●おもてなし 「老夫婦にとってはおもてなしになるの。皆さんが快く好意を受けることで、無事に天国に旅立てると思うの」 開口一番、真白イヴ(nBNE000001)は言った。ブリーフィングルームに集まった面々は情報を開示されていないので、取り敢えず肯定の意味で頷いた。 「亡くなって時間が経っているから、二人には少しおかしいところがあるかもしれない。見た目の腐敗は酷くないけど、振る舞いの食事は嗅覚の良い人には試練になると思う。でも、できればガマンして欲しい」 イヴは真剣な表情で全員に訴えかける。即答ではないものの、何となく任務の内容を理解した者達が態度で同意した。 「そう、ありがとう」 あまり感情を表に出さないイヴが微笑んだ。また表情に乏しくなり、言葉を続ける。 「万華鏡の情報によると、老夫婦の二人は近所の人に分け与えるつもりで山に食材を求めたみたい。その果てに二人は遭難したの。亡くなった直後の霊体は心残りが原因なのかな。元の肉体に戻ってエリューション化した。斃すのは簡単だけど、今回は手荒なことは無しでお願い。皆さんには近所の人々に代わって、老夫婦のおもてなしを受けて欲しいの」 なんだ、そんなことですか、と場は一気に和んだ。 「そうなの、そんなことなの。少しおかしいところがあるくらい。おじいさんが小川の石を雪玉に見立てて投げたり、おばあさんが獣やキノコを味付け無しで煮込んだり。その程度のことだから」 全員が耳を疑うような反応を示した。 「優秀なリベリスタの皆さんなら、きっと大丈夫だよ。詳しくは画面を観てね」 イヴは取って置きの微笑みを見せるのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒羽カラス | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月23日(金)23:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●寂しい道 登山道の入り口の案内板は朽ちて根元から折れていた。肝心の板は薄っすらと文字の跡を窺わすだけで読み取ることは不可能であった。しかし、一行は迷う素振りを微塵も見せず、暗い穴倉に足を踏み入れた。 生い茂った木々が朝日を独占していた。薄暗い夜の道を一行は黙々と歩く。行き倒れのような木は難なく乗り越えた。歪な細い道は何時しか消えてシダ類が目立つようになった。強引に押し通る者の足元を濡らしていく。 激しい高低差に息を荒げる者はいなかった。ただし、表情は別と言わんばかりに険しさを増していった。このような悪路を進んだ老夫婦の事情に思いを寄せているのかもしれない。 そこに涼しげな音が耳に届いた。乾いた心に一瞬で染み渡るかのように一行の表情を和らげた。目指す小川は近い。足の動きと共に周囲は明るさを取り戻していく。ついに夜の終わりが前方に見えた。 三メートル程の高さを物ともせず、一行は小川のほとりに降り立った。長い時を経て川底が露出したのか。投げるのに適当な大きさの玉砂利が一面に広がっていた。隅の方には痩せ細った流れを見て取れる。 本部から得た情報を元に一行は上流に足を向けた。途中、身長を隠す程の大きさの岩を回り込む。 視界が開けた先に枯れ木を組み合わせたバンガロー風の小屋があった。その手前に老夫妻が横向きでしゃがんでいた。小川を利用して何かを洗っているようだった。暖色系のフリースに長ズボンの出で立ちはトレッキングの最中に立ち寄った風にも見える。 「おはようございます」 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)は若々しい声で挨拶をした。老夫妻は揃って顔を向けて、ほぼ同時に立ち上がった。長髪で顔を隠した老婆は子供が嫌がるような素振りで顔を横に振る。 「お、お坊様、成仏はご勘弁を」 青みがかった顔色の老人が老婆を庇って前に出る。フリースの胸元は斜めに大きく割けていて、流れた赤黒い血は致死量を思わせた。 「あ、いや、この頭は。まあ、無関係とは、その」 脂汗をかいているのか。