか十余年の歴史と共に滅んで行ったバイデン族と違い、目の前の男は『剣林』派の歴史と共にあるのだ。 本来であれば、向き直って足止めのために彼の前に立つべきなのだろう。しかし、自分に与えられた役割は別物だ。ぎりっと歯を食い縛ると、向き直って目の前のアザーバイドに集中する 「へぇ、相手に背を向けられるのは珍しくねぇが、こいつは新しいな」 「黙ってろ!」 戦士として戦いたいという想いが沸き上がる。しかし、それを必死に抑え込み、影継は声を張り上げる。 「俺達のバトルに水を差すんじゃねぇ! すっこんでろ、日本最強!」 (この様子なら、わたくしは変に口を挟まない方が良さそうね。それよりは目の前の相手に集中しないと。やることは皆の支援だけ。そこは変わらないけどね) 影継の言葉を聞いて、ティアリアは再び詠唱に戻る。そう、影継の言葉は事前に相談で決めた演技だ。「怒り出したら止まらない」と噂のある日本最強にわざわざ喧嘩を売る。薄氷を踏む思いだが、彼はそれをおくびにも出さない。 「悪いな、兄ちゃん。てめぇらアークの都合はさておき、俺らもそいつに用がある。てめぇらが先にいた所で、はいそうですかって言うのが通じるとでも思っているのか?」 戦いというものが始まる条件は簡単だ。 誰かが誰かに戦いを挑めば良い。了解など必要ない。拒絶の意志ごと捻じ伏せてしまえば良いのだから。 「ねぇ、剣林ちゃん。ちょっと良いかな?」 いつもの調子で気安く話しかける葬識。もちろん、目の前の男の実力を甘く見ているわけではない。先ほど、イメージの中で2回程殺しに行ったら、3度殺された。しかし、へらへら笑い目の前の最強に近づく。 「剣林ちゃん、君が本気を出したらアークごと直ぐに倒せちゃうでしょ? それじゃあ、面白くない。お祭りにならないじゃない」 「俺達としても、他の敵を倒す片手間で対処できると考える程、剣林百虎という存在を軽んじるつもりはない」 零児が言葉を重ねる。 少なくともその言葉に偽りは無い。 零児はエリューション事件に巻き込まれた際に革醒した。その祝福とも呪いとも取れる運命に戸惑いを隠せず、得た力を何のために使うべきか、答えを求めて彷徨った。そして、辿り着いた答えは「得た力で世界を護る」というものだ。 その一方で、戦いの中で戦士として覚醒していくと同時に、逃れ得ぬ業として「強くありたい」という欲求が鎌首を擡げるようになった。 世界を護るという大義と強さを求める個の欲求。落としどころを見出せず、悩む彼にとっては、剣林百虎の在り方は理想像を体現していると言える。 「なら、デモニアを倒すまでは休戦しない? アーティファクトはデモニアを倒してからの競争」 そして、これがリベリスタ達の作戦。 緩急を付けた交渉を行うことで、相手の妥協を引き出しやすくしようというのだ。 葬識の言葉に、百虎は首を指で捻ってコキリと鳴らす。 「もし休戦しなくても俺は戦わない。あくまで俺達の最優先はアザーバイドだ」 虚偽と思われるかも知れない。 しかし、アークの掲げる正義としては紛う事なき真実。 零児の中にある真実でもある。 真っ向からやり合って、三つ巴の戦場を作ったとして、日本最強のフィクサードと狂悪なエリューションを同時に相手取ることは不可能に近い。 この状況を打破するために、1つ1つ言葉を紡いでいく。これもまた、1つの戦いだ。 「まだまだぁぁぁぁぁ!」 快が雄叫びを上げて立ち上がる。 百虎の足を止めるもの後ろではアザーバイドを防ぐために、リベリスタ達が命を燃やしている。 セラフィーナが悪霊へ虹の光を穿つ。 リンシードは風の魔を惑わせる。 ツァインが異界の魔神の進撃を阻む。 ティアリアが光の鎧を呼ぶ。 麻衣が癒しの息吹を巻き起こす。 拓真と影継の弾丸が闇を散らす。 その最中にも運命の恩寵は昇華され、リベリスタ達の命を繋いでいる。 「それとも賭け事してみない? 先にデモニアに止めをさした方がアーティファクトをもらう、どう?」 「メリットもあります……ッ。