●よわのめざめ 「ねえ、起きて……」 音楽会が、始まってしまうわ。 夜の闇よりも黒い髪、真っ暗な空気にとけてしまいそうな黒いドレス。 結い上げた髪をまとめる紐はあかく、あかく、深紅のベロア。 短く切り揃えられた爪に灯るはあたたかい、ひだまりのオレンジ。 つまびくヴィオラの弦は、まるで鮮血が飛び散ったように赤く―― 夜を切り裂いたのは、束になった感情が溢れ出すような音色。 ところどころ不協和音が混じりながら、昂る感情のように、 そのうねりは大きくなっていく…… ●ひとのあたたかさ 彼女は見ていた。群がる死者達の群れを…… 「誰かと離れるのは悲しいわ……」 墓地にひとり佇んだ彼女は、悲しそうに、心底悲しそうに、頬に手を当て首を傾げる。 「元来人は、誰かとつながり、群れていたい動物……」 ねえ、あなたも、そうでしょう? 白魚の手が、真っ白な手を、否、手だったものを、とる。 朽ち果てて骨を残すのみとなった、真っ白な『手』を。 「……だから、私はそれをただ叶えてあげているだけ……」 眠っていたはずの場所から死体は次々と蘇り、群れをなしていく。 「……命の火が消えて、冷たくなって、でも、繋がっていたかった……そう思うでしょう?」 死者の塊が、ゆっくりと動き始める。 「すべての調べはつながるの……」 「旋律はつながるわ……私達と、そしてケイオスさまと……」 リベリスタ達が伝え聞いたその光景は、目も耳も覆いたくなるようなものだった。故人が墓所から呼び覚まされ、見るもおぞましい『塊』となって襲って来るのだという。 「……彼らは、文字通り一体となって迫ってきます」 そう説明する『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)の語調が些か精彩を欠くのも、無理からぬことだろう。 「はっきりとはわかりませんが、亡骸の数はおよそ50はあるかと」 今回の事件にも、近頃各地で起こる奇怪なそれと類似する点が幾つもある。恐らくはこれも、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの配下、『楽団』の一員の手によるものだろう。 「亡骸を指揮していると思しき女性がいます。『ひだまりの君』マリオン、と名乗っているようです」 ヴィオラ弾きの女性であり、楽団員の例に漏れず、彼女もまたネクロマンサー。眠れる魂を呼び起こすことを至上のあたたかさとみなし、自らを『ひだまり』と、そう呼んでいるのだという。 マリオンの姿は既に幾度か目撃されている。夜半に墓地を訪れては死者を蘇らせ、此度はとうとう生者を襲おうとしているのだ。リベリスタ達はそれに先んじる形である山里の墓所を訪れ、彼女に操られた亡骸を討伐することで計画を阻止して欲しい。それが今回の目的だった。 相手の能力が未知数である以上、無用な戦いは避けるべきで。そして、恐らくはそれが精一杯かも知れない。 眠りを覚まされた死者達は苦しみに喘ぎ、痛みも何もないかのように襲ってくる。腕がひきちぎれても、足が折れても、まるでそうしていないと苦しみに耐えられないかのように、戦い続ける。生半可な覚悟では、リベリスタ達もマリオンの配下に加わることになりかねない。 「死者達は集団で迫ってきます。乗り越えたり間を縫って抜けたりすることはとても出来ないでしょう」 ぐちゃぐちゃと、最早そこに個はない。『塊』となり密度で迫ってきて、生者に接触次第襲いかかり、物量で圧死させていく存在のようだ。 「皆さん……どうか、お気をつけて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:綺麗 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月29日(木)23:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ひだまりのきみ リベリスタ達が歩みを進めるにつれ、ヴィオラの音色は大きくなっていく。 