● 木々はざわめき、秋風に合わせ、落ち葉が舞い踊る。 森に囲まれた林道は、今日も静かな音色を生み出し続けていた。 すると其処へ加わったのは、一つの笛の音。 伸びやかで澄み渡ったその音はすぐに自然と溶け込み、いつしか主旋律となってゆく。 “何処かから聞こえてくる悲鳴じみた声々”さえも、アクセントとして曲を彩っているのだ。 そう、この笛の音を一言で評すならば―――― 「小鳥さん!」 響き渡った大声は、主旋律をぴたりと止ませた。 笛吹きの娘は、声のする方へと即座に振り向く。 演奏に意識が入り過ぎて気づかなかったが、いつの間にか傍らにはとても小さな少女が居たのだ。 「……小鳥を探していたの?」 「うんっ。けど、おねえちゃんのふえだったのね。すごい!」 よく見ると年齢は6歳程であろうか。 身に纏った質素なワンピースは、喪に服す黒色。 「キミ一人?」 「ううん。おばあちゃんの『おはか』にパパとママがいるの。 それでね、さっき小鳥さんのこえがきこえて、ひとりで探しにきたのよっ」 「そう……。そろそろ二人とも、キミを探しに来るんじゃないかしら?」 そう言って笛吹き娘が指差した先は、真っ直ぐな道の向こうに建てられた霊園。 其処の門扉から次々と、沢山の人達が林道へ向かって歩いてきていた。 「あっ。パパ、ママ!」 指し示された方向へ、少女は夢中で駆け出した。 大勢の群れの後ろに、パパとママを見つけたから。 だが、その足音もすぐに止まる。 無垢な瞳は、近づいてくる『異変』を捉えてしまった。 近づいてくるあの群れは、人間じゃない。辛うじて原型を留めた白骨達。 そして白骨達の後方にいるのは――崩れた顔、腐敗した躯。 ゾンビのような、両親達。 違う。パパじゃない、ママじゃない。あんなのが大好きな二人であってほしくない。 顔が、瞳が、警戒に満ち、恐怖で濁る。 「おねえちゃ、たす、け――!」 「そうだった。コレね、フルートっていうの。綺麗な音でしょう?」 髪と同じ金色の翼をはためかせ、笛吹き娘は空へと昇る。 悪らしくない温和な笑みを浮かべ。『混沌』の音色を、奏でながら。 ● 「皆に向かってもらいたいのは、山麓に位置する林道。 一人のフィクサードと、彼女が呼び寄せた死体達。 それと、生存者が一人いる」 まずは順を追って話すね、と。 『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)は前置きすら無く説明を始めた。 淡々とした口調や表情だけは変わらないものの、異なる彩りの双眸は僅かに緊張を帯びている。 「まずは今回の主犯であるフィクサード。フルートを扱う笛吹き娘。 霊園から少し離れた安全な林道で、楽器を用いて死体達を黄泉返らせていたの。 ネクロマンサー……つまり、死体や霊魂を操る術に長けている。 推測するに、『福音の指揮者』ケイオス率いる私兵集団『楽団』のメンバーだと思う」 フィクサードは霊園から少し離れた安全な林道にて、死体達を黄泉返らせていたという。 静かに呼吸を一つ。イヴは再度、口を開く。 「それと、E・アンデッドでは無い、30体の死体達。 主に霊園で供養されていた白骨遺体。 だけど、殺されたばかりの……霊園に訪れた人達のゾンビも混ざってる。 とてもしぶとくて、体の部位が欠けても執拗に襲いかかってくるわ」 情報が不足していて、分かっているのはこれだけだとイヴは言った。 目的も、実力も、詳しい能力も。謎に包まれ、突如現れた私兵集団達。 然し、死体を操り惨劇を巻き起こそうとしているのは事実。 此処で食い止めなければ、さらなる犠牲や哀しみが増えてしまうだけだ。 リベリスタ達と視線を合わせ、彼等の戦う意志をイヴは感じ取った。 先程よりもハッキリとした口取りで、一言一言を、伝えていく。 「最後に、生存者について。 両親と一緒に霊園へ墓参りに来た、6歳くらいの小さな女の子。 霊園から離れていたから、『彼女だけは』まだ殺されていない。 けど、此処で放置してしまったら、彼女も両親と同じように死体として操られるはず」 目の前に三十体もの死体達。そして、背後にはフィクサード。 リベリスタ達が到着できる頃には、少女は絶体絶命の危機に陥っているのだ。 箱舟の戦士達へ向けて、イヴは改めて任務目標を示した。 