● 目を閉じたら、あなたの顔しか浮かびません。あなたの声しかうかびません。 胸が、ツキツキする。 いたいなあ、かなしいなあ、と思うたびに目からお水が溢れだして、喉の奥で息が引っ掛かる。 チルは何も知らないから、目から水が流れる事がとても怖くて、怖くてその度に『おとうさん』に聞いた。 「チルは、ただしい?」 ただしいという言葉は『おとうさん』が使うから。チルが『ただし』ければ『おとうさん』は喜んでくれるから。 いたいなあ。かなしいなあ。胸の奥がツキツキする。 もうすぐ、『おとうさん』の居ない所にいかなくちゃならないんだって、おとうさんが言ってた。 それは、嫌なの、ねえ、嫌なの。 閉じ込められて、息ができない位。チルの居場所はここにしかないの。 だって、お外は怖いから。 いいの、いいの、チルは、チルを好きで居てくれる『おとうさん』がいるならば、それでいいの。 ● 「全てうまくいくはずなんてないのね。何て、哀しい事かしら」 謳う様に紡いだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の指先が資料を捲くる。 「フィクサードが主催する闇オークションにアザーバイドが出品される事を止めて頂きたいわ」 モニターに映し出されたのは大きな水槽が設置された地下室。薄暗い電灯が、気味悪く水槽の中を照らしている。中に居るのは人の形――まだ幼い少女の形をした何か。 「ご覧の通り、半魚人。名前はチル。出品される予定のアザーバイドはこの子よ」 ただ、水槽の中でふわふわと浮いている彼女をじっと見つめる男が居る。ぼろぼろの衣服を身に纏い、痩せこけた頬をした男だ。けれど、その眸は娘を慈しむように優しげな瞳をしている。 「彼はチルを育てている笠風というフィクサード。倒れていたアザーバイドを拾い、育てていたの。 ……見ようによれば、本当の娘の様に可愛がっていたわ。 貧乏暮しの彼が一人でこんな施設を用意できるわけがないの。勿論、協力者が居る」 資料を捲くる。資料に書かれたのはフィクサード主流七派、『恐山』の文字。 「恐山は弱っていたチルを笠風に育てさせて、或る程度健康状態が安定した今、オークションへの出品を持ち掛けてきた。……笠風にこの場所を提供した恐山。勿論、反抗できないわ。従うしかない」 だから、売られる―― 互いに、大切だと、そう思っていても。従うしかできないから。 「仕方ないけれど、売られる。その取引が行われる現場から恐山のフィクサードを追い払ってくれるかしら」 「……それで、その少女は、どうするんだ」 その言葉に、予見者は息を飲む。撃退出来ればその場に残るのは笠風とチルとリベリスタ。 此処に置いておいては、また出品される危険があるだろう。保護をするのか、と伺う視線から逃れる様に目を逸らし、紡ぐ。 「きっと、笠風と共に居たいと思う。彼女には彼しかいないから。勿論、彼にも彼女しかいない。 でも、運命に愛されない彼女の居場所は、この世界には無いわ」 勿論元の世界に戻すことだって良いだろうし、そこで殺す事を選んだって、きっといいのだろう。 あくまで闇オークションに出品されなければいいのだ。 ――殺すも生かすも、其れは現場に行くリベリスタ次第。 予見者は桃色の瞳を寂しげに細めて、一言だけ吐き出した。まるで、悪い夢から覚めたばかりの子供の様な表情を、その幼いかんばせに浮かべて。 「お好きに、どうぞ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月12日(月)23:18 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● ――チルはおとうさんがいてくれれば、それで、いいの。 互いが互いを求めあうからこその関係性だったといえよう。具体的に言えば、世界が違っていたとしても必要だと思えたアザーバイドとフィクサードの信頼関係。 「――そんなもの、初めから破綻することなんて、分かってたろうにな」 別の世界だから、別の種であるから、永劫に続く訳ない親子ごっこ。