●見てしまった犬の腹 彼はボスであった。 仲間達を率いて纏めあげ、敵が来れば先陣を切って立ち向かう。 そんな確固たるボスであった。 だからこそ甘えなど見せられなかったし、そもそもそんな心休まる時は殆ど無かった。 だというのに、ある日転落して落ちた先で彼はまったく想像も出来ない光景を目にしてしまったのである。 「なん、だと……!」 見つめる先には犬が居る。 愛玩犬では無く、大型のウルフドッグ。 きりっとした顔が仲間を思わせるその獣が、人間に撫でられたかと思うと思いきり尻尾を振った。 のみならず表情をデレデレに緩めてその手を舐め、往来であるにもかかわらず寝転がって腹を見せたのである。 ――見せた腹を撫でられる犬の幸せそうな顔といったら! 「ウゥゥ……アオォ―――ンッ!!」 「!?」 彼は元居た丘へと駆け出した。 驚いた犬と飼い主を尻目に彼は思う。 「うっ、羨ましくなんか……羨まし……羨ましいぜオ―――ン!」 ●悩める狼さん 「猫がツンデレなのは良く聞くけど、素直になれない犬ってのも珍しいと思うんだ」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達が『あにまるまいすたー』ハル・U・柳木(nBNE000230)の姿を認めると、一呼吸置いてそんな言葉が降りかかった。 「今回のお仕事はね、犬……じゃなく、狼さんをもふる事」 きゅんとした幾人かのリベリスタを前に、ハルはモニターのスイッチを押す。 そこに現れたのはつぶらな瞳でも潰れそうな程のもこもこでもなかった。 「ガ、ガチムチ兄……」 「彼をもふってあげて。この世界に来て、もの凄くもふられるのに憧れてるらしいから」 ごくりと唾を飲み込んで言い掛けた誰かの言葉を、ハルは無情に遮った。まあ、彼は彼で狼だし、きりりとした狼を撫で回すのも早々機会はあるまい。何人かは既に手をわきわきとさせ始めた。 所が、一筋縄ではいかないのがリベリスタ達への依頼。 「ただ、この狼。別の世界ではボスらしいんだ。だから飼い犬のように媚びる事も出来ないし、ただで撫でられるのも、どうやら自分で中々許せないらしい。つまり、」 リベリスタ達にも展開が読めた。 そう、つまり、自分を倒してもふってくれと、そう狼は望んでいる。 倒されたのなら仕方ない。もふられたって仕方ない! と、言い訳ごと求めているのだ、この狼は。 「そこはボス。リベリスタ全員対一人でも充分の力量を彼は持ってる。それに彼は狼。闘いに熱くなるのはもはやサガ。それはもうもふるもふらない抜きに全力バトルになると思う」 けれど狼も倒される事が望みでは無い。あくまで“理由”が欲しいだけ。倒しきる必要は無く、あくまで“理由”が出来る程度まで追い詰めれば良いとハルは言った。 「ただ、体力が半分になると自己強化とリベリスタ達への強化の打ち消し、両方を行ってくる。まさにラストバトルだね。それに、もし頭に血が昇ってたらギリギリまで闘いを止めないかも知れない。……その時は君達がフォローしてあげて」 なんともややこしい狼さんである。 それでも、アザーバイドの送還はリベリスタの務め。何人かが立ち上がるのを見れば、ハルは思い出したように付け加えた。 「そうだ。いきなりお腹撫でるのはちょっと……ってまた言い出すかもしれないよ。まあ、無理矢理撫で回しても良いとは思うけど、その辺も君達に任せるね」 そう言ってからハルはいつものようにこう言った。 いってらっしゃい、良いもふもふの刻を、と。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月17日(土)00:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 空に浮かんだ半月が時々雲に隠れる。 あやふやな月の光に照らされて、黒い狼、クロガネは芝生の上に寝そべっていた。 落ちてきた穴は木の上で届きそうに無い。 帰らなければと思うと同時、心残りが自分を動かさない。 クロガネは独り寝返りを打ち、そして鼻に不思議な匂いを感じて跳ね起きた。 「おーい、わんこさーん!」 同時に、夜中に響く太陽のような声。 見れば、走ってくる人影が八つ。