● 嗚呼理不尽だ。 この世界にやさしさなんて無い。 あるのは馬鹿みたいに不条理で理不尽で残酷な運命と。 せかいをすくうなんて言う、お綺麗な飾り言葉ばかり。 嫌だ、やめてと叫んだあの日。 世界に爪弾きにされたんだ、と。君のために、世界のためには、仕方の無い事なんだ、と。 目の前でぜんぶうばわれたあのひ。 世界をすくうなら。 どうしてわたしをすくってくれなかったの? 世界をまもるなら。 どうしてわたしをまもってくれなかったの? 五体満足で生かされたわたしは、すくわれたのでしょう。 運命に愛されることができたわたしは、まもられたのでしょう。 だけど。 私の世界は、すくわれなかった。 何故奪われるの? 世界に。運命に。そんなものに愛されなかっただけなのに。 どうして、『殺される』の? 「ね。みんなもそう思うよね。怖いよねえ、殺されちゃうんだよ」 世界に愛されないならみんなみんな。 馬鹿みたいだよねえ、と。それは哂っていた。 少女とも、女とも言えない彼女の目の前には、色の白い子供たち。 目が、無いものがいた。全身から武器を生やすものがいた。見た目に変化がなくとも。 どこか、異様な雰囲気が漂う其処で。彼女は優しく微笑んだ。 「大丈夫だよ、わたしがみーんなまもってあげる。……大丈夫だよ」 その微笑みは、何処までもやさしく。けれど、何処かずれている。 そう。まもってあげなくちゃ。『殺される』なら、庇わなくちゃ。 世界から爪弾きにされたもの。ノーフェイス、と呼ばれるもの。 世界を壊すものだから、そうなる前に壊さなくちゃいけないと言われるもの。 嗚呼可笑しいと哂う。世界が壊れるなら、何を殺したって良いって言うの? 「ねえ。可笑しいよね。君たち皆『愛されなかった』だけなのに、どうして『殺される』んだろうね」 何がいけないというのだろう。 殺す権利など誰にあるのか。神でも無いのに。その他大勢の為に死ねなんて、よくも言えたものだ。 ● 「……あー、今日の『運命』。とりあえず宜しく」 手をひらり。資料を見つめる『導唄』月隠・響希(nBNE000225)の表情は、あまり良いものではなかった。 錆びた紅色が瞬く。少しだけ、迷う様に視線が下がって。 「――ねえ、あんたらは如何して、世界を護ろうと思った? それとも、世界ではなくて大切な誰かを、護ろうと思ってるのかしら」 それは答えを求めない問いだった。 小さく、細い溜息をひとつ。フォーチュナはゆっくりと、視線を上げる。 「理由は様々でも。世界を護るのが、リベリスタよね。……でも、世界って、絶対に完全には護れない。 失うものがあって、奪わざるを得ないものがあって、見捨てなきゃいけないものがあって。でもそれでも、あたし達は選ばなきゃいけない」 常に正しい選択を。 世界の為の、選択を。 それは、使命とも言うべきものだった。そして、同時に大義名分ともなり得るものだった。 「大層なものよね。世界の為と言って、あたし達は切り捨てていく。救えないと知っているから。奪っていく。 でも――それを、是としない人が居るのは、分かるでしょう」 例えば、切り捨てられたもの。奪われたもの。それが、世界を救うという大義名分を飲めるのか、と問うたら。 きっと、普通は否だ。 緩く首が振られた。 「今回あんたらに頼むのは、とあるフィクサードの目的を阻止する事。手段は問わない。 フィクサードの名前は宮平・愛。ヴァンパイア×デュランダル。実力としてはまぁそれなりなんだけど、面倒な事に、彼女は多数のノーフェイスを従えてる」 差し出された資料。無理矢理に戻した何時もの調子で、フォーチュナはページを捲った。 「大雑把に、デュランダル系、ホーリーメイガス系、マグメイガス系、クロスイージス系がいる。 全部で12。配分は資料参照。全員、運命を得られなかった子供たちね。愛は、それを匿い護り、私兵ともしているわ。 ……まぁ当然、アーティファクトを使って使役してるんだけど」 自我があるもの、無いもの、様々なそれを使役する為の道具。それは、オルゴールのペンダントだった。 「『夜半の子守唄』。その音色を聞かせたノーフェイスに、自我と、絶対的な持主への愛情を与えるアーティファクト。 子供たちは全員これで元々の自我を保ってる。言葉も理解出来る。だから、自分達がどういう存在なのかを知ってる。 その上で、愛に敬愛を捧げているの。自分を護ってくれる、爪弾きにしない彼女の為なら、『もう一度死ぬ』のも怖くないんでしょうね。 ……加えて、このアーティファクトにはひとつ、特別な力がある」 目が伏せられた。漏れる、溜息の音。 「持主は、命を、……運命を流し込む事で、ノーフェイスに一度だけ、復活の加護を与えている。 此れは一応、必殺で無効化出来るから。……因みに、失敗すると、近い将来愛達はとある元アークリベリスタを殺しに行く。 そうなると、かなり不味いわ。それについては、まぁ世恋が予知してるから気になるなら聞いておくと良いんじゃないかしら」 如何してそうなるんだ、と言う問い。 視線が下がった。今日幾度目かの溜息と。やりきれないと言いたげに振られた頭。 「……愛は子供の頃、ノーフェイスになった両親を目の前で討伐されているわ。 世界の為だ、君の為だ、と言い切って、彼女の両親を『殺した』のは、その元アークリベリスタ。 ……間違った事じゃないわ。それは、世界の為なら、アークとしてなら、絶対的に正しい事。でも、ね、言ったでしょう」 それを是としないものは、存在するのだ。 沈黙が落ちる。気をつけて行って来てね。そんな言葉と共に、フォーチュナは部屋を後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月19日(月)23:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 黒髪が揺れていた。花で埋められた庭へ踏み込む幾つかの足音。振り向いて、目が合った。 「嗚呼、こんばんは。……リベリスタかなぁ」 何の用、なんて聞くまでも無いね。使い込まれた刀が抜かれる。『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)はひとつ、溜息を漏らした。 「勘違いすんな。アークはお前を殺せと言ってない」 冷静に。吐き出した言葉はけれど、少しだけ震えていた。気紛れな女神の掌の上で、無力な自分達は常に、死と隣り合わせで生きてゆく。 寵愛の有無が容易く生死を分けてしまう。愛されたとしても、その先に幸福は約束されない。優しくない世界に打ちのめされる。 何度も見た光景があった。救いたかった。生かしたかった。けれど、出来なかった。それでも。 「生かせるのなら、俺だって生かしたい」 俊介は諦めない。手が届かない事を知っても足掻き続ける。目の前の彼女に言葉が届かなくても。諦めたりなんかしない。 そっか、と囁く程の声。そんな彼女の前。仕舞い込んだ想い出の欠片にそっと手を当てて。『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)は視線を下げる。 此処には居ない、彼女を救ったリベリスタ。彼の気持ちは仁太にだって痛い程理解出来た。 「できることなら、ノーフェイスを殺したりはしたくないぜよ」 殺す側も、辛いのだ。世界を救うのだと、綺麗事を並べなければ壊れてしまいそうな程に。黙って耳を傾ける少女と視線を交える。 彼女の復讐相手も、その重さに潰れそうになっているのだ、と告げた。傾いた心は、危険な方へと転がっていく。 「少し、そいつと話し合ってみる気ないか? 多分、お前さんに殺されようとも文句言わんと思うぜよ」 沈黙が、落ちる。教会から出て来た『子供達』の頭を撫でて。少女は静かに瞳を細めて微笑った。 