「操られた死体を殲滅して、彼女を――生存者を、救出してきて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:明合ナオタロウ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月06日(木)22:14 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「おうじさま……?」 大きな驚きと、微かなときめき。 突然現れた“おうじさま”に抱きかかえられた幼い少女は、感嘆の一声をあげた。 まるで童話の世界に入り込んだかのように、目をきらきらと輝かせて。 ――そう。この様子だとまだ、死体には気づいていない。 “おうじさま”――『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は常の笑みに僅かな安堵を混じえる。 身体能力を引き上げ、己の全速力を以て駆けつけた事が功を成し、先ずはこの少女を無事に保護できたのだ。 幸福を象徴す翼を翻せば、一枚の青い羽根は軽やかに宙を舞う。 風の中で踊るそれを指先で掴んだのは、同じく翼を背に携えた笛吹き娘であった。 手中でくるくると回して羽根を弄んでは、次々と林道へと揃うリベリスタ達へ視線を投げ、くすりと笑みを零す。 「あら……箱舟の方? やっぱりいらっしゃるのね。ワタシの演奏を聴きに来たの?」 「得体の知れない『楽団』の音楽に興味はありません。……私達には、為すべき任務があります」 挑発的な彼女の言葉に対し、真っ直ぐな宣戦布告を返したのは『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)。 操られた死者達をこの手で倒し、彼らを再び安らかに眠らせる――それが彼女等『アーク』の為すべき任務。 此方へと迫り来る敵……死者達を、戦巫女は怜悧な黒眸で見据えた。 そんな中、続けて到着した『トゥモローネバーダイ』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)は急ぎ、青翼の少年の元へと向かってゆく。勿論、彼に保護された少女をこの場から救う為に。 抱きかかえていた少女を降ろし、亘はレナーテへと彼女を委ねた。「彼女をお願いします」と、一言。頷き合い、幼い少女を騎士へと託す。 レナーテはしゃがみ、背の低い少女と目線を合わせて話しかけた。 急に知らない人の言う事を聞くのは難しいかもしれないけれど――と、念の為に前置きしながら。 「私達はあなたを助けたいの。お願いだから、少しだけ言う事を聞いてもらえるかしら?」 幸運な事に死者達の姿にはまだ気づいていないようだが、目の前にいる少女自身、まったく状況が飲み込めないはずであろう。 しかし、少女はうんと素直に頷いた。嘘偽りない真っ直ぐな願いは、年相応――或いは年齢以上に純真な彼女へと確かに届く。 「せっかくパパやママに会えるのに、ねえ?」 唐突に口を挟んできたのは案の定、笛吹き娘である。 静かな敵意を込めた一瞥を彼女へと向けた後、レナーテは少女の手を確りと握る。小さな手、小さな命。決して、離さぬように。 ――何があろうと、絶対にこの命だけは助ける。 リベリスタ達の陣形よりも後方――先程通ってきた道の向こうへと、走って連れて行った。 バイバイと手を振り、笛吹き娘は彼女等を見送る。焦りの色など微塵もない、随分と余裕めいた笑みを浮かべて。 「――あーあ、あの子にも私の観客(ファン)になってもらいたかったけれど」 (ファン、ね……僕だったらちょっと御免だなぁ) わざとらしく呟いて、暢気そうな様子を見せる娘を横目に、『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)は呆れ気味に苦笑する。 見るも無残な死者達を観客として扱うなど、中々に変わった趣味をしている娘だと感じたのだ。――リィン自身としては、敵であるならば構わないのだが。 そして、徐々に群衆達の姿も近づいてゆく。地の底から響くような呻き声はゾンビのものであろうか。 動きは少々鈍いが、未知の敵であるからこそ決して侮れる相手では無い事は重々承知している。 