その誰もが人間のようで、そうでは無い匂いがしている。 駆ける人影に敵意は微塵も感じなく、最前線を走ってくる『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)、『紺碧』月野木・晴(BNE003873)には満開の笑顔が浮かんでいた。 「何だ、テメェ等」 「わあい、もふもふー!」 「も!?」 迷う事無い人影に第一声言われたもふもふ発言。思わず毛並みを触ったクロガネに、晴が続けて指を指す。 「見つけたぞ、ボス狼クロガネ!」 「なッ……俺を、」 知っているのかと言葉は続かない。晴の期待高まる視線に続けて、後ろから黄色い声が畳み掛けた。 「なんというもふもふ! そして何より男らしい筋肉! いいね、ボク好みだよ! ぜひなでなでもふもふすりすりしたいよ、その筋肉質なボディーに!」 「も――」 クロガネが口を挟む隙も無い。『ナルシス天使』平等 愛(BNE003951)によるマシンガントークにして欲求だだ漏れ。 もう彼らが何をしに来たのか理解できるというもの。 「何で知ってる、なんて無粋な質問しないでよね。ボク達も早くクロガネ君をモフりたいんだから。全力で」 穏やかのようでいて手をわきわき、モフりたいオーラを放つ四条・理央(BNE000319)に質問を先回りされ、自らの葛藤すら知っている口ぶりにクロガネは思わず小さく笑った。 モフられたいんだろうと詰め寄らないその言葉は、クロガネの自尊心すらも知っているようで。 「良く解らんがテメェ等は俺の事情を知ってるってこったな」 「そうです。あなたが帰る手伝いを……というよりは、わたくしもモフりたいんですよね」 同じ狼の顔をしながら、『伝説の灰色狼』アーネスト・エヴァンス・シートン(BNE000935)は顎の下を自分の指で擦る。 その姿は人のように直立しながら、獣臭さを失っていない。 同じ狼の因子を持っているのは『エーデルワイス』エルフリーデ・ヴォルフ(BNE002334)と『似非侠客』高藤 奈々子(BNE003304)も同じ。 「そういう訳よ。私は単純に、狼同士の戦いというのも心躍るものなんだけどね」 そう言ってエルフリーデが背負ったライフルを見せれば、クロガネは今度こそ大口を開けて大笑いした。 「カカッ、いいねェ。狼はそうこなくっちゃならねェ。狼に鳥に人間……シカか?」 面白い組み合わせだと笑みを深めるクロガネにシカと呼ばれた『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)もまたライフルを両手に持った。それでもその視線は毛皮に首っ丈。 「まさに狼のボスって風体だな……もふもふって、子供の頃にされた経験でもあるのか? それとも本能的なもの?」 「そうだなァ」 口端を歪めるクロガネは、答えの代わりにツメで風を薙いだ。 「その答えも俺をモフんのも、全部勝ってからだぜ。さァ、モフりたいんだろテメェ等―― 掛かってこいやァ!」 獣そのものの唸り声が開戦を告げる。 手合わせじみた戦闘への高まりと同時に、その先にあるモフられ天国への期待が入り交じり―― 「くろちゃん、ツンデレわんこになってる!」 晴は思わずきゅんっと突っ込んだ。 ● 「ねえ、クロガネちゃん。まずこの世界のルールを教えて上げなければいけないね」 開始を告げる声が鳴り止まぬ内、誰よりも速く愛は翼を広げて魔の力をその身に取り込んだ。そうしながら熱い視線はクロガネから外される事は無い。 後方に位置する愛へクロガネは鼻面を向け、興味深げに耳を立てた――ら。 「この世界では、負けた狼はお腹を見せて仰向けになって降参ポーズをしなければいけないと言う掟があるからね!」 「何ィ!?」 「負けたらお腹を見せて仰向けに寝転んでもらうよ!」 「ちょ、待」 「わんこさんに拒否権はないんだよう?」 確かにこの世界で見た犬達は腹を出していたが、全員では無かった筈――まさか強制されるのかと思わずクロガネの毛が逆立った。 そこに柔らかな言葉とは裏腹の強い力がクロガネを地面へと叩き付ける。 勿論それは自分達が勝ったらだけど。そう言うように旭は拳を見せながら笑ってみせる。 「成る程な。そ、まァ、どっちにしろ簡単にモフられも腹も見せてやれねェがな!」 