● 「……はぁ」 ある日の昼下がり。窓の外に広がる空を眺めながら、1人の女は軽くため息をついた。 女の名は、更科・澪。 1度だけではあるが、アークと戦った事のあるフィクサードだ。 その時は彼女の所属するフィクサード組織のボス――『あの人』と部下達から呼ばれ畏怖される、長岡と言う男の足取りを追うため、リベリスタ側が彼女を捕らえずに逃がした経緯がある。 そして経緯はどうあれ、リベリスタに敗北し、任務を完全に遂行できなかった彼女にもたらされたのは、失脚の二文字。 だが彼女がため息をついた理由は、決して失脚したからではない。 「そろそろ、覚悟を決めたらどうですか? あまり長引かせると、あの人もいい加減痺れを切らしてしまいますが」 ふと、1人の男が彼女に声をかける。 「白神さん……どうしても、踏み切らなければならないでしょうか」 彼女のため息の理由は、白神と呼んだこの男との会話の中に含まれていた。 「命令ですしね。あまりに長引くと、僕も大目玉を食らってしまうかもしれません」 決断する事が出来ない命令。 しかし踏み切らなければ、自分の命が危ない。加えて白神と呼ぶこの男も、何らかの罰を与えられる事になるのだろう。 それでも、今の今まで遂行する事は出来ないでいた。 「でもあの子に、悪事を働かせろという命令は……流石に……」 目を伏せ言葉を紡ぐ澪の表情は暗く、重い。 彼女は先日、長岡の指示によって1人の少女を白神から預けられていた。 「まぁ、それもそうですがね」 軽く同意した白神と共に、澪は隣の部屋へと続くドアに目を移す。 「急に静かになったね……」 扉の向こう。 件の少女、ルーナ・アスライトは、2人の会話に聞き耳を立てていたらしい。 一部のアーティファクトのデメリットを緩和するアーティファクト――『龍玉』を狙った長岡によって、両親を殺され連れ去られたルーナ。 姉のサニアはリベリスタによって救出されたものの、その生死をルーナは知らない。 (何とかあの男に近づいて、不死の謎を解かないと……) 全てを失ったに等しい彼女は今、連れ去られた現状を利用して、長岡の謎を暴こうとしているらしい。 連れ去られる間際、ルーナの放った一撃は確実に長岡を焼き尽くしたはずだった。――だがその直後、彼女はその長岡と電話で会話を交わしてもいる。 殺したはずの相手が何事もなかったかのように生きていた。 リベリスタとしては彼女の実力はまだまだ未熟ではあるが、謎を解き明かしてアークに伝える事こそ、今の自分に出来る事だともルーナは考えているようだ。 「……じゃあ、逃がしちゃいましょうか」 扉を隔てた3人の沈黙を破ったのは、白神だった。 「は?」 (え?) 思わず澪もルーナも、その言葉に目を丸くしたのは言うまでもない。 それはそうだろう、長岡との連絡役として足を運ぶ白神が、まさかこんな事を口にするとは思ってもいなかったのだ。 「いや、どうせ僕もあなたも、いずれはあの人の悦楽のために殺されるだろう事は想像できますしね。ならばいっそ……どうでしょう?」 白神がそう言うのも無理のない話だった。 組織のリーダーである長岡は、自身の悦楽のために人を絶望に叩き込み、殺す事に悦楽を感じる男である。 それは味方であれ、同じ事。 いずれ殺されるならば――と思うのは、仕方のない話だと言える。 「まずはあの子を逃がして、それから私達も反乱を起こす……ということですか?」 「それにはちょっとした準備は必要ですが……あの子だけなら、僕がごまかせばすぐにでも逃がせますよ」 悪事を働く者から金を奪う事を生業とするフィクサードである澪にとって、長岡も仲間ではあるが、結局のところ彼も敵対するべき悪人なのだ。 反乱という言葉には流石の白神も言葉を濁したものの、澪にはいずれくる転機が今、訪れただけに過ぎないのかもしれない。 「――ということで、おつかいをお願いします。あぁ、お小遣いも渡しておくので、少し遊んでくると良いですよ」 「何がどうなのかはさっぱりだけど、カレーの材料だね」 手渡されたメモに目を通し、ルーナは軽く澪へと視線を向ける。追加されたお小遣いは、金額を考えれば逃走資金にしろという事か。 彼女はフィクサードではあるが、本当の意味では悪人ではないのだろうとルーナは感じていた。 始めは少し戸惑ったものの、両親を目の前で殺された彼女にとって、何時も優しく微笑んでくれる澪に、少しは安らぎも感じている。 「うん、まぁ……わかった。行ってくるよ」 そう言い残し、おつかいへと出かけるルーナ。 