●ちゃんこの味がしみてない 一条 弥(いちじょう わたる)は、隈河部屋のちゃんこ長である。この男が愚直であることは部屋の力士たちの共通見解であり、部屋入り間もない頃に「ちゃんこの味がしみてない」などと揶揄された際、意味もわからずちゃんこ番になろうとしたことからも想像に難くない。結果として、彼の作るちゃんこ鍋が好評であったが故に、その出世が遅れているという状況である。 だが、彼はそんなことを気にも留めなかった。出世が遅いとかよりも、今こうしてちゃんこを作っていることにやり甲斐を感じているのだ。 しかし、悲しいかな。たまたま目に留まった鍋で作ったちゃんこで、あんなことが起ころうとは。 ●残念すぎる革醒 「今回の依頼は、アーティファクトの回収または破壊。場合によって、ノーフェイスの撃破にシフトする」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、調理中の一条とちゃんこ鍋を指し、そう告げた。 「……鍋がアーティファクトで、その、一条さんがノーフェイスになりそう、でいいのか?」 「そう。アーティファクト『強欲の鍋』は、使用者に存在する一番強い欲求――この場合は出世欲を奪って、料理の味に反映させる。そして、その欲求がゼロになった使用者は、例外なく革醒する」 迷惑極まりなかった。だが、今の物言いからすると、一条が革醒するのは決定的ではないようだ。 「『強欲の鍋』が奪える欲の量には限界がある。複数人が調理に関われば、奪われる欲を抑制できる。 そして、それを食べてしまえば失った欲求も戻ってくる。つまり、割と美味しい話」 なあんだ、と胸をなで下ろすリベリスタ達だったが、それを見抜いたように、イヴは付け加える。 「ただ、欲求のベクトルが極端に違う者同士が調理に参加すると味が恐ろしいことになるとも、調理中に大失敗を誘発するとも言われている。データが足りない以上、何ともいえないけれど……これだけは言える」 鍋ひとつ平らげる勢いでお願い。そういって頭を下げるイヴを前に、リベリスタ達は引きつった笑みで互いを見合わせた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月15日(水)22:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●験担ぎって何ですか 「置いてるやつで特別上等な軍鶏をクレ。ちゃんこに合うようなのを!」 と、精肉店の前で勢い良くまくしたてるのは、『森の魔将。精霊に導かれし者』ホワン・リン(BNE001978)だ。ちゃんこ鍋をつくる依頼、という何とも表現しがたいそれに赴くに当たり、仲間とちゃんこ鍋に冠する験担ぎを調べた結果、鶏肉、こと軍鶏が喜ばれることを彼女なりに理解したのだ。無論、部位とかではなくまるごとである。 流石に巷の精肉店に行かなければいけない代物だったので一時別行動とはなったものの、時間的余裕は十分にある状態で合流できる見通しであるため、この選択は正しかったといえる。 「この辺の美味そうな肉を適当に包んで欲しいのじゃ♪」 と、ホワンの脇から顔を出す小柄な影は、『泣く子も黙るか弱い乙女』宵咲 瑠琵(BNE000129)。そこそこ値の張るであろう牛ブロックを選んだ彼女であったが、最終的な経費はアーク持ちである。言ったもんね、「平らげる勢い」がどうとかブリーフィングルームで言われたしね。仕方ないよね。 「鶏ガラダシがいいだろうな。鶏は縁起がいいもんだからな。あとは白菜、ごぼう、人参……」 他方、ホワンと組んで代替品の鍋作りを行う『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)は、彼女が鶏の確保に注力することを知った上で、他の具材の買出しへと向かっていた。無論、本命である『強欲の鍋』に投入する具材も並行して買い求めるわけだが、それに関しては完全に各々の好みが表に出ている。 