● 自分に不思議な力が宿ったと知ったのは、彼女を喪った時だった。 自分と彼女が違うと知ったのもその時だ。 彼女の手を引いて、逃げる。僕には不思議な力があったのだから、彼女を護り切れたらよかったのに。 『ちーちゃん……?』 嗚呼、何故だろう。彼女が息をしてないんだ。――僕の所為だ。僕が、護り切れなかったから。 ただ、もう一度会って、御免なさいを言いたいんだ。 次は、僕が、君を守るから―― 「こんにちは、おにーさん。ねえねえ、人間作ってみないー?」 「丁度良いのがあるんだよ? お兄さん」 甘える様に囁く子供に顔を上げる。そっくりの顔をして笑った二人が差し出したのは硝子の箱。 「魔法の粉だよ。此れを使うとね、お兄さんの望みが叶うかもしれないんだ」 「ほら」 「「人間、作っちゃおうよ?」」 ● 「この、ロリコンッ!」 開口一番、何やら危うい台詞を吐いた中学生程度の外見の『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は踏ん反り返る。 行き成りの言葉に困惑するリベリスタを余所に彼女はモニターに向き直り、事件よと告げた。 「タンパク質、アミノ酸、糖、ホルモン、コレステロール。ええと、ビタミン、エトセトラ! 詰まり何が言いたいかと言うと人間を作ろうとしてる人が居る訳なのね。気持ち悪いわよね」 唇を尖らせた予見者に複雑そうな表情を浮かべて、リベリスタは頷く。 確かに『人間製作』と言われると何とも言えない気持ちになるわけなのだが、主題が見えてこない。 「人間製作キットというものがあるのだけれど……」 人間製作キット。聞いた事もない様な、気味の悪い言葉に顔を顰めて、予見者は資料を捲くる。 「製作方法は、人を殺して、バラバラにします。其処に付属の粉を振りかける――完成です☆」 「え、ええと……?」 首を傾げるリベリスタに予見者は付属の粉はアーティファクトの影響を受けている物ね、と付け加える。 硝子のケェスに入った粉はキラキラと輝いて。誰かも分からなくなった肉片に粉を振りかける事で『願った人を作れる』と言う物らしい。 「無からじゃないの。別の人間を殺して其れで別のものに構成するの。心はないけれど、体はできる。 但し、祈った人の生命力を奪い続けるわ。死ぬまでは作った物と一緒。 作ったものは、まあ、アンデッドの様な物だけど、作成者の生命力が持続する間は存在し続けるの」 リスクは高い。だが、其れでももう一度その姿を映したいという願望の元、作成する人間だって存在しているのだ。 「この製作キットを使用した男性が居るの。矢口塔也さん。革醒者である彼は、自分の生命力を削りながら、幼い頃に喪った幼馴染を作成して共に暮らしている」 最初に彼女が口走った一言に漸く合点が言ったリベリスタはふと、切なげに眉を寄せた予見者へと問う。 「彼は、リスクは承知なのか」 「ええ、分かったうえでの行動よ。自分の所為で失ったから、もう一度会いたかったらしいわ」 自分の所為で失った、それはどれほど重い言葉なのだろうか――? 視線を揺らしてから、予見者は告げる。 「彼にこのアーティファクトを渡したのは主流七派の一つ、『黄泉ヶ辻』に所属する双子のフィクサード。 纏と鉄という14歳位の二人よ。今までもよく、悪戯をしていたみたいだけど――」 これは見過ごせないでしょう、と小さく告げた。謝りたいから、と願った青年の心に付け込む。人の心に付け込んで、それを楽しみとするなんて、『酷い』という言葉で済む話ではない。 「今、幼馴染さんを殺せば、塔也さんはまだ生きていける。それに、これ以上、こんなヘンテコな『魔法の粉』を放置しておくわけにはいかないの。 さあ、目を開けて? 悪い夢を醒まして頂戴。眼が醒めないままじゃ、何も見えないわ」 掌で目を覆い、悪戯っ子の様に微笑んだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月23日(金)00:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「誰かを犠牲にしてでも甦らせたい、か」 その想いを、その考えを否定する事は『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)には出来なかった。大切な仲間を、生きる道を示してくれた人を、喪ってしまったら。 