●怨讐 それは龍神と呼ばれたものである。 そして、人の心に多くの楔を打ち、人の命を永らく犠牲にしてきたものである。 そうで、あった。 だが、今はその影などどこにもない。残されたのは、鎖に繋がれた「アーティファクト」だけだ。 最初、それは人型だった。先ず左腕を落とされた。 胴を削げ落とされた。中身はやはり古式絡繰の類だった、と男は覚えている。 「それにしても、アーティファクトの神秘たるや凄まじいものだ。そう思わないかい?」 ――貴様等の妄執に比べれば甘い、とそれは語った。 既に原型すらないというのに。発声器官すらないというのに。其れは既に一つの呪いなのだ。 「うん、良い答えだ。私も『ただひとつの妄執』の為に生きた甲斐がある。そしてこれからも」 長い付き合いになりそうだ、と。 男――ツッカーノは、そのアーティファクトに指を伸ばす。 神は死んだと哲学者。 神は生きると神学者。 果たして、神を食らう狼となった彼らは何処を目指すのだろう。 ●歯車は廻る それを「エリューション」と認識するまでに、リベリスタは多くの時間を要した。 だってそれは余りに醜悪で粗雑で不定形で、そして凶悪だったから。 それがアザーバイドなら、まだ許せよう。それがエリューションであることが、厄災なのだ。 数多の腕。それがひとつの体から伸びているのだ。 足があれば、連結された人間に見えたであろう。だが、それですらない。全て、腕だ。 中心にあるのは狼の如き胴部。大きな顎の威力は、見るべくもないほどに悪徳である。 それらが全て生物であればよかった。だが、明らかに生物離れしたものが混じっている。それは、あたかもアーティファクトのような。 腕が這う。速度を増す。接近し遠ざかり蹂躙し駆逐する。 あんなものなど見るのなら、運命など要らなかった。 あんなものに『なる』のなら、運命など欲しくなかった。 それが持ち上げた、『それ』が何事か分からぬままにリベリスタはその人生を終え、 そして今、醜悪に成り果ててそこにいる。 ●それはきっと歯車の一片 「最近の六道はなかなか醜悪趣味に走りつつありますね。黄泉ヶ辻と何かあったんでしょうか」 「求道者ってのは大体変人だろ。どうでもいいから情報をよこせ」 まったくです、とリベリスタの嫌味に首を振る『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は相も変わらず。 彼の背後のモニターに映る映像も、何時もどおりと言えば違いない。 狼の胴部から、みっしりと伸ばされた腕。人のものであり、類人的なものであり、機械的なものである。 だが、共通点は『腕』であること。それらが器用に操られ、その行動を流麗たるものにしているのは明らかだ。 対象を掴む。投げる。引き千切る。それらをさも当たり前のように行う腕の暴威。 そして、その傍らでぐずぐずに崩れる人だった『何か』。それがどんな帰結となるか、恐らくはそのままではわかるまい。 「で、こいつはなんだ? 分類は」 「『エリューション・キマイラ』。六道による造形物。彼の六道紫杏の研究の産物です。 その造形の奇怪さもさることながら、全てが手である以上行動にも幅があり、ブロックも多大な困難が伴います。 当然、近くにある物を放ることで遠距離攻撃もできます。霊体的な腕による空間干渉も出来る。 封殺をしようとしてもその、腕がネックになる部分は大きいでしょうね。かなり、面倒です。 傍らの『何か』もキマイラに類するものですが、到着時点では戦力とはならないでしょう。ただ、時間経過でどうなるか」 「……やっぱりか。で?」 「ええ、そうですね。当然ながら、『観測者』も居るであろうということは確認されています」 「狙う余裕は?」 「ありませんね。居ることの警戒は必要ですが、手を出さないことが賢明です」 「戦場は……まさか住宅街とかじゃないよな」 「流石に、人目は避けられますが。被害が大きくなったら問題ではあります。工場入口に出現するので、場合によっては」 「――干渉したアーティファクトは判別、ついてるのか?」 「ええ、これがとんでもない代物のようで」 『雨業の龍神』と呼ばれる自立型アーティファクト、その一部であると。 