『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は眼帯で隠した瞳を伏せる。情が深い彼だって、それが続けばいいと思っているけれど―― 「所詮は手前の都合だけで生きるフィクサード、って事なのかな」 フィクサード。私利私欲が為に生き、時には世界の崩壊にだって加担する事を厭わない彼ら。きっと、アザーバイドの少女を実子の様に可愛がっていた笠風という男だって、時には悪さに手を出す事もあったのだろう。 「悪かどうかは分からないが結末が悲しいものであっても、出逢った事が間違いだとは思って欲しくない」 視線を揺れ動かして『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は紡ぐ。 それでも結末は幸福で有ればいいと思う。其れを掴む為ならば、努力だって惜しまない。 「しかし、異世界の少女でさえ金儲けの材料にするとは、恐山も恐山だが、笠風という男も男だな」 呆れたように紡いだ『ウィクトーリア』老神・綾香(BNE000022)は長い赤い髪を掻き上げる。一時の金銭の為に大事なものを売ってしまうなんて、なんてことだろう。 大事な者、という言葉に目を伏せて、互いが互いを愛しているという現実に目を向けて。 「お互いの存在こそが全て――愛でしょうね。それが、想いと言うのでしょうね」 言葉を口にして、視線を落とす。幼少期に求めた関係の繋がり。幼い頃に、自分が失ってしまったものがふと胸に過ぎり『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は自身の胸に刻まれた痕跡を指でなぞる。 「きっと、替えが利かないほどに大切になっていくものだわ」 幼少期の『欲しかった』父親という関係も、繋がりを喪った者の見つけた拠り所も、何時しか本物と違い無いほどにしっかりした繋がりになっていく。 「それって、宝、って言うのでしょうね……」 幼い自分が手に入れられなかったもの。幼い自分が今は手に入れることの難しい宝。 かつん、ブーツのヒールが鳴る。 こつん、コンクリートの床に踵が鳴る。 「こんにちは、アークです。恐山から、チルさんと……貴方を護りに来ました」 赤い瞳に浮かべた守護の感情。『不屈』神谷 要(BNE002861)はブロードソードを握りしめて、其処に立っていた。 ● ひんやりとした地下室で男は、不安げな視線を向ける。勿論、水槽の中の少女だってそうだ。 突然の乱入者は、武器を手にぼんやりとした瞳を彼らへと向けていた。『アーク』と紡がれた言葉に視線をうろつかせ、フィクサード――小悪党である笠風は不安げな表情を向ける。彼だって、状況が違えば箱舟に倒されるべき『分類』なのだ。 だが、護られるという、その言葉に困惑を浮かべる笠風にふう、と息を吐いて糾華はそのほっそりとした指先で水槽を指した。 「御機嫌よう。彼女は手放してはいけないものでしょ。お節介を焼きに来たわ」 ふわりと髪の揺らして、蝶々を周囲に纏わせて。糾華はじっと笠風を見据えた。夜に舞うにしては輝きの強い蝶々は常夜蝶を手にして、彼らに背を向ける。 出入り口で唸り声を上げ、周囲を警戒するルー・ガルー(BNE003931)の隣で『狂獣』シャルラッハ・グルート(BNE003971)はルーの唸り声よりも高らかにバルバロッサの駆動音を響かせて立っていた。 「アザーバイドとフィクサードの結ばれない恋ってやつ?」 「オヤコ、ルー、ワカラナイ」 片言で答える言葉にシャルラッハは肩を竦めて笑う。恋愛は障害が大きいほど燃え上る。この場合は恋愛ではなくて、どちらかと言えば―― 「家族愛だな」 付け加える様に綾香の挿し入れた言葉にシャルラッハは頷いて、家族愛、と呟いた。 「でも、まあ、シャルはそういうの嫌いじゃないよ。恋路というか、愛を邪魔する連中は始末しないとね」 なんて笑って、敵の侵入の警戒を行う。暗闇に対応できる様にと見回す瞳では残念ながら出入り口の見当もつかずに小さくため息をついた。 ぽこり、水泡が鳴る。浮かんでは消える脈動。 「……こんにちは、チルさん。