●恋情遊戯 男女が向かい合って座っている。一瞬でも眼窩に望む夜景全てを一人占め出来そうだと感じてしまう、その場所で凪聖四郎は恋人である六道紫杏と所謂『デート』をしている最中であった。 「この間のプレゼント、とっても素敵でしたわ! 聖四郎さん、大好き」 幸せそうに紡いで、うっとりとした瞳を向ける彼女へと聖四郎は優しく微笑む。 準備が整ったのか、前に問うた時に紫杏は『あと、少し』だと応えていた。これに関しては元来より知識欲の強い男は気にならずには居られない。恋人の為だという建前と興味本位だという本音を混ぜ合わせて、あくまで理性的に彼は囁く。 「紫杏、俺は君の役に立ちたい」 その言葉にまあ、と感嘆の息を吐いた紫杏は嬉しそうに笑う。子供っぽい女であると思う。嬉しい、と恋人の瞳をして女らしく笑った後、その眸の色は変わる。 利己的に、恋情すら孕まない『兇姫』の笑み。囁くように、凛とした声音が這い寄る。 「アタクシ、メインディッシュって前菜が有るからこそだと思いますの」 ――女とは気紛れな生き物だ。傍に置いて置くにしては彼女は『頭がよすぎる』。けれど、同時に『とても面白い』のだ。嗚呼、だからこそ、彼女が酷く愛おしい。 「ねえ、聖四郎さん――?」 ●四季に集うモノ ぜえぜえと肩で息をする。 アレは何だ――アザーバイド? いや、それよりももっと生々しくて。ノーフェイス? 其れにしては人の形ではない。エリューション? 分類は? 解らない。 怖い。怖い。怖くて怖くてたまらないのだ。足が震える。ひゅう、と咽喉から息が漏れる。 理解できないモノは根底から拒絶するに限る。煌めく虹色の瞳の男が遠くから見ている錯覚がして汀・夏奈は震える足で立ちあがる。唇をかみしめて、何がしたいの、と問うた。 「君は、何処の派閥の子なんだ」 優しげな、『気持ち悪い物』を連れているとは思えないほどに優しげな声だった。 「大丈夫だ。これは取引だからね。何も怖いことなんて、ないさ」 ――何を考えているんだろう? 少女は、夜を駆ける。 ●ブリーフィング 「六道の研究員――そして、キマイラが動いたわ。直ぐに対応して頂けるかしら」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタに対して『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は真面目な表情で告げた。ぴん、と張り詰める空気の中、彼女は困った様に視線を動かす。 求道者の集団であるフィクサード『六道派』首領の異母妹である『六道の兇姫』六道・紫杏らが作り出したキマイラは前回、リベリスタらが相手に取った時よりも完成度は上がっている。アザーバイドでもエリューションでもない。多数の特徴を組みあわせた『人為的な研究の結果』たる生物は夜の闇に紛れ、ひそかに蠢く時を待っていたのだろう。 「目的は何でしょうね。簡単に言うなれば余興かしら?」 理解が出来ない、と眉間に皺を寄せ、予見者は呟く。 「今回は六道の研究員に一人の協力者が現れている。『彼』の協力を得て、如何やらイタズラをしにくるようね。一般人の虐殺は『彼』の趣味に合わない。 ――フィクサードならどうかしら。彼の『目的』にそぐう何らかが出来るかもしれない」 何かを隠す様に紡ぐ。その意図を謀りかねてリベリスタ達が眉間にしわを寄せた、何だ、と。 一体何があるのだ、と彼らの目は語る。 「春めく灯籠と呼ばれるフィクサードグループを彼らの手に落ちない様にして欲しいの。 彼らは春樹、夏奈、秋人、冬子という名前の四人組。悪戯ばかりしている子達なんだけど……」 問題はここからだ、と世恋は資料を捲くる。 「戦闘を監視している六道派フィクサードのほかに別の派閥のフィクサードが出てきているの。 彼らは、何か『取引』を行おうとしている様なのだけど――其れについてはよく分からない」 理由が全く分からないからこそ、怖いのだと予見者は告げる。 モニターに映しだされたのは一番幼い少女が懸命に異形から逃げる姿。恐怖に歪んだ瞳が、我武者羅に逃げることしか考えていないという事を感じとらせた。 「この『春めく灯籠』を六道派のフィクサード及び別の派閥のフィクサードとキマイラから保護してきて下さるかしら。 現場は郊外の裏山、雑木林の中。闇の中を蠢くとでも言うのかしら。あまり目立った『事件』にしたくない様ね。――雑木林の中を走って抜けきれば、町に出るわ。其処までいけば此方の勝ち」 詳しい資料はこちらに、とフォーチュナは其々へと手渡す。