● 叫び声が、鼓膜から離れない。嫌だと、やめてと泣いたその声が、こびり付いて離れない。まだ新しい瘡蓋の様で、時折剥がれて肉を見せる。武器を握りしめるたびに、瘡蓋が剥がれるのだ。膿み切った傷口から溢れだすのは木霊する叫び声。 『――嫌だ! やめて! 母さんを! 母さんを』 ころさないで。 嗚呼、なんて、何て言葉だろうか。正義のためだった。 其れがアークのリベリスタだった。運命に愛されなかった彼らはこの世界を壊してしまうから。 ここからは常に同じ言葉を紡ぐだけだ。ただ「殺さなきゃ」と――何て言葉だ、なんて理不尽な世界だ! 身体が、心が壊れる、嗚呼、嗚呼―― 「大丈夫ですか、お辛いですね、其れがセイギノミカタってやつなんですもんね」 かちり、かちり。男の手はルービックキューブを弄っている。やけに大切そうに彼の指先はそのルービックキューブを撫でた。 「運命に愛されなかっただけ。我々は愛された高尚で残念な生き物。如何生きるかは皆さん次第でしょう。尤も、組織は頭が良い。効率的だ。だからこそ僕は『六道』であって、貴方は『箱舟』なんですからね」 黒い翼を生やした男は嗤う。取引をしましょう、と。かちり、かちり、ルービックキューブが音を立てた。 ● 表情を歪めた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は目線をうろつかせながら、セイギノミカタと口にした。 「何が正しいのかは只の予見者である私には解らない。けれど、一つだけ解る事があるの」 モニターを停止させて、振り向く。桃色の瞳湛えたのは無。言葉とは裏腹に世恋の表情は冷たい。 「世界の為に、大切な人の為に為すべき事がある。けど、誰かが其れで傷つくことってとても辛いわね。 でもね、辛くても、リベリスタがアーティファクトを使って馬鹿な事をするのは間違いでしょう?」 壊れていく。心が。だからこそ、アーティファクトを使って馬鹿げた事をするのだ―― 「馬鹿なこと?」 「アーティファクトを使って運命の寵愛をノーフェイスへと分け与える――なんて馬鹿でしょう? できない」 完璧な否定だった。常の詩的な言葉もなく、甘い夢を見るでもなく、フォーチュナは紡ぐ。 そんなこと、できるはずがない、と。 「彼は出来ると思いこんでいるの。だって、取引相手が言うんですもん、できますよ、と。 取引の相手を紹介するわ。フライエンジェのダークナイトで六道のフィクサード。名前は観月よ。 彼の目的はアーティファクト『0時の鐘』の代償により多くの人を巻き込むこと」 モニターが切り替わる。映しだされたのはルービックキューブ。これこそがアーティファクトだ。名称は『0時の鐘』、と添えられていた。 「0時の鐘は命を代償にアザーバイドを呼び出す事の出来る六道らしいモノよ。観月の宝物。 空間を歪めるとでも言うのかしら。人が死ぬ時に効果が発動して、何かしらができる見たいね」 詳しくは、分からないけれど、と予見者は付け加える。 「何で取引を? 渡した所でそいつ一人だけだろ」 「彼が昔殺した相手――ノーフェイスの家族がね、彼に復讐をする、というの。此れの対応は響希お姉さまがしてくださってるわ。 ねえ、考えてみて――? もしも彼の元に復讐者が現れたら? その子は沢山のノーフェイスを引き連れてる。其れをも全て代償にしたら?」 わかるわよね、と小さく紡いだ。その声にリベリスタの表情が凍る。 「取引に見せかけてフィクサードは彼を、元・リベリスタである元町・架澄を殺そうとするわ。 大切なアーティファクトを手渡すなんて、するわけがないでしょう。 残念な話よね、このままじゃ、死んでしまう。 彼は彼なりの『正義』の為にそうしようとしているだけ。その心の優しさのままの行動。 改心の余地はまだ、ある。だから――だから、助けてあげて欲しいの」 フィクサードから彼を助けた後は如何しても構わない。彼の信じた正義――世界を守る事は果たして正しいのかどうか、彼に伝えるも伝えないも其れはリベリスタ次第だと世恋は続ける。 「さあ、目を開けて。悪い夢を醒まして頂戴」 何が正義か、何が悪か、私にはわからないけれど、貴方の真意を聞かせて、とフォーチュナは言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月14日(水)23:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 救いを求めようとした。