● 最初は、手の甲にできた水膨れだった。湯が跳ねたか熱いものにでも触れたか。 記憶にはなかったけれど、潰すと痕が残る、という話を聞いた事があったのでそのままにしておいた。 けれど三日もしない内に、手の甲だけではなく全身にそれが広がっていった。 病院に行っても潰せない。柔らかい破れ易いはずのそれが、針でも刃物でも破れない。 感染症だといけないから、と個室に入れられた私は外に出る事も叶わない。 私の体は、どうなってしまったんだろう。一昨日まで普通に学校に行っていたのに。 手の甲を翳す。最初にできた水膨れは、後からできたのに飲み込まれて大きくなっていた。 ぽとん。 何かがシーツの上に落ちる。拾ったら、それは爪だった。綺麗に落ちた爪だった。 痛みはない。爪があった場所には、爪を押し上げるようにして水膨れができていた。 いやだ。 いやだこわい。 どうなっているんだろう、私の体は。 頬に手を当てる。ぶにょぶにょした感触。それが掌にできた水膨れのせいなのか、それとももう水膨れは顔一杯にまで広がっているのか、鏡がないから分からない。 でもいやだ。こわい。こわい。 何でこうなったの。 嫌だよ。 早く治ってよ。 いつになったら、学校行けるかな。 もうすぐ、大会なのに。 あれ、でも、なんの大会だっけ。 まあ、いいや。 早くかえりたいな。 ● 「火傷とかの水膨れって潰すかどうか迷いますよね。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。……まあ、今回は火傷でもなんでもない訳ですが」 モニターに映し出された少女――だったものへ視線を向け、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は溜息を吐く。 辛うじて人型は保っている。けれど、その体は背丈から推測される平均的な体型の二倍、三倍にも膨れ上がっていた。 手足は濁った液体で満たされた袋。 顔にも薄い膜が張り、まぶたをなくした目玉がぎょろぎょろと動いていた。 「結論から。彼女はアザーバイドの幼体に寄生されています。識別名『溶解虫』。便宜上虫と呼びますが、この世界の昆虫とは生態も行動も全く違いますので注意して下さいね。体内で小さな卵から孵った幼体は、内臓を溶かし宿主を食糧かつ自分を守る保護膜である液体へと変容させました」 モニターの中の少女だったものは、何事か喋っているようだった。 声帯も喉も、既にないはずだが、もごもごと言葉らしく聞こえる。 「ご覧の通り、肉体は九割この『膜』に包まれた液体へと変化しています。が、彼女自身の意識はまだ存在します。幼子レベルに落ちてはいますが、本能に近い部分は残っている」 幼体は、空気に長く触れていると死んでしまう。 危険が迫っても、自らが飛び出して逃げる訳にはいかない以上、宿主に逃げて貰う他ない。 だからこそ、意識を残したまま、成体になるまで生かすのだという。 「残虐、というのとは違いますね。この世界の寄生虫と同じく、この溶解虫もまた本能に従って生きる為に動いているに過ぎません。……本来の世界ではない場所で、人間に宿ってしまったのが互いの不運です」 溜息。 バグホールの有無は確認されていないが、他に宿主となった存在は感知されていないという。 だから、この一体を確実に仕留めないとならない。 「まず。変容すると皮膚が異様に硬くなります。硬く、というよりは凄まじい弾力性、と言った感じですかね。一般的な刃物は一切通じませんし、アーティファクトや神秘の力でも苦戦を強いられるでしょう」 空気に長く触れれば死ぬ、とは言ってもそう簡単ではない。 「中の液体は、この世界で言う劇薬みたいなものです。触れたら肉体が溶けます。粘度が高く、一箇所を破いたとしても噴き出してくる訳ではないんですが……同時に空気に触れるとあっという間に硬化します」 一箇所を狙って破き、そこから液体を少しずつ抜くのは難しい、とギロチンは肩を竦めた。 「……『宿主』になった彼女は救えません。変容したものは戻せません。放置して置いても、いつか成虫になった幼体に体を破られて死に到るだけです。……ごめんなさい。どうしようもありません。彼女の異常は嘘にはできません。嘘にはなりません」 アザーバイドにとっては母体ですらない、間借りの体、単なる獲物。 選ばれてしまったのは、単なる不運。 だから。 「……アザーバイドと共に、殺して下さい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月28日(水)22:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ジガバチという蜂がいる。 狩り蜂と呼ばれる彼らは、幼虫の為に獲物を捕らえるが、その際に決して殺さない。 