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<混沌組曲・序>チェリストは恋を奏でる


 ただ緩やかに流れ出すグラーヴェ。其れさえも飲みこむヴィヴァーチェの混沌が、静かに、襲い来る。
 深く甘く。聴衆など居ない旋律が呼び覚ますのは、永久の眠りを約束された筈の亡者達。
 嗚呼、この演奏は只君だけの為に。目覚める死者が多ければ多い程、この愛の深さは示される。悪くないな、と、男は微笑んで。
 抱えたチェロを爪弾いた。甘く甘く。鳴り響くこの音色は、彼女の元へ届くだろうか。
 囁いた名前さえ、この耳には甘く優しい恋の旋律。愛おしい。名を呼ぶだけで胸を満たす狂おしい程の愛を告げたなら、君はどんな顔をするのだろう。
 『俺』は彼女を愛しているし、彼女は『俺』を愛している。けれど、スコア通りの在り来たりな愛の歌ばかりでは、恋は燃え盛らない。
 さあ愛し合おう。恋をしよう。まるで遠く離れて想い合うイノセントな愛の様に。
「生と死は人を常に恋焦がれさせるのさ、そうだろう?」
 裏表。紙一重。甘やかな響きを込めた囁きと共に、男は笑う。
「まぁ、俺は何より、彼女に恋しているのだけど」
 どんなものでも、この二重奏は阻めない。結んで溶け合った心と音色。恋の炎のまま、激しさを増した音色が只、響いていた。

「俺は、常にアリオの海より深い愛に溺れているんだ。幸せだろ?」
「ヴィオレンツァ、お姫様に現を抜かすのも良いけど、仕事はちゃんとしてね」
 勿論だ、と空色の瞳が細められた。海と空。常に境界を交える色さえ、二人の愛の証。思いを馳せた。
 優しく微笑む、同じ『楽団』のヴァイオリニスト。嗚呼、あの華奢な指が奏でる音楽と溶け合う事、己の至福。
「残念ながら、俺はアリオの旋律以外に余り興味が無くてね。……嗚呼でも、彼女はきっと、この国の音が好きだろう。
 折角だ、チェレーレ。少し連れて帰ろう。俺達の旋律に、悲鳴と言う名の合唱は無粋かな?」
 さあ、歌え。奏でろ。残る選択肢など、もう何処にも無いのだから。

 奏でる音色に合わせて、鳴り響くオーケストラ。指揮者が不在であっても前奏は必要だろう?
 ――ほら、彩るは死の音色。誘うのはこの恋情。緩やかに堕ちて行け、死と生の二重奏へ。


「芸術、特に音楽や芸能って言うのは、民を動かすのに非常に有用なものの一つなのよ。
 感覚的に分かりやすいものは、どんな時代でも権威付けや注目を集めるのにはもってこいって事ね」
 歴史上よくある話。一言告げて、『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は何時もの様に、今日の運命だと口を開いた。
「まぁ、一言で言うと、招かざる客のおもてなし。……『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが率いる『楽団』への対応よ。
 付け加えるなら、彼らがご一緒してる所謂ゾンビも。……死霊、骸骨、リビングデッド。選り取りみどりよ。
 殺した筈のものが、もしかしたら、失った筈のものが、容易く蘇るの。ネクロマンシー、とでも言えば分かるかしら」
 死霊術。永久の眠りについたはずのものを引き戻すそれ。情報も乏しく、どんなものなのか殆ど見えないのだ、と告げて、フォーチュナは肩を竦める。
「嗚呼、残念だけど、蘇っても何一つ良い事は無いわ。あるのは苦しみだけ。人格を失い、歪んだ形で目覚めたそれは、ただ只管に全てを壊す兵隊なの。
 死んだ人間は生き返らないの。何があっても。もし仮にその肉体が戻ったとしたって、取り戻せないものがある、なんて事は、きっとあんたらが一番良く知ってるわ。
 だから、止めてきて欲しい。……チェリストのヴィオレンツァと、その……弟子とでも言えば良いかしら。チェレーレ、この二人が、あんたらの対応する相手ね」
 差し出される資料。簡単に纏められた其処に、見知った名前を見て、リベリスタの表情が変わる。
「主流七派『逆凪』。彼らの前に、二人の音楽家は現れるわ。……不思議よね。でも、理由は明白なのよ。
 彼らは『死者を操る』。……なら、より強いものを死者にしたら? 死者を増やせば増やしただけ強くなる彼らの狙いはきっとそこ。
 本来なら、助ける相手ではないんだけど。敵の敵は味方って事で、あんたらには助けてもらわなきゃいけない」
 決して楽な戦いではない。気をつけて、と告げて。フォーチュナは一つ、溜息をついた。
「芸術だ、なんて言うけど。人の死を混ぜたものなんて、何処が美しいのかしらね」
 理解に苦しむ、と首を振って。いってらっしゃい、と告げられた声は少し、暗かった。
 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年12月05日(水)23:26
チェロ好きですチェロ。
お世話になってます、麻子です。
今回は椿しいなSTの「<混沌組曲・序>ヴァイオリニストは愛を奏でる」と連動。
以下詳細。