自らこそが制約。自らこそが代償だった。血濡れた十字架はその身を常に苛むのだ。胸の内を焼く様にジワリ、広がる火傷痕が如く、その身を蝕んでいく。 「――嘗て、私も同じ事を考えたのです」 口にすると情けなさと共に、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は嘗て、心の逃げ場となった忌まわしくも愛おしい日を思い出す。考える余裕などなかった。脳をフル稼動させて、手を伸ばす場所を我武者羅に手繰った結果だった。 「心の逃げ場を、作ってしまうのでしょう、ね」 紡ぐ。嗚呼、何という虚無か。己が胸を占めるこの思いは何か。 「そう、だね。そんな、都合のいいものなんて、あるわけないんだ」 『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)の瞳は常の明るい優しげな色を灯さない。喪われてきた命が、奪ってきた命が、彼女の白く小さな掌を赤く染めていく錯覚。目の前が、赤く染まる。 「一度喪った命が戻ってくるようなものなんて、あっていいわけもないんだ」 そんなこと、分かってる。そんなこと――自分は分かってるから今まで剣を振るったのではないのか。 赤い瞳がゆらり、と揺れた。静を許さない水面の様に、浮かぶ涙に壱也は堪える様に息を止めた。 「わたしたちは、それを分かった上で、全てを奪ってきた。――奪って、きたんだ、よ?」 誰に言うでもなく。 この場に居る『箱舟』のリベリスタ全てに言える言葉。世界を守る為、世界の為、世界の――誰が為? 嗚呼、そんな答え、個人で違うけれど、けれど『何かの為』だと繕って、奪ってきた。 その事実は、代わる事もなく。 「助けることなんて、本当はできないのに。希望を与えるなんて、胸糞悪ィ……」 『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は螺旋暴君【鮮血旋渦】を握りしめて、茶色の瞳に殺意を湛えた。詐欺師は常に笑みを浮かべているのだ。綺麗な笑顔を貼りつけて、僅かな希望に縋ろうと手を伸ばす者の手を最後は平気で振り払うのだ。 其れに何故、怒らずに居られるのか。嘲笑う笑みが脳裏をよぎる。全力で『フィクサード』を粉々にしたいのに、如何して、それ以上に死なせたくない相手が居るのだろうか―― 開け放たれた古い屋敷の扉。小刻みに、バイクの音を響かせて『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)は一気に飛び込んだ。六道のフィクサードであろう男が背後へと翼を広げて飛びあがる。 「さて、落ち着きたまえ。アークだ」 「御機嫌よう、元・ご同輩。うち達が何なのか、アンタは良くご存じっすよね?」 扉に凭れ、策士の笑みを浮かべた『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)の言葉を耳にするなり、男がぎり、と唇を噛み締める。箱舟――其れは取引の邪魔だという意味だ。 歩み寄った『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が浮かべたのは、その年に似合わぬ笑み。性を明かさぬフラウは『少女』であり『少年』のかんばせに、笑みを浮かべる。 「うち等が来たその意味を、アンタが一番良く知ってるッすよね?」 ねえ、元町架澄さん。その呼びかけに、架澄はそろそろと振り向いた。 ● 誰が為。気持ちが分かると頷く事はできないけれど。 もしも自身に訪れたとしたなれば、その時は、自分は自分で居られるのだろうか。心を蝕まれる可能性だって或る。『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)は小さく息を吸い込んだ。 気に病むなという言葉は口にする事も憚られた。気休めであれど其れで救われた命があるという慰めさえも口について出なかった。 「――どう、なるんだろうな」 同じ状況が自身に訪れる事があるかもしれない。其れは想像するには難く。其れで居て、容易であった。 神父は黒い礼服を揺らす。服と相対的なひとまとめの銀髪を揺らして、不良神父たる『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は祈る事もせずにただ、架澄を見つめた。 