私達は、そうですね……正義の味方、といったところでしょうか」 緑の瞳を伏せて、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は水槽の中で只、ぼんやりと浮かんでいた少女へと語りかける。 『――せいぎのみかた?』 「ええ、お父さんが悪い人に騙されて、貴女と無理やりに別れさせられるのを止めに来ました」 共に居られなくなる事を、止めに来たのです。そう告げて、シスターは指を汲む。彼女の指で輝く翠玉の指輪。その意味は『希望』。願わくばこの小さな異邦人にも希望と幸福が訪れます様に。 そして―― 「少しだけ、騒がしくなりますけど。ご容赦くださいね。……お父さんが危ないと思った時は、助けてあげて下さい」 幸運が、彼女らを救います様にと、そう祈って。 ● 地下室に踏み入れた恐山のフィクサードに目を送り喜平は壁を伝い後衛に居た女へと打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」を振り下ろす。 光の飛沫が舞い、芸術的なまでに洗練された其れを受けた恐山のフィクサードが放つのは全てを焼き払う聖なる光。 「やや、アークではないですか!」 御機嫌よう、と笑った仮面の男。彼に視線を送りながら、喜平は唇を歪めて笑みを浮かべた。 「どーも、アークから来ました、と言えば此処にいる理由が分かってもらえるかな」 「大方、お嬢さんを助けにでも?」 首を傾げた男の名前はビザール。闇オークションを主催している男だろう。彼に視線を送りながら、祈る姿勢で自身の体内の魔力を循環させたカルナは背後の水槽を見回した。彼女の背には突然の戦闘行為に驚いて座り込んだ笠風と水槽の中で彼を見守るチルが存在している。 「……チルさん、お父さんは頼みました」 正義の味方の背を見つめ、少女はこくん、と頷いて見せる。彼女の目の前で投擲されるのは蝶々。地下室の中を舞う其れは糾華の放つハニーコムガトリング。 「何だか癪なの。色々とね。だから、邪魔させていただくわ」 何かを為さねばならぬ義理もない。けれど護らせてもらう。そのストーリーが最後、めでたしめでたしで締めくくられるなら。偶には幸福だって掴みとりたいと思う。 「邪魔、ですか。面白い」 くつくつと笑う男の目の前へ躍り出るのは綾香。ハイテレパスを介して笠風へと語りかけながら、放つ気糸が恐山のフィクサードを絡め取る。 『ビザール達は君を騙そうとしている。私達は君達には危害を加えない』 その言葉に笠風は頷いて、茫然と見守っている。地下室で安全なのは何よりも、リベリスタの背後に居ることだという事に気づき、綾香は続く言葉を紡ぐ事を辞めた。 唸り声を上げて、アイスネイルを振るう。剥き出しにした敵意のままに敵へと突っ込んでいくルーは背後へと抜かせまいとブロックを行う男へとその拳を振るう。凍てつく拳は彼の腹へと突き刺さるが、まだ甘い。 彼の振るう剣を避けられずに、ルーの剥き出しの肌からは鮮血が滴った。 「ルー、タタカウ、タノシイ」 其れでも、彼女は笑みを浮かべる。痛み等、感じない。前線で暴れ回る狼へとビザールが繰り出すのは滴る血液の鎖。濁流の様にルーと喜平を呑み込んで、その身を苛んだ。 ――彼女を苛むのは痛みでも、其れに伴うものでもない。ただ、自由にひたすらに凍てつく爪を振るい続ける。 ナイフを握りしめて、ゲルトの放つ攻撃はフィクサードに阻まれてしまう。しかし、それも定石。回復手から引き剥がせるのであればそれは、一手としては効率的なものだった。 「ビザールは……金よりも日劇的な結末が見たいのか?」 そう告げながら、ナイフを構える。澄んだ青い瞳が見詰めたのはビザール。余裕を浮かべ、後衛でただ、腕を組んで立っている者に呆れを浮かべた。 「……執着を見せずに逃げる事を見ても、な」 その望みが金ではなくて悲劇だというならば、その対象としてこの二人が選ばれるのも道理だろう。 嗚呼、何て嫌らしい事か。 「うふふふ! シャルといっぱい、いっぱい遊んでよ!」 バルバロッサが雄叫びをあげる。金切り声をあげながらオーラを纏った一撃を繰り出して、彼女は全身に闘志を漲らせた。 闘う事が何より愛おしい。チルや笠風に何かを指摘することは苦手だった。