●愛の挨拶 ――嗚呼。 この身は永久に、あの方の傍に。 この歌は永劫に、あの方の譜の為に。 全てを、捧げましょう―― ●歌姫、舞台へ さくり、さくり。 草を踏み分ける音。ひとつではない。 白く、それはもう白く、それでいてはっと息を呑むような、細身の美女。 そして中心の彼女を取り囲むように、彼女程ではないが、色素の薄く美しい三人の少年少女。 少年二人はそれぞれヴァイオリンケース、チェロケースを携え、少女はトランクを片手に提げる。 そんな四人組が、林の中、無造作に生える雑草を踏み締め歩を進める。大凡その雰囲気はこの場所には不釣り合いだ。 「でもシアー様、本当に使えるのかな? 一度は倒された連中でしょ。それも今回相手にするってアークにさ」 「……心配は無用です、レオーネ。少なくとも此処に来るであろう“彼女”なら」 チェロケースを抱えた、金髪の少年をレオーネと呼び、彼に向けてゆるりとかぶりを振る美女――『歌姫』シアー・シカリー。 その所作も、淡々と言葉を紡ぐ様も、儚げで。付き従う少年少女達の胸さえ刹那、高鳴らせた。 「そ、そっか。一応アークと戦って生き残ってるんですもんね、情報だと」 「“彼等”諸共“彼女”を取り込む事が出来れば……ケイオスの『演奏』は、その前奏曲(プレリュード)によって、より盤石なものとなる。そうでなければならないのです」 「ご安心下さいシアー様、俺達はシアー様の、そしてケイオス様の為尽力致します。まずは手始めに、“彼女”を」 灰髪の、ヴァイオリンケースの持ち主たる少年が、林の開けた先、存在した人影を指して、シアーを振り返る。 シアーは、静かに頷いた。その瞳には――少年とも取れる、中性的な少女の姿を映していた。 黒尽くめに黒髪で金瞳の美人。 その姿は正に、黒麒麟。 「……残酷な事を言ってしまったな」 光斗は思い出す。この、静かな霊園に葬られたかつての部下達に掛けた言葉を。 結果は判り切っていた事だ。自分とて、彼等とて。それでも光斗が言えば彼等は逆らえない。罪悪感に押し潰されそうだった。 しかし、現実は彼女がこれ以上、想い出に耽る事を許さなかった。 「!?」 ぱきり、と枝の割れる乾いた音。 振り返れば其処に居たのは、絶世の美女とそれを取り囲む少年少女。 「……墓参り、って風情じゃあなさそうだけど」 その異様な空気に、光斗はじりりと後退る。本能が、感じ取っていた。 彼女達はひどく、美しいけれど――何かがヤバい。 いつでも愛刀・黒麒麟を抜刀出来る体勢に入りつつ、距離を取ろうと試みる。 しかし、次の瞬間、彼女は完全に動きを止めて、絶句した。 ――ぼこ。ぼこボコぼコ。ぼこボコぼこボこボこぼコボコボコッ! 「な……!?」 地面から。嗚呼、墓石の下の地面から。 人が。人が、大勢の人間が。這い上がって来るではないか。 幾分か腐敗した身体の、しかし、紛れも無く自分の部下だった筈の人間が、這い上がって来るではないか! 部下だった筈の人間達に――否、生ける屍に、取り囲まれているではないか! 「見た所、私達と年近そうですし、こんな事するの忍びないんですけど、ごめんなさい。シアー様の、ケイオス様の為なんです。だから」 光斗の号令でなく、茶髪の少女の言葉と共に、銃口が、一斉に向く。かつての、主へ。 「さようなら」 「――!!」 無音の緑に包まれた霊園にこの日、銃声が木霊し俄かに震えた。 ●前奏曲 「緑溢れる閑静な霊園に集う美男美女。……これだけなら、或いは絵になったかも、知れませんね」 何処かぎこちない笑みを、そう、無理矢理作って張り付けた様な笑みを浮かべて、黄水仙の少女は冗談を言って見せる。 彼女とて――『転生ナルキッソス』成希筝子(nBNE000226)とて、判っている筈だ。今は冗談を言っている場合ではない。しかしだからこそ、彼女は冗談を言わずにいられなかったのだろう。 恐らくは彼女自身、怖いのだ。何せモニターに映る霊園の中に佇む男女の中に、一際可憐で、匂い立つかの様に、美しく、そしてそこはかとなく恐ろしい雰囲気を纏っている女性が佇んでいるのだから。 モニター越しでも、それは判る。招集に応じたリベリスタ達も、息を呑んだ。彼女は――恐ろしい。 「……『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ。そして彼の私兵である『楽団』がこの日本で動き出した事、皆さんはもうご存知ですよね?」 改めて、筝子はモニターを指し示すと、自らも僅かに身を引いて、それを顧みた。リベリスタ達もそれに倣う。 未だ緑の残る林を抜けた先。人知れず存在する筈の霊園に、五人の男女が居る。 「一人は、平城山光斗。ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんね。元逆凪のフィクサードで、先の千葉での大事件の折に独立集団として蜂起しつつも、皆さんの尽力で戦線を離脱した少女」 改造学ラン風の、漆黒のバトルスーツ。艶やかな黒髪に白い肌、金の双眸を持つ、美少年とも見紛う、中性的な美少女フィクサード、クロスイージスにしては身のこなしが軽く、『黒麒麟』の異名を取る。 