●リアルなフィールド けして大きくないゲームセンターの一画に、筐体は置かれていた。 毒々しい赤の大型機体。車のシートを摸した4つの座席にはハンドルとレバー。足元には2つずつペダルが並んでいる。 上部に『サーカスチェイス』のロゴへ車を走らせる、薄笑いを浮かべたピエロが描かれていた。 「あれ、こんなゲームあったっけ?」 3人の少年が通りかかった。私服だが、高校生頃だろうか。 「どうだったっけ。覚えてねえな」 「いいじゃん。やってみようぜ」 筐体に乗り込み、インカムを投じる。 表示されたのは広い駐車場。遠くにスーパーマーケットの建物が見えるが、それ以上に近場に見える真っ赤な車が目を引いた。 電子音とともにシグナルランプがスタートに近づいていく。 舞台は街中。コースを進むのでなく、ピエロが運転する赤いタクシーを捕まえるのが目的らしい。 走る場所や方向に制限はない。 歩道の上はもちろん、建物の中に入ることさえ自由なようだ。通行人も多数歩いている。 最初にピエロを捕らえたとき少年の1人が気づいた。 「なあ……このゲームのフィールドって……?」 彼らが住んでいる街が舞台として表示されている。 違和感を覚えながらプレイを続ける。 ピエロ車を捕らえても次のピエロ車が出現、その地点は画面に矢印で表示される。インストによれば6台のピエロ車を捕らえればクリアだ。 建物の壁や停まっている車にぶつかると残り時間が減る。ピエロを捕らえると回復し、0になればゲームオーバー。通行人を轢いてもペナルティはないが、悲痛な悲鳴が聞こえてくる。 「……外から悲鳴……聞こえなかったか?」 「き、気のせいだろ」 耳元でなく遠くでも悲鳴が聞こえる気がする……。 ピエロは車道以外を好んで走るようだ。ピエロ車の前から、何度も悲鳴が聞こえる。 「おい、もうやめようぜ!」 少年の1人が立ち上がろうとした。 『途中退場はマナー違反! 罰ゲームがあるよ!』 ピエロが笑う。 立ち上がった少年が倒れる。悲鳴を上げて別の1人も立ち上がり……同じく倒れた。 「なんなんだよ……助けてくれ!」 最後の少年はゲームを続けるよりなかった。 聞き間違いようもなく外からは悲鳴が聞こえる。画面の中を救急車が横切る。 ……5台目のピエロ車を追いかけるうちにタイムが0になり、少年は友人と同じ運命をたどった。 ●ブリーフィング 「……この3人以外に、死者7名、重軽傷者56名という惨事が発生します」 リベリスタに向かって、『ファントム・オブ・アーク』塀無虹乃(nBNE000222)が告げた。 「突然街中にピエロが乗った赤い暴走車が出現し、人を轢いてまわるそうです。ピエロの車はだんだん増え、最終的には5台になりました」 件のゲーム機はアーティファクトである。 ゲームオーバーになればプレイヤーの命を奪う。しかも、事故を発生させる分身を生み出すのだ。 6台捕らえればクリアということなので、あと1台出現する予定だったのだろう。 「危険なアーティファクトを放置しておくことはできません。ですが、残念ながらアーティファクトを単純に破壊、あるいは回収することはできません」 万華鏡の予測ではゲームをクリアすることで無力化できるという。そうなれば処理可能だ。 「当然ながら、解決のためにはゲームをプレイしていただくことになります」 プレイすればE・エレメントのピエロタクシーが出現する。 つまり、リベリスタたちはゲームの中と外で同時に戦わなければならない。 「まずゲームのことを説明しますが、最大4人まで同時参加でき、誰か1人でもプレイを続けていられる状態ならコンティニューは無制限です」 だが全員脱落すれば即座にゲームが終了、プレイヤーは体力を全て奪われる。途中離脱も同じだ。 脱落条件は制限時間が0になること。壁や他の車と接触してクラッシュしたり、転倒したりといった要素はすべて制限時間の減少という形でペナルティが与えられる。 ピエロは捕らえるごとに加速力とコーナリング性能が増す。 