● 「お父さん。私は上手くやっているから心配しないでね」 英国風少女が一人、土に刺さった十字架の前で祈り手を作っていた。死した父を思い、その心に自立と悲しみからの脱却を携えて。 この少女を含めて、辺りには人が八人居た。他の人達もきっと誰かのために祈りに来たのだろうか? そんな日常の一コマ。ふと、遠くの一人が透き通った音色を奏で始めた。 嗚呼、なんて心地よい音――か? ぶすっ 「え」 途端、地面から手が生えた。それ所か、その手が土を強引に掻き分け、頭が、胴体が。 少女は口を開けたまま、黙って見ていた。むしろ見ているしかできなかった。全てにおいて、脳内処理が追いついていないのだ。 懐かしくも、変わり果てた父親の顔から腐臭が香る。見え隠れし、とろけた臓物が目に映る。思わず鼻を押さえ、声を出そうとした所で。 「キ、キャァァアアアアアアア!!!? ……あ゛、ぁあッ」 父親は娘の体の上に乗っかっては、首を絞め始めた。青ざめていく娘の足が、父親の体重の下でバタバタと抵抗していた。それでも抜ける事は叶わず。 「お、とぅ、ん止め……て、ェッ」 涙が零れた。突如目覚めた父親に殺されかけているなんて、思いたくも無かった。意識が朦朧とし、息もままならないまま、少女は闇の底に落ち――――無かった。 ぶすっ 「あれ……エリューションじゃない。何これ、新手の嫌がらせ??」 父親の手が緩んだと思えば、その更に上に青年が突っ立っていた。その指を、父親の首骨にめり込ませながら。 「ぁ、え? 何これ、た、助かっ……た?」 「そう思えるのは、イイ事だねー。でもさっさと死ぬか逃げた方がいいんじゃないのー?」 起き上った死体は少女の父親だけでは無い。辺りを見回せば、同じように死体に襲われている一般人の断末魔が響く。 どうしてこうなったのか。ふらふらと、青年は視線を少し遠くへ向けた。 その先の、侵入者達を敵と認識したその視線で。 「墓場を荒らすのは、あんたら? 糞デブと、色男。さっきから超耳障りな音たてて、何してんのかなって見てたんだけど」 「あ~、先客が居たんだな~、でも美味しそうなニオイがするんだなぁ~、殺すんだなぁ~」 「Oh……なんていう事だ、一人救えなかった……わたくしは、わたくしは、死者を救いたいというだけなのに!!!」 場所は外人墓地。 死体を生産して飾って埋めるのが大好きな、黄泉ヶ辻専用の死体処理人『架枢 深鴇』の目の前には二人のフィクサードが居る。 一人は身体が横に太く、絶えず口から唾液を流し続ける男。 もう一人は横に細く、綺麗な金髪ロングで毛先をドリル状にカールしている男。 おそらくフィクサードなのだろう、能力者である事は一目で解る。それに日本人の面持ちでは無い。 「此処は僕の縄張りだから、外人畜生は海から外へ帰……っ!!?」 刹那。 言葉が終わる前に、爆音が周囲を支配した。 その文字通りだ、深鴇の鼓膜の奥が音波で震え、目の前が歪んで見える。 勿論、隣に居る一般人である少女の意識は一気に吹き飛び、深鴇の足元で崩れ落ちた。戦闘になればまず一番に犠牲になるのは解っていたが、こうも脆いと笑えてくる。 その原因を作ったのは。 「たかが、シンバルで殺されたらたまんないだろうね」 「されどシンバル、なんだなぁ~」 「侮ってはいけません! シンバルはそれ一つでオーケストラの音を制する事ができる、嗚呼、なんてすばらしい爆音!! だがわたくしも頭が痛い!! 以後、わたくしのいない所でやりたまえ!」 支配の音は、その場に眠りについていた死体達に呼びかける。 起きろ。 死して、消えるな。 戦え、我らが手足となりて。 震える色男の目からは大量の涙が流れていた。その手に一輪の薔薇を持ち、愛おしげに見つめて、数秒にもならない短い時間で息もせずに語る。 「このわたくしのために手足となり、その存在に意味を与えてやらなければ!!! 畳臭い日本に来てまで、慈悲深いわたくし! 嗚呼、わたくしがもう一人居たらきっと愛し尽くせる……!! さあ、珠玉なわたくしと一緒に奏でよう、組曲の行しゲッホゲホゲホォオエエエ!!」 「とりあえずその喉、切り裂きたくなった」 深鴇はスコップを土に突き立て、自らの兵を呼び寄せた。 