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さいしゅうへいき田中

●革醒の朝
 その日はことさらに体調が悪くて、会社には無理を言って早退させて貰った。
 製薬会社に勤める身としては風邪なんて引いてられないのだけれど、そんな事もあるよと先輩が言ってくれた。
 そんな厚意に甘えて、僕は社内で処方された薬を飲み、隣接する寮へと戻った。
 まだ昼過ぎだったけれど、僕はぐっすりと眠り、目を覚ましたのは翌日の朝だった。
 悪かった体調もずいぶん良くなって、気分も清々しいくらいに晴れ渡っていた。
 服を着替えて出社の準備を整える。
 シャワーを使おうとしたのだけれど、壊れているのか出なかった。
 他の水道も全滅していて、それどころか電気機器は全て使い物にならない。
 停電でもあったんだろうか? だとしたら嫌に静かなのが気になる。
 何かがあったのだとして、もしかして僕は置いていかれたのだろうか?
 そう思うと途端に恐ろしくなった。
 だってここは、市街地からは程遠い森の中に建設させられている研究所なのだから。
 慌てて部屋の外に出る。
 そのまま玄関に向かう僕の視線の先に、見慣れた人の見慣れない姿を見た。
「先輩!」
 地面に倒れてピクリとも動かない先輩。顔を覗き込めば、普段の彼からは想像できないような苦悶の表情をしていた。
 間違いなく、彼は死んでいた。
「そんな、どうして!?」
 恐怖に戦慄いて、それから気づく。
 僕の視界の端々に見える、見慣れた人々の見慣れない姿達。
 そのどれもが死んでいるのだと分かった瞬間、僕は叫び声をあげてその場所から逃げだしていた。

●黒猫の依頼
「悪いNewsと良いNews。どっちから聞きたい?」
 開口一番、リベリスタ達を呼び出したフォーチュナ――将門伸暁はそう言った。
 恐らく彼がその能力で起こりうる未来を垣間見たのは確かだろう。そんな男の言う事だ。どっちにしても碌な事じゃない。
「どちらも俺が視た未来に関係する事さ」
 そうでしょうねと誰もが頷いた。
「OK、まずは悪いNewsからだ。かなり性質の悪いノーフェイスが現れた」
 そう言って伸暁が手元の端末を慣れた手つきでさらりとなぞる。
 リベリスタ達が呼び出される前に集められていたのだろう、彼の視た物に関する情報が展開した。
「対象の名前は田中芳直、年齢は25歳。大学院卒業後ある製薬会社に入社したそこそこのエリートだ。その会社の持つ山奥の研究施設に寮住まいで働いている」
 画面に映し出されたイマイチパッとしない顔の男。これが目標だろう。
「革醒した後、フェイトを得る事が出来ずエリューション化。寝てる間にフェーズが進行して現在フェーズ2。そいつの手に入れた能力が……」
 伸暁が画面を見上げたまま端末を更に操作する。映し出されている男の顔の上に現れたのは、赤いアルファベットの3文字。

 ――『GAS』

「体内に致死性を持つ特殊なガスを生成する機構が構築されたらしく、それを無尽蔵に吐き出すようになった。このガスは本人の意志とは関係なく発生拡散されている。実際当人が寝ている間にもその力は発揮されてたようでな、研究施設と寮の住人は既に……」
 軽く額を指で擦る伸暁。彼が視た景色は一体どれ程の惨状だったのか。
 少しの沈黙の後、『駆ける黒猫』はいつもの調子でまた口を開く。
「そこで良いNewsの方に繋がる訳だが。そいつは今『徒歩』で市街地を目指している。つまりどういう事かって? これ以上の被害を出さないための猶予があるって事だ」
 発生しているガスは機械の類を故障させてしまうらしく、乗り物らしい乗り物を対象は確保できなかったらしい。
「頼みたいのは、田中がこれ以上の犠牲を生む前に奴をDeleteする事さ」
 当人には革醒したという自覚も、自身の能力が原因で人が死んでいるという自覚もなく、ただ逃避しているだけだという。
 元はただの一般人。だが今その体は、大量殺害を可能とする兵器と成り果てている。 
「田中の見た目も感性も今もって一般人から逸脱はしてない。だが、誰かが奴をやらないとただじゃ済まなくなる」
 事件を前にして、『アーク』という名の天秤はすでに傾いてしまっている。
「心情的に苦しいだけじゃなく、相手の能力も油断ならない危険なMissonだ」
 受けるか? と、伸暁は真摯な瞳でリベリスタ達を見つめていた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:みちびきいなり  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年11月15日(木)22:57
こんにちは、こんばんは。STのみちびきいなりです。
今回は元善良な市民が相手です。救いはないんですか! 救いはないね。