しかし彼女の胸には、変わらない決意がある。 (ボクはここに戻るけどね……謎を解かないといけないし、ボクを逃がした事であの2人に何かあるのも、嫌だし、上手くいけば協力出来そうだし) 自分についた監視は白神によって外れる可能性はある。しかし、あの2人に監視がついていない保証はどこにもない。 逃がした事が伝われば、長岡は迅速に手を打って来るだろう。 長岡の不死の謎を解く。 そのためには組織に残り、澪と白神と共に問題に当たるのも悪い選択肢ではない。 「……とりあえず、カレーの材料を買い集めようか……後は悪い事をしてる人を探して、その人達に悪い事をしちゃおうかな」 悪事を働けという指示にしても、悪人を相手に悪事を働くならば、良心を咎める事もそうないはずだ。 多少危険な考えかもしれないが、そんな想いを胸にルーナは歩を進めてゆく――。 ● 長岡の謎を解き、アークに伝えようと考えるルーナ。 そして長岡に対し、反乱を起こそうと企てる澪と白神。 その思惑の向かう先、人の絶望が三度の飯より大好きな長岡。 「3つの思惑が入り混じり始めたようですね」 絡み合うそれぞれの思惑。その先に待ち受ける結末は、リベリスタの活躍次第だと『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は告げる。 この中でまず最初にアークが接触できる思惑であるルーナは、フィクサードではなくリベリスタだ。 今の今まで囚われていた彼女ではあるが、こうして相手側が逃がしてくれている以上、救出するには絶好のチャンスだと言えよう。 「そう、確かにチャンスなんです。ですが……」 だが和泉が表情を曇らせ言うように、彼女は逃げる事よりも戻る事を選択してしまっている。 連れて帰ろうにも、生半可な説得では通用するはずもなく、下手をすればルーナと戦う事にすらなりかねない。 「ここはルーナさんの気持ちを汲んで、あえて連れて帰らないという手もあります」 敢えて救出のチャンスを捨て、ルーナの好きにさせる。そんな選択肢もリベリスタにはあるのだと和泉は言った。 「私はルーナのしたいようにさせようかな。あの子が何かを考えて動いたら、結構良い方向に動いちゃうのよね」 姉のサニアは、妹の気持ちを汲んで救出しない方法を選択し、今回は参加しない構えを見せている。 それでも救出をリベリスタが選んだ場合は、説得の援護をするつもりではあるようだった。 「後、ルーナさんが悪い事をしようとする相手……要するに悪い事をしちゃってる人達ですが、その人達もフィクサードです」 カレイドスコープを通して和泉が垣間見た未来によれば、ルーナはこの後デパートで買い物ついでに悪い事をしてしまうらしい。 だがその相手は運悪くフィクサードであり、実力がまだ備わっていない彼女にとっては敗北必至の相手である。 「今から急いで向かえば、ルーナさんが接触する前にこちらが接触し、倒してしまう事も可能です。タイミングはお任せします」 別にルーナと共同戦線を張って倒してしまっても良く、先に倒してしまっても、もちろん構わない。 接触するフィクサード達もあまり目立つ事はしたくないらしく、人目につかないところで戦おうと言えば簡単に乗ってくるだろう。 ただしデパートという場を考えれば、人の目がないところを探すほうが難しいかもしれない。 「デパートではイベントフロアが現在使われていないようですが、施錠されていますし、フロア入り口の監視カメラだけは稼動しています。それをどうにかする必要があるでしょう」 和泉がいうその点さえどうにかすれば、戦闘に問題はほとんどないはずだ。 後は倒すタイミングがルーナが接触する前か後か、それを考えて動けば良い。 「連れ戻すか連れ戻さないか。それは皆さん次第です。ルーナさんはゲームセンターで少し遊んだ後、買い物をして買えるつもりのようですから、連れ戻さない場合は一緒に遊んだりしてもいいかもしれませんね」 少女のこれからの運命は、リベリスタの行動1つで決まる。 だがもし連れ戻さない方向で動くのならば、一緒にゲームをして遊ぶなりして、彼女に少し気分転換をさせるのも良いだろう。 「まずは彼女が接触するフィクサードを倒す事が、第一です。それでは、ご武運を」 この後にどういう結果が待ち受けているのか。