不安げな色を浮かべて、年の割に幼いかんばせに浮かべたあからさまな困惑にリベリスタは真っ直ぐに彼女を射て問うた。 「協力者の名前は?」 目線が揺れ動く、予見者は、紡ぐ。 「――凪聖四郎」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月12日(月)00:57 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 夜を、駆ける。 少女は夜を駆ける。酷く胸が痛む、息が上手く出来ない。運動靴の靴紐を結び直すことだって出来ない。――止まったらどうなるの……? 恐怖心が胸を締める。怖い、怖い。背後を蠢くものはなんだろう? 汀・夏奈は不幸だった。誰よりも、何よりも。不幸で、不幸で、堪らなかった。 「聖四郎様、どう致しましょうか――?」 雑木林に紛れる様な声だった。街の郊外に位置するこの場所で、ただ静かに『逆凪』のフィクサードは問うていた。日の光を余り受け入れないその場所の土はやや湿り気を帯びていて走り辛い。 だが、そんな『日陰』の場所だからこそ彼らは蠢くのだ。闇に蠢くものは、この『日陰』の中でだけ息を潜める事をやめた。その力を全力で振るうのだ。 聖四郎様、と再度呼びかけられる。その声に、少し離れた林に立っていた男は、ゆるく笑った。 ● 駆ける。雑木林の中を、探す様に。まるで猟師が逃げ惑う兎を追う様なものだとも思えた。 追う者と追われる者。フィクサードを追うフィクサード。 「フィクサードがどうなろうと――」 知った事ではない、と口にし掛けるが、火縄銃を握りしめて視線を動かす。だが、救おうと思う。その後ろで糸を引く者が『何』であるか知っているから。 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)の黒靴が雑木林の土を踏みしめた。猟師は銃を手にしている。逃げ惑う赤ずきんはお婆さんのカラクリに気付いてしまった。ただ、そのお婆さんを食べた狼を駆逐するのもまた狼。生家で代々受け継がれてきた得物は彼の手にしっかりと馴染んでいた。 「その後ろ、存在する凪聖四郎……私でも、思惑の分からない相手です」 唇に指を当て、悩ましげに視線を揺れ動かした『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は朔望の書を抱きしめる。分厚い魔術書は運命の天秤が揺れ、瓶から水が溢れぬように他も立てる均衡が何であるかを知らんとした魔術師たちの夢の軌跡を描いたもの。 彼女の握る書から零れ出る魔術師たちの夢。其れと同じく『魔術』――『神秘』を求める男が求める物を一端でも掴めるならば…… 「目的。掴めれば……いえ、掴みとりましょう」 見送るだけではない。ただ、掌から零れていく砂を見つめているだけではない。長い黒髪を揺らして、悠月は笑う。月の満ち欠けの名を冠した彼女は、笑った。 「ああ、その思惑、目的を駄目もとでも、掴みとろう」 頷きながら、黒い瞳に炎を湛えた『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)は真っ直ぐに前を見据えた。 一度ならず数度は凪聖四郎と相見えた彼だからこそ、此度の行動には思う所が合った。 可愛い恋人である六道紫杏を助けるためか、それとも既に何らかの工程を終えてしまった材料の保護なのか。どうしたって、目的は『捕えるだけ』でないことは明白だった。 「……その前に、俺らは体を張って、やらなきゃならない事がある」 「うん、フィクサードであってもリベリスタであっても、そこに助けを求める人が居たら助けるのが僕達だよ」 彼は、『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)はヒーローではないけれど、それでもその腕で守れる範囲であれば全てを守る心算でいる。 其れは、この場にいるリベリスタは誰だって同じだった。だからこそ、エリス・トワイニング(BNE002382)は自身のできる事をしようとしている。敵を打破する事も、救出する事も、其れでも彼女に課されたオーダーは只一つ。 「ただ、それだけを、確実に……すること」 それだけ。ただ、それだけでもいい。 「……ん、電波の受信感度、良好……いける、よ」 電波を受信するアンテナ、あほ毛を風に揺らし、メイド服の裾を揺らす。自分を庇ってくれる人が居るから、戦場に立っていられる。