●眠れる姫は命を喰らい そこには、夢物語のような麗しい姫など居なかった。 否。外見を見れば、確かにそれは見目麗しく、正しく気品ある美であったと言えるだろう。 だが、そのほっそりとした身体から立ち上る気配は正しく常軌を逸した闇を抱えている。 傍らに倒れた男性を掴み上げ、興味を失ったように放り投げるその膂力。 口元を濡らすその紅は、命の輝きを内包してなお妖しく光り、次の獲物を探して夜の街へと踏み出した。 ●Princess must die 「呪われたヒロインを救うのは何時だって祝福されたプリンスの役目だ。逆も、然り。だったら、自分を呪ったプリンセスは誰に助けられるべきだったんだろうな?」 万華鏡に接続されたモニターの電源を切り、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)はそう切り出した。映像に映っていたのは、ドレス姿の浮世離れした女性が男を外傷もなく屠る姿。この世の物として認識し得ない存在感が、それを異世界からの干渉であると悟らせた。 「便宜名称『略奪者アテナ』。既に十人ほどを襲い、命を奪っている。どうやら、マウストゥマウスで魂を奪い取る能力を持っているらしいな」 口付けが目覚めの手段などという夢物語ではなく、略奪そのものである、ということだろう。「それだけじゃない」、と伸暁は続ける。 「分析の結果、仮にリベリスタがこの接吻を受けた場合……命は兎も角、一時的に、一部の技能を奪い取るらしい。しかもこいつは、自分の牙を折って撒くことで兵隊を生み出すことも可能らしい……何が言いたいか、分かるな?」 鋭さを増したその目を見返し、リベリスタ達は自らの喉が鳴る音を聞いた。 「敵は、お前達の能力そのもの、ということだ。……油断するなよ。まだ、謎が多い相手なんだ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月16日(木)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●姫の呪いは誰の手で とある姫は毒の林檎に冒されて、導かれた王子のキスで目を覚ました。 他方、呪いを受けて百年の眠りに就いた姫は、抗す祝福に導かれた王子のキスを受け入れた。 ――果たして、「Happily ever after」はどちらの手に降りたのか。 「寝惚け眼で魂を喰らう姫君の暴食ぶりには恐れ入る……だが」 もう十分だろう、と大ぶりの刃をアスファルトに打ち付け、『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)は結界を展開する。その範囲も、強制力も本来の結界と比して強度は高い。この場に、自分達以外に現れるとすれば、それは異界からの来訪者、アザーバイドの姫君のみだ。 「ちゅーして呪いを解く――かぁ。まあ、死じゃえば呪いも何もあったものじゃないけどさ」 マスク越しのくぐもった声で、間宵火・香雅李(BNE002096)が顔をしかめる。彼女が口元を覆っているのは、待ち受けるアザーバイドの能力――略奪を成しうる口付けにこそ理由がある。美散や『アリアドネの吸血鬼』不動峰 杏樹(ID:BNE000062)、『特異点』アイシア・レヴィナス(BNE002307)なども同様の措置を施しているのは、偏に唇を守るべき観念や事情がある故である。 たとえそれが戦闘に影響を及ぼさないと思えても、彼ら、彼女らには守りたいものがあるのだ。 (相手がどんな存在であろうと、無様を晒すわけには行かないんですよ) 眼前に広がる闇を睨みつけ、『消失者』阿野 弐升(BNE001158)は心中でつぶやいた。自らの中に渦巻く感情をどう制御すべきかを慎重に処理しつつ、しかし自分のやりたい事、すべき事を整理していく。結局のところ、自身に出来るのは正面きって、敵陣深く踏み込んで戦い続けること。 愚直に、且つ徹底的に戦いに行くその精神は、ときに強く戦局に作用する。 ふ、と闇の中から甲高いヒールの音が響く。アスファルトを続けざまに叩くその音と共に立ち上った姿は、成程、姫としての風格を持ちながら、初夏の夜気を裂いて底冷えのする存在感を叩きつけてくる。違和感を感じたところで、それを一切気にもとめずに戦場へ踏み込んだその胆力は、リベリスタ達の警戒心を高めるに余りあった。 「お姫様、まさか、これをお探しですか?」 言外に戦慄を示す彼らの中、一歩踏み出したのは『カムパネルラ』堡刀・得伍(BNE002087)。彼は、以前対峙したアザーバイドの目的と手段を万華鏡を介して識っている。だからこそ、知りたいことがあった。 彼の手の上には、林檎型の硝子細工が乗っている。それは、嘗て彼が見た破界器を模したもの。それが関連しているのであれば、何らかの情報を引き出せると踏んだのだ。 「……ふ。紛い物を持ち出して覚えも何もあるまいに。斯様な玩具を我に押し付け、何をばすべしと考えた? 