● ただ緩やかに流れ出すグラーヴェ。其れさえも飲みこむヴィヴァーチェの混沌が、静かに、襲い来る。 奏でた物はそのままに、その音色に酔いしれて、動きだすのは死霊達だ。誰も耳にすることなく、忘れ去られる音色に誘われる様に動きだす死霊達に目を遣って、愛おしげにヴァイオリンを撫でた。 愛しい人の名前を唇に乗せる。その音階さえも美しい。 あの人は『わたくし』を愛しているし、『わたくし』もあの人を愛している。けれど、わたくし達のスコアは全て綴られたままでは面白くない。 わたくしの奏でるこの音が彼の元に届きます様に。 ほら、愛しあうには個々の音色が混ざり合って、溶けあって、全てを呑み込んでしまえばいい。 「死も生も全ては愛で満たされているのですわ」 囁かに、密やかに、愛を湛えた声音が嗤う。 「わたくしは、愛しておりますの――」 二重奏は止まらない。溶けあった心の破片と音の破片を混ぜ込んで、静かに響き渡るのみ。 「アリオーソは『彼』を愛して愛して、その全てを受け止めたいのかい」 「ええ、ええ、だって、わたくし、密やかであって、そして海よりも深い慈愛を持って彼を包み込みますの」 くすくすと笑みを浮かべる女は青い瞳を細めて、遠い想い人を思う。指揮者の誘う『楽団』で、共に奏でる愛しいチェリスト。あの人の音色と合わさり混じり合う、其れだけが彼女の幸せなのだから。 「ねえ、ベムレクト。この国の『音色』でも愛しては如何。丁度、素敵な音色を聞かせて頂けるわ。 ――誘いましょう? ねえ、貴方。 貴方、日本のフィクサード様? とっても素敵な『音色』ですわ。わたくしの愛、聞いてくださる?」 奏でる音色に合わせて、鳴り響くオーケストラ。指揮者が不在であっても前奏は必要でしょう? ――ほら、彩るは死の音色。誘うのはこの恋情。緩やかに堕ちて行け、死と生の二重奏へ。 ● 「至上の音楽は死者さえも蘇らせるというけれど、一種の悪夢でしかないわね」 謳う様に紡ぐ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は事件よと囁いた。 「さて、もう噂としても広まっていると思うのだけど、来日した『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが率いる『楽団』への対応を宜しくお願いしたいの」 指揮者たるケイオスが率いる『楽団』。ブリーフィングルームに沈黙が落ちる。その緊張を解そうと予見者は幼いかんばせに精一杯の怯えを浮かべて、お化けなのよ、と力強く告げる。 お化け、そう言ってしまえばなんと可愛らしいものか。一転して、真面目な表情を浮かべた彼女は資料を捲くる。 「お化け――亡霊や骸骨。それに、死者よ。今まで皆が出逢った敵が居るでしょう? 今まで皆が殺した人が居るでしょう? 亡くした其れがもう一度目の前に在る。其れはどんな気持ちなのかしら。」 緩やかに、紡ぐ。その言葉はただ重たい沈黙の中に響き渡るのみだった。 「……喪った人が、再度皆の目の前に現れる。それも『不思議な術』を使って、ね」 「――ネクロマンシー?」 「俗にいえばそうなるのかしら? でもね、情報が少なすぎるの。術のからくりについては良く分かっていないの」 死者が蘇る。胸を弾ませるリベリスタに世恋は首を振る。事実は小説よりも奇なり。現に、死者は動き出してしまった。蘇る事で幸せを得るでもなく、ただ苦しみもがく兵となる。その身に生前の自我は殆ど存在していないのだ。死という苦しみがどれほど人を歪めたのだろうか――危険でしかない其れは『物語』であった方がどれだけ幸せだったのだろう。 「ヴァイオリニストのアリオーソとその友人のベムレクト。