●任務達成条件
・ノーフェイス田中芳直の撃破

●戦場
 山奥から市街地へ向かう途中の車道上が舞台となります。
 トラックが走れる二車線程度の広さは確保されていると思ってください。
 対象と遭遇するのは恐らく昼から夕方に掛けてとなるでしょう。
 また戦場では一般の機械類は役に立たなくなります。お気を付けを。

●敵について
 フェーズ2、戦士級のノーフェイス。個体名『田中芳直(たなかよしなお)』です。
 一般的な感性を持つ一市民でした。が、今は無自覚な殺戮者となっています。
 この対象の攻撃方法は少々特殊です。
 戦場に満たされているガスと、田中本体が別々に力を発揮します。ですが、攻撃対象は田中のみですし、倒す必要があるのも彼だけです。
 田中は初め攻撃する意思を持ちませんが、自身が生命の危機を感じれば感じるほどに強力な攻撃を行ってくるようになります。
 それら攻撃方法は以下の通りです。
『GAS』
・充満
 一定間隔、厳密には毎ターンの終了時に全体に物理防御を無視した中程度のダメージを与えます。まともに吸えば悶えるほど苦しくなるでしょう。
 対策する事で無効化や軽減できる可能性があります。
『田中芳直』
・爆発
 自身の周囲を巻き込む爆発を発生させます。威力中程度の物理攻撃でノックバックが発生します。
・放電
 強烈な電撃を発生させて狙い定めた射程内の4名前後に打ち込みます。威力大程度の神秘攻撃です。感電が発生する恐れがあります。
・暴走
 生き延びる本能が極限まで高まった時、近接単体に掴みかかり直接その中にガスを叩き込みます。威力極悪の物理攻撃で必殺です。

 後味の悪い展開になる事うけあいの戦闘シナリオです。
 どのような思いをもって挑み、解決していくのか。
 リベリスタの皆様。どうかよろしくお願いします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
メアリ・ラングストン(BNE000075)
マグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
ホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
クロスイージス
カイ・ル・リース(BNE002059)
マグメイガス
風見 七花(BNE003013)
クリミナルスタア
藤倉 隆明(BNE003933)
プロアデプト
ヤマ・ヤガ(BNE003943)