動揺を言葉に滲ませながら振るうツメは、それでも強い。 「くっ――」 ツメが空気を裂けば、真空波のように襲い掛かる。 愛と同じく、最後方からライフルを構えていたエルフリーデは、全身を貫いていく痛みを唇を噛んで飲み込んだ。 同じ狼の匂いをさせながら、後方へと待機するエルフリーデへクロガネは誘う。 ――何か考えあっての事なんだろう? 狼の娘。お前の牙を見せてみろ。 エルフリーデはその気概に気付いて、小さく笑う。 「そうよ、これが私なりの牙。ツメと牙は、狙わないであげるわ」 ボスである狼のそれらを砕いてしまわないよう、噴いたライフルの銃弾は逞しい左腕に食い込んでいく。カハァと笑うクロガネに続けて斬撃を叩き込むのはアーネスト。 二刀構えたブロードソードが舞い、クロガネの強靱な肉体を庇護する毛並みを夜に散らす。 「お前も狼の雄だな。多少――人間くせェが」 鼻を鳴らしたクロガネに、止められたブロードソードを引きながらアーネストは思わずその言葉に耳を下げる。 「……わたくしも、体に毛皮が欲しいですよ」 「無ェのか?」 「30%まででして……」 余りにもしみじみとした切実な言葉に、クロガネも出す言葉に迷ってしまう。成る程獣でも無く人間でも無く、不思議なヤツ等だと記憶に留めておき、視線を次に向けた。 その先は奈々子。 奈々子も狼の顔をしているが、体は人間のもの。 「可笑しなヤツ等だなァ」 「でも狼は狼よ。豺狼が一匹高藤奈々子、――推して参る、なんてね」 奈々子の顔が人懐こそうな笑みを浮かべ、直後放たれたのは、大輪の名を持つ無骨な銃。菊の紋様を翻してクロガネを穿った。 畳み掛けるような銃声は木蓮のMuemosyune Break。 正確な銃弾にクロガネは益々笑みを深め、その匂いに舌舐めずりをする。 「おっと、シカだからって草食系だとは限らないぜ? 甘く見てるとさっさともふるからな!」 吠える威勢にクロガネは口を裂いて大笑いする。 「シカでいるにゃあ勿体無ェよ、お前――」 「くろちゃん!」 「ぇえあ?」 クロガネの低い唸りを掻き消したのは、木蓮達よりも少しばかりクロガネに近い位置から両手を振っている晴の声。緊張感も無く余りに無邪気で、覇気すら抜かれる青空のよう。 「さっきツメを振り上げたらお腹のとこの毛がフワァって! あ、俺ね、俺は全世界動物もふり隊、月野木晴で……」 「月野木さん、もふるのは後よ」 奈々子が思わず笑みを零せば、一瞬顔を見合わせた狼同士のクロガネとアーネストも我に返る。てへっと晴は頭を掻いた。 「そーでした。それじゃ、いっくよー!」 「イテッ」 晴が投げた道化のカードがクロガネの頭に当たるも、それすらコミカルにこつんと当たったような気すらする。 「あ、うん。でも一応は効いてるみたい。大丈夫」 後ろから見ていた理央が眼鏡を押し上げて冷静に告げた。 晴が一瞬気を削いだとはいえ、クロガネの遠吠え一つでモフかモフれなくなるかの戦い。 負けられない。全力でモフろう。その一つを胸に、理央は眼鏡を正して、フワモコウェアウルフことクロガネをガン見したのだった。 ● クロガネは狼で、ボスであった。 全員から漲るモフるオーラを感じつつも、容易く負ける訳にはいかない。 振り下ろしたブロードソードを牙で受け止められ、アーネストは感嘆する。引こうとしたそのブロードソードをクロガネは離さない。しまったと思う一瞬、アーネストの体が宙に舞った。 「っぐ!」 「甘ェ、甘ェ」 吹き飛ばされたのだと、アーネストはその時知った。 「力持ちさんだねー。さすがわんこさん! ……わぁっ」 クロガネは振り向きざま後足を旭へと蹴り上げた。衝撃に息が詰まる。 「クロガネちゃんは紳士?」 強靱な顎で噛み砕かなかったクロガネを見て、愛は小首を傾げた。 「女子供を噛み砕く訳にいくめェ」 「更にフェミニスト! いいねー」 「やられてェんだったらしてやるがな」 笑うクロガネに音を連ねて銃弾が飛来する。 「余裕こいてて大丈夫? 私は手加減しないよ」 不敵に笑うエルフリーデにクロガネは銃弾を受けた腕を、そして尻尾を振ってみせる。エルフリーデに対しては雌ではなく好守敵と認めたらしい。鋭い視線が交差する。 