● その男は絶望を好む。 謀略を張り巡らせ、希望を絶望に変える。それはその男にとっては極上の快楽であり、そのためには何を犠牲にしても構わないとすら思っていた。 それが例え、自分を信じついてくる部下であったとしても。 「全ての準備は整いました。アークがそれを止めるか――それとも、私が勝つか」 男がふと口にした、アークの名。 彼の張り巡らせた謀略は、中盤から常にアークによって邪魔をされ続けた過去がある。 しかしそれでも男はその度に軌道修正を行い、自身が求めるモノを得る準備を整えた。 「今回はかなり危ない橋となるでしょう。……ですが、だからこそ勝った時に得られる絶望は至上のモノとなる」 今、男は全てに決着をつけようとしている。 アークを出し抜き、最も理想的な場所で自身の謀略の結末を掴み取るか。 それとも、自身が逆に絶望を味わう事になるのか。 「極上の快楽は、リスクを背負う先にあるというものです」 男は、快楽を得るためには自身すらも犠牲にすらしてしまう。 全ては、自分の追い求めるモノを手にするために――。 「大変です、澪さん!」 深夜、大きな音と共に開かれる扉。 「どうしたんです、白神さん」 寝入ろうとしていたところの突然の来客に、慌てながらも『更科・澪』は白神と呼んだ男を迎え入れた。 この2人はフィクサードであり、澪の方は1回ではあるがアークとも刃を交えた事がある。 「拙い事に、先日の件が問題になったようです。僕達を討伐せよと、追手がかかりました」 白神が続けて言った、先日の件。 それはこの2人が所属するフィクサード組織に捕らえられた1人の幼いリベリスタの少女を、逃がそうとした一件だ。 『悪事を働かせろ』 そんな指令が、白神を通して澪に下された。 しかし澪は『幼い子にそんな事はさせられない』と反発し、少女を逃がそうとしたのである。 その過程で逃がされた少女はアークのリベリスタと接触したものの、『やるべき事を成すため』と言い残し、この場所に帰ってきた。 と同時に少女は悪事を働いたらしく、少女の得た見知らぬ財布が白神の手によって、組織へと献上されている。 それでその件は、終わっていたはずだった。 「僕の知らないところで、監視がつけられていたようです。早くあの子を起こして、逃げないと!」 「わ、わかりました。少しだけ時間をください!」 そのはずだったのに、今、彼女達には討伐指令が下り、危険な状態が迫っているという。 ならば残された選択肢は1つしかない。 ただひたすらに、逃げる――ただ、それだけだ。 「それで……これからどうするの?」 逃げる道中、リベリスタの少女『ルーナ・アスライト』は2人のフィクサードに問う。 「まずは逃げる。これが大事ですよ」 「アークに保護を求める事が出来れば、良いんですが……なんとかあなただけは、守りますよ」 逃げる事を優先する白神と、アークへの保護とルーナの守護を考える澪。 ならば結果的にアークへ逃げ込む事が最大目標であるとも考えられるが、果たしてアークは受け入れてくれるだろうか? 「では……手土産を渡してみましょうか」 ふと、そんな事を白神が言う。 「何か良い手土産でも、あるのですか?」 「あぁ、実は……先日の一件の後、あの人について僕もそれなりに調べてみたんですよ。有用な情報だとは思います」 ここで白神が言う『あの人』とは、所属しているフィクサード組織のリーダーの事を指す。 そのリーダーは顔や声を自在に変化させ、表舞台に出る事はほとんどない。 これまでアークが絡んだいくつかの事件では、後ろで糸を引いているばかりであった。 部下に対しても決してまともに姿を見せる事はせず、電話で指示を出すのが彼のやり方だ。 そのやり方はリーダーにとって『有能な部下』と称された事のある澪に対しても、同様である。 そして彼はどういうわけか『不死』の能力を持ち、その謎はアークも未だ解明出来てはいない。 「有用な情報っていうと……ボクが知ってる、あの『不死』の能力とか?」 「ええ、そうですね。走りながらですが、軽く説明しますよ」 実際にリーダーと戦い、その能力を目の当たりにしたルーナにそう答える白神。 彼によれば、その能力の全容はこうだった。 ・不死の能力は、アーティファクト『双身鏡』で作られた移し身によるものであり、実際は不死ではなく移し身が倒されただけという事。 ・移し身は一般人と同じ程度の存在であり能力は一切使用できないが、後に手に入れたアーティファクト『龍玉』によって、能力が使えるようになったという事。 ・『双身鏡』によって作られた移し身は、本体から3kmの範囲までしか活動できないという事。 ・移し身が倒されれば本体に意識は戻るが、別に自殺しても本体に戻る事が可能だという事。 ・『鬼狩』と呼ばれる妖刀に移し身が斬られた場合、移し身はエリューションの扱いであるため、『鬼狩』は切れ味を増そうとする。 しかし移し身は実体ではないため、『鬼狩』の切れ味を増す能力と、『双身鏡』の死亡時に意識が戻る能力が反発し、両方が破損してしまうという事。 この際に移し身と実体が入れ替わり、斬られた移し身が本体となる。 ・対して『双身鏡』が『鬼狩』を移し身にしようとした場合、『龍玉』がない状態の鬼狩は魂喰らいの能力が複製される事はない。 そのため、この場合も複製能力と魂喰らいの能力が反発し、両者が破損してしまう。 「……なるほど、確かに有用な情報だね」 「すごいです、白神さん!」 伝えられた情報に、ルーナは『なるほど、そうだったのか』と頷いて返し、澪は情報の有益性に感嘆の声を上げる。 だが同時に、ルーナの中には疑惑も浮かび上がっていた。 自分がアークと接触して、今に至るまでそう時間が経過しているわけでもない。 であるのに、この男はそんな短時間でかなりの有益な情報を得ている。 聞く限り、そして自分の知る限りでは、リーダーはかなりの慎重派で、自身の弱点を誰かに知られるようなヘマをする事はないはずだ。 ならば、何故? その疑惑を繋ぐ、1本の糸。 (……試してみよう、姿を変えられると言うのなら) 思うが早いか、立ち止まった少女が放った炎弾が白神へと飛んだ。 「流石に、気付きましたか?」 すんでのところでその攻撃を避けた白神は、不敵に笑う。 「え? え?」 状況が飲み込めない澪がおろおろする中、ルーナは言葉を紡ぐ。 「うん、キミが白神でない――その事にはね!」 「あぁ……残念ながら少しハズレです。白神などという人間は、最初から存在していないのだから!」 これまで、白神だと思っていた男。 だが彼こそが組織のリーダー『長岡』が姿を変えた存在だったのである。 「そして君達の命はここで『The END』……逃げ場など、ありませんよ。今の話をするタイミングは、ちゃんと図っていましたからね 有益な情報という希望を得ても、それを伝えられない絶望を噛み締め……死になさい」 そう言われて周囲を見渡せば、そこは周囲を木に囲まれた公園。 「誘い込まれた……という事?」 「ええ、そういう事です。キミ達を知るアークの連中に精神的にもダメージを与えられるでしょう」 ルーナの問いにそう答えた長岡が指を鳴らすと、現れるのはフードを深く被り顔を隠した6人のフィクサード達。 「君達を殺した後、鬼狩を手に入れられれば私の目的は今のところ全て完遂する事になる。 鬼狩使いに斬られればこちらが危ないですが――、鬼狩を避けて使用者だけを移し身にすれば、奪う事も容易なのですよねぇ」 全ては、彼が仕組んだ1つの物語。 その物語を覆す事が出来る存在が、あるとするならば――。 ● 「まずは、情報を整理してみましょうか」 カレイドスコープで覗いた未来を伝えた後、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はそう言っていくつかの資料を取り出した。 その資料に記載されているのは、今までに得た、この事件に関係する数人のリベリスタとフィクサード、およびアーティファクトの情報である。 ・『長岡』 魂喰らいの妖刀『鬼狩』を振るう『高原・征士郎』の恋人『加奈』を殺したフィクサード。 仇敵として彼に自身を追わせ、その復讐を挫く事により絶望を与えようとした。 その目論見が阻害された後、『ルーナ・アスライト』『更科・澪』の両名に目をつけ、『白神』という人間に成りすまし、現在その目的を実行中。 ・『更科・澪』 悪人から金品を奪う義賊的なフィクサード。過去アークと交戦し、逃がされた過去がある。 その目的のために情報を渡してくれる『長岡』の部下に甘んじていたが、『ルーナに悪事を働かせろ』という命令に反発して反乱を企てる。 しかしその反乱すらも『長岡』の作り上げた物語の筋書き通りであり、彼女自身はただ踊らされていただけの存在でしかなかった。 アークが彼女と交戦した時に彼女を逃がしたことが、この事件の引き金となっている。 ・『ルーナ・アスライト』 駆け出しのリベリスタの少女。 両親がアーティファクト『龍玉』の所持者だったために『長岡』に両親を殺害された後、連れ去られる。 その際に『不死』の能力の最初の目撃者となり、その謎を解くべく、『更科・澪』に逃がされた際にアークの保護を受けず、彼女の元へと戻った。 アークが彼女を保護しなかったことが結果的に『更科・澪』の命を一時的には救い、かつ『白神』が『長岡』だと見破った事へと繋がっている。 ・『龍玉』 一部のアーティファクトのデメリットを緩和するアーティファクト。 この『龍玉』を使えば『鬼狩』と『双身鏡』のデメリットを緩和することができるため、『長岡』に奪取されている。 単体では何の効果も持たない、ただの玉。 ここまでの資料に目を通したリベリスタ達は、近くに立つもう1人のリベリスタへと目を向ける。 「……俺の情報もあるのか」 彼にとっては今更感も強いが、しかし情報を整理するためには彼の資料にも目を通す必要があるだろう。 ・『高原・征士郎』 フィクサードを狩る事を生業とするフィクサード。 彼の目的は恋人の仇である『長岡』の足取りを追うためではあったが、アークの説得によりリベリスタとなり、アークに協力する事となった。 その事実を『長岡』がまだ知らない。これが現時点での切り札となっている。 ・『鬼狩』 前述の『高原・征士郎』が振るう魂喰らいの妖刀。 エリューションを斬れば斬るほどに切れ味を増すが、同時に使用者のフェイトを喰らいノーフェイスへの道を歩ませる。 以下の情報が現在までに得られている。 ・剣と鏡は相反する存在であり、同時に使うには玉が必要だという事。 これまでの情報から、魂喰らいの能力では移し身のフェイトを吸収できないためだと思われる。 ・相反する存在の鏡とぶつかれば、どちらも壊れてしまう可能性が高く、注意が必要だという事。 この情報は長岡の言葉により、両者の破損はほぼ確定事項となった。 ・玉さえあれば、剣と鏡、どちらか単体であっても使い勝手が増す事。 「以上ですね」 全ての情報にリベリスタ達が目を通したところで、和泉の説明が始まった。 「まず……今から急いで向かえば、ルーナさんと澪さんが逃走を開始した頃合で公園に到着する事が出来ます」 リベリスタが到着する事が出来る公園。 そこでは6人のフィクサードが息を潜めており、上手くコトが運べばルーナ達が誘い込まれる前に決着をつけることも可能だ。 「フィクサードはそれぞれが、それなりの手練ではありますが……ルーナさんや澪さんにとっては脅威であっても、皆さんなら大丈夫だと思われます」 そう和泉が言うとおり、結局は『それなりの手練』であり、『五行想』や『精密機械』といった称号を得たばかりの連中である。 現在のアークのリベリスタ達の実力を考えれば、それほど手強い敵ではない。 ただし数が多いため下手をすれば甚大な被害を受ける可能性も高く、そしてもし長岡に連絡でも飛べば、ルーナと澪がその場で始末される事も十分にありえる。 澪もそれなりに戦えるフィクサードではあるが、ルーナを庇い守る事を優先するため、あまり長くはもたないと見て間違いない。 「連絡をさせず、迅速に倒すとなると、数が厄介になってしまいますが……そこは皆さんの作戦次第です」 フィクサード達は公園の中で散開して身を潜めているが、それも作戦次第だ。 幸いなことに公園の周囲の民家は寝静まっており、多少の音ならば『ヨッパライが騒いでいる』程度の認識で済むだろう。 問題なのは、彼等を駆逐した後に長岡をどうするか――である。 「アーク側が握っているカードは、その『鬼狩』がこちらの側にある事だけです。