「大義名分は何時だって正義の味方に優しいよね」 そうしなければならなかった。それが、世界の為だった。綺麗な綺麗な言葉は魔法の呪文だ。 話し合う事なんて無い。面白そうに笑い声。世界の為と心を磨り潰して、最後には死ぬならそれは結局自業自得だ。 「わたしはね、この子達を護れれば後は何でも良いよ。……でも、そうだねえ」 一番護りたいものを殺されたんだから、やり返すくらいは仕方ないよね。応じる気は無い。暗に告げられた言葉に飛び出したのは、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)だった。 白い帽子が揺れる。まだ薄く小さな肩を震わせて。真っ赤な瞳が湛えるのは、押し殺そうとしても漏れ出る激情。 「確かに今のガキ共には自我がある。……けどテメェにもしものことがあったらどうすンだよ」 親、何て知らないけど。理不尽に全てを奪われた彼女の心中は、ヘキサにだって朧げに理解出来た。 けれど、それでもこれは違う、と、心が訴えるのだ。 「守るとか言ってもテメェが欠けちまうだけで、ソイツらは文字通りバケモノに成り下がっちまうンだぞ……!」 守りたいものの為なら、他は如何なっても良いのか。半ば怒鳴る様な声の其処に在るのは、彼生来の優しさだろうか。 瞳が細められるのが見えた。きみは優しい子なんだろうね。一言告げて、けれどその瞳は冷たく微笑む。 「わたしは、自分の世界が守れれば後はみんなどうでも良い」 君たちはどうなの? 同じことをしているのに。何処までも軽やかに、囁かれる言葉は毒の様。もう話は沢山だ、と首を振るのが見えた。 「御託は良いよ。素直に言えばいい。『殺しに』来たんだって」 空気が張り詰める。歯噛みした。前に出て、ヘキサが呟くのは鋭利な挑発。殺到する子供に、微かに眉を寄せた。 続け様、可憐なドレスの下、全身のギアを速力のみに振った『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)はそっと、藍色の瞳を伏せた。 「その思いは、世間の道徳や常識に照らせば間違いではない。大事にして頂戴」 溜息に似た、色の見えない吐息が漏れた。其処に何があっても。これもまた、何時も通りの『よくある仕事』のひとつ。人の嘆きも憎悪も、世界を動かすには至らない。 世界は常に何も知らない顔で回っていて。けれどもしも、その理さえ超えて何かを動かす情動があるとするのなら。それは、奇跡以外の何者でもないのだ。集った神秘が俊介の身体を駆け巡る。 躊躇いもなく、子供達より前に出た愛の刀が唸りを上げる。無作為に全てを薙払う烈風。相容れぬが故の戦いは始まっていた。 ● 叶うなら、手を伸ばしたい。救いたい。可能性がゼロで無いのなら。それは当然の感情だと『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)は思う。 けれど。掴める手が存在しないのだ。可能性がゼロであるなら、それはもうどう足掻いても1にはならない。 「――どうしようも、ないじゃない」 足掻きようが無い。だから討った。その顔が知った者であるかどうかなど関係無く。けれど、ウェスティアはそれを悔やまない。振り向かない。 研鑽し続けた魔の術を綴った魔本が煌く。唱える言葉が力を持つ。謗りだって、甘んじて受けるつもりだった。 自分の終わりが優しくない事だって、もうとっくに知っている。けれど。それでも。 「大切な仲間を、……仲間が、守ってきた世界を守ってみせるんだよ」 それは覚悟だ。大義名分を越えた先の。術式を練り上げる彼女の目前では、子供達の猛攻が繰り広げられていた。 癒しも、攻撃手段も潤沢。前衛達の体力は、想像以上のスピードで削れていた。 「――壊れた世界の掌から零れ落ちた者は、時を経て『違う何か』へと急激に変質する」 劇的に下がった温度は痛い程に。絶対零度の羽根が舞った。