『捕らえる』には一定時間接触していればいい。ただ、必要以上に重なるとクラッシュしてしまう。むしろ、それを狙ってピエロが突進してくることもある。 器用さに優れていたり電子機器を操るスキルがあれば有利に進められるだろう。 「次に現実に出現するほうのピエロについてですが、厄介なことに攻撃手段を持ちます。地雷を出現させることと、ミサイルを放つことができるようです」 地雷を踏まされれば衝撃で攻撃を当てたりかわしたりするのが難しくなるし、ミサイルが直撃すれば業炎に包まれて体力が削られる上、体力回復ができなくなるようだ。 さらに突進も現実では攻撃手段となる。吹き飛ばされて、強化効果を打ち消されてしまう。 出現する位置は、ゲーム内の出現位置に対応している。範囲は初期位置のスーパーを中心に2km四方程度だ。 「幸い、範囲内から完全にランダムではないと予測が出ています。多少ずれはあるでしょうが、5台目まではだいたい現れる位置がわかります」 最初のピエロ車が現れるスーパーと、3台目が現れる駅付近は大きな道路に面していて人通りも多い。2台目と5台目は住宅地にある月極駐車場、4台目は大きな公園の駐車場に出現していた。 問題は最後の1台の位置が不明な点だ。 ゲームをプレイしている者にはわかるので、連絡を取ってなるべく早く確定するのと、移動する手段を準備しておく必要があるだろう。 「基本的に皆さんが攻撃をしかけるまでピエロはゲーム内と同じ動きをします」 しかし、戦いが始まれば独立して活動すると予測される。アークにとって一般人の被害は問題ではないが、余裕があれば対策を講じてもいいだろう。 「複雑な仕事ですが、どうか解決をお願いします」 虹乃は静かに頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:青葉桂都 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 3人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月30日(金)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 3人■ | |||||
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●不安を乗り越えて 「あの、一つ確認したいんですけど。お嬢様は『ゲーセン』ってご存知ですか?」 メイドに問われて、お嬢様は首を傾げた。 「ゲーセン……ドイツ辺りの地名か人名かしら?」 のっけから仲間たちを不安に陥れたのは、『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂彩花(BNE000609)である。 目の前にあるゲーセンは、確かに社長令嬢である彼女には似つかわしくない建物ではあった。 「お嬢様、ゲーセンも知らないのに何でゲーセン担当なんて言い出しちゃったんですか」 見た目は小学生程度にしか見えないメイド、『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が呆れた声を出す。 「そんな調子で、そっちは大丈夫なのかい?」 ゲーセン組を送ってきた車の一方から、『不機嫌な振り子時計』柚木キリエ(BNE002649)が声をかける。 「ゲームはあまり詳しくありませんが、車を運転する内容なんですよね? それならお任せ下さい。実際の車の免許は持っていますしテレビゲームでもある程度は……」 「テレビゲームじゃないよ、ビデオゲーム」 「……え? 違う? ビデオゲーム? ビデオという事は予め録画されていたりするんですか?」 彩花はこめかみのあたりを指先でつついた。 「それ……どうやって操作するんですか?」 「……まあ、決まった事は仕方がありませんね。折角の初体験ですし楽しんで来て下さい。