● 「……響希君」 「何。変なお願いは聞かないわよ。聞かないからね」 「心外ですね。世恋君や名古屋君が何かやるようですし、我々も如何かというお誘いですが」 「え、あ、そう。……良いんじゃない、何やるの?」 「期待外れでしたか?」 「いいえそんな事ありません」 ブリーフィングルームの端。姿勢を正した『導唄』月隠・響希(nBNE000225)を面白そうに見遣って『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)は足を組みかえる。 「まぁ、言うなれば大人のハロウィン、ですかね。……響希君、ダンスの心得は?」 「い、いや、世間一般の女子にそんなの無いと思うわ」 それは残念だ、と笑う声。ダンスパーティー? と首を傾げるフォーチュナに、まぁそんな所です、と青年は頷いて見せた。 お菓子を貰う、可愛らしいハロウィンも良いけれど。 「折角の催しだ、色々あった方が面白いでしょう。……それに、夜こそ本番、とも言えますし」 準備、手伝ってくださいますね? 有無を言わさぬ笑みと共に、青年は場所の確保の為席を立った。 ● 「お姉さま! 先生が私もどうぞって言っていたわ!」 「あら、じゃあ一緒にお話聞いてく? 今からみんなに話すところよ」 手にはドレスのカタログ。フォーチュナ2人がきゃっきゃうふふしながらリベリスタの前に立つ、なんて機会は多分滅多に無いだろう。 資料が机に並ぶ。手書きらしい地図と、大雑把な概要。それがその場のリベリスタに渡った事を確認しながら、フォーチュナはゆっくり口を開いた。 「ハロウィン。催し物幾つもあるみたいなんだけど、狩生サンも一個企画してくれたのよ。……まぁ、今日はそういうお誘い」 当日の夜。少しだけ大人っぽいパーティーをしてみないか、と言う一言。 隣に座る妹分が瞳を輝かせてドレスの本を見ているのが非常に目立つ。何か目立つ。 お姉さま、これはどうかしら! とか言ってるのが、もう本当にものすごく目立つ。 「……ドレスコードは『仮装である事』。基本は立食パーティー。会場は広いから、食べるのも、喋るのも自由。 お菓子も用意してあるわ。……加えて、ダンスの為の場所もある。音楽とかもばっちり。 要するに、仮装舞踏会、って事らしいわ。何かちょっと大人っぽいでしょ」 仮面の代わりに仮装。その日だけ、何時もとは違う自分の顔で。普段言えない言葉を交わすのも悪くは無いだろう。 あ、勿論未成年は飲酒禁止よ。その一言と共に、フォーチュナは立ち上がる。 「まぁ、気が向いたら遊びに来てよ。お菓子は用意しておくんで、どーぞよろしく」 それじゃあ。妹分の手を引いて、フォーチュナは随分楽しげに部屋を後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月11日(日)23:49 |
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● 「さて、一曲踊ろうかヒーロー?」 くすくすと笑う姫君の手を取って。謎のカボチャヒーロー竜一はトンタタンと軽やかにステップを踏む。 フィールドは大きく使えって、先生言ってたし。兎に角大きく回って。 はしゃぐ様子にユーヌは少しだけ笑って器用に人を避けていく。繋いだ手を上げてくるくる。腰を持って抱えてぐるぐる。 離れてしまわない様に、ユーヌが華奢な手で背を抱き締めれば、竜一は勢い任せに抱えあげた。 「……顔を近づけると、足が付かないのは困りものだが」 こうして仕舞えばそれも気にならない。振り回されるのは悪くは無いけれど。交わる視線に満足げに笑って、竜一は歩き出す。 「ほら、二人っきりでぺろぺろちゅっちゅ、したいやん?」 だから帰ろう。少しだけ足を早めた。皆の邪魔をする前に、何て言うのは建前で。俺だけのお姫様なんだから、誰にも見せずに大事にしたい。 そんな彼の唇にそっと己のそれを重ねて、ユーヌも笑う。堪え性がないな、なんて言ってみるけれど、持ち帰った彼が手を出さない事なんて、ユーヌ自身が誰より良く知っていた。 寄り添って、為すがまま。ヒーローの仮面を脱ぎ捨てて、今宵はちょっとだけ悪い三下にでもなってくれるのだろうか。 嗚呼丁度良い、と笑みを深める。抱え上げられた腕の中、耳元に顔を寄せた。