飛び散った鮮血さえ凍りつく極寒の結界。『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)の手の中で、魔書の頁が捲れる。 「半ば以上がこの世界の存在では無くなった者がどんなモノになるのか……御存じですか?」 視線が交わった。自我も理性も無く、狂い壊れた本能のままに破壊と殺戮を繰り返すそれ。そして、救う手段はもう残っていないそれ。 そんな選択肢が目の前に出された時、愛は何を選ぶのか。投げられた問いかけに、少女はやはり笑った。 「何度も見たよ。可笑しくなっていくの。何にも知らないとでも思ったの?」 今でこそ、この手が届くなら狂い行く心を留める事は出来るけれど。救う手は届かなかった。力が無かった。だから、守るのだ。 微笑んだままの瞳は何処までも冷たい。見ている前で殺されたよ、と囁き声。 「届かなかったよ。零れていったよ。でも、わたしは今の選択肢を選び続けるよ。だって、生きているなら、運命が微笑む事だってあるかもしれない」 その可能性が僅かでもあるのなら。選ぶ事をやめるなんて有り得なかった。それは正義でもなんでもなく、彼女自身の意志として。 煉獄の焔が飛び交う。その中で、前衛と思しき子供と相対した『定めず黙さず』有馬 守羅(BNE002974)は自身を癒す煌きを纏い、愛へと視線をやった。 嗚呼、彼女の様な博愛主義者には、なれそうもない。 「矛盾しているわ。結局選り好みをしているじゃない。本当に平等にしたいんだったら運命なんて関係なく全て殺しつくすしかないのよ」 結局は何かを選ぶしかなく、そうであるが故に、恐らく自分達は対等な筈だと守羅は思う。大切な者を殺した相手が許せない気持ちは、分からなくもないのだけど。 凍結を癒す煌きが拡散する。白刃が鈍く光を弾いた。平等。小さく吐き出された言葉に可笑しそうに笑う。 「この世界が平等なのは、誰にも優しくない事だけだもん。わたしは選ばれなかった方を選び続けるだけ」 得た力の使い方は、常に持ち手の自由である筈だ。笑みを崩さない彼女の表情。けれど、不意にその瞳が動く。身を切る様な闘気を感じた直後、振り落とされる鉄塊。 辛うじて挟んだ刀ごと叩き潰さん程の威力を持った一撃を放った『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)は、彼女に庇い手が居なかった事に微かに、瞳を見開いた。 護る為に戦うのなら、護るべきものに己を庇わせたりはしない。其処にある覚悟を感じ取って、微かに軋んだのは何処だろうか。 けれど。それでも躊躇えなかった。ノーフェイスは見過ごせない。世界を護ると決めたのだから、必ず、此処で倒すつもりだった。 戦いの術が身体にどれ程馴染んでも、零児の心は普通の青年のそれだ。だからこそ、愛が子供達を見捨てるとも思わないし、そんな姿を見たくも無い。 その、感情が理解出来るからこそ。何処までも優しい青年は、振り抜いた大剣を構え直す。 世界の敵、何て名目で排除するつもりは無かった。救えないのなら、せめて。子供達が、その命を大切な人を護る為に使えたと、思えるように。 「俺の任務は宮平愛、お前を倒すことだ。だが邪魔をする奴は全て斬るぞ」 吐き出した台詞に込められたせめてもの優しさは、どんな終わりを導くのだろうか。 ● 戦況は拮抗していた。ヘキサやエレオノーラが攻撃を引き受け、ウェスティアが縛り、強力な癒しで全体を支えるリベリスタの行動は、確かに数の不利を埋める事に成功していたのだ。 けれど、その代償も大きい。前衛で常に攻撃に晒されていた守羅は、既にその運命の加護を使い切っていた。 敵の状況を見極める。後一手。押し切れる、そう判断して、仁太は禍々しき巨銃を構える。轟音と共に吐き出されるのは闇夜の深淵。全てを圧倒し喰らい付くす暴虐の影。 与えられた加護を使う間も無く倒れ伏す子供を見た。