こっちはこっちで何とかしますので」 ため息をついたモニカは、車の中へ戻った。 彩花たちゲーセン側のメンバーが、出発する車を見送る。 フォーチュナからの情報通りの場所に、そのゲームは設置されていた。 外の仲間たちが移動する時間を見計らって、リベリスタたちはそれに近づく。 「ゲーセンでゲームするなんて何時振りだろ。家出てから暫くはアホみてーに通ってたけど、流石にこの歳になるとなー、なかなかなー」 歳の割にチャラいが、さすがにアラフォーともなればゲーセンには近寄りがたい。『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)がシートの1つに座る。 「てな訳で自信とかはあんまねーけど、外の奴等の為にも頑張るとしますかー」 隣には、銀髪の少女が勢い込んで入り込む。 「今回はゲームをするお仕事……なんかテンション上がるよね! 普段あんまり役に立たないゲームの腕を見せる時がきた!」 吸血鬼にして、正体は重度のゲーマーである『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)は楽しげに硬貨を弾く。 彩花と、ゲーム組の残りの1人もシートについた。 「何を隠そう。この私、雨宮千景はレーシングゲームの赤い通常の三倍速の梅原と呼ばれた美少女。余談だが、吾輩はアメリカでは……いや、この話はまたの機会に」 雨宮千景(BNE003997)はローテンションな口調ながらもとうとうと語る。 車組の状況を確認すべく、4人はアクセス・ファンタズムを起動した。 スーパーの駐車場に、リベリスタの車が到着する。 「自信はどうだい?」 『輝く蜜色の毛並』虎牙緑(BNE002333)が問う。 「一応スタントやってますからね。カーチェイスだってできますよ。ただ、いつもは危険がないように演出してるけど、今回はそんな配慮はされてませんからね」 ハンドルを握る『蒼輝翠月』石瑛(BNE002528)が答えた。 「ヒーローが戦闘中に一般人を巻き込むなんて絶対にあってはならない事。わたしたちが一人も傷付けない演出をしなければなりません」 「なんとかするしかねえよな」 トラとネコが視線を交わす。 最初の敵が出現するのはこの場所だ。準備ができたと、千景にモニカが応答していた。 もう一台の車も、もうすぐ月極駐車場に到達しようとしていた。 「レーシングゲームが破界器になって酷い事になると……。リアルタイムアタックってそういう意味じゃないのに」 運転席の『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)はサングラスの奥から目的地を見る。 「以前みた格闘ゲームと関係あんのかな……よりタチ悪くなってんけど。被害阻止に全力であたるで!」 以前に同じような事件の解決に当たったことがあるのか、『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)が思案する。 憂慮する女性陣に対して、鋼の甲冑を纏った残る1人の仲間は戦いを前に気勢を上げている。 「ゲームと連動して現実世界にも影響するアーティファクトか。カーチェイスだな! 燃えるぜ!」 正義の男、『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)は、アクセス・ファンタズムから魔力剣を引き抜いた。 エンジンをかけたまま3人が目的地で待機している頃、他の2グループの戦いが始まっていた。 ●ゲームスタート 硬貨を投じ、スタートを選択。 3、2、1と画面の中で数字がカウントダウンを始める。 「よーっし、燃えてきた! 頑張るぞ!」 千景はスタートランプが灯ると同時に、勢いよく立ち上がった。 力強くガッツポーズを決めたままスローモーションで倒れこんでいく。 「なにやってんだ、雨宮!」 ハンドルを操作しながら和人が言った。 荒い息を吐きながら、千景はシートにつかまって体を起こす。 