●桜の木の伝説 どの学校にも独自の伝説というものが存在する。この中学校にはある桜の言い伝えがあった。この桜には恋人を待ち続ける霊が宿っていると。そんな子供騙しの伝説は斜に構え始めた中学生は誰も信じてはいなかったが、ある日事件が起る。 冬も始まろうかという季節に突如、裏にある桜の花が花開いたのだ。いままでそんなことはなかったにも関わらずだ。いわくつきの桜といえども、春に花開き、夏には葉が茂り、秋には徐々に葉を落とし、冬は雪を枝に積もらせる。その当たり前のサイクルを長年にわたって繰り返していた。しかしそれが冬も近い秋に花開いたというのである。 それと同時に、女の霊を見たと言う噂話も、生徒の口に上り始めた。 「馬鹿だなー。幽霊なんているわけないだろ」 お調子者の男子がそう言って笑った。なんなら今夜学校に忍び込み、それを証明してやると意気込む。何人かの男子もそれに賛同し、止めなよと女子が忠告するにも関わらずその季節外れの肝試しは結局決行された。 親の目を盗み家を抜け出し、学校の校門で待ち合わせをする。 「お、来たな」 全員そろったことを確認して、さっそく校門の裏にある桜の気に向かった。懐中電燈を持っているといってもやはり深夜の学校と言うのは気味が悪い。内心誰もが早く帰りたいと思っていたが、下らない意地のために誰もが言いだすことが出来なかった。 ようやく満開の桜の木の前にたどり着く。注意深く目を凝らして見るが、この季節に咲いているよりほかは何の転轍もない。 「なあ、だからいったろ。幽霊なんていないんだって」 笑い合い、まさに帰ろうとした瞬間、男子生徒の頬に季節外れの蝶が止まった。驚いて振り返ると暗闇に白い靄がぼっと浮き出ていた。 「あの人はどこ……? なぜ私を置いて行くの?」 そこには制服を纏った少女がいた。しかし男子達と同じデザインではない。古臭いデザインのものだ。そう考えると、この少女は何世代か前のここの生徒ということになる。しかしその時代に青春を送ったとすれば、未だ少女の姿でいるはずもない。 硬直する男子たちに少女は目を向け、にっこりとほほ笑んだ。 「まあ、お久しぶり。待っていたのよ」 そうして彼女は白い手を伸ばし、怯える少年を抱きしめ、少年は消えてしまった。逃げ出そうとする他の少年達も同様に少女は抱擁し、自らの世界へ招き入れた。 結局季節外れの肝試しから帰ってきた男子はひとりもいなかった。 ●狂い咲く想い 「とある中学校で男子中学生に通う男子中学生が複数いなくなる事件があった。そしてそれはまだ続いているわ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタを眺めながら事件の概要を語る。中学校に伝わる伝説は本物で、昔とあるカップルは桜の木の下で将来を誓い合った。しかし悲劇が起り、女生徒は事故で死亡。男子生徒は悲しみに暮れたが後追いなどはせず、今では幸せな家庭を築いているそうだ。 「けれどもそこで話は終わらない。桜の木に宿った女の子の念はいつまでも消えなかった。いや、消えることが出来なかったというのが正しいのかしら。伝説としてそれは語り継がれていたから。そして不幸にも覚醒因子と結び付き、今回の事件を引き起こしてしまったの。そして男子生徒を自分の世界に招いて命を奪う。桜の木は、魔性の木になってしまった」 イヴは悼むように目を伏せ、そして真っ直ぐにリベリスタの目を見詰めた。 「お願い。この想いを終わらせてあげて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月12日(水)00:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●果たせなかった約束 少女にとっての桜の木はおぞましいものでも恐ろしいものでもなかった。春、暖かくなって開く花弁は淡く、少女の恋心と同じ色をしていた。それは淡くとも確かな気持ち。少年の顔を授業中に眺めるだけで心ははずみ、上の空で教科書の文字は頭に入らず通り過ぎた。 