●転がり落ちるが如く 切っ掛けはサークルの新人歓迎会。 初めて見た第一印象は、大人しいけどふとした仕草が可愛らしい印象の女の子だった。 でも、その時はそこまでの印象で。 二週間後に図書館でばったり出会い、同じ趣味だとわかってからは急速に仲良くなった。 そして一緒にいる事が当たり前となっている事に気付いた頃。 ……いつの間にか、好きになっていた。 なけなしの勇気を振り絞りその想いを伝えた時、彼女は一瞬驚いた様に目を見開いたけれど、嬉しそうに微笑み受け入れてくれて。 それからの二ヶ月間は、本当に幸せな日々だった。 隣には彼女がいて、他愛もない事で盛り上がって。いっそ、時が止まれば良いとすら思う時もあったと思う。 その時の俺は浮かれて気付いていなかった。 気付けなかったのだ。 楽しい日々は、呆気ない瞬間に終わるって事を。 駆ける、駆ける。 行き先はわからないまま、目的など見えぬまま。 そこに在るのは裏切られたという衝撃と悲しみによる焦燥感と、喪失感。 己の感情に全てを委ねて、ただひたすらに走り続ける。 ――ごめんなさい、どうにかしてたの。もう絶対にこんな事しないから、私の事を嫌いにならないで……! ああ、せめて否定をしてくれたなら。少しでも一瞬だけでも気が楽になれただろうに。 ――大体お前が早くに手を出さなかったのが悪いんだよ。可哀想だろ、琴子ちゃん。 人の彼女に手を出しておいて、全く悪びれないこの態度。……だから、前からいけ好かない奴だと思ってたんだ。 彼女の事を大切に大切に想っていた。 しかし大切だったからこそ、恋人として然るべき行動が出来なかったのだ。 二人一緒にいた頃、俺がその事を謝るとそれでもいいと笑ってくれた。けど、やはり重荷になっていたんだろうか。 ああ悔しい、憎い。 易々と受け入れた彼女も、彼女を奪ったあいつも、目の前の状況から逃げ出した自分自身も。 「……糞、どこだよここ」 ふと気がつくと、そこは人一人も存在しない静かな街路。いつの間にか知らない場所へ迷い込んでしまった様だ。 この先、どうすればいいのだろう。 目的を定められないまま途方に暮れた俺の足下に、何かがぶつかった。 多分、それはただの落とし物だったのかもしれないけれど。 俺はそれが、何故かとても愛おしい存在に思えたんだ。 ● 「……恋は盲目、一寸先は闇と言うけれど。その心につけ入る行為は認められた物ではないな」 駆けつけたリベリスタを前に『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は肩を竦め、冗談事を言うかの様に笑う。 「今回の依頼(ミッション)はアーティファクトの回収だ。花と女神が象られているただのキーホルダーなんだが、また厄介な存在で——見つけた人間に、恋をするそうだ」 相手となるのは赤嶺亮二、大学生。初めて出来た年下の恋人を同期生に奪われる瞬間を目撃してしまった彼は、その現実を受け入れる事が出来ず逃げ出してしまう。その先で運命的に、アーティファクトを拾う事になったのだ。 「そして手にした者もそいつに急激に惹き込まれる、いわば相思相愛状態だ。恋する女神は、相手の心の底で密やかに根付いていた想いを引き出そうとする。今回持ち主が願った事は……不貞を働いた恋人と、その相手の殺害だ」 リベリスタがごくり、と息を呑む。その様子を見た伸暁は軽く苦笑すると、弁解する様に話を続けた。 「ああ、今回のケースは心の底の願いを増幅させる事だから殺意といっても微々たるモノだ。アーティファクトを手放したら、すぐに我に変えるだろう。その時はまた、その対応をすればいいさ」 伸暁の説明によるとアーティファクトは6体のE・フォースを使役する力と、持ち主自身にリベリスタと充分に渡り合える程度の戦闘能力を与えたらしい。