●『百万生命(ライフ・オブ・ミリオン)』は殺せない 獲った、と思った。 実際、彼女が渾身の力を込めて放った斬撃は、正面に立つフィクサードの首を見事叩き落とした。背後で支援に回っている彼女の相棒も、自分達の勝利を確信していた。 何も憂慮すべき事柄は、なかったのだ。その現象を認めるまでは。 彼女の目の前で信じ難いことが起こったのは、次の瞬間だった。確かに切り落としたはずのフィクサードの首が、一瞬で元に戻った。断面から上がったはずの血飛沫も、気付けば霧消している。影も形もない。 そうして――にやり、と。確かに殺害したはずのフィクサード、平川成平(ひらかわなりひら)は笑ったのだ。 「殺せたと思った? ハハッ、残念ながら。喜んでいるところ悪いけど、僕はまだピンピンしているぜ」 彼女は神秘に慣れた戦士だった。この世ならぬ奇跡を目の当たりにして、なお、彼女は戦意を失わなかった。ほとんど無意識に、彼女は愛用の斧を振るった。平川成平は、避けようともしない。今度は顔面に当たった。目玉も、すっきりとした鼻筋も、端の吊り上った唇も。頭蓋もろとも、全てが粉砕された。 確かに彼女は自分の戦果を見た。しかし、それらも一瞬にして幻と消え、そこにはやはり元の通り、五体満足のフィクサードがいる。平川成平が、笑っている。 「勘違いするなよ。確かにあんたは僕を殺した。それも、二度もだ。でも、僕の生命はあんたらのみたいにたった一つじゃないし、二つきりなんてこともない。僕がなんて呼ばれているか知っているか? ――そうだよ。それだ。『百万生命(ライフ・オブ・ミリオン)』の平川成平。僕は他者の生命を奪って、貯蓄しておけるんだよ。すでに僕は虫から人間まで、大小併せて、総数百万の生命をストックしている。さっきまでは鼬の生を生きていた。今は蟷螂の生を営んでいる。ははは、どうしたよ、静かになっちまって。もっと、殺してみろよ。もうちょっとだぜ? なんせ、すでに二回殺している。あと、たった99万9998回殺せば、あんたの勝ちだ」 彼女の斧は、もはや動かなかった。相手が抵抗しないならばともかく、平川成平は生きて、反撃すらしてくるのだ。それを打ち負かし、99万9998回、殺さなければならない。殺せるわけが、ない。 「オーケー。いい子だ。僕も男だからな。聞き分けのいい女の子は嫌いじゃないぜ」 平川成平は、満足げに彼女を見下ろした。その手には、赤黒く汚れた長剣が握られている。殺気。彼女は退いた。戦士としての誇りを捨て、恥を忍んで、逃げを打った。平川成平の嘲笑が、その背に届く。 「ばぁかが。逃がすわけないだろ。あんたも、僕のストックに入れてやるよ。――そおら!」 背後で、長剣が風を切る音がした。それが、彼女の聞いた最後の音になった。 ●臆病者の作る不死 「誇大広告の不死者を殺してほしいの」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向け、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は開口一番、そう言った。 「今回みんなにやってもらいたいのは、フィクサードの討伐。名前は、平川成平。十九歳。無所属。『百万生命』を自称し、リベリスタを敵視している。危険なフィクサードだよ。すでに、任務中のリベリスタが何人も被害に遭っているわ」 リベリスタ達は各自、端末へと送信された平川成平の顔写真と、全身写真を確認する。どこにでもいそうな大学生、という風貌の青年だ。しかし、添付された画像の一枚には、長剣を片手に佇んでいる姿が記録されている。 「主な武器はとあるリベリスタから奪った長剣。元々、平川成平は、フェイトを得るまでに時間がかかったの。革醒してからフェイトを得るまでの数ヶ月間、彼はノーフェイスとして過ごした。その日々が『リベリスタ=敵』という固定観念を彼に植え付けてしまったみたい。しょうがない、と思う。それだけの期間、ノーフェイスとして在り続ければ、一度や二度はリベリスタに生命を狙われているだろうから。