その事実は、長岡のほうはまだ知らないようですね」 高原を伴い、上手く『鬼狩』の一撃を叩き込むことが出来れば、長岡を討つ事も十分に可能だ。 しかし当の長岡は自殺さえすれば離れた位置にある本体に戻ることが可能であるため、下手をすれば逃がしてしまうかもしれない。 「俺が共に行くか行かないか。それはお前達に任せる。2度3度くらいなら、こいつを振っても問題はあるまい」 静かにそう言う高原ではあるが、長岡を討つ千載一遇のチャンスでもある。 彼にどう動いてもらうか。 それがこれまでの戦いに決着をつけるカギとなると言っても、過言ではない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:雪乃静流 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月02日(日)22:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●抵抗の狼煙 全ては1人のフィクサードが仕組んだ、絶望のシナリオ。 そのシナリオの果てに希望と絶望、果たしてどちらが待ち受けるのか――。 「敵の位置ですが、こことここ、それと……」 進む道の先にある公園を千里眼で見渡し、『生真面目シスター』ルーシア・クリストファ(BNE001540)は発見したフィクサードの潜む位置を仲間達へと伝えていく。 アークの来る来ないに関わらず、完成度の高い布陣を持って戦いに望むフィクサード達。 「俺はその間、待機していれば良いのだな」 対するアーク側にフィクサードの計算外のカードがあるとするならば、同伴している高原・征士郎の存在ただ1つ。 フィクサードのリーダー『長岡』は、アーティファクト『双身鏡』の効果により不死の移し身の姿で戦場に赴いている。 その効果を無効化出来るのは、彼の持つ『鬼狩』だけなのだ。 「ああ、お前のその剣で、鬼狩で長岡を斬るんだ。そのチャンスを俺達が必ず作る、そしてお前自身のやるべきことをやれ」 「必ず復讐を果たせ」 その高原に対し、『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)と『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)はそう告げた。 長岡の作り上げた絶望のシナリオは、高原にとっては復讐のシナリオでもある。 「あなたの想いを込めた一撃、見届けます」 続けて言葉を投げかけた『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)と翔太、そして優希がルーナと澪の救出と同等に願うのは、高原の復讐の成就。 この復讐が成された時、高原の止まった時間は動き始めるのだ。 「後、自分から言える事は、復讐の終わりが人生の終わりにしないでくれ」 もしかしたら止まったまま終わるかもしれないが、それについては『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)によってしっかりと釘を刺されていた。 だが彼が復讐の刃を振り下ろすためには、まず眼前の戦闘に勝利しなければならない。 「敵の位置はわかった。なら、ルーナ達は今どこにいるんだ?」 ふと、『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)がルーシアに問う。 「……見えました。公園までは、まだかなり距離がありますね。2分後に同時攻撃でいかがでしょうか」 答えたルーシアはそう言い、自身のアーティファクトに設定した時刻を仲間達に見せた。 「わかった、迅速に張り付かないとな」 「後は相手に連絡をとる隙を与えないように、だね」 攻撃は、2分後。タイミングを遅らせず、そして相手に連絡をさせずに討つ。 散開する前に最後の注意を促した『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)と『心に秘めた想い』日野原 M 祥子(BNE003389)にリベリスタ達は頷き応えると、それぞれの目標とするフィクサードの元へと向かい走る。 