黒い髪が、落ちかかる。 「――別に、送り狼になっても許すぞ?」 愉悦を含む囁きの結末は、二人だけが知っている。 囁き合う笑い声。煌びやかなダンスフロアの片隅で。置物と見紛う程の重装甲を纏った鎧の騎士、モニカは立っていた。 待つのはお姫様。それも、清純そうに見えて案外我侭な所の多い相手。まあ、言ってしまえば店長なのだけれど。 「トリートです。……新作の、秋摘みオータムナルのダージリンです」 狼に扮した狩生へ、差し出される缶。在り難く頂きます、笑って差し出した南瓜のスコーンを受け取って。 愛らしい三月兎、慧架は軽い足取りで騎士の前へと戻ってきた。 「お待たせしました、踊りましょう!」 得意なのは日本舞踊だけれど、ワルツだって心得はある。手を取って、男性側に立つのはお姫様。 少しだけ可笑しな取り合わせに表情が緩む。自分がエスコートを、と言う声には首を振って、軽やかに踏み出した。 鎧で踊れるのか何て心配は杞憂で。ふわふわ、可動式の兎耳が揺れる。折角だから、楽しもう。そんな誘いを思い出して、モニカは極僅かに目元を和ませた。 普段の立場からは随分逆転している気がして違和感もあるけれど。 「まあ、たまにはこういうのも悪くないですね」 呟いた声が、ふわりと音楽に溶け混じる。 ひらひらと、髪に飾った蒼い花が揺れた。少々力の入りすぎな霧香の表情に少し笑って、吸血鬼の衣装を纏った宗一は恭しく手を差し出した。 「わたくしめと踊っていただけますか、お姫様」 なんてな。気取った台詞に含むのは、明らかにこんな場に不慣れな少女への気遣い。 一気に真っ赤に染まった頬に笑えば熱い頬を隠す様に首を振った霧香の白い手が重なる。 フロアに混じってしまえば、見よう見まねでも様にはなる。 「もう、からかわないでよ……」 少しだけぎこちなくステップを踏んで。持前の運動神経で、経験を補う最中も霧香の頬は紅い。 それは、さっきの余韻もあるけれど、何よりも。大好きな宗一の顔が、こんなにも近くにあるからで。 金の髪から、紅の瞳に視線を移した。重なる視線、慌てて少しだけ目を伏せて、嗚呼格好良いなあ、と胸中で呟いた。 何時だって。追い続けている頃から彼を見る度胸は高鳴る。そしてそれは、宗一も同じで。 こんなに長く彼女の顔を見つめるのは初めてだけれど、彼女はこれ程までに可愛らしかっただろうか? そんな疑問が過ぎって、少し笑った。自分も中々に浮かれ過ぎらしい。まぁ、悪くは無いのだけれど。 「なあ霧香、……幸せか?」 「あたし? あたしは……幸せだよ」 宗一君は、と問えば、自分も同じだと返る声。幸せ過ぎて、苦しかった。嗚呼如何か、この幸せが何時までも続きます様に。 祈る様な気持ちで、霧香はそっと目を伏せる。今は何もかも忘れて、愛しい彼との一時を楽しめば良いのだ。 漆黒の燕尾服の上には、同じ色の長いマント。仕上げに高めの帽子を被れば、その風貌はまさしく吸血鬼。 ハロウィンの仮装はばっちり、今日だけは少しくらい、気取ったって許されるだろうか。 見知った後姿に声をかける。振り向いた少々大人の赤ずきんに手を差し出して。 「お嬢さん、今宵は私と踊って頂けますかな?」 無論、今宵のみとは言わず悠久の時を共にでも。笑った口元から覗く牙。赤銅が瞬いて、面白そうに表情が綻んだ。 重なる手。食べられちゃうわね、と、可笑しそうに笑う声に、覚えた恥ずかしさも何処へやら。 音楽に合わせて踏むステップ。叩き込まれたのだろうか、辛うじて足を踏まない響希の前で、零児もまた、精一杯らしく振舞って見せる。 ダンスの経験なんて当然無くて。緊張だってしている。けれど、ダンスばかりに必死になるのは、少し違うだろう、と思った。 深呼吸を一つ。躓きかけた響希が慌てて小さく謝れば、問題ないと笑った。 一緒に踊りたかったけれど、本当の目的は一緒に楽しい時間を過ごす事なのだから。 「ほら、折角だし一緒に楽しもう」 「そうねえ、……滅多にない零児クンのお誘いだし、」 足、踏んだらごめんね。冗談交じりに笑って、漸く和んだ空気の中で、ステップは続いていく。 ● ダンスフロアで舞うのは何も恋人同士ばかりではない。 磨り減った靴が踏むのは、恋焦がれる『お嬢様』への愛のステップ。重ねた努力を見せたかった彼女には出会えなかったけれど、その情熱のソロダンスはかなり輝いていた気がしなくも無い。 