●成功条件
逆凪フィクサード過半数の生存、及び『楽団』員が撤退するまで持ちこたえる事

●場所情報
人気の少ない、駐車場跡。
事前付与なしで急行すれば楽団員より早く到着する事が出来ます。
時間帯は夜。障害物はなく、灯りは月明かりのお陰で十分あります。

●『ヴィオレンツァ』
楽団所属のチェリスト。男。ジーニアス、ジョブは不明。
しいなST側の『アリオーソ』の恋人であり、深く彼女を愛しています。
二人で共に奏でる音色こそが、彼にとっての至上です。
『二重奏』を奏でるために、死者を増やし、現在離れた場所に居るアリオーソの元に向かおうとしています。
身の危険を感じるか、一定時間が経過した段階で戦場を離脱します。

●『チェレーレ』
楽団所属のチェリスト。女。フライエンジェ、ジョブ不明。
ヴィオレンツァの弟子とも言うべき存在です。
彼に従い、より強い死者を得るためにやってきました。
身の危険を感じるか、一定時間が経過した段階で戦場を離脱します。

●死者たち×25
チェロの音色に導かれるように目覚めた、動きまわる死体です。
生前の知性や理性は断片的にしかありません。非常に獰猛でタフです。
身体の欠損が生じても動き回ります。

●逆凪フィクサード×15
逆凪に所属しているフィクサード。種族やジョブは雑多。
偶然、駐車場跡を訪れたようです。

以上です。どうぞ、宜しくお願い致します。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
ソードミラージュ
絢堂・霧香(BNE000618)
ナイトクリーク
三輪 大和(BNE002273)
スターサジタリー
劉・星龍(BNE002481)
ソードミラージュ
リンシード・フラックス(BNE002684)
プロアデプト
廬原 碧衣(BNE002820)
ホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
ダークナイト
シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)