笑止――貴様らもやはり、我が餌に過ぎなんだか」 だが、アザーバイド、「略奪者アテナ」の喉を震わせたのは、やはり冷徹な返答だった。その言葉を待って、気配なく二体の従者が影を裂いて歩み出る。彼女にとって、この世界の人間はすべからく自らを満たす餌に過ぎず、それは運命を従えた彼らとて同じなのだろうか。 「御伽噺を貶める存在は退治しちゃわないとなのですー」 「それで言いたいことが全てなら、悪戯はもうおしまいでござる」 否、と叫ぶだけでは普通の人間と何ら変わらない。ならば、彼らに与えられた意思と刃を叩きつけるのみ――『ニンジャブレイカー』十七代目・サシミ(BNE001469)の一閃、続くアゼル ランカード(BNE001806)の詠唱は彼らの言葉を代弁した。そう、彼らに残された手段はアテナの排除のみ。夜気を震わせる呪いをして、彼らの戦いの端緒は切って落とされた。 だらり、とアテナが脱力する。鮮やかにして艶やかに、その身をリベリスタの前へとさらけ出し――その一瞬で、得伍はその毒気に中てられ、その手にあった硝子細工を取り落とした。甲高い音を立てて壊れるそれを視界に収めず、ふらりとアテナへ向けて歩き出す。 「――外見だけは麗しい姫君の其れだが、これは……」 美散が、低く呻く。何とか一度目の魅了を耐え切ったものの、戦闘間に幾度と無くこの脅威に晒されることを思えば、決して御し易い相手とは言いがたいだろう。 「誰彼構わずキスを迫るなんて、少々はしたな過ぎますわ!」 「……破廉恥な」 迎え入れようと泰然と待ち受けるアテナへ向け、アイシアと『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)は口々に非難を口にし、朱子は言葉に同期するように大きく振り上げられた得物を、力の限り振り下ろした。その剛撃を片手を掲げるのみで受け、然し競り合いに敗けてその身を大きく仰け反らせた。 「強引にひとの唇を奪うのは感心しかねますね――」 その行為は、後方から復調を促す光を放つ『A-coupler』讀鳴・凛麗(BNE002155)の幼い目からしても一般的には恥ずべき行為に見えるはずだった。だが、その光を以てして尚、得伍の足は止まらない。 この世界に於いて、くちづけを交わすことの意味は深く、重い。少女達をしてそう叫ばせるのは、偏にその貞操観念の現れだと言えよう。 「ロマンスの欠片も無い行為ですね。御免被りたいものです」 言葉を継ぐように、踏み込んだ弐升の一撃が更にアテナを攻め立てる。彼の苛立ちをそのまま叩きつけるような一撃は、然しアテナの脇腹を僅かに抉るだけに留まり、有効打には至らない。 「破廉恥、と申すか」 香雅李の放った爆炎を背に受けながら、アテナはしかし艶然と笑いながら、得伍の襟元をひねり上げる。軽々と彼を持ち上げたまま、その唇をゆるゆると近付け、リベリスタ達へ向き直る。 「なれば、ぬしらは食うことにすら廉恥心を持つ稀有な者、とでも言うのか? ……滑稽極まりなかろう」 そのまま、得伍の唇を奪い、深々と彼の内面を穢して奪う。寸暇を置かず宙をまった彼の身体は、数度地面を転がった後、尚も虚ろな表情のまま、その場に立ち上がろうとしていた。 「悪女の思惑通りになんてさせないのですよー」 アゼルのゆるゆるとした、然し焦りを感じるトーンの声と共に二度目の光が得伍を包む。慌てて頭を振る彼の様子からは、アテナの支配下から逃れ得たことが見て取れる。口惜しそうな表情を見せつつも、しかし彼は冷静だった。 「ピンポイントを奪われました……!」 「厄介だな。しかし――」 静かに、しかし重々しい響きを伴って杏樹の弓はアテナをその射界に据える。必中を誇るその一射は、確実にアテナの中心軸を捉え、本来の威力を大きく超えて彼女を打ち据えた。苛立ちを瞳に残し、続く美散とアイシアの攻撃に対しての反応は俊敏。両方の一撃を等しく受けることをよしとせず、アイシアの側に深く踏み込むことでその一撃を回避したのだ。 そして、それまで沈黙を保っていたスパルトイは静かにその行動を開始し、サシミを、そして弐升を斬りつける。戦闘力こそ高くはないものの、躊躇や敵意などといった雑念を持たない彼らの動きには無駄がなく、その確実な一撃を防ぐことは容易ではないことが感じられた。 だが、物事に「絶対」は存在しない。絶対に回避できない、絶対に勝利はない――そんな言葉が、彼らの意識下にあろうはずもない。 勝利の天秤は未だ、リベリスタの手から離れることはない。連携を失さない限り、それは揺るがない。 ●飽かず奪う魔女の呪い サシミの斬撃が、スパルトイを巻き込んで吹き飛ばしていく。圧倒的なその範囲制圧力は、既に大きくダメージを被っていた二体をあっさりと倒してのけた。だが、それが全て味方に貢献したわけではない。 「……!」 「流石に、これは……!」 確かに、彼女はスパルトイ二体を巻き込んで一撃を放った。だが、それが本来、的として選んだのは前進していた仲間達である。