それよりも何よりも、闘っていたい。戦闘を行って、其れで――其れで、嗚呼。 「ほら、シャルと一緒に殺し合いを楽しもう?」 喜んで、と応える声はない。殺戮を楽しむ獰猛な獣は無邪気な笑みを浮かべて、前線へと走っていく。 広がる十字の加護は要が施すものだ。戦いに赴く意思を極限に高め、補佐する彼女は視線を揺らがせる。 「悩んでらっしゃるのでしょう。後で二人でお話ししてください。その時間は差し上げられます」 今から、その時間を作る、と彼女は前へと出る。必要あらば全てを庇うと彼女は両手を広げる。水槽の中で水泡がぽこりと鳴る。チルの目が開かれる。自分の中にはお父さんしかいなかったから、こうやって守ると言ってくれる人が居なかったから。 ――なんて、不思議。 放つ気糸で絡め取れずに小さく舌打ちをした。綾香の体を苛んだ黒き鎖。ルーの動きは鈍らない侭だが綾香はそうはいかない。勿論、前線に居るシャルラッハや喜平も同等だ。 「ッ、無事に守り切り、真相を追求せねばならないんだ」 その言葉を口にするが、彼女の身に畳みかけるように繰り出された、一閃。 ガンッ――背を冷たいコンクリートに打ち付けて、息を吐く。見開いた眼の侭に前を向けば、フィクサードがゆるい笑みを浮かべていた。 後衛で踊り狂う喜平の体は集中攻撃を受けて、耐えきれるものでなくなっている。だが、カルナの回復のおかげか、或る程度は暴れ回る事も出来ていた。 運命を燃やしても、彼は銃を手放す事はしない。 「ちょっとの金を得る為なら世界の終局も関係ないってか? 素晴らしい潔さだな」 振るう、光の飛沫を繰り出して、芸術的なまでの剣戟を見せる。 回復を謳うカルナは耐えず癒しを送る。聖女を庇う要は大きく口を開いて、フィクサードを呼んだ。 「――さあ、此方へ!」 アッパーユアハート。彼女はその身を削って、この戦況を有利に持ち込もうとしている。彼女へと怒りをむき出しにするフィクサードへと糾華が繰り出す蝶々はフィクサード達のその身を切り裂く。 庇い手を失ったビザールへと振り下ろされる喜平の打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」。彼が連れていた六人のうち半数以上を失っている現状に焦りを浮かべ、ビザールは喜平へと黒き鎖を濁流の様に向けた。 逃しはしないと、そう告げる様に伸びあがる鎖に彼は顔をしかめる。鼻につく錆びた匂い。自分のものか、他者のものか。其れは解らなくても――倒すしかないのだから、彼は澱み無きスピードで芸術的な剣戟を繰り出した。 「ねえ、笠風。困窮の果ての決断って辛いものよね。けれど、手に入らないのよ、それは」 所詮は夢だと、糾華は告げる。ワルツを踊る様なステップで蝶々を舞わせ、髪を揺らせる。 「ねえ……箱舟の情報って参考にする価値があるのよ」 蝶は穿ち、切り裂く。纏う蝶々は虹色に輝いて、チルは『お父さん、あれ、きれい』と楽しげに笑みを浮かべていた。 嗚呼、娘の笑顔が、これほどに愛しいのに。売ろうと、考えた自分は何と情けないことか。 「貴方は全てを――自分を含めて全てを諦めてしまったのではないですか」 ゆるやかに、告げる。でなければ、チルを、愛しい娘を売ろうだなんて思わないでしょうと聖なる対象に呼びかけながらカルナは告げた。 「貴方は、分かっておられたのではないですか? 私達の介入がなければ……」 その先の結末を分かっているからこその行動ではないのかと。その言葉に驚き、目を見開いてから、笠風は首を振った。 「何も、分かってなんてないさ」 「……そう、ですか」 緑の瞳を伏せり、聖女は、口を開きかけてやめた。 ルーが口を開く、飛び出したのは言葉にもなりきれない獣の唸り声。ただ、戦いを望むその想いは深く深く彼女を獣へと昇華していく。 「ルー、オマエタチ、ダイッキライ!」 たどたどしくも浮かべた怒りは彼女のアイスネイルに乗った攻撃と共に振るわれた。運命を削ってもなお、嫌いだからと抗って。真っ直ぐに、傷を負ったとしても、ただ、直向きに彼女は攻撃を行っていた。 焦りの色を浮かべたビザールは自身の手札を切らないままに走り始める。