●怜奈の世界 ここに一人の少女がいる。彼女の世界は屋敷の中だけだった。望むものは何でも与えられたが、その屋敷にはすべてがあり、しかし何もなかった。 少女の名を西宮怜奈という。彼女は名高い財閥の一人娘で、広大な屋敷に両親と召使いと住んでいた。しかし少女は生まれつき身体が弱く、医師からは成人するまで生きられないと言われていた。聡明な彼女は自分の命のともしびがいつ絶えるとも知れない弱々しいものだと知っていた。 いつも怜奈はベッドの中で、使用人にお伽噺を強請る。親しい婆やから語られるその物語は悲しみも憎しみもない穏やかな世界。怜奈はその世界を描き出す。彼女が繰り返し描いたのは、楽しいお茶会の絵だった。知っている人も知らない人もみんな招いておいしいお茶を出して、いろんなお話をして、最後にはデザートで締めくくる。 「友達がほしいなあ」 怜奈は繰り返し呟く。まともに外に出られない身体では、同じ年頃の友達を作ることもできない。しかしそれは叶わなかった。 それはいつもの発作だった。しかしそれは中々止むことはなく、とうとう怜奈を追い詰めた。薄れ行く意識の中、涙を浮かべる優しい両親と、気のいい使用人達の姿が見える。 怜奈は頬笑んで母親の手を取った。自分はとても幸せだったとそう伝えるために。 (でも、やっぱり友達は欲しかったわ……) 彼女はまだ見ぬ友人の姿を頭の中に浮かべて、そして消えた。 ●優しい嘘の物語 「彼女にとってその優しい嘘は慰めであり、夢であり、そして真実だった」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はとある少女の物語をそう締めくくった。リベリスタに話された薄命の少女にとって使用人の嘘は救いであり、希望であったのだと。 「けれどこれだけでは終わらないからあなたたちを呼んだの」 イヴは続ける。それによると、どうやら彼女の夢は歪んだ形で現実になったのである。 「彼女の両親は娘を失った悲しさで屋敷を離れた。けれども彼女の思い出は残り、夢も残った。彼女の夢は覚醒因子と結びつき、お茶会という現象で現れている」 イヴによると、屋敷の近くを通りかかった人が行方不明になる事件が起こっているらしい。友人が欲しいと願った彼女のお茶会に誘われ、恐怖に捉われ屋敷から出られなくなっていると言うのだ。 「彼女に悪気はないの。けれども彼女の目的は友達を作ることだから、それが達成されるまで帰してはくれない。だから、友達になってあげて。楽しむことが大切よ。だってお茶会ってそういうものでしょう?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月09日(日)23:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●彼女の世界 怜奈の世界はその屋敷の中だけだった。しかし彼女は心のうちにとても広い世界を持っていた。けれどもふとした時、虚しさに襲われた。自分は一生この屋敷から出ることが叶わないということを知っていたからだ。 彼女の願いは覚醒因子と結びついた。両親が去った屋敷の中、時折迷い込む人々を自らのお茶会に誘った。 広いテーブルに並ぶきらびやかな食器。おいしい焼き菓子を用意すれば、客人を迎えるのに何の不都合もない。 「はいどうぞ、おいしい紅茶を淹れましたよ」 微笑んで差しだすが、客人は頑なに呑もうとしない。 「あら、どうして?」 首を傾げるが客人は口を閉ざしたままだ。 他の人も誘ってみたが、結果は何時も同じ。震える唇から洩れるのは、「帰してくれ」の一言だけ。 お友達になるのは難しいのねとのんきに考えた。 ●お茶会 人の目を避けるような丘の上にその屋敷はあった。あたりには他に家もなく、しかし市街地から車を使えばさほど離れてはいない絶好の場所だ。おそらく怜奈の両親が病気の彼女が心気なく療養出来るようにとこの場所を選んだのだろう。 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は坂をのぼった先にそびえるその屋敷を見上げた。 「はぁ……、大きいですね」 西洋の城を模したかのような建物は実に見事だった。怜奈が愛したお伽噺に出てきても何の違和感もないような屋敷。端から見ればこんな素敵な家に住めるだなんて羨ましがられるだろうが、どんなに広い屋敷でも、少女には狭すぎただろう。 「ここで突っ立っていても仕方ないからお邪魔しようとするかね」 『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)がそう言って一行を見渡す。今回は殺伐とした依頼でないとあって、雰囲気は穏やかだ。