● 村があった。規模は非常に小さいが、穏やかな場所だった。 そこではリベリスタと一般の人間が住んでいた。無論、リベリスタが自身の神秘をひけらかすことは無いし、村の人間は彼らの持つ神秘を認知してはいなかった。けれどもリベリスタは自警団として行動し、村はエリューションなどの数多の脅威から守られ、平穏を保っていた。 その村に耳障りなピアノの音色が響き渡る、その時までは。 ● 背骨が折れた音がした。周囲には逃げ惑う人の叫び声が鳴り響いていたが、もうそれもほとんど耳に入ってこない。痛みはもはや彼方へと消え、意識がだんだん遠のくのが彼には分かる。全ての絶望を塗り替える余力は、彼にはもうない。 「あー脆い脆い、ヤりがいがないねこいつは」 手にしたナイフで首筋をなぞり、やがて頭と身体の間に断絶を為す。悲しむように垂れた血液をおいしそうに舐めとるアルフレッドを見、フリードリッヒは思わず悪態を吐く。 「んな汚ねえもんよく啜れるなあ、虫唾が走る」 「味見だよ味見。ただまあ、さすが内弁慶のクソども、ゲロマズだ。ケイオスの命でもなきゃ誰が好き好んで殺すんだこいつら」 アルフレッドはこれ見よがしに唾を吐いてみせる。渋い顔をしたフリードリッヒは、右手に掴んだ男の胸からゆっくりと腕を引き抜いた。ぽっかりと開いた大穴の先に、彼は優雅に人を切り刻むジゼルの姿を見る。 「相変わらずあんたは穴開けんのが好きだねえ、レーゼル」 「こいつらには名前書いておけねえかんな」 「誰がどれ使ったって構わないでしょうよ、面倒くさい男は嫌いだよ」 ジゼルはスラリと伸びた足を思いきり振り上げ、目の前にいた男の顎をヒールで砕いた。声も無く倒れる男の額に、ジゼルはヒールのかかとを押し付ける。 「つまんない男だねえ、女ぐらい愉しませてみせなさいよ、ほら」 ジゼルがイラついて顔を歪ませると、アルフレッドはケラケラと上機嫌に笑う。 「こんな雌豚にご執心な男が世界に何人いるだろうね?」 「ひねくれ男に跪く女もそうそういないよ」 「バカ共、争う暇あったらさっさと殺るぞ。もう飽きちまいそうだ」 フリードリッヒが近くで泣き叫んでいた女の首を掴むと、木の枝を折るような容易さで首の骨をポキリと折る。そしてそのまま女の腹に腕を突入れ、殺した。 「短気だねえフリードリッヒ」 アルフレッドはクククと不気味に笑うと死体を繰り、逃走を図る者へと死体を差し向けた。逃げ場を失った彼らは反転するが、しかし死体はあらゆる方向から迫っていた。やがて彼らは、死の淵へと誘われていく。 「お楽しみはこれからじゃないか。まだまだ序曲だよ、こいつは」 「まだ前奏も弾いてないじゃない、全く」 その時ジゼルは、自身の足下で何かがモゾモゾと動く感触を得る。見ると同時、彼女は自分が先ほど襲った男を踏みつけているのを思い出す。 「何だ、意外としぶといじゃない」 ジゼルは微笑を浮かべる。ゆっくりと男の顔からヒールを退けると、そこから血が溢れ出す。朦朧とする男の襟を掴み、ジゼルは彼を引き寄せる。 「でもね、観客は『静かに』してなきゃいけないよ、演奏中は特にね」 ジゼルは彼の襟から手を離す。無造作に倒れ込んだ彼はぼうっとした目でジゼルを見つめる。 「おやすみボーイ、静かに眠りなさい」 ジゼルの背後から現れた死体が、彼の息の根を止める。苦痛に歪む彼の顔を見下しながら、ジゼルは言った。 「そして優雅に踊ればいいわ」 彼女の指が踊るように動く。彼女は何にも触れていない。ただ空を掻き続ける指は、しかし 確かに音色を奏でていた。同時、彼女の周囲で暴れていた死体が反応し、動きが活発になる。 「フライングはいけないなあジゼル」 アルフレッドも彼女と同様に、奏でるように指を動かす。その動きは彼自身の粗雑さと違って、繊細だ。フリードリッヒは、これから殺すだろう者たちを確認しつつ、彼もまた奏でる。 