● ふわり、ふわりと木々の合間をすり抜けて箱が飛ぶ。 その箱のそれぞれの面にいくつか浮かんでいるのは、目だ。 そう書けば多くの人が思い浮かべるだろう、遊戯の際に用いるサイコロを。 だがその色合いは、赤。肉の色。 「ふぅ、護衛のためとはいえ、中々に悪趣味な形ですわね、この賽」 そしてその表面に埋め込まれるようにして周囲を睥睨する『目』は……人の、獣の、あるいはこの世ならざる者の『瞳』である。 多くの生物を寄せ集めて作られた異形、『キマイラ』。その内の一体たるそれは、ふわり、ふわりと飛びながら周囲を見回し続ける。 無数の瞳が箱の表面でその瞳孔をぎょろぎょろと動かす。 「しかし意外ですねぇ~、貴女もここにくるだなんて」 それについて歩くのは一組の男女。年の頃は30中ごろであろうか、鋼色の拳で頬を掻きながら、男は隣の少女へと向けてそう声を発する。 「もちろん、紫杏様のためですもの。助力は惜しみませんわ。そういう貴方こそ」 「そりゃあ、私もキマイラの研究のために、ですねぇ~」 隣を歩んでいたその娘と言ってもいい程の幼さの少女は、男の眼前へと駆けて回りこみ、笑顔を向ける。獣の毛に覆われた素足に踏まれた草木が音を立てる。 「嘘、ですわよね?」 「当然。私達は『六道』ですから~。貴女も同じでしょう?」 笑顔のまま、こくりと頷き返す男。だが、その纏う雰囲気はまるで剣のように鋭い。 己の道を邁進する求道者集団、六道。 その中には『六道の兇姫』とは違う方向の道を進む者も多い。 彼らもまた、その一人。その目的は、『自らの道を進む』ため。 「アークには優れた技を持つ人間が多いですからねぇ~、そういった人間と全力で戦える場を逃したくはありません。前は実際に戦うことは出来ませんでしたし~」 だから、自分はここに来たのだと、『技』を愛する男は言う。鋼の拳が握ったのは幅広な刀。それを片手でくるくると回して笑うその様は、見るものに寒気を与えるほどの凶暴性を内に秘めたもの。 彼の瞳は全くといっていい程笑っていない。 「私は……自分より運命に愛されている姿を見せつけたアークから、せめて勝利を一度奪いたいだけですわ」 一度アークに敗北した経験のある少女は、そう言って唇を尖らせる。 「でも、誰も来なかったらどうしましょうねぇ~、サイコロは活躍しますけれど、私達が暇になりますし」 「その点は心配いりませんわ。これだけ厄介な『キマイラ』の護衛をしているのですもの、必ずアークはここに来ますわ」 それに、運命がわたくしに微笑まない訳がありませんもの、と少女は笑う。それに呆れたように男は肩を竦める。 「それじゃまぁ、キマイラにも穴にも興味はありませんし、適当に戦って帰りましょうか~。とりあえず、今日は物理攻撃を使いましょうかねぇ」 どこまでが本気かわからぬ男の言葉に、少女はまぁ恐ろしいわ、と肩を竦める。 「そうね、適当に……とりあえず、使えるカードを全部切って残り一人になるくらいまでは戦って、帰りましょう」 「意義はありませんねぇ~。切り札全部という事は、あの技も?」 「えぇ。まだ未完成で不安な部分は多いけれど。意思の力を全力で用いればわたくしに運で敵う者がいない事をアークに見せつけてやりますわ」 そう言って少女は笑み、パン、と何も身に着けていない拳を己の目の前で打ち鳴らす。 それは適当に戦う、ではなく全力を尽くすの間違いじゃないの、とも言いたげに二人の目の前で肉のサイコロはくるくると回りながら、少女の顔を、男の顔を覗き込む。 「それじゃ、行きましょうかねぇ~」 そして二人と一箱は森の中……三ッ池公園の北側の森の中を南下していく。 ● 慌ただしさを増すアーク本部。その中で、本日幾度目かのブリーフィングに臨む少女はため息を零す。 「今月のヒロインはきっと、あの閉じない穴……流石に狙われ過ぎ」 彼女、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がそう言うのも無理はない。 しばし前に『楽団』のメンバーによって狙われた三ッ池公園。その対応策として警戒を高めていたその場所に……今度は六道が狙いを定め、全力で奪い取りに現れたのだから。 この部屋に集ったメンバーも、割ける人員が足りないためか普段よりも少ない。 「『六道の兇姫』は、本気。