その後、彼は幸運にもフェイトを得た。でも、わかるでしょ。そう簡単に忘れられるものじゃない、生命を奪われかけた経験なんて」 長剣を携えた写真の平川成平は、暗い眼をしていた。リベリスタ達の方を、睨め上げるように見ている。 「フィクサードとなった『百万生命』平川成平は、自ら現代の不死者を名乗っているわ。百万個の余剰の生命を常日頃からストックしていて、百万回殺さないと何度でも半永久的に蘇る」 ちょっと、待って。リベリスタ達は、そこで制止の声を上げた。百万回、蘇る敵。それは、少々、規格外に過ぎるのではないか。そんなものは到底、倒せる気がしない。 「ううん、倒せるよ。だって、そんなの全部、でたらめだもの――」 そこでイヴは、ふっと表情を緩めた。現代の不死者なんて真っ赤な嘘、と微笑と共に告げる。 「『百万生命』平川成平は嘘をついている。そもそも彼は、『百万生命』などというものですらない。彼の異能の秘密は、調査を続ける内に判明したわ。『外魂の枝』――持ち主の魂、あるいは生命とでも呼ぶべきものを取り出し、その中に取り込む能力を持ったアーティファクト。『百万生命』を偽称する彼は、その実、たった一つの生命しか有していない。そして、その大切なたった一つを、このアーティファクトに移した上で、自分の部屋に隠している。さらにそれが露見するのを恐れ、自らの能力を偽ることさえして生きている。怖いものなんてない、という風を装っているけれど、とんでもないわね。そのやり口から見て、本当の平川成平はかなりの臆病者だと思う。その彼の本当の生命を見つけ出し、破壊するのが今回のお仕事」 見つけ出す、と言われても。何人かのリベリスタが、困惑の表情を浮かべる。部屋に隠されているのはわかった。でも、そもそもそのアーティファクトは、どの程度の大きさでどういった形状をしているのか。 「名前の通り、見た目は、ただの木の枝。隠し場所は、推測では彼の部屋ということになっているけれど、詳細は不明。本人からなんとか聞き出すか、現地で探し出す他ない。作戦としては、二手に別れて片方のグループは外にいる平川成平を強襲。彼がそちらに気を取られている間に、もう片方のグループで彼の部屋に潜入して『外魂の枝』を探し出す、という方式がいいと思う」 危険だけど、お願いできる、とイヴは尋ねた。 リベリスタ達は各々の間を置いた上で、頷いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:上柳暮秋 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月19日(月)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●いつかはきっと もしも『枝』の存在を知り、捜索する者がいたとしたら。 平川成平は、外を出歩いている時、頻繁にそれを想像する。 そいつらは、リベリスタだろう。リベリスタには、『見通す』力を持った者がいる。『枝』の存在を見通す者も、いるかもしれない。 自分の留守にリベリスタ達が侵入したとして、あの『枝』を見出すだろうか。現在のあの隠し場所は、万全と言えるだろうか。 『万全とは言えない』。いつもの想像が、いつもの経路を辿り、いつもの結論に到る。そうして、最悪の結末が脳裏に浮かぶ。 平川の足取りに焦りが滲む。手にぶら下げたコンビニの袋が揺れ、音を立てる。 「平川成平」 高架下の幅の狭い道を潜り抜けた時だった。自分の名を呼ぶ声が聞こえた。凛とした女性の声。目を上げる。正面に、五つの影があった。一般人でないことは、すぐにわかった。 「呼び捨てにすんなよ。リベリスタ」 平川成平は反射的に、歯を剥きだして笑った。そうだ、と思う。『百万生命』は笑うのだ。あらゆる生き物が有する死の恐怖を、超越しているが故に。 ●陽動班――『百万生命』の狩り 「突然悪いわね、『百万生命』。噂の真偽を確かめに来たの、お相手して頂くわよ」 切っ先を突きつけて、可能な限り挑発的に。