二人が奏でるラメントの音色をとめてきてほしいの」 lamentazione――哀歌はヴァイオリニストの手によって『愛歌』へと変化した。鳴り響く其れが襲うのはまだ生へとしがみつく魂だ。 「私の予知では『主流七派』の一つ、『逆凪』のフィクサードの元に彼女たちは現れる」 「何故……?」 「何故、って。彼女たちは『不思議な術』で死者を操っているの。死者を増やせば彼女たちの兵は増える、と言う事が考えられるの。まあ、より良い『素材集め』とでも言った所かしら……。 普段ならフィクサードは敵となるけれど……理不尽な死から護ることは必要となるでしょう」 切なげに、目を細めて。その生を無理やりに死へと至らしめようとする『未知数の敵』からフィクサードを護って、と彼女は言った。 「死を作り出す芸術なんて、美しくないわ。さあ、ぶち壊しましょう?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月29日(木)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ぼんやりとした月の輪郭が木々の間から逆凪のフィクサードを照らしていた。 獣の数字を与えられたトンファー、√666を握りしめた『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)はぼんやりとした月よりも輝く金の瞳を輝かせゆったりと笑う。 「うっす、ご機嫌麗しゅう。アークだよ」 挨拶とともに口にした御厨という名前に逆凪のフィクサードはざわめいた。名声とは諸刃の剣だ。知恵ある者には対策を練られる可能性もあれば、驚異として知れ渡らせる事はできる。無知なる者には良くも悪くも影響を与える事が出来ない『武器』の様なものだ。 「アーク」 「そう。アークの暴龍。結城竜一様だ。俺を知らねえモグリはいねえだろうな?」 『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)のかんばせに浮かんだのは常の笑顔ではない。夏栖斗が言葉での交渉を行っているとすれば竜一は暴力をも辞さない雰囲気をその身から一心に発している。 身構える逆凪のフィクサードを見つめながら『不屈』神谷 要(BNE002861)と『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は戦闘準備を整えていく。逆凪らへも齎される十字の加護は要の気遣いだ。説得は夏栖斗と竜一に任せっきりではあるが敵意がないという事を少しでも分かってもらえればと、そう思っての行動だった。 「僕たちは君達を止めに来たわけじゃない。助けに来たんだ。万華鏡って分かるだろう」 「アークの誇る万華鏡か」 警戒の意思を全身から発しているフィクサードに夏栖斗は頷く。その精度がどの様なものなのか、日本のフィクサード――主流七派にしてその中でも最大のシェアを誇る逆凪が知らぬ訳が無い。警戒を解かないまま、先を促す彼らに夏栖斗は小さく息を吐いてから、しっかりと言葉を紡ぐ。 「君達が悲惨な死を遂げると万華鏡が予知した。――その意味は分かる?」 勿論、手ぶらで帰れとは言わない。其れなりの対価はやろう、と夏栖斗は身構える。対価――現在の状況について。逆凪の首領である逆凪黒覇や剣林の剣林百虎の耳にも入っているであろう情報であろうとも、末端の工作員らには『格別な報酬』となるのではないか。 逆凪はピラミッドだ。情報を細部まで伝達させるのは骨が折れる事だろう。 「俺はさ、別にお前ら死んでも良いんだよ。夏栖斗は優しーからなァ」 「――だってさ、どうする? 僕と竜ちゃんの事知らない訳じゃないでしょ? 命、惜しくない?」 もしも此処で『格別な報酬』を選ばずにおくなればリベリスタは一斉に攻撃を仕掛け、撤退へと持ち込ませるだろう。