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炎のゆくえ


 炎には匂いがある。

 木材の焦げる苦い臭いでもなく、プラスチックの溶ける無機質な臭いでもなく、肉が焼ける香ばしい匂いでもなく、髪や骨が燃えてゆく時の、つんと饐えたような臭いでもない。炎そのものの純粋な匂いだ。
 香り、とは違う。雨が降る前にふと感じるしっとりとした空気や、冬の朝に家から出た時に感じる冷たい匂いと同種のものだと思う。優しいような美しいようなおそろしいような、ぶわりと圧倒されるような崇高で気高くて微かな、そんな炎の匂いを男は愛していた。

 幼い頃から焚き火が好きだった。親や教師からはしょっちゅうのように怒られた。だが彼はどうしても焚き火をやめられず、こっそりと森に入っては気付かれないように焚き火をした。いつの事だったろう、彼の焚き火にふらふらと寄ってきた蛾が、その身を炎の中へ踊らせたのは。
 じりじりと焼ける蛾の身体を呆然と眺めながら、彼は無意識に炎の匂いを嗅いだ。そうして気付いてしまった。ものが焼け焦げる臭いとは別の、うっとりとするような蠱惑的な何かが、生き物の焼ける炎の匂いの中に紛れていたことに。
 少年だった彼はそれから炎の中に虫やとかげなどの小さな生き物を放り込んで、その匂いをじっくりと堪能するようになっていった。
 高校は敷地内に焼却炉があるかどうかで選んだ。掃除当番のとき、彼はごみに小動物を紛れさせては焼却炉へと投げ入れた。死体ではなく生きたままの命が燃える匂いが好きだったので、燃やすために捕まえたねずみや小鳥はひどく大切に愛情をもって育てていた。
 生き物が大きければ大きいほど、炎のにおいは強くなる。彼が焼却炉に放り込む生き物は、徐々にそのグレードを上げていった。

 ある日、子犬を燃やした。大事に育てた子犬だったので、彼はその子犬にひどく懐かれていた。少年の後をついて回り、ひとたび抱きあげれば顔面を舐めまわして嬉しそうに鳴く。そんな子犬だったので焼却炉に投げ入れる時はたいそう良心が痛んだが、初めてこんな大きな動物を燃やすのだという期待と興奮はそれをずっと上回っていた。優しく抱きかかえたその子犬が自分のほうをきょとんと見つめるのを、その小さな身体が焼却炉の扉の中に吸い込まれて行くのを、熱の篭った視線でじっと見つめた。
 そうして、ああ、なんということだろう。子犬の燃える炎の匂いはなんとも美しくおそろしくやさしく官能的で、いつになくすばらしいものだった。身体が大きいからというそれだけではない。

(これは愛が燃えるにおいだ)

 彼はそう思った。子犬が自分に向けていた信頼が愛情が、炎に溶けた匂いなのだと。
 そうして彼は悟ってしまった。生き物が自分を愛せば愛すほど、その燃える時の炎の匂いがすばらしいものになるということを。


『どう?』
 現場へと向かう車の中。ブリーフィングルームと繋がったノートパソコンから響く声に、リベリスタはその手に持った資料からのろのろと視線を上げた。
「どうって……気分のいいものじゃない」
 そう言葉を返す先のディスプレイには『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)――先の問いの主である少女が映っている。イヴは小さく「そうだね」と呟くと、ディスプレイの映像を別のものに変更する。イヴの代わりに映し出されたのはのどかな授業風景だ。生徒の年齢からすると、おそらく小学校のものだろう。教師らしき男性をズームアップして、イヴは言う。
『彼がフィクサード、『火葬屋』。今の職業は小学校教師。生徒からの評判はすこぶる良い』
「『獲物作り』か」
『そう。火葬屋は被害者となる獲物に愛情を持って接し、十分に信頼を得た上で焼き殺す。今回は最近手に入れたアーティファクトの試用も兼ねての犯行みたい』
「アーティファクト?」
『詳しくはそっちの資料に書いておいた』
 面倒なことになりそうだな、とリベリスタは溜息を吐く。
『火葬屋の今回のターゲットは、彼が担任するクラス全員の子供たち。こうして大急ぎで向かってもらっているけど、時間がたりない。全員を助けるのは難しいかも』
 ディスプレイの中ではまだ、子供たちが楽しそうに授業を続けている。それでも、と微かにイヴの声がしたけれど、その表情を窺い知ることはできなかった。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ゴリラ・ゴリラ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年11月23日(金)22:53
●成功条件
フィクサード『火葬屋』の撃破、被害者生徒の半数以上の生存