「すまない。……頼んだ」 彼等の後を走る高原は、その背に全てを託した。 魂喰らいの妖刀『鬼狩』を振る事が出来るのは、2度3度が限界だと感じている。 その限界を超えてしまえば自身はノーフェイスと化し、仲間である彼等すらも敵として攻撃してしまうだろう。 「大丈夫です。皆さんがきっと、道を切り開いてくれます」 ルーシアの言葉に頷いた高原は、『その一瞬』が訪れる時を待つ。 ●切り開かれる道 (3、2、1……いくぜ) 設定した時間が刻まれると同時に飛び出すと、その先に潜むフィクサードへと襲い掛かる猛。 ルーシアが提案した定刻開始の奇襲作戦は、採択できる中では最も最高の戦略だったと言えるだろう。 「精々、派手に暴れてやるとしようじゃねぇか! 前座もしっかり楽しませてくれよ!」 彼。いや、リベリスタ達がそれぞれ相手取るフィクサードは、猛がそう言うように前座でしかない。 「……態々自演して部下を煽った上で処刑しよう等と……あの男、捨て置く事は出来ない……!」 全ては、裏で糸を引くフィクサードを葬らんがため。 鋭い突きを何度も繰り出すリセリアに、前座で時間をかけるつもりなど毛頭ありはしなかった。 「まずは最速で倒しきるぞ!」 「任務を開始する」 それは同時に戦闘を始めた優希やウラジミールも同じであり、彼等がいかに迅速に6人を撃破できるかが、今後の作戦の行方を大きく左右するのである。 「く、敵襲だと!?」 「まずは連絡だ、白神さんに連絡を!」 対するフィクサード達は奇襲に激しく動揺し、指示を仰ごうと携帯電話を取り出そうとする者さえいる始末だ。 それは全てのリベリスタが警戒していた行動でもあり、 「させないよ! 連絡なんて!」 「そういうことだ、ここは大人しく倒されるだけにしてもらおうか?」 その内の1人は祥子のヘビースマッシュによって機を逸し、残る1人は生佐目の作り出した黒い霧の箱――即ちスケフィントンの娘に包み込まれ、その動きを止めた。 (連絡手段はこれだけか?) 戦いの最中、視界に映ったその様子を一瞥し、翔太は眼前の覇界闘士が不審な動きを取らないかと注意する視線を向ける。 (大丈夫そうだな、ならば一気にいくか) しかし覇界闘士にそんな行動を取る様子はなく、果敢に攻撃を繰り出す様からは、必死ささえも窺い知れた。 そう、フィクサード達は全員が必死だったのだ。 「こんな奴等が来るなんて、聞いてねぇぞ!」 「女2人を始末すりゃ良いだけの仕事じゃなかったのかよ!」 口々に漏らす悲嘆の声を聞けば、長岡からは『ルーナと澪を始末しろ』という指示以外は与えられていなかったのだろう。 果たしてそれすらも、長岡の思惑通りなのか。 その男は、絶望を好む。 今回の標的はルーナと澪の2人であり、アークの襲来もある程度は予想していただろう事は間違いない。 ならば、なぜ? 「ヤツにとっては、こいつ等すらも絶望に叩き落すコマでしかなかった。――ということか?」 「そうかもしれないな。こちらが誘い込まれたのかと感じる錯覚すら、受ける」 最もつじつまの合う仮定は、生佐目の推察だと見て良いだろう。 例えルーナと澪に絶望を与えられなかったとしても、少なくとも部下達は悲嘆の声を上げて倒れる。 誘いこまれたのではないかとウラジミールが感じたのは、そう考えると無理のない話でもあった。 「ま、今となっちゃどっちでも良いさ。大事なのは、決着をつけられるかどうか、だろ!」 とは言え、猛がそう言うように、今となっては長岡がどう考えているかが重要ではない。 リベリスタはそんな相手に対して、決着をつけに来ているのだ。 「そういうことだな。コイツはもらうぞ?」 同意した優希は、殴り倒したスターサジタリーが身に付けている上着を剥ぎ取り、翔太が相手取るデュランダルを見やる。 まだルーナ達が訪れるまで、時間の余裕はあるのだろうか。 「まずは1人……いえ、もう3人ですか」 優希がスターサジタリーを倒した直後、ルーシアの視線はリセリアと猛がさらに2人を撃破した様子を目に映していた。 