私達は、アークの主戦力ですから、その力を自身の目でじっくり観察するのは、有益です。組織の頂点に立つ人なら、同業者組織の情報は、十分な価値があるんじゃないですか?」 アザーバイドの呼ぶ風を躱して後衛に着地したセラフィーナも、息を切らせて口を挟む。さしもの彼女と言えど、毒爪の攻撃を避け続けることは難しかった。肩口から袈裟懸けに裂かれ、傷口が紫色に腫れている。尻尾を利用したフェイントに気付かなければ、心の臓を抉り取られていたであろう。 そこでようやく百虎は口を開く。 「そう言う話なら、てめぇらと戦った奴から話を聞けば十分だ。黒の字や恐山の爺様でもあるまいに、まめな情報収集ってのは性に合わねぇ。」 その言葉を聞いて、リベリスタ達は日本最強の一挙手一投足に神経を巡らす。 この状況で乱戦が発生したら、間違い無く戦線は崩壊する。エリューションを惹き付けるリンシード、アザーバイドを抑える快やツァイン、そしてセラフィーナにだっていつまでも余裕がある訳ではない。 「ただまぁ、だ」 今度は拳を握り、コキリと指を鳴らす百虎。 「てめぇらアークには借りがある。それに兄ちゃんの言う、賭けってのも気に入った。乗ってみるのも悪くねぇ」 その時、アザーバイドをブロックするツァインはちらりと視線を感じたような気がした。 いや、そんなはずは無いだろう。殺したい程疎まれているか、歯牙にもかけられていないか。彼との間にそれ以上の接点があるとは思っていない。 そして、ツァインが視線を感じたのはほんの一瞬のこと。 『剣林』のフィクサード達は、百虎の号令の元、攻撃を開始した。 「鬼に逢うては鬼を斬り、神に逢うては神を斬る。それが剣林のやり方だ。折角、アークも神輿に乗っかってんだ。野郎ども、存分に祭りを楽しもうぜ!」 ● 「さあ、『力』と『正義』はここにあるぜ! 拓真!」 「応!」 箱舟の手に握られたニ振りの剣、影継と拓真のコンビネーションが炸裂し、全てのエリューションが消滅する。いや、風に還ったと言うべきか。それを確認すると、再び日本最強の動きを見張る。 2人は形は違えども、剣を振るう生き方を選んだ者だ。それ故に、自分の先を進んでいる者の戦いには自然と目が行ってしまう。いや、戦士としては当然のことと言える。 新城拓真と言う男の頭は頑なに強くなることを望んでいる。否、強くならないといけないのだと信じている。さらに、祖父から剣を学ぶことが出来なかったことが、彼の心にしこりとして残っている。だからこそ、願う。誰かを置いて逝く事も、置いて逝かれる事の無い様に強くありたいと。 そして、そんな戦士達の前で日本最強と言われる男は、アザーバイドを思い切り握り込んだ拳で殴り抜ける。佩いた刀には手をかける素振りも見せない。 「その程度の扱いを受けてるってことかよ……ッ」 悔しさの余り、血が出る程に唇を噛み締めるツァイン。普段は強気な青年だが、こと『剣林』が関わるとどうしても弱気が走ってしまう。しかも、殴られた当のアザーバイドは「たかが拳1つ」に動きを封じられている。 しかし、ティアリアの見解は別のものだった。 「剣林は割と単純な戦闘好きなイメージがあったけれど……この翁はとんだ食わせ者ね。油断ならないわ」 目の前の男は先ほどの提案を鵜呑みにしてはいない。この後に再びアークとの戦闘が発生することも十分予期している。だからこそ、手を見せないように戦っているのだ。 実際、葬識から絶対の防壁のことを聞いたからか、部下には加護を打ち砕かせるべく指示を飛ばしている。戦術眼は確かなものである。 そう、噂に名高い日本最強がついに動いたというのに、目的はアーティファクト1つ。それ程までに彼を動かすものが、このアーティファクトにあるとは少々考えづらい。おそらく、これはその先に続くものの一手なのだ。奇しくもティアリアの考えは、遠い場所からこの戦いの趨勢を見守る魔人達と同じものだった。 「混沌楽団のフィクサードよりも……ずっと……恐ろしい存在。このタイミングで、大手七派の1つ、剣林の首領が動くなんて……」 麻衣の心を充たすのは恐怖だ。 