『薄明』東雲 未明(ID:BNE000340)の掲げた愛剣の刃が、月光に煌く。 未明は返事を待たない。作戦は待ち伏せ。下準備は、すでに終えている。地を蹴り、平川との距離を詰め、 「千里の道も一歩から、まずは一本貰うわよ!」 必殺の気合を込めて、放つ。 剣に込められた闘気が軌跡を描き、凶暴な一撃が、『百万生命』を名乗る青年に打ち込まれる。 濃密な死の気配を前にして、平川は咄嗟にキャラクターを忘れた。自らが作り上げた『百万生命』を失念した。剣を取り出し、すんでのところで、未明の放つ斬撃を刀身で受ける。しかし、それは受けただけに過ぎなかった。 「……ッ」受け止め切れない。平川は奇妙な浮遊感と共に、自分の足が地を離れるのを感じた。路面で背中を強打する。 「どうもー。一応、確かめておきますけど、あなたが平川さんで合ってますか? ちょっとした人の頼みであなたを殺しに来ましたー」 何気ない口調に嘘の萌芽を混ぜて、場違いなほど陽気に。倒れた平川を見下ろすのは、『ブラックアッシュ』鳳 黎子(ID:BNE003921)である。 「嗤ってんじゃねーよ、リベリスタ」 何の予備動作もなく、無造作に、平川の剣が突き出される。その先には、黎子の微笑がある。しかし、微笑は崩れない。暗紅色の刃は、虚空で停止していた。黎子の足元から伸び上がった影が、この刃を受け止めたのだ。 影を振り払い、平川は立ち上がる。吐き捨てるように、言う。 「そっちから迎えに来てくれるなんて、久しぶりじゃねーか。最近は、こっちから出向いてばっかりだったのにさ」 「生命を狙われる理由に心当たりはあるでしょう。依頼主は自分達の前で言いました。憎い『百万生命』を殺して欲しい、と」 夜気にばさりと木菟の羽音を響かせて、平板にして冷淡に。『弓引く者』桐月院・七海(ID:BNE001250)は、正鵠鳴弦に黒い矢を番える。射る。放たれた矢は物理的なものではない。呪いのみで構成されている矢。黎子の投げたカードも嵐となり、平川を襲う。 「知ってるぜ。その戦い方。――ま、定番、だよなあ」 しかし、平川は避けずに前に出た。矢が肩に刺さり、カードが肌を切り刻む。しかし、平川の眼には殺意が、手には闇色の光がある。平川はたった一人に狙いを定めている。正確には二人『それ』っぽいのがいたが、より後方に控えている方に決めた。 「後ろにいる奴が、回復役ってさあ!」 放たれた殺意の塊は、闇色を辺りに撒き散らしながら、光の速度で奔る。その悪意の稲妻は、打つ相手を定めている。桐月院・七海。目前に迫る塊を前に、七海がわずかに眼を見開く。 光の残滓が消えた後、平川の眼に映ったのは、巨大な二つの盾だった。 「大丈夫でしたか」 身の丈に合わない双璧を華奢な腕で支えて、それでも少しも揺るがずに。『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(ID:BNE002689)が背後の七海に声をかける。 「自分は無事です。お手数をかけます」 もう一人の回復役候補、ヘクスの正体を知り、平川は鼻を鳴らした。あいつは、盾なのか。回復役専用の。 相手の戦略を分析する平川の横合いから、思考を妨害するように、さっと影が躍り出た。 「依頼主の恨みも、ただのきっかけに過ぎない。何よりも、私達はリベリスタで、貴方はフィクサード――」 獲物の柄を両手で握り込んで、一息に。『戦士』水無瀬・佳恋(ID:BNE003740)の白剣が閃いた。剣は平川の肉体に、右肩から入り、左腰へと抜ける。 「それ以上の説明は、必要ないでしょう」 平川が膝から崩れ落ち、佳恋は白剣に付着した鮮血を一振りで払う。 終わった、と本来ならば胸を撫で下ろしたいところ。しかし、その場にいる誰もが、戦う姿勢を崩そうとしない。戦いは、終わっていない。 俄かに、哄笑。殺したはずのフィクサードの声。 平川成平が、いつの間にか、全ての戦傷から解放されて立っている。 「ハハハハ。強いなあ、あんたら。