「それにしても、彼等も長岡というフィクサードにとってはコマ……なのでしょうか」 と同時に、ルーシアの口からはそんな疑問が零れる。 「ヤツならやりかねんな。ところで、標的の位置はどこだ?」 「目測ですが、後500mくらい……と言ったところでしょうか。間に合いますね」 仲間達の戦闘を見守りながら、静かに続くルーシアと高原の会話。 「あぁ、間に合うな」 ルーシアの言葉に高原が頷いた時、残る3人のフィクサードもリベリスタ達の攻勢を前に、次々に倒れていく。 「捕縛、完了したよ」 倒した全てのフィクサードを捕らえ、祥子が言う。 フィクサード達が身に付けていたフードつきの上着はリベリスタ達が剥ぎ取り、 「こんな感じで良いのか?」 「あぁ、OKだ。後は来るまで身を潜めるだけだな」 見た感じでは対峙したフィクサードと似たような姿になった高原を伴い、彼等はフィクサードへと成り済ますと、翔太の言葉通りに彼等は長岡の部下を演じるのだ。 この後は組み立てた作戦の通りに、長岡に対して高原が斬りつける事が出来さえすれば良い。 それさえ成功すれば、ルーナと澪の救出、さらに仇討ちと、リベリスタ達の目的は全て完遂する。 「こいつ等は我々が見ておこう。武運を祈る」 仇討ちの成功を祈るウラジミールの言葉に高原は力強く頷くと、鬼狩の刀身を鞘からわずかに抜いた。 「やっと、果たせますね」 ふと、リセリアが言う。 高原・征士郎は、この時のために自身を滅ぼしても構わないという覚悟を持って生きてきた男だ。 鬼狩を振るい戦い続けた彼が、本懐を成す一歩手前まで来る事が出来たのは、リベリスタ達の協力があったからこそである。 「そうだな。……これまでの協力に、感謝する」 復讐劇の終幕は、近い。 高原はリセリアに――そして、自分を手助けしてくれた全てのリベリスタに、礼を述べた。 ●絶望の行方 「そして君達の命はここで『The END』……逃げ場など、ありませんよ。今の話をするタイミングは、ちゃんと図っていましたからね。 有益な情報という希望を得ても、それを伝えられない絶望を噛み締め……死になさい」 それは、カレイドスコープで垣間見た未来。 そしてそれは今、現実に発せられた言葉でもある。 「誘い込まれた……という事?」 「ええ、そういう事です」 ルーナが白神――もとい、白神の仮面を外した長岡に問うと同時に現れる、6人のフィクサード達。 「君達を殺した後、鬼狩を手に入れられれば私の目的は今のところ全て完遂する事になる。 鬼狩使いに斬られればこちらが危ないですが――、鬼狩を避けて使用者だけを移し身にすれば、奪う事も容易なのですよねぇ」 その言葉と同時に振り下ろされた手は、配下のフィクサードに対する攻撃の合図だ。 だが、現れた6人は彼の配下のフィクサードではない。 (こいつ等は私の部下ですかね。それとも……アークですかね?) ここからの動きを見れば、現れた6人が自身の配下かリベリスタかの違いなど、長岡にとってはすぐに判断する事が出来る。 攻撃対象がルーナと澪なのか、自身に対してか――。 その問いの答えは、すぐに結果として現れた。 「やはり、アークでしたか!」 襲い来る2人――猛とリセリアの攻撃を受け止め、長岡は『やはり』と言った表情を浮かべる。 ならば他の4人もアークのリベリスタである事は間違いない事実であり、 「どうやら弱点をさらけ出す危険まで冒した賭けは、こちらの負けのようですね」 敗北を悟った長岡は、自殺して本体に戻る事で逃走を図ろうと考えたらしい。 「ここは潔く、引くとしましょうか。私の部下連中には、良い絶望を与えられたようですし?」 そんな言葉と共にナイフを取り出したその時、彼には月明かりに照らされ覗き見えた猛とリセリアの顔が、自信に満ち溢れているようにも見えた。 否、事実として自信に満ち溢れていたのである。 「残念だが……終わるのは、貴様の方だ」 「……何……!」 背中に走る痛みと、投げかけられる言葉。 続いて耳に届いたのは、鏡の割れる音と、刀の砕け散る音。 鬼狩と双身鏡がぶつかれば両方が壊れ、双身鏡の移し身は本体となる。 さらけ出した弱点が今、彼の脳裏をよぎった。 