続々と海外のフィクサードが流れ込んでいる状況だ。正直、極東の情勢は極めて不安定である。 そこで、百虎の取った行動は微妙なバランスに揺れる天秤を破壊しかねないものだ。天秤が壊れた時に何が起きるかなど想像もできないし、したくも無い。 だから、勇気を振り絞る。 勇気とは恐怖を持たないことではない。 勇気とは恐怖を乗り越えることだ。 「日本最強……良いですね、心躍る響きです」 自分の動きを封じていたエリューションがいなくなり余裕の出来たリンシードは、アザーバイドへ剣を振るいながら百虎の動きを観察する。一見すると大振りのパンチ、街の喧嘩屋の拳と大差があるようには見えない。しかし、正中線の軸はずらさず、体重移動も驚くほどに滑らかだ。 「本気を出してはいないのだろうが、少なくともこの賭けに手を抜くつもりも無いようだな」 全身の骨が上げる悲鳴に耐えながらも、思わず百虎に対する分析を口にしてしまう影継。隠密行動に長けたが故の癖だろうか。 「本気があるというのなら……その切っ先……少しでも私に見切れるか……楽しみです。1度でも、回避できれば……少しだけでも時間を……!」 「あぁ、今の俺の強さは百虎に及ぶまい。それでもブツは確保する。世界最強に喧嘩を挑んだ今、日本最強に負けちゃいられないぜ」 「Ruooooooooooooo!!!」 影継の言葉とアザーバイドの叫び声が合図となる。 リベリスタ達の猛攻が始まった。 剣林の重んじているものが個の強さだというのなら、アークが培った強さは集団としての強さ。全員での連携を主軸とした強さこそが、アークの強さなのだ。 剣林のフィクサードを見ていると良く分かる。彼らは極限まで研ぎ澄まされた剣。 その一本一本が、最強という名を冠する百虎という剣に魅せられて、あるいはそれに成り変わろうと集っている。 しかし、アークの得た強さは違う。 この世界を救いたい。 滅びの運命を受け入れたくない。 そんな小さな願いを胸に、圧倒的過ぎる壁に向かうために集まった剣達。 剣は弱く、天には届かない。それでも、折れる事無く、如何に届かせるかを研鑽し続けてきた。 不屈の闘志、不譲の信念。如何に弱くとも、折れない剣でさえあり続ければ、いつか相手に届く。届かせてみせる。 「覚悟……して下さい」 リンシードの幻の刃がアザーバイドを捉える。 影継の剣が空を裂き、拓真の剣が大地を割る。 表情は見えないが、癒しの詠唱を行う麻衣も必死だ。 「わたくしに出来るのは皆を支援するだけ。だけど、支援するだけを甘く見ないでちょうだい」 全身を朱に染めながらも、ティアリアは屈さない。 剣林との共闘の形になったことで、リベリスタ達の体力に余裕も出来た。防壁のブレイクも安定して発生するようになった。しかし、そんな好転しつつある状況にあって、葬識の表情が初めて曇る。彼の持つ勝負師の勘が警鐘を鳴らしている。 (向こうが札を握っているっていうのはマズイかもねぇ) アザーバイドに止めを刺したものがアーティファクトを手に入れる。これは純然たる運の勝負。運否天賦であれば、人数の多いリベリスタ達にやや分がある。しかし、ギャンブルは運だけで行うものではない。運を引き寄せる念や場を支配する力は確かに存在する。 「だからと言っても、ここで手も引けないけどね」 一気に距離を詰めると、葬識は巨大な鋏を振り抜く。普通の手応えに一歩遅れてやって来る手応え。紛れも無く、暗黒の魔力がアザーバイドの精神を傷付けた手応えだ。 「新田さん、ツァインさん!」 闇の中、幼い騎士は刀を手に構える。 「よし、今だ!」 「悪い、速過ぎてよく見えんかった!」 快とツァイン、2人の盾がアザーバイドの視界を遮る。 そして、その隙を突いて、セラフィーナは天に舞い、上空から無数の斬撃を繰り出す。 「Ruooooooooooooo!!!」 アザーバイドが悲鳴を上げる。 さしもの強大な力を持つアザーバイドにも、余裕が無くなりつつあるようだ。 今の流れなら、こちらが獲れる。 