「ちくわぶー美味しいんだよちくわぶー。沢山買っていこうよー」 ちくわぶ愛が全身から溢れ出す『Scarface』真咲・菫(BNE002278)の傍らで、ふと何かを思い出したように『灰色のアプサラス』銀咲 嶺(BNE002104)が口元に手を当て、思案する。 「トビウオの煮干……『あごだし』など使えれば、と思ったのですが、丁度トビウオ繋がりで『あごちくわ』というのもあるそうですね?」 当然ながら、その一言に菫が食いつかないわけがない。流石にそんなコアなものは売ってないだろう、と一同総ツッコミの構えになったのだが…… 「売ってるんだね……」 「結果的に鍋が美味けりゃ俺はいいけど、嬉しい誤算かもな?」 『通りすがりの女子大生』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)と武蔵・吾郎(BNE002461)が、口をそろえて僅かな驚きを口にする。その視線の先には、『神戸物産展』ののぼりが立ち、嬉々として人ごみをかき分けていく菫の姿があったりなかったりしたのだった。 「ところで、お酒って飲んでもいいの?」 そんな声が聞こえた気がする。未成年居ますけどね。 ●話のわかる力士 「ちゃんこ鍋の真髄を拝見する事で己の料理を見直す機会を頂きたく……勿論見学だけでなくお手伝いもさせて頂きますね」 そう言って柔らかく微笑む『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(ID:BNE000650)を前にして、隈河部屋の面々は驚いたように顔を見合わせた後、すぐに彼らを快く受け入れてくれた。何かと騒ぎが多かった昨今、どんなきっかけであれ興味を持ってくれた事は、彼らにとっても良いことなのだろう。増して、押しかけた面々は整った顔立ちを持つ女性陣と、若いながら仏道に入ったフツ――若くして修練に励むと言う意味で共感もあるのだろう――、並びに大柄な武蔵ときては、断る理由を取り繕う必要など無いに等しい。 「ま、今日はウチのも調子悪そうだったしなァ。嬢ちゃん達がウメェの作ってくれるってんなら文句ねぇよなァ?!」 「「「ごっつぁんです!!」」」 ……とまあ。親方の鶴の一声で、面々は調理場に上がらせてもらうことになった。丁度、鍋を前に悩ましげな表情を浮かべていた一条が居たのも幸いして、一同は見学に来たこと、調理を手伝わせて欲しい旨を彼に伝え、快く承諾を取り付けたのである。 「一条さん、一応材料とかは用意したんですけど……大丈夫ですか?」 「ン……まあ、まだダシもとってなかったからなァ。俺も口は出すけど、嬢ちゃん達が食う方はある程度自由でいいんじゃねえかい? ふるまってくれる方だって、べっぴんさんの手料理つったら文句言えねえしなぁ」 レナーテが神妙な面持ちで『強欲の鍋』を眺めつつ、一条に調理について伺いをたてる。説明の末、割とあっさり「鍋を二つ作る」と言う案が通った手前、一条は早い段階で調理は監督する立場に留まり、彼女らの質問などに応じる立場となっている。 リベリスタ達の運命を左右する側に立つのは、レナーテと嶺、そして後に申し出た瑠琵の三人。「アークのお局様として陰口を叩かれる存在になりたい」と堂々と公表した嶺に比べれば、自分の『そういう』欲求はやや薄いのではないか、という自覚はレナーテにも存在する。だが、己の欲求が余りに他方に飛んでいるであるとか、全く無い、とは彼女も思っていない。リベリスタとして活動していくうちに芽生えた感情には、確かにそのような欲求もあってしかるべきだと考えているのだ。 ただ、笑顔であごだしを取る嶺にほの暗い何かを感じたような、そうでないような部分もあったのだが。 「――うむ、やはり極普通の欲しか持っておらぬ」 しばし考えこんでいた瑠琵が発した結論は、割と普通だった。