「……嫌な感じなんだ。頭が、冷えてきた」 「ロアン」 黄泉路の呼び掛けに頷く。大丈夫、冷静だ。冷静すぎる、とでも言おうか。熱し過ぎた感情が次第に冷やかに、乾き果てていく感覚。 生きるために、努力して、死に物狂いで『殺す』。神秘がその身に宿らなければ怒らなかったであろう現実。彼らにとっての日常は、誰かにとっての非日常だ。自身より戦いに早く身を投じてきた『誰か』の心は壊れているのだろうか? 誰かの為に、世界の為に、君の為に。お祈りを行う事もなく。殺し続ければ、いつか心が壊れるのか。 「……六道ってのは思った以上に下衆なんだね」 命だけでなく、心まで弄ぶ。信ずる道では『敵』であった六道は想うよりも残虐で。頭が冴え渡る。冷徹な笑みを浮かべて、懐中時計を指で弄んだ。 「リベリスタ……」 「運命の寵愛を分け与えたいんすよね? 残念なお知らせっすよ。ソレは、できない」 さらりと告げるフラウの表情はただ、冷静そのものだった。まだ褪せぬ幼さを浮かべたかんばせに似合わぬ冷笑に架澄は唇を噛み締めた。 「でも、アイツはできると……」 「貴方だって、アークに居たのでしょう? 心の底では分かって、居るのでしょう」 慈愛に満ちたカルナの瞳は揺らぐ。その揺らぎは嘗ての自身を重ねてしまうからか、より、深く。声にまで現れていた。 「運命は選び取ったのです。誰かにその愛を分け与えられない事を、もうご理解なさっているのでしょう」 運命は残酷だ。理不尽な世界は全てを愛さない。神秘に毒されて、運命は微笑むか。其れによっていとも容易く道が決まる。生か死か。世界を護るか、世界に捨てられるか。 「……貴方はご自身が背負っている十字架を下ろしたいだけなのでしょう?」 聖女の瞳は残酷に語った。――今ここで咎を下ろして、今まで殺した誰かに顔向けできるのか。 その言葉に、ロアンは視線を逸らす。カルナだって、ロアンだって、聖職者たる彼らだって今までその手にかけた命がある。『運命』は無情にも愛さない。 世界から弾かれるのだ。世界は、容易く淘汰する。 「ッ、俺は……」 「自分を罰する事は免罪符とは言えません。悪魔の甘言に耳を貸さないでください。 貴方がこれまで討ってきた者の為に本当になすべきは何か、よくお考えください」 唯の一つ、間違いはなかった。その言葉は、架澄の心を射抜く様に、自身の十字を標す様に、強い言葉。 身構えるオーウェンが炸裂脚甲「LaplaseRage」のブースターを加速させた。自身の頬を掠めた攻撃さえも余裕を浮かべる。 「嘘吐きの本性と言う奴かね。やましい事がなければ、攻撃する必要などあるまい」 『教授』の言葉は理に適う。攻撃を控えていたリベリスタも、揃って戦闘の態勢を整えた。架澄の前に立ちはだかって、壱也は両手を広げる。 脳裏によぎる言葉に唇を噛み締めた。護り切れなかった誰かの愛しい人。壊してと頼まれたあの日。 「……わたしは、元町さんを助けに来た。それは絶対嘘じゃない」 それでも、希望を持ちたかった。架澄の気持ちが分からない訳ではなかった。はしばぶれーどをぎゅっと握りしめる。 誰かの笑みが、脳裏にちらついた。 「観月。前にも、こうして対峙したよね。あの時のあんたはそうやって自分の逃げ道を確保して高みの見物」 分かってるんだ、と彼女は口にする。危なくなれば逃げてしまう事位、嫌でも分かっている。 「――こんな悲劇、二度と起こさせないよ」 一歩踏み出す、華奢な体から発される強いオーラは雷気を帯びた。彼女の想いの表れか、ぼんやりとうす黄色の闘気を感じた気がして観月は唇に笑みを浮かべた。 中衛に居る彼にはまだ届かない。けれど、届かせて見せる。踏み出した足は止まらなかった。 電撃を纏う一撃が、六道のフィクサードの体を穿つ。小さな雷光は全てを破壊しつくさんと八重歯を覗かせて、笑う。 「そんでもって、逃がさないからッ!」 ● 「元町さん、私達の調査で、アーティファクトの効果は貴方に伝えられているものではないと出ています」 冷静な凛子の声に項垂れる。突きつけられる現実に、彼女は視線を揺らがせた。 其れでも、口にしないといけない言葉がある。問わねばならない言葉がある。 「貴方が死んでも誰も助からない。それでも、犠牲になるのですか?」 ――無駄死に程ナンセンスなものもない。誰かが為にというご立派な思想のもと、ただ、逃れたいだけではないかとそう凛子は想う。 幾ら年をとっても、幾ら、成長しても『子供』の侭なのだろうか。