●シチュエーション
人気のない廃工場。『火葬屋』と生徒たちは放課後に特別課外授業と称して郊外の廃工場を訪れています。もちろん火葬屋が子供たちを殺害するためにあつらえた場所ですので、人目を気にする必要はありません。
工場はそれなりに広いですが中にあった機材などはほとんど撤去され、目立った遮蔽物はありません。
もともと工場の中は暗いですが、突入した時は燃え盛る炎で戦闘には差し支えない程度に照らされています。もし炎を消すならば、光源を確保する必要があるでしょう。

●敵情報
▽フィクサード『火葬屋』
爽やかで人当たりの良い、30代前半ほどの男性。小学校教師としての名前は木村清史郎。
生き物を燃やす匂いに過剰な執着を見せること以外はごく普通の性格で、情にも厚く涙もろい。
とにかく「生き物を燃やす」ことに執着しています。燃やすことに特化して磨かれた実力はそれなりのもので、その炎の破壊力はなかなかの脅威でしょう。
 >ジーニアス/マグメイガス
 >EPが豊富
 >武器は本の形のアーティファクト『きみの焼却炉』(『きれいな火』を一日に三体生み出す)
 >攻撃手段等は以下
  ・フレアバースト
  ・魔曲・四重奏
  ・ゲヘナの火
  ・EX:きみの焼却炉(神近単・高威力・高命中・獄炎・呪縛・致命)

▽E・エレメント『きれいな火』×3
アーティファクト『きみの焼却炉』から生み出された炎の塊。主である『火葬屋』を守っています。
 >HP高め、『火葬屋』をかばう
 >火炎、業炎、獄炎を持つスキルで攻撃されるとダメージを受けず、その攻撃で与えられる予定だったダメージの30%ぶんHPが回復する
 >攻撃手段等は以下
  ・だきつく(物近単・火炎)
  ・ひをふく(神遠範・業炎)
  ・なめる(物近単・業炎・怒り)

●その他
 ・廃工場の出入り口は正面の一つのみ、子供たちは出口から一番遠い最奥に固まっています
 ・子供たちは全部で28人おり、男女は半々です。
 ・敵の初期配置:『火葬屋』が出入り口に背を向ける形で子供たちと対面しており、『きれいな火』は子供たちを取り囲んでいます
 ・どんなに急いでも突入した時には既に子供たちを囲むように炎が広がっています

お久しぶりのゴリラ・ゴリラです。キモい悪役など。
ご縁がありましたら、よろしくお願い致します。


参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
プロアデプト
歪 ぐるぐ(BNE000001)
デュランダル
梶・リュクターン・五月(BNE000267)
ソードミラージュ
天風・亘(BNE001105)
ソードミラージュ
出田 与作(BNE001111)
ナイトクリーク
黒部 幸成(BNE002032)
ソードミラージュ
リンシード・フラックス(BNE002684)
クロスイージス
黒金 豪蔵(BNE003106)
ソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)

●着火
 守るための覚悟はとうにできている。
 木村清史郎――火葬屋が、子供達を前にしていよいよとばかりに片手を持ち上げたその瞬間、まさにギリギリのタイミングで廃工場に飛び込んできたものがあった。ごうと風を切る音がしたような錯覚、取り囲む炎が風圧に揺れたと認識した次の瞬間には繰り出される超速の刃。突然の乱入者に声を上げるより先に、身体が風圧に反応して反射的に横にずれる。肩からばしりと血が飛ぶが、浅い。チ、と舌打ちをして一歩下がったのは『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)だった。
「君は……」
 戸惑ったように火葬屋は亘を見て、彼がまだ少年であることを確認する。
「君ね、駄目じゃないか、一人でこんなところに来ちゃあ。もうすぐ暗くなる、親御さんが心配するよ」
 そう言った火葬屋は教育者の顔をしている。子供を心配する教師の声と顔をしている。それも心から。亘は思わずそれに何か返そうとして、しかしふと火葬屋の顔から視線を外す。火葬屋の肩からは鮮血が流れ、その後ろでは異形の炎がこちらを見つめ、さらに後ろでは火にまかれた子供達が泣き叫んでいる。
「ほら、おうちに帰りなさい」
 背筋を何か冷たいものが這うような感覚だった。あついよおたすけてよおせんせえと泣き叫ぶ声と火が爆ぜる音と何かが燃える臭いと目の前のフィクサードの優しい声。この状況はなんだ。Auraと名付けられた短刀をぐっと握る。その時だった。
「……早く斬り捨てましょう」
 よく澄んではいるがどこか虚ろな、ややその場には似つかわしくないほどに淡々とした声が響く。天風に続いて入ってきた『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)だ。彼女は子供達を見やり、唇に人差し指を当てて言う。
「今から見るのはこの燃え盛る炎の陽炎が作り出した、ちょっとした幻です……」
また子供か、とでも言うふうに火葬屋はそれを見たが、リンシードは表情を変えぬままに言う。