彼女達の研究していた『キマイラ』の投入だけじゃなくて、あの『教授』からも直接支援を受けてる」 その戦力は圧倒的。その上彼女の狙いは、あくまで戦力増強だけが目的で自ら去っていった『楽団』とは違い、『閉じない穴』を崩界を引き起こすために用いるという非常に危険な物だ。 「崩界した方が実験が進めやすいから、らしいけれど迷惑すぎる」 さすがにそれを見過ごすわけにはいくまい。1年前に総力を挙げて攻め入った公園で、リベリスタ達は総力を挙げて守りを固める事となる。 「皆に向かってほしいのは北側、百樹の森の牌の背後にある森。強力なフィクサード二人に護られてるキマイラを倒して」 巨大な箱のようなキマイラとフィクサード達をモニタに映し、イヴは説明を続ける。 「このキマイラは言うならスナイパー。単純な戦闘力はキマイラにしては低めだけれど、バッドステータスを与えたり、待機中の人を狙い撃ったりと、戦局次第でとても強力になる魔眼を備えている。何より厄介なのが、橋を渡らずに丘の上の広場まで攻撃を届かせることが出来る、その射程」 彼らの目的は、最も戦いの激しくなるであろう丘の上の広場周辺へと向けて、安全圏から支援攻撃を行う事である。絶対に反撃の届かない場所からのバッドステータスを伴う攻撃は、面倒に違いない。 ただし、この能力は障害物があれば発揮できないようだともイヴは告げる。例えば、百樹の森の碑からでは周囲の木々に邪魔されて丘の上の広場以外をまず狙えないように。 ゆえに、真北から森を突っ切って南下してくる敵が百樹の森の碑に至る直前、スナイパーの射線の通らない森の中でキマイラを迎え撃つ。それが今回の作戦。 「護衛のフィクサードは、六道の人間。ちょうど1年前にここで戦った事のある人。二人とも、アークに強い対抗心を抱いてるよ」 実力としてはアークトップランカーの人間とほぼ同じ程度。だが、彼らは求道者。彼らの求める道のために尖ったその能力は非常に厄介だろうとイヴは告げる。 一人は石東白。かつてジャックの腕に見惚れて六道を離れたことも有る生粋の技狂い。戦いそのものではなく技術を愛する、六道らしい修羅である。 「青龍刀の使い手で、それを扱うための技を磨いてるみたい。槍や重い武器の扱いも得意で、それよりもさらに剣の扱いが上手らしいよ」 さらに、技を磨くための独自の技術も持っているようだが、詳しくはわからないとイヴは告げる。その声は僅かに不安げだ。 「万華鏡の中で一瞬見えたあの感じ……まるで、暴力そのもの、とでもいうくらい攻撃的だった。気を付けて」 もう一人は、高島塔子。世界の変わる瞬間を目撃するためだけにかつてこの地に参じた事もある、世界を愛する少女。 世界に愛されるために己の運の力を高め続ける、こちらも六道らしいフィクサードだ。 「格闘を主体にした戦闘スタイルで、恐ろしいくらいの幸運を持っているみたい。特に、意思の力を総動員して運命を僅かに自分に傾ける秘術が怖いよ。その効果中はどんな行動も半分弱は完全な成功になるくらい強力」 運命に最も愛されている人間になるため、という求道の道の果てともいうべきその技。だが、これは本人ら曰くまだ不完全なのだという。 「例えば、その技のために武器を外しているみたい。強力な分、他にもいくつかものすごく大きなデメリットがあると思う」 憶測推測に頼るほかないが、その穴を突けたならば運のみに頼るフィクサードを突き崩す事は容易に違いない。 「彼らは本気。倒れても運命の力で立ちあがってくるよ。最後の一人になったら仲間を連れて撤退するけれど、それまで逃げたりは絶対しない」 四つに組んで戦うならば、勝てるかどうかは微妙なこの戦い。だが、イヴは言葉を続ける。 「今回の目的はあくまで、本隊の支援攻撃をする厄介なキマイラを倒す事」 だから、無理にフィクサードの相手をしなくともよいと少女は告げる。目的が果たせたならば逃げてもかなわないのだ、と。 「今回皆が向かう戦場にはいないようだけど、死体が欲しい『楽団』のメンバーも公園に現れるみたい。だから……」 誰かが死ぬ可能性を少しでも減らすために全力を尽くしてほしいと少女は言う。 