●森の音色 紅葉の美しい森。この時期の休日には、紅葉を楽しみにハイキングにやってくる家族連れが多く賑わっていた。 だが、舗装された道から少し進むと、管理されていない奥深くは木々の影に閉ざされ、何があるのかは誰にも分からない空間が広がっている。 紅葉を楽しむ人々の間に、どこからともなく、低く朗々とした美しい音色が響く。それはこの世のものとは思えぬ程、甘美で魅惑的な旋律だった。 人々はふらりふらりと、まるで蜜に群がる虫のように、その音の源へと吸い寄せられる。 「いらっしゃいませ、私のリサイタルへようこそ」 どこをどう進んだのかも定かではないが、そこには一人の女性がいた。切り株に腰掛け、チェロを弾くドレス姿の女性。 美しいウェーブの掛かった長い金髪、日に透けた葉のように明るい緑の瞳が印象的だった。 「さあ、その身を任せなさい。永遠の楽園にご招待するわ」 人々は目を閉じ、うっとりと音色に聞き惚れる。 魅了された人々は気付かなかった。周囲を骨や腐った身体の化け物たちに囲まれていることに……。 深い森の奥。死者達を観客に美しいチェリストが旋律を奏でていた。 ● 「紅葉の綺麗な季節ね。残念ながら今回はそんな森で人々が死者に襲われてしまうの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は地図を取り出し、事件の起きる場所を指差しながら説明する。 「襲われた人々は同じように動く死者となって、また人を襲うことになるの。そうやってねずみ算で増えてしまう。それを行なっているのはチェロを弾く女性」 原理は分からないが、死者は一人の女性に操られているらしい。 「その女性の名はエイラ・エクロース。来日しているケイオス・“コンダクター”・カントーリオの配下で、『楽団』と呼ばれるネクロマンサーで構成された組織の一員らしいわ」 死者を増やし何をするつもりなのかは分からない。だが、ろくなことではないだろう。それに放っておけば被害が甚大なものになる。 「これ以上被害を広げないために、貴方達には死者が増えるのを妨害して欲しいの」 敵の能力は未知数だ、倒すことは出来なくても、何とか敵の思惑を阻止して欲しい。 「どれだけ美しい音色でも惑わされないで。それはきっと死の国の音なのだから……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天木一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月04日(火)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●通行止め 紅葉の美しい森の中、無粋な看板が立てられる。 「ふう、これで通行止めは大丈夫だよね?」 舗装された道に、カラーコーンの設置を終えた『ムエタイ獣が如く』滝沢 美虎(BNE003973)が尋ねる。 「ああ、ここらはこれで最後のはずだぜ」 口を覆い隠すガスマスクが目立つ『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)は美虎の問いに頷きながら、通行止と書かれた工事用の看板を置く。 「彼等『楽団』にとって音楽とは何なのでしょうね」 広範囲に人払いの結界を構築しながら『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は考える。もしそれが死者を操り、生を冒涜するものだと言うのなら、決して彼等を楽団だと認めることはできない。 「音楽は好きですが、人の命を奪うために奏でるのは間違っています」 『Fuchsschwanz』ドーラ・F・ハルトマン(BNE003704)は、好きな音楽をこんな形で利用されることに憤りを感じていた。 「そうですね、音楽は楽しむものです。被害が広がる前に麻衣達が解決しましょう」 バイクが後方から疾走してくる。着古したツナギに身を包む『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)がバイクから降りた。咥えたタバコから煙が昇る。 「おーけー向こうにも設置してきたよー」 バイクでひとっ走り、周囲に看板とカラーコーンを設置して来たのだ。 