眺めるだけの日々に決別をと、ある日少女は決意する。告白したのは満開の桜の木の下。思いが通じたその日から少女にとって桜の木の下は特別な存在になった。 恋人との語らいをいつも桜は見守っていた。 「卒業してもずっと一緒よね……?」 少女は少年にそう問いかける。もちろんと笑いかけられて、頬が色づいた。肩を寄せ合い二人で未来を夢見た。 しかしその約束は果たされることがなかった。 それは理不尽で突然の交通事故。少年は悲しみに暮れた。友人達はあまりに嘆く様子に心配したが、時の流れによって徐々に少年は立ち直って、そして大人になった。生者と死者の時間は交わることがない。やがて少女のことを忘れ、彼は別の女性と結婚した。 男子生徒が自らの人生を歩み始め、彼女のことが思い出になっても、彼女のことが人々の記憶から忘れ去られることはなかった。 悲しい出来事は伝説として残り、そして怪談じみたものへと変化した。 ―― 桜の木の下には女性との幽霊が宿っていると。 ●桜の木の下で リベリスタは事前の打ち合わせの通り日が落ちてから集合した。生徒はもちろん、教職員の姿も見えない。念の為に結界を張り、人払いをする。これで人は近づいては来ないだろう。 夜の時間を選んだのには理由がある。被害者の男子生徒が肝試しと称して深夜学校に乗り込んだように、いわゆる幽霊なら夜に出るのが定番だからだ。しかしエリューションと幽霊とは似て非なるものかもしれないが、彼女の想いの結晶が具現化したのだとしたらやはりそれは少女そのものなのかもしれない。 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は少女に思いを巡らせながら冷たい夜風を頬に受けた。 容易くない道のりを歩んできた『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)も思うことがあるのは同じようだ。戦地を渡り歩いた経歴がある彼女はどんな命でも最後は尽きるさだめだと知っている。だからこそ彼女には譲れない主義があった。それはどんな命に対しても真摯に接するということ。関係のない生徒に被害を加える桜の木を放っておくわけにもいかないが、喜ばしい任務でもない。修羅場をいくつも見てきた彼女だからこそ、複雑な思いがよぎった。 「まあ少しだけうらやましいねぇ……。あんなに想うことが出来るっていうのは。でも、歪んだ思いだ。終わらせてやらなきゃいけないよな」 『(自称)愛と自由の探求者』佐倉 吹雪(BNE003319)はそう一人ごちた。その呟きは少女への同情と、悲しみが込められていた。凛子はその言葉に同調し、彼女が報われるためにどうするべきかということを考えた。いつも命に対して真摯に向き合い続けた凛子は、少女にも真摯に想いを寄せ、魅零と顔を見合わせた。魅零はある大切なものを握り締める。彼女の心を救うための大切なアイテムだ。 その手触りを確認してから、一歩踏み出した。 校門の裏手へ進むと、その桜は当たり前のように鎮座していた。季節外れの満開の桜はその春を惜しみなく謳歌していた。しかしその余りにも堂々とした姿は不気味だった。周りの秋の景色と相容れず、まるでそこだけ時間が止まったかのようだった。懐中電燈を少し離れた場所に設置し、光源を確保する。 「悲恋の伝説ね……。残念だけどそんなものは聞きあきたわ」 『吸血婦人』フランツィスカ・フォン・シャーラッハ(BNE000025)はどこにでもある陳腐な話を長々と聞かされた時のようなうんざりした声を出す。長い時を生きた彼女にとってそれは取るに足らない事柄の様に思えた。 その挑発が聞こえたかのように、季節外れのモンシロチョウが姿を現す。 「来たか……!」 『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)はとっさに身構える。白い羽を奮わせる蝶は虚空を舞う。その夜の闇に浮く白さはどこか幻想的だった。まるで現実ではないかのような錯覚を与える。 「あの人はどこ? あの人はどこにいるの?」 