「楽団は、ケイオスのスコアを奏でるためにある」 ● 「ある村で死体を蘇らせ、その死体を操って村の人間を殺しているフィクサードが現れたみたい」 そう言うと、『鏡花水月』氷澄 鏡華(nBNE000237)の表情に悲しみに満ちる。だが決して言葉を詰まらせることはあっても、止めることはしなかった。 「ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ、そして指揮下の楽団員たちの話は耳に入っていると思う。今回の事件も、彼らが関わっている」 平穏な村。そこに現れた楽団員三名が、元から彼らの支配の元にあった死体や、村の墓場から蘇らせた死体を操って村の人間を殺しているのだという。そしてその殺した者さえも操り、また殺して。それを繰り返している。 「楽団員三名は『不可視の鍵盤』なるアーティファクトを全員指にはめている。申し訳ないけど、正確な効果までは分からない。映像を見た限りでは、死体を操るという行動に何かしらの影響を与えているんじゃないかな……あくまで推測だけど、ね」 村には一般の人間と、十名のリベリスタがいるという。リベリスタは予てよりこの村を陰ながら守ってきたようだが、楽団員には太刀打ちが出来なかったようだ。アークのリベリスタが到着するよりも先に、彼らの内二人は既に楽団員の支配下に入ってしまっているだろうと、鏡華は告げる。 「悲劇を回避することは、できない。だけどこれ以上悲劇が起きるのを阻止することは、皆ならできるはず。楽団員による被害を、食い止めて。 お願い」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月07日(金)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 殴り飛ばされた身体が中空に飛び、鈍い音を立てて落ちた。滑る身体が一人の人間の側に飛び込んだ。それを見、愕然とする。腹にあなの空いた死体は、正気無く白目を剥き倒れていた。小さく叫びを上げるのを余所に、死体は顔の筋肉を僅かも動かすことなく、身体を起き上げる。血で塗れた顔面と、視点の定まらない目が、僅かの感情も表現することなく何かを探す。やがて死体は、生者の正気を求めるように、ゆっくりと歩み始めた。 「……意外と多いなー、まだ半分くらい残ってるなんてね」 アルフレッド・チャールソンが憂鬱そうに言葉を漏らした。それを見たフリードリッヒ・レーゼルが彼の肩を小突き、渋く言った。 「逃げられるのもまた面倒だぜ? まとめていけそうだからここにしたんだからな」 「蟻を踏みつぶし続ける『作業』はそんなに好きじゃなくてね」 ヒヒッと小さく笑いながら、逃げ惑う人間にアルフレッドは死者を差し向けた。死者は、倒れながらもつれる彼らの足を掴み、転ばせる。そして身体をたぐりながらやがて首元にたどり着き、首に指を当てた。掴まれた男の顔が恐怖で歪む。 「そろそろ、『奴ら』が来てもいい頃なんだけどねぇ」 恍惚とした笑みを浮かべながら、ジゼル・クレジアは言う。死者を制御しながら、村の人間が逃げるのを阻み、殺しに興じていた彼女は、その言葉尻を離した数秒後に、不快な音を確認する。それは彼女の大嫌いな『正義』を示す、自分たちへの反乱の音であり、同時にこの場を盛り上げるに重要な『観客』の到来を示していた。ジゼルは村の人間の動きに注意しつつも、その音の方向へと目を向けた。 ● 狙い澄ました銃口が、今まさに男を殺さんとしていた死者の首元を打ち抜いた。男はその銃声に僅かな希望を感じる。それは今まで彼を殺しにかかっていたあらゆる音とは明らかに異なっていたのだ。男は首を抑えながら周囲を見回した。見えたのは、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)の銃を構える姿、そして走り込んでくる何人もの人影であった。 