E・フォースは範囲攻撃と他者を回復させる能力を、持ち主は閃光を用いた遠距離攻撃と範囲に及び魅了させる能力を持つ。特に閃光は、相手が一般人なら喰らえば一撃で葬り去れる事間違いないだろう。 「赤嶺亮二は未だ拾った場所付近を彷徨い歩いているが、何れ抜け出し目的を果たす。……今ならまだ間に合う。哀れな迷い子に、咎を背負わせないでくれ」 殺人という、罪を。 ● ――愛している、私はあなたを永遠に裏切ったりなんかしない。だからあなたを護らせて、あなたの願いを叶えさせて。 「ああ、俺もだ。一緒に行こう。……一緒に、殺そう」 盲目の恋は鈍色。 様々な思惑が混ざり合い、いつしかそれぞれの輝きを放つ色は意味を失ってしまう。 そしてその先にはただ、破滅のみが存在するのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:裃うさ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月12日(月)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●戯言 好きな人が出来た。 自分の知らない所でコソコソと裏切っていたアイツとは違う。 美しく優しい、俺の駄目な所も全て受け止めてくれる人だ。 彼女は今ポケットの中で輝き続けている。 行こう。彼女とならば、大丈夫だ。 ● 「や、流石に人殺しはいかんでしょ」 大学らしき建物を通り越してからおよそ20分。商店街の名と共に掲げられた古びたアーケードの入り口へと向かう道中、誰かの言葉に呼応するかの様に『ミサイルガール』白石明奈(BNE000717)が口を開いた。 「確かに浮気はいかんよ。彼氏いない私が言うのも何だけど」 「うー……ん。私はそのあたりはよくわからないのだけど。でも殺人は駄目なのは譲れない」 恋愛の事は未だよく理解できない。しかし止められる事なら未然のまま終わらせたい。ハテナマークで占める脳内を振り切るかのように表情を切り替え、『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は口調を強める。 「全く嘆かわしい! 男ならば選り好みせずに喰らうてみせいと言うのだ!」 『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)は実にぷんすかとした様子でふんすと胸を張る。 「……正直、三者三様だと思いますが」 今回の依頼に向かうリベリスタは10代の少年少女が多く、恋愛に関して未経験の者も少なくない。『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂彩花(BNE000609)もその一人である。それ故に、恋愛に対して懐疑心が強い。しかし、疑う事を忘れないというのは大切である時もある。忘れてしまったが故に、起こる事件もあるのだ。 「……しかし、本当に恋愛感情はままならないものだな」 「どの口がそれを言いますか、ん?」 ぼそりと呟く『折れぬ剣《デュランダル》』楠神【ハーレム】風斗(BNE001434)を横目に『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が釘を刺す。その隣では、『雪暮れ兎』卜部冬路(BNE000992)が真顔でこくこくとものすごい頻度で頷いていた。 「ど、どう言う意味だよ」 「フラグ王の言う事じゃねーなと」 「一理あるわね」 「全くだな!」 「じゃのう」 綺麗に声が揃った。お、俺はそんなんじゃないと抗う風斗を軽くいなし、一同はさらに足を進めていく。 