なぜならば、腐ってしまえば食糧にならないからだ。 そして卵として産み付けられた幼虫も、孵ってすぐに獲物を殺す事はない。 これも同様。腐ってしまえばそれ以上は食べられないからである。 故に彼らは、生命維持上影響の少ない場所から獲物を食らう。生きたまま溶かして食らう。 そこに彼らの意思は存在しない。 『そういうもの』なのだ。 生きていく上でインプットされた、脈々と続く進化の記憶。本能と呼ばれるもの。 彼らが獲物を殺すのは、最後の最後。 己が既に獲物なしでも生きていけるようになった、その瞬間。 この異界の生き物も、そんなものなのだろう。 「身体がこんなになっても生きて動けるのか……という驚きより、たった数日でここまでの状況になるとは」 病院内部、病室の前で『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)が目を細めた。 内部が溶けて液体になったという事は、生命維持に必要な臓器はほぼ存在しないのだろう。 それでも辛うじて意識を保ち、動き思考する事も可能だとは――なるほど、上位世界にはボトムの常識など通用しないらしい。 元の世界には、このアザーバイドを狩る存在もいるのだろう。 けれど、ボトムチャンネルにそれらは存在しない。寄生を防ぐ手段も絶対的な天敵もいなければ、増える未来しかない。 だとすれば、危険過ぎる。倒さねばならないのだ。例え、寄生された本人に咎がなくとも。 「ふうむ、何とも気の毒な話ですのう」 『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)が顎に手を当てた。 誰にとって気の毒か。当然それは少女であり、異界に落ちてしまった虫でもある。 誰が悪かった、と言えば誰でもない。この溶解虫ですら、己の世の摂理、自らの生に従っただけなのだ。 「運が悪かった、で死んじゃうのってやだよね」 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015) も己の服を握り締める。 ある意味では事故と似たような類であるのだろう。だが、これは交通事故に会う確率どころか、宝くじに当たるよりも更に低い。 一千万分の一よりも尚低い不運を引き当ててしまったこれを、どう形容すればいいものか。 「運命の悪戯、というには少々……いや、詮無い話でしたのう」 起こってしまった事に対して、今から何をできる訳でもない。九十九は静かに首を振った。 どれだけ運命の性質が悪くとも、彼らにはそれに不条理を唱えながら己のできる事を行うしかないのだ。 「世界は優しくはできていない」 「世界は、運命はいつも残酷なものだ」 手を組み、晴れない顔の『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の言葉を、『罪ト罰』安羅上・廻斗(BNE003739)が繋いだ。 容赦なく奪い、気紛れに与える。 運命は正しい者の味方ではないのだ。 例えどれだけ雷音が全てを救える力を願っても、例えどれだけ廻斗が足掻いたとしても、『その時』が来れば運命は彼らからも何の躊躇もなくもぎ取るのだろう。 「これから起こる災厄を防ぐために、罪のない子供を殺す、か」 それは。『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)が眉を上げた。 「紛うかたなき必要悪。ヤマの仕事だな」 自らも子供の様な外見でありながら、彼女はその幾倍も生きている。故にもう、心を乱す事はない。 ちらりと回りに目をやって、口を開く。 「では、殺ろか」 病室の扉に、手が掛けられた。 ● 病室は、多くが想像していた通り余り広くはなかった。 ベッドに座り、それ――少女であったものは、恐らく、視線を向けたのだろう。 そこに警戒はない。既に見知らぬ人間が次々と自分を見て行く事に慣れていたのか、それともそんな警戒をできない程にまで判断力が鈍っているのか。 『ああえ?』 もぐもぐ、と口であっただろう割れ目が動く。声は酷く不明瞭だ。 雷音が、一歩踏み出した。その間に、仲間は扉へ、窓へと走る。 彼女の逃亡を、防ぐ為に。 「こんにちは」 せめても、微笑んで。 「君はなんという名前なんだい?」 今から殺す、君の名を。 どうか教えてくれないか。 心の中の言葉は音にならず、少女は少女に言葉を返す。 『あと。おおいふああと』 「……こうちく、ちさとさんか」 「――高い竹に、知るに日で智、里山の里、で高竹智里さん、ですね」 タワー・オブ・バベル。異世界の言語さえも垣根を越えて理解するその超知覚は、単なる音を発した様にしか思えない言葉も正しく理解した。 