ぺろりと牙を舐めあげる仕草の中、理央は顔を上げた。 「そろそろかも。皆、気を引き締めて!」 「「了解!」」 エルフリーデと木蓮が銃の手を止めた。仲間が続けてクロガネの体力を削ぐ間、ただ、集中する。 ボスの本領を発揮する、その一瞬の為に。 クロガネが息を吸い込んだ。 アォォ―――ン 夜に響くその声は全てを威圧するボスの遠吠え。 溶けていく声の中には負けぬ意思が混在し、空気すら震わすその声に自己を奮い立たせたクロガネが前傾を強め、ガリッと地を掻いて、 「来る。木蓮君、エルフリーデ君、お願……危ない!」 鳴り止む遠吠えから顔を上げればクロガネは迷い無く牙を突き立てた。誰よりも状況を把握していた理央は叫びながら走っていた。牙の向かう先、旭の前。 理央の大装甲は耐久性能という一点において特化したもの。それが軋む音がする。 ――クロガネの本気は不味い。 誰もが思うに相応しい威力をクロガネは見せつけた。 「噛まないんじゃ無かったの?」 姿勢を崩す理央に癒やしの吐息をかけながら愛が問う。その問いに答えたのはアーネスト。 「狼ですからね。負ければ座を奪われる。その世界に居たならば、手合わせでも負ける訳にはいかない、そうでしょう?」 クロガネは牙を出して唸って笑う。 「でも」 動きを止めたクロガネに照準を合わせる、エルフリーデ、そして木蓮。 その隣には奈々子も居る。エルフリーデの射撃がぶれないよう、遠吠えからエルフリーデをその身で庇っていた。 「それはこっちだって同じ」 「戦いに熱くなるのはね」 高まるのは狼の血のなせるわざか、命中精度を上げたままエルフリーデは銃口を固定する。 木蓮が並んで固定する理由はただ一つ。 「ボスに与えられたせっかくのチャンスだろ。存分にもふられるがいいぜ!」 ――ド、ドン! 重なるような銃声が二つ。 「ガ、フ!」 凍えるような覇気に宿った集中力ごと撃ち抜いていった銃弾に、クロガネが仰け反る。一呼吸置いて鋭さを保ったままの視線を見て、旭と晴が心地良く沈めるイオンを放ちながら、最後の一撃を繰り出した。 「ね、もう終わりにしよ!」 「もうやりあいはじゅーぶんだよー!」 ● 覇気を削がれ、強い力を受けたクロガネは暫く顔を上げなかった。 皆が固唾を呑んで見守る中、不意にクロガネが肩を揺らして腰に両手を当てる。 「ハッハ、仕方ねえな。も、もふりに来いよ、テメェ等!」 その瞳に理性を戻して大口を開ければ、待ってましたと駆け出すリベリスタ。 「待ってました-! 即刻タックルもとい抱きつきに!」 「晴君速い。ボクも負けてないんだから!」 瞬間、右から晴。左から理央が抱付いた。クロガネが驚いて声を上げる隙も無い。 理央に至っては瞬間に鎧を収納して突撃をするに至る。 「小動物系とはまたちょっと違うもふもふ……イイ!」 「モフるからね。モフり倒す!」 無邪気に抱き付かれ、全身全霊を込めてモフられて、良い気にならないはずが無い。 「な、何だ。そんなに……イイか?」 尻尾の毛をチリチリとさせて照れたようなクロガネがそんな問いを投げたと思えば、ぎょっと前方を見据えた。 きらきらとした愛らしくも熱い視線。愛だ。 「当たり前じゃ無い。レッツもふもふタイムだよ! あ、ついでに怪我の回復もしてあげようね」 愛が息に癒やしを含ませ、ふっとクロガネに吹きかける。 「グフッ、擽ってェ」 思わず頬が緩むクロガネが肩を竦めて堪えれば、木蓮が何度も銃弾を浴びせた腕に包帯を巻いた。 「まずは、ごめんな」 クロガネは木蓮へとその腕を上げてみせる。そのままその頭を撫でて、 「なァに。これくらいで参る俺じゃねェよ」 「はずかしそーなしっぽちりちり、かわいー! ぎゃっぷもえー!」 その掌に、旭が辛抱堪らず擦り寄った。 「バ、バッカオメェな」 「わかってるようー。わたしも鬼じゃないから、こころの準備する時間くらいはあげるよう」 肩の毛までチリチリにしたクロガネからぱっと離れた旭。その顔を精一杯悪い顔……のつもりをして、クロガネも思わず笑い出す。 「構わねェよ、来い。仕方ねェ。負けたからな」 「言ったわね?」 自分に言い聞かせるような言葉を聞いて、にじりよる奈々子。 その言葉は妖しく空気に溶ける。 「でもね、貴方の気持ちは当然よ。