●峰に眺む
 晩秋の山道を、一台の4WDが走行している。
 4WDは激しく音を立てながら、なだらかな坂道を力強く邁進し、ある場所で停止する。
「……見えたぞ」
 車を運転していた女、『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)がツインテールを揺らしながら車内に声を掛けた。
「こいつぁ、何とも分かりやすいじゃねーか」
 助手席に座っていた『ヤクザの用心棒』藤倉隆明(BNE003933)は、常に被っているマスクの奥から感嘆の声を上げ、後部座席に手を伸ばした。
 バサリと、車内後部に被せてあった布が剥ぎ捨てられる。布の下には複数の男女。そのいずれも、尋常を超えた能力者達である。
 運転手を務めたメアリの指示に従って、彼女を含め計八人のリベリスタ達が道路に降り立った。
「んー……ん!」
「羽。曲がってない?」
 八人では流石に狭かった車内から解放され、大きく伸びをする風見七花(BNE003013)と『いつか出会う、大切な人の為に』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の二人。
「狭すぎて口説く暇もなかったのダ」
 軽口で『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)が円らな瞳を瞬かせる傍で、
「作戦の確認を」
 真剣な表情の『ネメシスの熾火』高原恵梨香(BNE000234)が、真紅の宝石を握りしめた。
「ターゲットに接近し油断させ、隠れた別働隊が死角から襲撃。典型的な奇襲だな」
「メアリ、隆明、カイの三名が接触を担当し、他の者は伏撃要員となる」
 恵梨香の言葉に『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)と『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)が手早く手順と役割を確認した。
 それからヤガは、視線を前方に立つメアリに向ける。
「それで、メアリよ。ここで車を降りたという事は……」
「あそこを見てみぃ」
 ヤガが言葉を言い終える前に、メアリは前方を指さしそう言った。後部座席に座っていた者達が視線をその先へと向ける。
「――なるほど、分かりやすい」
 得心がいった風に呟いたユーヌの、そしてリベリスタ達の視線の先にあったのは、薄く漂う色のついた靄だった。
 遠目にも見える薄黄色いそれは、風の無い今日という日にあって、少しずつこちらに向かって動いている様にも見えた。
「手筈通り、仕事の時間だ」
 ガスマスクをつけ直し、隆明が言う。リベリスタ達の顔には一様に緊張の色が浮かび上がった。
「……」
「どうしたの?」
 ふと、浮かない顔のアリステアに気づいた恵梨香が声を掛けた。アリステアは伏し目がちなまま言葉を紡ぐ。
「あのね。悪い人は悪い事をしているって事を、『自覚』していて欲しい。そう、思うんだよ。恵梨香おねぇちゃん」
 しん。と、場が静まった。
 誰もが彼女の言葉に、己の心情を照らし合わせ思う所を生んだのだ。
「自覚していてくれたら、倒されて仕方ないって思えるじゃない。だから今回はとても……辛い、ね」
 紫の瞳の少女はそこまで語り、噤んだ口の中で歯を食いしばった。
 アリステアの言葉へ、見つめる恵梨香は取り出した魔導書を小脇に、ため息を一つ吐いてからゆっくりと口を開く。
「まったくもって理不尽ね。本人に罪は無い。だけど……」
 恵梨香はもう、躊躇わないと決めているから。
「だけど、アタシは与えられた任務は必ず完遂する。今までだって、そうして来たんだから」
 恵梨香の瞳には、利き手に握りしめた宝石と同じ意志の焔が燃え滾っていた。
「やれ、やれ。頑丈だの」
「能力は極悪でも、感性は一般人のまま、か。同情はしちまうが……」
「真実すら、伝えられないままになりますが……」
「恨み辛みを吐き出す気が向こうにあるなら聞いてやるさ。理不尽が相手なのだからな」
「守らねばならん秩序がある。そうじゃろ?」
「これモ、任務なのダ」
 恵梨香の言葉から、リベリスタ達は口々にその思いを込めた言葉を吐き出していく。
 まるでこれから不要となる物を捨て去っていくかのように。

 リベリスタ達の属する組織『アーク』は、エリューション化した存在を許さない。
 それは世界を守るため。自分達を守るため。自分達の守りたい何かを守るため。
「さァ、気を引き締めて行くのダ!」
 理不尽を飲み込み、リベリスタ達は己が戦場へと向かった。

●さいしゅうへいき田中
 作戦通り二手に分かれたリベリスタ達。
 奇襲を行う側の五人は道を外れ、山林からターゲットを狙える位置を目指して移動する。
 まだ相手を視認していない状況下では、ガスも薄いのか準備したガスマスクで対応しきれていた。
「どうやら植物には影響がないようだな」
「むしろ、心なしか元気なような……」
「あ、お花咲いてる」
 道中観察をしながら進む一行の中、アリステアが指した一角に花畑が出来ていた。
「本当ですね。もう冬なのに」
 同意する七花が捨て目に留めてきた物と照らし合わせながらに頷いた。
「すでにガスの影響下にあるようだが、死んでいるのは獣だけか」
 こうも上手く殺しをやられては、己の立場がない。そんな自嘲的な笑みが、受け取ったガスマスクの奥でヤガに浮かぶ。
 一行がそうしている内にふと、恵梨香がその眼光を鋭くした。
「……接触した。アタシ達もあと少し進めば視認できる所に着くよ」
 千里眼で先を見通していた彼女は、同時に念話によるホットラインをカイと繋げていた。
 先程よりもさらに色濃くなったガスの中、より濃い方へと五人は足を速める。
 長期戦は望まない。自分達にとっても、相手にとっても。それは決していい事ではないのだから。