フツは照りのあるスキンヘッドをぴしゃりと叩いて居心地の悪そうな笑顔を浮かべた。 「ちーっす! いいっすね、山! ここら辺、まじ雰囲気ぱねぇっすよ! お、この小屋、じーちゃんたちが作ったんスか? しびぃー! まじ渋いっす!」 大げさな身振りで『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が捲し立てた。更に指をカメラのファインダーに見立てて褒めちぎる。 「まあ、確かにワシが作ったんだが」 場違いな明るさに当てられた老人は満更でもない声で答えた。それを目にした『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)は控え目に進み出る。 「随分奥まで来ちゃったみたいで。ご一緒していいですか?」 「俺たちはトレッキングサークルの仲間なのです。年齢は様々ですが」 キリエの言葉を『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が、それとなく補足した。 「あら、ごめんなさい。私が早合点したみたいで」 老婆は少し恥ずかしそうな声で言った。老人の警戒心は瞬く間に解けて、ここまで大変だったろうに、と労いとも取れる言葉を全員に送った。 「このような出会いがあるなんて。運命的なものを感じます。寿一さんも、そう思うでしょう」 「そうだな。その通りだ」 老夫婦は嬉しそうに手を取り合って言った。 「みなさんは若いですが、ここまでの道程でかなり疲れたことでしょう。よろしかったら鍋物を一緒にどうでしょうか?」 老婆の申し出を受けて、瞬時に相談するような視線が仲間内で飛び交う。意を決した一人が老婆の側にいった。 「太陽の位置から見ても、お昼まで時間がありますよね。それに男性陣は動き足りないかもしれないですし」 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は孫のような愛らしい仕草で老婆に語り掛ける。うんうん、と頷いて相手は納得した様子だった。 間髪を入れずにフツが老人に向き合った。 「それにしても寿一さんはすごい筋肉をしてらっしゃいますね。服の上からでもわかりますよ。体を鍛えたりとか、運動したりとかって、お好きなんですか?」 その言葉に何人もが密かに親指を立てた。話は瞬く間に意図した方向に流れ、男性陣による三対三の雪合戦が決定した。正確には玉砂利を利用した石合戦である。汗みどろというよりは血みどろの結末を予感させた。 ●ルールの壁 話の展開に腕組みで頷いていた『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)は人懐っこい笑顔で言った。 「おじいさんのサポートはアンタ達にまかせたよっ。アタシは大御堂のお嬢ちゃんと料理の方で全力を尽くすよっ」 その言葉を受けて彩花は富子に軽く頭を下げた。富子は照れ隠しに大きく手を振った。そうだ、と声を上げて老婆に目を向ける。 「順番が逆になったんだけど、アタシにも料理を手伝わせてくれないかい?」 「ええ、ええ、いいですとも。こちらからもお願いします」 老婆は深々と頭を下げた。 「では、旦那さん。奥様をお借りしますね」 老婆は『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)に向かって言った。カイの落ち着いた顔立ちは急速に崩れ、切羽詰まった鳥が鳴くような声を上げた。一行は爆笑の渦中に叩き込まれた。 料理班が小屋に向かって、ようやく収まった。 老人は思案顔で地形に目をやった。考える時の癖なのか。顎の無精ヒゲを摘まむように触っている。 「コート取りが難しいな。公式でないのならばフラッグの類いも不要か。そうだな、点数制ではない雪合戦をやるか」 老人は後ろに控えていた自軍の快とフツに意見を求めた。二人は爽やかな笑顔で同意した。 その中、キリエは不参加を表明するかのように背を向けて走り出す。隅の方に座って軽く手を上げた。 「お爺ちゃん、はしゃぎすぎて転ばないでね」 老人は鼻の穴を広げて右腕の袖を捲り、力こぶを作った。硬そうな隆起に周囲から溜息が漏れる。 