高い少女の声が響く。しかし幼さの残るその声に反して、震える叫びは悲痛だった。 「私、寂しいの……」 白い顔が『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)を捉える。 「……寂しい、ですか」 桜と同じ名を冠する櫻子と、桜に宿った悲しい少女との瞳が交錯する。その瞳は暗く、感情を読み取ることが出来なかった。 「人を連れ去ってしまうのは、寂しさなのか……。それとも唯、道連れが欲しいのか……。それは私には分かりかねます。どちらにしても悲劇と悲恋のお話は此処で終わらせましょう。それが木と同じ名を冠する私の役目だとも思えますから」 闇に浮かびあがった少女は生前と同じままの姿をしていた。何世代か前のまさに時代遅れの制服。時が止まってしまった少女は、いまだ捉われている少年の姿を探し求める。 『超絶甘党』姫柳 蒼司郎(BNE004093)に目を付けた少女は虚ろな笑みで笑った。 「まあ……、どこに行っていたの。私ずっと待っていたのよ。ずっとずっと……。さあ、一緒に行きましょう?」 すでに愛しい少年と他の男との区別がつかないのか、たまたま目にとまった蒼司郎に甘い声で語りかける。 「一緒に卒業しましょ?」 そういって彼女は桜の雨を降らせる。途端に蒼司郎の周りを桜の花びらが囲み、その中に捉われてしまう。距離を取っていた他の仲間は巻き込まれることはなかったが、内に捉えた青年へ語りかける夢は続く。 蒼司郎の脳内へと直接語りかけられる夢。それは少女が幾度も描いた慰めだった。チカチカと点滅する夢は途端に消えた。 吹雪が剣によって少女を切りつけたからだ。その衝撃にくるりと向き直る。痛みを感じていないのか、それとも呆けているのかにっこりと笑う。 「さあ、一緒に行きましょう?」 少女は蒼司郎に告げた言葉と同じ言葉を吹雪に贈り、そしてにっこりとほほ笑んだ。 少女はぼんやりとした瞳でリベリスタ達を見詰める。蒼司郎はその狂気を宿した瞳を見詰めながら治療を受けていた。 「うふふ、まあ私に会いに来てくれたのね」 彼女が右手を挙げると一斉にモンシロチョウが彼女の元に集う。そして右手を振りおろすと、モンシロチョウはリベリスタの周りを飛び交い、鱗粉をまき散らしはじめる。 「今度こそ、私と一緒にいてくれるよね?」 その虚ろな表情に『不屈』神谷 要(BNE002861)は眉を顰めながら蝶を切り裂いていく。ひとつひとつは脆く、儚く羽は千切れていく。 「彼女の縛りつけているものは未練でしかないのでしょうか」 そう答えのない問いを発して、蝶を散らしていく。仲間達も蝶の羽をもいでいく。白い羽がパラパラともげて宙に舞い、それはまるで桜の花びらのようだ。 桜の木の周りだけの永久に思える春。蝶が死んで、その終わりが近づいていく。 今まで意図の分からない笑みを浮かべていた少女の顔が歪む。自分の手下の蝶が殺されたことに怒っているのか。しかしそうではないらしい。 「やだ……、いやだ殺さないで。春が終わってしまう……。殺さないで!」 悲痛な叫びと共に桜の花びらがどこからともなく起こった風によって舞い散りリベリスタ達に襲い掛かる。 「もういやなの! どうして……?! どうしてなの?!」 何かに対する疑問をひたすら叫ぶ少女。魅零はその嘆きを聞いた。少女はまた男に 手を伸ばそうとする、今対峙している男に、自分が愛した男の面影を重ね合わせようとして。 それを止めたのは魅零の剣だった。自らも負傷しながら、少女に必死に語りかける。 「恋人恋人って……うるさいのよ。あなたが愛したのは一人だったんじゃないの?」 魅零は胸元を探り、古ぼけた指輪を取り出した。ずっとこのタイミングを窺っていたのだ。魅零と凛子は独自に少女のかつての恋人に接触を試みた。あくまで思い出話を求めるという理由で。突然の来客に驚き訝しげだった男性も徐々に心を開いたところで、本当の要件を話す。 「あなたのかつての恋人が慰めを必要としているのです」 凛子は今何が起きているのかを語った。噂を耳にしていたのか、男性は引き出しからあるものを取り出した。 