もしも、自分が世界に爪弾きにされたとして。その時、大人しく殺されてやれるか。 答えは迷う事無く否だった。死ぬのは嫌だった。では何故、ノーフェイスを殺すのかと問われたら。 その答えも同じだった。死ぬのが、嫌だからだ。戦う中では殺さなければ殺される。戦わなければ、壊れた世界と共に死んでいく。 だからこそ、戦うのだ。自分を護る為に。世界を護るだなんて大層な事ではなくて。失わない様にするのも強くなるのも命さえ賭けて戦うのも全て『自分の為』。 「――死にたくなければ、戦うしかないんや」 降り掛かる火の粉を払う権利は全てが持っていて。違うのは、それを振り払えるか否かだ。 ぼろぼろに刃の欠けた刀が見えた。その通りだね、と、傷付いた女は笑う。 「失えないのなら、譲れないのなら、振るうべきは言葉じゃなくて剣だよ。ペンが暴力に勝てるのは、世界がペンに微笑んでくれた時だけだよね」 目減りしていくノーフェイス。それを見つめながら、ヘキサは拳を握り締める。迷う訳には行かなかった。軽やかに踏み込んで、しなやかな足が放つのは淀み無い連撃。 「恨んでくれても、嫌ってくれても構わねぇ」 それでも、ヘキサは戦うのをやめない。世界を救おうと言い続ける。友達が、家族が、今まで救えた人間が、そして、この目の前の少女が。 失いたくないものに溢れた世界を、救おうと言い続けるのだ。奪ったものへの整理は付かないけれど。答えは、『保留』。 急いて出した答えなんてそれこそ所詮お飾り言葉に過ぎないのだから。代わりに、答えが出るまで全て、胸に留め置く。それがヘキサの筋の通し方だった。 それは少年故の純粋さで。そして、強さだった。理不尽な運命の被害者である愛さえも救おうと伸びる手に、少しだけ微笑む。 君は優しいね、と囁く程の声がした。そんな彼女へと、放たれるのは不可視の気糸。視線を此方へと寄せて、エレオノーラは微かに首を傾げた。 「あたし達を人でなしと思うなら、そう呼べばいい」 殺す権利など持って居ないし、そもそも、この行いが正義だと思った事は一度も無かった。絶対の価値観など存在しない。只自分は自分の意思の侭に、戦う事を選んでいる。 其処に大義名分など求めるつもりは無かった。恨まれても憎まれても構わなかった。嗚呼これが優しく綺麗な夢の中であったなら。奇跡の様に受け入れてやる事だって出来たのに。 全てを喰らう白雷が唸る。微かに舞った黒髪を押さえて、悠月はひとつ、呆れた様に溜息を漏らした。蘇り、戦い続ける世界の忌み子。護りたい、だなんて言う癖に。 「……理不尽を憎む者が、この子らを私兵としてここまで戦いに利用するとはね」 何たる矛盾。漏れた台詞に、愛の瞳が其方を向く。その瞳に在ったのは、ある種の諦めと、憎悪だった。 「君みたいなのが殺しに来るから、あげた力だよ」 加護も、力も、戦わせるためなどではなく。 生きる為に与えたのだ。そして、得た力をどう使うかなんて事は、当人の自由だ。 駆け出す。刀が、身体が纏うのは、生死を分ける程の膂力を持つ殺意と闘気。僅かに数の少ない前衛を抜けて、振り上げた刀が向かう先は悠月。 叩き切る様に。飛び散った鮮血が肌を濡らす。視界が揺れた。重すぎる一撃は、辛うじて運命を燃やしていなす。浅い、呼吸が漏れた。 子供達は子供達の意思でその身を愛の為に使っている。愛は愛の意思で、子供達の意思を護っている。傷付いた身体でも、仲間を癒し続ける子供が見えた。痛い、なんて言わずに、戦う子供が見えた。 可笑しくなりそうだ、と思った。見たくない、殺したくない、心は軋んで、けれど俊介は、目を逸らさない。誰かが、やらないといけないのだ。 そうでないと、自分の世界は壊れるから。エゴだ。自分のそれも、愛のそれも。全ては自分の為。知人の言葉を借りるのなら。 「所詮、エゴの潰し愛だ。……花染、今こそ護るためにお前を抜く!」 青ざめた愛の顔が見えた。駆け出す。