彼が告げた時、或いは空気の流れが変わったようにも、感じたろうか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月26日(月)23:44 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●葬列には早すぎて ざわりと空気が張り詰める感触は、遥か遠くからでも見て取れた。 それが『そう』であると気付いた、気付いてくれたリベリスタ達にとって、自分は何て幸せなんだろう、とツッカーノは思う。 あれが『それ』であることに対し、明らかにリベリスタ達は感情を昂らせている。 前回よりも出来の良いサンプルを前に、前以上の想いをぶちまける彼らが見れるのだと思えば、それは歓喜を胸に抱いてしかるべきだ。 知っている。彼は誰よりも。 復讐心や怒りなどというものを全てウソにしてしまうくらいには、それがどれだけ悪徳に満ちた行為だったのかを知っている。 だから、彼らの想いに喝采を。それが無駄で無残で無辜の犠牲を産むだけの帰結だとしても。 「こんな形で会うとはな」 「かつての狂信の象徴が、今や混ぜ物の一部ですか」 かつて、そのアーティファクトが起こした連続愉快犯的な事件は、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)と『Fr.pseudo』オリガ・エレギン(BNE002764)の奥底に楔を打って抜けないままだ。 結果的に、あの悪意の塊はリベリスタ達の手をすり抜けた。結果として、再びに現れた。再び、誰かが犠牲になった。 彼らにとって、その事実を叩きつけることはどれだけの重みになるかなど言うまでもない。 いや、本当にオリガは運が悪い、とつくづく自らを思い返す。幸せを告げることが不幸への呼び水だなどと、冗談のようで。 「今夜、悪夢に悩まされそうです……」 限りなく多足である異形と、生物だったものの『成れの果て』の液体。それらは何れも不出来過ぎるオブジェクトだ。 魔術の習熟を課題として眼前の対象を観測する風見 七花(BNE003013)にとって、それらは確実に観測すべき対象であり、それだけに悪夢であった。 神秘とは斯くも人の願いを歪ませるものなのだろうか。 それを目のあたりにすることは、求める神秘の階がそれであるという証明でもある。 ……結果として。 がき、と構えた両手の刃が、打ち合わせる音が高らかに響く。 「キマイラたちが跋扈して世間様は大変ですなぁ。人が困るほどにあっしはもうかる」 こりゃけっこうけっこう~こけこっこ~っ、と冗談めかして笑い声を上げる『√3』一条・玄弥(BNE003422)の人間性が如何であるかなど、『リベリスタ』である以上の意味を持たないだけに、無意味だ。 世間は騒がしいだろうが、結果として衆目に晒されないそれを食い止め、滅することに何の躊躇いや感傷が交じるだろうか。 彼は、そういう男である。 打倒するだけでいい。それなら、容易く成し遂げる。 「龍神か……」 龍を名乗られ、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が黙って見過ごす訳がない。 相手に対する害意がさほど在るわけではない。 だが、名を模倣され、時代を奪われた過去の遺物が長きに亘り人に仇をなして世界を穢す現状は、果たして正しいかといえば否だ。 だから、あの相手は倒さねばならぬと彼は思う。何より、『神殺し』など――猛るではないか。 自由を享受するために空を舞う龍を開放するために。或いは、自らこそが龍であることを顕示するために。 彼の意思に、迷いなどない。ただ在るとすれば、成し遂げる者としての誠実か。 「全く……造った奴の趣味を疑うな」 狂った造形を前にして、言葉を失うとはこのことか。恐怖でも怒りでも恐慌でもなくただ呆れで言葉を喪い、『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)はそれらを睥睨する。 だが、彼女からすれば「ネジが緩んでいる」彼らは、その言葉を聞いたなら舌打ちすらするだろう。 