その結果を左右するリベリスタ達を、和泉は静かに見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:雪乃静流 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月19日(月)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●3つの目的へ 見渡す限り、人。 デパートの中はどこに目を向けても、人の姿が常に目に映ると見て間違いはないだろう。 「まずはイベントフロアのカメラね!」 「ということで、俺達は行くな」 もし人の目がない場所があるとするならば、『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)と『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)が向かう先、現在は何のイベントも行われず空きフロアとなっている、イベントフロアくらいのものか。 だからこそ、リベリスタとフィクサードが戦う場とするには、丁度いい戦場ともなりうる。 「あぁ、俺達が連中を引っ張っていくまでに準備を頼むぜ」 そう声をかけた『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)に振り向かないまま手を振って応えると、人込みの中へと消えていくミリーと翔太の姿。 「では我々もゲームコーナーへいこうか」 残ったリベリスタの向かう先は、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が口にしたゲームコーナーだ。 こうしてデパートの入り口に彼等がとどまっている間も、フィクサード達は我が物顔でゲームコーナーをうろついているのだろう。 「サニアは俺達から離れるんじゃないぞ」 そのフィクサード達の相手は、仲間に任せておけばいい。 しばらくすれば訪れるであろうルーナとの接触のため、随伴させた姉のサニアに『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)はそう言い、彼女の頭をぽんと叩く。 「わかってるわよ。わかってる」 2度『わかってる』と言ったサニアの胸中が複雑なことなど、表情を見れば容易にわかる。 だが、すでに歯車は回り始めたのだ。 「任務開始だ」 ウラジミールの言葉に頷き、ゲームコーナーへと向かうリベリスタ達。 果たして彼等の選んだ選択が正しいのか、間違っているのか。天秤はまだ、揺れ動いている――。 「……あれでしょうか?」 ゲームコーナーを一通り見渡した後、『不屈』神谷 要(BNE002861)の視線と指は、その一点へと向けられていた。 その先にはいかにもと言った風体を持った3人の男の姿が、ゲームコーナーの片隅で固まって不審な気配を醸し出している。 「あぁ、あれで間違いないね」 もしかしたら違っていた可能性もあったのだが、千里眼を通して確認した『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)によれば、どうやら間違いないらしい。 「後はイベントフロアに引っ張るだけですが……準備は出来てるでしょうか?」 「連絡してみるよ」 続いて『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)にそう尋ねられ、アーティファクトで翔太へと連絡を取る葬識。 「こっちは見つけたけど、――そっちはどう?」 「あぁ、もうすぐ終わるよ」 その連絡の飛んだ先、イベントフロアの入り口では、今まさに翔太がポラロイドカメラを片手に準備を整えている真っ最中だった。 彼がシャッターを切ると同時にプリントアウトされた写真は、イベントフロアの入り口を映す監視カメラをごまかすためのもの。 「闇の世界の中はミリーも見えないから、よーく見ておくのよ!」 後は同行しているミリーが闇の世界を発生させている間に、その写真を監視カメラに貼り付けてしまえば良い。 「これなら大丈夫っと。頼めるか?」 「いくわよー? せーのっ」 準備を整えた翔太の言葉に頷いたミリーの手によって発生した闇の世界が、カメラの周辺を闇に包み込んでいく。 時間にすれば、本当に一瞬。 「上手くいったかな?」 次の瞬間、カメラが再び光に照らされた時には、カメラは翔太によって貼り付けられた写真をモニターへと映し出していた。 多少のズレや、変な部分があるだろう事は容易に予想できるが、そもそもこのフロアは無人であり、警備員にとってもよほどの異常が目に留まらない限りは、気にするような事もない映像なのである。 