「負けた方は紅天狗茸食べるのダ」 カイの物騒な雄叫びで両軍は双方に分かれた。奇祭とも言える、石合戦の始まりであった。 「では、寿一さん。遠慮なく、攻撃させて貰いますよ」 『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は手近な石を拾って握る。少し血が滲んだような色の眼で放った。石は矢の如き速さで老人の腹部を狙う。 「させるかよ」 横手からフツが飛び出した。覚悟を決めた防御で石を弾いた。そして燃え上がる炎のような啖呵を切った。 「残念だが、この程度の威力でオレを倒すことはできないぜ」 「頑丈な身体は感心するが、玉に当たれば普通にアウトだぞ」 老人の言葉は冷水を浴びせる効果があった。燃え上がった炎は一瞬で鎮火されて、そうですね、と力ない言葉を残して退場となった。フツはキリエの横にちょこんと座り、観戦に回るのだった。 アウトなんだ、と快は呟いて唇を強く結ぶ。自分を奮い立たせるかのように敵の一人を指差した。 「いいか竜一! 手加減は無しでいくぞ!」 「いつでもいいぜ」 半身の姿勢で竜一は前髪を掻き上げた。残りの手を隣にいたカイの肩に乗せる。 「どうしたのダ?」 「オレに力を貸してくれ」 「そういうことなら我輩に任せるのダ」 竜一はウインクして片手で引っ張り込んだ。想定外の行動にカイは易々と飛来した石の的になった。周りからの不満の声はチンピラを気取った嗤いで返した。 「次はワシがいくぞ。さて、避けられるかな」 老人は予備動作の少ない腕の振りで投げた。丸い石は唸りを上げて義衛郎に迫る。避ける労力を惜しむかのように難なく空中で掴み取った。口元には涼しげな笑みが浮かぶ。 「ルールでは、それもアウトになる」 老人は困った様子で頭を掻いた。思い悩んだ末に一つの石を拾い上げた。片手のお手玉のように上げてから掴む。残りの二人にも同じことをさせた。見届けてから、ゆっくりと口を開く。 「最初に雪合戦のルールを教えておけば真っ当な勝負ができたのだが、今となっては仕方ない。自分の投げた石に当たってもアウトの扱いだ。全員がアウトになったので引き分けとする」 驚きの声が上がる中、石合戦は呆気ない終わりを迎えた。 ●鍋を囲む スパイスの香りが周囲に漂う。小屋の上から、うっすらと煙が立ち昇っていた。鍋の準備が始まったのかもしれない。 枯草で編んだ簾のような物が捲られて彩花が顔を出した。 「火力の為の薪と食材のキノコをお願いできるかしら」 「ワシがいく」 老人は小屋の裏手に回って少しくたびれたリュックを持ち出してきた。 「薪拾いはオレがやります。小脇に抱えるくらいあれば、十分ですよね」 義衛郎の申し出に老人は、ありがとう、と感謝の言葉を送った。 「今の時期はどんなキノコが採れるのダ?」 カイの質問には瞼を閉じて、ナラタケ、ムキタケ、ナメコの三種類のキノコを挙げた。具体的な名前を耳にして興味をそそられたのか。静々とキリエが進み出る。 「私、自然に生えてるキノコって、さるのこしかけくらいしか見た事ないから。見てみたいな。付いていってもいい?」 老人は目尻に皺を寄せて笑顔で頷いた。 「では、案内しようか」 老人が先頭に立ち、三人を引き連れて山に分け入った。 手付かずの自然に囲まれた場所からの出発もあって素材や食材は早々と集まった。ブナ林では大量の薪を調達した。腐葉土の臭いが充満した所にはキノコが豊作だった。季節外れのギンタケの発見に、老人は大いに喜んだ。残念ながら紅天狗茸は見つからなかった。 「あれは九月で終わりだぞ」 老人に聞かされたカイは、しまったのダー、と悔しがった。 持ち帰った品々は即座に料理班に引き渡された。空腹に飢えた者達は小屋の外で腹を鳴らして待つ。空の太陽は、すでに頂点に達していた。 「アンタ達、待たせてすまなかったね。無事に完成したよ」 小屋の簾から富子が顔を出した。満面の笑みが鍋の完成度を、いやが上にも想像させる。数人が堪らず、自分の腹部を手で押さえた。 「さあ、遠慮はいらないよ」 臨時の丸富食堂の開店であった。 小屋の中では紅葉が見られた。赤や黄色の枯葉が絨毯のように敷き詰められていた。