「いや、皆がどんな顔をするかな、って思って」 感情が反転する瞬間を好み、そのためにいかなる労力も惜しまない。 それが千景である。 とはいえ、体を張った行動の間にもゲームは進んでいる。 「ビデオゲームというのは、ああやって遊ぶものなのですか? 危険ですわね」 「あれはお手本にしちゃダメなプレイだよ……」 アーリィが自機にタクシーを追わせている。 「それじゃあ、まず1台目をなるべく早く捕まえないとね」 「だったら真面目に……俺も不真面目さにかけちゃ人のことは言えないけどな」 千景も仲間たちの機体に追いつき、真っ赤なタクシーに触れたままの状態を維持する。 すぐに『ARREST』の文字が画面に表示された。 「やりましたわね。この調子なら、難しくはなさそうですわ」 「最初の1台は誰でも捕まえられるようになってるさ。ここからが本番だよ」 千景は完璧なテクニックで車を操作し始めた。 牙緑は瑛が運転する車の中、飾りのついた大きなナイフを構えて機を待っていた。 装甲車の車窓から突き出したモニカの自動砲モ火を噴いた。精密な攻撃が車輪を狙う。 「簡単には壊れませんね」 エリューションである以上は普通のタイヤより頑丈なのだろう。 タクシーの前面が開いて、ミサイルが瑛の運転する車を狙ってきた。 爆炎の中を突破する。 飛び出したタクシーの前方にある信号を、キリエが操作して歩行者の動きを止めた。 追いすがる車からの銃撃が赤いタクシーに弾痕をうがっていく。 「牙緑さん、もっと近づかせますよ!」 「頼むぜ、瑛!」 暴走タクシーと瑛の車間距離が、十分に短くなった時点で牙緑は跳んだ。 敵の側面に着地して得物を振り上げる。 「車は便利で楽しい乗り物なんだよ。こんな迷惑な運転するんじゃねぇ!」 全身の膂力を爆発させて振るうナイフは、虎爪のごとく素早い一撃で車体へ深く傷を刻み込む。 ひしゃげた車体が急停止し、二度と動かなくなる。投げ出されて車道を転がった牙緑へ、素早く瑛が車を近づけてきた。 月極駐車場でもタクシーは動き出していた。 剛毅は動き出した車の中で叫んだ。 「疾風怒濤フルメタルセイヴァー、発進!」 鋼の鎧が、漆黒の気に包まれる。 ピエロタクシーが走り出した。駐車場を出たところで、運転席の彩歌が気糸を生み出し、放つ。 けれど、運転しながらの攻撃はタクシーをかすめただけだった。 剛毅の目前に爆発物が出現する。身をよじるが、地雷の爆風は鎧をしたたかに叩く。 後部座席で歌う珠緒が癒しを剛毅にもたらしてくれた。 彩歌の人間離れした運転技術は、爆発の衝撃にも負けることはない。 制限速度の倍近い速度でタクシーが止まっていた無人の車を弾き飛ばす。 さらに別の車に追いすがる車体に対し、彩歌は車を急加速させてブロックする。 「あまり時間をかけ過ぎてもゲームしている連中がマズい。ほら、アーリィとかちっちゃいし、心配だ!」 一匹狼の剛毅だが、心配な相手はいるものである。そわそわとしながら彼は言った。 「こっちはまだなんとかなってるー」 通信状態のままのアクセス・ファンタズムからアーリィの声が聞こえてきた。 車同士の接触をギリギリのところでかわした瞬間に、魔力剣がタクシーを切り裂いた。 「これが俺の力! パワー! ダイナミック!!」 ピエロの嘲笑ごと、闇の魔力が断ち切る。 そこに再び彩歌が気糸を放った。貫かれたピエロは目を吊り上げ向き直ってきた。 ゲーセンでは、2台目のタクシーを追跡していた。 和人は、ゲームオーバーの表示が出た瞬間に新しい硬貨を投じる。 タイム制のゲームで時間を稼ごうとすればそうなるのが必然だ。 「マナーの悪い客の見本だな」 コインタワーを見る和人。 「こちらは駅にもうすぐ到着します」 「遅いわよ、バカメイド!」 「こっちが事故を起こすわけにもいきませんので」 モニカと彩花が言葉を交わす。 和人は暗記してきた地図を思い出す。 「次の次にある曲がり角で、右に追い込もう。袋小路になってるはずだ」 彼の言葉に従って、千景がタクシーの前に回りこんで曲がらせる。 