雷音が繰り返し、病院へ入る際に少女の名を確かめていた『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が補足する。 彼女を表す音を知っている筈のフォーチュナは、その名を呼ばなかった。 それは個を殺して伝えれば多少は楽になるかも知れない、という彼の気遣い……とも言えぬ願望だったのかも知れないが――雷音も、うさぎもそれは望まない。 今から殺すのは、間違いなく『高竹智里』という名を持つ、人なのだから。 きょろり、と多い数に些か怯えたのか立ち上がり周囲を見回すような動作をする人影の前に、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が立った。 「御機嫌よう、お嬢さん」 片方だけの目を細め、優しく語り掛ける。 嘘だ。これから唱える事はただの嘘。 それを正しいとするか否かは、ここに集った仲間の内でさえ見解が異なる。 だから彼らは嘘は語らぬと決めたのだ。 口を閉ざしたマヤのように、痛ましげに目を細めた悠月のように。 だとしても。それが決定的な齟齬を生まなければ、フラウは叶う限り、優しい嘘を吐きたかった。 「私はね、魔法使いなんだ。今からキミに魔法を掛ける。夢の魔法。キミの病気を、治す魔法を」 『あおう……』 「ソレは、とっても怖くて辛い夢かもしれない。ソレでも」 キミが次に目を覚ます時には、病気が治っているはずだから。 「オヤスミ」 フラウが引き抜いたナイフが、少女――智里を貫き、溶解液を飛び散らせた瞬間。 リベリスタは各々の攻撃態勢を、整えた。 病院の個室は、そこまで広くない。 前も後ろも殆ど差のない状態であったが、それでも智里を逃さぬようにリベリスタは円になるよう陣形を描いた。 『あ? うあ、おあああう、おああああ、ああ、まあ!』 「……っ」 たった一人。智里の言葉を正しく理解できる雷音が顔を歪める。 九十九の耳に聞こえるのは、虫の鼓動なのだろうか。ざざざざざざざ、ざざざざざざざざ。 その音は、粘つく液体に包まれていて、優れた彼の聴覚を持ってしても篭って聞こえた。 「その溜まりに溜まった水、抜いてすっきりさせて上げますな」 膨らんでしまった体が、せめて以前の姿に少しでも近付く様に。 言葉は優しく。弾丸は鋭く。 九十九の弾丸は分厚い膜を突き破り、液体の中程で止まって消えた。 だらだらと溢れる液体が、智里が暴れる度に周囲に飛び散る。 それがびちゃり、と旭の肌に飛んで、焼いた。 液体が腕を伝う距離を伸ばすごとに、赤味を増していく。 「ごめんね。……ごめんね。気が紛れるなら、何でもぶつけて」 眉が寄る。どうしても、どうしようもないのだ。旭には何もできない。 「ごめんね。あなたにとっても、わたしたちにとっても、すごく悪いものがいるの」 いくら謝ったとしても、それをどうにかする事は叶わない。 止めてくれと全身で表す相手にどれだけ謝ったとして、これから行う事に変わりはないのだ。 それでも口は、謝罪を紡ぐ。 ごめんね。 それを理不尽だと知っていても、何もできないの。 ごめんね。 ごめんね。 「君も、生きる為に仕方ないのだろう」 雷音は先の通り、異なる世界の言語さえも理解ができる。 けれどそれは、元から『言語』と称されるものを扱うような生命体でなければ意味をなさない。 フォーチュナが『虫』と称したそれに、そこまでの知性はない。 ぎちぎちと音を鳴らすだけの存在に、通じないと知りながらも語りかけるのは自己満足だろうか。 それでも彼女は、語り掛ける。どうしようもない現実への、せめてもの救いに。 紡ぐ言葉はそのまま歌となり癒しとなり、降り注ぐ。 望んだ程に距離はとれなかったが、それでも扉の傍は固めた。 悠月はもはや人型の袋、水風船のようになった少女を前に息を吐く。 分厚い皮と柔らかな液体に包まれた溶解虫には、彼女の呼ぶ鎌の刃は届かない。 智里を無闇に苦しめたいという意図はない。だからこそ、原因である虫に中々届かないのがもどかしい。 「……例え、救いにはならないとしても」 虫に食い破られるよりは、マシな最期だろうか。 自分の中に『それ』がいると知らずに済むのなら、幾らかは、良いのだろうか。 どうしようもない悲劇を膝をついて嘆く程に世を知らぬ訳でもなく、無意味と切り捨てられる程に世に慣れた訳でもなく。 悠月はただ呼んだ鎌を、命を刈り取るべく振るった。 『ああ、あああ、うああう、うあああ!』 「……逃げるな!」 顔を殴られ液に塗れ、頬の皮膚を露出させた廻斗が叫ぶ。 「貴様が逃げれば、貴様の家族や友人にも被害が及ぶ」 通じないのは分かっている。 泣き喚く幼子に道理を説いたところで聞くはずもない。 彼の放った言葉の意味すら、恐らく智里は全く理解していないだろう。 「大事なものをなくしたくないなら、今ここで死ね」 死ねと言われて、死ぬはずもない。 