そう思うから、ただ、癒し続ける。 それは、『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)だって同じだった。灰色がかった翼を揺らし、紫の長い髪を靡かせる。紫苑乃数珠を握りしめて、彼女は前を見据えた。 雑木林の合間から見える、少女の背中と『蠢くモノ』。 ――嗚呼、再び見え、其れを助けるのだって又、縁だ。 林の合間から手を伸ばす。小さな少女の背中にはまだ、届かないけれど。 「――ご助力に、参りました」 シエルが、彼女達が目にするのは六道の兇姫のオモチャたち。メインディッシュの前のちょっとした余興。 そして、兇姫の恋人の協力者たちの姿。 ――私は、ただ、皆で幸せになりたかっただけだった。 そう告げた少女の声を今でも覚えている。『あの時』に出逢った彼女たちは、あまりに必死で、危うげで。固い決意をその弱くも脆い体に抱いて、ふらつく足で立っていた。 だから、見逃せなかったのだろうか。 つい、声をかけた。 『アークにおいで』 どうしても、見逃せなくて――そこから、縁が繋がった。 アークのおにいちゃん、と笑ってくれた顔を覚えている。泣き虫で、弱虫で、感情豊かな子だったから、きっと怖くて泣いているのではないだろうか。 一緒に遊びたいと思っていた。まだ、其れを果たせてないのだから、こんな所では終わらせたくはない。 「絶対に、護り抜くんだ」 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は拳を固める。 彼らは雑木林を走る、走る。 ただ、助ける事だけを、望んだ彼の肩を夏栖斗はぽん、と叩く。振り向いたエルヴィンの頬に指先を当てて、走り出そうとする衝動を収める様に悪戯っ子の様な顔で笑う。 「夏栖斗ッ」 「あはは、大丈夫、ここは僕達に任せて」 踏み出して、夏栖斗は炎顎を構える。持ち手の付いた武骨な棍を握りしめ、彼は、ゆったりと笑った。 ● 「さあ、友の覚悟を胸に。――この場は任せて下さい」 自身の全力を掛けて。脳裏にちらつくのは凪聖四郎の側近として居た男の姿。 『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は駆ける。その速度を生かして。夜の闇を切り裂くように。 体内のギアが、かちり、かちりと加速する。体内の歯車が廻り、まるで風が如く闇を切り裂き躍り出る。 彼の肩でばさり、と防御用マントが揺れた。Auraを振るう。ヒュン、と音でさえ遅れて聞こえるそのナイフはアモソーゾの鈎爪とぶつかる。 「―――ッ」 奇声を発して、亘と視線を交錯させるアモソーゾ。まだ生前の顔を其の侭に遺し改造され尽くした『キマイラ』は美しさの欠片も残さずに、大きな口を開けて、叫んだ。 「神木……実花」 その女性を知っている、そのヒトが誰なのか、分かっている。 ブロードソードを握りしめ『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)はアモソーゾを見つめた。人として死に絶えた存在が、今は六道の玩具となる。何て背徳的な事なのだろう。 踏みしめるたびに木の葉が舞う。舞い散る木の葉に自身の想い出を見た。何時だったか、神木実花の名前を幾度か耳にした。アモソーゾと呼ばれる前の彼女にも出逢った。歪な、歪み切った与えられた『生』。 「貴女とまた、お会いするとは」 記憶の中にある、神木の姿を想いだしながらも、真琴は首を振る。彼女は今、アモソーゾを相手にとらない。胸に抱き続ける憎悪の相手ではないけれど、其れでも同じ『フィクサード』の分類となるならば。 「私の安息の為に、お相手願えますか……?」 真琴は逆凪のフィクサードらの前に、躍り出た。長い髪を揺らして、強い意思を瞳に宿して、常に浮かべる優しげな笑顔は其処にはない。復讐、憎悪、胸を締め付ける言葉。フィクサードは、殺すべきでしょう……? 「フィクサード。ふむ、その中でも主流七派か」 こつ、とヒールのある靴の踵が鳴った。マントを靡かせてリオン・リーベン(BNE003779)は色違いの瞳を向ける。 主流七派――日本のフィクサード派閥の中でも代表的な七つ。その中でも一番大きなシェアを持つ逆凪と求道者集団たる六道。その二つが足並みを揃えてくるとなると厄介だ。その行動理由が『取引』の為であるというならば更に厄介事も巨大になるだろう。 呆れた様な表情で、指先は宙を描く。す、と息を吸い込んで、茫然とその様子を見つめていた少女を含めて、戦闘防御力を向上させた。