その瞬間、アンデットのパーティー会場になった外人墓地では、一般人が襲われ、フィクサード同士がぶつかり、ある意味地獄絵図の完成だ。 死体が増えることによって、得をするのは音を奏でる彼等だけ。 不敵な笑みの不協和音達は、手足を増やして行進を始めていく――。 ● 「状況は最悪です。では、依頼の説明をしますね」 『未来日記』牧野 杏里(nBNE000211)は集まったリベリスタ達を見渡すと、すぐに資料を広げた。そしてブリーフィングルームのモニターに映されたのは、三人のフィクサード。 「一人は黄泉ヶ辻フィクサードの架枢深鴇。死体処理を受け持つ、墓場の番人です。 残りの二人は……『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの率いるフィクサード集団、『楽団』のメンバーなのです。男がグレゴリオ、もう一人がエルヴィーノという名前です。 今見てもらった映像は未来の彼等です。此処にリベリスタが介入しないのであれば、深鴇は楽団の強力な死体兵と成り、一般人は全員殺されます」 来日した最悪は、既に容赦無くその闇を広げていると言う事。 「彼らは死体、霊魂を操る力を持っています。残念ながら、その使役の力の根源には今だ辿り着いていないのが正直なのですが……」 今回に限り、フィクサードの討伐という目標は提示しない。今回やるべきことは。 「なので、この死体達を破壊して、敵の手足を減らしてください。 死体の手足を飛ばすだけではなく、文字通りの破壊です、木端微塵です。 立てない、動けないまでに……!! この場に居る意味さえ消せば、敵は自ずと撤退するはずです」 この場に死体が多く、また死体予備軍も多い。だからこその楽団の存在だ。 「死体の総数は50。15が楽団の所持しているもので、あとはこの墓地のモノです。 この墓地の死体の中で、深鴇は5体の革醒したアンデッドを使役しているので、楽団の所持している死体は45が正確な数ですね」 つまり、初度で15の兵が健在。 そこから土の中から這い上がってくる兵が足されていく、という事だ。 「加えて、深鴇が死亡した場合と、一般人五人が死亡した時の数も……最悪プラスしてください」 この墓地は黄泉ヶ辻フィクサードの住処。その主も動く事は当たり前であって。 「深鴇は死なせない限り、基本放置でも一人でなんとかするでしょう。自衛には特に優れているフィクサードです。 ですが、彼の一定の領域に毒をばら撒くエリューションが厄介です……一般人には特に。 それに彼は死体のカラクリを知らない……対処はお任せします」 死体を増やすな。それは敵にも味方にも言えるが、最優先で一般人にも言える事だ。救助と戦闘を同時進行で行うべきなのだろう。 「楽団は既に動き出しています。せめてアチラの戦力を増やさない事は、きっと……今後に繋がるはずです。 不穏なノイズは早急に消すべき、そうですよね……? それでは、いってらっしゃいませ。杏里はお帰りをお待ちしております」 杏里は深々と、頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月07日(金)23:27 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 2人■ | |||||
|
|
●直後 黄泉ヶ辻のフィクサード。架枢深鴇の横を風が通り抜けていく。 目で追う余裕さえ無くとも、彼の視界の端につくのは金髪セーラー服。 「……こっちを、向け!!」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は覇気を言葉に、今、まさに襲われている力無き者を救うために力を放つ。 大して暑くも無いはずなのに、深鴇の頬から嫌な汗が流れた。 状況は彼からしてみれば最悪。目の前に意味不明のフィクサードに、背後からは、そう。 「アーク。もしかしてボク、今日が命日?」 「来ましたね! アークとお見受けしました!! このわたくしの配下にしてさしあげます!!」 遠くから何か聞こえた。 ――だがしかし『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)は引き下がらない。