「死者を操るとは不気味だな」 表の顔は特撮ヒーロー、『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)は、ヒーローに相応しいゴーグル『ARK・ENVGⅡ』越しに『現場』の気配を探る。闇の向こうに映されるのは、『塊』という形容がふさわしい何か。 (楽団の思惑は食い止めてみせる!) その向こうの巨悪に臆することもなく、ヒーローは決意を新たにする。 (50体の死体か、これほどの量での混戦は、ラ・ルカーナ以来か……) 疾風に告げられた情報に、『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)の示した表情は仮面の下。 「それにしても、死者を扱うとは、悪趣味以外の何者でもないな」 リベリスタ達の視線が、死者達の向こうの視線と交錯する。 「……しかも強引に公演に巻き込んでおきながら、途中退席は許さないとは、ある意味、フィクサードらしいとも言えるか」 死人に口無し――。拒むこともできぬ死者を、蹂躙するように。奏者はつまびく。 敵戦力を削るために死者を倒す。それは彼らに彼女らに、課された任務。 (そんな俺が死者を冒涜だとか言う資格はないんだ) そう考えて、『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)は黙したままだった。 (だがこんな真似、何度も許すわけにはいかない) 今の彼は、世界を護る者。新たな生を歩み始めた今の彼には、それだけで十分だった。 「死者も有効活用しようとは、欧米流の合理主義はハンパないな」 音色に繰られるように動き出す死体を前に、『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)が異邦人のやり様にそう述べる。 「死霊術に興味が無いと言や、嘘になるが……日本で好き勝手はご遠慮願うぜ」 「そうとも、死者の大行進なんて今時流行らないぞ」 『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)も同意する。こんなことがなければ、操られる彼らも静かに眠っていられただろうに。 「こんな下らない騒ぎには付き合ってられない。クランクアップは為させないさ」 音が、止まる。ぼうっとした瞳でこちらを見つめ、『ひだまりの君』は歌うように言葉を紡いだ。 「さあ、あなたたちも。つながりましょう……?」 その虚ろな誘いを、『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は一蹴した。 「霊魂や死後の世界の存在の証明は兎も角として……」 これだけは言える。毅然とした態度で、言葉を返す。 「貴女達に魂の救済をどれほど高尚なものだと説かれたところで、駅前の胡散臭い宗教勧誘員程度と同等の目でしか見る事ができません」 その言葉に呼び覚まされるように闇の中からゆらりと姿を現したのは『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)。 「繋がりたい、か」 暗黒の断在たる彼女を宵闇と冷気が取り巻く。 「だがどうだ、人形相手に繋がるというのも悪くはないが……その先にケイオス様とやらがいるようには、とても思えんな」 マリオンは小首をかしげる。細められた双眸が悲しげにうるむ。 「それとも、ケイオス様という御方も、お人形遊びが大好きな訳か」 さながら箱庭でひとり戯れる、孤独な夢想家のようだ、と。生佐目の手に闇のオーラを纏った何かが(懐から)現れる。 「私は……人形より、このノート、暗黒の聖典(人は呼ぶ、黒歴史ノート、と)を綴るほうが、繋がりを感じるな」 ばさばさと頁の繰られる音が、戦いの始まりを告げるようだった(今日は風が冷たい)。 「……自己紹介がまだだったわね」 意に介さず、といった風に、奏者は告げた。 