「死なせねェ……誰一人、死なせてたまるかよ!」 『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)が持ち前の素早さを生かして先陣を切った。死体に囲まれぬよう注意しながら、ヘキサは死者と村の人間の間に入る。 「効率はいいんだろうがな、好きにはさせないぜ」 『chalybs』神城・涼(BNE001343)もまた襲われている村人との間に入り、死者を押し返した。死者の意識を自分へと向けながら、涼は点在する村人の場所を確認しながら近くの村人の方へと向かった。 「これ以上、あなたたちの好きにはさせません」 『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は呟きながら、戦場を見渡す。村には人間とリベリスタ、フィクサードと死者が散在していた。リベリスタは果敢に死者に立ち向かい、楽団に攻撃を仕掛けようとしているが、楽団の操る死者の数はあまりに多く、それが功を奏しているようにはとても見えなかった。一方で、村の人間は死者に追われて村を出ることすら適わず、逃げ惑っているようだった。楽団の三人は適度に距離を置きつつ固まって動いていた。その周りにはうまく死者が布陣し、簡単に近づける気配はない。 ある程度戦場を観察した後、悠月は素早く近くにいた女性リベリスタに近付いた。 「……あなたたちは、アークですか?」 「はい、未来見の予言を受けて救援に参りました。援護します、村の人々を連れて離脱を」 「……あいつらは、私の友人を殺しました」 女性は強い目をして、悠月に訴えた。 「完全な離脱は、約束できません」 「人命優先だろうがっ、とっとと村人連れて逃げやがれ!」 死者に業火を帯びた拳で焼きながら、『黒腕』付喪 モノマ(BNE001658)が叱咤するように言う。悠月は神妙な表情で女性を見、告げた。 「とにかく、これ以上の被害は誰も望みません。墓場からは別の死者が出てくるでしょう。そことは逆方向に村人を連れて行ってください。お願いします」 女性はやや躊躇するように顔をしかめたが、やがて反転して村人を助けに向かった。 「彼らを護って生きてください、明日の再起の為に」 去り行く女性に声をかけながら、悠月は魔術を組み、雷撃を拡散させる。怒りで全てを焼き払うような、激しさで。 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が雑念を振り払うように首を振るう。自分たちの力は万能ではない。アークが更なる悲劇を阻止するために存在するとしても、全てを救いきれる程強い力は決してない。 だが分かっていても、望んでしまうのだ。その雑念を、払う。無為な希望は、今はいらない。 戦場に蔓延る死者に目を向ける。彼らはかつてここに住み、平穏に暮らしていたのだろう。あるいは彼らを平穏に保つために、戦ってきたのだろう。それは自分が守ってみせる。ミリィは僅かな祈りを胸に秘めて、決意を言葉にする。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 ● モノマは遠くに墓地の見える村の入り口に陣取った。ミリィと『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)が彼の近くに配置し、周囲の死者を見る。死者は彼らに気付いて迫っていたが、死者めがけて二重の聖なる光が突き刺さる。衝撃に身体をもたげながらも尚、攻撃を試みる死者の動きを避けながら、モノマはアクセス・ファンタズムに向け叫んだ。 「入り口だ、見えるか! こっちに村人をやってくれ!」 呼びかけに、次々に了解の回答が返る。様々な声に紛れてやってきた死者の拳を受け流しながら、モノマは死者の横腹に業炎の拳を叩き込んだ。ミリィは死者に向けて聖なる光を飛ばしながら、他の場所の様子を見る。 