智里はそもそも現状を理解していないのだ。 彼女にとっての現実は、見知らぬ人間が大挙して入ってきて自らに武器を振り上げるという、ただそれだけ。 謝罪も叱咤も、意味はない。 だとしても、廻斗のそれも、苦しめようとする悪意から来るのではない。 どうしようもない現実だからこそ、偽らず伝えるというだけの話であり――彼なりの誠意だ。 廻斗の剣は、硬化した皮膚に弾き返された。それでも彼は、構えを解かない。集中し練り上げて、次の一撃へと備える。 『ああ、ああ、ああ、ああ――』 「智里さん」 滅茶苦茶に振り回される手に足を打たれ、よろめきながらうさぎが手を伸ばす。 攻撃の意図は感じさせないように、その指先は首筋をなぞった。 刻まれた刻印。溶解液が目に入りそうになり、目蓋を閉じる。焼ける痛み。目蓋の皮膚が溶けて眼球が露出するのではないかと薄く思えど、苦痛は出さない。 「智里さん。ねえ。何が『まあ、いいや』ですって?」 うさぎはフラウともまた違う。 嘘は吐かない。 そこに嘘はない。 「大会って何ですか? 何の大会ですか? ねえ、私に教えて下さい」 『あいあ……』 「楽しみにしてたんでしょう? 忘れてて良いはずがない」 『ああ、ああ、うあ』 「私は知りたい。貴女が楽しみにしてた事……思い出して下さい」 混乱の中での問い掛けは、多くは意味を成さないものであろう。 それでもうさぎは問う。彼女が彼女で在るように。最期のその瞬間まで、少しでも彼女で在るように。 『……あ、うあ、おうあ、……あああぉ……』 「……。……合唱、だ、そうだ……」 強く唇を噛み締めていた雷音が、震える声で伝えた。 うさぎはそんな彼女からそっと目を逸らし、礼へと変える。 ――ヤマにとっては、慣れた仕事だがな。 手足を気糸で打ち抜きながら、ヤマはそんな彼らを見る。 何も言わぬ。そう決めたから、彼女は沈黙を守っていた。 けれど、己はそれでいいとして、他の者は果たしてそれで良いのか。 己を偽っては、己を殺してはいないだろうか。そう思い、口にしようとした言葉を止めた。 齢を重ねてきたヤマだけではない。年若くとも、彼らは己の生を積み重ねている。 ヤマが何かを言うまでもなく、彼らは彼らとして心を決め、言葉を紡いでいた。 過去で、アークで、数多の悲劇を眺めてきた彼らは、どうしようもないと知りながら、けれど各々折り合わせる箇所を探って求めている。 己の言葉で紡ぎ手を伸ばす彼らは皆、紛う事なく「ひと」であった。 例え本人が否定したとして――『人でなし』のヤマでさえも。 ● あたまがいたい。うでがいたい。あしがいたい。 だれだろう。 どこだろう。 どうなってるんだろう。 おかあさん。おとうさん。おねえちゃん。せんせい? さっきからどんどん、何かがなくなって行って分からない。 「さぁ、目を覚ます時間だ」 まほうみたいに、目の前にあらわれた人がそう囁いた。 まほう。 そうだ。聞いた気がする。なんだっけ。なんの話だっけ。まほう。素敵なまほうだった気がする。 まほうって、なんだっけ? 床にころびそうになった私を、だれかが抱きとめた。 上下も良く分からない。目もよく見えない。今、どうなっているんだろう。 おきたいな。おきられないな。 「大丈夫ですよ」 ぐらぐらゆれる。何も見えないけれど声が聞こえる。 「大会は、ちゃんと見に行きますから」 大会。 そうだ。 いきたかったな。 みてくれるのかな。 ああ。 なら、いいか。 「オハヨウ、智里」 目の前が、まっくらに、 ● 起き上がろうとしてか、動いていた手足が完全に止まった。 智里の意識が、命が、失われたのだろう。 「……畜生め」 自身が抱き締める皮の下で必死に蠢く『虫』にか、これを招いた運命にか、うさぎは悪態をついた。 保護液が流れ出した事で空気に触れる溶解虫の動きは、次第に緩慢になって行く。 液が直接に触れて、肌を爛れ溶かして行くが、うさぎは手を離さなかった。 「おかえり、なさい」 ぎゅっと唇を噛み締めた雷音が、その腕に癒しの札を張る。 「ばいばい」 ごめんね、は、もう唱えない。傍らに屈みこんだ旭が、目を閉じて呟いた。 「安らかに眠って下さいな。……智里さん」 知らぬままで終わるはずだった名前を呟いて、九十九が銃口を下ろす。 運がなかった。それは誰が悪かった事ではない。 だからただ、悲しい。憎む対象すらいない事が、ただ悲しい。 「……オヤスミ」 物言わなくなった少女へ、微動だにしなくなった異世界の子へ、フラウは帽子を深く被り直しながら、そっと呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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