「私はひだまりの君、マリオン。さあ、ご一緒しましょう」 「ひだまり? ハッ、傑作!」 その名を、『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)が笑い飛ばした。 「好き勝手死体操って利用すんのが救い? 全てオメェ等の都合の良い思い込みだろ」 「大丈夫。あなたも一緒よ……ひとりにはしないわ」 「フィクサードは何時も御都合良い思い込みだけで動くから言うだけ無駄かぁ?」 火車の言葉に、マリオンはかぶりを振った。そのことで余計にリベリスタ達の言うことが裏づけられるようだった。これも彼女のエゴであり、独断であり、しかし。それを正すつもりもまた、ないのだということを。 ●やかいのおわり 「人形劇しかできねぇサーカスじゃねぇか。楽団って言うくらいなら悲鳴でも奏でてろ!」 「…………」 マリオンは応えない。ただ悲しそうに、火車を見ていた。 「繋がって 群れていたいのはオメェ自身だろ」 「…………」 きゅっと瞳を閉じて。彼女は何も語らない。 「ヒスって叫びの一つでもあげてりゃまだ可愛げがあらぁ!」 返事の代わりに、頬にあてていた手が下ろされて。死闘の舞台が、幕を開けた。 「命は限りがあるから尊いんだ、変身!」 「さあ、来いよ!」 流水のようにしなやかに、疾風の闇を薙いだ蹴撃が死者達を襲う。続けざまに影継の弾が雨霰と降り注いで、轟音と白煙を巻き起こす。 「……あなたたち、ふたりぼっちなの?」 多くは副旋律を担う、高音と低音を漂う音色が響く。マリオンの虚ろな視線とヴィオラの弓が示す方へ、死者達は一直線に重圧を纏って向かう。 「なぜなのかしら」 再びマリオンは小首を傾げる。 「あなたたち、みんな一緒なのに。どうしてふたりは離れてしまったの?」 つながっていたいわね。そうよね。 「悲しい……悲しいわ」 つなぎましょう、ねえ。 引き付け役を買って出た疾風と影継に、あろうことかマリオンは全軍を差し向けた。連れ立って現れておきながら離れた二人は、彼女にとって悲しく孤独なものに映ったのだろう。 「常に一丸ってのも困りもんだな」 まったく呆れた統率力だ。まっすぐに自分達を追ってくる死者達を確かめて、影継は徐々に仲間達の方へと後退する。 「今です!」 十分引き付けたか。疾風の声で影継は地中に潜り、疾風自身も空へ軽く飛び上がる。襲うべき対象を失った一団は動きを止める。死者の一団を分断する作戦としては機能しなかったものの、引き付け役としては十分。 「まだ、私達の計算通りだ」 碧衣の頭脳が限界までフル回転する。極限まで高められた集中力を以て、厳然たる意志を抱く聖光が辺りを焼き払った。一閃、夜の闇に光が走り、燃え上がる。元より回避行動の意思に乏しい死者達にショックを齎すことは、意図したほどの効果こそあげなかった。しかし、耐久力の面での不安を自覚している彼女とその明晰な頭脳ならではの、自らを活かす最大限の立ち回りであった。アークの中でも腕利き揃いの彼らではあったが、数で大きく劣り、圧倒的な力と未知の統率者を併せ持つ敵に対抗するには、少しでもこうして相手の力を削いでおくことが大切と言えよう。 ヴィオラの音色より遥かに大きな銃声が響く。エルヴィンの弾丸が、一団の横腹を叩いた。 (敵の猛攻の密度さえ減らせれば……!) ――おおおおお……! 雄叫びとも、悲痛の叫びともつかぬ声が上がり、死臭がリベリスタ達を包み込むように広がる。 「ひだまりとはあまり相応しいとは言えない呼び名ですね」 ひゅう、と風が鳴いて、彩花のつくり出したかまいたちが死者の一人を切り裂く。言葉にならない言葉を吐いて尚、死者は怯むことも退くこともしない。最早それは、人とは言えない何か。 「魂も何もないもぬけの殻に対して火を付けて無理矢理明りにしているだけでしょう」 あたたかみも、何も感じない。こんなもの、死者を尊重する弔いの灯などではない。 「『放火魔マリオン』にでも改名なさってはいかがかしら?」 「ああ……」 彩花の言葉にも、大きな感情の起伏を見せない。