しかし今は、まだリベリスタ達との戦いで負った傷が、完治していない筈だ。あれだけの重い一撃を受けて、全治一ヶ月で済むとは思えない。 「そして、此方が……問題の『楽団』ですね……」 画面が、先程の、尋常でないオーラを放っている女性を含めた一団の方へと移る。 「ピアノトリオと思しき、少年二人、少女一人。――そして」 その女性こそが。 「シアー・“シンガー”・シカリー。女の私から見ても、とても、とても綺麗な女性です。ですが、綺麗な花には棘がある、とも申します。彼女もピアノトリオも御多聞に漏れず、他の『楽団』構成員同様、死者を蘇らせ操る事が出来る様子」 残念ながらそれ以上の事は不明ですがと、筝子は申し訳無さそうにその翠の目を伏せた。 「これだけではありません……」 続く筝子の言葉と同時に、湧き上がる――死体、死体、死体! 「彼等の操る死体の群れ――皆さん、ネクロマンサーはご存知でしょうか? 大体そんな感じの人達が操ってる感じの、あたかも生きているかの様に人を襲う死体です。E・アンデッドなのかそうでないのかも、まだ何とも言えませんけど」 唯、見ていて気持ちの良いものではないですよね、と。 すると今回の任務はこの死体の群れを片付ける事かとリベリスタが問うと、筝子はふるふると首を横に振った。 「それは……多分、不可能です。数が多過ぎる。かと言って個体が弱いかと言われればそうでもない。寧ろもう失う命なんて無いと言わんばかりにしぶといですよ、この方達」 柳眉を顰める筝子に、ならばどうすれば良いと返せば、その答えが告げられる。 「恐らくは敵の目的は、こうして傘下に加える死体の収集。となれば導き出せる答えはひとつ。――平城山光斗を、助けて下さい。そして彼女が安全圏に逃走するまでの、時間稼ぎを。気は進まないでしょうが、今現在這い上がってしまっている死体をどうこうする事は出来ませんから、せめてこれ以上の被害が出る事の無い様に」 其処まで早口で言い切って、筝子は息を吐く。そして、ぽつり、呟くように、付け加えた。 「……平城山光斗は強いです。敵の手に渡ってしまえば、更なる強敵として皆さんの前に姿を現す事でしょう。それだけは避けなければ」 零れた言葉の後。筝子は、震えていた。 自分が現場に赴く訳ではないにも拘らず、だ。 「……危険な任務です。ですが皆さん、生きて帰って来て下さいますよね。死んで彼等に従わされるなんて、不本意でしょう?」 ――ああ、そうか。 この少女は、怖いのだ。 この危険な任地に、仲間を送り出す事が。 仲間を、喪うのが。 だけれど彼女は、気丈にも笑って。 「皆さんを、信じております」 右脚を引いて。右手を揚げて。 優雅に、恭しく、会釈した。 「……行ってらっしゃいませ」 そう言って、送り出す。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月07日(金)23:40 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●第一楽章『精鋭、乱れ舞う』 もしかしたら。 嗚呼、もしかしたら。これは。 「ッ!!」 痛みが、背後から光斗の腹部を襲う。 じわりと、空いた穴から、紅が滲む。 貫いていったそれは、確かに、嘗ての部下が、放ったもので。 嗚呼、矢張りこれは。そうだ、そうとしか考えられない。 (これは………………罰、だ) 運命の天秤という奴は、残酷で、それでも、平等で。 見捨てた命の、その対価を、確りと要求してくるのだ。 天秤を傾かせない為に。 (判っていた、判っていた事だ。罰を受けなくて良い、筈が、無いんだ) 罪は償わなければならない。罰によって裁かれるしかその方法は無い。 自業自得だ。それだけの事をしたのだ。 ああ いっそ このまま たおれて しまおうか キィン、と。 そんな事を思った同時に聞こえてきた、金属音に、光斗は我に返る。 (……何だ?) 音の方を顧みても、その主の姿は見えない。だが、光斗に直接向かい来る死者達の後ろに控えている、嘗ての部下達の一部が、自分に背を向けていた。 そう、まだ先の見えない、しかし僅かな灯の如く可能性を秘めた、デウス・エクス・マキナの切欠が、今正に、包囲の外で、始まっていたのだ。 「チース! アークが参戦だオラァ!」 「アーク!?」 光斗が驚きに声を上げる。そんな彼女の胸中を余所に、真に時の氏神を味方につける為の戦いは、進む。 「死者は生き返らない。もう、これは彼らの意思じゃない」 彼等と刃を交えた事のある『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)が、元光斗の部下と鍔迫り合いながら呟く。 Haze Rosaliaは煌めかない。唯、目の前の道を切り拓くだけの鋭さが閃くのみだ。そしてそれはエレオノーラ自身の意志でもある。 (選択と決断は尊い、誰かの意思で捻じ曲げていいものじゃない) 彼等は、光斗を信じ、生かすと決めて、希望を託して、戦い、散って逝ったのだ。これは、そんな彼等への侮辱に等しい。 許しておく訳には、いかない。 