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<混沌組曲・序>君に溺れるワルツ


 海が近いのだと、潮騒の音で気づいた。其れすらも自然の奏でるスコア。五線譜に並べられた音符を指で辿る。
 ――appasionato。
 死を尊いと思うか、死をも克服できればその尊さも恐怖も全て喪うのではないか。
 唇に浮かべた薄い笑み。少年はくつくつと喉を鳴らす。
「さあ、僕が奏でるから、一緒に踊ろうよ」
 潮騒の音が、彼の奏でるクラリネットの音色と混ざり合う。
 一度指を離してラ。そして全てを塞ぎ、シへと移行する指先は、軽やかに響き渡る。踊るにしては単調で、音の足りないヘンテコなワルツ。
 マウスピースを加えこみ、唇に触れたリード。すう、と息を吸い込んで指先を滑らせた。
「死にたくなんてなかったよね。寂しいよね、大丈夫だよ。僕が其れを取り除いてあげる」
 まだ年若い少年には思えない様な、甘ったるい声音。囁く様に近寄って、鳴り響く音色に酔いしれて。
「踊ろう、死霊のワルツ。君が望まぬ死から僕が連れだしてあげる」


「お化け怖い――なんて言ってられないわね。事件よ、直ぐに対応をお願いしたいの」
 常なれば謳う様に紡ぐ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の言葉は至ってシンプルなものであった。幼いかんばせに貼りつけた緊張の色は普段よりも濃く、事件が急を要していると事をその表情一杯に浮かべている。
「海の近い集落に向かっている死霊の行進があるの。其れを止めて頂きたいの」
「死霊の、行進?」
 ぴたりとリベリスタの動きが止まる。お化けが怖いと最初に紡いだ予見者の言葉にしても違和感を禁じ得ない。『死霊』の行進。アンデッドと明確に記すでもなく、曖昧な表現を行う予見者は小さく息を吐いて資料を捲くった。
「御免なさい、情報はとても少ないの。ただ、分かっている事はエリューションではない『死体』達が動きまわっている、ということ。……これって、俗に言う『ネクロマンシー』とかかしら。それを手引きする『楽団』がいるわ。彼らが関わっていると分かっても、その術のからくりについては良く分からないの」
「楽団……」
「ええ、噂には聞いてるでしょう?
 来日した『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが率いる楽団よ」
 その言葉にブリーフィングルームに緊張が走る。
 厳かな歪夜十三使徒の一つに数えられている『福音の指揮者』達の術。情報がないのも当たり前だが、その実力も未知数だ。
「海の近くの墓地があるの。自殺の名所が近くでね、時々打ち上げられた死体を供養していたりする場所なのだけど……。その墓地から突如死体や、骸骨が起きあがって、近くの集落に向かっているわ」
 このままではその『死霊の行進』はその集落に攻め込み住まう村人たちを殺してしまうだろう。
 其れを止めて、と小さな声で予見者は紡ぐ。
「情報は少ない、けれど、戦わなければいけないわ。……止めなければ、誰かが傷つく。それに、死者が増えれば彼らの戦力の増強にも繋がっていくと思うの」
 そんなこと、許せるわけがないし止めなければ今後が厄介になる、とはっきりと予見者は言った。
「戦闘で奏でるのは此方の仕事、でしょう。さあ、魅せて、見せましょう?」
 どうぞ、ご武運を。フォーチュナは祈るように呟いた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年11月27日(火)22:33
こんにちは、椿です。新章なのです。

●成功条件
死者の行進を止めること(フィクサードの生死逃亡はこれに含みません)

●場所情報
時刻は夜。潮騒が聞こえる小さな集落に隣接する墓地。広さはそれなりですが、障害物に墓石などがあります。また、集落が隣接している為に、戦闘が長く続くと一般人が様子を見に訪れる可能性があります。