足を動かし、止まらない。 だが血迷ったか、走っている最中に服を脱ぎ捨て、更に速度は限界を超えていく。 「女の子の命は助ける!! 男も……多分それなりに助ける!!」 「ちょっ、聞いて……っていうか聞いてないでしょ」 「ああ、聞いてないぜ!」 「聞いてるじゃん!!?」 ツッコミが追いつかないので全て深鴇が代弁します。 「なんでキミ、墓場でアダルト水着なのさ!! 季節先取りにも程があるよね!? ていうか、戦闘しに来たのなら、ちったぁ自重しろや!」 落着きが売りの深鴇でさえ、かなり焦った。 おかしい、この依頼ハード依頼なんだが……彼怖い。 「そっか、アークはえっちな水着で戦場を駆けるのか。京介さんにも教えてあげよう」 「いえ、彼のアイデンティティのようなものなのでスルー推奨ですよ」 死人の喉笛を、舞姫の刃は綺麗に両断しつつ、後ろで顎に手をあて半強制的に納得した深鴇から、アークの風評被害を守った。 さておき、水着の性能は言わずとも解るだろう。速度が増した竜一は深鴇の眼前へと迫る。だが、彼と竜一の間には、一体の『深鴇の』ゾンビが壁と成った――。 「深鴇! やつらの死体は処理していいぞ! だから俺をフォローしろ!」 「全然意味解らないし」 あえて名前を呼び、あえて仲良くする事によって楽団に仲間だと誤解させれば万々歳のはずだが。 「僕が黄泉ヶ辻フィクサードだって解ってるんだよね?」 誤解作戦は簡単に切られる。その前に、リベリスタはまだ彼に何も説明を行っていないのが最大の欠点である。 「これだけは言えます」 深鴇と竜一の少し奥、前に出て刃を躍らせる『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は、ただ一言。 「わたくし共に、この場で貴方へ敵対するつもりはありません」 それでも黄泉ヶ辻の反応は、些か曖昧なのは当たり前。 「わ、わた……」 あくまで敵は深鴇の更に奥の楽団。 「わ、わた、わたたた、わたたたたわたたたくくくくしを」 自己愛者の声が、戦場に響く。 蠢く死人が、深鴇を狙っていると言ったばかりにその体に触ろうと攻めるが、腐臭がそれを寄せ付けない。 それはもう一人の楽団がよく見ていた。司令塔は深鴇をターゲットから外し、狙うは彼より弱そうなリベリスタ達。 「無視しているんじゃないいいい!!!!」 しばらくしてナルシストの方――エルヴィーノが切れる。演奏は早さを増して、サビへと向かうのだ。 場所は戻って深鴇。 「おまっ、やめろ、それは!!!」 未だ竜一は、深鴇の使役の壁の前。彼の死人は守るべき対象に値するため、手が出せないのだ。 フリーな深鴇は、伸ばした指先から目が眩む程眩い光を放った――。 ●時は振出に戻る 「落ち着いて、大丈夫なのです」 足が縺れ、地面にキスした一般人に『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は駆け寄った。 一般人の口はまるで餌を求める鯉のように開いたり閉まったり。ニニギアの背にある翼からか、地獄に舞い降りた天使の様に見えたのだろう。 もう一度、落ち着いてとニニギアは諭す。指し示す方向は、地獄の三丁目の逆方向。 生きて下さい、その願いと共に。 此処は戦場。生きるか、死ぬか。例え死んだとしても、利用されるまでの人形と化す現実。 「猛さん」 ニニギアは蒼い彼を見て言う。遅れてすまないと目線を返しつつ、柔らかい土を抉りながら自転車は止まり、乱暴に乗り捨てられる。『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は通りすがりの警察の姿で、やってきた。 「なんだこれは……警察だ! 皆さん、こっちへ!」 あくまで演技でも、その警察の二文字にある程度安心感があるのは何故だろう。 一般人はそれに疑いも無く従った。彼が言う『こっち』の先には救いがあると信じて。けれどそれで上手に逃げれる訳では無い。猛が誘導した一般人の後ろには、死人が続く者も居る。 身を呈して、猛は力なき者と、魂無き者の間に自身を置く。 「国家権力舐めんなっつーの!!」 猛は名も知らぬ人のために戦う。