 冷えた空気に、吐き出した呼気が白く染まる。
 一切の武装を解除して、件の駐車場のコンクリートを踏み締めるのは『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)だった。
 音楽こそ至福であり至上。未だ見えぬ異国の音楽家達を思う。見たくもない死体の集団の中で恋を歌うだなんて悪趣味過ぎて虫唾が走った。
 必ず止める。そんな彼に気付いた様に、集まったフィクサードは此方を振り返った。
「――お前、アークか」
 名乗らずとも知れた顔。驚異的な癒しの力を行使する彼がその通り、と肩を竦めて見せれば、一気に走る警戒の色。
 戦闘をしにきた訳ではない。丸腰を示す様に手を上げて見せてから、俊介は口を開いた。
「バロックナイツ、って言えばお前らだって分かるだろ?」
 その1人。ケイオス・”コンダクター”・カントーリオ率いる『楽団』が迫っていると言えば意味は分かるだろうか。告げられた言葉に、僅かに漏れる疑問の声。
 どういう意味だ、と問う声に答えたのは『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)。
「彼らは、死者を操ります。……万華鏡は、貴方達を狙う彼らの姿を捉えました」
 だから撤退を頼みたい。深々と下げられた頭。この程度で済むのなら安いものだった。彼らの為に戦うだなんて良い気分はしないけれど。
 逆凪であっただけ、良いと思うしかないのだろう。大和の言葉を裏付ける様に頷くのは、『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)と『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)。
「このままじゃ、生ける屍にされちゃうの。お願いだから撤退して、生きて欲しい」
「――万華鏡はお前らが全滅する未来を示していたよ」
 此方は楽団の戦力増強を防げ、其方は被害を抑えてこの場を撤退出来る。互いの利害は一致しているだろう、と碧衣が続ければ、返ったのは冷え切った怒りの視線。
「流石箱舟。随分と上から物が言えるんだな」
 それが例え事実であったとしても。彼らは逆凪なのだ。日本随一の規模を誇る、フィクサード集団の一員なのだ。
 武器を引き抜く。それを確りとリベリスタへと向けて。話す余地など無いと言いたげな彼らに、唐突に与えられるのは空を舞う力。
「それはサービスよ、今は逃げなさい」
 『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)が少しでも危険を減らそうとして齎したそれさえも、彼らを苛立たせるばかり。大和が常とは違い対話から入ろうとしている自分達の意を汲んで欲しい、と告げようとも。
 面子と誇りを傷つけられた彼らに、その言葉は届かない。同じ言葉を何人で言い募ろうと、意味も、重さも変わらないのだ。
 そして。
「……来ました」
「嗚呼、囲まれているようね」
 直観が囁く来訪者の気配。ティアリアと、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)の声と重なる様に。響き渡るのは、深く甘い弦の音色。
 混じる、腐臭と呻き声。見えたのは女の姿。大和の熱を捉える瞳が、1人足りない事を即座に看過する。その事実が示すのは、勿論。
「Ciao! こんなに沢山集まって一体何のパーティかな?」
 ――挟撃。
 酷く楽しそうな声。振り向いた先に立つチェリストは、空色の瞳を細めて笑った。挨拶代わりと言いたげに奏でられた軽やかな行進曲。
 蠢く腐臭が、腐りかけた腕を伸ばした。