●フィクサード『ハリューチェ』
ジーニアス。ジョブ不明。ケイオス率いる『楽団』に所属しているフィクサード。
少年のような容姿をしておりクラリネットを奏でるのが得意。
彼自身は「望まぬ死を与えたのだから、自由に踊らせてあげてよ」という想いを抱きながら死者と行進しているようです。
戦闘についての情報は不明ですが、霊魂を使用した攻撃等を行えるようです。あくまで楽器を奏でる事が好きであり、戦闘意欲はほぼありません。危険を感じると逃走します。

●死者の行進×20
ハリューチェの奏でる音楽に誘われる様に踊る『死体』達です。自殺の名所が近い為に其処で見つかった死体などがこれに含まれます。
生前の知性や理性は断片的にしかなく非常に獰猛です。タフであり、身体が幾ら傷つけられても気にとめません。

お化け怖いです。どうぞよろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
プロアデプト
逢坂 彩音(BNE000675)
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
インヤンマスター
門真 螢衣(BNE001036)
ナイトクリーク
御津代 鉅(BNE001657)
プロアデプト
如月・達哉(BNE001662)
ダークナイト
逢坂 黄泉路(BNE003449)
ダークナイト
スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)


 海が近いのだと、耳を擽る潮騒の音で気付いた。襲い来る死者の群れに瞬きを繰り返しては『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)は胸を押さえて、声を張る。
 弱虫は、弱虫のままではいられなかった。その剣が『弱き』の為に振るわれると、戦士としての誇りを胸に少女は暗闇を作り出す。
 死者の群れに飲まれながらも踊る『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)の為の円舞曲は止まらない。
 こてんと首を傾げたクラリネット奏者が嗤う。指先は唇にあてられた、紡がれる言葉は少女が張り上げた言葉への返答。

 ――calmando!