リベリスタ達の心に光明が走る。まさにその時だった。 今まで拳でアザーバイドを殴りつけていた百虎が、唐突に声を掛けてくる。 「殺人鬼の兄ちゃん、結構楽しめたぜ」 「それってどういう意味かな~? まだ終わってないし」 言葉と裏腹に葬識は意味を理解してしまった。 このタイミングを見切れるものなど、どれ程いると言うのだ。 フェイズ3エリューションにも匹敵するアザーバイド。 たしかに弱ってはいるが、まだ倒れるには早い。 普段のリベリスタ達の感覚であれば、まだ状況に予断を許さないタイミングで。 日本最強はトドメに入ろうとしていた。 「させるか!」 零児がデモニアの前に立つ。実質的な休戦協定の破棄だ。 だが、身体は止まらなかった。 世界を護るために。 最強と相対する経験を糧とするために。 百虎は冴え冴えと光る刀を抜いた。その刀の名は『虎徹』。その中でも彼が好んで使う一振りだ。 止められるものなら、止めてみろ。その顔からはそんな自信を感じる。 切り札ってのは最後まで取っておくもんだ 百虎の声が聞えたのと、零児とデモニアが真っ二つに切り裂かれるのは同時だった。 気が付くと、正面で戦っていたはずの百虎はアザーバイドの後ろに背を向けて立っている。 アザーバイドはしゅうしゅうと煙を上げながら溶けるように消えて行く。そして、その体からは輝く銀色の輪が姿を現わす。 「そんなわけで、賭けは俺達の勝ちだ。もらっていくぜ」 「させるか!」 「させない……」 百虎よりも先にアーティファクト『デーモントラップ』へと飛び込んだのは影継だった。 そして、百虎の前にはいつの間にかリンシードが立っている。アーティファクトの入手、それが彼女に与えられた使命だから。 影継は本質的にフィクサードを信用していない。強者に対して敬意は払うが、それはそれ。これはこれ。 フィクサード――崩界を許容し、世界の変革を望むもの――がこのアーティファクトを手にするということは、村の惨状が再現するのを認めるのと同義だ。 もし相手が信用出来ても弱かったら譲る可能性を認めたか? 相手の強さで態度を変える程、俺は利巧にはなれない 影継は自分の中にあるE能力を解放する。 いかなる無生物をも透過することが出来る、この場においての鬼札。 そして、この場で百虎を出し抜き得る切り札だ。 「切り札は最後まで取っておくものなんだろ?」 影継の言葉に百虎は肉食獣の笑みを浮かべた。 惨劇の再現を許さぬ意志を貫き、全力で確保を……! ● 麻衣は必死の様子で倒れた3人の手当てを行う。 普段、三高平学園大学部付属病院の勤務医をしているので心得は十分にある。つまり3人は、E能力のスキルだけでは足りないレベルの重傷を負ったということだ。 あの瞬間、戦いの場にいたもの達は一斉に動き出した。 あの場にいたフィクサード達は実力者。そして、影継はフィクサードが隙を作った所に、百虎の目にも止まらぬ一撃を受け、リンシードはフィクサードの集中砲火を受けた。 当然、他のリベリスタ達も動いたが、後一歩が及ばなかった。 そして、戦いを止めたのは葬識だった。博愛主義を謳いながら、戦いを止める理由が「その子、俺様ちゃんが殺したいんだ」というのは、あまりにも彼らしい理由である。それで退く百虎も百虎だ。 「まさかこの状況で『百虎真剣』を3回も使わされるとはな……」 「ちょっと良いですかね?」 「あん?」 あれだけの戦いを繰り広げながら息1つ切らさない百虎は、感心しているかのように呻く。そこへ声を掛けたのは満身創痍の快だ。 「こっちは約束を破る形になりましたから。正直、殺されるかと思いましたよ。噂では『怒ると止まらない』なんて聞きましたから」 「てめぇらにもてめぇらの戦う信念、ってもんがあるんだろ。こちとら陰謀裏切りってのは慣れっこでね。それに、俺は『剣林』で一番に優しい男って知られているんだ」 百虎の後ろで「そんなことは無い」とばかりに無言で手を振るお供のフィクサード達。今回は幸い、地雷を踏まなかっただけの話なのだろう。 