指揮官の青年のその身に宿る効率動作が、同調されて行く。 「同調開始。防御動作、トレース」 語る様に、機械仕掛けが如く紡がれる言葉に、顔を上げて、汀・夏奈は「アーク」と呟いた。 丸い瞳が、その背中に注がれる。膝をついた少女を支える青年が、警戒する様にリオンを見据える。突然の乱入者に逆凪の僕達であっても目を丸くしているのだから其れは仕方ないことなのだろう。 「こんにちは、逆凪。アークの御厨夏栖斗だ」 フィクサードからすれば『アークの有名人』である夏栖斗の姿。まるでヒーロードラマの様なお約束だ。『正義の味方』の姿を確認するや否や、フィクサードが一歩後ずさる。その言葉は春めく灯籠にも聞こえたのだろう。名声、今迄培ってきたもの全てが噂として広まっていく。その姿だって知る人は知っているだろう。特務機関『アーク』は巨大な組織だ。その中でトップクラスの『有名人』となれば、外部のフィクサードやフリーで動いている一部のものだって知っている場合がある。 「アーク……か」 警戒を緩めないままの春めく灯籠の春樹の元へとシエルは癒しを送る。一度相対した事のあるその存在に、冬子や秋人が安堵を浮かべる。だが、まだ春樹の警戒は解けていない。 「大丈夫……もっとよく知っている人も、来ていますから」 落ち着く様に、深く包み込む慈愛を胸にシエルは語りかけた。状況が状況だと、言葉少なに告げる彼女。けれど、元来の優しさからか、其れだけでも安心感を与えられている。 よく知っている人、の言葉に少女はふらりと立ち上がる。目を見開いて、涙を浮かべて、その姿をその眸に映す。 「夏奈、俺だ! アークのエルヴィンだ、助けにきたぞ!」 癒しが与えられる。その体を盾にして、背中越しに向けた視線の先には、今まで携帯電話越しで確認していた存在があった。少女は電灯を手に立ちあがる。 ――止まっている暇なんて、無かった。止まってはいけなかった。 癒しを受けて、挫け掛けた膝を立たせて少女は走る。背中に受ける激励を支えにして。 「雑木林を抜けられては困る」 「ああ、アークめ、やはり来たのか……!」 口々に告げるフィクサードの声に笑みを浮かべて、火縄銃から一気に放つ――! 気糸がアモソーゾへと巻き付く。その爪は亘へと再度振るわれる事はない。眼帯で隠した右目の向こうで、龍治はじっと見据える。 「闇を蠢く、か……雑木林を抜けきればお前たちは追ってこないのか」 その照準は外れる事がない。夜の闇に紛れてフィクサードは嗤う。これこそが蠢く者。六趣に於いて蠢くモノは機械仕掛けの姫君の手から離れて、その愛しの男の手駒として動いている。唯、それさえもこの林の中に――夜に隠してしまおうとするならば。 「面白い、雑木林を抜けきったら俺達の勝ちだ。賭けだろう――? 確かに、承った」 「なら、その賭け、『逆凪』が勝たせて頂こう」 その声と共に反応するフィクサードはデュランダル。振るった剣を剣と思しき鉄塊で受け止めて、零児は潰れた瞳に宛がわれた義眼で笑った。 「大使館の件を覚えてるぞ。お前らの『聖四郎』は俺達の介入だって想定内だろう?」 重たい一撃で、其の体を吹き飛ばす。だが、逆凪は怯まない。インヤンマスターの降らす氷雨が凍てつき往く手を遮ろうと降り注ぐ。癒し手は只その場でじっと敵を見据えた。全てを把握しよう。分かるならば、手番を一つ消費してでも仲間の『支え』になる。 「エリスは……出来る事を、する……」 「ええ。出来ること――其れをする事が一番ですね」 知的な瞳に映すのはフィクサードの姿。其れさえも見透かす様に、その後ろへと届くように悠月は涼しげな顔で見つめる。癒しを謳うフィクサードへと振り翳される黒い魔力。嗚呼、首を刈取る様に振り翳し、切りつける。 「私は、知りたいのです。貴方の見据えるその先を――」 悠月の指先で煌めく宝石は彼女の力になる。第二位の座を冠した魔女は、笑った。誘う様に、導く様に、答えに縋るが如く、魔女は臨む。ルージュを引いたが如く紅い唇は蠱惑的な笑みを浮かべて、その名を呼んだ。 「ねえ、凪聖四郎?」 ● 夜の闇を引き裂いて、脈動を繰り返す。ストラッスィナンドの氷の旋律が春めく灯籠を目掛けて奏でられる。 その戦慄に怯える様に、縺れる足で懸命に先頭を走る少女は振り返る事はない。 彼らは、フィクサードで。アークじゃないことなんて分かっていた。大切な友人だとそう思うから。 「俺は死ぬ覚悟で、殺す覚悟で護り抜く」 護りたがりの自分が口にする言葉ではないな、と思った。