穢らわしき死者達を目の当たりになろうとも『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)の銀の瞳は、冴ゆる光を宿したままであった。 (死者達との輪舞――前奏はフルート協奏曲ですか。ならば見せて差し上げましょう) 私達の演奏を。私達の舞台を。 「楽器のお手入れは済ませましたか? 楽譜の読み込みは? 練習に怠りはございませんか?」 挑むように、気高く。アーデルハイトが笛吹き娘へと問えば、彼女は答えの代わりにくすりと微笑みフルートを唇へ近づける。 「――宜しい。それでは楽団の名に恥じぬ演奏を期待致します」 吹き荒んだ寒風は旋律を描き、枯葉は音符のように跳ね舞い。 斯くして、舞台は開幕す。 土となるまで、灰となるまで、塵となるまで。箱舟の演者達は、覚悟を以て盛大に舞うだろう。 美しきフルートの音色に、演者への嘲りを乗せて。奏でながら小鳥は嗤う。 どうしてこんなにも必死なのかしら。こんなの、たかだか序曲なのに。 ● 「とっとと気色悪い連中には退場を願うとするぜ!」 その気迫は猛虎の如く。『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は真正面から堂々と、一体の白骨と対峙する。 『Naglering』――嘗て伝説を創った英雄の剣と同様の名を刻まれた得物を大きく振るえば、虚空の刃が生み出され、白骨はがしゃんと激しい音を立てて崩れ落ちる。 破壊を極めた戦士、デュランダル。肉体の限界を超えた彼の力は、普通の相手であるならば痛烈な一撃となる、はずなのである。 しかし――、 「クッ……これでもまだ動けるってのか?」 「肉体そのものの耐久力は兎も角として、しぶとさはかなりあるようですね……」 冷静に分析するのは、後方にて仲間の支援として動く『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)。 サングラスの奥の彼の赤眼は一度の瞬きも無く、先ほどディートリッヒに攻撃された白骨を凝視していた。 真空刃によって真っ二つにされた躯は、匍匐前進してもなお上半身を動かし、怯むこと無く此方へとまた向かってきている。 嫌でも沸き立つ緊迫感を抑え込みながら、アルフォンソが展開するのはオフェンサードクトリン。効率は瞬く間にリベリスタ全員へと共有され、攻撃力が向上された。 「なら粉々にさせるまで踊り続けるのみッス。さあ――ぶった斬るッスよ!」 軽やかな跳躍に合わせて、鼠の耳は愛らしく動く。 『Line of dance』リル・リトル・リトル(BNE001146)のタンバリンに仕込まれた凶爪が、白骨の足元を斬り裂いた。 喝采の拍手にも似た音を出し、人骨は虚しく砕け落ちる。ピクリとも動かなくなった骨は、アンコールを御所望では無い様子。 戦場の中で流れ続けるままのフルートの音に合わせて、さらにリルは次の標的へと狙いを定めた。――澄んだそのメロディに、密かに惹かれながら。 リズムが揃えられた戦法によって、少しずつではあるが死体達の数も減っていく。 そして一人一人の戦闘力にも優れているリベリスタ側だが、此度の戦闘はかなり不利な状況下であるのは理解していた。 火力の花形であるリィンとアーデルハイトを庇うという方針、そして死体側の圧倒的な数の暴力よって、着々と前衛へダメージが集中していく。 (これではオートキュアの付与も間に合わな……、ッ!?) 立て続けに繰り出される噛み付き、突撃。 単調な攻撃も、積み重なっては油断できないものだと判断する真琴に、上半身のみの白骨が容赦なく飛びかってきた。 柔肌が喰らいつかれ、鮮血が迸る。しかしパーフェクトガードの恩恵もあってか、幸い傷は深いものではない。 だが、回復手がいないという悪条件は、リベリスタ側を危うい局面へと少しずつ追い詰めていった。 「クスクス、油断してるとワタシの虜にされちゃうわよ? 箱舟の皆さん」 上空から聴こえてくるのは、一旦演奏を止めた笛吹き娘の声だ。 リベリスタ達が死体達と交戦している間、彼女は空へと昇って悠々と戦況を見物していた。 彼等が自分を極力狙わないのを悟った為か、その慢心ぶりは止まる事を知らない。 「えぇ、綺麗な音色なのは本当ね。