細身の体で、受け止めた死人をこれ以上前にいかせまいと。その守りにはニニギアの支援も入り、簡単には壊れない。 例え、わが身可愛さに一般人は此方を振り返ってくれなくても――彼の内なる力が、紫電となって死人を破壊するのは少し後の話。 発動された腐臭の毒が容赦無く。特に体力が無かったのだろう、ぐったり倒れている子供を『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)は背負った。 その時――眩い光が戦場を包み、その20m範囲に入っていたその子は攻撃を受けてしまう。 子供の命が危ないと走ったロマネ。だがそれは毒に耐えきれずに血と、胃の中の物を吐きだした。 ただでさえ重い子供が、段々と。消えていく魂の分だけ重くなっていくのを感じた。 「そんな……」 ロマネは戦場へと振り向く。直後――何かに押し倒され、回された腕に首を絞められた。更には顎が肩に噛みついている。 背中の一つの命が消え、一つの兵器の誕生。 「深鴇……深、鴇……っ」 無知の彼に伝えるのが役目。それを何故、後回しにしてしまったのか。 急かす精神。歯を食い縛り、死人を突き飛ばしてでも行かなくては――と思った所で、回された腕が、緩んだ。 首と、胴体が切れた死人。 それでも胴体はロマネに絡みつき、顎は肩を捕らえる。 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)が、胴体をこれでもかと全力で蹴り飛ばし、肩に噛みつく頭の髪の毛を鷲掴んで離すと一言。 「だいじょうぶー? ほらほら、行って行って」 「は……、はい」 駆けだしたロマネの背中を見ずに、葬識は頭の無い身体が起き上がるのを見ていた。 「あのね、俺様ちゃん。魂無い入れ物を壊す趣味は皆無なんだよねー★ ねえ、聞いてるの?」 掴んだままの頭は、葬識に噛みつかんと顎をガチンガチンと、音を立て続け。 なんて滑稽な姿か。愉快な笑いさえ込み上げてこない程だ。むしろイラつく。 葬識は鋏の二つの刃を、その両目にゆっくり突き刺し、貫通させて黙らす。 「……お忘れ物だよー!」 そのまま頭を遠心力任せに胴体に投げつけ、二つ諸共ソウルバーンで死人から死体へと返した。 ●状況は非常に宜しく無い 深鴇が無差別に攻撃してくるのに加え、毒によって果て、死人の群れは二体ほど増えた。更に楽団によって十体が目覚めている。 「あっはっはっは!! 増える増える、我が愛しき者たち!」 「おなかすくんだなぁー」 「もうちょっと頑張りやがれですよ、わたくし、楽しくなってきました!!」 グレゴリオはさておき、エルヴィーノの曲は耳障りだ。そのフルートが一音一音奏でるごとに、土の中から腕が生えて止まらない。 「煩い、耳障り……だ」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は音楽のイロハなんて知らない。それでもただ一つ、言える事は。 「騒音しか奏でられないとは、とんだ楽団だな?」 「な……ん、ですって?」 ビキィと、頭の血管が浮き出るエルヴィーノ。それに構わず、櫻霞は目の前の死人の額に手を当てる。 「何度でも言ってやる。騒音、雑音、最低な音楽だとな」 放たれた気糸は、重なって何十の矢。 「糸よ、微塵に引き裂け」 零距離で受けた死人の、頭がどうなったかなんて言うまでもない。そしてそのまま気糸は当てられるだけの死人の胸を貫く。 「わたくしの、音楽を、舐めるなぁぁああ!!」 怒り任せに、死人を叩き起こすエルヴィーノ。ただ……彼がどれだけ怒ろうとも、死人の増える数は変わらない。 むしろ彼より脅威はデブかもしれない。状況を正確に判断し、死人を一点へと動かす。 狙われるのは、勿論いつも回復手だ。 グレゴリオの標的になったニニギアへ死人達は送られる。ただ、そのニニギアの前方では舞姫と『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)がアッパーによって楽団周囲の死人を相手していた。二人も後衛にいかせまいと粘るが、二人で抑えられる数なんて気休めにもならないほど。 ノエルはその舞姫達とは逆方向へ走る。十二体に囲まれる回復手の体力なんてたかが知れているはずだ。