唯の一つ冷静さを浮かべずに取引に乗った架澄の前に立ち、翼を与えながら、凛子は長い黒髪を揺らした。 「自分の信じる正義の為に死ぬ。なんて素敵でしょうね。自己陶酔で、甘美で、気持ち良く逝ける」 口にする、その言葉に。架澄は顔を上げる。顔色を伺えない女医の背中を見つめる。白衣がはためいて、 手術用手袋に包まれた指先は唯の一片も動かない。 「其れを受け止める人の気持ちってどこにあるのでしょうか。死ぬ覚悟等と口にはしないでくださいね」 彼女の胸に抱かれし少女の記憶の欠片がきらりと光る。青い瞳が湛えたのは、只の絶望。 「――生きたくて死ぬものが多いこの世界で、死ぬのは簡単ですよ」 希望を、粉々に砕かれた感覚がして、視線を下ろした。走り込んで、自身から流れる血も気に留めずに、自分を削って、カルラは踏み込んだ。 「アーク所属、シュトロゼックだ。止めてやるぜ、この取引」 螺旋暴君【鮮血旋渦】を振るう。彼はフィクサードを憎む。唯、其れだけだった。けれど、それ以上に『死なせたくない相手』が居るから、彼はその憎悪すらも今は捨て去った。殺意を浮かべながらも、彼の目は項垂れる男に向けられている。 「なあ、お前の欲しい物が『あって欲しい』って理想だけで動いてねぇか? お前の気持ちだけじゃないのか?」 あって欲しい物――運命の寵愛を分け与えたい。 ただ、其れができれば良いと願っていた。カルラを襲うフィクサードに彼は吼える様にランスを振るう。 「ッ、俺は、元町と話してんだよ! すっこんでろ!」 穿つソレは止まらない。耐えず与えられる癒しを得ても、得た傷を気に留める事はしない。 「……あって欲しい」 「ノーフェイスを救いたい。そう思う奴は幾らでも居るんだ。 そいつらが求めて、ずっと探しても見つからなくて。足掻いても絶望だらけで。奇跡が見つかんねぇんだ」 何処にだって、無かったから。 彼の目の前に対峙したフィクサードは気にとめない。架澄を救いたい。だから、本気で『闘う』事はしなかった。傷だらけになってさえも、其れでさえも『生きて欲しい』と思うから。 「なあ、簡単に手に入らないから、奇跡なんだよッ! 理想も、世界の守護も。お題目でしかねぇんだよ。 分かるか? 殺しは殺しなんだ。俺だって、殺し続ける。こうして傷だって得てる」 「それがッ……俺は、其れが嫌で」 「そこに欠片でも、意味が見出してぇんだろ!? 目を逸らしてんじゃねぇよ! 良いとか悪いとかじゃないんだ俺達は命を背負ってくんだよ。軽い訳がねぇ! 背負うお前が――お前が、死んで堪るかよ」 ただの、一言だった。ぽつりと、零された言葉に項垂れたまま、涙が、落ちる。 「僕も君と同じ立場ならどうだろう。僕はね、大事な人や場所が無事なら後は割とどうでもいいんだ」 囁く言葉。鮮やかに間合いを詰めて、刻み込む死の刻印。ロアンは舞う、影と踊るが如く、鮮麗に。 「殺す事で其れが守れるなら僕は、迷わない。誰かに言われたって、何をされたって、大事なモノを護りたい」 彼の存在意義。レーゾンデートル。 だからこそ、迷わない。大切な誰かの為ならば、迷う暇など惜しいから。 「ねえ、架澄。君は――優しい人なんだね」 その言葉が、深く、胸に沁み込んだ。 ● 「……架澄、あんたの信念は未だ曲がんねぇんだろ」 黒き瘴気はフィクサードを包み込む。ただ、攻撃を行っていた黄泉路はぽつりとつぶやいた。 「あんたのトラウマってのはさ、信念から生まれたんだろ」 カシャン、斬射刃弓「輪廻」が音を立てて、刃を見せ目の前のフィクサードの体へと深く突き刺さる。じりじりと後退する観月に届かない手に、苛立ちを隠せないまま、刀を振るった。 「世界を護りたい、大切な人を護りたい、自らの正義を貫き通す……そういう信念のトラウマが、曲がったらどうすんだよ。 あんたの信じた正義が、行った正義が全て嘘になるんじゃないのか」 凛子の癒しが彼の体を勇気付ける。回復手の濃いこの戦場では癒しが安定して送られる為に戦いやすい。 斬射刃弓「輪廻」を振るいながら黄泉路は視線をもう一度架澄に逸らした。 「貫けよ、あんたの正義、信念を。辛いからって、近道や足踏みを選ぶなよ」 それだけだ、と告げて、背中を向ける。暗き闇を放つことなく、痛みを全てぶつけようと踏み出した。庇い手たるフィクサードの体に突き刺さる其れは、望む相手に刻みつける事がない侭に、庇い手の身を蝕む。 「なあ、あんたはその『技』使わないのか?」 