「大丈夫だと思うのよ! 後は鍵を外して待つだけね」 「終わったよ」 次は自分の順番だと、フロア入り口の鍵を外しにかかるミリーに頷いた後、翔太からの連絡が葬識へと飛んだ。 「了解、じゃあ俺様ちゃんもいこうかな」 飛んできた連絡を仲間達に伝え、翔太達に合流しようと動き始める葬識。 「行く前にもう一仕事頼む。ルーナは……来ているか?」 その葬識を引きとめ、目的の少女が来ているかどうかを優希が問う。 言われるがままに千里眼を走らせた葬識がその姿を捉えたのは、先程まで彼等がいたデパートの入り口付近だった。 「今は入り口付近だね。もうすぐ来ると思うよ」 しばらくすれば、ルーナはこのフロアへとやってくることだろう。 1人のフィクサードに引き裂かれた姉妹の再会は、もう目前だ。 ●戦いと、再会 「……よぉ、随分情けねぇ事してるじゃねえか? 止めとけよ、程度が知れんぜ」 「そこまでにしなさい、貴方達」 ゲームフロアの一角。 声をかけた猛とリセリアに、怪訝そうな顔を浮かべて彼等の方へと向き直3人のフィクサード。 「なんだ、お前等? 邪魔すんじゃねぇよ!」 「そんなせせこましい事をするよりも、私達と遊びませんか?」 カツアゲの邪魔だと毒づく3人に対し、要が言う。 一方で絡まれていた被害者にはリセリアが頷いて合図し、逃がしにかかっていた。 「ち、逃げたか。……楽しませてくれるんだろうな?」 楽しみの邪魔をされ、標的の逃げる姿を目で追うフィクサードの表情には、どう見ても怒りと取れる表情が浮かぶ。 ならばこの怒りを発散するには、邪魔をした連中をぶちのめしてしまえと彼等が考えるのは、至極当然のことであった。 「ええ、もちろん。人目につかないところにいきましょうか」 「此処では騒ぎになりますしね」 こうなると、後は翔太達の待ち受けるイベントフロアへ誘い込むだけだ。 要とリセリアの提案は、フィクサードとしても断る理由がなく――、 「退く、って言うならこっちも引き下がってやるがな。──どうだ、乗るかよ? ご同業」 「冗談じゃねぇ!」 むしろ猛の言葉で、一層やる気が増したらしい。 「あっちは首尾よくいったようだな」 「次は我々か」 イベントフロアへと移動する仲間達とフィクサードを一瞥し、優希とウラジミールがそんな言葉を交わす。 フィクサードが移動した今、このゲームフロアに敵となる存在はもういない。 「……サニア?」 そんな折、待っていた少女が丁度到着したようだ。見慣れた姉の姿に思わず声が出たのだろう、振り向けばそこに、ルーナはいた。 『一緒に帰ろう』 久々に見た妹の姿に、サニアはその言葉が出そうになるのをぐっと堪え、別の言葉を搾り出そうと考えているらしい。 本当は一緒に帰りたい。無茶はさせたくない。 その決意を邪魔すれば、妹はきっと後悔するだろう。だからこそ、説得しないならば行かないと告げた。会えば妹の決意を阻害するかもしれないからだ。 しかし今、自分は妹と再会した。 頑張れと言いたい気持ちと、帰ろうと言いたい気持ちのせめぎ合い――。 「そういう時は見守ってやるものだ」 「……うん」 そんな彼女の背中を押したのは、ウラジミールの一言だった。 「ルーナ、どうするつもり?」 「アークへ来るならば、サニアと共に保護しよう。だが長岡と戦うというのならば協力は惜しまん」 ウラジミールに後押しされ問うサニアの言葉を補足し、選択肢を出す優希。 だが、ルーナの答は最初から決まっていた。 「もちろん、戦う方を選択するよ。不死の謎を解くためには、喉元に迫る必要があるからね……」 全ては、悪を駆逐せんがため。 (やはり自らの危険は省みないか) 下手をすれば死んでもおかしくない選択ではあるが、それでも彼女の意志は固い。 優希はその決意を察すると、1つの携帯電話をそっと差し出した。 「俺達との連絡用にこれを使え。奴に一矢報いようと澪達が反乱を起こすなら、乗じるのも吝かではない」 決意が変わらないのであれば、少しでもその決意を援護する。 それがリベリスタ達の下した選択であり、彼の手渡した携帯電話は、そんな両者を繋ぐ1本の糸なのだ――。 一方その頃。 「してやられた、というわけか?」 フィクサードにしてみれば、相手にするのはリセリアと猛、要の3人だけのはずだった。 「――多勢に無勢で済みませんけど、ここで私達の相手をして頂きます」 「安心しろ。退屈はさせねぇからよ、だからお前らも退屈させんじゃねぇぞ──!」 