「ネジなどとうに捨ててきた。緩んでいるなど侮辱である」と。 其の真意を気にすることよりは、彼女は淡々と戦うことを選択した。 深い域に至る経緯などどうでもいいことだ。それを追求するのは上であり因縁あるものでありアークそのものではないのか。 ただ、戦うためならば彼女はそんなことはどうでもいいのだ。先ず、倒すことが何より優先されるのだから。 「『雨業の龍神』が六道に利用されることになるとは……」 呆然と呟く『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)は、しかしその原型を為す存在を見たことがない。 だが、それがどんなものでどれだけの存在感を以てアークに迫ったか、までは彼は十分に知っている。 それだけの過去があったことを、彼は既に把握している。 だから、一切の説明は不要だったし、理解は足りていた。 「よりによって……六道に回収されやがったか」 ぎり、と握りしめた『咆哮搏撃・破』の色合いが、『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)の持つ底の深さを示しているようにも思える。 夜に溶け落ちそうな色の中、しかしその存在感の強さが他を寄せ付けようとはしない。 それが彼の在り方で存在価値で、戦いそのものであるといえばそうなのだろう。 何時か遭遇したそれが、何れ叩き潰すと誓っていたそれが、最も望まれない形で彼の前に現れた。それはどうしようもないほどに侮辱ではないのか。 完全な状態で戦いたかった、鍛えてきたそれを叩きつけるための相手にしてはあまりにも不恰好なのではないか。 だが、ならばそれを引きずり出すまでの話だ。 「さぁ、再戦と行こうぜっ!」 夜の始まりは青年の声が。 応じる不定の悪意は語ることをよしとせず。 闇の中で神秘が舞い踊る。 ●激突には余りに昏く 軽く体を傾け、気糸を揮おうとした碧衣よりやや早く――ありえないほどの偶然を思わせるほどに俊敏に――百手毒足は行動を開始した。 彼らが布陣を組んでいなければ、或いは一気に陣容を狂わされそうな不意打ちは、碧衣の動揺を誘うには十分だったと言えるだろう。 「千手観音とでもいいたそうだな、これ」 「ちょこまかしやがって……!」 「好き放題やっとんなぁ」 だが、その接近をやすやすと許すリベリスタ達ではない。 正面から止めに入った竜一、モノマ、玄弥が各々の獲物を叩きつけ、その進行を押しとどめる。 それに応じる敵もさるもの、というところだろうか。玄弥の金色夜叉の根本を、竜一の雷切(偽)の柄本を掴んだ『手』は、彼ら二人を軽々と持ち上げ、続くそれが二本、三本とその全身に纏わり付く。 そのままなら、確実に彼らの四肢は支障をきたす程度には折れ砕かれたかもしれない。だが、それすらも彼らにとっては『演技』だったとするなら、大した根性である讃えざるを得まい。 それらの手に力が込められる寸前に、事態は進んだ。 簡単に言ってしまえば、それらの指が幾分か刻まれ、吹き飛んだのだ。 力を込める間も与えられず、一瞬の隙も見せなかった手でそれだ。 敢えて前に出た彼らが、如何にしてそれを決断したか、というのがよく分かる。 要は、受け止める自信も、避けきる矜持もあったのだろう。そうでなければ、前に立つなど選択肢ない。 ならば、と指を削がれた手は近場に転がる固形物を掴み上げ、器用に碧衣に放り込むが……その途上、彼女の放った気糸の一本と衝突し、削げ落ちながらその背後へと抜けていく。 砕けた破片がちりちりと少女の肌を苛むが、それ以上の被害は、確実に二体のエリューションにもたらされたのは確かだ。 地面に蟠る不定形の液体は、その気糸を受けてびしゃりと爆ぜる。まともに受ければその脅威は如何程かなど語るまでもない。だが、彼女の強運はそれを許さない程度には、確立していたといえよう。 或いは、マントを翻したが故か。 モノマが軽いステップを踏み、軽く足を振り上げる。 コンパクトな動きから放たれた真空刃は、低い軌道を描いて霊脈池を削り取る。 爆ぜる液体が彼の体に振りかかる。確かな痛覚は感じるが、それ以上の悪意を受け止めるには及ばない。 