「生憎、お相手してくれない様なのでね」 「――相手は、居るじゃないっすか」 ふわりと浮きあがる。とん、と地面を蹴りあげて放つ澱み泣き連撃。 「架澄、アンタに戦う意思が残ってるなら武器を取れ。アイツを放置しちゃ、また誰かが不幸になる」 冷静な言葉だった。その言葉にも架澄は動く事も叶わない。打ち砕かれた奇跡に、苛まれるその身に。 仲間の数が減る事に焦りを浮かべながら、観月の指先が弄る0時の鐘。狙いを定めるオーウェンは一気に撃ち抜こうとするが、未だ手から滑り落ちる事がない。 「セイギノミカタ? ……アンタ、そんな心算ないっすよね?」 「さあ、どうだか。正義は人によって違うんだよ」 風の君、とまるで茶化す様な言葉にフラウは小さく息を吐く。 「ああ……、そうだ。そうっすね。 うち達は『箱舟』で、テメーはあのいけすかない『六道』だ。 だったら、――やるべき事は決まってるっすよね……?」 だん、と地面を踏みしめる。其の侭に魔力のナイフを振るう。特別な技? 使うなら使えばいい。 それよりももっと早く、風が如く動けばいい。効果等受ける前に全てを終えばいい。 「うちはテメーを許さないっすよ」 「奇遇だな。どうやら許せないのは此方も同じ様だ」 にたりと笑みを浮かべて、オーウェンが放つのは気糸は絡め取る。全てを打ち抜くだけだと、その目はらん、と揺れた。 「一つ教えてやろう。アークの行動理念は、『大を生かすため小を殺す』だ。故に、我等は此処にいる。 元町の想いで、お前さんの意思一つで多くが救われるなら俺は阻止はせん」 ――だが、そうじゃないのだから。Joker of Tricksが揺らぐ。 「後悔に、理性まで奪われるではないぞ。――さあ、観月。お前さんが何を欲するのか見せて貰おうか」 目を凝らす。逃げの動作を見せる男の背中を逃さないとオーウェンの目は、見透かそうとする。 ――あの人を、もういちど。 ただ、その一言が胸に満たされている事に気づき、オーウェンは眉間にしわを寄せた。 「逃がさない、って、言ったでしょ?」 切り傷に塗れながらも壱也は踏み込む。いつかの冬村蔓の泣き顔が浮かぶ。 「わたしは、逃がさないって、言った」 それでも、追い掛けられない。護るべき人がいるから。奪う事があるならば、護る事もある。その二つを併せ持つからこそ、リベリスタは過酷なのだと、この身を持って感じた。 ぎゅ、と剣を握りしめ、一気にその雷撃を降らせる。傷を負ってもなお、逃げ出そうと翼を広げる男へと壱也は手を伸ばす。 「――観月っ!!」 届かない、その短い腕の先。護りきれないかもしれないその両手いっぱい。 窓をブチ破り、外へと傷を負いながら逃げ去る彼を援護するように、ふら付くフィクサードへと、悔しさを浮かべたフラウが放つ攻撃は、ただ、虚しげに、降った。 ● 元町さん、と呼びかける。 「ねえ、知ってる? 生きてる人の温かさってや痛みってね。喪うと、二度と戻ってこないんだ」 傷だらけになりながら、視線を合わせる。壱也の視界が歪む。 頬を伝う水滴は、綺麗だな、とぼんやりと架澄は想った。 「縋りたい気持ちも痛いほど分かる。分かってるんでしょ? 喪うと、戻らないって。 救えないものがね、増えるたびに思うんだ。縋りたい、助けたい。……戻って」 誰かを救えなかった。 ……誰かを、救いたかった。 広いホールに壱也の声が響く。ただ、静かに、仲間達は見守った。 「疲れる時もある。その時に友達って大事だなって思うの。逃げちゃだめなんだよ。 わたしたちは、世界に愛されたんだ」 世界に愛されて、この世界に『生きる事』を許された。 それが何と尊い事か!――奪ってきた命も。『あの子』の両親の命も、弾かれた全てが『許されざる』ものだったのだから。 「わたしは、奪うなら、覚悟を持ってきたんだ。元町さんは、中途半端な気持ちで命を奪ってきたの? 愛されたんだよ、世界に。いいことばっかりじゃないよ」 愛されたって、良い事ばかりじゃない。 手を振り上げる。暖かさを痛みを伝えようとする、彼女の小さな手。 死を覚悟してきた男に、生きる意味を与える如く。歪む視界の中で、壱也は紡ぐ。 「世界って、そんなに優しくないんだ。わたしにも、貴方にも」 ――ぱしん、頬を打つ音が、聞こえた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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