『小さき梟』ステラ・ムゲット(BNE004112) と『葦ふくむ雁』ルーナ・ムゲット(BNE004115)の姉妹は、買いそろえた菓子とルーナが手ずから作った栗の渋皮煮を用意していた。ルーナはビンに詰められたそれを取り出しながら、にこにこと笑う。 「おいしいんですよ、これ。怜奈さんにもぜひ食べていただきたいですね」 得意の料理が振る舞えることを楽しみにしているのか顔は明るい。そあらも自慢げにバスケットの中身を披露した。 「あたしもいろいろ作れるように調理器具とかをもってきたです。普段から恋人のために頑張っている腕を見せるのです」 ほのぼのとした話題持ちきりになる場を傍観していた『星詠』サラ・ナジュム(BNE004130)が一人ごちる。 「友達が欲しいか。……私には分かりかねるな、怜奈君の願いが」 しかしその言葉は誰の耳にも届くことなく空気に溶けて消えて行った。 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)はいつも銃を持っている手を見詰めた。今日は何の重みもない。いつもとは違う祈りを空に上らせることが出来る。果たして自分にその役目を全うすることが出来るだろうかと考えて、扉を見詰めた。 付喪はひとつ咳払いをして注目を集める。 「いつまでも突っ立てても仕方ないしね。そろそろお招きにあずかろうかね。おっと、もちろんいきなり押しかけるなんて野暮な真似をしちゃいけないよ。人の家を尋ねる時はまず名前と用向きを話すのが礼儀ってもんさ」 付喪は親しい友人に語りかけるかのような気安い口調で名乗った。 「聞こえるかい? 私は百舌鳥 付喪って者だがね。怜奈、あんたと友達になりに来たんだ。よかったら開けてもらえないかい」 その声が聞こえたのか、先ほどまで施錠されていたはずの門が自ずから開いた。 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)はいつもの笑みを浮かべながら声を上げる。 「あは! 歓迎してくれてるみたいだよ」 その表情からは感情が読み取れないが足取りは軽い。どうやら何かを思惑でもあるかも知れない。付喪に続き、葬識が庭に足を踏み入れる。『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は自分の物語が彼女を癒せることを願って、ヴァイオリンのケースを持つ手に力を込めた。 高い階段を上るとひときわきらびやかな扉があった。 「お待ちしておりました」 柔らかい少女の声が響き、扉がひとりでに開く。おいしそうな匂いが漂って伝わってきた。 「わあ、すごいです」 そあらは目を輝かせた。軽く二十人以上は食事がとれそうな広いテーブルに、白いレースが敷き詰められ、隙間なくおいしい茶菓子がおかれていた。 「いらっしゃいませ、私は怜奈ともうします。このお茶会の主催者です。さあ、ごいっしょに楽しみましょう」 怜奈と名乗ったその少女はイヴから見せられた生前の姿をそのままとどめていた。病弱さをうかがわせる青白い肌に血管が見えてしまいそうなくらい透き通っていた。 おもわず見ほれたそあらは我に返り、あわてて尋ねた。 「えっと、お招きいただきありがとうなのです。あたしは悠木そあらと言います。よろしくなのです。客人はあたしたちだけなんでしょうか?」 先に捕らわれている一般人の有無を確かめる。怜奈はとくに疑問に思うこともなく、平然と答えた。 「ええ、何人かいらしゃってますよ。どうもおかげんがすぐれないようなので別の部屋でお休みになっていますが」 積極的に危害を加えられていないのなら大丈夫だろう。ひとまずは怜奈を満足させるという目的のために時間を割いてよさそうだ。怜奈は奇妙な集団に特に何の疑いも抱いていないようだ。どこか鈍感なのは箱入り娘だったせいだろうか。警戒心というものが微塵もない。それほどまでに彼女の世界は善意に満ちていたのだろう。 付喪はそのことを感じでそっと安堵する。長い時を生きていた彼女にとって、子供というのはいつだって慈しみをもって接する対象だ。 「さあ、どうぞお座りください」 「今時のお茶会っていうのはこんな感じなのかい? わたしが知ってるものとはずいぶん違うねえ」 慣れ親しんだ和菓子がないのを疑問に思ったのか付喪がつぶやく。 「あら、お気に召しませんでしたか。私と同じ年頃の方々はそういうものが好きと伺っていたのですが」 「そんなに若く見えるかい? わたしはこれでも怜奈のご両親よりうんと年上なのさ」 いたずらっぽい笑みで笑ったのがおかしかったのか、怜奈はくすくすと音を立てて笑い始める。 「あら、本当に?」 付喪の好物を用意しようかと提案する玲奈の申し出を断り、付喪は珍しげに紅茶を眺める。 「私はあいにく紅茶には詳しくなくてねえ。