「セイギノミカタが、助けに来ました」
「――ッ」

 普段聞けばなんということはないその言葉が、なぜか今日は火葬屋の心を大きく乱す。正義の味方? 誰が? この少女が? 誰を助けるというのか。子供たちを? この少女が? 助ける? くわんと脳が揺さぶられるようだった。かっと心臓が熱くなる。
 違う。
「この子たちは、『僕に』助けを求めてるんだよ」
 息を吸って吐く。火葬屋が衝動のまま怒りを露わにすることこそなかったが、彼の感情に反応するように火の異形のひとつが大きく震え、リンシードへと狙いを定めた。
 瞬間、ひゅんと空を切る音がする。
 火葬屋めがけて飛んだ何かは命中する直前で叩き落されたが、コンクリートの床に落ちたそれはけたたましい音を立てて割れ、『火葬屋が今最も嫌がるもの』をばら撒いた。
 香水である。
「!!」
 ――臭い。
 量の多い香水はたとえどんなに上質な香りのものであろうとも、痛いほどに臭い。咄嗟に鼻を覆う火葬屋に、凛と声をかけるものがあった。
「少しは頭が冷えましたか? 木村さん」
 金色の髪を靡かせながら歩み出たのは『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)であった。貴様か、とでも言わんばかりの火葬屋の視線に彼女は屹然としたそれを返し、言葉を続ける。
「木村さん。貴方は子供達を殺すのが悪いことだと分かっているはずです。かわいそうだと思っていますよね」
「……どうして僕の名前を、と聞くのは無駄なことかな」
「質問に……」
 答えてください、と続けようとしたセラフィーナの声は次の瞬間掻き消される。
「ジャスティスシャァァァインッ!!」
 『超重型魔法少女』黒金 豪蔵(BNE003106)である。
「――!?」
 そこにいる、リベリスタを除いた全員が――未だ火に囚われた子供たちさえも――咄嗟にそちらを見る。そこに聳え立つのはまさに筋骨隆々という言葉が相応しいような屈強な『魔法少女』だった。フリルとリボンは勇気の証。ふわりとスカートを揺らし、かはぁー、と息を吐き出した彼はきっと視線を上げた。火葬屋が一瞬怖気づく。当然である。
「……魔法少女ジャスティスレイン、推参! この筋肉の装甲……燃やせる物なら燃やしてみなされ!」
 ここで決めポーズ。完璧なタイミング、洗練された動作。火葬屋はそのあまりの衝撃に目が離せず、そのせいもあっただろうか、音もなく影の中を移動する『ラプソディダンサー』出田 与作には全く気付かず、脇を駆け抜ける『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)を追おうとする動きもワンテンポ遅れた。
「ま」
 て、の形に動いた口は声を発さず、ただその指が抱えた本のページを捲る。『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)の振り下ろす紫に澄んだ刀を受け止めるのは辛うじて滑りこんできた火の異形。
「御機嫌よう。アークのリベリスタ、メイだ。……どけ、全て吹き飛ばしてやる」
 炎の身体にめり込んだ刀身からエネルギーが爆裂する。ば、と吹き飛んだ炎は一瞬の後にぞわぞわと集まりまた形を成した。