「これで一般人がこれ以上増えることはなさそうですね」 僅かに残っている人々を見ながら、『ブラックアッシュ』鳳 黎子(BNE003921)はどう動けば被害が少なくなるかを考える。 「どうやら始ったようだナ。行くとしようカ」 『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)がチェロの調べを聞き取る。皆はその言葉に頷き、音の元へ走り出す。 ●響く旋律 木漏れ日の差し込む紅葉に色づく森の奥深くから、透明感のある曲が聞こえてくる。それは聞くものにヨーロッパの湖畔を想像させる、美しい旋律が響く。 「あら? 招かれざる客のようね」 年若い女性の声。リベリスタ達に気付いたその女性は顔を上げた。微笑を浮べたその瞳は森のように吸い込まれそうな緑をしていた。手にしたチェロは年代物の風貌。その音色もまた歴史を感じさせるものだった。 「御機嫌よう、楽団のフィクサード」 ミリィは一歩踏み出し、礼儀正しく一礼する。 「リサイタルのところ申し訳ありませんが、貴女の演奏を中止させていただきます」 その言葉に女性は細く美しい眉を曲げ、僅かな間手を止めた。 「そう、貴方たち日本のアークのリベリスタね。いいわ、折角ここまで来たのなら私の演奏を聴かせてあげる」 「美女が紅葉の中でチェロの生演奏とハ。惑わされて出て来るのが森の動物たちくらいだったラ、我輩も聞いていたいものなのダ」 だが、人々が惑わされるならそうは行かないと、カイは眼光を鋭く光らせる。 「死者を増やし何をするつもりなのですか?」 「フフフ……貴方達が死者の仲間になったら教えてあげるわ」 女性はドーラの質問に笑いながら答え、弦を強く弾く。チェロが謳う。がさがさと草むらからスケルトンが起き上がり、ぼこりと土からはゾンビが這い出てくる。その総数は25体。 「『楽団』が一人。チェリスト、エイラ・エクロースのリサイタルへようこそ」 死者達が動き出す。背後に人の気配、遠くから一般人が歩いてくるのが見える。 「勝手にこんなリサイタルを開催されたら堪らねぇな。さっさと帰れよ、場所代は高くつくぜ?」 隆明は二挺の拳銃をゾンビ達へ向ける。 「観光場所で粗相なんてダメダメー♪ 爆音響かすバイカーだってーソレくらい弁えるってなモンでーすよー」 甚内はタバコの煙を吐き出すと、矛を構えた。 「騒音ばかり迷惑なんですよ、さっさと自分の国に帰ってください!」 黎子はエイラを挑発するように言う。 「敵が増えないように一般の人を守りましょう」 麻衣は皆に回復が行なえるように位置取りながら、木に隠れるように姿を隠す。 突然ゲームの戦闘曲が流れ始める。見ればラジカセを美虎が取り出していた。少しでも敵のチェロを妨害しようとしての行動だった。 「お前だな! 山の中で迷惑リサイタルをやってるっていうネ……ネクラモンサーは!」 上手く発音できないまま、勢いでエイラをびしっと指差す。 「わたしたちが来た以上、お前の陰謀はおしまいだーっ! るぉあああああッ」 裂帛。空気が震え、両の鉄甲に魔力が宿る。口を開け、獣のごとき吐息を洩らしながら、死者の群れに駆け出した。 ●死者の群れ 「ぁあああああああッ!」 美虎は疾風と化す。ゾンビの群れに飛び込み、拳を次々と打ち込む。鉄甲は電撃を帯び敵の肉体を内部から破壊していく。 駆け抜けた後には、顔を陥没させたもの、腹に開いた穴から内臓がはみ出しているもの、脚が千切れて這いつくばるものが居た。 美虎は足を踏ん張り、勢いを止めて反転する。そこで見たのは、通常なら致命傷のダメージを受けながらも、こちらに向かってくるゾンビの姿だった。 「今です!」 美虎を狙って集まったゾンビが攻撃に移る瞬間、タイミングを見計らったミリィの号令。 ドーラは意識を集中させ、巨大な機関砲を構えていた。それはかつて戦車に積まれていたものを改良したものだ。ゾンビの動きがまるでスローモーションのように見える。呼吸を止める……発砲。腕を押し上げる反動を抑えながら、正確に敵を狙い撃つ。 次々と撃ち出される弾丸の雨に、ゾンビの群れは体中に穴を開け、部位を吹き飛ばされ、内臓を撒き散らしていく。だがそれでも動きを止めぬ死者の群れ。 「私は一気に殲滅、これが得意なんですよね!」 「おぉぉぉぁあああッ!」 そこに美虎がもう一度突撃を掛ける。弱ったゾンビの四肢が砕けるほどの拳を打ち込む、叩き潰す。