普通の欲ってなんだよ、と他方から指摘を受けたら彼女は笑顔で応えるだろう。『先ずは世界征服、世界の次は上位チャンネルも統一するのじゃー♪』と。成程、実に今回の依頼向きの欲求であった。 着物に割烹着、という装いをしているのは、シエルと嶺の二人であった。それぞれの調理に相似した格好をした者がひとりずつ居るというのは、成程雰囲気と士気との向上に大いに貢献している……かもしれない。 「フム。やっぱり鶏ガラでベースは塩、ってのが定番みてぇだな。汁が残った状態でも白星に視えるわけだしな……深いぜ」 サイレントメモリーで代わりの土鍋からそんな情報を読み取ったフツは、関心したようにうなづいていた。出汁担当のシエルには、既に軍鶏の骨や内蔵など、出汁になるものが手渡されている。驚くべきはホワンの解体スピード。普段の生活で手馴れているのか、鮮やかに解体してしまうと、両手に手斧を持って豪快に肉団子作りを初めて居た。 「軟骨や皮を混ぜて、歯触りに弾力を出すのがポイント」 そんな細かい気遣いもできる辺り、彼女の食に対する真摯さが密かに伺えるというものだろうか。出来上がった軍鶏のひき肉は、そのままフツと肉団子へと整形し、野菜の下拵えにとりかかる。シエルはと言えば、その間丹念にアク取りに専念しており、結果として雑味のない出汁が取れたのは言うまでもないだろう。 「ちゃんこに味が染みますように……」と呟きつつ為された下拵えは、確かな形で結果を残していたのだ。 さて、そんな感じで『強欲の鍋』側はといえば、出汁取りも材料の調理もなかなかに丁寧に行われており、実にそつのない無難な仕上がりを見せつつあった。……というと余りにも淡白なのだが。担当している三人の作業には、本当に淀みや混乱がなかったのだ。女性三人というのもあったとは言え、嶺は常に自炊を心がけている手前、ある程度はそつなくこなすし、レナーテは「必要以上」にはならないように、然し出来る範囲で丁寧に、をモットーに鍋づくりに専念しているため、見た目としては一般的な魚介出汁の鍋として、なかなかの体裁を整えつつあった。 まあ、要所要所で一条も手を出し口を出し、と熱心に携わっていたこともあり、期待できそうな状態ではあった。 瑠琵はといえば、ブロック肉を薄くスライスしたり、白滝などを多めに用意したり、野菜を減らそうと試み(てレナーテに止められ)たり、基本の仕事をこなしつつ楽しくやっていたり。 調理中、「日本征服でもよいかのぅ……」などと聞こえた気がするが、それが鍋のせいかは、ちょっと定かではない。 場所を稽古場へと移して。 「一条さん……なァ。一応四股名もあるし、序二段まで上ってるしで全く伸び代が無いわけじゃ無いんだけどな? あのひと、一途っつーか真っ直ぐっつーか、ちゃんこ作りであれだけ力付けちまったからか、最近調子が今ひとつ伸びてねーんだよなぁ。ちゃんこ長ともなっちまうと――」 部屋の人間からそんな話を聞きながら、ちゃんこ鍋の出来上がりを待つ菫と武蔵の姿があった。 ●欲望渦巻く鍋の底 ……そんなわけで。 「いただきます!」 「ごっつぁんです!」 場を調理場と稽古場に分け、各々は鍋をつつきはじめた。無論、これは鍋の混同による被害を抑えるための配慮である。……のだが。 「む、これは――」 「方向性間違ってなかった……よね?」 「うんうん、私の欲が皆さんの欲と混ざって、さっぱりしつつもこってりとした味わいになっていますね」 「なるほど……これは独特な味……欲とは深遠でございますね……」 「ム、まあ変わった味じゃあるが仕方ねえのかもな」 「これが……本場のちゃんこなべか」 「ちくわぶがたべられればいいや。あ、お酒飲んでいいよね?」 「美味い物に感謝スル。これ密林の常識!」 ご覧の有様です。 確かに、鍋を持ち出した一条、調理に参加したレナーテと瑠琵の欲求は純粋に権利欲とか向上心とか、そのようなベクトルが上向きの欲求であった。