その背に追撃を行おうとしたシャルラッハをフィクサードが阻む。激昂を浮かべて振るうのはバルバロッサ。 「ねえ、シャルともっと遊ぼうよ!」 殺し合い、殺し愛。狂った様に、猛獣のように、ただ、戦いを得ようとする彼女のチェーンソーは吼えた。 ● しん、と静まり返った地下室にはリベリスタ達と倒れたフィクサード、そして笠風とチルの擬似親子が存在していた。 「話があるの。分かって、居るでしょうけれど」 ぺたん、と水槽に笠風が背をつけた。その背にすり寄る様に少女は近寄って、肩のあたりに手をついて、ふわりと水中に漂っている。 「私達はゲートを探索してチルを元の世界に返すわ。無害なアザーバイドでも存在自体が禁忌なの」 分かっている、と笠風は俯いた。 喜平だって出来れば穏便に済ませたい。穏便にすまないのであれば殺すだけだ。 「……昨日まで、そうしてきたんだ」 たとえ睦まじく寄り添おうとも関係なく、殺す。昨日までそうしてきたのだから、今日だってそうするに限る。唯、其れだけなのだから。 「オヤコノシアワセ、カンガエル。ケド、コノコエ、キカナイ、ダメ……」 ふるふると首を振って、ルーは懸命に言葉を紡ぐ。彼女だってチルを殺さないでおきたい。其れを強く望むけれど、その選択を押し付けようとは思わなかった。 赤い瞳をまっすぐに向けて、紡ぐのは要。視線を揺れ動かして、笠風さん、と小さく呼んで。 「……極力お二人の意向に沿いたいのです」 「――貴方は、どうしたい?」 意思は尊重する。幼い少女が紡ぐ言葉には思えない様な冷静な一言に、フィクサードの男は視線を揺れ動かす。 「このまま見送るなら今生の別れでしょうね。こちらの存在が向こうに行く事は問題ないわ」 「アークとしては、チルさんがボトムに残る事は認められません。それ以外なら可能な限り私達も汲んで差し上げたい……」 辛い選択は、何時だって、訪れる物だとカルナはCrucifixionに触れる。磔刑の銀十字は彼女の心に想い出――と言っても綺麗なものではない――を深く深く打ち込んでいた。 「私は、全てを諦めて欲しくはないのです」 カルナの言葉に笠風は俯いた。どう選択すればいいのか、分からない。だが、彼のその想いに気付いてか打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」を構えて喜平は笠風と呼んだ。 「お前の選択と娘の選択次第だ。この世界に残ると答えるなら娘は殺す。抵抗するならお前も殺す」 行き詰ったかのような表情に、笠風は膝をつく。心配するように寄り添う少女は水槽をとんとん、と叩いた。 「死ぬかもしれないけれど、付いていってもいいんだ」 ゲルトの言葉に、笠風は俯いた顔を上げない。売ろうとした。その現実が一番重くのしかかる。 ――もし、何か危険があって、自分は彼女を守れるのか。 『死ぬかもしれない』という言葉の重みが、酷く胸に圧し掛かって、苦しくなる。まるで彼女と同じ水槽の中に閉じ込められたかのように、息をするのさえ難しくなる。 「分かってくれ。助けてやりたいと思う。けれど、俺が最も優先するのはこの世界の人々なんだ」 それが、アークだから。それが、彼と言う人間だから。 かちり、かちり。銀時計に視線を向けて、カルナは顔を上げる。 「さあ、決断のお時間です――」 「俺は……」 ゲートを破壊する音がした。 視線を揺らし、要は溜め息をつく。 「……私は、どうすればよかったのでしょうね」 もぬけの殻になった地下室を只見つめて、俯いた。ブロードソードを下ろす。 生かすも殺すも、リベリスタ次第だと、そう予見者は告げていた。 選択肢は無数にあって、どれを選びとるかなんてきっと人それぞれで。 「でも、幸せそうに笑ってはいたわ。 共に行って、これから先、どうなるのかは……私達には分からないもの」 「ええ、そうですね。ですが、できればその先に在るのが幸せであれば、と」 そう祈ります、ただ、聖女は小さく紡いだ。 それでも、ただ、一時が幸せで有れば――水泡がぽこり、と小さくなった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|