「包囲は均等です、そのまま眼前を押し切りましょう!」 その瞳で戦場を把握する源 カイ(BNE000446)の、右手に収まったその義手が。UCW-Armgun Ver.Ⅱが。内蔵されたオートマチックの魔力銃が、遍く死者の群れに等しく弾丸の雨を注ぐ。 僅かに、最も遠い位置に居る敵後衛十数名。届かない。それでも、散乱した金属の塊は着実に敵へと突き刺さり、脆くなった骨の一本や二本なら容易く折ってゆく。 (今度は部下の方々に代わり助けるとしましょう) 光斗を護ろうとした、部下の代わりに。もう果たせないその遺志を継いで。 敵ながら、部下の人望の厚い人物となれば好感が持てるのだ。 ほんの僅かな間を置いて、リベリスタ達の背に、光の翼が現れる。神秘で形作られたそれは、しかし確かに実体を持ってリベリスタ達に恩恵を齎す。 十字架を抱くその杖を、掲げるようにゆるりと振るい、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)によるその加護。足場の悪いこの地での戦いの、援けとなる。 (死は人に与えられた最後の安息です。それを穢し、ましてやそれを更に広げようとする事を看過する事が出来ましょうか) 敵か味方か。損か得か。カルナは、そんな話をしているのではない。そんなものに捉われて言っているのではない。 目の前で行われているのは、紛れも無く、間違いも無く、正真正銘の、赦せざる魂の冒涜なのだから! その間にも、更なる追撃を加えるリベリスタ達。 「とりあえずは救出が最優先でござるな」 遥か後方で、驚いた様子も無く淡々と、此方を見つめている『歌姫』の姿を、モニターに映し出されたそれから思い起こして、『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が一言、短く呟く。 シアー・“シンガー”シカリー。ケイオスの率いる楽団の中でも上位の存在。叶うのならばその情報の断片だけでも掴めれば……とは思うのだが、その為に救出対象を放置する訳にもいかない。 「おぬしら邪魔でござるよ。もう一度寝ろでござる」 愛刀たる黒き大太刀――真打・鬼影兼久に、持てる力を注ぎ込んで、一体の死者の頭から、一息に振り下ろす。 手応えは、あった。何より、高い攻撃力を誇る虎鐵による一撃だ。重く、爆発的な威力を生み出す。 しかし、思った程効いていないように見えた。勿論、虎鐵から見て、の話だが。 「虎鐵! 木っ端微塵にするのだ、そうしないと何度でも立ち上がる」 それを悟った『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、虎鐵を激励しつつ、その魔導書を開き、詠唱。冷たき魔の雨を喚ぶ。戦場を凍らせる。 「君の部下を傷つけるのを許して欲しい」 きっと聞こえているだろう。光斗に、そう語り掛け。 心優しい彼女の、心からのその言葉は、光斗に届いただろうか。 「初戦から敗北を得る心算は有りません。先ずは、押し通らせて貰いましょう……焔獄、舞いなさい!」 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)の放つ紅蓮を纏った魔矢が、戦場を包み込んだ。 一筋縄ではいかない相手だ。楽団も、ゾンビも、そして、シアーも。それを判っているからこそ、紫月は己が為すべき事を第一に。 炎が霊園に舞う。しかし焼かれるは唯、悪しき企みのみ。 そんな猛攻の中、戦況を眺めていた『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)が、ひとつ頷いてから告げた。 「んー、他の連中がどーかわっかんないけどねー。取り巻きさん、麻痺・精神・呪いとかのタグイは効かないっぽいねー」 それだけ味方に教えると、まず遠目にシアー達を一瞥して。 (わー……い、まーた人の話を聞けない人達だー。すんごい美女って聞いたけど会話出来ないんじゃしょーがないかなー……) まあ、ゆっくり会話するのはまたの機会でも良いだろう。それに、美人ならもう一人、此処には居る事だし。 「麻痺はダメか。面倒くさいね」 忌々しげな言葉とは裏腹に、至極冷静な表情で『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)はぽつりと呟く。 「それにしても、たかが音合わせで派手にやってくれる」 面倒な事この上無い。とは言えまずは光斗の救出を優先しなければ。用意していた神秘の閃光弾、その代わりに二度目の氷雨を、愛用のPCを抱えない方の手で導いた。 「なんか邪魔入っちゃったけど。どうする? シアー様」 斃れた墓石に腰掛けチェロを奏でるレオーネが、片目を開けてシアーの顔を覗き込む。 「……」 幽愁を湛える、その白くほっそりとした、繊細なつくりの顔から、感情は読み取れない。 紡がれる明確な答えも、無い。 「レオーネ、“ラルゴ”だ」 「ほいさー」 しかし綺麗な姿勢でヴァイオリンを奏でるチェーザレが、それだけ言った。演奏の手が止む事は無い。 レオーネもそれに倣って、柔らかく低音を響かせ続ける。 