引き抜いた白金が煌く。力ある言葉に応えるのは聖者の息吹。清浄な空気が、仲間を、そして愛さえも癒す。 死なせない。殺したくない。裏切りなんかではなく、そう正に自分の為に。 「生き残ることが愛の幸せかなんて知るか! だが、いきたかったノーフェイスの為にも生きてやれよ!」 腕を、握り締めた。離さない、そう訴える瞳に、微かに、本当に微かに愛は笑った。 ● 勝敗は決していく。倒れ伏す子供の数はもう幾つになっただろうか。それでも、諦める様子など見せない愛を幾度目かの漆黒の鎖で切り裂いて。 ウェスティアはきつく魔本を握って、そっと、教えてよ、と問うた。 「貴方の家族が世界を壊すことを貴方は是としたの?」 愛自身を殺す事を、そんな未来になるかも知れなかった事を、両親は、愛は、是としたのか。同じ問いを投げかけようとした零児が、そっと頷く。視線が交わった。 「世界なんてどうでもいいよ。わたしは世界を救う正義の味方じゃない。殺してくれるなら、殺して欲しかったよ」 目の前でまた1人。守羅の手によって倒れる子供。もし世界が壊れたなら。死ぬのは誰か1人ではなくて、全員だ。自分の世界の終わりと、世界の終わりは常に等しい。 其処にどんな辛い事があるのかと、愛は囁く。 「だから正義の味方だって言うんだよ。普通は見えない世界の裏側を知ったら、何も見えなくなったんだね」 壊れ行く世界の真実を知ったなら、責務を負わねばならぬ等と誰が決めたのだろうか。世界は何時だって理不尽に、知りたくも無い世界の真実を教えてくれる。 けれど、それは知った先の選択肢を定めはしない。根本的に道は分かれていた。 「逆に教えてよ。世界を壊さない為なら、何を殺したって良いの?」 綺麗な大義名分なんかじゃなく、自分自身の答えを頂戴。未だ握られた腕を微かに見遣って、愛は告げる。理由は様々で。だからこそ、折れぬ事が出来ないのなら相容れない。 あと1人。傷付いた子供が、それでも必死にナイフを構える。同情はしないと決めていた。振り上げた鉄の塊は、零児と言う青年の不器用さを表しているようだった。 所詮自分の勝手な理屈だと、知っていた。相容れないのだと知っても。それでも、同情は出来なかった。 一撃の為だけに磨き上げた闘気が爆発する。触れれば切れそうな程の裂帛の呼気。何も考えない。必死に唇を噛み締める子供の瞳にあった涙なんて、見えない。 これで最後だ、と。叩き下ろした。肉を、骨を圧し折る鈍い感触。大量の鮮血が零れて、けれど、子供は未だ、生きていた。 表情にあるのは絶望。大剣の下。小さな身体を抱え込む様に滑り込ませた愛は、深く抉れた首元を押さえる事無く、震える手でそうっと小さな頭を撫でた。 「――きみは、やさしいひとだね」 掠れた声が、微かに届く。最後の最後まで。子供達を世界の敵とは呼ばなかった。子供達が子供達のまま、死ねるようにと言うせめてもの優しさ。 振り払われた手。さっきまで握り締めていた腕の温度。俊介が、言葉も無くその場に座り込む。 救えないまでにすれ違った言葉と思いは、愛に希望を見せるには余りに足りなかったのだろうか。倒れ伏す華奢な身体。一気に狂った本性を覗かせかけた子供の息の根を、エレオノーラは躊躇い無く止めた。 「……世界は自分勝手なもの。きっと、世界の寵愛なんて」 あたし達にとっては呪いみたいなものね。漏れた言葉は、何処までも重い。後悔は無かった。義務だと、自分で決めていた。 罪無き存在を殺すのは許されない。そんな世界を守る事を己に課した自分と、零れ落ちるものを守ると決めた彼女の間に何の違いがあったのだろう。 血の臭いが濃かった。寂れた教会に残った鐘が、酷く寂しげにひとつ、泣いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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