だが実際イベントフロアに来てみれば、リセリアが多勢に無勢というようにリベリスタの数は倍にまで膨れ上がってしまっている。 猛が言う通り、フィクサードが退屈する事はないだろうが、それはリベリスタ側から見た状況でしかない。 そこへフロアへ入った瞬間を狙い、葬識の放った暗黒が先制攻撃となったのだから、フィクサードにとっては、もはや退屈するしないの話ではなくなっているのだ。 「ずるい? 獄甘いこと言わないでよ、君たちフィクサードでしょ? ぬけぬけとこんなところにおびき寄せられたのが悪い」 「今回は闘いに来たんじゃない、潰しにきたのよ」 そう葬識とミリーに言われてしまえば、彼等に返す言葉などはない。 「ならば退路を確保して、外に出るしかあるまい!」 フィクサード達がこの状況を切り抜けるためには、ドアの前に陣取る葬識を突破する必要があった。 「それが簡単に出来ると思うか?」 「させるつもりもねぇけどな!」 が、リベリスタ達にとってはそれも予測の範疇でしかない。 翔太と猛が『1』そして『2』とTシャツに数字を刻んだフィクサードに襲い掛かれば、 「こちらにもいますよ? 参ります――!」 残る『3』にはリセリアが手にした剣で立ちはだかっていく。 「翔太さんが『1』で、リセリアさんが『3』。ならば、攻撃すべきは……」 「残る『2』だね! あんた達も強いんでしょ? それじゃ、燃える闘いをしましょ!」 さらには事前に組み立てた作戦を思い返し、瞬時に攻撃する対象を確認した要とミリーが『2』に対してさらに攻撃をかけ、その足をよろめかせた。 「どうする!?」 「やるしかねぇ、俺達も!」 この時フィクサード達にとっては、葬識の不意打ちを全員で喰らう程度に固まっていた事が、少しだけ幸いしたようだった。 周囲をリベリスタに囲まれてはいるが、自分達もまだ固まっていられたからである。 「潰しにきたんなら、潰される覚悟もあるんだろうな!?」 その言葉と共に『2』が力強く放った土砕掌がミリーを捉え――否、それだけでは終わらない。 「お前達に出来る事などっ」 「俺達だって、やろうと思えばやれるっ!」 続いた『1』と『3』までもが同じく土砕掌を放ってミリーの身を穿ち、彼女に深い傷を与えるに至る。 「が、ぐっ……! 痛いけど、燃えてきた!」 次にもう一撃でも受ければ倒れそうな体で必死に立ち、それでも強気な笑みを浮かべ攻撃態勢を崩さないミリー。 眼前で見せ付けられたその強力な攻撃を見れば、同じ人数での戦いだったなら行方はわからなかっただろう。 「確かにその攻撃は強力らしいが……」 「君達はそれでも、俺様ちゃんの『食事』には変わりないのさ」 しかし『2』のフィクサードに壱式迅雷を叩き込み殴り倒した猛も、再び後方から暗黒を放った葬識も、そして他のリベリスタも、これ以上やらせるつもりはない。 6対3。 いかに単体での攻撃力が高かろうとも、人数の決定的な差は中々埋めきれるものではないのだ。 「あちらは順調だろうかな?」 イベントフロアでの戦いの行方がどうなったのか。その連絡をゲームフロアで待つウラジミールは、ふと視線を優希やルーナではなく、イベントフロアがある方向へと移す。 丁度その時、優希のアーティファクトへと連絡が入った。 「こっちは無事に終わったぜ、そっちの首尾はどうなってる、焔」 応答してきた優希に対し、戦闘終了の報告を行う猛。 それはウラジミールが期待した通りの内容であり、通話先からは優希だけでなくウラジミールからの労いの言葉も耳に届く。 「あ、私と要さんはあちらに合流しますので、それも伝えてください」 猛にそう伝えるよう依頼したリセリアが戦闘前に『多勢に無勢』と言った通り、倍もの数のリベリスタを前にしては、倒される以外の道がなかったと言って差し支えはないだろう。 「ちゃんと合流できたのか、そりゃ何よりだ。リセリアと要がそっちに行くらしいから、合流してやってくれよ」 「出るんならカメラを元に戻さないとな。それと向こうにいくなら、周囲の警戒は怠らないでくれよ。……って、おい」 そして依頼された通りに2人の合流を伝える猛の言葉に、ならば細工したカメラを元に戻そうと言う翔太ではあったが、その視線は新たに発生しかけている問題を捉えていた。 チャキ。 彼の視線の先では、倒れたフィクサードの首を落とそうと鋏を構える葬識と、彼の前に立ち塞がるミリーの姿。 「それは君の矜持? ゴールドちゃん? 俺様ちゃんの矜持と生き様は殺しだ、それでも止めるの?」 