「せんせい!」
 炎に囚われた子供達は苦しそうに、だがいじらしくも火葬屋の心配をする。せんせいどうしたのそのひとたちなんなのせんせいだいじょうぶけがしてるいたそう。炎をかいくぐりそこまで到達した幸成は複雑な気分でそれを見、それでも極力明るい表情で子供達へ言った。
「救助に参った! もう安心するで御座る、すぐにここから出してやれる故!」
 そして、誰にでもそれとわかる象徴的な赤色――消化器を出し、炎目掛けてぶっぱなす。が、消化器一台では火の力は依然衰えない。熱い。炎にあぶられて喉がカラカラに乾く。そして、子供達はそれを見て大いに混乱する。
「お兄ちゃんだれ?」
「先生にけがさせた人のともだちなの?」
「先生は大丈夫なの?」
 ああもう――幸成はちらりと視線を背後へやる。消化器ひとつで火が消えることはないと判断したのか、火葬屋は火の異形に自身を庇わせながらリベリスタ達と戦闘を繰り広げていた。火に囲まれ助けられることもなく放置されているというのに、この子供達はまだ『先生』とやらを疑わないのか。年月を重ねた信頼関係が彼等の間にはあるというのか。人殺しと被害者の間に。火の勢いは弱まるところを知らない。焦燥。そのとき、子供達の中でひとり、歩み出るものがあった。
 幸成にはどこか見覚えのあるその少女はにへらとこの状況に見合わない楽観的な笑みを浮かべ、そのまま背後の壁へと向き直る。ぐっと腰を落とし力を溜める、あの動作は。
「ぐる、」
「ごーかいぜっちょーけーんっ!」
 爆発、ではない。剛と鳴く拳のうねり、エネルギー波による衝撃。突如壁が爆発したと錯覚させるその一撃は、確かにそこに立つ華奢な少女――変装を解いた『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)の拳によるものだった。
 ばらばらと落ちてくるコンクリートの欠片から子供達を庇いながら幸成は考える。どうやら崩落の心配はなさそうだ。だがしかし炎は依然消えておらず、脱出口の前にも燃え盛っている。落ちてきたコンクリート片や土埃でやや衰えてはいるものの、一人でその炎を消すことは難しい。子供を庇いながら炎に突っ込むしかないか。突然の壁の崩落に子供たちが泣き叫んでいる。大丈夫、と声を張り上げようとした、その時だった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
 低く掠れた、取り立てて特徴のない、だが素晴らしく優しい声だった。
「出田どの!」
「うん、この火を消すのは骨が折れそうだ」
 今まで影に潜み様子を伺っていた与作は、泣きじゃくる子供をそっと抱き上げて言う。
「大丈夫。みんな助かるよ、外へ出よう」
「せ、せんせい、せんせいは」
 自分を抱える腕に縋りつきながらも火葬屋を気にする子供の瞳を、与作の温かい掌が覆う。見なくていい。
「……あれは先生のニセモノだ。騙されちゃいけないよ」
「せんせい、じゃ、ないの」
「ああ。先生は学校で皆を心配しているよ。帰ろう」
 あれは先生じゃない。その言葉に子供達の表情にどっと安堵が戻る。自分達の信じる『先生』が助けに来てもくれず、笑いながら炎を操るのを信じたくなかったのだろう。与作の嘘は子供達が欲していたまさにそのものであり、彼らの心に気持よく浸透していく。
 あれは先生じゃないって。出よう、先生のところに帰ろう。子供達が言い交わすのを、与作は複雑な面持ちで眺める。これは嘘であり、学校に行っても先生はいない。この子供達はおそらくもう二度と、クラス担任の木村清史郎には会えないのだ。
 その思いを振り払うように首を横に振る。――一人でも多く助けるんだ。その為なら、嘘だって吐こう。
 幸成と二人であたれば炎は消せるだろうが、時間がかかる。それならば。子供を抱く腕に力が篭る。
「……押し通る」