 状況は、非常に芳しくなかった。
 少しでも早く、逆凪の離脱を済ませようとする余り説得へと傾けすぎた状況はそう簡単には立て直せない。
 そして、前提として終えていなければならなかった説得は、功を奏してはいなかった。
 そんな中で。即座に前に飛び出したのは『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)。
「……素敵なチェロをお持ちですね」
「おや、君もチェロを?」
 嗜む程度には。微かに唇の端を持ち上げて。恐らくは誰もが想定外であった『1人も撤退出来ていない』状況に、彼女はたった一人だけ対応せんとしていた。
 目に入った、20体。強引に此方に引き寄せるように可憐な少女の唇が囁くのは、敵を集める挑発の言葉。
 此方に向く憤怒の視線を感じながら、それでもリンシードは表情一つ変えず、背に負った漆黒のチェロケースへと手を伸ばす。
「お揃いですね。……但し、此処に入っているのは――」
 敵である彼らを倒す為の、刃だ。開いたケースから引き出された銀色が鈍く光る。この剣で奏でよう。愛しい愛しい相手と奏でているらしい、二重奏をぶち壊すような不協和音を。
 続いて駆け込む霧香の、置き去りにされた影が実体を持つ。鋭利な切っ先が、敵の腕を、体を、深々と抉る。
 唇を噛んだ。安らかに眠る筈の死体、こんな形で傷つけるだなんて。本当ならしたくなかった。無理矢理に目覚めさせられて、使役までされているのに。
 許せない、とその青い瞳が奏者を睨む。ましてや、駒を増やす為に、人を殺すなんて。
 けれど。まだ、何も知らないのだ。能力も、目的も。なら、自分に出来る事は多くない事だって、霧香はもう理解している。
「あいつらに、強い手駒を与えたくない。……ううん、『あたし』は、助けたいんだよ」
 こんな運命から。救えるのなら、例えそれがフィクサードであっても。心の底から漏れた本音に、戦闘準備を整えた逆凪の視線が動く。
 けれどそれでも、戦うらしい彼らは止まらない。最早意地だろうか。魔力を帯びたナイフが煌いた。呼び寄せたのは、厳然たる神の閃光。白く視界を焼くそれを見詰めて、碧衣は細く溜息を吐いた。
「やれやれどこのB級ホラーなんだか」
 此処で打ち切りとさせて貰おう。最早合理的説得叶わぬ相手を見詰めて首を振る。フィクサードの振るった刃が、死者へとめり込む。
 跳ねた指先が転がり落ちて。けれどそれでも蠢く体は、指は。その死体が既にバケモノへと変貌した事を如実に示していた。
 一つの腕が伸びた。動けなくなる名も知らぬ姿に、一気に群がる生ける亡者。死者の海に沈む姿に、空気が一気に張り詰める。
 せめて、と俊介が呼び寄せたのは、圧倒的と言わざるを得ない、神の息吹。
「死者の中心で愛を語るなや、気持ち悪い」
 犠牲の上に成り立つ恋だなんて、嗚呼なんと碌でも無い事か。消えろ、と冷ややかに漏れた声。敵の攻撃に晒され飲み込まれかねないリンシードの腕を確りと掴んで、俊介はチェリストと見つめあった。
「彼らは『観客』だよ。俺とアリオの二重奏のね。観客は大いに越した事無いだろう?」
 くすくす、笑いながら奏でるのはセレナーデ。嗚呼愛しい彼女の元まで届け、なんて笑ってみせる男と、呆れた様に合わせる女に心底苛立った。
「音にしないと確かめられない愛なんだな」
 死者を蹂躙する事も。こんな形でしか確かめる事の出来ない愛も。どちらにも、負ける訳には行かなかった。視線が交わる。心底不思議そうに、瞬く空色。
「何を言っているんだい? 俺は彼女の『音』を愛しているんだ」
 あの音色こそ至上。その他に興味なんて無い。そう微笑む表情に微かに見える歪みに、表情が歪んだ。運命を引き寄せる刃が閃く。練り上げた魔力が織り成す、冷たい紅の月光。
「手ぶらで帰れないというのであれば、楽団の情報を持ち帰る事を対価となさい」
 此処で死者の仲間入りをしたい訳ではないだろう。冷ややかに投げられた言葉に、フィクサード達に生まれた微かな迷い。けれど、状況は逡巡を許さない。
 蠢く死者の中へ、放り込むのは全てを蝕み喰らう漆黒。足をメインに、ぐずぐずに喰らい尽くして。『初めてのダークナイト』シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)は微かに息を吸った。
「Pater Noster qui in caelis es sanctificetur nomen tuum――」
 軽やかに、甘く優しく。少女の唇が紡ぐのは、鎮魂歌。甘い甘い正義の味方だから。シャルロッテは此処で戦う。足が千切れようと平然と蠢く死者に、ぼんやりと首を傾けた。
 わらわらと、迫る彼らはどんな生活をしていたのか。今はもう、そんな事さえ推し量る事は叶わないけれど。
 きっと、今、彼らは悲しい筈だから。せめて眠りを齎そう、と決めていた。周囲の空気が、一気に水分を失っていく。直後、降り注いだのは業焔の矢。
「厄介なことですね。…死者を手勢に加える術なんて」
 星龍の握る、奇跡のライフルが鈍く光る。彼らの目的の終着点は恐らく、この極東の空白地帯を手に入れる事だろうけれど。
 今出来るのは、この場を解決する事だけだった。