歌姫は未だ、歌わない。 ●第二楽章『巌の如く』 「……テンポが変わった……? 皆さん、気を付けて。何か仕掛けて来るかも知れません」 カイの言葉と同時に、ドォン、と轟音が鳴る。見れば地に伏す敵の姿。 「何とか数体、か……しかしこれは……」 激しく荒れ狂う雷を纏った鋭き蹴撃で道を拓かんとしていた『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)が、その身を微かに強張らせた。 彼の言葉通り、何体かの死者を再びの眠りに就かせる事が出来た。未だ倒れていない連中にも、全体攻撃が豊富な分、それなりにダメージを負わせる事が出来た――勿論、しぶといと言われていただけあってまだまだ斃れる様子は見せないが――筈だ。 次で、道を確保する位なら出来るかも知れない。そう思っていたと言うのに。 穴が開いた部分。其処から真っ直ぐに光斗へと続いているであろう敵。その全てが、完全防御の姿勢を取ったのだ。 カイの言うテンポの変更は、これを指示していたとでも言うのだろうか。 これでは突破出来るかは五分五分。かと言って移動出来る範囲での横合いを攻撃しても、光斗の下へと辿り着けるまで敵を削れるとは思えなかった。 包囲自体が解けないのを見るに、今の所未だ光斗は討ち取られていないようだが、もたもたしてはいられない。 「しゃーね、じゃあ、分かれっか。俺達は外から脆そうなとこぶち破るから、中の方頼むな」 まだあどけなさの残るその表情をきりりと引き締めて、『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)が告げた。 頷いたのは、雷音、虎鐵、エレオノーラ、クルト。彼等は――ふわり、カルナによって与えられた翼を羽ばたかせ、宙へ。 敵が防御に専念し此方を阻害してくる事の無い、正面から光斗の下へ。 一方、残る者。 (死して尚、蹂躙されてるのは見たくねえ。死体を壊す毎に心が張り裂けそうだ) 善悪に関わらず、人を殺せば人殺し。それが、俊介の持論だった。 だからこそ、救えるものなら救いたい。それが今、叶わぬと知っているから心を痛めずにはいられない。 それでも。 「お前を生かすために、仲間の体に傷をつける俺らを許してくれ」 光斗に届けと声を上げ。 俊介は、改めて決意する。 せめて、これ以上の“殺し”が無いように。 その思考を、その意志を、自らの身すら呑み込む奔流に代えて、俊介は敵の群れへと飛び込んだ。 うねりを上げて、荒れ、爆ぜる。それを見届け、甚内が彼の背を護るよう、隣へ。 「はいさーい♪ 良い調子だねー俊にゃん。殺人鬼ちゃんに良い様言っとくでなー?」 「うわぁぁぁぁぁあさつじんきゃぁぁぁぁあ」 ――その殺人鬼なる人物と何があったのか、という疑問はさて置いて。 兎も角二人は、互いが互いをフォロー出来るような位置に着き、突入態勢へ。 「さて、過日相対した楽団との戦いでの経験が活かせるでしょうか?」 カイは更に前へと進む。後衛で戦線を維持する味方達の壁になるべく。同時に、脆い部分を見極め、重点的に攻め立てるべく。 俊介と甚内の攻め込んだ先へ、そして偽りの生持つ者全てを巻き込んで、撃つ。撃つ。撃つ! 幾ら深手を与えても立ち上がるのなら、起き上がる事の出来ぬよう、その機能を停止させるべく、腕を。脚を。 カルナが十字を天へと向ける。その翠玉の色と光宿す双眸を瞑って、祈る。 (後ろを信じ危険を承知で飛び込んだ仲間をどうして見捨てる事が出来ましょうか……) 祈りに応えて、希薄なるその高き存在は、癒しと鼓舞の聖なる微風を齎す。全ての仲間達に。そう、包囲をこじ開けようと留まる者達にも、捕らわれの少女を救おうと飛び込む者達にも、そして、捕らわれの少女にも。 『……聞こえていますか』 念じ、呼び掛けるは紫月だ。意思疎通の為であり、生存確認の為でもある。 『……アークのリベリスタか?』 男性のものにしては高い、しかし女性のものにしてはハスキー気味な、中性的な声が紫月の脳裏に響く。 その中に少しだけ、焦れるような苦しげな、疲弊の色が混じっている。急がなければ。 『説明は後です。今はこの場を切り抜ける為の援護を。……生き抜く事だけを考えなさい!』 答えは返ってこない。だが、切断した訳ではなさそうだ。一先ずは紫月も攻撃に戻る。“緑”でなく“黒”を、焼き尽くすべく。 (それにしても向こう、こっちの情報に随分詳しいね。日本に知り合いでもいるわけ?) 他にも、考える事は色々ある。挙げていけばキリが無い。何せ敵は謎だらけだ。浮かんだ疑問を、今は頭の片隅に追い遣って、綺沙羅の降らす氷雨は死者達に等しく魔氷の追撃を。 其処には偏りも遠慮も無い。広げられるだけ、広げて、等しく蝕む。 そして、飛び込む者達。 防御に専念する構えを取る群れの、その上を通って行った為に妨害こそ受けなかったものの、銃口は一斉に彼等を捉えた。 身体には幾つも穴が開き、その度に真紅の花が咲き乱れ、じわじわと体力を奪ってゆく。 カルナの援護を受けつつも、負った傷は浅くなく。 だが、それでも。 彼等は、辿り着いた。救うべき命の下へ。 