「みんな仲良しだねぇ」 そしてその様子を眺める『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)はほんわりと笑みを浮かべつつ、駆け出す様に一連の後を着いていった。 「気休めだけど、一応な」 アーケードの入り口を潜る際に、風斗が結界を張り巡らせる。一通りが少ないとはいえ、市街地だ。いつ誰が入って来るかわからない。 そこにアーケードは掲げてあれど、その先にはかつて商店街だった頃の賑わいは全くといって存在せず。昔はそれなりに店が並んでいたのだろうが、今は商いを行う場は一つもなく廃屋や貸し物件になっている所も少なくない。近代化が進んでいる街の中、ただ此処のみが時代に取り残されている。そんな印象を受ける場所だった。 そして行き止まりとなっていた向こう側から、商店街跡の年季を感じさせる建物群とは不釣り合いの現代的な外見の青年がやって来るのを見てとれる。 いた、彼だ。間違いない。 リベリスタは互いに目配せすると、青年の行先を封じるかの様に立ち塞がった。 ● 青年――赤嶺亮二は如何にも何の変哲もない、普通の学生だった。 だが、しかし。 その目は暗く、ただ一つ殺意のみを宿している事が見てとれる。 要するに、彼は普通の状態じゃない。 「……どけよ。急いでるんだ」 「いや、そんな事言わずに」 明らかに苛立っている亮二を軽くいなしつつ、うさぎは彼の様子を確認する。手にキーホルダーらしきものは持っていない。ならば、どこかに隠し持っているのではないか。 「……っおい、いい加減に」 「残念だけど、ここを通す訳にはいかないんだよ」 しらを切らしたかの様に怒鳴る亮二を前に、旭が笑顔のまま距離を詰める。それと同時に風斗が、うさぎが、ベルカが、冬路達がそれぞれ武器を構える。 「……えっ。なん……だよ、お前ら、何持って」 「ここを通るには、私達を倒してからにしてもらいましょうか」 月並みな言葉ですけどと付け足し、彩花が雷撃を纏ったガントレットを武器を亮二に向ける。そして攻撃を繰り出すべく一気に間合いを詰めた。 「……え、ちょっ」 目の前の出来事に理解が追い付いていない亮二は、ただ立ち竦む事しか出来ない。 駄目だ、やられる。 覚悟を決めて目を瞑った、その時だった。 ふわり、と柔らかく亮二の周りを光が囲み、小さな女神達が姿を見せる。それは彼が拾ったキーホルダーに模られていた女神を実体化したものといっても違いはないのだが、今のリベリスタ達には確認のしようがない。 「護って、くれるのか……?」 女神の一体は彩香の前へと向かう。……そう言えば、彼女は護ってくれると言っていた。それに、今の自分には「願いを叶えさせるだけの」力があるではないか。ならば今、使う以外に方法はあるではないか。 「ありがとう。……俺も、頑張るから」 亮二は恋人に語りかけるかの様に呟く。傍から見たら独り言にしか見えないが。 尤も、それはヒトではない。 「なるほど。恋は盲目、かの」 「……ならばその目、覚ませてやるしかないな!」 次に先手を取ったベルカは閃光弾を女神の群れに向かって炸裂させる。眩く輝く光は、4体の女神達の目を眩ませる事は必至だった。 次に繰り出すは旭による猛烈な打撃。ぐしゃり、と地面に叩きつけられた女神の一体へ更に風斗の全力を込めた一閃が襲う。彩花の攻撃で弱っていた女神は、一斉攻撃に成す術もなく消え去っていった。 「お、おい!……糞っ」 護ってくれた一体の女神を失った事に対しての怒りか、亮二は覚悟を決めた様にリベリスタの方へと目を向ける。 そして、閃光には閃光を。女神によってもたらされた戦う力を惜しみなく、彼の手からは強く輝く光の帯が放たれる。光は瞬く間にリベリスタ達を包み込んだ結果、彩花がぐるりと方向を180度変換した。 