その時点では、鍋が取り込む欲求がオーバーフローすることで実に味わい深いよい鍋が出来ていた、はずである。 だが――嶺のダウトっぷりは凄まじかった。 彼女は確かに言った。権利欲は尽きないと(そこまでかは兎も角)。しかし、彼女の本心は科学者の端くれとしての『探究心』、それが最も強かったのだ。深く説明するまでもない。彼女は、この状況をこそ望んで自ら調理に手を上げたのだ。 「じょ、嬢ちゃん達、何処で何したか分からねえが……独創的な鍋作りやがるんだなぁ……」 相伴に預からざるを得ない一条はといえば、いい迷惑だったかもしれないが……彼も力士の端くれである。客人をもてなすことを是とする現代の士(さむらい)である。不味いとか、吐き出すとか、無碍にするとか、そういう意志は一切無いのだった。 「いやー、はっはっは美味しいねぇあごちくわ! サイコーだよね!」 菫は既に酔いが回ってころころと表情を変えているし。 「別に食べなくとも、依頼は成功ダ。しかし、それでは面白くナイ。食があるから食うのダ!」 ホワンはなんだかんだ言いながら美味しそうに食べてるし。 「飯は粗末にしちゃぁいけねえもんな……」 フツは別の意味で悟りを開いてもいいと思う。今日ばっかりは。 「これはなかなか大変じゃのぉ……」 「お使いくださいまし……」 「お、おぬしが使ったほうが良いのではないかぇ!?」 とかまあ、こんな感じだし。 とはいえ、そんなカオスなのはリベリスタ側だけであって。代替品の鍋は各人の不断の努力により、物凄く好評であった。特に肉団子。市販品が常である昨今の部屋事情からすれば、手間をかけて作られた一品というのはどうにも強烈な印象を持つ。力士側に伝えられた情報で、作り手がシエルとホワン、タイプは違えど魅力的な二人が中心だった、というのも大きいだろう。 ……ともあれ、〆のうどんまできっちり食し、見事その鍋を回収することに成功した面々であったが、シエルと武蔵は最後に一条と話すために、彼と向き合っていた。 「何か、今日は手間かけさせちまったなァ。あんなもん食ったら暫く普通の食ってくれねえんじゃねえかと――」 「一条様は……ちゃんこ鍋についてこだわりなどはございますか……? 相撲については……どのような意志を?」 「ん? ああ……まあ、拘りは無いわけじゃねえな。喜んでくれるならよし、それでいい結果出してくれんだったら俺だって嬉しいしなぁ。相撲……は、まあ何だ。聞きにくい事聞くねェ。どうしたい、急に?」 「いやな? アンタ本人が今のままで幸せならそれでいいんじゃねえかと思うんだが……相撲に未練あるのか、ちゃんこ作ってて幸せなのかどっちか、と思ってな。ちゃんこ長って奴ァ、出世がなかなかできないって聞くぜ? 今のうちにどっちかに身を振ったほうがいいんじゃねえかとおもってな」 「……それは、まあ」 「ちゃんこ鍋は先輩が後輩に伝えていく味だと聞いております……ちゃんこ鍋を作り続けるなら料理への道へ……相撲での栄達がお望みなら、土俵でのご活躍を見とうございます」 武蔵の疑問に言添えるように、シエルは言葉を紡いでいく。彼の中にある欲求が権力や向上欲に類するものであるならば、どちらかの道へ歩を進めるのが正しい道である、と彼らは述べているのだ。確かにそれは正しい。だが、果たして直ぐ様それに対する結論を出せるだろうか。結論を延ばし続けていた一条にとりては、彼女らの問いはなかなかに痛いところを衝く疑問であった。 暫く思案の表情を見せた一条であったが、やがて困ったような顔で「考えなきゃいけねえよな」と頬を掻き、曖昧に終わらせた。 彼のその後がどうなったかはまた別の話ではあるが……彼らの意見が一つのターニングポイントになったことは、言わずもがなの事実ではあった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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