 シン、と静寂が張り詰める墓地の中に異質なモノの気配を感じてリベリスタ達は足をとめた。張りめぐらされている強結界の中、その場に似合わない明るいクラリネットの音色は只、楽しげであった。
「望まぬ死……か。自殺は果たして望まぬ死なのだろうか」
 黄泉路へと誘う死神は眼帯に覆われた右目に触れてから斬射刃弓「輪廻」を握りしめる。形状を変えて、刃をあらわにした其れは『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)の手に良く馴染んでいた。
 生をこれ以上続ける事を望まなかった。死ぬしかないと先を見据える事が出来なかった。その手が掴まなかった『選択肢』は、その手が掴む事を望まなかった選択肢なのではないか――果たして、それは望まぬ死なのか。
「自殺自身は自らの意思の下で行われる事だろう……? 違うのか」
 彼の言葉に、クラリネットを握りしめた少年はくすくすと笑う。痩身をタキシードに包んだ彼の指先は管の上を走る。ラからシへ。ほっそりとした指先が動く。
「――死者は還らず、次なる生を待つものだ。
 無理やり戻されたその魂、正しく黄泉路へ返してやろう」
 ぶわり、『黄泉路』へ返す死神の、黄泉路の体を包み込む闇。惑わせる夜色にクラリネット奏者――ハリューチェは幸せそうに笑みを漏らす。嗚呼、嗚呼、なんて楽しいのか。きっと、死体になれば素敵なんだろうな、と彼の唇は紡ぐ。
 だが、彼には戦意は全くと言っていいほど見受けられない。唯、奏でたいとその意思が滲みでていた。演奏をはじめようとリードを唇にあてた時、暗視ゴーグルに包まれた赤い瞳が彼を射ぬく。
「――貴方、バロックナイツが率いる『楽団』の方なのですか」
 気だるさと先行きの暗さ――バロックナイツと再び相見える可能性に不安げな表情を浮かべた『下策士』門真 螢衣(BNE001036)の瞳が真っ直ぐに射抜く。表情の裏に隠した知的探究心。死体を動かすなど『死者への冒涜だ』と罵る仲間達の中で螢衣だけは輝く瞳で其れを是としていた。研究者は好奇心には勝てない。知識の澱みへと向けられた欲求はハリューチェそのものを見据えている。
「御機嫌よう。クラリネット奏者のハリューチェだ。以後、よろしく頼もう」
「ふふ、どうもご丁寧に。
 こんばんは、ハリューチェさん。私はスペード。アークのリベリスタです」
 貴方の演奏で、ダンスを踊る影。スペードの色違いの瞳がらん、と輝く。
 円舞曲は誰の為か。踊る者と奏でる者と――踊る死者の姿に『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の瞳は哀しげに細められる。確かに踊るのはスペードらリベリスタだ。だが、墓場(ダンスホール)に存在するのはリベリスタとフィクサードだけではない。
「……彼らは、死者なんだよね……? エリューションでは、ないんだよね?」
「君達が言うエリューション、ではないね」
 くすくすと、笑う。運命に愛されることなくその身に因子を取り込んだ『為らず』ではない。アンジェリカ達の身の周りで普通に生活している護るべき物が朽ち果てた姿。唯の、人なのだ。
 その言葉に涙を浮かべて、優しい少女は唇を噛み締めた。
「音楽で操るなんて、許せないよ……っ! 絶対に、絶対に止めて見せる」
 握りしめたヴァイオリン。奏でるのは彼女が聞こえてくる演奏を頭に叩き込んだハリューチェの奏でるスコア。相対するスコアを頭の中に構築させてアンジェリカは奏でた。二つの音がぶつかり合って、奏であって、死者が其れで止まればよいのにと力強く演奏を続ける。
 ――♪
 奏でられる歪な二重奏の中、じっと死者を見つめていた『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は皮肉そうに笑ってクラリネット奏者の少年を見つめた。
 嗚呼、死を望む人間など少ないというのに――
「自殺って、望んでないのかな?」
「望まぬ死を与えられたから、君は動かしているんだろう?」
「ふふ、『望まぬ死を与えられたきっかけ』が居るだろう? 死を望まなければならなくなるなんて、可哀想」
 唇が歪む。スローイングダガーを投げるでもなく、サングラス越しに瞳は死体をじっと見据えるだけだった。彼は、ただ、死体が何故動いているかを見据えるだけ。
「死人なんざ叩き起こしてたらあっという間に世界は死体で埋まっちまうんだ。