●発火
「何を、」
 救出組が上手くやっているのだろうか、奥の壁が撃ち抜かれた瞬間目に見えて取り乱した火葬屋に、五月はすっと目を細める。火葬屋は切羽詰まった様子で本を捲り、子供達を見詰めながら何事か呟こうとしていた。中断させようと振り下ろす刃をまたしても炎の異形が阻む。鬱陶しい。
「……そんなにも愛が燃える匂いが欲しいなら、オレに愛されてみないか」
 絶えず子供達を見詰めていた火葬屋の視線がその言葉に反応して五月へと注がれる。五月は腕を焼かれながらもその刃を炎へと抉り込みながら言葉を続けた。
「君がそう望むなら、オレのこの身を燃やしてくれて構わない」
「まだ会ったばかりの女の子が、僕のことをあの子たち以上に愛してくれるとは思えないな」
「オレは君との戦いに愛を見出すよ。だから」
 炎の異形にその身を焼かれながら、五月が一歩踏み出す。愛してくれって? 火葬屋が奇妙に嗤うのに頷いて返すと、五月はその刃を構える。
「君が愛する生徒を燃やすなら、其れと同じ位オレを愛してくれ!」
「愛してくれ、か……」
「そうですよ、火葬屋さん」
 怒りに震える炎の異形を辛うじて押し返しながらリンシードが言う。
「身を焦す熱い愛で私を燃やしてくれないんですか……私も愛が欲しいです」
 愛して、くれませんか。
 冗談めいた、だが甘やかな挑発。真摯で情熱的な訴え。リンシードと五月、二人の少女を交互に見て、火葬屋は――
「……バーカ」
 ニタリと、笑った。
「君が? それとも君が? 本当に僕を愛してくれると? いいや違うなそれは一時しのぎの嘘、そうでもなければただの憐れみだ。そんなもので!」
 教育者の仮面が剥がれる。引き攣り裏返った声には嘲笑と狂気が滲む。
「そんなもので、俺とあの子たちに追いつけると思うなよォ……?」
 炎が巻き起こる。抱えたアーティファクト『きみの焼却炉』のページが熱風ではらはらと捲れ、全てを焼き尽くそうと『火葬屋』の指先が踊る。
「待ってください。どうか……燃やしたいという欲求、それに抗ってください!」
 身を挺してそれを阻んだのはセラフィーナだった。服は焼け焦げ、美しく整ったその顔は半分が赤く爛れる。炎の異形との戦いで蓄積されたダメージに上乗せされる痛みが彼女の力を奪うが、それでもセラフィーナは毅然と立っていた。
「生徒と過ごした日々を思い出してください。きっと楽しく、輝いていたはずです」
「……」
 沈黙。それを肯定と取ったセラフィーナは更に言葉を続ける。
「打ち勝ってください! 貴方はまだ引き返せるはずです……!」
「引き返せる」
「そう、貴方なら――」
「は」
 優しく真剣な言葉。火葬屋がそれを笑い飛ばした、次の瞬間。
 悲鳴。
「あ」
 振り返る。視線の先。子供が燃えている。ぐるぐに幸成に与作、三人は身を挺して子供達を庇っていたが、手が足りない。火葬屋を気にして倉庫に残っていた子どもがひとり、燃えている。悲鳴。悲鳴。絶叫。断末魔。徐々に小さくなる。たすけて。たすけて。せんせい。
「ああ」
 声すら消える。タンパク質の焦げる臭い。くさい。幸成が何事か叫んで、焼け焦げた何かに縋ろうとする子供を引き剥がす。「バカかお前。俺はな、このクラスが初めてじゃないんだよ」火葬屋の哄笑。きさま、と豪蔵が唸る。セラフィーナはその焼け焦げた、なにか、焼け焦げたこども、の、死骸、から、目が離せない。
「あー、ああ、糞、糞が、匂いが判らん。クソッタレな香水。臭い。おまえ、どうしてくれるんだ、今燃やした有希くんはなァ、俺とすっごおォく仲が良かったんだよ。あの子がな、親と喧嘩して家出したのをな、俺の家に泊めて一晩中説得して親と仲直りさせたの。なァ、大変だったんだぜ、どうしてくれんの。全部燃やすためだったんだぜ、台無しだ、なあ、お前だよ、お前ッ!!!!」
 炎の異形がごうと唸ってセラフィーナを襲う。ギリギリで受け流す。熱い。痛い。豪蔵の手にした魔法少女ステッキから放たれるまばゆい光が傷を癒すが、足りない。
「予定変更だ。徹底的にお前たちを焼き殺して、このクソ香水を落としてそれからあの子たちをじっくりねっとりたっぷり焼くッ!!」