彼らの背後で『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)の目つきが鋭くなる。 「……命か。情報とはなんだ」 「撤退してくれるんだね、有難う。今ね、日本にはバロックナイツのネクロマンサーらしき男が――」 其処まで紡いだ時に彼らの耳に流れ込むのはヴァイオリンの二重奏。奏者の想いの欠片をくみ取るが如く、グラーヴェ――荘厳なソレは誇り高くそして、愛をも湛えた序曲。 「楽団をお呼びかしら」 曲が、止まる。首を傾げた女は小さく笑った。 ● 逆凪のフィクサードを撤退させる――だが、どのルートが安全なのか。フィクサードに逃げて下さいと言ってとの途中で謎の術(ネクロマンシー)を使用する『楽団員』と出逢ってしまった場合、どうするのか。 撤退支援を行う『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)の表情に困惑が浮かぶ。 「……楽団の皆さんですか」 長い前髪で隠された目つきが厳しくなる。幼い少女にしか見えない外見をした麻衣はグリモアールを握りしめ、周囲を見回した。戦闘準備と言っても前方から『全員揃ってくる』訳ではなかったのだ。早く到着する事は逆凪への対応ができる利点と共に敵が何処からせめてくるか分からないというリスクも伴っていた。 「ハイリスク・ハイリターン、です?」 首を傾げ、色違いの瞳を細めた『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)の首で銀のチョーカーが揺れた。愛しい人だけ護れればそれでいい。脳裏に浮かんだ恋人の顔に勇気づけられる様に彼女はそっと足を踏み出す。 「――愛しい人と奏でる音、とても素敵ですね」 「光栄ですわ。リベリスタ」 鮮やかな青い瞳を細めてヴァイオリニストの女――アリオーソは微笑む。ディオーネーを握りしめ、緊張を浮かべた櫻子の視線が揺れ動く。アリオーソしか、いない。逆凪の前に立って、対応を続ける夏栖斗と竜一の顔にも焦りはハッキリと浮かびだしている。 「私、残念で仕方ないのですわ。アリオーソさん、愛する人を思う気持ちだけあれば、理解できましたのに」 その恋情は、きっと同じものだから―― アリオーソの瞳が見開かれる。愛おしいと彼を、ヴィオレンツァを想い弾くヴァイオリン。其処に含む恋情を『理解』できる? 奏でられるグラーヴェが、混沌のヴィヴァーチェが死者を揺さぶっては揺れ動かせる。窪んだ瞳はらん、と輝き櫻子へと押し寄せようとその足を進める。 「死んじゃったら、これ以上は好き勝手されたくないものなんだよ」 翼を与えながら『いつか出会う、大切な人の為に』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は逆凪のフィクサードを振り仰ぐ。群れる死体は恐ろしく、彼女の背筋に嫌な気配を感じさせる。 翼の加護を得たフィクサード達のどうして、という視線に首を振って、はやくと口にした。 「飛んで!! 早く逃げて!」 その言葉に、ふわりと飛び上がったフィクサードの視界にはヴァイオリンを握りしめた男。アリオーソの友人たる男だろう。 挟撃された、と瞬時に理解した。 アリオーソが彼に告げたという『フィクサード達を死者にすればいい』という言葉。 思い出し、傍にいた夏栖斗はとん、と地面を蹴りあげて彼の目の前の死者へと蹴撃を放つ。切り裂く様に、飛翔し貫通する蹴撃は死者の腕を、足を切り裂いて、千切れさせる。 呻き声が、腐臭が鼻をつく。息を吸い込んで、死者を呼びよせるように口を開いた要。彼女の元へと死者は集まっていく――アッパー・ユア・ハート。