「っ!」 「わ、ちょ、彩花殿!? しばし落ち着け!」 完全に自我を失った彩花は、冬路とうさぎを巻き込む為に己の牙を繰り出すが。二人は速やかに後方へと避け難を逃れる。そして更に助長させるかの如く、ベルカのから免れた残りの女神達が一斉に口を開く。 「……来るぞ!」 「なんて音なの……っ」 閃光弾の反動から解放された女神達が、破滅への調べを奏で始める。それは愛らしく優雅な見た目とはかけ離れた、まさに雑音と言って等しい程凄まじい音で。ベルカの防御共有により多少緩められているとはいえ複数にわたって奏でられるソレは、じわじわとリベリスタの体力を奪い攻撃力を弱めていく。 「……うわ、ヤバいな、これ…………っ!」 蓄積していくダメージは、アンナの分攻撃を肩代わりしている明奈の明るい笑顔を引き攣らせていった。それを見かねてか、アンナは明奈に癒しの息吹を施す。 「ありがとな、アンナ! 恩に切る!」 「こっちこそ。こういう時に助け合ってのコンビだからね」 明奈の愛は無尽蔵、こんな所で倒れてはいけない。頬をぴしゃりと叩いて再び庇う為に立ち向かう。大切な回復手を、そして何より相棒に攻撃が及ぶ事から護る為に。 戦いは続く。うさぎの刻印により回復を封じられている上に更に重ねが蹴られた旭の蹴撃が決定打で、また一体の女神が姿を消した。 リベリスタの主な作戦は女神達からの各個撃破。確かにその作戦は効率的であったと言える。先程の防御面での強化に加え、ベルカによる攻撃力共有の加護で増幅された攻撃は女神の調べで削られた分と合わせてもプラスに転び。フェーズ1である彼女たちにはリベリスタの攻撃は一回でも耐えられたとしても、やはり重い。電撃を纏った風斗の一撃が決定打となり、更に一体が地に沈む。これで残りはあと3体、最初に存在していた6体の女神達は、半分の数にまで減っていた。 「く、そ!」 護ってくれると言った大切な人。彼女の分身を半数失った亮二はぎり、と歯を食い縛り自らの力不足を悔やみ再び閃光をリベリスタ達の方角へと放った。この攻撃で明奈、ベルカ、冬路の瞳から光が抜け落ちる。彩花を含めると合計4人、半数が自我を失う形になってしまったのだ。 ここに来て訪れた不遇に、アンナは唇を噛む。自らがこの攻撃を受けなかったのは、やはり明奈が代わりに受けてくれた為で。再度の借りを今果たせなくては何時出来るのか。 すう、と息を吸い。アンナは聖なる息吹を周囲の仲間たちに吹きかけ、傷口を塞ぎ正気に戻らせた。 「ふう。……今までの分、しっかり返させてもらいます、よ!」 長い間正気を戻す事が出来なかった彩花の表情は、水を得た魚の如く明るい。素早く繰り出された拳は一体の女神の命を奪い、もう一体の体力を半分にまで追い込んだ。 ここまで来たら残りは早い。2体の女神達は互いの回復を補い合うには威力が足りず、攻撃の威力を下げる調べは自身の消耗を減らすにもまた力不足で。女神達の傷は尚更に深まるばかりであった。残った二体のうち、傷の深い女神は冬路と風斗の雷撃で呆気なく姿を消し。そして再びベルカの閃光により身動きが取れなくなった上に、彩花の拳撃で消耗しきっていた最後の女神は、うさぎの正確に放つ突きに成す術もなく。静かに亮二の方を振り向くと、悲しげに悔しげに消え去っていった。 これで残るは、最愛の存在を奪われ呆然とする亮二のみ。 ● 「んー」 うさぎは再度亮二の手に何か持っていないか確認するが、やはりキーホルダーらしき物を持っている様子はない。彼の着用している上着のポケットに入っている可能性も考えたが、ポケットは両側に存在している上にどちらかを戦闘中に探し出すのは手間が掛かる。尤も、探っているうちに倒れてしまっては仕方がない。故に、本人に一つの案を持ち出してみる。 「えーと、無理とは存じての上ですが。