その姿に隆明は目を細める。 「美虎も強くなったな、頼りになるぜ……。こっちも負けてらんねぇな」 隆明はドーラや美虎が撃ち洩らした敵に弾丸を叩き込む。左右に持った大型の拳銃は黒と銀の対。拳銃にしては歪な形、それは実用の為のアイデアを盛り込み改良した姿。戦う為のゲテモノ拳銃だ。左右から放たれた弾丸は、正確に一体の敵の胸へと同時に着弾、穿つ。大きな風穴を開け、反動で敵は仰向けに倒れた。 麻衣もまた魔法の矢を放ち、ゾンビを射抜いていく。魔力を集中して放つ矢は狙い違わず弱った敵を狙い撃つ。 旋律に誘われ、こちらに向かってくる一般人を襲おうとするスケルトンの前に甚内が立つ。 「こっちは通行止めだよー。ほいじゃ♪ 平穏な日常に無い物排除と参りましょーかね★」 集中力を高め、矛を振るう。乾いた手応え。骨を折り、頭を砕く。だが、スケルトンは何事も無かったようにそのまま攻撃してくる。 スケルトンの右手の突きを盾で弾く。そのまま盾をぶつけて肋骨を折る。横からもう一体のスケルトンが体当たりをしてくる。矛を振り回し、足を折る。その勢いのまま前のスケルトンの足をも切り飛ばす。横のスケルトンがバランスを崩したところを石突で頭を砕く。背後からもう一体。 「アンデッドなら、こういう攻撃はどうかナ?」 十字の光がスケルトンを撃ち砕く。カイは上下が分かれ、動けなくなったスケルトンに近づくと杖を振りかぶった。ぱきりと、杖は骨を粉々に砕いた。 ドーラが続けて発砲しようとした時、麻衣の驚いたような静止の声があがる。 「待ってください、味方です!」 ドーラが驚いて外した視線を戻すと、確かに銃口の先には美虎が居た。 「この旋律に惑わされているんです。気をつけて」 麻衣は詠唱する。高位なる存在の力を具現化し、仲間の傷と蝕む異常を浄化する。 「ありがとう!」 「チェロの旋律が人を操るというのなら、その演奏を止めてしまえばいいのでしょう?」 ミリィはエイラに光の弾を投擲する。それはエイラの頭上で爆発した。閃光が奔る。音は止まっていない。光が収まるとエイラの前にゾンビの姿、それがエイラを守ったのだ。 「まずは邪魔な障害物を排除します!」 黎子の足元に伸びる影が動き出す。手にするのは大鎌。両端に刃がついた双頭鎌である。舞うように鎌を振るう。エイラの前に居た、ゾンビの腕を落とし、流れるようにその近くのスケルトンの腕と足を斬り飛ばし、エイラに届こうとした刃はゾンビの腕に防がれた。そのまま反対の刃でゾンビの首を飛ばす。それはまるで死の舞踏。 『芋と鶏肉にタレがシミ込んて、込んでモ~♪』 唐突にエイラの脳裏に歌が流れる。それはカイがテレパシーで送る自作の歌だった。エイラの意識が僅かに逸れた。 一瞬、ミリィの視線が隆明へ向けられる。隆明は反射的に銃をエイラに向けた、射線が開いている。発砲。弾丸はエイラに届く直前に庇うゾンビを撃ち抜く。だがそれがミリィの思惑だった。光が投げ入れられる。爆発。音が止んだ。 連続攻撃で、エイラの隙をこじ開けたのだ。 「これで……いけない! 皆目を閉じて伏せて!」 ミリィの警告。何かが落ちてくる。飛んできたのは光の弾、先ほど相手から視界を奪ったそれと同じ。閃光が爆発する。 「これはー痛いのよりキツイねー」 閃光が消え、ミリィの前に立っていたのは甚内だった。とっさに前に出て庇ったのだ。三半規管にダメージを受けたせいでふらつき、膝を突く。近くに居た他の仲間はミリィの警告のお陰か、難を逃れていた。 「すぐに治療します」 麻衣はすぐさま広範囲に癒しの息吹を満たす。甚内の意識ははっきりと戻り、他の仲間も負った傷が癒される。 「演奏の邪魔をするなんて、無粋にも程があるわね。しかも変な歌まで……」 エイラは演奏を止めたまま乱れた髪をかき上げる。 変な歌とは失礼ナと、カイは一人抗議した。 「いいわ、まずはここに居るものを死体にしてしまいなさい」 命に従い死者が一斉に襲い掛かってきた。 ●序曲 死者の突撃を甚内が戦闘に立って受け止める。次々来る攻撃を受け、捌き、喰らいながらも敵の勢いを止める。 「ここは化け物の巣だ。今のうちニ、早く逃げるのダ!」 カイは神の光を放ち、邪気を払いながら、完全に意識を取り戻した一般人にそう告げると、来た道を指差す。一般人達は死者の群れを見て慌てふためいて逃げ出していく。カイは死者の群れから庇うように動き、一般人を戦闘区域から逃がす。 