誇り高き少女の一声は、死者達を憤怒に落とさせるには容易かった。 「死者を冒涜する事は、許しません。好きにさせる訳には、行きませんから」 ブロードソードで受け止めて、彼女の背後で自身の体内に魔力を循環させる櫻子を見やる。落ちついた様に息を吐いて、色違いの瞳を輝かせ、首に触れる。力を与えてくれる愛しい人。 「――理不尽な死から護る事、其れが仕事ですわ」 「指揮者はまだ、不在ですか」 戦場を同期させ、杖を指揮棒の様に振るうミリィは『戦奏者』。この戦場で奏でられるは死者への弔い(鎮魂歌)ではない、死者を呼び醒まし生を望むものを脅かす愛歌でしかない。嗚呼、なんて――なんて滑稽なオーケストラ。 「私がこの手で奏でて見せましょう。彼らの為のレクイエム」 未だ未熟なれど、その身は常に『戦場を奏でる』のだから。我が身全身全霊を掛けて戦場を奏で、戦場の指揮を執る。レイザータクト。指揮者は息を吸う。 「御機嫌よう。楽団のフィクサード。貴女の二重奏は今宵、奏でる事を止めさせていただきます。 ――今宵奏でるは死者を再び眠らせる『鎮魂歌』。指揮者は私、戦奏者が務めさせていただきます」 常の言葉は、戦場を奏でるのみとは紡がない。 ――今宵のオーダーはもう決まっているのだから。 「鎮めの歌を、奏でましょう?」 「其れはわたくしのヴァイオリンではいけないのかしら。デイレクトーラ」 奏でられるヴァイオリン。目を細め、彼女が放つ聖痕はその場を焼く。二重奏は止めて見せる。戦場を魅せて、見せるは戦奏者。 ふわり、ミリィの髪が舞いあがる。彼女の後ろから放たれた神速の早撃ち。死者の行く手を阻みながら、隆明は構えたGANGSTERから立ち上る煙の向こうで笑う。 「ネクロマンシー? 変な術だな。気に食わねえ。なあ、お前らの芸術なのか?」 「さあ、どうだろうか」 答えるベムレクトに眉間に皺を寄せ、興味なさげに隆明は視線を逸らす。其れが『芸術』として罷り通るなれば彼は今後芸術に触れる事はないだろう。 倫理、論理、道徳、道理。エトセトラ。沢山のソレを無視すれば死者を踏み躙る行為ができるのだろう。理解が出来ない訳ではない、立派な『術』だ。気にくわないけれど、死者を狙うことしかできない事に自身に嫌気がさした。 自身が倒れようとも、全てを撃ち捨てて遣る。わざと、敵に狙われやすい場所へ移動し、要の援護を行う彼の目の前に襲い来る死者。 ――やられるだけじゃない。助走をつけて、地面をけり上げ、竜一は雷切(偽)を振るう。 「恋人同士の愛歌なんて奏でさせてやらねーぞ! ゆるされねぇ! リア充はこの竜一様が撲滅してやる!」 明るい声が、彼らを補佐する。友人仕込みの烈風陣は死者を巻き込む。だが、そのあとにも襲い来る死者に竜一は顔を顰めずには居られない。 バックステップ、入れ替わり、立ち代り。振るわれた死者の拳を避けて、右足を軸にステップを踏んだ。入れ替わる様に笑った夏栖斗が燃やす業火が死者への冒涜を憤るが如く怒りを浮かべる。 「夏栖斗さん、前方です」 「オッケー! ミリィ、有難う!」 ヴァンパイアの牙が唇の端から覗く。金の瞳は煌めいて、常とは違う冷めた笑みを浮かべて見せる。 前方からくる死者の群れに、後方から来る死者に、両端のヴァイオリニストが奏でる曲に聞き惚れることなく月に吠えるが如くトンファーを振るった。 夏栖斗は獣だ。覇界闘士。彼はヒーローではないけれど、一人の覇界闘士として――アークの御厨夏栖斗としてその想いを振るう。 「死が芸術? 喪った人間が目の前に? 死を、命を道具にするなんて――ふざけんな」 「オレらをなめんなよ? 無敵のアーク様だ」 竜一の黒い瞳が細められる。真面目な時こそ不真面目に、戦場に彩りを。なんたって、ノーピーチでフィニッシュが常なのだから。