捕縛したことを示す文字が画面に現れるまで10カウントもかからなかった。 現実のほうでも剛毅がタクシーを撃破したようだ。 駅の駐車場に出現したピエロを、軽装甲式機動車が正面に捕らえる。 モニカは大御堂重工製の自動砲を窓から構えた。 すでに集中力は十分に高めてある。 片目を覆うスコープから、熱分布を確かめる。ボンネットの中には熱源があるようだ。 改札を操作してキリエが足止めしているが、それでも人の数は少なくない。 体よりも巨大な砲を一点に集中。 方向転換した敵は、停車中の車列に正面を向けた。その先にあるバス停に利用者の姿が見える。 加速するタクシーにモニカは機動車をぶつけた。 「私ならこれぐらいで死ぬことはないですし多分」 衝撃で2台の車が回転しながら弾け飛ぶ。 小さな体が左右に激しく揺り動かされ、縁石にぶつかって止まる。 瑛の呪印が敵の動きを止めた。牙緑の爪がタクシーを切り裂く。 ピエロは笑い顔を浮かべたままだった。 「ピンチの時も楽しそうで、うらやましいことです」 自動砲がエンジンを撃ち抜くと、赤いタクシーが炎に包まれた。 ●ピエロを捕らえろ 珠緒は後部座席で地図を開いていた。 彩歌の車は、公園の駐車場で敵を待ち構えている。 空中から染み出すように、赤いタクシーが出現する。 駐車場には人気がないものの、公園内からは子供たちが遊ぶ声が聞こえてくる。 「ここで暴れられたら大惨事やん。絶対させんで」 駐車場と公園を隔てる木々に向けて走ろうとするタクシーが、妨害されたか突然方向を変える。 そこに、彩歌が気糸を放った。 反撃とばかりにミサイルが降り注いでくる。 爆発の中、車が突き進む。 「その調子でこっちを狙ってや。うちらはそのくらいじゃ倒れんで」 愛用のギターも、さすがに車の中で弾くわけにはいかない。 アカペラで、高次元の存在に呼びかける。 天使の歌が鳴り響く中、剛毅が敵へと刃を振り回す。魔力剣が力強く敵を捕らえた。 戦いが続くうちに、リベリスタたちは5台目のピエロを出現させていた。 瑛は月極駐車場から出たタクシーを追う。 住宅街にある細い道を猛スピードで飛ばす車。スタントでも滅多にやらない危険運転だ。 「カーチェイスはね、いかにカッコよく車や人や物をすり抜けて行くかが大事なんですよ」 とはいえ、さすがに攻撃をしかける時は運転がおろそかになる。 牙緑がいつでも飛び移れるよう準備する隣では、キリエが信号を操作して歩行者を止めている。もっとも……信号のない交差点も多く、運転する瑛の気は休まらなかったが。 後方からモニカが敵だけを狙い撃つ精密射撃を加えている。 エンジンに弾丸が直撃した。 敵もエリューションだけあって止まりはしないものの、速度は下がる。 「角に追いつめますよ。ぶつけますから、気をつけてください」 同乗する2人に声をかけてから、答えを待たずに瑛は加速した。 曲がり角の塀に向かって、押し付けるように接触させる。敵もまたぶつけ返してくる。 動きは止まった。 牙緑とモニカ、攻撃役の2人が一気にピエロタクシーを狙い、車体をへこませていった。 現実の5台目が撃破されたところで、ゲーセン側も5台目を狙い始めた。 彩花は初めての割にはうまくゲームを進めていた。 天才肌で得手不得手の少ない彼女は、たいていのことはそつなくこなせる。 画面内で、ピエロが操るタクシーの速度がだんだん上がってきている。 「やっぱり普通に車を運転するのとは勝手が違うみたい」 ハンドルの感触は現実と異なる。表示される町並みがリアルなのがアンバランスだった。 敵もこちらの全滅を狙ってきているのだろう。 逃げ回ってこちらを分散させたかと思うと、反転してぶつかってくる。同じタイミングでゲームオーバーになるように調整しているようだ。 5台目を倒すまで時間を稼いだ分、追い詰められる場面も増えてきていた。 とはいえ楽に勝たせてもらえないのは予想の範囲内だ。 千景とアーリィがほとんど同時にゲームオーバーにさせられた時点で、彩花はブレーキを踏んだ。 