自分自身でもまだ見つけられていない、鬼狩の存在。アークもまだその所在をつかめてはいない。そう判断して、この作戦を長岡は組み立てていた。 「まさか、そちらの手元にあったとは……」 この場に立つ長岡は、もはや移し身ではない。決して傷つく事のないはずの本体が、大きな刀傷をその身に残している。 「お前は、あまりに傲慢すぎたのさ。その傲慢が、身を滅ぼしたんだよ」 彼を囲い込むように立った生佐目により告げられる、決定的な敗因。 「てめぇに味合わせてやるよ……てめぇの大好きな、絶望って奴を……!」 「俺の存在意義は貴様のような下衆を潰す為にある。ルーナを悲しませた報い、味わうが良い」 いつでも攻撃できる態勢を取る猛と優希の姿を見れば、もはや長岡に逃げ場は存在しなかった。 「まぁ……待て。ここは最後まで、彼にやらせるべきだ。本懐を果すがいい」 今にも殴りかかりそうな猛と優希を抑え、ウラジミールは高原へと視線を送る。 「人の絶望を傍で見るより、自分で体験するほうがよっぽど気持ちいいんじゃない?」 「そうだな。高原、お前の復讐はここで終わらせろ、仇を討て!」 そして祥子と優希に促されるがまま、高原の構えた刀が月明かりに照らされ輝く。 あぁ、どうしてこうなった。 私は全てに絶望を与えられるだけの知力を持っていたはずだ。 今までも多くの絶望を与えてきた。これからもそうするべき人間だ。 「ふ……はははは! そうか、そうか。これこそが――」 最後まで傲慢だった意識と言葉は、そこで途切れ、闇に沈む。 他者の闇を願い続けた男が最後に手にしたのは、自身が闇に包まれる末路。それにすら愉悦を感じ、男は逝く。 ●終わりと始まり 「ようやく終わったな」 本懐を遂げた高原に、翔太からかけられる労いの言葉。 「あぁ……終わった。全てがな」 砕けた鬼狩を翔太へと手渡し、高原は静かに空を見上げる。 しばらく2人は無言ではあったが、それでも意識的な部分で会話を続けているのだろう。 (男同士の世界、ってヤツだな) その様子を眺めていた生佐目はふっと笑みを零し、ルーナと澪の方へと視線を向けた。 「よく頑張ったな。泣きたければ泣け、疲れたならおんぶも……」 彼女の視線の先では、優希がルーナにそんな言葉を投げかけている。 が。 「大丈夫です、もう大丈夫ですよ」 「う、うん……助かったよ」 ルーシアにぎゅっと抱きしめられているルーナの姿を見れば、どうやらおんぶは間に合っていたようだった。 「タイミングを外したな」 やれやれと軽く息をついた優希は、『まぁいいか』と2人の抱き合う姿を静かに見守る。 自らの危険を顧みず、敵を討つ為に敵の懐へと潜り込んだ少女――ルーナは無事に救い出した。 そして恋人を殺された男、高原も無事に本懐を遂げた。 「これでハッピーエンドか。いや……違うか?」 ふと優希は、この場にもう1人『フィクサード』が存在している事を思い出す。 「更科・澪……無事で何よりです」 「……お久しぶりと、言うべきでしょうか。あの子を助けてくれて、ありがとうございます」 そのフィクサード。リセリアと会話を交わす澪は、ルーナを助けてくれた事に礼を述べつつ、そのまま投降する姿勢すらも見せていた。 元々悪人相手に悪事を働く、義賊的なフィクサードである。その心根を考えれば、彼女もいつかはリベリスタとして戦う日が訪れるのだろうか。 「はは、今度こそ終わったって感じの空気だな」 それぞれの談笑を目にし、生佐目は軽く笑みを零す。 「それなら、これで!」 「任務完了だ」 最後に祥子とウラジミールがそう締めたところで、リベリスタ達は帰路へとつく。 ルーナと澪は、彼等に伴われてアークへ。 「同じリベリスタなんだし、高原ももちろん来るだろ?」 「しばらくは、そうさせてもらおうか」 そして、翔太にそう答えた高原も、だ。 絶望のシナリオは、未来への希望に繋ぐシナリオへと変わり――それぞれの新しいシナリオが、作られていく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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