「光斗!」 「御機嫌よう黒麒麟。落ち着いてお話する時間はなさそうね?」 クルトがその名を呼び、エレオノーラが微かに笑む。 「! お前達ッ……」 それと同時に躍り掛かってきた敵の一体を何とか弾き飛ばしながら、光斗が二人の姿に浮かべているのは驚愕の表情。それはそうだろう。 しかし、今リベリスタ達が気になるのは其処ではない。良く見ると光斗は、必要最小限にでこそあるものの、右の脇腹を庇うように動いているように見える。 「……光斗ちゃん、もしかして」 「ああ、多分あの送電塔での骨折が治っていないんだ……!」 事は一刻を争う。その事実を、リベリスタ達は改めて実感する。 「よくがんばったのだ、いま回復するのだ」 光斗の満身創痍を見て取った雷音が、符に籠めた癒しの力を解放した。光斗の負った傷が癒え、乱れていた息が落ち着いてくる。 今の光斗は殆ど精神力で立っているようなものだった。回復層が今以上に薄かったらと思うと、ぞっとする。 「兎に角道を拓くでござるよ。事情は後で説明するでござる」 「……判った」 事前に紫月からもそう聞いていた為か、すんなりと頷く光斗。 だが、包囲を脱出する事と戦線離脱する事は別なのだろうなと、クルトは苦笑した。 一先ず虎鐵が、尚も光斗に群がろうとする死者の一体に、その強力を乗せて斬り掛かる。倒れこそしないが、吹き飛んでいくのを認めて、エレオノーラが徐に光斗を抱え上げた。 「わ」 「少しだけ我慢して頂戴、貴女をあの死者の1人にはしたくないのよ」 自分より遥かに華奢な少女――に見える――エレオノーラが軽々と己を持ち上げた事に驚きの声を上げる光斗を余所に、エレオノーラは軽く地を蹴ると、ふわり、上空へ。 勿論、敵があっさりとそれを逃がそうとする訳も無く。しかし追い縋らんとする彼等は、クルトが押し留める。 「Viel Feind, viel Ehr'. ――行かせないよ」 雷宿す蹴舞が、敵陣へと叩き込まれる。嵐の如く。白き雷光の閃き、駆け抜ける。 その間、エレオノーラは上空に逃れ、待機する仲間達の下を目指す。 しかし、敵前衛を虎鐵やクルトが押さえられても、銃口は再び、場所を選ばず彼と光斗に向いた。 それは一挙に火を噴いて、押し寄せた。行きは四人で向かった事でそれなりに分散していた弾丸が、今は容赦無く、二人の身体を貫いた。 「もう少しだ、頑張れ!」 「こっちこっち」 俊介が叫び、綺沙羅が手招く。だが、その瞬間――越えるべき最後の一体が放った弾丸が、偶然か、狙い通りかは判らないが、エレオノーラの脚を貫き穿つ。 「……あ」 バランスを崩す。落ちる。それでも―― 痛みを堪えて、光斗の身体を放り投げた。後方へ。敵の追撃に曝されない場所へ。 「う!」 「ぐっ!」 エレオノーラが、光斗が、地に投げ出された。 「大丈夫ですか!?」 「今回復を……」 カイが光斗を庇うようにその前に立ち、カルナが光斗と味方の為に治癒の祈りを捧げた。 「はっはー、一先ず第一目標クリアー、かなー?」 「だね。ま、これで終わるなんて思ってないけど」 甚内と綺沙羅が、もう一度前を、敵を、見据え直す。まだ、舞台の幕は下ろされない。 ●第三楽章『亡き盟友のために』 「黒髪金瞳の美人さんが居るって聞いたんですぅー♪ はんはーん★ 僕ちゃん仲良くなりたいのー!」 「……?」 甚内がいつもの調子で声を掛けると、光斗はぽかんとした様子だった。本当に何をしに来たんだ、とでも言いたげだ。 其処に、何とか立て直したエレオノーラが歩み寄る。 「一先ずは無事で良かった。まだ気は抜けないけど」 「あ、ああ……有難う。しかし本当に一体何故……」 「積もる話はこの状況を脱してからにしてくれる? まだ三人取り残されてるし」 未だ止まぬ綺沙羅の氷雨の中、まだ光斗を助けに入った雷音、虎鐵、クルトが残っている。 再び臨戦態勢を取るリベリスタ達に倣って、光斗もまた、愛刀を構える。 「……やっぱまだやる気なん?」 「まーま! とりま! 落ち着いて! 話聞いてってよー★」 俊介と甚内の言葉にも、しかし光斗は目を伏せて。 「お前達が、私自身が、正義か悪か、どの道唯の人殺しでしかないのか、それは判らない。……だけど!」 再び見開かれたその金の双眸に宿る光は、確固たる意志を宿し。 「死人たる者達に鞭打ち戦いを強い生者に仇為す奴等! 奴等は紛れも無く――“悪”だ!!」 「光斗さん!」 カイの制止も聞かず、駆け出す光斗。 「……もう。戦いながら言葉を掛けるしか無いかしら?」 エレオノーラが苦笑する。そして自らもまた、向き直る。 (そうか。だけど、例え俺等の言う事聞かなくても、例え仲間の死体を傷つけるなと怒っても、俺等はアンタを守り続けるから) やる事に、変わりは無い。だから俊介も、頼もしき仲間を信じて倒すべき敵と対峙する。 そんな中。 「……義に篤いらしいからって、ちょっと無謀過ぎじゃない? 報告書を見るに、其処まで浅はかじゃないと思ったんだけど」 「ええ。……あれではまるで」 綺沙羅の言葉に、紫月は神妙な面持ちで頷いて。 「自殺しに行くようなものです」 包囲の中に残る三人は、血路を開くべく奮戦していた。 「虎鐵、クルト! 