二人揃って壁の花。けれど、始まった曲に気付けば、雅はそっと大和に手を差し出した。 「お相手してもらってよろしいかしら?」 マナーは確りと、笑顔で。同性同士は良くない、何て言うのは、今夜なら気にしないでも良いだろう。 普段の凛とした印象とは違う、可愛らしいお姫様の如きドレスを纏う友人に微笑んで、大和もそっと手を重ねる。 「喜んで。謹んでお受け致します」 ダンスに覚えがある、と言う雅に身を委ねる。少しだけ気恥ずかしくはあるけれど、大事な友人と踊れるのならそれも帳消し。 確りと気遣う雅とのステップはゆったりと、けれど、何より楽しくて。曲の終わりはあっと言う間だった。 余韻を楽しむ様に、空いた場所へと歩いていく。今日はありがとう、と告げたのは雅だった。 「誰かを誘って二人で遊びに行くとか殆ど無かったし不安もあったから、嬉しかったわ」 楽しませてあげられるのか、と言われれば自信は無かった。けれど、自分と踊りたい、と言ってくれた大和の言葉は、雅には擽ったくも嬉しいもので。 らしくない、と知りながら告げた感謝に返るのは、やはり感謝。 「私も……ありがとう、雅」 ぎこちなく告げられた、飾りの無い名前。馴染まないそれに顔から火が出てしまいそうだったけれど、今日だけは特別だから。 目の前で、驚いた顔が満面の笑顔に変わる。嗚呼、違う自分も、悪くは無いかもしれない。 いちにさん、いちにさん。ワルツは3拍子。そんな知識しかないけれど、折角なら踊ってみたい。 見よう見まねでステップを踏んでいたベルカの足が、不意にぐらつく。立て直す事も出来ないまま、絡まった足ごとがらがしゃーん。 \ウギャー/ なんて悲鳴が聞こえたならそれは気のせいではありません。慌てて様子を見に来た響希へは、勿論礼儀正しく礼をして。そうだ、と手を打った。 「ともに踏み慣れない同士で、ひとつ踊って頂けませんか」 飛び込みで参加してみたものの、ステップは見ての通り心得ない。女同士、何て咎める場でもないのだろうから、と告げれば、そうね、と笑う気配。 「じゃ、お相手宜しく。……どっちがどっち?」 「自分は上背もあるぶん、男役も務められると自負しております」 手を差し出す。様になるわねぇ、と笑って手を組んだ響希を見遣って、ベルカは控え目に、その代わりと言ってはなんだけれど、と口を開く。 「……足踏んじゃっても、良いですか」 未だふらふら。明らかに危なっかしい足取りに瞬きして、まぁ大丈夫よ、と響希は片目を伏せて見せた。 妖精の女王様に手を差し出すのは、漆黒のタキシード纏う黒猫の王子。 素敵ね、と笑う糾華に少しだけ胸を張って、五月は恭しく手を差し出した。 「どうか、踊ってくれますか?」 格好つけるのは向かないけれど、折角のハロウィンなのだから。ポケットにハンカチと共に忍ばせた仮面をつければ、糾華の手が重なった、。 ワルツ、なんて言えるほど綺麗なものを踊れる自信は無いけれど。多少不恰好であっても、楽しかったのならそれが何よりのダンス。 五月が、両手を繋いだ。目の前の紅の瞳が細められて、ワルツのテンポは3拍子よ、と囁いた。 「背筋を伸ばして、身体を寄せて。……そう、呼吸を合わせて」 さあ、行きましょう。声にあわせてくるくると。回ってみれば、妖精の翅がきらきらと光を散らす。 綺麗だな、と呟いた。黒と白が交じり合う。極端に違って、けれど何より溶け合うそれが、音楽と光と交じり合う。 妖精の輪が出来るくらいの、楽しく素敵な踊りを。緊張はもう何処にも無くて、踏むステップは何処までも軽やかに。 「ダンスって楽しいのだな、俺初めて踊った」 今度踊る時の為に勉強をしよう。音楽の終わりに足を止めて、瞳を輝かせた五月に糾華も少しだけ表情を緩めた。 「知ってる? イングランドにはケット・シーという猫の妖精もいるのですって」 私達にピッタリね。目の前で揺れる猫の耳。そうだな! と大きく頷いた五月は、輝く瞳をそうっと細める。 明日からも楽しければ良いと思うけれど。今日、今くらいは。このお姫様と素敵な時間を楽しむのも良いだろう。 蜘蛛の巣柄の漆黒ドレス。たっぷりと流れる裾を揺らして、よもぎは酷く、緊張した顔でダンスフロアの前に立っていた。 晒された肩が、緊張で強張る。こんな開放的な衣服は、どうも着慣れなくて。