点描みたい、とキリエは口にした。 「好きな所に座ってください」 老婆はにこやかな声で促した。すると全員が中央の鍋の側を選んだ。 注目の鍋は岩を刳り貫いた物でかなりの大きさを有していた。人数で言えば、軽く十人以上が食べられるに違いない。 「みなさんがお揃いになったようなので始めたいと思います」 手作りの品なのか。木製のおたまを使って老婆は丁寧に木の椀に盛り付けていく。全員に行き届いたところで枯れ枝の箸が渡った。 「いただきます」 合唱のような声で宴が始まった。 竜一とフツが競うように椀に挑んだ。キノコの味を絶賛しながら掻き込んで同様に熱さに苦しんだ。苦痛を美味さが上回るのか。決して食べる手を休めようとはしなかった。 老婆は周りの様子を窺ってから控え目に問いかけた。 「お味はどうでしょう」 「うん、美味しいです。何て言うか、心が温まる感じで」 快は揺るぎない声で答えた。豪快な笑い声が後押しした。 「おいしいねぇ! 絶品だよこのお鍋はっ!」 横の彩花は食べながら頭を縦に動かした。食べ始めとは違って、柔らかい表情で箸を進める。 「お二人が調味料を提供してくれたおかげです。本当にありがとうございました」 老婆は感極まった声で頭を下げた。富子と彩花は揃って顔を横に振り、料理の腕を褒めた。ありがとう、と言葉を繰り返して、ようやく頭を上げた。 「おかわり」 声は二重で聞こえた。空になった椀を竜一とフツが揃って差し出す。 「はい、わかりました。みなさんもたくさん食べてくださいね」 老婆は受け取った椀を次々に満たしていく。 その後、全員がおかわりを果たした。キノコを多めに、の注文が多かった。猪の肉は汁の旨味を引き出していると力説する者がいた。臭みの無いことを指摘すると、老人が血抜きの技術を語った。少し生々しい話になって数名の箸の速度が落ちた。 鍋の中身は何人前だったのか。全ての具材を平らげた。汁は程々に残っている。それとなく視線がカイに集まる。 「我輩は具材ではないのダ」 慌てた様子に笑い声が湧き上がった。意味を理解していない老夫婦も釣られて楽しげであった。 「あら、どうしたのでしょう」 老婆が正座の状態で揺れている。斜めに倒れそうになった身体を辛うじて手で支えた。まるで同調するかのように老人が後ろに倒れた。残された者達は厳しい表情で二人を隣り合わせに寝かせた。 「急に力が入らなくなった。すまないな」 老人は仰向けの状態で言った。老婆も同様の言葉を伝えた。義衛郎は静かに言葉を待った。 「ワシは長年、大工をしていた。仕事が全てで、子供を望まなかった」 「私は人付き合いを嫌って、好きなことをしていました」 老夫婦は言葉を切った。自分の過去と向き合っているのかもしれない。老人は震える唇で語り始める。 「最近になって考えが変わった。寂しくなった。雪合戦を子供としたくなった」 「私は近所で子供を目にすると、嬉しくもあり、苦しくもなりました」 「自分の子供に見える。実際にはいないのだが。近所付き合いを怠けたせいで、ワシ達には接点がない」 「得意の料理を振る舞って、接点を作ろうとしました」 その後の展開は誰もが知っていた。 「誰か、私の髪を」 彩花は自分の手を櫛に見立てて老婆の前髪を左右に分けた。顔の左半分に酷い擦り傷を負いながらも微笑んだ。 「みなさんの顔が、よく見えます」 「ワシ達の、子供の、ようだ」 「寿一さん、よく見て、ください。孫も、いますよ」 老夫婦は笑顔のまま、旅立っていった。快は用意していた日本酒を開けて空の椀に注いで供えた。 「お二人で楽しんでください」 フツは黙然と手を合わせて枕経を上げた。他の者も手を合わせた。大家族に看取られた老夫婦の構図となった。 最後の別れはどこか溌剌としていた。 「あちらでも仲睦まじくなさってくださいね」 「ありがとウ、本当に楽しかったのダ」 「ばいばい、じーちゃんばーちゃん」 悲しさを振り切るかのように一行は小屋を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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