独りでは破れずともこの包囲、ボクたち三人ならきっとなんとかできるのだ、三矢の教えというやつなのだ、それに外には仲間もいる、がんばろう」 「雷音が言うなら間違いは無いでござる。勿論雷音も拙者達も無事に脱し、光斗も救ってみせるでござるよ」 愛娘であり将来の妻(虎鐵談)である雷音の言に虎鐵が奮い立たぬ筈も無く。彼女を護りながら敵を粉砕してゆく。 「はは、やる気があるのは良い事だ。……さて」 クルトもクルトで、怒涛の蹴撃を幾重にも叩き込みながら、包囲の外を目指し――そして。 言わなければならない事が、ある。 (死体に鞭打つ行為は、あまり良い気分ではないですから、その言葉に共感は出来ますが……) (気持ち解らんでもないしねー、僕ちゃんだって族の仲間同じ様になったら色々複雑やろーし) カイと甚内は、光斗の言葉に一定の理解を示すも。 それでも、今、求められているのは“光斗と共闘し敵を討つ事”ではない。“敵を討つ事叶わずとも光斗を生かす事”だ。 だから。 『――光斗』 名を呼ばれた彼女の脳裏。再び声が響く。紫月のものではない。 『お前か。待ってろ、助けられっぱなしじゃあ寝覚めが悪い。今助ける――』 『長話出来る状況じゃないが、今の君にこそ言いたいことがある』 光斗の言葉を、心意気を無視するようで悪いが、時間が無い。長引けば長引く程に、状況は不利になる。クルトは続けた。 『正直な話、以前の俺は君の部下達を誤解していた。ただ命令に従ってあの鉄塔にいるだけだと』 誤解も良い所だったな、とクルトは微かに笑って。 『もし彼らの意志がその程度のものだったら、あの鉄塔の戦いの結果は違っていた筈だ。あの時、傷付いた翼で君を受け止められた者が居たのは、彼等が自分の意志で君の為に戦っていたから。……今はそう思っている』 だから、それこそが彼等の意志で。 その意志を捻じ曲げられてまで、信じた主に手を掛けようとしているのなら。 『君の為に戦った奴らが君を殺すなど、俺は見たくはない』 『……』 『アークの俺の言葉で納得出来なくても良い。それでも、頼む。この場は退いてくれ』 『…………』 『君が自分で納得して答えを出す為に、生きろ。その為の道は今日は俺達で開く』 矢張り光斗は答えない。けれど通信を切断する様子も無い。カルナの喚ぶ癒しの煌めきをその身に受けて、小さな円陣の中、俊介に支えられた甚内に庇われながら、光剣にて敵を斬り下ろす。その間にも、何かを考え込んでいる。 恐らくは彼女は、葛藤しているのだ。 きっと、部下が操られている事等、聡明な彼女ならば百も承知。同士討ちこそ彼女の言う“悪”の思う壷。乗ってやるのは、癪だろう。 それでも、彼女が退けないのは。 『何の為に、貴女は生き残ったのですか!』 今度は、紫月が光斗に言葉を投げる。 紫月は、誰よりも明確に、気付いてしまったのだ。 光斗が、何を躊躇っているのか。 『責任を取りなさい、多くの人間が貴女に希望を抱いた事への!』 『……』 そう、彼女は。 嗚呼、そうだ。彼女が縛られているものは。 『彼等の事を考えるなら、貴女がこの先……生き抜いていく事に躊躇してどうするのです! 何の為に、彼等は貴女の正義を信じたのですか!』 ――自責だ。 事情がどうあれ、彼等を見殺しにして逃げた自分が、許せないのだ。頭の片隅では、どうしようもない事を判っていたって。 心がそれを認められなくて、罰が欲しくて。きっと、彼等は操られているのだと判っていたって、それは心の何処かでは、彼等自身が望んだ事ではないのかと。 裁かれて死ぬのなら、彼等の手に掛かれば良いと、理性で押し留められない何かが、きっと今も彼女を責め立てているのだ。罰を受けろと、彼等の下で謝罪しろと。 そうすれば光斗もきっと、自責の念から解放されるのだ。そうする事で初めて彼女は、重く苦しく自身を苛む罪の意識から、逃れられるのだ。 しかし、命まで懸けて光斗を信じ、逃がした彼等の気持ちを考えれば、それは。 余りにも、悲し過ぎるじゃあないか。 互いが。 『私は……死んで楽になるだなんて、許しません!』 ――瞬間。 矢張り答えなんて、返ってこなかったけれど。 言葉の代わりに、光斗の靴の爪先に、ぽたり、雫が零れる。 彼女の双眸から溢れ出て、頬を伝って濡らすのだと、判らぬ者が居ただろうか。 「平城山光斗! 忘れたのか? 君を生かすために、散った命を」 雷音が、もう一押しとばかりに声を張り上げた。 伝えなければ。そうでなくては光斗は納得しないだろうし、何より雷音自身、どうしても言っておきたかったのだ。 「君は部下達の『生きていて欲しい』という“想い”を背負ったんだ。ならば、こんなところで部下と同じように死んでなお操られて良い訳がない! ならば、逃げてくれ!」 食い止めるから。自分を許せるようになる日が来るかは判らない。来ないかも知れない。 それでも、僅かでも可能性があるのなら、潰えさせたくはない。 「彼女たちはネクロマンサー、死を冒涜する者だ。君の命はここで失われていいものではない」 そうなれば、光斗とて例外無く、私兵ならぬ死兵として、命無き後もその身体を弄ばれ、良い様に使い捨てられる。 