彼らを守ることなく、自分だけ生き残った空虚な世界で、生を実感する度にみっともなく泣き叫びたくなるだろう。咽喉に込み上げるのは胃の内容物だけでなく想いの塊だろう。 自分だって、きっと望むのだ。あの人を、喪ったあの人を、と。 「……人間を作るならば、母親を、だな。強いて言うならだ。関係をやり直すために、な」 ぽつり、零した言葉に込められた思いは強い。代々伝わっている火縄銃を握りしめながら『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は唇を噛みしめる。 ――バケモノ! 代々異能の家系だった。其れでも受け入れ難き『神秘』の力は母の心に深い傷を残したのだろう。喪ったモノが元に戻らないのだとその時に実感した。 ――バケモノ……!! 実の息子の事さえも化け物と呼んだ母親を作り直したい。そんなことを考えたって意味がない事は重々承知の上だった。 「それってどれだけ甘美な誘惑なのかしら」 光の加減によって銀にも見える白き少女は赤い瞳を細める。長い髪を揺らして、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は周囲を舞う蝶々を髪にも負けぬ白い指先に留まらせて溜め息を吐いた。 「死者蘇生。目の前に提示されたらどれだけ心を動かされるのかしら」 身近な死が、大切な人の命が、取り戻されるならばそれはどれだけ甘い魅力を持っているのか。 「それでも、誰かを犠牲に誰かを取り戻すなんて、あっちゃいけない」 ぐ、と拳を固めた『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は護り刀の形を指先で確かめた。刃物の形は今まで護り刀として慣れ親しんだものだ。深く息を吐く。 「護りたい、その気持ちは分かる」 護りたい、護りたかった。護らなければならない。 数種類の想いが混ざり合って、溶けあって。その想いを履き違えてるならば、糺すしかない。その為にアークの守護神とも称された彼はこの場を訪れていた。 ただ、静かな公園だったようにも思える。見上げた空に散らばる星は都会の明るさに隠されて、薄ぼんやりとしているだけだった。 しっかりと踏みしめて『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は鮮やかな紫の瞳に嫌悪を浮かべた。歪めた唇にうっすらと浮かべるは嘲笑。 「短剣使いの双子なんて、不愉快」 何時か、相対したフィクサードを想いだす。その手が届かなかった彼らの姿が、目の前にちらつく様だった。嗚呼、不愉快。幼いかんばせに浮かべたのは自身への嘲笑か、それとも。 「……まあ、それでも、他人の体で幼馴染練り上げるってのも大概だけどね。変態」 小さく浮かべたのは彼女らしい言葉。クリエイターである少女だからこそ理解できないものだった。彼女という『作品』を他の素材――人間――から作り出すだなんてなんて滑稽なのだろう。作品としても評価できるものではなかった。 「変態、そうね……人間作製。代替品として入れ物を作り上げる。法があったとしても、それは『彼女の様な物』でしかないのね」 「そう、キサはそんなの認めない」 オリジナリティに欠けると呟いた声に糾華は目を伏せる。嗚呼、きっと彼は、何も手に入れてないのだ―― ● 「Aika kiihtyvyys Olen nopeampi kuin kukaan――」 言葉にしたのは、その速さの証明。双子のフィクサードを見据えて『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)の体内のギアが加速する。 時さえも切り裂いて、加速せよ。時よ、風よ。その言葉は誇りだ。誰よりも早く、到達して見せる。 「御機嫌よう。我が名はアーデルハイト・フォン・シュピーゲル。さあ、踊りましょう」 闇夜を思わせる黒いマントがふわりと揺れた。『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)の声は公園に静かに木霊する。 ロンドは続く。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで。踊りは止まらない。アーデルハイトの握りしめるデア・ズィルバーン・モーントが刻む時よりも早く、リュミエールは走り出す。