 悲鳴にも似た声は、もう何度聞こえたのだろうか。切っても切っても倒れぬ死者の手が伸びる。リベリスタを、そして、フィクサードを絡め取る。
 ぐしゃり、と潰れて血液を撒き散らして。一度死んだ筈の身体は、奏でられる音色が即座に呼び覚ます。
 蠢いて、顔を上げて。どろどろに濁ってとろけた瞳を零れ落ちそうな程見開いた『仲間』に、襲われる。喰われる。死んでいく。
 最早撤退をしろ、だなんて言う事も出来なかった。シャルロッテの華奢な身体が崩れる。半ば相撃ち。倒れる間際、放たれたおぞましき呪詛は蠢く死体に大穴を空けて、沈黙させたものの。
 調整しつつ敵を引き付けるリンシードも、癒し手を庇い続ける大和も、傷は浅くはない。艶やかな黒髪が、鮮血と共に散った。腹部にめり込む死者の爪。血を吐いて。運命が燃える音がした。
 膝に力を入れる。けれど、間髪入れず次の凶刃。崩れる。声を上げる間も無くぐらついた身体を受け止めて、俊介はきつく唇を噛んだ。
 守られる立場である事は、重々理解していた。だからこそ、癒して癒して癒して。少しでも支えんとしているのに。届き切らないこの手が憎い。
 握った白銀の柄に、滲むのは大嫌いな紅。震える程きつく握ったそれが心に応える様に煌きを帯びて。確りと繋ぎ止めた、リンシードの傷を癒す。
 半ば反射的に。ティアリアの手が、地に伏せたシャルロッテを引き摺り寄せた。即座に力ある言葉を紡げば、吹き荒れるのは癒しの息吹。
 可憐な面差しが微かに歪む。敵であるはずのものを守るだなんて、癪だったけれど。それ以上に。
「良い趣味してるじゃない。反吐が出るわ」
 投げかけられた言葉は、その容姿に余りに不似合いで。けれどそこに含まれる冷ややかな怒りに、嗚呼怖いと、男は肩を竦めて見せた。
「お褒めの言葉を有難う、signorina。君は綺麗だし、折角だからこっちにどうだい?」
 この音楽で踊るのも、悪くはないだろう? なんて笑う顔さえ苛立たしい。冷ややかに紅の瞳を細める彼女の視線の先で。
 速力に全てを傾けた身体は、今は只管に防御の為に使って。リンシードは立っていた。
「……上手に、舞えているでしょう?」
 こんなに沢山の『観客』の真ん中で。血塗れて張り付いた水色の髪が、黒より黒く染まったドレスが、今此処での舞台衣装。
 おぞましい愛と言う主題から、観客の注意を逸らすミスディレクション。既に、多くのフィクサードが犠牲になっているのは、確認しなくても分かっていたけれど。
 それ以上の被害が出ないのは、彼女の、そして、癒し手達の尽力があったからこそだった。
「良いね、君が奏でる旋律はとても魅力的だ」
 目を細める。どれ程血に塗れても決して引かず、その瞳を動かさない美しい少女。面白いものを見た、と言いたげに笑う声。
 演奏も、舞も。奏でるって言うそうですよ。紡がれた言葉に、一つ勉強になったね、と呟き返して。チェリストは興味深げに首を傾げた。
「軽やかに可憐であり、冷たく苛烈でもあり。……嗚呼けれど、そこにある虚ろさはなんなんだろうね」
 君という音楽を、もう少し見てみたいね。アレグロ。加速した演奏が、死者の動きの精度を上げる。その中に躊躇い無く切り込んで。
 風の刃が全てを凪ぐ。置き去りにした幻影が掻き消えた後、地面に転がる生首。断ち切られた筈のそれはしかし、動きを止めなかった。
 転がった頭が、奇妙な呻き声を上げ続ける。残された胴体が、のろのろとリベリスタへと迫り来る。
「こんなの、……っ」
 あんまりだ、と。言葉は声にならない。おぞましかった。哀れだった。静かに安らかに眠る筈だった、死に絶えた筈のモノはもう何処にも残っていない。
 骨が動いていた。腐った肉が動いていた。ついさっき、言葉を交わした筈のものが、動いていた。微かに震える霧香の背を見遣りながら。碧衣は指先を伸ばした。
 拡散する気糸。滑らかな碧の髪が舞い上がる。狙える範囲全てを強かに貫いて、浅くなっていた呼吸を整えるように一つ、深呼吸を漏らした。
「やれやれ、儘ならないものだな」
 実に儘ならない。溜息にも似た吐息交じりの声。動きを止めた死体は幾つだろうか。奪われた命は、幾つだろうか。
 絶望し、傷付いたフィクサードを無理矢理に引き寄せた。駒を増やさせてしまった以上、為すべきはそれを少しでも減らす事。
 もう幾度目か。乾いてひりつく空気。全てを焼き尽くし灰さえ残さぬ天の業火。ぶすぶすと、肉が、骨が、焼ける嫌なにおいがした。
 削れて行く精神力に微かな眩暈を覚えながら、星龍の唇から漏れるのは、深い溜息。
 死者の行進の終わりは、見えなかった。