 起きたら叩き潰される。二度も望まぬ終わりを与えるなんて――そっちの方がどうかしてんだろ」
「死者を動かすなんて、悪趣味だね。望まぬ死などこの世界に沢山溢れかえっているのにね」
 舞台に上る女優は演じる様にゆるりと笑う。銀の髪がふわりと揺れて、『黄昏の賢者』逢坂 彩音(BNE000675)は希望の輝きを構えなおす。
「さあ、聞かせておくれよ。阻止してあげるからね。――君の話し相手に、なりたい」
 弾きだされた先読みの鋭い攻撃が敵を射ぬく。蠢く死体は腕を弾き飛ばされても地を這いながら彼女らの足元へと忍び寄った。
 自身らよりも敵の数が多い中、印を結ぶ螢衣の表情に焦りの色が浮かび始める。指先が結ぶ印は詠唱と共に主語を弾きだす。鳴り響くアンジェリカのヴァイオリンの音色がクラリネットを打ち消しても続くその音色に螢衣は顔を上げてハリューチェさん、と呼んだ。
「アンデッド操作の術。非常に興味があるのですが――その楽器が、何か?」
「奏者は常に『奏でる楽器』が無ければ唯の人でしかないんだよ」
 甘ったるく、媚びるような声が鼓膜を擽る。苛立ちを隠せないままにショルダーキーボードに指先を滑らせた『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)は嗚呼、どうしたものかなと乱暴に音を奏でる。
「死者を冒涜してる事には代わりねーんだよ! ぶちのめしてやる!」
 シェフという生を踏み台にし自らを生かす職人の怒りは強い。覚悟しとけと睨みつけたその眸は死者達に遮られる。黄泉路とスペードの放つ暗闇に飲まれつつも、頑丈な身体は『死』を得たその反動か痛覚すら感じぬように、呻きながら彼らの体を殴りつけた。
「――ッ」
 つん、と鼻につく臭いに天乃は顔を顰める。酷い腐臭だと天乃は思う。面白い術だとも思う。――此れが『バロックナイツ』の末端なのか。かの『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの率いる楽団の力だというのか。
「死の舞踏……楽しませて、くれるん、でしょ?」
 とん、と地面をけり上げて、軽やかに跳躍する。バトルスーツに包まれた華奢な肢体は闇夜に伸びあがり、死体の群れの中に降り立った。舞う様に、軽やかに斬りつける。
 斬って刻んで、動けなくなるまでに。死をもう一度与える様に天乃は舞う、踊る。奏でられるハリューチェのクラリネットの音色に合わせて、宙を踊った。
「派手に、行こう……」
「お嬢さん、余りに派手でも後ろががら空きだよ?」
 はっとしたように少女は耳を澄ます。発達した五感でひしひしと感じる死の気配に少女は背に振り翳された拳から避けようと身体を逸らす。自身が飛び込んだ場所は敵陣の真ん中。
 回復を謳う達哉の声も届かない。死者の群れに呑み込まれて行く少女は唇を噛み締める。常の攻撃で有れば敵へ刻みつけられる威力が違うのに。
「……ッ、口惜しい、けど、仕方ない、ね」
 仲間達に行かぬようにと一人で飛び込んだ少女の身は死体の群れの中に、埋もれるように沈む。
「天乃さん! ――君の音はこんな音楽を奏でる喜びにあふれているのに、どうしてこんな事をするの!?」
 昇る赤い月が、死体とハリューチェの体を蝕む。心の中で浮かび上がる謝罪に堪え切れない涙が頬を伝った。如何しても、赦せなかった。謳う事も、奏でる事も好きで好きで堪らなかったから。
 神父様が言っていた。死者は尊いのだと――
「ボクは諦めないよ。ボクはボクの魂を込めて奏でる。ボクの大好きな音楽をこんな事に使う奴になんて、負けられないッ」
 合わさる二重奏。降り注ぐは赤い月。目の前に迫り来た死者に目を見開いて、アンジェリカは小さく声を漏らす。
「ボクが、永遠の安らぎを、あげるから……」
 だから、ごめんね。
 彼女の目の前に飛び込んできた黄泉路は刃を振るう。暗闇が死者を包み込む。自身の傷は気にせずに、多くを巻き込んで仲間の身を護る。ダークナイト。その身を武器に、その身を削り戦う者。
「現在の逃亡先が自殺であった自己正当化のナレノハテがこれじゃ浮かばれないな」
「――じゃあ、君は殺されたら其の侭でいいのかい?」
「さあ、どうだろう」
 にやりと歪めた唇。彼の背後から迫りくる闇は弱虫だった少女の心。『強き』を手にして、何よりも『弱き』を護る少女の剣は深い暗闇を刻みつけた。
「貴方の音色、教えてくださいますか?」