それにリベリスタ達は力強く頷き、その場を後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月30日(日)23:35 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 森の中。 くるくると空で回りつづける四角い箱。その動きがぴたり、と止まる。 それは、その六つの方向全てを見通す瞳の中に、敵の姿を捉えたから。 「ほら、やっぱり来ましたわ。わたくしの予測通りに」 おそらくはキマイラからの射撃を受けぬようにする為であろう。 低空を駆けて森の中をジグザグに飛んでくるリベリスタの姿に、六道のフィクサード達は構えを取る。 「一年ぶりだね、高島塔子さん」 その先陣を切るのは『デイアフタートゥモロー』新田・DT・快(BNE000439)である。 もしかして、自分に会いに来てくれたの、と冗談めかして挑発すれば、それに女は笑みを返す。 「えぇ、貴方達を打ち負かすために来ましたわ」 冬のさなかにもかかわらず、素足を晒す薄手の衣装。一年前と変わらぬ自信に満ちた笑みを浮かべて女は己の幸運を高めていく。 余裕を気取る両者。されど、その体を支配するのは緊張。 かつて運命の力によってしか勝利を得られなかった男は、その時の力量差を。 幸運の求道者たる少女はかつて己を上回る幸運を見せつけた男の姿を。 互いに『敗北の記憶』を抱いた二人は対峙する。 三ヶ池公園、その正門。一年前にリベリスタ達とそこでぶつかり合ったフィクサードとリベリスタは見つめ合う。 「いやはや、それにしても、まさか一人で突っ込んでくるとは思いませんでしたねぇ~」 それが敵の攻撃を一手に引き付けるための行為であることを読んでか読まずか。青竜刀を手に石は真意の読めない笑いを零す。 「アークの三番手じゃ、ご不満かな?」 「はい、割と」 肩を竦める石。次の瞬間、快の眼前で火花が散る。 恐ろしい精度で放たれた重い斬撃。ただの通常攻撃にもかかわらず、それは快の手にしたナイフでは受け止めきれない。 次の瞬間、くるり、とアラウンドゲイザーが回る。 無数の猛禽類の瞳に睨まれて、快の体の動きが完全に止まる。 「くっ……」 予想通りの局地的だが圧倒的な能力に、思わず声が零れる。 その直後、木々を揺らして、二つの影が駆ける。 「賽は投げられた、か。一気に攻め込んでしまおう」 「無論だ。行くぞっ!」 一つ目の影は、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の放った不吉の影。もう一つは、フィクサードから離れた位置を回ってキマイラへと向けて直接駆ける『折れぬ剣《デュランダル》』楠神風斗(BNE001434)の姿。 二人の一撃は、フィクサードの後方に位置するキマイラへと突き刺さる。 驚きに目を見張る高島。その眼前で、突如吹き始めた爽やかな風が快の体を癒し切る。 「お久しぶりね」 自らの力を強化するスキルを準備していた後衛陣が、続々と快の後ろへとばらけて布陣していく。その先陣を切った癒し手たる来栖・小夜香(BNE000038)は自分の癒しの力で快の傷が完全に癒えていることを確認し、敵へと視線を向ける。 「今日は絶対に支え、護り切るわ。この身に課した制約を果たすためにも」 「いやはや、厄介ですねぇ~」 それに応えるのは、気の抜けたような石の声。高島と違い、この状況を想定していたのか、男はくすりと笑う。 「それじゃ、高島さん」 楽しみましょうか。そう言って男は微笑みを消し、刃を振るう。 ● リベリスタのとった布陣、それは一言で言うなれば、『散開』であった。 敵の協力であろう範囲攻撃を警戒し、敵の前に快が立ち、キマイラへと直接風斗が駆け寄る。 「それじゃ、まずは厄介な回復手から……って、貴方ですかぁ~」 ブロックのまともに機能しない陣形。その隙をついて、快の横からリベリスタ隊の後衛陣へと足を踏み入れた石。 その刃をその身を挺して受け止めるのは、中衛として布陣する『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)である。 彼女もまた、かつてこのフィクサード達が六道ではなくジャックの元に集っていた時に刃を交えた事のある一人。 「あ、きなこさん。盾はもうちょっと右ね」 「後方ではなく、前へ避けるのだ!」 振るわれる刃。