 道路を行く三人が目標を発見したのは、奇襲組と別れて数分としない間であった。 
 視界の先に立っているのは、スーツ姿の一人の男。田中芳直である。
 憔悴した表情を浮かべていた彼は、遠目に立っている人間の姿を見つけるや否や、大声を上げて手を振った。
「おーい! おーーーーい!!」
 そう言いながらリベリスタ達の元へと駆けてくる田中。目には涙を溜め、顔をくしゃくしゃにしながら喜色に染めて。
「あんたら生きてる。生きてるんだよなあ!?」
 そんな喜色満面といった田中に対し、接触組の3人は事前の打ち合わせ通りの演技で応対する。
「ご無事でしたか! 研究所から毒性のガスが漏れたと通報を聞いて駆け付けたのですが。いや、まずはこれを!」
 隆明が持ってきた予備のガスマスクを手渡す。
「付け方は知っておるか? 知らんならレクチャーしてやるのじゃ」
 傍に立つメアリが、田中を落ち着かせるように穏やかな口調で尋ね、断られると同時にさりげなく後ろへと引いた。
「何があったんですか? 良ければお話を聞かせて下さい」
 普段の口調を隠したカイが、田中の正面に立って真摯に聞き手に回った。
「ああ、ああ。僕にも何が起こったのか分からなくて――」
 ぶわりと、その時。
 田中の体から一陣の風が吹くように空気が震えた。
 カイが、メアリが、隆明が感じたのは、今までと比べ物にならない程の、息が出来ない窮屈さ。そして異臭。
 気構え、下準備をしてなお、その物の与えた苦しみに、目を剥く。
「ど、どうかしましたか!?」
 目の前で体勢を崩しかけたカイに田中は血相を掛けて歩み寄る。
「大丈夫なのダ。それより、話の続きをお願いします」
 何でもないという体で、カイが笑う。表情に苦しみを浮かべる事を、彼は由としていなかった。
 田中が必死に事情を説明する間、カイは正面に陣取り、話を聞き続ける。
 その間に仲間達が着々と準備を進めているのを知っている。そのために必要な事だから。
 そして何より、今この瞬間だけでも、目の前に立つ田中が安らぎを得られるように。
 やや待って、奇襲組から準備が出来た事が伝えられる。
 視線を後方に向ければ、布陣を敷き終えた隆明とメアリの目配せ。
「あの、業者さん!」
 声を掛けられ、カイは視線を田中に戻す。それは不意の声掛けで、だから、見てしまった。
「その。あの、ほんと。僕、不安で、来てくれて、ありがとうございます」
 弱々しくも安堵に包まれ、涙目になりながらも信頼した顔を浮かべて笑う、田中を。

 直後、田中の足が大きく跳ねた。乾いた衝撃音が同時に響いた。
「へあっ?」
 そのまま田中はコンクリートに叩きつけられる。何が起こったのか分からぬまま、自らの足を見て流れる血と痛みを認識する。
 隠れていた者達が姿を現す。
 一様に戦いの装いに身を包み、田中の理解よりも早くその手が動く。
 田中の体に呪印で紡がれた縛鎖が巻き付き、命を刈り取る闇の大鎌がその身を裂いた。
 白い閃光が奔り、追従する四色の輝きが田中を貫いた。
 ショックで何が起こったのか分からなくなり、ただただ救いを求めて、田中は地に伏したまま前方に立つ三人を見上げる。
 しかしそこにはもう、彼の信じている業者の人間など一人もいなかった。
「なん…!」
 言い切る間も無く、真っ正直で真っ直ぐな拳が田中の背中に叩き込まれる。
「だまして悪ぃが、仕事なんでな。死んでもらうぜ」
 それは、何も知らぬ田中にとって到底受け入れられる状況ではなく、真実への一部の理解にも辿り着ける事適わない事態。
 ただ、自分に向けられている殺意は、知らぬ間に研ぎ澄まされてしまった本能で悟る。
 田中の脳裏に過ぎる、恐ろしい形相で屍を晒していた先輩の姿。
「あ、ああああああああああああああああ!!」
 一般人であるならばとっくの昔に絶命してお釣りがくる程の傷を受けて尚、田中は叫びと共に立ち上がる。
 己が人で無くなった事を知らぬ男は、今もその心を残したまま、本能に従い生きるために立ち上がった。