僕、結構真面目にやったんだぜ? なのに、驚いた。全然、歯が立たないんだもんな。さっすが偉そうに、リベリスタとか名乗っているだけのことはある」 最初に未明と打ち合った時に生まれた恐怖は、平川の心の中から、拭い去られていた。自分は死なない。ノーフェイスと呼ばれ、逃げ惑うしかなかったあの呪うべき日々は、すでに終わりを告げた。 「さあ、ぼちぼち、始めるぜ。いつもの狩りを」 平川はリベリスタ達を睥睨し、『百万生命』らしく笑う。呼応し、平川の剣を、瘴気が包み込んでいく。朱の混ざった、黒く、汚濁に満ちた気。 平川は、邪悪な気に満ちた剣を振るう。 「死に絶えろ。リベリスタ」 ●捜索班――『万全とは言えない』隠し場所 扉の前に立ち、『能力』発動。 目の前の扉は人間相手を想定されたもの。鍵のかかった扉は、自分にとって、ただの空間に描かれた模様でしかない。模様の中に入っていっても、ほら、何の危険もなく、衝撃もない。 内鍵を回す。何の抵抗もなく、錠の開く音がした。『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(ID:BNE000759)は、息を吐く。安堵の吐息。千里を見通す眼で周囲を見回してみても、罠らしい罠はない。 室内の内装は、端的に言えば、異様だった。そこには、多数の生き物の姿があった。木の実を捧げ持った栗鼠がいた。ひょうきんな顔をした猿がいた。牡牛が、頭だけの姿で壁に掛けられていた。しかし、それらに息はない。かつて生き物だったものの、剥製にされた姿だった。 安全の確認を終えてから、アンジェリカは玄関の扉を開いた。仲間を招き入れる。 「助かった、アンジェリカ」 作業着に身を包み、作業工具の詰め込まれた箱を抱えた『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(ID:BNE003655)が、室内に上がり込む。 一般人が平川宅を訪れた場合を想定し、カルラはその場を誤魔化す役目をも担っているのだ。設定は水道工事業者。 「外には、結界を張っておいた。暴れ過ぎないようにすれば、邪魔は入らないだろう」 「ありがと。カルラさん。……あれ、雪枝さんは? まだ外にいるの?」 アンジェリカが疑問を口にした途端、再度、扉が開いた。開いた扉から姿を現したのは、『名状しがたい忍者のような乙女』三藤 雪枝(ID:BNE004083)である。 「お待たせしました。只今参上、三藤です。んー。先にベランダに入って、手当たり次第に植木とかの枝、切り落としてみましたけど、特に手応えはないようですね。『木を隠すなら森の中』、と思ったんですけど」 雪枝が残念そうに言う。 「きっと、アーティファクトは室内にあるんでしょう。というか、平川成平、あの年齢にしては随分と良い家に一人暮らしをしてますよね」 「殺したリベリスタから奪ったんだろ。武器もそうだという話だしな」 少々の敵愾心を口調に滲ませて、カルラは言った。その後、アンジェリカに視線を移す。 「外からも『見て』もらったが、もう一度頼めるか。捜索の当てが欲しい」 「うん。わかった。やってみるね」 平川の自宅は、十階建てマンションの三階部分に位置する2LDK。人一人が暮らすには、十分すぎるほどに広く、捜す箇所はそれこそ無数にある。 だからこその、この眼だ。アンジェリカは瞳に意識を集中する。元々赤い色素を持った瞳が、血のように、宝石のように、紅く輝き、遠くを『見る』。 人の話し声が途切れると、室内は不気味なほどに静かになった。通信状態を継続させているアクセス・ファンタズムからは、戦闘音が漏れ聞こえてくる。鋭い叫び。剣戟の響き。音だけでは判断できないが、陽動班の苦戦を予想させる。 ふう、とアンジェリカはため息を吐く。今度のは、安堵の吐息ではない。 「外から見た時も思ったけど、やっぱり、木の枝はたくさんあるよ。しかも全部、わざとらしいほどに隠されている」 「そうか。真贋の嗅ぎ分けは俺がなんとかできると思うけど。