くよくよしてたって仕方がない。殴って解決できるなら殴って解決するしかない。 平凡なままに生きてきた。何だって笑顔で受け止めてきた。けれど、受け止められないものもある。胸の内に渦巻く感情は優しげな笑みの中に隠して、猟奇的なまでの愛情を持つ妹からプレゼントされた水着を身に纏って青年は笑う。 「竜ちゃん、いけるね?」 「オッケーオッケー! どうせなら、可愛い女の子に声掛けて欲しかったかな?」 ちらりと送られる視線に笑みを浮かべてアリステアは回復を施す。逆凪のフィクサードを逃がす事に尽力していた麻衣とアリステアは逆凪が全員撤退した事に安堵を浮かべ、聖なる存在へと語りかけていた。 「じゃあ、頑張ろう。もう一つのみんなも頑張ってるんだから」 祈る様に、願う様に、彼女は手を合わせる。明るい笑顔の下に隠した思いは、辛く、そして優しい。 もし、もしも好きな人が居たら、その人が『こんな風』に死者となったら――どうするのか。 私は、と紡ぎ掛けた言葉を飲み込んだ。死んでしまっても、理性が残ってなくても、ヒト出なくても。大切な、大好きな人と言うことには変わりなくて。唇に浮かべた言葉は本音。 「悲しみが増えるだけなんて、嫌だよッ!」 死者をも巻き込んで広がった聖なる炎が、身を焼く。それでもアリオーソは笑った。ヴァイオリンから指先を離さない。 フィクサードを助けるという行為に複雑さを感じながら要は叫ぶ。叫んでは、彼女の目の前の敵をリベリスタはなぎ倒す。 「死して尚眠る事すら許されないとは――見過ごす事ができません。 私は、アークとして……何より、我が矜持を持って! 必ずやこの場は護り抜きましょう!」 声を荒げ、赤い瞳を見開いて。世界を守るべく、その矜持が為に。傷つく体を癒す癒し手らを驚異から護るべく。 要は叫び、立つ。 望まれぬ事を強要される苦しみが、生き往く者へと死を与える脅威が、胸を抉るその前に。 ――でも、フィクサードだ。 「……逆凪であろうとも、其れでも見過ごす事ができましょうか」 「アークは、リベリスタは、何時までも逆凪を守って戦えるほど余裕もない。今だけです」 次に会ったら敵同士なのだから。この場所で何をしていたのか。逆凪、全てをも含む蛇が相食む場所。戦況を見極めながら、懸命に指示を行うミリィはその身を挺してでも後衛を護ろうと滑り込む。 ベムレクトの奏でるヴァイオリンが、アリオーソの奏でるヴァイオリンが。二手から攻め込まれる其れが。 中心で庇う様に言葉を吐き出す要の運命が燃え上る。補佐に立ちまわっているミリィが顔を顰める。後衛に死者が行かぬようにとふらりと立ち上がる要の間近で杖を振るい焼き滅ぼす。 聖なる炎が、憤怒の赤が、放たれる銃痕が。 死者を蝕み、死者を悼む。痛み、悼んだその末にアリオーソは目を細める。まるで、死者を悼む事をしない彼女の表情にミリィは唇を噛んだ。 鳴りやまぬ愛歌、其れに合わさる彼女の友人との二重奏。彼女が奏でたい『二重奏』の相手は今どうなのか。 頬を掠る爪先に、滴る血も気にせずに隆明は銃から弾丸を吐き出した。 「纏めて撃ち抜いて、やるぜ、俺のこの自慢の銃でな!」 挟撃。それ故に負担が大きく彼は一度運命を捧げている、けれど、祈りは止まらない。死者を、生者を、何より全てを守るべく。祈り祈りて、眠りを捧げる。 リスキーな選択をしていると頬を伝う血を拭い、振るった拳は自身の祈りを込めたもの。昔やった死者を撃ち殺すゲームの様な世界。リアルとヴァーチャルは違う。否応なしに其れは解った。 その身に降りかかる痛みが、目の前の惨状が、リアリティを醸し出す。悪い夢でも見ている様だった。 麻衣の歌が仲間達を勇気づける。小さな体で、彼女は懸命に仲間達を鼓舞した。自身は絶対者だから、何にでも屈しないから、だから――癒す。