 自身の知識を紡ぎ合わせて、魔女の秘術を唱え続ける。まだまだ未完成で構築されつつある其れは螢衣の行動を最低限に留めてしまっていた。
「――30秒で良いのです」
 其れだけ頂ければよいのだと只管に願いを続ける。張りめぐらされてる強結界の中、集落の住民が墓地へと現れる可能性は少ないが、前衛後衛入り乱れた乱戦の中、墓地から出してしまう可能性は否定できなかった。
 庇い手のいない彼女へ迫る死体の群れ。なんとか避けながらも、その身へと振るわれる拳が、噛みつかれる痛みが襲い来る。
「ッ――死体に降りかかった呪いを払しょくして差し上げますから」
 早く、と手繰り寄せる。陣地を形成しようとする中で、少年は残念、と笑った。庇い手が居ない以上、彼女が『何かを企んで立っている』事はハリューチェの視界に入ってしまっていた。誰が護るわけでなく只、知識を手繰る螢衣の頬を死体が殴りつける。
 ぐらり、と視界が揺らぐ。30秒。それは短い様で、戦いの中では長い。ゆっくりと時間が流れる感覚を螢衣は感じた。
 自身の知識の中で使い魔の死体かと問おうとした唇を閉じる。
「ね、後ろががら空きって言ったでしょう」
「――でも、まだ、踊って貰うよ?」
 運命を燃やしてふらりと立ち上がる螢衣の目の前で月をバックに舞う少女。死体の中心で、死の舞踏を踊り続ける天乃は肩で息をしながらも、刻みつける。魔力装甲に包まれた掌に込めた力。墓石を蹴って真っ先に飛びつこうとするのはクラリネット奏者。――だが、死体が其れを阻む。
「演奏ばかり、では、退屈、でしょう。一緒に、踊ってくれる?」
「今日ばかりはお断りだよ。可愛いお嬢さん」
 まるで演じるような口調。彩音と同じく『舞台』の登場人物は道化の様にへらへらと笑った。敵のど真ん中で踊る天乃の体が揺れる。回復を施す事に懸命になる達哉とて余裕はなくなっていた。
 死者と踊る舞台は前も後ろも関係なく入り乱れている。肩で息をした彩音が放つ隙のない先読みは死体を一体一体正確に射抜いていく。
 足が吹き飛ぶ、腹が抉れる。ぐちゅり、気色悪い音を立てながらも死体は其れでも襲い来る。
「死体を動かしている方法はなんだい? やっぱりその――楽器?」
「クラリネットは僕の最愛のコイビトだよ。コイビトの秘密を教えるとでも思うのかい?」
 意地悪げにつぶやいて、奏でられ始める音色に彩音はち、と舌打ちを漏らす。倒れこんでしまった天乃を補佐するように前に出た黄泉路は死体の攻撃を一心に受けてしまう。うめき声が、演奏に交じって聞こえる。
 助けて、と叫ぶような醜い声が、彼の鼓膜を叩く。
「お前の思想は只の自己満足だろ?」
 切り裂く。全てを切り裂こうとして、踏み込んだその体に叩き込まれる死体の攻撃。動くことなく最後列で笑う少年を真っ直ぐに見据えた鉅は死体を観察する事を懸命に行っていた。
 死体は操られている――其れが分かった事だろうか。補佐役として立っているとしても、人数が多過ぎる中では、フィクサードの詳細を見るまでには届かない。不明なままのカラクリをなんとかして解き明かそうと彼は目を瞠る。
 ――刹那、振るわれる拳に鉅のサングラスが吹き飛ばされる。
 かしゃん、と音を立てて墓地の闇に紛れて言った其れは、死体の群れの中に呑み込まれてしまった。
「とても、優しい音色ですね。 ここが自殺の名所が近い事ってご存知かしら?」
 ふわり、フリルが揺れた。空色の髪を靡かせてスペードはManqueを振るう。心の片隅で、『天使の様だね』と笑った少女の顔を思い出す。泣き笑い、救いを求めるが如くスペードに手を伸ばした小さな少女。
 死にたい、死にたいと死にたがりは道化の様に笑っては、彼女の指先からするりと通り抜けたのだ。
「私は、怖いのです。死者たちの心と向き合わず、ただ生きる力を与えてしまう事が、怖い」
 その想いが、『彼女たち』が思った悲しみが、全てを抱きしめてあげれないほどの辛さが分からないままに動きださせてしまうだなんて、怖い。
 唸る、開かれたままの瞳孔が、澱み窪んだ瞳がスペードを射ぬく。
「冥福を、お祈りしたいのです……」