自身の矜持と生き様と言う行動を阻止され、葬識の機嫌が悪くなっているだろう事はミリーも肌で感じ取っている。 「キョージってのが何かは知らないけど、殺さなくて良いんなら殺したくないのだわ」 それでも、むやみに殺す必要はない。殺させたくもない。 互いに相手を見据え、2人の間には沈黙に紛れた一触即発ともいえる空気が流れ始めていく。 『仲間同士でやりあうハメになるのか?』 周囲を取り囲む4人のリベリスタ達は、その空気を感じてこう考えた事だろう。 「それなら、今日の俺様ちゃんは腹ペコになるしかないね」 しかしそう言って鋏を引いた葬識を見れば、その危機を回避する事は出来たらしい。 ほっと胸を撫で下ろしたリセリアと要は、これ以上の問題はないと判断し、優希達やルーナのいるゲームフロアへと足を運ぶのだった。 ●決意の別れ 「……で、そうなったのですか」 なるほどと頷くリセリアの視線が、片頬が赤くなった優希へと向く。 「うん、ごめん。ちょっと力を入れすぎたね」 そして頬をぽりぽりとかきながら、申し訳なさそうな表情を浮かべるルーナ。 「まぁごまかすためだ、それくらいは仕方ないだろう」 「ルーナさんが帰るために、もしかしたら必要かもしれませんしね」 などと会話を交わすウラジミールと要ではあったが、彼女とリセリアが合流する前にこんな事が起こっていたらしい。 『ルーナよ、悪事を働く必要があるならば、俺からカツアゲしろ』 『ふぅん……そこまで知ってるんだね。じゃあ遠慮なくいくよ』 そんな会話と共に、一撃をルーナにいれさせる。 その結果――。 「中々に良い一撃だった」 いかに子供の一撃とは言え、全力でくればやはり痛かったようだ。 「それじゃ、人も増えたことだし、いっぱい遊ぼうよ!」 気にするなとリベリスタ達が言っても、やはり申し訳なさそうな顔のルーナを案じたのだろうか。 微妙な空気を払拭するなら、遊ぶ以外にはないというサニアの提案を、誰も否定しようとはしなかった。 「あれやるわよ、ルーナ!」 「えー……」 サニアに引っ張られるがまま、ゲームに付き合わされる格好のルーナを、リベリスタ達は温かい目で見つめ――、 「俺も付き合うか。いるなら、アイスでもジュースでも好きなものを買ってこい」 そんな2人に仏頂面ではあるが甘やかしまくる優希の姿は、リセリアや要、ウラジミールには兄のような振舞いと見えたことだろう。 ――しばらくの後。 「じゃあ、ボクは行くよ」 買い物も済ませ、再びフィクサードの元へと戻るルーナを、リベリスタ達は静かに見送る。 優希がゲームコーナーで入手したウサギのぬいぐるみを大事に抱きしめ、ルーナは軽く頷き、彼等に応えた。 「何かあったら、携帯を使え。ぬいぐるみの中に入れてあるからな」 そのぬいぐるみの中に手渡した携帯電話を仕込み、優希は少女の頭を軽く撫でる。 「リベリスタとして共に戦える日が来ると信じていますよ。それまで、どうかご無事で」 「それと……更科・澪に。貴女を売らなかった『仲間』を置いて死ぬな、と」 そして要とリセリアは伝えたい言葉を伝え、ルーナと、反乱を企てる澪の無事を願った。 「わかった。ボクもやれることを、頑張るよ」 「またね……」 自分に出来る事をやろう。そう決意した妹の背中を、サニアが寂しそうに見つめ――そしてルーナはリベリスタ達と少し離れたところで、近くの植え込みに座り、携帯をいじるサングラスの男とすれ違う。 翔太は、言った。 『周囲の警戒を怠るな』 ――と。 言われたとおりに警戒はしていたが、別段不審な人物や視線を、誰も感じはしなかった。 確かに監視はついていなかったという事は間違いない。 だがその人物にとっては、デパートの外でルーナがどういう状況かを見るだけで良かったのである。 木を隠すならば森の中。ただ植え込みに座って携帯をいじっていれば、周囲の一般人と見分けなどつくはずもない。 「頼まれた食材を抱えているところを見ると、帰るつもりのようですが……話していたのはアークでも名の通ったリベリスタですねぇ。 これなら、計画は最も理想的な形で進められそうだ。 こちらも危険を冒す必要がありますが、上手くいけば極上の絶望が見られそうですよ……ふふふふ」 その男の、小さな呟き。 誰の耳にも聞こえないその呟きは、確かな悪意を孕んでいた――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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