悲しげに首を傾げれば、しなやかな髪がゆらりと垂れる。 「あなたもひとりぼっちだったのね。かわいそうに……」 平衡感覚ならお手の物。彩花にとって足場の不利はない。あるのは相手の方だ! 「……彩花!」 「大御堂、下がれ!」 咄嗟に碧衣と零児が声を上げる。先程のマリオンの指揮から察するに、次の行動は―― 「我が狂気、我が魂よ……」 闇を纏いし生佐目の瘴気が死者達を包み込む。 「折角起きたところ悪いが、もう一回眠ってもらう。闇の炎に抱かれて眠るがいい……!」 「んじゃ…… 焚火でもすっかぁ?」 燃えたぎる気を爆発せんばかりに籠めた、ただひとつの一撃。左手に鬼、右手に爆と描かれた火車の手甲『鬼暴』が、熱を帯びて火の字を浮かび上がらせる。暴は爆となり、赤黒く澱んだ血飛沫を上げて死者の一人を地に叩き付けた。死者達は何にも臆さない。だがそれ以上に、否、比類なきほどに、火車が臆する理由もない。囲んで押し潰さんと襲ってこようとも、だ。 (構うかボケ! ウチの連中の攻撃で纏めて焼かれてろ!) 殴る、殴る、殴り続ける。 「おぉっとぉ? オレは逃がす心算ねぇぞ……!」 お前が倒れるまで、決して。 零児が彩花をかばい立つ。マリオンの軍勢は、次は『孤独な』彩花を標的としたのだ。零児の無骨な鉄塊が、ぐ、と機械の腕を通して死者達の重量を感じさせた。 「街へも行かせない。俺達の誰の許へも、だ」 右の義眼は赤く燃える。死者達の前に立ちはだかるは、かつて憧れたダークヒーローをモチーフとしたコートを纏う、現在の零児だった。零児と彩花の双方が退却の判断を鑑みていたことで、速やかに合流を果たすことができた。 退路を背に、少しでも狭い場所へ誘い込む。包囲という最悪の展開は逃れたものの、道が狭まれば圧力は増加し、物量の『壁』が邪魔をして、最奥まで届けることは叶わない。少しずつ、形勢は動き始めた。 ●やかいのはじまり こうなってはやむを得まいと、碧衣は素早く判断を切り替える。後ろへ届かなければ、相対する敵を散らすのみ。研ぎ澄まされた狙いは、正確に死者達の足下を穿つ。足が潰れればたとえ動けてもその歩みや行動は遅くなるだろう、と踏んでの行動だった。 「この戦場をコントロールするくらいの心算で戦おうか」 「応、後は気合だ! 敵が全て動かなくなるまで撃ち続ける!」 敵の完全殲滅を掲げる影継が声を張り、ずっしりと重い銃撃が蜂のように突き刺さっていく。支援させて貰おう、という碧衣の助けを受け、弾丸の雨は加速していく。 「こいつが三途の川の渡り賃だ! 有難く受け取りやがれ!」 「繋がっているのだろう。元のところへ帰るといい」 接近してきた死体をエルヴィンが弾き飛ばし、群がってくれば次は残像の剣が一団を襲う。 誰も孤立させることなく仲間に手を差し伸べ、ある時は全力で防御し、ある時は一気呵成に攻め立てるはヒーロー。 「終わりだ……!」 DCナイフ[龍牙]の刀身が蒼く輝いて、疾風の眼前の死者が倒れ伏す。多かろうと少なかろうと、あらゆる状況に対応した攻撃手段を疾風は心得ていた。この力は、抗う力を持たぬ者のために。表裏のいずれの顔あっても、疾風が護るべき多くの命が、この先にある。彼自身も、ここにいる仲間達も、帰るべき場所も、人々も、全部がある。その決意がいくらでも彼を奮い立たせてくれるのだ。PDRC[顎門]が蒼き気弾を放つ。決して仲間を巻き込まぬよう注視しながら、敵だけを穿つ。 「いい加減に……お眠りなさいっ!」 彩花愛用の『雷牙』が、象牙色の鮮やかな尾を引いて舞う。乙女が戦場に躍り出れば、圧倒的速力を持った武舞が、次々と敵を駆逐する。 「往生際が悪いというもの……」 生佐目の槍が血の色に染まり、死者を屠る。リベリスタ達は善戦していた。 「埒があかないな」 生佐目の口から呟きが漏れる。これだけ戦っても、死者の数はまだ目に見えて減ったようには見えない。 武器に籠めた闘気が爆ぜる。零児は眼前の敵を弾き、尚も迫る敵に裂帛の気合を注いだ爆裂の一撃を放つ。