でも、既に眠ってる人を叩き起こすのはよろしくないんじゃないかしら」 レナーテの強かな声が、笛吹き娘の耳に届く。少女を避難させ終え、リベリスタ達の元へ合流したのだ。 「ワタシのフルートに惚れたから目覚めただけなのに、ねえ。 それに、ワタシはただ彼等を起こしているだけじゃないのよ? おねえさん」 どういうこと? と、続けて問う前に、リィンを狙ったゾンビの突撃を庇う。――そして気づいた。 先程まで前衛を中心に真っ向面から攻め入られていたはずが、何故いま後衛にまで攻撃が飛んできたのか。 考えれば答えは簡単に分かる。敵の数は最大30体。今は数体ほど撃退はできたものの、まだ数は多い。そう、真っ直ぐ前衛に攻撃しようとも、閊えてしまう程に。 攻撃が届かない白骨やゾンビは、迂回して後衛を狙うしか無い。――しかし、理性など崩壊しているであろう死体達は、其処まで頭がまわるのか。 「考えれば答えは簡単に分かるんじゃない?」 「……やれやれ。綺麗な顔をして、とんだ恐ろしいお嬢さんだ。壇上に登るのはお嫌いなのかい?」 またもや挑発的な態度をとる笛吹き娘を見やり、答えが分かってしまったのはリィンであった。自嘲めいた微笑で顔を歪ませ、ふぅと一つ溜め息を零す。 卑怯なやり方は流石フィクサードと言ったところか。自らは舞台に上がらず、間接的に、自然な形で、リベリスタを狙う事ができる。 ――――死体達を“操る”、ネクロマンサーなのだから。 ● 聞く限りでは素敵な音色だというのに。――などという本音は飲み込んで。 白骨の一体を斬り伏せたのちに亘は、空を翔ぶ娘を見上げて呼びかけた。 「遅ればせながら――御機嫌よう、金色の小鳥さん。自分は天風亘と申します」 先ずは自ら名乗り、丁寧に礼をする。戦場で、相手が敵であっても礼儀は忘れない。場の空気に流されず、彼の態度は飄然としたものであった。 思わず笛吹き娘もたじろぐが、すぐまた笑みを作り直して「ご丁寧に、ありがとう」と余裕を演出させる。 「ふふ、これも何かの縁。宜しければ、貴方のお名前を教えて頂けませんか?」 「名前――……名前、ね」 聞く人がいるとは思わなかったわと、無意識のうちに笛吹き娘は呟いていた。煌びやかな二つ名も無い自分に、果たして称すべき名などあるのかと。 少し悩んでから、笛吹き娘は笑って答えた。 「この観客(ファン)達を鎮める事ができたのなら、教えてあげる」 次々と止まる事の無い襲撃。 自然に癒える再生さえも、無慈悲にまた傷が上塗りされてゆく。 リジェネレートを凌駕する連撃に耐え切れず、遂に真琴とディートリッヒはフェイトを燃やして立ち上がった。 「私は吸血鬼……不死の王たる者。さあ、舞いましょう。共に」 楚々とした宣言と同時に、夜闇のマントが翻される。アーデルハイトが放った雷撃は全ての死者達を射抜き、その中でも損傷が酷い幾体もの白骨を地へと跪かせた。 次いで降るのは烈火の雨――リィンのインドラの矢である。 「これだけ数が多いと、踊らせ甲斐があるというものだ。さあ、業火に踊りなよ」 地獄を想わす業火は煮え滾り、跡形もなく白骨を全滅させ……果ては後衛を狙ってきていたゾンビをも焼き尽くす。絶大且つ広範囲の魔術は、たった一撃でも死体達を一掃していった。 あらあらすごい、と笛吹き娘は内心感嘆しながらも、フルートを演奏し続ける。 その旋律に合わせ、シャンシャンと心地の良い音色が重なった。リルが愛用する、タンバリンの鈴である。 戦場に流れるハーモニーの中で、リルは瞬間記憶でメロディを頭に、心に刻む。まるで自然と会話をしているような調べは素朴ながらも時に弾んで、聴く者を決して退屈させない。 「その音色で一度踊ってみたかったッス。『楽団』のソロコンサート……音を使う相手は、ワクワクするッスから」 踊りを愛する者として。リルはステップを踏みながら素直な想いを吐露する。 するとフルートから一度、口を離して。「お褒めの言葉、ありがとう」とにこやかに娘は会釈した。 「ねえ、『幽鳥』ってご存知? 森奥に住まう鳥のコト。外へと飛び立つ姿を見る機会は、きっと滅多に無いわ」 一拍置いて、語りだしたのは未だ奏でぬ奇想曲についての持論。 唇に人差し指をあてがって、鼠の踊り子へ囁くように一言。――追いかけていると、迷子になるわよ。 何のことかと不思議に想うリルであった。が、瞬間、彼の腹目掛けてゾンビが齧りついた。 