間に合わない場所を補佐するが如く手を差し伸べて、アリステアは歌った。 自身らを中心に周囲を囲んだ死体の群れ。震える体で、癒しを謳い、戦場を整えるアリステア。嗚呼、死んだら土に潜って居たい。死んでから身体を如何にかされるなんて気持ち悪くて堪らない。その背に走る悪寒が、目の前の死体を眺めるごとに悲哀へと変わる。 「全てぶちまけろやぁっっ!」 烈風が巻き起こる。叩き込むのは自身が起こす激しき高速の術。赤き友人が仕込んでくれたと逆凪にも告げようとしたその技は、死体の臓腑を抉りゆく。 ぐちゃり、気色悪い感触が、音が、ヴァイオリンの音色に混ざって響く。だが、彼は止まらない。 指先で輝くVœux perpétuelsが、手首でその存在を表すJe t'aime à la folieが確かに力をくれているから。 「こんな状況は、止めなけりゃいけないよね?」 互いの背中が離れる。挟み来る死者の体を交わしては、踏み込んだその拳は憤怒の業火を帯びたままに叩きつけられる。 嗚呼、火葬とでも言おうか。燃えるその炎の中、身体を反転させ、避ける真空の刃。避けきれず肩を掠る其れは其の侭死体の額を抉る。 戦場を奏でて放つ刃はアリオーソのヴァイオリンにきん、と当たる。傷つく其れに視線を揺らし、貴女、と目をやった彼女の前に放たれるマジックアロー。最後の最後の一手だった。 櫻子は叫ぶ。回復手として、公園の遊具に隠れていたその身を起して、声を張る。 「アリオ、と呼んで下さるヴィオの声がわたくしを勇気づけるんですわ!」 「愛は二人きりのものですわ。他者を巻き込むなんてあってはならないこと――貴女の愛は紛い物ですわ!」 ――ぴん。 弦が切れた。 ● 二重奏はもう鳴らない。ただ、緩やかに響き渡るヴァイオリンに激しく消費しながらも、戦場を見回したミリィはまだ応戦の視線を解かない。 疲弊する夏栖斗と竜一を鼓舞しては傷つく自身の身を抱えたアリステアも怯えの色を浮かべたままに懸命に目で追っている。 櫻子とアリオーソの視線が交わる。 恋情を理解できると言った女と、歪んだ恋情の女。 嗚呼、女は月を見上げて、弦の切れたヴァイオリンから手を離す。弦で切った指先からリベリスタらと何ら変わらぬ赤い血が滴り落ちた。 「ベムレクト!」 ヴァイオリンの音色が止まる。戦闘を開始してから経過していた時間を胸元から取り出した懐中時計に目をやって、アリオーソはゆったりと笑う。 「何? アリオーソちゃん、彼氏とのデートの時間?」 「ふふ、ええ。我が最愛のヴィオとのデートのお時間ですわ」 幸せそうに笑うその姿は彼らの身の周りにいる『恋する乙女』となんら変わりない。その姿を見ながらも彼女の『最愛の男性』と交戦を行っている友人へと連絡を取った竜一はじっとアリオーソを見つめた。 行動パターンを見極めようとするリベリスタらの前で何も告げることなくくすくすと笑みを零す。女はただの『恋に生きる女』でしかなかった。 「デートの時間には間に合いそうなの?」 夏栖斗の言葉に「いけないわ」と告げるかの様にアリオーソは背を向ける。蠢く死者の群れから友人たる男を連れて去る女の背中に櫻子は小さく溜め息をつく。 彼女らの欲しい譜面(スコア)は常に綴られ続ける。最愛の人との最高の運命(スコア)。 「愛しい人と二人きりで奏でる音が、譜面通りとは限らないのですわ」 溜め息は、飲みこまれる。 溶けあった心の破片と音の破片を混ぜ込んで、静かに響き渡るものはもう聞こえない。 ただ、月は静かに揺らいでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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