失う訳にはいかない。 「今、道を」 ノエルはConvictioを躍らせる。避難を終えた猛もそれに混ざり、迅雷を迸らせた。二人で、死人を撥ね退け、ニニギアを救うために。 それでも耐久の高い死人を削れる数は、限られた。中心で、一人耐えるニニギアは言う。 「そんなの音楽じゃない、騒音だわ」 音楽っていうのはもっと澄んでいて、落ち着けて。でもこれはレクイエムにも満たない、ただの騒音。 人の死を嘲笑い、踏みにじる行為が許せるものか。 「何を言うか! これは救いです!! このわたくしの!!」 「違うわ! こんなの救いでは無いわ。ただの呪いよ!」 反論した。覚悟したから。恐らくこれで早々に潰されてしまうと。 仲間のために、ニニギアは一つの聖神の力を放った。が――。 「ニニギア!? おい、返事しろ!!?」 それが最初で最後のニニギアの回復。猛の呼び声には応じない。フェイトの回復さえ使っても、耐えきれないものはある。 「ざーんねーん。二度目の回復って、ないんだなぁ~」 司令塔は、お高く留まっている。 ● 「貴方達のやり方は、酷過ぎる!」 「この……小娘ッ!!」 アルフォンソが行うフラッシュバン。その後、舞姫がアッパーを行う連携。 楽団近くの死人を引き受け、舞姫が群れの中心に消える頃。せめて一太刀でも楽団に攻撃をと舞姫は走る。 いざ、皮を切り裂き、血を舞わせ――。 「な」 「なななななな」 「ななななわたくしのかおに傷がァァアアー!!!!」 演奏が止まる。深鴇のショックが舞姫を侵食していたのが悔やまれるが、一撃を加えたのだ。 「顔に傷、顔、いや、もったいない、わたくしの血、もったいなぁい、しくしく」 泣きわめく彼。自身の顔を掠った一撃へと憤りを募らせていた……と思わせておいて。 「いや! この痛みを感じているわたくし美しい! 怪我しているわたくし美しい!!」 自身を鏡で見つめてほっこり。顔を赤らめ、最終的には鏡の中の自分へとキスを落とす。 それでもやったらやり返すのか、エルヴィーノは横笛を立てに咥え、何かを吹き出す――それはショックで回避のできない舞姫の頭に直撃し、転がりながら10m後退させられた。 舞姫からは、怨念の様なものが弾丸となって飛んできたと後々語る。 直後、グレゴリアは両手の思いシンバルを持ち上げ――一つの音だけを戦場に木霊させた。 死体を作ってはいけないのは理解した深鴇は一歩引く。 竜一が救おうとしたその少女は、深鴇の神気と毒に耐えきれずに事切れる寸前であった。 抱き上げそのまま戦線離脱する前に、『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)がその子を引き受け、戦場外へと走っていく。 その入れ替わりでやってきたロマネは、深鴇と向き合った。これが二回目の対面か。 「バロックナイツ、程度は貴方でも知っているでしょう」 今、何が起きているのか、ロマネは包み隠さずに、全てを話す。それをする事によって、彼がどう行動するのかなんて想定さえつかない事は解っていて。 「架枢深鴇。今はわたくし達は貴方をどうこうする気はありません。自分の命は自身で守る事です」 「……そう」 その情報、信じられる割合はどれくらいだろう? ロマネは無防備に、深鴇に背を向けた。そのまま無言で、複数本の気糸を『敵』へと放った。 「ねえ、架枢ちゃん」 「初対面なのに気安いねぇ」 続いて、葬識の言葉が深鴇に刺さる。 「……まあ、今回は君を守りにきたとかそういうのみたいだよ。外国人のフィクサードってあったまおっかしいよねぇ」 最後に葬識は、呟くようにこう言った。『愛せそうだ』と。 アークはとんでも無い者を飼っているなぁと思いながら深鴇は大きくため息を吐いた。 「あったま、おかしいのはさぁ……あ、いや、なんでもないです鋏をこちらに向けないでください」 ● 深鴇はリベリスタを手伝わないと言う。かと言って、死人のブロックで楽に逃げられる訳でも無くその場に居るのみ。だが、死人となられるよりはいくらかマシか。 既にその墓の死体は出尽くしていた。それでも楽団は欲を出すか、留まっている。 「わたくし、そのホーリーメイガスの少年も欲しいですからね。それにわたくしの顔を狙った金髪女もです!」 