数が多いとその分、時間がかかるな……」 カルラはアンジェリカの言葉に、眉根を寄せる。 「それに推測に過ぎないが、臆病者はいざという時にすぐ持ち出せるよう、奥まった所には隠さない気がする」 「隠してある木の枝は、全部ダミーかもしれない、ってことですね。E・ゴーレムの方はどうでした?」 人差し指を顎に当てて、雪枝が思案げな表情を浮かべる。アンジェリカが頷いた。 「うん。そっちは特定できたよ」 「だとすると、そっちをを目安に捜してみるしかないな。大事な物がない場所に、守護者は置かない」カルラの判断は早かった。「陽動班が待っている。急ごう」 ●陽動班――諦念のない者達 矢が、心臓に突き立った。『百万生命』は、四十五度目の無味乾燥な死を味わった。しかし、すぐに生き返る。 何度殺しても蘇る『百万生命』を相手に、陽動班は疲労の色を隠せない。 「信じがたい内容だったけど、噂は本当だったみたいね」 未明が呟く。その身体には、平川が発した暗闇の残滓がまとわりついている。平川は満足げに笑った。 「四十五回か。頑張った方だと思うぜ? 糸で縛られて十回連続で殺された時は、さすがの僕も嫌な汗をかいた」 未明は、諦める素振りを見せない。かぶりを振り、挑戦的に笑い返す。 「ここからが本番よ。さぁ、根気勝負といきましょう」 「んだよ。しつこい女は嫌われるっての」 盾の女がしぶといせいで、長期戦になったとは言え、確実に勝てる戦い。しかし、どうしてだ。平川は奇妙な不安を覚えていた。こいつらは何故退かないのか。今までの奴等は、必ずもっと早く撤退を試みた。それが正しい。退いて、作戦を立て直すべきだ。 もしかして、何か当てがあるのか? あるとすれば、それは――。 「虫やら何やらの生命までカウントできる筈がない。あってもせいぜい百かそこらの生命でしょう。この人数差なら――」 「舐めんな。やれねーっつってんだよッ!」 佳恋の迫る白剣をいなし、平川は素早く黒剣で方形を描く。描いた形がそのまま、闇の箱となり、佳恋の身を拘束する。 眼前の敵を廃し、思考を再開しようとした矢先、今度は未明が組み付いてくる。平川は首筋に、未明の牙が突き立つのを感じた。 「クソッ。こいつ、考える時間ぐらい……」 よこせよ、と毒づこうとした瞬間。 「頭なしで考え事ができるなら、どうぞ。存分にして下さい」 黎子の大鎌が思考内容ごと頭部を刎ね飛ばし、平川成平は今にも掴みかけていた真相を、永久に失った。 ●捜索班――木を隠すなら森の中 室内に、赤い月が顕現する。赤い月の光が、室内に飛翔するE・ゴーレムをまとめて焼いた。これで六体中、二体が焼失した。 弱りながらも生き残った四体の内、三体がカルラの放った漆黒の波動に巻き込まれ、墜落した。 最後に残った一体は、CD型だった。CDはカーテンの閉じた窓へと飛んだ。窓ガラスを突き破り、外に出て、損傷した自らの存在により平川に現状を伝える。そのつもりだったのかもしれない。 しかし、窓に到達する一歩手前で、伸びてきた腕にCDはわし掴みにされた。 「三藤流忍法、円盤殺しの術。えいっ!」 回転を止めたCDの裏面に向けて、天井に直立する腕の主、雪枝が苦無を打ち下ろす。CDはあえなく砕け散った。 捜索中に出現したE・ゴーレムは蹴散らしたものの、肝心の捜索自体は難航していた。 わざとらしいほどに隠してある木の枝は、ダミーばかり。飾ってある植物の類も、確かめた限りでは全てアーティファクトではなかった。 カルラは捜索を他の二人に任せ、部屋の隅にいる熊の剥製を見つめながら、思考を働かせる。根本的に、何か間違っている気がした。『木を隠すなら森の中』、と雪枝は言った。そのつてで言えば、今回のは『枝を隠すなら木の中』ということになる。しかし、木も枝もすでに大半、破壊した。何が間違っている? 「わあ、蛇!」背後で、雪枝の声。思わずそちらを見る。「あ、剥製でした。ほんとに剥製ばっかりですよね。この家。お騒がせしました」 振り返る。熊の剥製。『木を隠すなら森の中』。その原義はある一つの物を隠したければ、同じ種類の物が大量にある場所に隠せ、ということだ。