とん、と地面を蹴り上げて魔力のナイフを少女へと振るう。 「――ちーちゃんっ!」 「お前、ソノ子の自由スベテを奪うノカ? 死すらも与えてやらないノカ」 彼女の言葉に青年は目を見開いた。手にした硝子ケェスにリュミエールの目線が揺れ動く。彼女が背後へ飛びのいた場所に『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)はその身を滑り込ませた。 打ち据え、撃ち当て、討ち破れ――打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」が振るわれると同時に光の飛沫が視界を掠める。肩に掛けたコートが滑り落ちる。全力の攻撃を、その身に受けながらも硝子ケェスと『紛い物の少女』を庇う青年の表情は青ざめる。 「今から其処の木偶を全力でぶっ潰す。玩具か人形か、どっちを本当に護りたいか選べ!」 「ッ――人形じゃない! ちーちゃんだッ!」 青年は、矢口塔也は噛みつく勢いで瞬時に魔弾を弾きだす。喜平の腕を掠める其れからは戦い慣れていない事がありありと伝わった。 「あれって、リベリスタ?」 「きっとそうだよ。知ってるよ、アイツ、アークの守護神だ」 名声。名を轟かせる其れを黄泉ヶ辻のフィクサードは知っていた。目を合わせ双子はくすくすと笑みを漏らす。その声に顔を上げた快は其れに構わずに塔也に向けて放つ強力な十字の光。 傷を負っていた彼がふらりと覚束ない足取りで快の方向へと向いた。離れた体の間に滑り込ませ、少女と塔也の間を引き裂いた。 塔也、と快は呼ぶ。握りしめたも護り刀も魔力盾も、揺れる勲章も自身を物語る全てを掛けて彼は語る。 「お前の中のちーちゃんは何処に居るんだ!」 弾けるように彼へと飛び込むその体。彼と彼女の間を引き裂く事に心が痛まない筈はなかった。 けれど、このままだと『あっちゃいけない』事が起こってしまうから。視線を揺らして、快は彼へと手を伸ばす。 「――貴方達が何処まで噛んでるの? 全てが偶然というわけでもないのでしょう」 「「偶然だよ?」」 くすくすと笑うフィクサードの攻撃が糾華に向かって放たれる。交わしきれずに受けた真空刃が彼女の白い肌を切り裂いた。はらりと舞う髪に構うことなく彼女が放ちだす弾丸は蝶々の翅を散らす鋭き刃。 寒空にも溶け込んでしまいそうな程の白さを纏って、少女の指先から離れるナイフはフィクサードの体へと突き刺さる。 「どちらでもいいわ、でも、邪魔なんてさせない」 その目は常の落ち着きよりもより濃く、憎悪を浮かべる色。嗚呼、なんと。なんと、臆病な色なのだろう。赤に浮かべた『自身』は揺れ動く。喪失が色濃く、胸を穿っても。 「悪趣味遊戯ね」 はらり、蝶々が舞い踊る。 集中力が研ぎ澄まされて、彼の放つ流星は黄泉ヶ辻のフィクサードを深く傷つけていく。牽制として弾きだされる其れに、にたにたと笑みを浮かべたフィクサードが君、と呼んだ。 「君も欲しくないの?」 ――作りなおして、遣りなおさないの。 火縄銃から撃ちだされる弾丸が止む。ぴたりと手を止めて、顔を上げて、龍治は掠れた声で要らないと返す。 所詮は只の肉の人形だった。作りなおせるよと言われたって、そこで紡がれるものは夢物語でしかないのだから。分かってはいるけれど。分かろうとは思うけれど、欲しいと手を伸ばしかねない脅威であることには違いなかった。 「俺はこの身を以って貴様らにこの火器の威力を思い知らせるまでだ」 救おうとも思わない、救えるとも思わない。それは、只、仲間の心次第だ。 「名も顔も死すら奪われた哀れなNO BODYに眠りを。何を勘違いしてるか分かんないけど、ソレ、ちーちゃんなの?」 あんたの殺した、他の人じゃなくて? 意地の悪い言葉に塔也は唇を噛み締めた。人間作製キットで使用されるのは人間の死体だ。より新鮮な方が『材料』として持ってこいだろう。なれば、殺しているに決まっている。 吐き出した溜め息と共に戦場を覆う閃光はフィクサードの動きを阻害していく。 其れに止められなかったフィクサードの放つ遠距離攻撃は前線として戦っているリュミエール達の身を傷つけた。 「ねえ、本当に君の大切な人は誰かを犠牲にしてでも蘇りたいと願ったかな」 呟きを漏らして、体内に廻る魔力の心地よさに色違いの瞳を細めた遥紀は回復を施していく。フィクサードの攻撃が届く範囲に居る彼の体も傷つきながらも懸命に仲間達の身を癒していた。 