丸い瞳をして、困ったように笑う妹の表情が脳裏をよぎる。 大丈夫、一方的な狩りを終わらせるだけだ。命を賭けて護り抜く。決意は割れない。 「大丈夫です。往きましょう、その先へ――」 謳い、奏で。癒しを乞う。シエルは懸命に春めく灯籠を励まし続ける。傷つき、ただ、走る事だけを行う春樹の背中。シエルは視線を揺れ動かす。 「このような時には回復役を潰すが定石。私だって、経験があります故に」 氷の旋律を避ける事はしない。北極紫微大帝乃護符にぶつかる其れは、シエルの体を傷つける。キマイラには幼稚園児程度の知力しかない。其れでも、回復役が危険だと分かるのか、はたまた六道のフィクサードの指示なのかは分からない。ただ、その身を全力で庇うのみ。 「大丈夫ですか!?」 「ええ、私は倒れません。たとえ、何があろうと」 だから、回復はお任せください。その言葉に亘は頷く。アモソーゾへと振るう音速の刃。未だ背後に感じる春めく灯籠の気配に心なしか焦りを感じる。 幾ら回復を行ったからと言って、走り回れるほどの元気があるのは夏奈だけなのだろう。ふら付く足の冬子は時折、膝を折りそうになってしまっている。 「乙女たちの危機は見逃せませんから、さあ、行ってください。ここは自分にお任せを」 此処を抜かせはしない。芸術的なまでの剣戟で青い翼をはためかせ、空を舞う。 澄んだ空色の瞳を細めて、美しい顔のキマイラの鈎爪を受け流す。キマイラの爪が彼の腹へ食い込む。其れでも――退かない、退けない。 「春めく乙女。後でゆっくりとご挨拶をさせて下さいね」 折角お知り合いになれたのですから。ふふ、と笑みを漏らした亘の背後から魔弾が発射される。アモソーゾの長い尻尾を抉り上げる。痛みと共に振られる鈎爪が、亘の右腕を抉っても、彼らは怯みはしなかった。 「突破を図るならこの身を挺してでも止めて見せよう」 常なれば、身を挺して自身を護ってくれる恋人が居る。安心して、背後で銃の照準を当てる事ができる。けれど、其れが叶わぬ今なれば、自身がその身を挺してだって、止めてみせるしかない。 じりじりと後退する。走る春めく灯籠の方へと、段々と近寄っていく。キマイラは2体。けれど其れ個体としての力が強大だ。止めきれずに、後退する其の体の負担は計り知れないものだろう。 癒しを謳うシエルとエリスも少なからず飛び火する攻撃でその身を削る。前線で抑える事に廻るシエルに至っては癒しを乞う間にも新たな傷を増やし、運命だって燃やしてしまう。 「――ッ、通しはしません」 シエルの言葉に頷いて、龍治は放つ。星屑をも落とすが如き、その射撃。光弾を打ち込んで、左目で照準を合わせる。 ――倒せる相手だとは思っていない。 足止めすることだって、適わない相手かもしれない。 それでも、――でも、無理な攻勢は行わずにいても。 「一分一秒でも時間を稼ぐ。其れが自分の役割だ! さあ、来なさい。自分は此処を通しませんよ」 誰が為か、友が為―― その為なれば、運命さえも燃やしつくす勢いで。ただ、風となれ、空と同化しても良い位に、速さと空に恋焦がれる。 「自分は、全力を尽くすのみッ!」 その時の亘は自由など考えてなかったのだろうか。友の想いに縛られていたのではないか。 ただ、其れでもいい。決意と覚悟が、その身を縛っても。己が意思で空を熱望すると同じ位――強く、友の想いを護る事を望んだのだから。 頬から滴る血など関係ない。抉られる腹など気にしない。その翼がもがれない限り、血に塗れ、敗北へと近づいたとしても。 「自分は覚悟していますよ。覚悟がないならば――ほら、お帰りはあちら」 光の飛沫は音速の刃に乗って、散り輝く。アモソーゾの緑色の肌から溢れ出る体液が、醜いまでの叫び声が重なって、亘の青い空の瞳を目掛けて、鈎爪が振り下ろされた。 「賭けには、勝たせて頂こう」 その鈎爪目掛けて、光の弾が放たれる。目の前を過ぎ去る其れはまるで流れ星の様だ、と亘はぼんやりと感じた。 ● 数でいえば同じ。優勢を感じながらも、キマイラの対応をする仲間が気になる夏栖斗は唇を噛み締めた。 幼稚園児程度の知能しかなくとも力はあちらの方が上。まだ、逃げるだけなのだから、或る程度受け流せるだろうけれど――追いつかれるなよと背中越しに視線を送る。 彼の炎顎にソードミラージュのレイピアがぶつかった。ねえ、と誘う様に声をかける。 「取引がしたいんだろう? 僕らの方がオーダー以上になるんじゃない?」 炎牙で攻撃を受け止めながら夏栖斗は誘う。輝く月は木々の合間から降り注ぎ、夏栖斗達の戦いの舞台を浮かび上がらせている様であった。 