アークのリベリスタは各自モノマの要請に従って動いているようだが、村のリベリスタには十分に指示が行き届いていないようだった。恐らくアークの動向に気付いてはいるが、アークと接触できていないのだろう、無謀にも楽団へと歩みを進めているリベリスタの方が多く見受けられた。ミリィは思わず渋い顔をする。 「ほら、こっちだ!」 避難誘導を行う涼の声が聞こえてくる。村人を庇いながら進んでくる涼の脇から、メアリが光線を射出し援護した。 「オレがバテるのが先か、耐久勝負といこうぜッ!」 ヘキサが挑発し、周囲の死者の気を引いた。死者は明確に行動の矛先をヘキサに向ける素振りは見せないが、それでも村人へ向けていた攻撃の意志は、若干薄れているようにヘキサには思えた。徐々に近付いてくる死者を翻弄するように素早く動きながら、ヘキサは死者を挑発し続けた。 ヘキサに気を取られる死者の間をすり抜けながら、『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)と『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)が死者に襲われていた村人を助けに動いた。 「お願い、怖がらないでわたしの言うことを聞いて。あなたたちを助けたいの」 死者の群れの中で恐れ戦く村人に、壱也が優しく声をかける。死者が自分の方へ向かってこないのを確認しながら、壱也は村人を連れ、他の村人の救助に向かう。 エリス・トワイニング(BNE002382)が周囲の状況を確認しながら、村のリベリスタごと仲間を回復する。誰かが死ぬことはすなわち、楽団の配下になることだ。敵の力を上げさせてもいけないし、誰も死なせるわけにはいかない。 それに回復は、エリスの最も自信を持って出来ることだ。それを欠かすことは、絶対にするわけにはいかない。 死者の間をすり抜け、楽団に怒りに任せて突っ込もうとしていた男を、零児は遮った。 「ちょっと待てよ。一人でやる気か?」 「あんたらもやるんだろ? ……あいつらを倒さねえと、殺された仲間も、村人も、浮かばれねえ」 目を潤ませながら言う男の肩に手をかけながら、零児は告げた。 「気持ちは分かる。だがまずは、生きてるやつを救うのが先決だ。 狭い村で暮らしてりゃ、確証はなくても何かは察してるはずさ。それでも仲良く共存してきたあんた達を死なせたくないんだ。 今は戦いは俺らに任せ、避難を手伝ってくれ」 男は一瞬楽団員の方を見るが、やがて歩みを反転させる。それを見届けてから零児は楽団員の方へ振り返った。 一体の死者が、彼に向けて拳を振り上げているのが、見えた。零児は転がりながらそれをかわす。死者の脇から見えた楽団員が、嘲るように笑いを上げていた。 「殊勝なことだねぇ! 村人を守る正義の味方──ってか? くぅぅぅぅ! 吐き気がするぅ!」 嘔吐する仕草を見せるアルフレッドを横目に、ジゼルがその腕を前に出す。アルフレッドはそれを見、吐き真似を止めるとニヤリと笑った。フリードリッヒが固い表情でリベリスタたちを見回しながら、吐き捨てるように言った。 「相手が何もしねえなんて希望を持つなよ、リベリスタ」 ● 村中に清らかなピアノの音色が響き渡る。透き通るような滑らかさで届いたあまりにもキレイすぎる音は、それを聞いた者にかえって不安を呼び起こす。 それを奏でる三人の楽団員は、ただ空中で何かを奏でるように指を動かしているばかりであった。だが確かにそれぞれの指先から音は発せられていた。時に踊るように、時に歩くように、テンポを変化させながら演奏されるそれに、死者たちが反応する。 「おらおらどうした、その程度か!」 守りに徹しながら死者を引きつけるヘキサであったが、徐々に死者たちの変化に気付き始めた。死者がある程度自分に引きつけられているのは変わらない。