それが今魅零に託された指輪だ。 子供のおままごとに使うかのような安っぽい古びた指輪。しかしそれが大切なものであることは魅零には良く分かる。 大切な人に貰ったものなら、それがどんなに他の人からみて価値がなくとも、それは唯一無二の宝物だ。 魅零にも大切な人がいる。だからこそ、その思い出を汚してほしくなかった。救いを持った結末を迎えさせてやりたかった。 「思い出して……、あなたが本当は誰を愛していたのかを」 少女の昏い瞳に光が宿る。彼に贈った言葉を彼が与えてくれた気持ちを、そして自分の気持ちも。 「あっ……、ううっ……」 何も宿さなかった瞳からはとめどなく涙が流れる。桜はすでに散っていた。彼女の思いは解き放たれたのだ。 「ごめんなさい……、ごめんなさい」 彼女は赦しを乞うように謝罪の言葉を繰り返した。 「……ああ、終わらせようか」 蒼司郎は力なく地に臥した少女を見詰めた。 「俺も家族を大切な人を想って嘆き続けるのって辛いよな。俺も家族を失くしたからその寂しさ、少しわかる気がする。なぁ、終われない思いを想い続けるのも、もう止めにしよう?」 少女は涙にまみれた顔を上げた。懸命に涙をぬぐう。しかしまだ拭いきれなかったそれは吹雪が拭ってやった。 「なあ、お前が好きになった奴はお前を置いていくようなやつだったのか? 現に今でもお前のことを忘れてないじゃないか。これ以上、想いを歪めるのは止めにしようぜ」 要は歩み寄り、真っ直ぐに瞳を見て語りかける。 「あなたが待っている人は、もうここには来ませんよ。でもそれでいいじゃないですか。あなたが愛した人は、あなたのために充分悲しみました。その人はあなたの死を乗り越え、新たな一歩を刻み続けています。貴方の思いがわからないとは言いません。ですが、来ぬ待ち人を待ち続けるのを見てはいられません。きっと、待ちくたびれたでしょう。もう、休んでも良いのですよ……?」 少女は立ち上がる。どうやら決心がついたようだ。 「……ひとつ聞いていいでしょうか? あの人に会ったんですよね。あの人は……、幸せそうでしたか?」 今更こんなことを聞くのはおかしいのですがと言いたげな、遠慮がちな小さな声だった。凛子がそのか細い声の問いに応える。 「ええ、とても幸せそうでしたよ」 少女は空を仰ぎ見る。 「そうですか……、よかった」 彼女は瞳を閉じ、断罪を乞うた。魅零がそれを引き受ける。肉もない、骨もないはずなのに、剣を差したその手ごたえは鉄の様に重かった。 「ありがとう……、みなさん」 最期に彼女が見せたのは、不思議なほど穏やかな笑みだった。 ●流れる季節 「いってしまわれたのですね……」 櫻子はそう呟き、彼女が消えていった空を見上げた。魅零はいまだ感触の纏わりついた手を神妙な面持ちで見つめ、吹雪は彼女の涙をぬぐった指先がまだ濡れていることに気がついた。 桜の木の下には行方不明になった生徒が積み重なっていた。 「あれは、男の子……! 返してくれたんだ……!」 魅零は声を上げ、無事を確認する。どうやらまだ息があるようだ。 「どこかで心が残っていたのでしょうか。偶然かもしれませんが」 凛子は応急処置をしながら、少女に思いを馳せた。 フランツィスカはいまさらながらに自分にはいわゆる甘酸っぱい時代と言うのがなかったということに気付いた。そのために彼女の気持ちも実のところ分からないのだ。少し自嘲気味に笑った。自分が愛した男が幸せに暮らしているという事実に救われた少女の顔を思い出しながら。 「―― ごきげんよう、お嬢さん。次に恋する時があればお幸せにね」 魅零は木の下にあの指輪があるのを見つけた。それを木の下に埋めて、その場を後にした。その思い出が彼女の元に届くように祈りを込めながら。 少女が去ったその桜はただの桜に戻り、季節の流れと同じ時間を歩んでいる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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