「ほら、僕たちでどう? こいよ! 相手になってやんぜ?」 まるで風の様な速度で夏栖斗の懐へと飛び込んだフィクサード。逆凪のソードミラージュはレイピアを夏栖斗目掛けて振るう。芸術的なその攻撃は夏栖斗の頬を切り裂いて、赤い血を滴らせる。 「聖四郎さまは『アークは要らないんだ』」 「アークは要らない? 俺達の介入が来る事を理解していてか?」 巨大な武器を振り回し、真紅のコートをはためかせる。炎を宿したように燃え上る右目でしっかりとデュランダルを睨みつけ、その身に漲る力全てをぶつけていく。 「本当に捕えたいならば凪聖四郎自ら出てこればいいだろう?」 「――聖四郎様なら、直ぐに出て来られる」 其れを望むなら、と紡がれた言葉に首を振る。知りたいのは思惑、考え、其れだけだ。 当人がここに現れて戦場が混乱する事などは望まない。相見えたい気持ちもあった。大使館の爆破の時に、自身と会話した男慕う『凪』という男。 きちんとその目で見て、その耳で聞き、其の体を使って倒したかった。 ――其れは今は適わない。 「攻撃動作同調完了している。――一気呵成」 ゆくぞとリオンは声を掛ける。彼にとっての戦いは常に誇りに満ち溢れている。これは彼にとって誇りを取り戻すための戦いだ。 戦闘の指揮を執り、その戦場を最適化することこそが、彼だ。 彼は立っていた。手にしたバイブルには書かれていない最適の道しるべ。脳内で組みたてられる其れに色違いの瞳を細めて、逆凪のダークナイトの前で、瞳を細める。 「――少し、付き合って貰おうか」 彼の放つ黒き瘴気が身を包んでも、怯みはしない。彼は、指揮官であって守護者だ。誰かを護る事に慣れている。唯、癒しを謳う者をその背に隠す事に離れていた。 マントが揺れる。色違いの瞳がすぅ、と細められる。 「俺がここに立っている理由を、証明してやろう」 瞳を開けて、ホーリーメイガスへと降り注ぐ魔落の鉄槌。真琴の警戒は解けない。凪聖四郎が出てくる可能性を示唆したフィクサード。勿論それを考えていない訳ではない。 聖四郎との連絡役を捕えようと考えていた。だが、捕えた所で彼がその連絡役と今後連絡を取るかと言えば、とらないだろう。 凪聖四郎は利口な男だと零児は聞いていた。利口な男だからこそ、何が起こるのか分からないのだ。 じっとりと掌に汗が滲む。集中を重ねる真琴の隣で零児は一気に踏み込んだ。 生か死か――常に二択のこの世界。燃え上るのは右目だけではない。その全身全ての力を込めて、振り下ろす。 「さあ、安息を与えてやるぜッ!」 一気に叩きつける――その攻撃は、揺るぎない決意と共に振り下ろされた。 「――いた、アイツが凪とコンタクトをとっているヤツだ」 リオンが指し示したのはクロスのネックレスと首からかけたインヤンマスター。その声に目を細め、ばれてしまったと言わんばかりに肩を竦める。リオンに目掛けて放たれる無数の符や啄み、この世から送る様に激しく降り注ぐ。 インヤンマスターが召喚し続けていた影人はリベリスタの攻撃からホーリーメイガスを護ろうとささやかな抵抗を見せていた。 「――無意味だという事を教えて差し上げましょう」 ゆったりと、悠月が笑う。その笑みは優しげな彼女の面影を残さない。暗く、冷たい顔。正に魔女をその整ったかんばせに浮かべて、一気に刈り取る。 収穫しよう、首を。その抵抗すら無意味だという事を教えようと。 「……もう少し……」 癒しを欠かさずに謳い続けるエリスへと与えられるインスタントチャージ。黒き瘴気に苛まれながらも視線を揺れ動かしたリオンに大丈夫と声をかけ清き力を与え続ける。 この戦線を保つ事にエリスは尽力した。彼女が自信を持って行えるのは回復を行う事だから。それ以外は、自信を持っては動けない。回復だけは絶対に欠かさないようにする。 ――それだけが、自分だから。 目にもとまらぬ蹴撃はソードミラージュを貫く。夏栖斗の表情は歪んでいた。此方は完璧に『優勢』であった。……けれど、キマイラ側はそうはいかない。傷つき倒れかけているのを一生懸命に支えている事が分かった。 「灯籠は――?」 『あと、少しだ……!』 通信から聞こえる声に安堵して、向き直る。降り注ぐ涙雨が、傷つける。ふら付きながら繰り出される芸術的なまでの光の飛沫を纏う攻撃が夏栖斗の腹を抉る。 「僕はさ、ヒーローなんかじゃないんだ」 「何……?」 フィクサードは顔を上げる。アークの有名人が何を言うのだ、と歪めた表情で。嘲る様に笑って。 夏栖斗の金の瞳が月のように煌めく。