 呻き声と甘ったるい旋律ばかりが満ちる戦場に、突如響いたのは無機質な着信音。
 痺れつつあった俊介の指先が、己に付き従う猫へと伸びる。漏れ聞こえる友の声が告げるのは、ヴァイオリニストの撤退。
「――嗚呼、丁度いいアラームだね。アリオとのデートに遅れてしまう」
「……戯言はそれ位にしてください、行きますよ」
 くすくす。漏れる笑い声。呆れた様な弟子に肩を竦めて見せて。チェリストは軽やかに、奏でるチェロを抱え上げた。
 此方も撤退するのだ、と察して。けれど追う訳には行かない状況に、きつく歯噛みした。
 追える訳が無かった。疲弊し切った身体は元より、死者は動きを止める気配を未だ見せていない。
「Arrivederci! 君達との出会いに心底感謝しているよ、……リベリスタ、って言うんだっけ?」
 まぁ、また会う事が会ったら宜しくね。そんな軽口を遮る様に。
 ――からん。
 転がり落ちた、チェロの弓。ぼたぼたと、一緒に飛び散り溢れた鮮血が、コンクリートを黒く染める。
 練り上げられた魔力の残滓が、白金に纏わり付いて煌き消える。放たれた魔力の矢。怒りと憎悪が綯い交ぜになった俊介の瞳が、真っ直ぐにチェリストを見詰めている。
「殺しも、死体もまっぴらなんだよ」
 呟く様な声。感情を押し殺す余り震えたそれに、傾げられる首。
 相容れない、と心の底から理解した。俊介が生を齎し生を望むのだとしたら。目の前のチェリストは、死を齎し死を愛す。
「お前が殺すなら、お前が死人を弄ぶなら、俺が全部生かしてやるよ!」
 忘れるな、と。揺らぐ瞳が告げる。それを興味深げに見詰めて、チェリストはゆっくりと踵を返した。
 拾った弓が、弦と触れた。少しだけ軋む様な音色が紡ぐのは、調子の外れたラプソディー。
「嗚呼、此処は良い国だね。素敵な音に溢れてる。実に興味深い。――まぁ、アリオの『音色』には叶わないけれど」
 遠ざかっていく。音色が。足音が。僅かに残された死者を只管に『処理』しながら。ティアリアは緩やかに首を振った。
 背に庇うのは、生き残った2、3人のフィクサード。その彼らも既に戦う術も、下手をすれば意識さえも保ってはいなかった。
 切って、燃やして、焼き尽くして、粉砕して。もう動かなくなるまで叩き潰し、原型を失った死者の成れの果てを積み上げた駐車場。
 返り血と、纏わり付く肉片を頬から拭って。霧香はきつく、唇を噛み締める。瞳が揺れて。吐き出した微かに震えた呼気は、即座に白く染まっていく。
 身を切るように冷えた空気が、足元から這い上がる。冷たかった。寒かった。身体が震えたのは、寒さからだけだったのだろうか。
 気付けば、響き続けたチェロの音は消えていた。呻き声さえももう、聞こえない。
 腐臭と、髪や肉の焼けた、胸の悪くなる臭いが入り混じる只中で。
 交わされる言葉は、一つもなかった。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
お疲れ様でした。

判定理由は全て、リプレイに込めたつもりです。
ご参加有難う御座いました。
ご縁ありましたら、また宜しくお願い致します。