「このまま潰してやるぜっ!」 吠えるように、モノマが叫ぶ。眼前の相手に挑戦するように叫ぶ彼の目は、しかし百手毒足から視線をまったく切ろうとしない。 一瞬の油断も許されない、それは彼にとって理解できないはずがない状況だ。 押しとどめ、いち早く叩きこみ、一歩も通さない覚悟がある。 「悪夢になる前に、速やかに倒します……!」 「安らかにあれかし」 七花が鎌を大きく持ち上げ、霊脈池の中心を深々と切り裂いていく。その一撃が創りだした間隙に落下したのは、オリガの放ったカード――不幸を呼ぶために放たれたそれだ。 二人にも、相次いで毒が降り注ぐ。その身を覆う毒の深さに舌打ちを禁じ得ないが、それでも確かな一撃を加えた感触が彼らの指先に深々と残る。 戦いとは、そういうものだ。己の裡にある信仰、己が求めるべき対象への信頼があってこそ戦いに込める熱はより熱くなるというものだ。 更にそこに上乗せするようにジョンの気糸が叩きこまれ、その反動が彼に襲いかかる。 その面積を次々と削り取られ、それに及ばぬながら多少の増殖を続ける霊脈池の厄介さは考えるまでもない。 「このタイミングで現れるとはどういう冗談だ」 拳に巻かれた布の赤さは、夜闇を裂くほど鮮やかだ。 霊脈池のど真ん中に影を落とし、まっすぐに叩き込まれる拳は杏樹の拳に巻かれたそれであり、全力でまっすぐ、それだけを追求して叩き込まれる拳である。 その拳の威力は、かつて彼女が手にした得物を凌駕する。 ……当然といえば、当然なのだろう。自分の道を突き進むために、目の前に据えられた壁をぶち破るために得た拳が、より強くなくて何が戦いだ、というのだ。 故に、振りかかる猛毒の雨さえも彼女には好ましい。 「ちょうどいい気付け薬だな」 そんな冗句が、口に出来る程度には。 まるで蜥蜴が尻尾を切るように、百手毒足の身を覆う手の一本が切り飛ばされ、落下する。 数瞬を置いて溶け崩れたその塊に、一顧だにする余裕もない。 再びにその動きをはじめる悪夢の造形物を前に、リベリスタは構え直す。そして、傍らを蠢く霊脈池は、既にその形を歪め始めている。 彼らが背にした化学工場は、未だ通し。 近付けさせるわけには、行かないのだ。何であれ。 ●結論には余りに淡い 「これきたーっ!」 首筋を撫で付ける寒気に、玄弥の体が不自然なまでにスムーズに前方へと転がる。だが、その流れが攻撃と癒合したようにその拳は闇を纏い、エリューション二体を弾き飛ばす。 徐々に削り取られる霊脈池の範囲など、竜一にはどうでもいいことだった。 それよりも、一秒でも一瞬でも長く、この悪夢を足止めすることこそ彼の役割である。 暴れまわる百手毒足を相手取り振るわれた一撃は、生死や勝敗を目途としたものではない、というのは否応なく理解することが出来た。 これは彼がなりの手向けなのだ。どれだけ襲い掛かられても、自由であるが故に縛られることはない、という主張。 かちかちと、音ならざる音が響く。霊脈池へと、叩き込まれる力の渦の密度を考えても、急がなければならない――不利があれば、その一切合財を取り除かなければ。 七花の放つ光が、リベリスタたちに蓄積した毒を拭う。奪う。消滅させる。 増殖させる暇など、与えないと攻め手が迸り、死が積み上げられる。 反射する毒の密度、百手毒足の攻撃。それらは、霊脈池を潰して尚、を迫るリベリスタ達にとって考えるべき最悪のひとつであることに違いはない。 「僕は一度原型である貴方を見てみたかったんですけど、残念だ」 百手毒足を前に、心底残念そうに、『祝福したくて』現れた信奉者よろしく、オリガは魔力を練り上げようとする。 すべてを完全に潰さねばならぬなら、その真髄を奪えば良いだけのこと。 そして、人形でないのなら、それが出てくるまで倒し続ければいい、ただそれだけのことなのだ。 そして恐らく、それは彼にとって『義務』にすら昇華しかねない。 あの日、彼の妹が何もかもを変えてしまった従僕を叩き伏せたあの瞬間から。 六道、恐らくは遠巻きで眺めているであろう彼のフィクサードの存在を知ったその時点で。 この遭遇とこの後の道程は決まってしまったと言っても過言ではない。 