●修羅に立つ
 田中が立ち上がると同時に、彼の周りのガスが収束、爆発した。
 至近距離にいた隆明、カイの二人は真正面からこの爆炎を受ける事となった。
 爆風は二人の体を容易く吹き飛ばし、先程自分がされたようにコンクリートへと叩きつけた。
 リベリスタ達が気がつけば、周囲に漂うガスは田中を中心にさらにその濃度を増している。
「! 距離を取れ!」
 ユーヌが声を張り、翼を広げて中空へと舞い上がった。だが、
(距離を取る事は確かに有効だが、ガスマスクで対応出来る程度の距離となると、戦線から外れてしまうか!)
 充満する毒ガスの被害から完全に抜け出す事は出来ず、その身を侵食する不快感に咳をした。
「うわあああああああああああああああ!!」
 田中が咆哮する。その場から逃げるでもなく、血を流しながらただただ吠える。
(叫びに呼応して、ガスが放電しておるのか……!?)
 吹き飛ばされてきた二人に治療を施しているメアリは、次に来る攻めに警戒を強めた。
「重圧は解除されたか、ならば……!」
「痛くしてごめんなさい!」
 状況を見定めつつヤガは再び同じ手で攻め、アリステアは田中への謝罪の言葉と共に、早期決着の願いを込めて仲間を癒す。
「む?」
 命中。弱点を突いたはずのヤガの一撃は、しかして狙い通りに足を貫いているのだが、田中はバランスを崩さない。
「なるほど。己の体勢さえもガスに支えられているという訳か」
「……だったら、直接殴ってぶっ飛ばすだけだ!」
 ヤガの傍でした声の主は隆明だ。仲間の治癒により持ち直した体で、再び実直なまでに素直な一撃を叩きつけに駆ける。
「人が居る場所に行かせる訳にはいかねぇ、だからここで死んで貰う!」
 放たれた拳は叫ぶ田中の体に吸い込まれ、その身を大きくグラつかせた。
 直後、田中の周囲のガス溜まりに電流が走り、電撃となってリベリスタ達へと放たれる。
「きゃああ!」
 電撃はメアリ、隆明、アリステア、七花の体を貫いて、そのまま先程とは違うガス溜まりへと抜けていく。
「こ、のっ。猪口才な!」
「ただでさえガスで気分が悪いってのに、勘弁しろってんだ」
 痛みと共に全身へと回る痺れに、リベリスタ達は呻き声を上げた。
「す、すぐに何とかします!」
 結界を張り抑えに回っていた七花が、感電する体を何とか動かし浄化の光を展開するも、自分を含め復帰できたのは半数。
 小さなダメージとて蓄積してしまえば回復しきれない傷となる。
 特に今のように常に苦しめられているような状況では、尚更。
 戦いを急ぐ身としては、歯がゆかった。

「死ぬもんか……死ぬもんか……死にたくない……死にたくないいいいい!」
 ゆらりと、およそ人の起き上がり方をせずに田中は再び立ち上がる。
 うわ言のようにぼそぼそと呟き、虚ろに澱み濁った瞳で、だがその意識は強く。
 一歩、街へと向けて歩みを進める。が、不意にその体が“不運にも”転倒した。
「ああ、”運がない”な? 実に一般人らしいぞ」
 声は高所からした。
 田中の視線。その先に見たのは、死を運ぶ翼を広げた悪魔の姿か。
「ついでに教えてやる。今からが痛いぞ」
 田中に不運を付与した当の本人、ユーヌの宣言。
 直後、田中はその身に突如として正体の掴めない激しい痛みを感じた。
 呪殺の力など、彼には知る由もない。
「……助力痛み入る」
「やれ、やれ。ようやく実を結んだか」
 ユーヌの言葉に答えたのはヤガだ。二人が行った搦め手を重視した攻めが、呪殺の高い威力を生み出すに至ったのだ。
「皆に出遅れてしまったのダ」
 破邪の閃光が迸る。光の源には、円らな瞳のカイが立っていた。
「田中さん……」
 ゆっくりと、カイは田中の方へと歩み寄っていく。
「田中さん、貴方に落ち度は何もないのダ」
 ガスがカイを、リベリスタ達を侵食しても、カイは歩みを止めない。
「でも、貴方を街に行かせるわけにはいかないのダ」
 田中の前に、立ち塞がった。
「田中さ……」
「来るなああああああああ!」
 三度の呼びかけは、田中の叫びと電撃に遮られた。貫かれたカイは腹部に強い熱と、体全体に痺れる感覚を覚えた。
「来るんじゃない、この……化け物!!」
 さらに田中から吐き出されるのは、明確にカイへと向けた罵声。憎悪に塗れた言葉。そして、
「目標の周囲、ガスが逆流して……! っ不味い! 避けて!」
 とっさに恵梨香が声を掛けたが、遅かった。
「!?」
「うわあああああああああああああああああああ!!」
 目を血走らせた田中が、カイに掴み掛ると同時に、体内から、体外からガスを取り込み、放出したのだ。
 びくりと、カイの体が一度震えると、彼はそのまま地面へとぐらりと倒れ伏した。
「ああああああ!!」
「行かせねぇっつっただろ!」
 倒れたカイを捨て置いて駆け出そうとした田中に、今度は隆明が立ち塞がった。
「どけよおおおおおおおお!」
 爆発を起こしてさらに前へと進もうとする田中だったが、彼の前進はそこまでとなった。
「ごめんなさいなのダ」
 膂力を込めた一撃が、田中の後頭部へと叩きつけられる。
 その直後、田中への二度目の一斉攻撃が行われた。
 放たれた四色の輝きが、彼の最期に見た景色となった。