「その子は、本当に君の幼馴染かい? 同じ容姿をした別人ではないのかい」 果たして其れが人だと言えるのかは遥紀には分からない。償い方を誤ってしまっている。其処にあるレールから外れているのだ。目を塞いでも、耳を塞いでも真実と言う物は変わらない。残酷なまでに、変化を許さない。 「別人……? でも、だって、ちーちゃんは此処に!」 「なあ、塔也。人は二度死ぬって聞いたことあるか?」 塔也の放ちだす精密射撃は快の腹に掠める。けれど、其れはかすり傷でしかなくて。その行為全てが『ちーちゃん』を護るためだと思うと、どうしようもなく虚しさが胸を過ぎる。 「一度目はさ、心臓が止まった時。二度目は、人々の記憶から忘れられてしまった時。 なあ、お前の記憶に生きてる『ちーちゃん』はどこにいる!」 目の前の肉の塊か。人形か。そんな筈がないだろう。塔也ちゃんと読んでくれていた幼い頃を思い出して、唇をかみしめる。嗚呼、けれど。これしかなかったのだから。 「人を殺め、外道に身を染め、お前は、お前の中にしか残ってない記憶をそんな物で上書きしようとしている! なあ、お前の中の彼女は何処なんだ? 消えちまったら、今度こそ本当に死んでしまうんだぞ!」 ――塔也ちゃん。 呼び声が、耳を掠める。見開いた目から零れ落ちる雫は其れでもどこを向けば良いのかが分からないままで。 それが痛いほど分かる。護れなかったものは快にだって沢山あった。届かないとその両の手でさえも掴めないものが沢山あった。それでも、その命を忘れずに居られるならば、それでいい。 誰かの夢を守るのが、その力。誰かを忘れずに居る事で、その夢が生き続ける事ができるから。 「護れなかった事を悔やむなら、救えなかった命に報いるために生きるんだ」 其れが、彼女の望みじゃないのか。幼い少女が口にできない様な言葉でも、きっと彼が彼女を思うならば。 手を伸ばす、其れを渡してくれ、と困った様に伸ばした指先から、逸らされる。 未だ間に合うから、早く。 駆ける狐は、硝子ケェスへ指先を伸ばす、その指先を目掛けて放たれた牽制から、避けきって、走り寄ってきた剣士の直線的な攻撃を身を捩って受け流す。 加えたナイフを左腕に滑らせて、光の飛沫を上げて切り裂いていく。届きそうになった指先が、悔しくて。 謳う様に、癒しを乞いながら、切なげに眉を寄せる。自分だったら、どうしたのか。『もしも』を浮かべて、息を吐く。遥紀の色違いの瞳が切なげに浮かべたのは、大切な人の笑顔だった。 「マガイモノを作る玩具がそんなに好きカ? テメーの人形遊びでしかナイナ」 呆れた様な言葉も、濁流の様にその心に流れ込む感情も、リュミエールは構うことなく切り裂いていく。 「人形遊びが叶う道具ナンザ反吐が出る。死んだ後、作られてもそいつはそいつジャネー」 其れはただの人形。彼女の外見に似せた、何かでしかないのだ。独り善がりは大切な少女までも穢し続ける。 呆れの色を見せる彼女に振るわれる剣が、ぴたりと止まる。投擲された閃光弾が彼らの体の自由を奪いきってしまうから。 「酷い喜劇だよ、本当に。 手前が哀しいからって甘言に乗って、身勝手な理由で誰かの明日を奪い去る」 愛情か、後悔か、慙愧か。エトセトラエトセトラ。 身勝手な感情論が、私利私欲を無視することなく手段を問わずに襲いかかった。リベリスタなら分かる。そんな身勝手を許した瞬間に全てが壊れてしまうのだと。 壁となっていたフィクサードの体を攻撃して、喜平は息を吐く。ずり落ちたコートは其の侭に呆れの色に乗せた明確なる殺意。 「ほら、火遊びは大概にしなっ!」 「下がっておきなさい。道化。此処は貴方方の出る舞台ではない」 理知的な色を灯したアーデルハイトの瞳が、フィクサードを射ぬく。これ以上の戦闘は無駄なのだと理解したのか彼らは、ゆっくりと後退していく。 マントを揺らして、塔也様と手を伸ばす。攻撃に蝕まれていた体を無視して、後衛位置から彼女は静かに告げる。 「逃げないでください。伝えたい事があるなら、直接仰りなさい。堂々と、逢いに逝くのです」 けれど、誰も殺す事などしない。 奪った命も、見殺しにした命も、救えなかった命も。全ての罪は等しくもこの場の誰もが背負う十字架。 其れでも生き抜かねばらぬこの身はどれ程苦痛なのだろうか。笑い泣き、精一杯に自身を自身だと鼓舞するしかない。 戦意をも喪った青年は俯く。色違いの瞳を向けて、リュミエールは呆れた様に毒を吐いた。