それを追おうとするスケルトンの前に隆明が立ち塞がる。 「てめぇはこいつを、食らっとけ!」 拳銃で殴りつけた。衝撃で骨がずれる。失敗作の操り人形のように、斜めに傾き、動けなくなったところをもう一発、反対の拳銃で殴られ、砕け散った。 ミリィは死者の群れに聖なる光を放つ。光に焼かれ一瞬動きが止まる。そこに無数の銃弾が撃ち込まれる。 ドーラの機関銃から敵を一掃せんとばかりに、強力な掃射が行なわれる。まさに蜂の巣のように穴が開いていく。 銃撃の終わりに合わせて飛び込む二つの影。それは、黎子と美虎の二人だった。 黎子は双頭鎌を死神の鎌のように振るう。スケルトンの二体が重なり、その身に刃を食い込ませ受け止める。だが黎子は柄を捻ると中央で分離させ、片手に持った大鎌でその二体の首を刎ねた。食い込んだ骨を蹴り飛ばし、刃を自由にすると、両手に刃を持ったまま更に死の舞が続く。 重い一撃ごとに敵が吹き飛ぶ。美虎の戦いはまさに獣のそれ。殴り、蹴り、肘打ち、膝蹴り、暴風のように敵を薙ぎ倒す。敵の反撃よりも速く攻撃を当てる。先手必勝の攻めの戦い。傷は負うが、それよりも多くの傷を与える。 仲間の負った怪我が深手にならぬように麻衣が細心の注意でフォローする。状況に合わせ、詠唱を変え、仲間の傷を癒す。自身は敵と殆ど相対しないが、その動きは戦線の維持に最も貢献していた。 一体、また一体と死者が朽ちていく。 「そこまで! どうやら、思った以上にできるようね……。今日はここまでにしましょう。これ以上被害が出ては何の為に来たのか分からなくなるわ」 エイラの指示に、死者達はエイラの元に戻る。リベリスタ達は逃がすまいと動き出す。 「逃げるつもりですか」 ミリィが油断無く問いかける。 「フフ……これはまだ序曲よ。これから『混沌組曲』が始るの。せいぜい足掻き、楽しみなさい」 エイラは優雅に一礼する。 「まさかもしかして。負けても死にはしないとか。アークも強敵相手なら無茶はしないだろうとか。思ったりはしてませんよねえ!」 いつの間に回りこんだのか、黎子は死角からエイラを襲おうとする。 「下だ!」 隆明の鋭い警告。黎子は咄嗟に跳躍する。足元から伸びる腕。地面から新たなゾンビが現われた。 「フフフ、カードは隠しておくものです。それでは、また次の会場でお会いしましょう。皆様ごきげんよう」 眩い閃光と共にエイラと死者達は姿を消した。後に残されたのは十四体分の死者の残骸。 「楽団ってのはどれだけ入り込んでんだ? くそったれめ、気に食わねぇな」 隆明が不満を吐き捨てる。 「序章……ですか」 麻衣が呟く、エイラの喋った言葉を反芻していた。 「どれだけ素晴らしい音楽も、人を不幸に陥れるなら、私は認めることはできません。音楽は人と寄り添い、幸福に導くものなのですから……」 だから決して『楽団』と相容れることは無いと、ミリィは決意を胸にする。 「次に会ったら確実に仕留めてみせますよ!」 黎子は腕の一本すら奪えなかったことに憤りを感じていた。 「そーだなー、次があったら耳障りな雑音を消そーかね★」 甚内は新しいタバコに火を付け、一服する。 「でも、犠牲者が出なくて良かったです」 「うム! その通りダ。まずは無事に任務を達成できたのダ。次のことは次に考えれば良イ」 ドーラとカイは作戦が上手くいき、犠牲者が出なかったことを喜んだ。 「本来の山の状態に戻してぱぱっと撤退……っと。さ、隆明、帰ろーっ!」 美虎は一人元気良く、近くにあった通行止めに使った道具を掻き集めて帰り支度を整える。 「そうだな、考えてたってしゃーねぇ、帰るとするか!」 ふっと表情を緩めた隆明は、美虎の頭をわしゃわしゃと撫でると歩き始める。 他のリベリスタ達もその光景に重い空気を和らげた。 例え何が起きようとも、またこうして戦い、自らの運命を切り開く、それだけの事なのだ。 『楽団』が何を企もうとも関係ない、『混沌組曲』が始るというならそれを打ち砕く。決して好きにはさせない。 闘志を胸に秘め、リベリスタ達は紅葉の中を歩き出した。それはまるでリベリスタ達の心のように、鮮やかだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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