 彼女の剣をすり抜けて、背後の鉅の体は叩かれて行く。ぐったりと倒れ込んだ彼を護る様に両手を広げ、弱虫だった自分が護れなかった少女の泣き顔を、誇り高き戦士たちを想いだして、言葉を紡ぐ。
「我が剣は、弱きの為に――私は、誰かが為に」
 暗闇が包み込む。合わせて降り注ぐ赤い月の中、アンジェリカはただ、泣いた。
 組み立てたスコアの中で、歪な二重奏の中で、死者の魂へ与えたい安らぎは無慈悲にも傷つける事でしか訪れさせる事が出来ないなんて。
 何度も何度も繰り返す。ごめんね、ごめんね――もう二度と、貴方達をこんな目にあわせたくないの。
 混沌組曲にふさわしい、混沌とした墓場(ダンスホール)で舞う少女はもういない。月を思って泣く少女は誇りの『蒼』と共にじりじりと後退する。彼女の背後に倒れる鉅と螢衣を庇いながら演者は強く叫んだ。
「君、私は君がどうやら気に入らない様だ」
 笑みを浮かべて、弾きだした一撃は、彼のクラリネットに弾かれる。此処まで来て初めて滲みでた『戦意』は直ぐに冷ややかに引いていく。
 まるでここでは戦わないと、死者を集めて、戦力を補強するだけだと。頃愛を待つだけだと言わんばかりのその態度を見つめて達哉は声を張り上げた。
「彼らは不遇や不幸で自らの死を選んだんだ。お前は安息を得た彼らをその後もこき使う……冒涜でしかない。
 帰ってお前の『ボス』に伝えろ! 僕は如月達哉だ」
「――ボス? ああ、指揮者殿のことか」
 ぴゅう、とクラリネットが鳴る。呆れの色を滲ませてハリューチェはくすくすと笑った。
「未だまだ序曲さ。此れからなんだ。もっともっと楽しんでからステージをぶっ壊してよ。如月さん」
 嘲る様に飛び出した言葉に、指先へと狙ったピンポイントスペシャリティ。気糸が絡みつく前に死者が彼の目の前へと襲い来る。
 だが、其れを庇った黄泉路は自身の痛みをも武器にして振るった。知識欲が、彼のその身の中にもどろどろと存在している。
 その目は只、ハリューチェを見据えた。彼の最愛の『クラリネット』から感じる不吉な空気に、カラクリの正体を感じながらも、死して尚、私兵として扱われる悲劇を打開すべく、彼は真っ直ぐに死者を切り裂く。
 随分と数は減った。けれど、リベリスタ側の消費の方が大きいといえよう。このまま戦闘を続けては背後の集落へと被害が及ぶかもしれない。彩音は唇を噛み締める。
 襲いかかりに行くであろう死者の群れを懸命に抑えながらも、倒れた天乃を抱え上げ、墓地の入り口まで戻った黄泉路は斬射刃弓「輪廻」を振るった。
 戦場に立っているのは黄泉路、スペードと彩音。泣きながら懸命に戦っていたアンジェリカもくたりとその身を伏せてしまっている。情報収集の優先で、戦力自体が不足してしまっていたのであろう。
 地面に落とされているヴァイオリンはもう鳴らない。クラリネットの音色だって、止まってしまった。
 そっと、離れようとするハリューチェの背中へとスペードは指先を向ける。その短い両手では、彼を掴む事も抱きしめる事も出来ないけれど――其れでも、知りたい事があるから。
「ハリューチェさん! 教えてください。貴方の奏でたい音色を」
 観客が、その意味を知る事だって、貪欲になることだって、間違いではないでしょう。
 スペードは手を伸ばす。傷つく体を其の侭に、死を悼み声を荒げる。
「貴方達の序曲の意味を教えて下さらない?
 より深く味わいたいと願うことだって、悪い事ではないでしょう?」
 ハリューチェが唇に指を当てて言葉を紡ぐ。
 小さく囁かれた其れに、瞬きを繰り返して、届かない指先は襲い掛かってきた死者を暗闇に呑み込ませて、消えた。

 只、潮騒の音だけが響いていた。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
 お疲れさまでございました。
 判定結果は全てリプレイに込めさせていただきました。

 新章でした。未知の『術』と音楽と。
 皆さんの死者を悼む気持ちはとても素晴らしい物だと思います。
 お気に召します様。ご参加有難うございました。