すぐさま引き離すが、急所を突いた一撃はかなり重い。傷を手で抑えながら――それでも、魅せる戦いは止める事無く、リルは舞い続ける。 刃の一閃は美しく、爆発的な神秘の魔力は華やかに。 熾烈を極める戦いは、終わりを迎えかけた秋の彩りだけでなく、血の赤をも添えて。 華を飾る魔術師達は未だ軽傷である。しかし、舞台に精彩を加えるレイザータクトのアルフォンソは自らの命運を犠牲にしながら、神秘を纏う閃光弾を擲つ。 死者達の腐敗した躯に衝撃を走らせ、確実にリベリスタ達へ攻撃のチャンスが与えられる。 これを好機と思わんばかりに、ディートリッヒは咆哮をあげて荒々しく踏み込む。ぎらつく碧眼に映るのは、ボロボロのゾンビ一体。 畳み掛けるように剣を撃ち込んで激しい重圧を与えれば、ゾンビは無様にぐしゃりと躯を破砕されて動かなくなった。まるで野獣に喰われた、か弱い動物のように。 そして真琴が次のゾンビへと神聖なる鉄槌を容赦無く振り下ろし、怯んだ隙に亘が光の飛沫を生む刺突を見舞う。無数の連撃を終えた短刀を振れば、森の中に凛と澄んだ風の音が響いた。 「あらあら、凄いわね……。あんなに居た観客(ファン)がこんなにも、もう」 確信していた勝利が、脳裏で崩れ去ってしまっているのか。やがて笛吹き娘の温和な顔にも、焦りが見えてくる。 無理もない。白骨は全て殲滅され、残るは二体のゾンビのみ。どう捉えても勝機など見えない。 亘はそんな様子を見、彼女へと再び笑みを向ける。彼の愛刀――『Aura』の峰をそっと指でなぞりながら、優しく告げた。 「ふふ……次はこの刃で、あなたを斬り伏せ魅せてみましょう」 「な、なんですって……!? いいえ、まだよ。まだ兵は残っているわ」 焦燥の炎は、うら若き少女の心に咲き広がる花園をも燃やす。観客と呼び続けていた死体達を『配下』と認めたのだ。 笛吹き娘はまたもフルートを鳴らし、残るゾンビを指揮させる――暇すらも与えずに、 「悪いね。そろそろ、終曲といこうか」 クライマックスは業火に、華々しく。リィンは二体ものゾンビを纏めて焼失させた。 笛吹き娘の引き攣った笑みは、最初に会った時の余裕など微塵も感じさせないくらいに哀れで。 運命は箱舟の演者達へと、万雷の拍手を送ったのだった。 ● 「――『フルーティスト』カナリーノ・カンタペルメ」 「はい……?」 「兵……じゃなくて、観客(ファン)を鎮めたのだから、約束通り。 この羽根は名刺替わりに取っておくから。箱舟の皆さん、Ciao(チャオ)!」 左手に摘まれた青い羽根をひらひらと揺らし、吐いた言葉は捨て台詞。 金色の翼を大きく広げて笛吹き娘――カナリーノは飛び去っていった。ほんの一瞬だけ垣間見る事ができた彼女の顔は、悔しさに満ちていて何やら拗ねている様に感じた。 一先ず、悪曲に終止符をうてたようですね……と、嵐が過ぎ去ったような静けさに浸りながら、ふうと亘は溜め息を零す。 (灰塵と化したのは死体達だけでなく、彼女の――いえ、此処で言うのはやめておきましょうか) さすがに口に出すと彼女のプライドをまたズタズタにしてしまう恐れがあるだろう。空気を汲んだアーデルハイトは、湧き出た心情を胸の内だけに留める。 そしてふと、視線を感じたアルフォンソは振り返る。木陰から此方の様子を伺っている影は、見覚えがある――先程避難させた、あの幼い少女だった。 「……なんで戻ってきたの?」 すぐさま少女の元へと駆け寄ったレナーテは、感情を押し殺した声で彼女に問う。 少々びくりと肩を震わせた少女ではあったが、臆せずにハッキリと答えた。 「“おねえちゃん”のフルートをね、またききたかったの。すっごくきれいだったから……」 ”おねえちゃん”――というのは、ついさっき去っていった“彼女”の事を指しているのだろう。 この少女には、これから父と母についてを説明する必要がある――が、真実を全て打ち明けるには、余りにも彼女は無垢すぎる。 (……笛吹き娘についてだけは、この子には伏せた方が良いかもしれないわね) 死者を呼ぶ禍の音色は、純真な少女の心を確りと掴んでいた。 兵としてではなく。紛れもない、たった一人の観客(ファン)として。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|