●燃焼
 肉が焼ける臭いがする。
 臭い、のだけれど、その中に微かに豚肉なんかを料理する時の香ばしさが混じっていることに気付いて、リンシードはその形の良い眉を僅かに顰めた。なにせ、燃えているのは自分の体だ。
「……こどもの避難は」
 身体はまだ動く。豪蔵の絶え間ない援護があるおかげだ。
「終わったよ」
 戻ってきた与作と幸成が隣に並ぶ。炎の異形のうち二つは完全に霧散して消えた。最後のひとつも輪郭が危うい。しかし、火葬屋は未だ健在である。
「犠牲者は」
 挑発に乗り、執拗にリンシードを狙おうとする炎を斬り伏せながら五月が問う。一人、と幸成が返す。しっかりとした声だった。今はただ自分の成せることを、それをちゃんと理解した、頼もしい声。
「てめえら何ゴチャゴチャ話してんだクソがァぁあああああアッ!!」
 怒りに任せた業火がリベリスタ達を襲う。「皆様、この筋肉の光で今消火致しますぞ!」それをすかさずそれを豪蔵が癒す。
 亘の刃が炎の異形を切り裂く。腕が焼ける。気にしない。抉る。肉が焼ける臭い。気にしない。恐るべき速さでそのままもう一撃を叩き込む。
 ジジ、と何かが燃え尽きる音がして、最後の炎が霧散した。
「あと一匹ッ!」
 立ち尽くす火葬屋に、すかさず幸成が手の中の暗器をその首筋に突き立てようと肉薄する。迸る鮮血、しかし後少しのところで重心をずらされ致命傷には至らない。もう一撃――五月が繰る紫花石の切っ先が火葬屋の腹を切り裂く。ぐゥ、と無様な悲鳴。だが――火葬屋は、笑った。

「……先生が贈り物をしてあげよう。きみのための、特別製の、」
 焼却炉だよ。
 猫撫で声と共に五月の足元から業炎が巻き起こった。最大火力。酸素を求めて開いた口の中までもを蹂躙される。悲鳴も上げられない。逃れようと腕を振るけれども見えない壁に阻まれて炎から出ることが叶わない。苦しい。死、という単語が脳裏をちらつく――……

「せーんせ」
 明るい少女の声。聞き覚えのあるそれに火葬屋がばっとそちらを向く。
「……美里、ちゃん……?」
 二年三組出席番号十三番、谷山美里。見間違えよう筈もない教え子の姿に動揺する。何故戻ってきたのだ、自分を心配してか。しかし今は鼻がきかない、今燃やす訳にはいかない。逃げなさい、そう言おうとした時だった。
「先生、あたしたちを殺そうとしてたんだってね。聞いたよ。でもね、あたし、先生に殺されないくらい強くなったからあ」
 こんどはあたしが殺したげるね。
「みさとちゃ」
 殴打。
 その姿に完全に油断していた火葬屋の身体を、刃を忍ばせた少女の拳が打ち据える。何の容赦もない。的確に急所を捉えるその拳に見覚えのあったリベリスタ達は、その少女が谷山美里ではないことを知る。ノックダウン・コンボと呼ばれるこの技法を使いこなすリベリスタは、アークに一人しかいない。
 歪ぐるぐ。
 騙し絵。トリックスター。様々に称される彼女はその姿を自在に変える。
「お、おまえ、美里ちゃんじゃ、ないな」
 悲鳴のような火葬屋の声に、ぐるぐ扮する美里はにこりと笑った。次の瞬間、その姿がまた変化する。
「せんせー、俺、せんせーのこと大好き!」
「よ、よしひろくんっ……」
「私も先生のこと大好きです!」
「ちえちゃん、」
「ぼくも」
「わたしも」
「おれも」
「あたしだって」
 子供達を逃がす途中に収集した情報をもとに、ぐるぐると顔が声が身長が変化する。小細工を、と火葬屋は唸ったが、その額には冷や汗が伝っている。
「やめ、」
 ずぶん。
 言葉は最後まで続かない。背から腹へと貫通した霊刀のせいだ。半ばその身体を火葬屋に凭れさせるようにして突き刺した刀を、セラフィーナはぐいと動かす。悲鳴。男の口から鮮血が溢れる。
「……ね、火葬屋さん。あなた自身を、燃やすしかありません」

(あれ、
 そうか、おれを、もやしたら、
 それは、どんなにおいがするんだろうなあ)

 消えかける意識の中で浮かんだひとつの疑問に、呼応するようにアーティファクトのページが捲れる。
「離れて!!」
 慌てたように与作が火葬屋からセラフィーナを引き剥がした、その直後。火葬屋のいるその場所に、火柱が立つ。

 ごうごうと燃えるそのさまを呆然と眺めながら、誰かが呟いた。
 ――やっぱり、相容れない。
 生命の燃える様なんて、心を乾かす地獄でしか、ないのだ。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。
消火要員不足で少々危なかったのですが、壁に穴を開ける、香水を投げつけるという機転により被害はかなり抑えられました。

悪役は心の底からクズな悪役でした。申し訳ありません。
それではまた、ご縁がありましたら。ゴリラ・ゴリラでした。