「楽団に取り込まれて君が敵として現れるのが怖いのではない。君が死ぬのが怖いのだ」 思想は違えど、信念を持つもの同士。信ずるものがある人間は、確かに“生きている”と雷音は思うのだ。 だから、彼女は光斗が“死ぬ”のが怖かった。 ●第四楽章『未来へと繋ぐ希望の架け橋』 『……私は、逃げないよ』 『まだ何を……!』 其処で、光斗は通信を切った。 そして、はっきりとその口で、告げた。 「私は、もう逃げないよ。――もう、現実から逃げる事をしない!」 「光斗さん……ええ、生きるのです、そう願いその身を挺した仲間の方々に応える為にも」 「そうだ、命令じゃない指示じゃない。ただ、生きろ」 カイが、俊介が、大きく頷いた。 光斗が、生きて現実と向き合う決意をした瞬間だった。 その為なら、例え何があっても今此処で、彼女を護ると言い切れるから。 そう、覚悟を決めて。 「そーそ、こんな所でぶっ倒れたらー、光斗ちゃんが仲間達をどうにもしてやれないじゃんかー」 うんうんと甚内も頷いて、にっと笑って。 「手伝うからさー? 状況悪い今は退こー。そんでもってぇー! 僕ちゃんとデートとかしてよー♪ かわいこちゃん★」 「よ、余裕だな」 「黒麒麟若干引いてるから。まあ取り敢えず、この場は一旦離れてくれるって事で良い?」 「あ、ああ。判った」 綺沙羅が密かに生み出し続けていた影人の一人を光斗に付けて、送り出す。 「光斗さん、貴女に神のご加護がありますよう」 「ああ。……死ぬなよアーク!」 聖母の如く優しげな言葉を掛けるカルナに頷いて――光斗は、綺沙羅の影人を伴い駆け出した。 しかし同時に、ピアノトリオの奏でる曲が、変わる。 クレッシェンドのように、次第に強く、そして、アパショナートのように、激しく。 途端、包囲の陣形が解けた。 「くっ……」 「!」 転がり出るように逃れてきた、雷音、虎鐵、クルト。それぞれにかなりの負傷と疲弊が見て取れる。 何とか、カルナを中心とした回復のお陰で持っていたという風情だ。合流直後の光斗同様、普通の人間なら恐らくはとうに力尽きている。 「おわ、大丈夫か!?」 しかし雷音は気丈にも、駆け寄ってくる俊介に、微かに笑って見せた。 「なに、ここからが本番なのだ。この程度で音を上げるボクたちではないのだぞ」 その言葉に虎鐵とクルトも頷いて。 「けれど、ご無理はなさいませぬよう」 カルナが今一度癒しを祈り、三人の傷を癒す。 「良かったです。けれど気を付けて。曲が変わった、そして何より包囲が解けたという事は恐らく……」 カイの見立ては、当たっていた。 鶴翼の陣を取って、押し寄せてくる死者の群れ。矢張り奴等は、追撃を諦めてはいない。 「しかし横に広がってくれたのは、正直助かりましたね。距離を、気にせずにいられるのですから――!」 もう、何度放っただろう。熱く揺らめく赤を放ちながら紫月は微笑む。完成された包囲網であったそれとは違い、前後衛の二層で真っ直ぐ攻め寄せて来るのならば全てを呑み込む事は容易い。 「とは言え……きっついねぇー! あとどのくらいがんばらなーダメなのかねぇ?」 回復手の一人である俊介に浴びせ掛けられようとした弾丸を、甚内が肩代わりする。即座に俊介から清らかなる癒しの息吹が飛んだ。 同じように、少し離れた場所では同じく回復手である雷音を、虎鐵が庇っていた。もう、二人共疲弊し切っているにも拘らず、だ。 それしきの理由で、雷音を危険な目に遭わせてたまるかと。虎鐵の信念が燃え上がる。 「頼もしいわね。……あたし達も、頑張らないとね」 絶妙なパワーバランスならぬスピードバランスに保たれた身体で、エレオノーラは残像を引き連れて敵陣を強襲する。相手が数の暴力で来るのなら、此方も数を増やすまでだ。隙を突いて、掻き乱す。 「まだ足りないかな。余裕があればもう二、三体欲しいけど」 綺沙羅もまた、己が力で数に拮抗すべく、影人を生み出し続けていた。一人、また一人。増える。押し留める為の人垣となる。 そして、銃撃戦に、銃で対抗するカイは、独りで敵の放つ段数にも負けず劣らず、乱れ撃つのは弾の雨霰。 少しずつではあるが、順調に、敵陣が削れてゆく。勿論、此方の消耗も、お世辞にも軽いものだとは言えないのだけれど。 (生きて帰れって言われてる。生きろと言った奴も居る) 思い出して。笑みが零れて。 (――此処まで昂ってるのは、いつ以来だろうな) クルトはその脚で、虚空を斬り裂いて、叩き起こされし哀れな人形達を、薙ぎ払う。 ●第五楽章『戦いのあとで』 誰も倒れずに済む等、奇跡でも起こらねば有り得なかった。 寧ろ、全員が一度は倒れた、この状況は何の理不尽でもないだろう。 リベリスタ達とてその可能性は大いに有り得るものとして覚悟していたし、だからこそ倒れぬよう、尽力した。 そして彼等は、再び立ち上がった。各々、意識が遠くなりそうになった時、その運命を燃やして天に捧げて、戦う為の力を得た。 勿論、二度も運命の女神が微笑む程、現実は甘くなかったけれど。 それでも。 「光斗のためにも、動けないみんなのためにも、倒れる訳にはいかないのだっ!」 雷音が、傷痍を取り払う穢れ無き福音を響かせ広めて。 