巨大な気の塊がぱちんと弾け、光が爆発して広がる。 「数は多いが、持久戦は望むところだ……!」 「最後まで立ってりゃこっちの勝ちだ!」 影継がひたすらに、ひたすらに撃ちまくる。 「生憎、俺の両手は埋まってるんでな! アンタらと繋ぐ手は無ぇんだよ!」 土煙を立て、死者は地へ落ちていく。膂力も、耐え抜く力も、心も。作戦も一部とはいえ機能している。十全ではあったが、多勢に無勢であった。身を削って攻勢に転じる者、攻めの一点のみに特化した者。あるいは前に立ちながら、猛攻に晒されながら、隙を見て我が身を奮い立たせながら戦う者。戦いが長引けば長引くほど、消耗戦で先に膝をつくのはリベリスタ達だった。 尚も気を燃やし続ける零児も、そのことは理解していた。 (誰も死なせるわけにはいかない……!) 懸けるなら、今しかない。 (ここは任せて、行くと良い) 碧衣がそっと目配せする。 駆け抜けるに十分な隙とは言えなかったが、そのわずかな合間めがけて火車は一直線に飛び出した。 「フィクサード潰せば済む話だろ? こんなもん!」 『孤独』となった火車へ群がる死者達は、仲間達によって全力で差し止められた。足下の闇が蠢き、纏わりつくように生佐目から死者へ向かう。 「悪いが、私と遊んでもらう事にしよう」 「マリオン――あなたを黙って逃がすほど私達は人が良くはありません」 願わくばこのままこの舞台から退場して欲しいと、彩花も抗う。 「これで大分燃えんだろ? 都合も良いぜ!」 火車の言葉通り、追いすがる死者達はなんとか仲間達によって食い止められていた。 (フィクサードに何をする? 決まってんだろ?) 「ぶん殴るんだよ!」 火車が駆け抜けたその先に、ひだまりの君の姿があった。 「よぉ 独り善がりの『吹き溜まり』! 願いを叶えた心算かい?」 無心に演奏を続けるマリオンは、何も答えない。 「酔っ払ってろボケ 答え無い連中で遊んだままよ!」 炎はよりいっそう強く燃える。威勢良く雄叫びを上げ、火車はマリオンの懐へと全身全霊の拳をぶつけた。 「ケイオスってのもみっともねぇなぁ! こんなグズぅ使いっぱかよぉ!」 「……あなたに、ケイオスさまのことはわからないわ」 「ぎゃっはっは! 怒るって事ぁ図星って事だろ!」 その刹那だった。火車の足下から尖った白骨の腕が突き上がり、檻となって彼を包み込む。それはさながら鋼鉄の乙女の処刑のようで―― 「…………」 マリオンが楽器を下ろす。演奏は終わった。 一人を欠いた戦線の維持も限界だった。零児が咄嗟に撤退の狼煙を上げ、疾風と共に駆けつけんとした時だった。 運命を燃やし、命を燃やして、火車が笑う。 「ドンドンやれよ? 耐え切ってやる…!」 全力防御の構えと運命の加護が幸いして、再び立ち上がる。 「あら、まだ生きてたの……?」 もの憂げに、マリオンは唇を動かす。再び彼の行く手を阻むは白骨の檻。手足を貫き、肋を砕く凄惨な音が、『演奏』の余韻に加わった。 「もういいわ……ちょうど一曲弾き終わったところだったし」 マリオンがヴィオラを大切そうに片付け始めると、死者達もすっと引いていく。減らせたのは、三分の一強だろうか。白い檻もぱらぱらと崩れていく。リベリスタ達に背を向けたマリオンがふと歩みを止め、砕けた檻の中の男を撫で、囁いた。 「ねえ、あなた」 「死んだら私が愛してあげるわ……」 あの楽器が鍵なのか? 何かしら手がかりは持ち帰れないのか? 彼女を倒さない限り、何度だって同じことが繰り返される。 少しでも情報を持ち帰りたいと強く願うリベリスタ達が知り得たのは、ただ彼女が『壊れている』ということだけだった。 「演奏会に遅れてしまうわ……」 去り行く背を追う余力は残されていない。 「ああ、そうだわ……練習に付き合ってくれて、ありがとう」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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