平川の家に木よりも、枝よりも、無数にあるもの。それはなんだ? 本当に平川が隠したいものは――。 「そういうことか」 カルラは二人を呼んだ。そうして、二人の眼の力を使い、探して欲しい物を伝えた。 「角が枝っぽい動物に、心当たりは?」 「鹿」雪枝が即答した。「昔、鹿の角は木の枝の一種と考えられた、って聞いたことがあります」 平川家には、複数体の鹿の頭があった。五本目の鹿の角をへし折った時、不死は終わりを告げた。頭との接合部には、業務用の接着剤が塗られた跡があった。 ●陽動班――たった一つの生命 「え」 何、この感覚。 全身に、不思議な活力が宿っている。それと同時に、どうしようもなく湧き上がってくる感情がある。恐怖。平川はそれをよく知っていた。超越したはずの、濃密な、死の恐怖。 ああ、と天を仰ぎたい気持ちで全てを悟った。リベリスタ達が何を当てにしていたのか、それが嫌というほどわかった。 『百万生命』は、破られたのだ。いつも想像していた通りに――。 「さあ、続けましょうか。もちろん、逃げたりはしないわよね。『百万生命』」 傷つき、多くの呪いを抱えながらも。未明が、剣の切っ先を突きつける。すでに捜索班よりアーティファクト破壊の報を受けているのだ。 「グッ……よくも、こんなこと。リベリスタアアアッ!」 一合、二合。平川の怒りに任せた刃と、未明の刃が衝突する。押し切れる、と平川は思った。程度の違いはあれど、すでにリベリスタ達は疲弊している。加えて、本来の生命を得た自分の身体は、これまでよりも強い力を有している。 勝つためにはやはり、と平川は視線を移す。あいつが、邪魔だ。 未明を力ずくで押し返し、汚れた剣にあらん限り殺意を込めて、平川は裂帛の気合と共に放つ。狙うのはやはり、弓持つ癒し手。しかし、癒し手の前には常に、二つの壁が立ちはだかっている。最大の殺意を以ってしても、やはり、それを崩すことはできない。 「クソッ。またお前かッ! そこさえ破れれば、お前等なんて……ッ」 「ヘクスはね。あなたの元の戦い方に非常によく似てるんですよ。何度も攻撃しても倒れない、という点においてね。さぁ、砕いて見せて下さい。ねじ伏せて見せて下さい。この絶対鉄壁を!」 「調子に乗ってんじゃ……」 振りかぶろうとした剣が、地に落ちた。七海の射かけてくる矢が、肩を射抜いたのだ。 生命が傷ついた衝撃に、思わず取り落とした剣。それを拾おうとした時だった。佳恋の白剣が閃き、平川の脇腹を貫いた。たたらを踏んで耐えようとしたところに、さらに未明の剣も加わった。肉体に、生命に、冷たい刃が食い入る。平川は生命の砕ける音を聞いた。 血を吐きながら倒れて天を仰げば、きれいな月と、つい数十分前にも見た女の顔があった。 「……嗤ってんじゃねーよ、リベリスタ」 「嗤ってはいませんよう。平川さんはリベリスタと一括りにしますけど、私達だってそれぞれ、考えていることは違いますしね」 痛覚遮断が切れているのか。傷口が傷んで仕方がない。視界に靄がかかり、もう無理だな、とわかった。 いつの間にか、交戦していたリベリスタが全員――見覚えのない者までが集まってきて、彼を見下ろしていた。確かに、彼らは笑っていなかった。それどころか、一滴、涙を流す少女すらいた。 涙を流す少女、アンジェリカが厳かな口調で告げた。 「貴方に同情もしないし哀れみもしない。貴方はそれを望まないだろうし、貴方に失礼だから。ただ、貴方の為に歌わせて欲しい」 ――リベリスタが僕のために歌う、だって? 平川は笑い出したいような気持ちになった。しかし、声はもう出なかった。 霞む視界の中、リベリスタにもこんな奴がいたんだなあ、などと思いながら。平川は、意識を失った。彼女の鎮魂の歌も聴かないまま、永久に。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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