「ほんと気持ち悪いけど……リベリスタたちも頑張るね」 深鴇は腐臭の中で、十字架の上に罰当たりに座りながら見ているだけ。 「手伝ってくれたり!?」 「うーん、どうだろうねぇ」 竜一は若干期待していた。もし、してくれるならありがとうくらいは――。 深鴇はリベリスタを見ながら考えた。考えている間にも、リベリスタの体力は悲鳴をあげていく。時限爆弾は、ニニギアが倒れた時から時を進めていたか。 深鴇の毒は止まらない。更には死人の攻撃が重なる。既に一人分の枠が足りないリベリスタには、この戦場の状態が酷だ。 リベリスタが立っていられる時間も無い。 「情報くれた、貸しくらいは返そう。いいかい、リベリスタを助けたとか他言したら駄目なんだからね?」 深鴇が手を前に出す。このままでは散る一方の最愛の敵へ。 その聖神は、リベリスタの傷をほぼ埋める威力があった――。 ● 体力がある今、がらりと戦況は変わった。 「……死体相手は楽でいいな、力の限り壊すだけで全てが終わる」 櫻霞の放った糸が戦場を網羅する中、猛の拳を地面に突き立てれば、雷が蛇の様に地面を流れる。 「ここまで見てきましたが……まだネクロマンサーはわたくしたちに攻撃を一度しか見せていないのが癪ですね」 楽団の攻撃方法を見定めに来たノエルにとっては敵が本気を出していない事実は引っかかる。 「まだ……序曲だとでも言うのでしょうか」 「そうです、序曲です。醤油臭い日本人にもあるでしょう? ワビ、サビってものが!」 高笑いをするエルヴィーノだが、これでも彼はそれなりに怒っている。 内なる闇を解放し、足を狙って攻撃する葬識に続き、目の前のアッパーで引き寄せを行い続ける舞姫。それにアルフォンソのフラッシュバンが重なる。そう、もう一度、奴らに直接攻撃を。 「でもですね……この傷の代償は欲しいですね。今一度、わたくしのちかr――」 その時――。 爆音か、実際何か爆発したのか。轟音が響き、地面が唸り、肌が振動する。夏の花火よりも、物理的にキツイ一撃が全域に起こった。 「アアアアアアアアォナアアカアスウウウウイタアアアアアアアアアア!!!」 グレゴリアが、その力でシンバルを叩きつけていた。だけ。 「解りました、あー! 解りましたとも!!」 唾液を撒き散らしながら叫ぶグレゴリアの声の音量は、シンバルに増して騒音と同じ程だ。 隣に居るエルヴィーノも堪らない。演奏を止め、耳を塞ぐ始末。彼の空腹が限界を超えたのだ。暴食を絵にかいたら、グレゴリアの様になるだろう。 一体の、いや、複数の死体が動きを止めたかと思うと、グレゴリアの方向へと歩き出す。そして――。 ガリッ、ゴリゴリッ、ガリガリガリッ!! 「ああ……始まってしまいましたか……」 「うまい、うまっ、ウマヴィイイイ!!」 歯音を鳴らし、口元を真っ赤にし、グレゴリアは死人の肉を貪った。一人、二人と、形さえ無くなって栄養と変わる。 「ナルシストもだが、相方も気持ち悪いってか!」 竜一は目の前の死人を切り刻みながらも、骨が砕ける音に耳を塞いだ。 グレゴリアは五人食べ終えた所で、満面の笑みでごちそうさま!と呟いておそまつさま。 「……あれ? 死人の数が減ってるんだなぁー」 「誰のせいでしょうね!? とりあえず、わたくしの頭も冷えました。帰ってその腹の虫をどうにかしましょう。それに――」 エルヴィーノは死人の群れに抗うリベリスタ達を見やる。 「――これ以上無駄に減らされても困りますからね。グレゴリア」 「そーなんだなー」 つもり積もったが、ギリギリラインか。死人四七体を辛うじて二三体にまで削ったのはリベリスタの意地か。 「次に戦う時は逃がさねえからな!! 首洗って待ってろ!!」 猛は一人、叫ぶ。暗闇へと消える楽団へと。 荒れた墓場はどうにもならない。中身がいないのであれば、墓石なんてただの十字に過ぎない。 「次回貴方と見える時こそ、貴方の思想を正しましょう、架枢深鴇」 「ボクを救う前に、救うものがあるんじゃないかな。宵歌い」 じゃあねと、一言。 リベリスタが消えるまで、深鴇が武装を解除する事は無かった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|