だがその動きが、楽団員の奏でる音色に合わせて、変わっているように思えた。 「……なんだ、この音は」 零児が僅かに覚えた違和感。零児は思わず壱也と視線を交わした。壱也もまた、不吉な予感を感じていた。互いにうなづき合い、壱也は村人の誘導を続けた。零児は彼女に近付く死者を吹き飛ばしながら、その動きを援護した。 悠月と涼もまた、不穏な気配を感じていた。悠月の脇をすり抜けて涼は走り、叫んだ。 「こっちだ、早く!」 焦燥感に駆られながらも冷静に先導する涼を後目に、悠月は雷を死者に向けて放つ。だが死者の一体が中空に向かって飛び、一直線に悠月に向け降下する。思わず悠月は腕を前にやる。だが身体自体をはね飛ばされ、彼女は地面に転がった。 立ち上がった悠月は死者を睨みながら、思わず呟いた。 「……違う」 先ほどまでとは、違う。悠月の持った率直な感想であった。動き、攻撃の強さ、それが先ほどまでよりも強化されている。楽団員の演奏によるものだろうか、悠月の頭にふと予測が過るが、確認している時間は、なかった。 「こんなシケた演奏、聴く価値もねぇな」 嫌悪感に表情を歪ませながら、モノマが呟く。それは演奏の不快さと、自分の置かれている立場の自覚からくるものだ。 楽団員が演奏を始めたときから、死者の力が強くなっているのを彼は実感していた。死者は時に機敏な動きで、時に強力な攻撃で自分たちに向かってきていた。村人は未だ数人が避難を終えているばかりだ。俄に心に沸き立つ危機感をモノマもミリィも感じていた。 叫びを上げながら、村人が駆け込んでくるのを、ミリィは見た。追いかけてくる死者から彼を庇おうとするが叶わず、村人は頭から大量の血を流しながら、動きを止めた。モノマは叫びながら、前に出た。 「あぁ、許せねぇ!」 炎の拳を目の前の死者に向け振り下ろす。僅か、直撃には至らなかったが彼の鼻を肉の焼ける匂いが通り抜けていった。一切の怯みも見せることなく振るわれた拳を、モノマは受けつつも決して道を開けることはなかった。その後ろでは、先ほど死んだ村人が、ゆっくりと動き始めていた。 ミリィの放つ光がモノマの横を駆けていく。だが彼の意識は、墓場の方へと向いていた。そこには、もぞもぞと動く何かの影があった。 「もうちょっと、遅くてもいいのに……!」 遠く、墓場を見ながらミリィは呟いた。楽団員の演奏によるものかは定かではないが、新しい死体が動き始めていた。地中から這い出た死体は、先ほどまで眠っていたとは思えないような機敏さでリベリスタに接近した。 襲い来る死者の群れの前に立ち、涼は村人に攻撃を届かせまいとする。数も、質も上がっている彼らの攻撃は苛烈さを増している。時折隙を見つけては死体に銃弾を撃ち込むが、衝撃に震えるばかりで、動きを止めるには至らない。 死体は皆不快な呻きを上げてリベリスタに迫った。二十を遥かに超える死者の群れは、リベリスタと村人の区別なくその命を削り取ろうとする。 エリスが何度目かになる癒しの息吹を巻き起こすが、前線で戦うものの傷は決して浅くない。特に零児、ヘキサの傷は深かった。 死者を引きつけ、守りを続けるヘキサの身に、身体を貫く程の痛みが生じる。 「守り足りねぇ……死なせたくねぇ……ッ!!」 限界を訴える身体の軋みを、ヘキサ自身が許さない。自分がどれだけの痛みを受けようと、彼には村人が受けるはずだった傷の全てを肩代わりする気概があった。唸りを上げながら、ヘキサは死者たちを睨んだ。 けれども死者たちがその勢いを留めることはなかった。楽団員に操られ、ただ漫然と殺しだけを行うよう奏でられた彼らの終わりを、リベリスタは見ることが出来なかった。 ● 何度目の悲鳴になるだろう。暗く、淀んだ世界に落ちていく彼らの声は、不快さに満ちている。心苦しさを思い起こさせる。起き上がり、こちらに向かってくる村人を見る度、リベリスタの心は曇った。 三人の楽団員が奏でる音を遮るものはない。