「アークを測りに来た、って勘違いするのは自信過剰ですかね。剣林の大親分」 「間違っちゃいねぇが正解でもねぇ。ま、色々だ。それと、さっきのは二度目があると思うな」 百虎の言葉から察するに、アークの強さを測るつもり『も』あったということなのだろう。あるいは、あえて自分が天秤を揺らすことで、周囲がどのような反応を示すのかを見たかったのかも知れない。そして、少なくともアーティファクトを狙う動きは、そのついで程度のものに見せる態度では無かった。 そして、その会話を耳に挟みながら、ツァインは震える自分の手を見つめる。 戦う前から1つ決めていたことがある。過去の自分を乗り越えるために。 生きようとしたから勝負を汚し、此処にいる。それを人は臆病と呼ぶのだろうか。しかし、それを否定はしない。あの男が最後に討ち合った1人はそういう男だと偽らぬ為に。 (さぁ行くぞ、臆病者め。震えを止めて前に出ろ。あの剣林百虎に、そんなつまらない物を斬らせてはいけないのだから……!) 逆流しそうな胃液を飲み込み、ツァインは百虎に向かって声を上げる。 「リベリスタ、新城拓真。剣林百虎、俺は貴方と戦いたい」 「アークのリベリスタ、ツァイン・ウォーレス。お相手願う……!」 言ってから拓真とツァインは顔を見合わせる。元より、互いにそんな心算でいたことは知っていた。しかし、ここまでタイミングが被るとは。 「おい、俺は男にモテて喜ぶ趣味は無ぇぞ? それとも……」 一拍置いて百虎がじろりと睨み付けてくる。 冗談を言った時の陽気な面は微塵も残っていない。 「改めて磁界器を賭けて勝負とか言うつもりじゃねぇだろうな?」 これ以上の不義を赦すつもりも無いらしい。 その圧迫感だけで、並みの相手なら引き下がるだろう。 だが、2人には覚悟があった。 「取引や条件は一切無し、その為に斬り合う訳じゃねぇ!」 「俺は、誰よりも強くなりたい……貴方よりも。戦う前から心で負ける心算は、無い。返答は如何に!」 拓真の偽らざる本音だ。 2人の言葉に、百虎は何かを懐かしむような目を見せる。 「おい、アークの。良いのか? 生きて返せる保証は無ぇぞ?」 彼らは既に運命の加護の力は借りている。 先ほど垣間見せた、「剣林百虎の本気」を見る限り、勝機は万に1つもあるとは思えない。 しかし。 「正直なところ、剣林白虎の実力をみてみたくもあるわね。今のわたくしたちとどれだけの差があるのか」 「俺様ちゃんそういうの見てる方が好き☆ 魅せてよ、日本最強を」 無責任そうにティアリアと葬識は肯定する。 「私も刀使いだから強さには興味があります。今度は拳じゃなくて、刀での戦いだと嬉しいのですが」 セラフィーナも基本、フィクサードのことは嫌っている。しかし、日本最強の力にまぶしさを覚える程度には戦士だった。今は無理でもいつか追い越してみせるという、強い意志が瞳に宿っている。 「そこまでの覚悟だったら、断る理由は無ぇ、か。やるならおいおい、場を改めてだと思ったんだが……好きな順にかかってきやがれ」 百虎は刀を抜くと大上段に構える。 防御を考えていない、全てを攻撃に費やす構えだ。 構えられただけで、その場にいたリベリスタ達は自分の首がくっついていることを確認してしまう。それ程の殺気だった。 「幸運と、勇気を」 合図を買って出た快が拓真とツァインにサムズアップを送る。 「この時、この瞬間に振る太刀に! 覚悟を、想いを、俺の魂を! 全てを乗せて貴方に振り抜く!」 「喰らって堪えて覚えて足掻いて喰らいつく! いつもの自分のやり方で!」 命が惜しくない訳ではない。 だが、ここで退いたら自分ではいられない。 だから、握る剣に命を懸けて振り抜く。 快が合図をした瞬間、場に強烈な木枯らしが、いや、剣風が吹き荒れた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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