だが、その直前に二つの指示が飛ぶ。普段はのんびりとしている『息抜きの合間に人生を』文珠四郎寿々貴(BNE003936)も、この戦場ではさすがにのんびりとしてはいられない。普段は着ぬような水着を着こんでいたことが功を奏し、その防御の指示を差し込む事に成功する。 寿々貴と雷音のわずかな調整。そのおかげで振るわれた刃は装甲の表面を滑るのみにとどまる。きょういの防御力は伊達ではない。 「因縁の対決で負けるわけにはいかないですからね、今回『も』絶対に倒れませんよ」 かつての戦いで、倒れることなく立ち続けた鉄壁の乙女の防御力は一年たった今なお健在、いや、むしろ新しい技術によって生み出された鎧と盾によって、その硬さは以前とは比べ物にならないほどに上がっている。かする程度ならばほとんど傷にならぬほどに。 それを己の身を持って確かめたフィクサードは苦笑する。 「あぁ。いいですねぇ~。突破しがいがありそうですし」 その後ろで、寿々貴は冷静に判断する。 (あ、駄目だ。当たったら軽く死ねるよね、これ) それこそ、『もののついで』で殺されかねない。軽装の女はそう判断する。 現在、公園の中にはかの『楽団』のメンバーがうろついているのだ。この付近には表れないと聞いているが、それでも可能性が僅かにでもある場所で倒れるなんてまっぴらごめんだ。 「一気に攻めてくれると、すずきさんは嬉しいかな」 生き残るために、キマイラだけ倒して、後は敵味方誰一人倒れないという緩い結末を迎えるために、ちょこっとだけ頑張ろう、と女は5秒だけ表情を引き締めて、攻撃の指示を出す。 ずっと本気を出したら敵に狙われそうだから、本当に5秒間だけだったけれど。 キマイラの体がくるくると回る。 人の瞳では絶対にありえない、拳大の巨大な単眼が睨み付けるのは風斗。さらにくるりと回った賽の目は虫の複眼のように一面にびっしりと人間の瞳が埋め込まれた面を雷音へと向ける。 キマイラを狙い攻撃を仕掛けた二人の体をむしばむのは毒と出血、そして炎。 「面によって攻撃が異なるのではない……のか?」 強い意志の力でその炎を一瞬で振り払う雷音。されど、それによって体力が削ること自体は止めることは出来ない。 スナイパー、と揶揄されるだけあってその魔眼の命中精度は非常に高い。 確実に、わずかづつ体力を削るキマイラの戦法。それは確かに厄介ではある。 だが。 「この程度なら、耐えられる」 「ただただ他者を痛めつけるためだけの存在なら、もはや生物とすら認めん!」 森の上空を飛翔する雷音の刃。その落とす影がキマイラへと重なる度に肉の塊に刃で削ったような傷跡が無数に生まれる。 風斗の振るう刃は、その巨大な単眼へと突き刺さる。己の肉体を限界まで破壊の力を高めるために鍛え上げた風斗の刃は確実に、敵の体力を大きく奪う。 二人の役目は、全力でキマイラを倒すというもの。このキマイラに自由を許せば、非常に厄介なことになる事は目に見えている。ゆえに二人は、多少の無茶をしてでもキマイラへと攻勢をかけてゆく。 それに、二人にはキマイラからの攻撃しか来ない。キマイラは巨大な単眼と人間の目で出来た複眼を二人に見せ続けるのみ。その程度の傷であれば。 「風よ、祝え」 小夜香の生み出す風が、戦場に立つ者達を纏めて癒していく。寿々貴の支援と周囲の魔力を己の中に取り込む術式によって大幅に強化されたその神秘の風は、一瞬にして戦場の者達の傷をすべて消し去る。 「本当に、本当に厄介ですわね」 そう呟きながら、高島は快の腹部へと拳を振るう。普段ならば十分に避ける可能性を残しているその動きを、快はよけられない。 圧倒的な幸運、それによって彼女の一撃は素手とは思えぬ驚異の攻撃を生む、が。 所詮は素手。与えられる傷には、限界がある。驚異的な体力を持つ快はその打撃を全て受け止めきり、小夜香と寿々貴の癒しで持ちこたえる。 「これが限界のようだな。俺はまだ立ってるぜ?」 高島を動かさぬための挑発も、快は忘れない。とはいえ、反撃に彼がふるった光を纏ったナイフの一撃も、その半分が理不尽に回避されていく。 僅かに溜まっていくフラストレーション。 半分の攻撃を防がれるだけでこうなのだ。かつて、自分の引き起こした『黙示録』での完全な防護と攻撃はどれだけ脅威だったのか……その片鱗を僅かに逆体験する快。 