怜奈に教えてもらえるとうれしいんだが」 教えを乞われ、少女の瞳は輝く。 「そうですね、いま付喪さんが召し上がっているのはダージリンです。朝飲むとすっきりとして目が覚めるんですよ。いろいろな飲み方がありますが私のおすすめは・・・・・・」 お茶会は終始和やかだった。手作りのお菓子を口にしつつ、たわいのない話をして談笑した。 お伽噺が好きな怜奈のために、リリが自作の物語を披露する。そあらが作った菓子のいちごの甘い香りを楽しみながら、ゆっくりと語りかける。 「私もあなたと同じように、幼いころは外に出させてもらえなかったのですよ。そうだ、私が作ってきたお話があるんです」 リリはひとつ息を吸い込んだ。 「ある所に、大切に大切に育てられたお姫様がいました。お城の中から一歩も出た事のないお姫様は、ある日王子様と出会ったのです。王子様はお姫様を外の世界へと誘い、お姫様は初めてお城の外に踏み出しました。王子様とお姫様は、色々な場所を旅しました。外の世界は楽しい事や綺麗な物ばかりでなく、辛い事や悲しい事、目を背けた句なる事も沢山ありましたが……。それでも、王子様と一緒だから幸せだったのです。そうして長い旅の末、二人は結ばれていつまでも幸せに暮らしました」 これは少なくともすべて架空の物語ではない。リリ自身の生涯は決して容易い道のりではなかった。しかし、それでも希望がないわけではない。辛い人生だったからこそ、優しさが染みる時もある。あたたかい物語を目の前の少女に伝えたかった。 あたたかい気配りを見せるメンバーを冷ややかな目で葬識は見詰めていた。彼はその性質から甘い話は好まない。 そんな葬識の視線に気づかずアンジェリカは怜奈に語りかける。 「怜奈さん、何か好きな曲とかあるかい? ボクが弾いて上げるよ」 自慢のバイオリンを取り出す。上品に光る楽器は手入れが行き届いていることを感じさせた。どんな曲でも弾ける。 「好きな曲、ですか? 私はあんまり音楽に詳しくないので……」 怜奈は何か特定の曲よりも、あたたかく語られる声を好んだ。 「好きな歌がないのなら、俺様の好きな歌を歌ってもらおっかな。確かミスティオラちゃんは、音楽得意だよね? Amazing Graceとかって出来る?」 すこしいぶかしげな目をしたが、ミスティオラは頷いた。葬識がリクエストしたのは、美しい信仰の曲だ。聖母マリアをたたえる旋律は、その宗教を信ずるものでなくとも一度は耳にしたことがあるであろう。そのくらい有名な曲だ。TVなどでもよく流れている。その信仰まで充分に理解していなくともその荘厳な響きは、人生の楽しみを存分に味わえなかった友人に捧げるのに不都合はないだろう。 「分かった。歌おう、怜奈のために」 ステラがアンジェリカに目配せすると、美しいヴァイオリンの音が流れ始めた。 アンジェリカの旋律が空気を震わせ、ステラとルーナの声が部屋を包み込む。三つの祈りは溶け合ってひとつになった。 怜奈は目を閉じて聞き入っていた。余計な言葉を発するものは誰ひとりとしていなかった。 やがて歌が終わると、怜奈は瞳に涙を浮かべていた。 「ありがとうございます、私は幸せ者ですね」 葬識はその涙をそっと拭った。 「どう? 怜奈ちゃん、キミにはぴったりでしょう?」 怜奈の身体が淡く輝く。満ち足りた心がそうさせたのか、終わりが近いようだった。 怜奈は一人一人の手を取って、礼を述べた。 サラはそのあたたかい手の感触を覚えるように力を込めた。 「怜奈君、友達っていうのは作ろうとするものじゃない。そんなものは本当の友達じゃない。いつの間にか関係が築かれているものなんだ」 サラが幼い子供をあやすかのように頭を撫でた。 「さあ、もうお眠り。目と目を合わせた瞬間から、私達は友達だったのさ」 ●お伽噺の終焉 「怜奈さん、幸せそうな顔でしたね」 そあらが呟くと付喪が目を伏せて言った。 「これでよかったんだよ。やっぱり子供は幸せにならなきゃいけないからね」 目を閉じるだけで無垢な笑顔がよみがえる。両親の愛情を一身に受けた少女は、汚れない心のまま終わりを迎えた。 「優しい子だったね」 葬識は呟く。本当に優しい子だった。あんなやさしい嘘を鵜呑みにするだなんて。美しいばかりの曲は時に残酷だ。 先ほどまで怜奈が座っていた席の空白を眺める。 葬識はひそかに祈りをささげた。そこにあった、壊れてしまった何かに。 その後リベリスタ達は捉われていた一般人を保護し、屋敷を後にした。後日届いた噂によると、彼女の両親は再び怜奈と過ごした屋敷に居を移したらしい。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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