貴方キーホルダー持ってるでしょう。出してもらえませんか?」 「……嫌に決まってんだろ!」 速攻で断られた。という事は。 依頼を完遂させる為に、必要な事はあと一つ。 「こうなったら、実力行使に出るしかないですね」 「え」 「わかった」 「了解だよー」 視認出来ない以上は戦闘不能まで追い込んでから奪うしかない。うさぎはその意を簡略に仲間に伝えると、一足先に踏み込んだ。 一時的に力を得たとはいえ、亮二は一般人であり。戦いに関する知識も経験もゼロに等しい訳で、簡単に隙を作ってしまう。それは一瞬でしかなかったが、リベリスタはその一瞬の隙すらも見逃さない。ちゃきりと鳴るタンブリンから流れ出る生糸は、彼の姿を確実に捉えんと迫る。 間一髪で避けた亮二は、半ばヤケになって光を放つ。この攻撃により彩花と風斗の二人がを捉えられるが、直後の明奈の涼風により自我を取り戻す。あとに待つは、リベリスタの一方的な集中攻撃。 「何だよ、何なんだよ! 何で俺の邪魔をするんだよ!!」 最後に足掻くが如く、自らの素直な思いを叫ぶ亮二を前に、アンナは至極冷静に応える。 「皆あなたを行かせたくないのよ。……人を、殺すつもりでしょう」 「……何で、そんな事知って」 「駄目よ、させない。あなたに人は殺させない」 明らかに年下でありそうな少女の強い瞳を直視できず、亮二は思わず視線を逸らす。が、彼女だけではない。この場にいる人間全てが、同じ眼差しを彼に向けているのだ。 「……べ、別に良いだろ! そもそもあんたらに関係な」 「良い加減にしろ!!」 思わず言い返そうとするが突然の怒鳴り声にびくり、と亮二が肩を震わせる。 声の主はうさぎと、風斗の二人。 「しっかりしろ赤嶺亮二! お前が本当にしたい事は誰かを殺すつもりじゃないだろう! ……自分が本当にしたい事は、そんな事じゃないだろ!?」 「……っ……!」 直後、背中を襲う衝撃にふらつきそうになるが。すぐに表情を戻し、自分の本心をぶちまけるが如く。叫ぶ。 「……もう駄目だよ、駄目に決まってる。 好きだから、好きだったから! 陰でこそこそ裏切ってるアイツをもう視界に映したくない!!」 「勝手に終わらせるな! 自己完結してんじゃないバカが! 本当に大事なら今からでも何とでも出来る筈だ!!」 表情を変えず、だが思いの籠ったうさぎの言葉に怯みそうに、ぐら付きそうになる……が、逃げ出した際の状況を思い出したのか。絞り出す様に、吐き出す様に尚も叫び続けた。あと、もうこの時点で半泣き状態である。 「わかってる、わかってるけど……一度でも知ってしまったら、もう何も信じられなくなるんだ。そもそもアイツが本当に俺の事を好きだって事もわかんねえよ!」 「じゃあ何で青天目さんに想いを伝えた? 不安だった筈だ、怖かった筈だ! なのに勇気を振り絞ったのは何でだ!?」 「それ、は」 「勇気を見せろ! 一欠けらでも良い……男だろうが!!」 うさぎの叱咤は彼を揺さぶるに充分過ぎて。次第に口調も、弱まっていく。だが、やはりトラウマは纏わりつくもので。亮二はまだ、そこから抜け出せずにいた。 「……、駄目だ、やっぱり」 「貴方ねえ……本当にそれでいいの? そこまで憎くて、そこまで殺したいと言うのか?」 そこで一通りの流れを聞き続けていたアンナが、口を開く。溢れ出る感情を堪えきれなかったのか、口調がどんどん強まって来ている。そして、その感情のままに十字に輝く光を呼び寄せた。 「簡単に生死を口にするなっ……この馬鹿!」 最後の一手は、彼女に。 死を見つめ続けたからこそ、口に出来、全力を出せる。確実に彼から力を奪うが決して命を奪う事のない、優しい光に貫かれ。 ――亮二は膝を、ついた。 ● 「と言う訳で。