とはいえ、分散したフィクサードの攻撃は、早くも『詰む』事となる。 このまま行けば、勝てる。そう小夜香は確信する。 そしてそれと同時に……このままでは終わらない、とも彼女は確信していた。 くるりくるり、と賽の目が回る。 そのフィクサード組織の名のように、上下左右前後、『六つの方向』全てを見回す物はくるりくるりと回った後。 黒と緑、別々の色を持つ一対の瞳が出ている面と、魚のような瞳が点在している面を表に向ける。 「気を付けるのだ、何かが来るぞ」 今まで出た事のない面が出た事に気づき、雷音が声を上げる。 それこそが、フィクサード達の反撃の狼煙となる。 ● 「遊びは終わりよ。ここからは本気で参りますわ」 「えぇ~、貴方達の狙いはよーくわかりましたから、ねぇ」 場の雰囲気が、変わる。その瞬間放たれたのは、行動を封じる恐怖の瞳。今までキマイラが一度も狙わなかったきなこと小夜香へと、その呪いの視線は放たれる。 「え、ちょっと、すずきさんはそこまで回復強くないから気にしないで次も無視してくれると嬉しいんだけどな」 寿々貴の指摘通り、動きを封じられたのは回復手達。その直後、石はきなこの前から一目散に後方へと駆け戻る。 「……えっ?」 予想だにせぬ後方からの突撃者に、快のブロックは間に合わない。そのまま、快の真横を駆け抜ける男。その狙いは……。 「先ほどから見せていただいていたんですけれど……貴方の剣の腕前、素晴らしいですねぇ~」 キマイラよりもさらに奥、刃を振るってキマイラを傷つけていた男の元へ、その青竜刀の切っ先は向く。 「まるで、私と同じようですねぇ」 それはただの通常攻撃。されど、その技量は風斗と同じ『圧倒的な破壊を巻き起こす狂戦士たる力』を持つがゆえのもの。風斗自身の防御を投げ捨てた攻撃偏重の戦闘スタイルも災いした。 剣のように振り、槍のように突き、そして重さを生かして振り下ろされる刃。それを避ける術はない。 「ぐっ……誰がお前と同じだ。俺が今までの人生の中で身に着けてきたことを、お前の力と一緒にするな」 フン、と鼻を鳴らして風斗は反撃の刃を振るおうとする。だが、その寸前に。 「貴方は鼻を鳴らすよりも、鼻ですすっている方がお似合いですわ」 その眼前にもう一人の敵が迫る。快のブロックしていない方向への突撃ゆえに、高島を止める者はだれ一人いない。 華麗なアッパーカットが青年の顎を捉える。 目の前に散る星。ぐらり、と揺れる体。なんとか風斗はその猛攻にギリギリで耐え切る。 「まったく、嫌な名前を久しぶりに見たと思ったが……本当に嫌な奴だなお前ら!」 もし、次の一打がくれば倒れるかもしれない。それほどまでに凶悪な二撃。だが、回復手の動きを止められた今、回復は期待できない。 「待てよ。俺の相手を忘れたんじゃないか」 相手の気を引き付けようとする快の言葉。されど、自らの幸運を盾に、少女は快からの言葉を跳ね除ける。 「悪いけれど、愛しのレディがいる方に手を出すほど無粋じゃないの。それに、勝てない戦いをする気もないわ」 なら。幸運を砕けば、どうなるか。 「お前たちの思い通りにはさせない。この世の裏の常世を占え!」 意思の力で幸運を無理矢理に身に着ける。それが非常に難易度の高い技術であろうことは、高島と同じく魔術知識を持つ雷音には容易に理解できる。ならば、無理矢理に構築した術式を打ち崩せばどうなるか。 目の前の『圧倒的な幸運』という現象ではなく、その裏に潜む『無数のリスク伴った繊細な技術』という側面を占った少女はその手にした魔術書より、幸運を砕く影を呼び出す。 「……っ!?」 果たして、予想は的中する。ただ、自分の纏っていた魔術的な強化を砕いただけなのに、少女の体は大きく揺れる。 恐らくは、イブの言っていた『強烈なデメリット』の一つなのであろう。 それに加えて、もしも彼女が幸運と不運を同時に身に着ける能力を持つ者であるのなら。 「こ……のっ!」 予測は的中。振るわれた素手は何もない空を切る。不運さを大きく増大させる秘術によって、フィクサードはその力のほとんどを封じ込められる。 だが、それでも敵の手が止まったわけではない。 「悪いですけれどねぇ~、私が好きなのはあくまで攻撃の技術を持つ人間なんですよぉ、有名さじゃなくって」 業物のナイフをただ構えている貴方ではなく、剣を使いこなすこの子と切り結びたいんです。