炎顎をしっかりと構えて息を吸う。 「僕はヒーローじゃないけれど、大も小も救う。そう決めているんだ」 笑みを湛える、蹴りあげる。跳躍し、全てを貫き穿つ。その戦いぶりは正に覇界闘士だろう。未だ、ヒーローには届かないけれど。それは信念だ。ヒーローになろうと思わない。なるならば―― 「僕は全てを救う英雄になるんだ」 だから、自分は倒れられない。息を吸い込んだ。跳ね上がる、炎顎を地面につけて、其れを軸にして蹴りあげる。澱み無く、全てを穿て――! ● 雑木林の入り口で、ぜえぜえと息をしながら少女は転がり出した。 ゴール地点に辿りついた時、背後に感じていた蠢く者の気配が遠ざかる感覚に夏奈はしゃがみこみ泣き始める。その背をあやす秋人は警戒するようにじっと森の中を見つめていた。 「――もう、こないの」 「ああ、もう来ないんだ」 怯える様に紡ぐ秋人の背に手を当てて、大丈夫だとあやす。だが、仲間達は雑木林の中で、相対しているのだろうとエルヴィンは想った。 凪聖四郎との対話。情報収集という取引が始まっている事には気付いていた。此処で、逆凪を倒す事は無意味だと言う事にも分かっていた。 「今は、大丈夫だ。今は、な」 へたりと座り込んだ少女と視線を合わせる。ネックストラップで繋がれた携帯電話。 「一度さ、ゆっくり話をしようぜ。美味しいケーキでも食べながら」 ずっと、一緒に行ければ良いなと思っていた。楽しい仲間達が沢山居る場所に。携帯電話のアドレスに送った光景を思い出す様に、紡いで。 「……力になりたいんだ、君達の」 その言葉に、夏奈は瞬きを繰り返す。泣き出しそうに歪めた瞳で、おにいちゃん、と呼んで。 「私、夏奈、夏奈ね、ずっとお兄ちゃんと話したかった」 『アーク』じゃなくても、『リベリスタ』じゃなくても、友人だと。死ぬ覚悟で護り抜くとそう言ってくれたから。その声があったから走れた。 きっと、こう言うと大好きな『兄』達とは離れ離れになってしまうのだろうけれど。 「何時も護ってくれるんだね。夏奈、色んな事があったよ。14歳になったの。一杯強くなる練習したの」 震える手で、エルヴィンへと手を伸ばし、ぎゅ、とその掌に触れる。『アークにおいで』と誘ってくれるその声を、今もまだ覚えてる。 「何時も、有難う。アークって、とっても、とっても良い所なんだね」 其処に行けば、きっと、『住みやすい世界』があるのかな――? ● じりじりと雑木林の入り口近くへとにじりよる。警戒を解かないまま、悠月はキマイラを前にじっと見据えた。 流石にキマイラの対応を三人のみで行うというのは厳しかったのだろうか、傷つき倒れてしまった亘や龍治をエリスは懸命に癒す。 フィクサードは残り二人。六道のキマイラが傷つきながらも持ち前の自己治癒能力で未だ叩ける状況で二体残っている。個体として弱かったストラッスィナンドは応戦すれば倒せる可能性もあるがアモソーゾは彼女の得意技――血色五線譜すら使っていない為に、未だ余力はある様で奇声を上げ、攻撃の隙を窺っている。 だが、攻撃は行われない――これは、用意されたのだろう。 アークのリベリスタと逆凪御曹司、分家の身であり、天才的な頭脳を持つ凪聖四郎の対話の場として。 「……さて、そろそろお聞かせ頂けますか? 皆さんの――いえ、凪聖四郎の思惑と言う物を」 黒髪を揺らし、悠月はじっとインヤンマスターとダークナイトを見つめた。後退する兆しを見せながらも、その前で蠢くキマイラを盾に、唇をゆるく開く。 『いいよ、話しをしよう。――ただし、クイズだ』 インヤンマスターが口を開く。其れは聖四郎の言葉だろう。クロスのネックレスが通信器具になっているのか、その親和性が高く共鳴できているのか定かではないが、凪聖四郎当人と話しができているのは確かだろう。 「大方、術でも施したのか、だからあいつらを追っていたのか?」 武器を下ろさないまま零児は問う。だが、その声にインヤンマスターは小さく笑って首を振った。 その仕草を見つめていた悠月は、凪聖四郎とその名前を呼ぶ。揺るぎない黒い瞳は優しげで有りながらも責め立てるかのような厳しさを持っている。 「六道にしろ、ハーオスにしろ……それらと関わる行動にどんな目的があるのですか」 彼女の目は、インヤンマスターを見ていない。其の奥、千里眼を用いて聖四郎を真っ直ぐに見据えている。 彼は、その視線に気づいて、笑った。 『良い目をしている。ハーオス――俺は見てみたい。彼らの魔術を、ね』 「……その先のものはなんですか。