●開かれた空の下で
 源が断たれれば、たちどころに流れは霧散していく。
 田中という源を失った殺人ガスは、今静かにその力を失い消え去ろうとしていた。
「彼は最後まで真実を知らないまま。……やっぱりジャーナリストを目指す身としては考えさせられます」
 だがそうしたが故に、彼は己の犯した罪を知らずに逝けたのだという事も、七花は理解している。
(もし、私もフェイトを得る事が出来ていなければ。彼のように……)
 七花のその思いは、恐らく多くのリベリスタ達の胸の中にある感情であっただろう。
「アークとて慈善事業じゃないのでな。理不尽な結末じゃが、迷わず逝けよ」
「必要悪とてなさねばならぬ時がある。ヤマの仕事はそれを担う物よ」
 それぞれに死者への手向けの言葉を言うメアリとヤガ。
 田中の居た場所には、アリステアが途中で摘んでいた花を添えていた。
 エリューションとなった物はその滅びと共に形を失う。彼女の捧げた花の先に、田中の姿は残っていない。
(だけど、それでも……)
 望まぬ終焉を迎えた一人の人間に。彼女は祈って別れを告げた。
「不運だったな。本当に」
「ええ、本当に」
 花を手向ける少女の背中を見つめるユーヌと恵梨香。
 戦いを是とし意志を貫いた二人はその時何を思っていたか。
「そら、肩貸すぜ。カイさん」
「すまないのダ」
 力を使い果たしたカイを、隆明が支えて立ち上がらせる。
「田中さん、貴方は殺人者なんかじゃないのダ。人殺しは……我輩の方なのだ」
「そうだな。俺達全員、人殺しだ」
 二人で後味の悪さを噛みしめる。戦い終わって、心は深く沈んでいた。

 リベリスタ達が4WDまで戻った時、ガスは晴れ、空は澄んだ青色を取り戻していた。
「あ、あれすごい」
「本当だ、なんていうか、うん。すごいです、ね」
 アリステアと七花がいち早く見つけたそれは、色鮮やかに山を飾る草花だった。
「手を差し伸べたくなる魅力的なモノ、か」
 運転席に座ったメアリが、誰にも聞こえない程小声で呟き、エンジンを掛けた。
 リベリスタ達を乗せた4WDは、季節外れの百花繚乱を背に走り出すのだった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。
ガス対策、スキルが無ければガスマスクの有無はとても大きかったのですが、PT全員に行き届くように配慮されており流石だと思いました。
タフな体力をあてにして長期戦でゴリゴリと削っていけばと思っていましたが、回復技の豊富さやBS対策までされており綺麗に仕留められてしまいました。
皆さん思い思いの心情をつづって下さっていたので、書いていてとても楽しかったです。

運命は田中さんに酷い事したよね。

そんな訳で、また機会ございましたらよろしくお願いします。