そう快に告げ、フィクサードは刃を再び風斗へと向ける。 「それじゃ、すずきさんなんてどうかな?」 そこで声をかけたのは、意外にも寿々貴。 普段はのんびりゆるゆるとしている彼女だが、これでも彼女は『一応分かっている』人間だ。 命のやり取りの中で自分の占めている場所が、どの程度『地味で狙われにくい立ち位置』か理解したうえで、敵に吹聴する程度には。 ここでアタッカーたる風斗が落とされればどうなるかも。 そして、自分の回復ではおそらく仲間を倒れぬ程度に癒す事が難しい事も。 「論外ですねぇ」 にべもない否定。その程度は予想の範疇。その隙に、女は祈りをささげる。この戦いを、なんだかんだで緩い結末で終わらせるために、そこそこに真剣に。 「祝福よ、あれ」 その時、巻き起こったのは凄まじい疾風。圧倒的な浄化の光が風斗の傷を一瞬にして塞いでいく。 「……わぉ」 思わず呟く寿々貴。振り返り、睨む石。 二人の視線の交わる先にいたのは、ほんの少し前に石化したばかりの小夜香の姿。 「言ったでしょう、癒し手の意地として」 脳裏に過るのは、過去の戦い。癒し手として仲間を癒そうとして。それでも追い付かなくて、大きな背に護られて。 そのまま逃げだした、あの時の敗北の記憶。 「雪辱を果たすと、私は誓ったの」 圧倒的な意思力は、石化程度軽く跳ね除ける。 フィクサードの放った技巧をこらした刃は致命傷には至らない。 「さ、ここからは悪いけれど俺の意地を通させてもらうぜ」 そして、その一手で、全てが終わる。 快は到達する。風斗のすぐ傍らへと。 「さ、勝負といこうか。ここからは意地の張り合いだ。仲間が勝つまで意地を通せれば、俺の勝ちだ」 そして、構えを取る。相手の攻撃を全て受け止めるための。 「もちろん、さっきみたいな奇策は、そう何度も通しませんよ」 そして、フィクサードの逃げ道を防ぐように立つのはきなこ。防御力だけを見れば快よりもはるかに高いそのポテンシャル。 先ほど対峙していた時も、殆どをその強固な鎧で減衰されていたのだ。それを容易に砕く手段は、『幸運』を崩されたフィクサードには無い。 それでも、くるくる、と賽の目が回り始める。キマイラだけは最後まで足掻く。 表れたのは、さっきと同じオッドアイのような瞳と、猛禽類の瞳の面。 「きなこ、快。避けるのだ」 予測は簡単についた。あの賽の目の表しているのは、六人のうちだれを狙っているか、という事。 的確な指示は回避を生み、そして敵の反撃の『目』を完全に潰す。 そして、風斗の振るう赤き光を纏った刃は、あっさりと巨大な肉塊を一刀両断した。 ● かくして、キマイラは倒れる。 自分達の成長、それを如実に感じられた小夜香は笑みを零す。 「まだ……まだよ、まだわたくしはやれますわ」 己の持つ秘儀を見破られ、武器も持たず、それでもフィクサード達は戦う姿勢を崩さない。 「それで、戦って、満足できる?」 問いかけたのは、寿々貴。 それに、少女は無言を返す。 僅かに流れる沈黙の時。 そして、リベリスタ達は彼らに背を向けた。 「今回は貴様らの相手をしてやれん。『楽団』を片づけるまではな」 風斗の言葉に案に含まれているのは、相手を倒し、殺す事すら容易いという事実。 それに石は軽く肩を竦める。 「感謝しておきますよ。さすがにこれは、ねぇ」 彼ら六道とて、甘く見ていたわけでは決してない。ただ、アークの戦術が、実力が、彼らを十分以上に上回っていた。それだけだ。 「次は……次は絶対に、負けませんわ」 覚えてらっしゃい。ありきたりな捨て台詞を雷音に残し、鹿足の少女は森の中へと消える。 その言葉に込められていたのは、楽団のいる今、あっさり死ぬ事なく、次まで生き残ってやるという意思。 「息災を祈る。次も負けない」 それを感じ取り、雷音は背を向けたままそう返す。次があるかは知らないけれど、それまで少なくとも自分も死なない、と想いながら。 そして、リベリスタ達は森を後にする。 勝利の余韻を胸に刻みながら。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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