ね、出して」 「……仕方ねえなあ」 風斗により手当てが施される中、旭がちょこりと屈み掌を見せる。屈託なく笑顔を見せる彼女に観念してか。亮二は上着の内ポケットを探り、掌の上へと差し出した。 「……あ、そこにあったんですか」 「傷つけたくなかったからな、何かあった時に」 もう遅かったけどと苦笑しながら継ぎ足す亮二の横、道理で視認出来なかった筈だ、とうさぎは納得した顔で呟いた。 「……なんか、何でこんな突っ走ろうって思ったのかわからないな」 「手遅れになる前で良かったのよ、本当に」 アーティファクトの効果が薄れた亮二に、もう殺人への執着は存在しない。本来は穏やかな気質の彼だ。だからこそ、自らが突然激しい殺意に駆られた事に対して実感が持てずにいる状態で。そんな亮二にアンナはもう大丈夫かと思う一方で、二度とこんな事を思い起こす事がない様にと諌めた。いなくなってしまえと願う事は、とても悲しい事だから。 「……なあ、やっぱり思うんだけどさ」 「?」 手当てを終えた風斗が、何か言いたそうな顔で話を切り出す。先程思いっきり闘り合った所為か亮二はびくりと身を震わせるが、風斗はあくまでも静かに、言葉を選び真剣に思いを紡ぐ。 「後悔のない選択をしてくれないか。どんな道を選んでも良い。……けど、自分が何を一番大切に思っているのか、もう一度考えてくれないか」 「……年下に言われちゃ、仕方ないなあ」 ――何を一番大切に思っているのか。その言葉に恋人の姿を思い出したのか、一瞬亮二の顔が引き攣る。が、半ば無理やりに元の表情に戻し、観念した様に笑った。 「それじゃあ、もう戻るな」 「仲直り、できたらいーね」 「……善処するよ」 アーケードの下、リベリスタ達に見送られ亮二はかつて商店街だった場所を後にする。 「まだ未練があるならば! 交換日記からやり直せ!」 そしてベルカによる背後からの掛け声で盛大にずっこけそうになった。体勢を立て直し、ひょこひょこと歩く姿は如何にも頼りなさそうに感じられるが、その姿に以前の暗い影は感じられない。 「……結局、来なかったな。二人共」 「まあ、目立たない場所ですし。もし探しに来たならば、見付けられなかった可能性もありますね」 亮二の姿を見送りながら、明奈は残念そうに肩を落とす。リベリスタ達の中には、青天目琴子と黄楊芳治が亮二を心配し捜索に来る可能性を懸念していた。しかし、彼等はこの場所に訪れる事は最後までなかった。何か考えての事なのか、単に見落としていたのか、そもそも二人がそれだけの器だったのか。この先に干渉する事が出来ないリベリスタ達は、考えを巡らせる事しか出来ない。 「……まあ、あとは個人の問題でしょう」 彩花は静かに呟く。彼女は琴子に対しても疑心的だ。その疑いは果たして正しいのかどうかも、今は確認し様がないが。 「あいつはまだ若い。幾らでもやり直す事が出来よう」 冬路はこう見えて、亮二よりも生きた時間は長い。故に思う。これからも彼の未来が在り続ける事を。 そしてリベリスタ達は亮二の先を思い、見送り続けた。 姿が見えなくなるまで、いつまでも。 ● 一人だけの道を進む中、亮二の体は相変わらず重い。 だけど汗が滲む顔を上げ、重たい足を確りと前に出す。 どんな結末に転ぶかは自分でもわからない。 でも、決めたんだ。 前に進もう。後悔のない様、素直に本心を告げ決着をつけよう。 喉奥まで込み上げる悪寒を寸での所で押さえつけ、また一歩ずつ歩き出した。 目の前に広がるは、どこまでも続く赤い夕暮れ空。 自らを破滅へと追い込む色はもう、そこには存在しない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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