――春めく灯籠を生贄にするのも其処に至る一環だとでもいうのですか」 その言葉に、笑みを浮かべる。曖昧な笑みに悠月は唇を噛み締めた。 「答える気は」 ぽん、と悠月の肩をたたく。「ゆづちん」と呼びかけられ、悠月は首を振った。 「アロー、ご機嫌麗しゅう。聖四郎君。いやぁ、お互い我儘なお姫様を持つと大変だよね」 肩を竦めて夏栖斗は前へと進む。其処が可愛くて仕方ないよね、と笑みを浮かべながらも囁くように、逆凪へ対してだけ聞こえる様な声で、彼は紡いだ。 「逆凪のお前が、何で六道に協力してるんだ。愛の為?そんな御託以外に何かあるんだろ?」 アークにかき混ぜて欲しい『何か』が―― その言葉に聖四郎は笑う。嬉しそうに、楽しそうに。 「そろそろさ、僕らにご褒美位くれていいだろ? アクセスに応じたんだから、さ」 金の瞳が湛えた色は、紛れもなく獲物を捕える瞳。凪聖四郎は余裕そうに笑みを漏らして手を叩いた。 閑話休題、とでも行った様子で彼は周囲を見回す。 『さあ、他に何か聞きたい事は?』 「おい……ッ」 息を吸い込んで、聖四郎様、とシエルは呼ぶ。 「もしかして、猫はお好きではございませんか……?」 周囲の度肝を抜く様な言葉に、その場にいた面々は硬直する。シエルの目はいたって真剣そのものだ。 ――気紛れな才媛。六道の兇姫の遊戯。恋人の話から、真実が垣間見えるのではないか。その目論見を胸に抱いて、彼女は聞いた。 聖四郎は、一度瞳を伏せる。くつくつと喉が鳴った。嗚呼、なんて面白い事を聞くのだろう。 あの狂気に塗れ、己が探究心の中、只管に自身の研究の末を求める才女を気紛れな猫だとでもいうのだろうか。その意図に気付いたのか、気付かずか、聖四郎は笑いながら告げる。 『ああ、そうだね、好きだよ』 友人への応答の様なフランクさ。シエルは視線を揺れ動かす、一歩踏み出すのはどちらか。 ――けれど。 小さく逆凪分家の男は笑った。 『猫、と言うにしては甘すぎやしないかな。俺の前では可愛い犬の様だよ』 尤も、彼女は猫や犬と言うよりも『狂気』その物だというべきなのだろうけれど。 「其れでは犬はお好きなのでしょうか……?」 『ああ、そうだね。犬や猫ではなくて、俺は紫杏を愛しているよ』 視線は、夏栖斗へと向けられる。 逆凪の男が、愛情だ、恋人の手伝いだ、其れだけで我儘なお姫様の『言い成り』になるのか。それは、御託ではないのか。そう告げた少年は視線を感じて、顔を上げた。 『ご褒美が欲しいと言ったね。何が欲しいんだい』 「言ったろ、逆凪のお前が六道に協力してる理由だよ。僕は、其れが欲しい」 尤も、それは建前だ。本音を言ってしまえば、此れから兇姫が起こす『メインディッシュ』に踏み込んでしまいたい。紫の髪を揺らし、狂った様に笑う六道の姫君。何よりも手に入れたいのは彼女の情報だった。 『――ご褒美、そうだね。じゃあ、これでどうだい? 俺が欲しいのはアークじゃない』 「アークじゃ、ない……?」 『見果てぬ先に、手に入れたいものがある。君達とは何れ敵対するよ。俺が欲しいのは――』 遠く、青年は虹色の瞳を揺れ動かして、その場を後にする。 彼の眼に映るのはアークでもない、キマイラでもない。今は、その愛しの恋人でもない。 只、その目に映すのはまだ遠く、届く場所にはない摩天楼。 ● 一、二、三……コール音。 その後聞こえるのは、いつも通りの甘ったるい恋人の声だろうか。 ――オカケニナッタデンワハ……。 「おや……」 「どうかされましたか」 繋がらない携帯電話を車の座席へ放り投げ代わる景色を眺める。騒がしいネオンに満たされたこの街の中にどれほど『逆凪』の名前を持つ企業を後ろ盾にしている場所があるのだろうか。 『――オーダー以上になるんじゃない?』 そう言ったアークのリベリスタ。欲しいものはアークじゃない、時村でもない、それより上、余裕を浮かべ、ただ摩天楼の頂点に君臨する男の席――嗚呼、それよりも上。 「……主流七派、か」 呟きは、無機質な着信音に隠された。ディスプレイに映し出された名前が六道の兇姫――可愛い恋人である事に気づき、優しげな声音で、応答する。 「やあ、紫杏……前菜はどうだった? 俺? ……ああ、楽しかったよ。とてもね」 言葉は、只、静かに飲みこまれる。 街は静かに蠢く者に気付きやしない。ただ、喧騒に其れすらを呑み込んだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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