未だ不慣れな日本語の代わりに吐き出した罵倒は自身の母国のもの。 アーデルハイトの懐中時計が刻む時の音が静かに響く。 じりじりと後退するフィクサード達の最後列で見つめていたフィクサードがくすくすと笑っていた。 手出しすることなく、手を繋ぎ、意地の悪い笑みを浮かべた鉄と纏は最早『人間作製キット』には興味を持てない様で、ただ青白い顔を浮かべて俯く青年の横顔を見つめるのみ。 彼らが手を出すのではないかと警戒の色を浮かべる龍治とリュミエールを見つめて、にったりと笑った。 「――」 構えた散弾銃。喜平の目は、らん、と煌めいた。 「その箱が無ければ『ちーちゃん』が死んじゃう? 逆でしょ」 呆れの色を乗せて、綺沙羅は塔也を見つめた。吐き出す言葉を呑み込んで、紫の瞳を逸らす。 「……確かにそれはある意味では『ちーちゃん』と言えるのかもしれないね」 「じゃあ、ちーちゃんを喪った俺は如何すれば……!!」 力のこもった言葉を向けられた綺沙羅はただ、氷の雨をふりそそがせる。キーボードの上を滑る指先。感傷にすらなりえなかった恋物語。 「生き延びるなれば、生き伸びれば良い」 「じゃあ、俺はどうやって、此れから生きていけばいいんだよ……ッ!」 弾かれる様に顔を上げた塔也に龍治は応えない。ぼろぼろになって動く事すらも叶わぬ青年は、ちーちゃんと再度呼ぶ。 とん、地面を蹴って舞う蝶々は哀しげに、優しげに。 「ちーちゃん、貴女も哀れな子なのね」 ただの肉の塊に、形を与えただけの其れ。其れを『死』と表せることすらもきっと、リベリスタ達の優しさだった。気丈に振舞えど、糾華とて齢13の少女。 赤い瞳を細めて、舞い踊る様に、鮮麗に刻み込んだ刻印は哀れな少女の輪郭をぼやかしていく。 「ねえ、本物の貴女は伝えたいことがあれば願ってもいいの」 とん、高いヒールが音を立てて、地面を踏みしめて、再度刻まれる蝶々。両腕を伸ばして、白い腕は肉片の背を撫でる。目を伏せって、糾華の赤い唇は静かに音を紡いだ。 「――さよなら、名前も知らない哀れな子」 ● 「リベリスタ、君ってとってもとっても面白い」 「前、逢ったお姉ちゃん達も楽しかったけど、君も面白いね」 双子は、楽しげに笑う。それを一心に見つめるのは綺沙羅だ。また、逃がすのか。前に取り逃がしたあの『双子』も、今回も。唇を噛み締める。 「ねえ、そこの双子。いつまでも笑ってられると思わないことだね」 ぴたりと双子の笑顔が凍る。真っ直ぐに見詰めた綺沙羅の指先がキーボードの上を滑る。まるで、奏者。そして、散弾銃を撃つが如き勢いで動く指先はピタリと止まった。 「愛ゆえに人を殺す連中が面白い? なら、あんた達もそんな面白い連中の仲間入りさせてあげる」 撃ちこまれていたのは鋭き氷の雨の発射用意(ソース)だろうか。降り注ぐ雨がその身を切り裂いても双子は臆する事はしない。 幼さを前面に押し出した纏と鉄。幼さをひた隠しにした綺沙羅。少女は息を吸い込む。 「どっちかが死ねば気持ちが分かるんじゃない?」 「じゃあさ、君が殺してよ。クリエイターさん」 其れを口にしたのは果たしてどちらだろうか。双子のフィクサードは背を向ける。その背に向かって体内のギアを再び加速させて、追いかけるリュミエールの目の前から彼らは消える。 まるで闇に溶ける様に喪われたその輪郭にリュミエールは小さく息を吐き出した。 「落とし前位、付けたかったんダガ」 仕方ないか、と鮮やかな色違いの瞳を伏せる。 「……塔也」 しん、と静まり返った公園で、唯の肉片に寄り添った青年の背を見つめる。言葉を呑み込んで、快は転がっていた硝子ケェスを拾い上げた。 肉の塊に、名前を与えて、その名を与えた時点で彼の中では生き返った最愛の少女。動かなくなった事を死んだと称するなれば。綺沙羅は砂を踏みしめる。 俯いた青年の選択肢は、一つだけ。少女を思って生き抜くだけ。それ以上は、なかった。 誰かが道を示すでなく、ただ、単純に生き伸びろとリベリスタは言う。 「玩具を使って、あんたはちーちゃんを二回殺したんだね。死なせたんだ。 今度こそ護るって、言ったのにね」 少女は、ただ、一言だけ吐き出した。 「――嘘吐き」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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