「深追いは禁物ですわね……っと!」 体当たりをしかけてきたタクシーをハンドルを切って回避する。 対向車が迫る。激突するコースをとらされてしまったらしい。当然、敵も追ってくる。 「このくらいでぶつかってたまるものですか!」 もし、少しでも腕がぶれればどちらかに接触してしまっただろう。けれど、彩花は安定した姿勢で2台の間を抜ける。 その間に仲間たちがゲームに復帰してきていた。 彩歌は6台目のタクシーを探していた。 通信状態にしっぱなしのアクセス・ファンタズムでゲーセン側と連絡を取り合う。 「アイコンは西のほうに出てる。俺の記憶どおりなら3車線の通りがあるな」 仲間からの情報を頼りに、狭い路地を抜けていく彩歌。 路地を使うのは、わずかなりとも移動時間を削るためだ。このくらいの路地ならば、彩歌の運転技術ならいける。 「設定でもその辺になりそうだったよ」 「いた! 通りをどっかに向かって走ってる……学校!?」 どこかの大学に入り込もうとしていると聞き、彩歌はアクセルを強く踏んだ。 迫る曲がり角を、わずか数センチの隙間で曲がりきる。 「正にタイムアタックですね」 レースゲーム並の無茶な速度。目まぐるしく景色が変わる。 大学の駐車場は、燃え上がる車で炎に包まれていた。人が乗っているものも何台か。 珠緒が高らかに癒し願って歌い、剛毅が闇を纏った。 黒のラインを引いて走る車が、駐車場から校舎へ向かうタクシーをブロック。 衝突の衝撃で落下しかけながらも、剛毅は刃を振りかぶった。 アーリィはゲーム内の6台目を追跡する。 「この完璧なドラテクを持ってして、負ける筈が有ろう事か! いや、ない!」 千景が荒々しく車をぶつけた。プレイヤー機が横転し、タクシーが蛇行する。 彩花と和人の機体が左右から追い詰める。 アーリィも自車をタクシーに最接近させた。 あざ笑うピエロが画面に大映しになる。 「ボスキャラのくせに、デザインは今までと変わらないんだ?」 さすがに最後の敵だけある。加速と減速を繰り返し、3人を引き離そうとする。 だが、吸血鬼としてのアイデンティティに疑問を抱くほどのゲーマーであるアーリィである。 やがて、画面に『ARREST』の文字が現れた。 「僕達の友情と努力による勝利だ!」 千景が勢いよく立ち上がり……そのまま倒れ込んだ。 現実のほうも、もう決着がつこうとしていた。 キリエは、進行方向にある信号を操作していた。 目的地までゆっくり向かう時間はない。2台の車をピエロタクシーへ急がせる。 たどり着いた駐車場で彩歌の車が交戦していた。 「終わりだね」 ピエロ自体はさして強くはない。 瑛の呪印が敵を縛る。牙緑とモニカの攻撃に、剛毅や彩歌との戦いですでに弱っていた敵は、瞬く間にスクラップと化していた。 ●ゲームクリア 大学の駐車場で起きた騒ぎは、ほどなく収まった。 珠緒の回復により犠牲者はなかったようだ。 「どうやら俺の役目は終わったようだ」 剛毅はバイクを取り出すと、颯爽と去っていく。 「私は後始末をしてくるよ。映像とか残ってると困るし」 キリエも予備の車で移動する。 「一度ゲーセンに戻りましょうか。お嬢様を迎えにいかなければなりませんし」 「向こうで、なにかあったみたいだしね」 素早く撤収するリベリスタたち。 ゲーセンでは、倒れた千景を3人が囲んでいた。 もうゲームは沈黙している。 「雨宮さん、大丈夫ですか?」 彩花の声に千景が薄く目を開けた。 完全に終了する前に立ったせいで千景は体力を奪われた。しかし、後悔はない。 「みんなが……どんな顔をするか、見たかったんだ……」 千景は静かに意識を失った。 性別不詳の千景だが、このときは紛れもなく、やり遂げた男の顔をしていたという……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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