スパルトイ達同様、躊躇も気のてらいもない一撃は、リベリスタがスキルを以て放つことでその驚異を大きくする。 サシミは、疾い。それこそ、アテナの反応を超えて先手を打つことができるほどに。だが、裏を返せば魅了能力に冒されてから凛麗の状態回復までの間に、先手を打って攻め手を放つことに直結する。皮肉にも、その能力の高さが災いした点ともいえた。 「確かに魅了は脅威ですが……怖いからといって、縮こまるのは嫌いなんですよ」 凛麗の光を背に、弐升がアテナへと追撃を放つ。続けざまに放たれるリベリスタ達の攻勢は、アテナを後退させることに一定の成果を上げていたのは確かだが、その全てを彼女が受け止める道理も無い。 朱子の刃をすんでのところでかわして前進したアテナは、口元に添えた手で一息に牙を落とし、重力に任せて地へと放る。その牙は地面を掘り進み、次の瞬間には新たな尖兵として姿を現し、鬨の声を上げた。 「この被害はなかなか重いですねー……」 アゼルの喉が震え、癒しの歌声を紡ぎ出す。唯一にして要である彼の回復力は、戦局を左右する重大な要素であり、彼自身もその自覚を以て十全な準備を施した。故に、敵の呪いには惑わされない。 「お姫様の呪いを解くために、お歌を用意して参りましたよ」 アゼルのそれとは対照的に、攻勢のための要の歌を持つのは香雅李だ。自分自身をどこかで赦すためには、自身が信じる善行、自らを律する正義を貫く必要がある。その歌の破壊力は確かなもので、アテナの動きを一刻拘束するには十分すぎる威力を持っていた。 「このまま、一気に終わらせますわ!」 「最期のデザートも堪能しただろう……そのまま、永遠の眠りに就くがいい!」 美散とアイシアの攻勢も激化の一途を辿り、他のメンバーの意思を奮い立たせるには十分すぎた。 「どんなに優れた兵隊も、司令塔がいなければ単なる人形。マリオネットは糸を切るに限る」 す、と背後から再び杏樹の渾身の矢が放たれる。攻撃の集中による短期決戦という結論。その意図は間違いなく歯車を回し、確実な稼働を示しているのが伺えた。勝機は、確かに彼らの胸を打ち、更なる攻勢を求めた。 ――少なくとも、彼らの想定内では十分な勝ち目はあったのだ。 ●竜の牙もて死兵を育め スパルトイが放った気糸が、アゼルの肩を無音で貫く。そこに込められた悪意が彼を侵食し、内奥に隠した怒りを呼び寄せ、その歩を進ませんとする。 「アゼル、今回復の手を止めたら――!」 「遅い。あれには何も聞こえておらぬだろう」 焦りを顕にした美散に冷水をぶちまけるように、冷ややかな声が横合いから零れ出る。略奪も既に三度を数え、味方にも少なからず被害が出つつある。その中で、件のスパルトイは愚直にアゼルを狙い続け、結果として彼の手を幾度か止めることすら成功している。 短期決戦を目論んでの一斉攻勢、魅了による被害対策。彼らの策を見る限りでは、確かに道理を外れた物はない。だが、その意識を決壊させるにたる齟齬があったらどうか? 対策を覆すスキルを以て挑み、それを奪われた場合はどうか? それらへの回答は、彼らの眼前に広がる光景が顕著に物語っている。奪われた者が悪いわけでもなければ、魅了された者に非があるわけでもない。条理の外にある能力に抗えぬことを呪って、誰を責められようか。 だが、それでもこの状況は想定外だ。あれほどの攻勢をして、アテナは未だ疲弊を訴えようともしない。相応の被害を受けていることは、その着衣やこぼれ落ちた血から明らかだ。しかし、その被害がほんの一部だと言わんばかりに、彼女は強く彼らへ追いすがる。 「厄介な技を盗んでくれるでござるな……」 サシミもまた、自らの有力な技能が奪われた状況に浅からぬ焦りを感じていた。スパルトイとして顕現したのなら、奪還は容易であろうが……アテナは、その技能を自分の手で扱うことを選択したのだ。 「佳い。単なる餌と見ていたが、なかなかに『やる』。このままでは、我も一溜まりも無いだろうに」 「なら、その命を置いていって貰いましょうか!」 モーターの回転数を更に上げ、弐升はチェーンソーを振り上げる。その一撃が彼女に届く刹那――アテナの全身がしなり、斬舞が前衛に襲いかかった。 「逃しはしない……!」 運命を振り絞って立ち上がる面々、首の皮一枚で踏みとどまった仲間に先んじて、杏樹は再度アテナに狙いを定め、次弾を放とうと身構える。が、その前に立ちはだかるのはアテナの産み落とした尖兵の影だ。 「そう言ってくれるな……今宵はもう終いよ。そこの者に後は任せるとしよう」 泰然と、しかし腹部を押さえながらアテナはうそぶく。命に躊躇ないスパルトイの攻めを掻い潜る間は、彼女にとって姿をくらますには十分に過ぎ……リベリスタ達は、一歩及ばずしてアザーバイドの逃走を赦すこととなってしまったのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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