演奏は、死者に力を与え続けていた。 かつての友人、知人を前にした村のリベリスタに、振り上げられる得物はもう残っていなかった。死者に飲み込まれ、死者に溶け込んでいく。 悠月の身体が崩れ落ちる。直前に撃った雷は幾ばくかの死者の身体を破壊したが、彼女の身体は残った死者の攻撃の全てを受け、立てる程の余裕はなかった。 運命を捧げ、僅か残った気力をエリスが癒すが、彼女とて傷は深かった。 二方向から同時に振り下ろされた拳に、零児の視界が眩む。崩れ落ちそうになる身体を何とか繋ぎ止める。すかさず爆裂させた一撃が死者を破壊するが、視界を尚支配していたのは死者の群れだった。涼は近くにいた死者を殴り飛ばしながら、減っているように見えない死者に思わず歯噛みした。 活発になった死者全ての攻撃を受け耐えられる程の癒しは、リベリスタにはなかった。 気付けば、周囲には死者とリベリスタを残すのみであった。村人は全て逃げるか、命を落として楽団の配下となっていた。壱也はその状況に、思わず息を詰まらせた。 遥か背後にいる村人の元にだけはいかせるまいと、モノマ、ミリィとメアリが死者の動きを遮り続ける。モノマは苦痛に顔を歪めながら、叫んだ。 「通すわけにはいかねぇんだよっ! 絶対にっ!」 雷が飛ぶ。光線が駆ける。燃える豪腕が、爆裂する一撃が、死者を吹き飛ばす。 だがそれでも。死者の数は依然として多く、リベリスタへの歩みを止めない。肉が、骨が、片腕を失くしても、両足を失くしても、リベリスタへ迫ってくる。 激烈な攻撃の連続に、ヘキサの視界が暗闇に落ちる。その最中、視線が楽団を捉えた。哀れなものを見るような目で、自分を見る男の姿が目に映る。しかし彼に刃を向ける力はもう、ヘキサにはなかった。 「……前奏はこの位でいいだろう」 フリードリッヒが不意に言葉を漏らす。それと共に、村に響いていたピアノの音色は、急速に止んでいった。静かになった場に、死者のうめきと、リベリスタの戦いの音、そしてアルフレッドの奇怪な笑い声。 「フヒヒッ。このくらいやれれば十分楽しめそうだ。そう思わないかい、ジゼル」 「余興には、なればいいねぇ」 感慨深く言うジゼルの目は、しみじみとリベリスタを捉える。同時、三人は同時に両手を何かを叩くように振り下ろすと、何かが閉まるような音がした。それが合図であったのだろう、死者たちは途端に歩みの方向を変える。 それを追うだけの力はリベリスタには残っていない。僅か、救うことの出来た命を、守らなければならない。傷ついた彼らが出来る最低限は、それしかない。 メアリは準備していた陣地作成の詠唱を諦める。今の状況で彼らを足止めするのは、自分たちの首を絞めることにも、なりかねない。 「Good-bye、リベリスタ。序曲を楽しんでもらえたんなら──また来ればいいさ、ヒヒヒッ!」 「いつまでも貴方達が奏者で居られると思ったら、大間違いですよ」 ミリィの言葉に、アルフレッドはフフンと鼻を鳴らした。翻した影が遠ざかる。ピアノの音色はもう聞こえない。死者の行列も、彼らを奏でる演奏者も、会場を後にした。 残ったのは血液と肉の匂いが混じり、散乱するもはや人だったかさえも分からぬもの。村中に広がる腐臭。何人が死んだか、どれほどの死者を死に還すことが出来たのか。それすらあやふやだった。 辛うじて、八人の村人と村のリベリスタ四人が残っていた。誰も、誰かを責めることなどしなかった。通り過ぎていった嵐が、酷烈なものであったことを、誰もが理解していた。 震える喉で吐き出した息が曇る。壱也はそれで、寒さを理解する。だが震える身体は決して、寒さなど感じていなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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