今宵は上弦の月、月さえも腹を見せて寝転がっているもの」 「俺に……腹を見せろって言うのか」 微笑む奈々子に、言い淀むクロガネ。 三日月のような笑みを浮かべるその姿。思わず晴も、理央も手を止めて―― 「かかったなアホめ!」 「ヌォ!?」 奈々子が飛びついた。 飛びかかると見せかけて、首をがっちりホールドである。 「おお、情熱的ですね。狼同士に見えなくも無いですよ」 顔が狼同士、和むものがある。アーネストも奈々子に抱き付かれているクロガネを後ろから撫でさする。 「もふもふ。若干毛が固めですけどね。ああ本当に羨ましいですよ」 30%の越えられない壁。アーネストが呟くとクロガネが再び匂いを嗅いできた。 「でもなァ、元は人間なんだろ? 狼になるって時点で凄い事じゃねえか」 「あ、羨ましいかも。クロガネちゃん、ボクも! 嗅いでくれて良いんだよ」 鼻面を寄せられたアーネストを見て、愛が挙手をする。 「何でェ。お前は鳥だろ……ん?」 それでも律儀に鼻を動かしたクロガネが、愛の匂いを嗅ぎ直す。その華奢な肩に鼻面を突っ込まれて、愛は両手を合わせた。 「やーん、幸せ。古傷もさわっていい?」 「いいがお前、……雄だったのか」 触れてくる指先は細いし、長く美しいブロンドを引き立てる青い瞳、純白の翼。破顔した愛は「オカマだよ」と笑う。 愛に再び鼻面を押しつけるクロガネを見て、彼の世界にオカマは居ないようだと独り頷くアーネスト。 モフりに皆が我を忘れている中、エルフリーデだけは熱に絆されずクロガネを見ていた。 相手は敬意を表すべき敵手。だから毛繕いをするだけにして、それに長居をして帰れなくなっても困る。 それでもモフ好きリベリスタが止まる気配は一向に無く、そればかりか今迄撫でていたクロガネが走り出した。奈々子が思いっきり振りかぶった骨を咥えて持って行くか行くまいかと、真剣に向こうで悩んでいる。これはまずい。遊びっぷりにエルフリーデは苦笑した。 「ほら皆。帰れなくなったらどうするのよ」 「もう?」 モフってモフり倒す。その言葉のままにクロガネを追いかけながら理央が顔を上げた。 「ボスだしな……あ、最後にこれ。肉球はあるんだろうか」 「ん」 そわっとした木蓮の頭に、クロガネの無骨な掌が撫でに伸びる。モフられ返したその感触、僅かに掌に肉球のようなものを感じて頬が緩む。 「うん、わんこさん綺麗になったー」 ぱっと輝く旭の手には犬用ブラシ。生え替わりの毛が夜に舞う。立ち上がったクロガネもその全身を震った。 「オゥ。そうだな、サッパリした」 そう言って見上げるゲートは遠い。 そんな事情も知っている晴が、旭がその木の上に乗るのを手伝って、これがほんとに最後の時。 「なあ、もふることで効率的に体を休めることが出来るって仲間に勧めてみたらどうだ?」 木の下から木蓮が言う。嫌じゃ無かったろという言葉に再びずり落ちそうになるクロガネに、奈々子が少し躊躇った後カメラにある写真を見せた。 クロガネのデレデレ顔である。 「ウォあ何撮ってんだッ!」 ボスが決して戦闘では上げなった慌てふためく声に、悪ふざけが過ぎたかと奈々子が見上げるが、どうやら恥ずかしいだけらしく、保存する奈々子。 「ほら、向こうで皆待ってるんでしょ」 エルフリーデが急かして告げれば感極まって晴は再び抱きついた。 「ボスのお仕事頑張ってね、元気でね……うわぁん!」 「確かに、動物の世界というのも見てみたいですけどね」 クロガネは二人に視線を移し、 「……来るか? あの力量ならやってけるだろ。お前は鳥だが、まァ、じゃ俺の仔にでも」 「駄目だから!」 最後までホールドしてくる晴を持ち帰ろうとしたクロガネの背に降りかかるのは、やっぱりエルフリーデの鋭いツッコミ。 さりげなくそそられていたアーネストもそっと視線を逸らして咳払いを一つ。 後ろ髪引かれても、きっちりお互い住む世界へと。 先の見えないゲートに飛び込むクロガネへ、リベリスタ達は別れを告げた。 それじゃあ、ばいばい。またいつか! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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