全身に蟠る毒に軽く苛立ちを感じながらも、ジョンは残骸僅かな霊脈池を気糸でねじ伏せ、消滅に追い込んだ。 最後の足掻きのように爆ぜる液体が身を焦がす感触は、やはり慣れるものではない。 「どこまでも犠牲を要求するのは何の因果だ、龍神様よ」 「てめぇにゃカリがあるっ! まずは利子を返してやるぜっ!」 杏樹の、そしてモノマの拳が相次いで唸り、百手毒足へと突き進む。当たらないほうがおかしいくらいに練り上げられた双方の拳は、しかしそのどちらもをすんでのところで真芯を外し、十分な徹りを許さない。 余りに常識外のその動きは、確かに驚愕を覚えさせるには十分すぎた。手の多さだけでは語りえぬ異常な姿。それこそがこの生物の本質ということだろうか。 だが、それで止まるわけではない。両者が拳へ込めた決意とはそこまで甘いものではない。 踏んできた場数と、彼の敵に刻まれた感情。 微に入り細に入り人の心と命を弄んだ神の模造品を殴れずして、杏樹が真なる神へと拳を届かせることは敵うまい。 目の前の異形一つ叩き伏せることが出来ずして、モノマに返せぬ借りなどない。 伸び上がる腕を拳で、或いは銃で叩き落としながら、その胴へと攻撃を殺到させんがために突き進む。 「……頭部です! そこを破壊すれば、アーティファクトの一部を砕くこともできます!」 「あすこをぶっ潰しゃぁいいんな、結構結構」 七花の叫びにすら聞こえる呼びかけが、戦場に響き渡る。腕の位置こそ正確に伝えることは適わないが、霊脈池と共に崩れ落ちたのとは別のアーティファクトが、あの頭部に隠れている。 ――尤も。それを感知したときに流れ込んだものは、彼女を一瞬なり錯乱に追い込みかけたことは否定出来ない。 セキュリティロックの類というよりは、彼女が触れ得なかった奥底の悪意だろうか。 だから、七花は次に何が起きるのかも一瞬早く察知した。叫び声が、もう一度戦場に響き渡る。 そして、それが何を意味するのかはリベリスタ達にもわかっていた。 全身のばねを利用するようにして、その悪意が宙に舞う。 高い。飛び上がった、というアクションの埒を外れたその動きが、次に来る行動が何であるかを強引に理解させる。 下に潜れば圧し潰される。悠々と構えていれば弾き飛ばされる。迎撃するには苛烈に過ぎる。 単純にして盤石な、上空からの手の乱舞。 ああ、そうだ。 あんなものを正面から受けるのは正気ではない。あんなものを止めようなどとろくでもない。 ならば、あんなものを叩き潰してしまえばいいのだ。 「この程度の悪徳飲み込めずして、人間やっとれんでぇ、おぃ!」 玄弥が、腕を開いて叫ぶ。 人より尚下婢たることを認識している彼が、業のひとつふたつ飲み込めぬことを果たして由とするだろうか。 「お前は俺が先に行くための糧だ。神殺しとして先に行くための」 竜一が二本の刃を交差させる。生死を隔てる一撃へ移行する気配は、彼の異形を切り伏せるために振り上げられる。 「好き勝手は……させません……!」 七花の増大した魔力が天を向く。八方から噴出するそれが上空へ向けて。 数多の手、数多の悪意が絶叫にまみれた本能とせめぎ合う。 落下する腕を切り飛ばし、霊的なそれをすんででかわし、それでも各々の胴を、足を、腕を潰そうと腕の数は減ろうともしない。 それでも確実に。最後の一撃はその頭部を穿った。 崩れていく悪意が、リベリスタ達に降り注ぐ。 蒸発していく死の姿は、背に負う護るべきものに一切の悪意を通さずに守り抜いた勝利の感触を感じさせた。 ●余 「……最高だ」 其の男が恍惚混じりに呟いた言葉を聞くものは、彼の周囲に立つもののみだ。 その言葉の意味を識るものは、やはり彼の身なのだと知らされる。 彼に付き従った一人のフィクサードは、その言葉を吐き出した時のツッカーノの顔を一生忘れないだろう、と感じはする。 触れてはいけない何かを見た。そうとしか思えない何かが、彼の中で渦巻いている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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