「まだ、前座でもないのでござろう……まだ、醜態を曝すつもりは無いでござるよ」 虎鐵が、愛娘を護りつつ闘気漲らせて刃浮き放つ衝撃を浴びせ。 「お前が殺すなら俺が生かす! やる事は最初っから何にも変わんねえ!!」 俊介が、溢れ出すその心を、想いを、戦場に悉く躍らせ。 「安息を。安らかな眠りを。その為ならこの力尽きようとも、最期まで――」 カルナが、涼やかに術式を詠み唱え、希なりし神聖なる空気を満たす。 既にカイが、エレオノーラが、綺沙羅が、クルトが、紫月が、甚内が、もう自分の意志でその身体を動かせずにいるけれど。 綺沙羅の呼び出した影人とて殆ど消滅してしまっているけれど。 敵の数は、ざっと見た所、前後衛入り乱れて残り三十体弱程。大健闘であろう。 そして、遂に俊介が再び膝を着き、綺沙羅の最後の影人が消えた所で――演奏が、止んだ。 敵の動きが、鈍くなり、やがて、止まる。 意識だけは手放さずにいたカイと紫月が、千里眼で、死者の群れの合間から、楽団員の姿を垣間見る。 シアーが、ピアノトリオ三人に、ゆるりと順々に顔を向けては、その右手で軽く虚空を撫でるような仕草をしていた。 たったそれだけで優雅で妖艶なその所作は、打ち止めの合図なのだろう。 殺そうと思えば、殺せる筈だ。 追おうと思えば、追える筈だ。 それ程に、戦力も残存兵数も、明らかに圧倒的であった。 だと言うのに、この美貌の、謎めいた歌姫は、それをしなかった。 彼女の真意が、何処に在るのかは判らない。 唯――考えられるのは、『指揮者が“序”と位置付けた“演奏”を、己が役目に従い完璧なものとする』為に。その為に、無駄な時間を割いていられない、という事であろうか。 殺気は感じられない。死者の群れが後退し、楽団に付き従うのを見て、まだ動ける者が、意識のある者を抱え或いは支え、少しだけ、彼女達と距離を詰めた。 「引け。今日はもう此処にお前の欲しいモンねーだろ。だって、リベリスタの、光斗の死体なんぞできないから」 俺が、俺達が護り続ける限りは、絶対に。そう、俊介は意志を込めて。 「他者の不幸の上の愛なんて、俺が壊すからな!? シアー・“シンガー”・シカリー!!」 こんなに冷たい愛が、存在してたまるものか。 鎮魂歌も歌えぬ姫君の愛等、俊介は絶対に認めない。いつか、その歌が誰の心にも響かない事、証明してやろう。そう、堅く心に誓って。 彼に肩を貸していた虎鐵も、確りと頷いて。 「……今は無理かも知れぬでござるがな……死体を弄ぶおぬしらは絶対に倒して見せるでござるよ」 静かに仏となった者達を、もう一度叩き起こす等と言う、無粋で非道な冒涜を、許す訳にはいかないから。 「ああ、こんな場所でなければ君のように美しい人の歌を聞いてみたかったところだがな」 「魅力的な美女だけど、どうも音楽の趣味は合わないみたいね」 確かに芽生える恐怖で、震える脚で、それでも雷音は確り立って、シアーを見つめて、言うから、支えられたエレオノーラも、笑って告げた。 「……『歌姫』シアー・シカリー。貴女は、何れこの弓で撃ち抜きましょう──それまでは……」 「……」 カルナに支えられた紫月の言葉に、シアーは一瞥だけくれて、何も言わずにピアノトリオと残る死者の群れを促し、踵を返す。 ピアノトリオもそれぞれの愛器たるアーティファクトを手早く仕舞い込むと、後を追って歩き出した。 そのまま、彼等は霊園の奥の緑、そのまた奥の闇へと消えてゆく。 「器さえ無事なら動く点は黄泉ヶ辻首領のアーティファクトを彷彿とさせる。何か制約は無いのか。楽団員達はネクロマンサーだけど魔曲使いでもある。曲にも意味が?」 「え……?」 仰向けのまま、ぽつぽつと呟く綺沙羅の声に、すぐ隣に横たわっていたカイが微かに首を傾げた。 どうやら綺沙羅は彼等より少し早く意識を取り戻し、事前の目標通り楽団員達の情報に、探りを入れてみたらしい。 「連中の隠蔽魔術にも興味がある。あのアーティファクトがその応用と考えると、魔術自体も何かを媒介に?」 「アーティファクト?」 クルトの問いに、綺沙羅は微かに頷いて。 「ピアノトリオの結界の所為かな、シアーの事は詳しくは判らなかった。少なくともひとつは何かアーティファクトを持ってるみたいだったけど。で、対象をピアノトリオに移した。あの結界は……みっつのアーティファクトを三人がそれぞれ持ってて、それによって発動するものらしい」 「ふーん……じゃあさー、それ壊しちゃえばー結界ぶっ壊れるーってすんぽー?」 「だと思う」 甚内に肯定を返してから、綺沙羅は再びその双眸を閉じた。 その様子に、仲間達と共に戻って来たエレオノーラがクスリと笑って。 それから、光斗の消えていった、もうひとつの緑の奥を見て。 「またね、光斗ちゃん」 その先に続いている道が、闇等ではなく、彼女の名の通りに光に満ちている事を信じて。 何処かでまた逢おうと、誓いを込めて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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