普段ならもっと気軽に誘える筈の青年はもうすぐ目の前に居るのに、如何しても足が出なかった。 壁際に下がって、深呼吸。顔を隠す様に、大きめの魔女帽子を目深に被った。 「ト、トリックオアトリート。……悪戯の代わりに一曲踊ってくれないかい?」 無意識に力が入る。真っ赤に染まった顔は、十分隠し切れているだろうか。狭くなった視界の隅。辛うじて見える足元辺りに、微かな笑い声と共に手が差し出される。 「お手をどうぞ、愛らしい魔女さん。……どうぞ、私にお任せ下さい」 手を重ねた。踊った経験が無い、何て言う間も無く、青年はゆったりと、的確にリードしていく。 音楽も、空気も華やかで。けれど優しくぎこちない。そんな時間は、本当にあっと言う間で。 止まった音楽。深く頭を下げる青年の前で、帽子を少しだけ上げた。ごそごそ、取り出したのは可愛らしくラッピングされた袋。 「行き着けの店で買ったマカロンなんだ。紅茶と一緒にどうぞ」 差し出せば、礼と共に受け取られる。悪戯出来ないのが残念ですね、と笑って。踵を返しかけた青年は、嗚呼、と声を上げた。 「その衣装、よくお似合いです。……可愛らしい、と言う言葉がぴったりだ」 ではまた。何時も通り、優雅に一礼して、その背は会場の見回りへと消えていく。 ● テーブルに並ぶ食事は豪華絢爛。食欲をそそるそれに添えられるアルコールの香りもまた鮮やか。 ジョンが適当なグラスを受け取り微笑む横では、NOBU改め伸暁が、グラス片手に物憂げな吐息を漏らしていた。 片隅の椅子には草臥れた白衣でフランケンシュタイン。明らかに飲み過ぎた赤い顔の父を心配する様に、うさ耳魔女のイヴがそのグラスを取り上げる。 飲み過ぎはだめ、なんて声に少しだけ和みながら、悠里は手の中のグラスを傾けた。 「と、こんばんは、響希さん」 お誘い有難う。そんな言葉をかけたのは、たまたま見かけたフォーチュナ。互いに翳したグラスを重ねて、悠里は楽しげに目を細めた。 貴方のオヒメサマは? なんてからかい混じりの問いには、肩を竦める。 大事な大事な翡翠の天使は、どうも少しばかり恥ずかしがり屋で。仮装は恥ずかしい、なんて笑う顔も可愛いんだけれど。 残念な事に今日は1人なのだ。そんな回答に、残念ねえ、と呟いて。グラスがひとつ空になる。 「去年のクリスマスにさー、恋人とダンスを踊ってものの見事にすっ転んでね」 だからこそ、今日は勉強も兼ねていた。来月の聖夜、彼女をエスコートする為にも、なんて意気込む悠里に、響希は目を細める。 離れていても今日も惚気は絶好調。嗚呼羨ましい、と呟く声。 「まあ来月を見ててよね! あ、やっぱり恥ずかしいから見ないで!」 「……設楽クンがイケメン王子様になるところ、ばっちり見ておくから安心するといいわ」 ビデオカメラでも持っていく? 微かに愉悦を含んだ響きに互いに笑う。満足行くまで話したのだろう、悠里はそろそろ、と歩き出す。 踊る気は無かった。自分以外のお姫様とは。それに、響希を誘いたい『王子様』は他に居るのだし。 あえて口にはしなかった。少しだけ酔った頭を冷まそうと、その足は外へと向いていく。 ふわふわ、少女趣味なドレスも今日は少しだけおどろおどろしく。壁に背を預けてグラスを傾けるエレオノーラは、少しだけ目を細めた。 「うーん、若いっていいわね」 ダンスも楽しいのだろうけれど、相手も居ない上に、身長差とかこう、色々あって。 隣で同じく大人しくグラスを傾けていた狩生を見上げた。嗚呼、背が高い。自分ももう少し、身長が伸びないだろうか、なんて呟けば、青年が小さく笑い声を立てた。 溜息をつく。纏うドレスが目に入った。普段と違う自分。それは姿だけなのかもしれないけれど、そう思うだけで、確かに普段言えない事も言ってしまえそうだった。 それこそ、本音でも、悪戯でも。ひとつ、息を吸う。 「……いつも色んな所に誘って貰って、凄く楽しいし感謝してるわ」 自分のようなものと、友人で居てくれることも。唐突に告げられた言葉に、青年の視線が此方を向くのを感じる。 視線は逸らさずに、けれど、どうもちょっと気恥ずかしい感覚に、エレオノーラはグラスの中身を一気に飲み干した。 「お礼を言うのは私の方です。……嗚呼、我侭をひとつ、言わせて貰えるのなら」 どうぞ今後とも、自分の友人で居てください。そんな一言を告げて。やはり気恥ずかしかったのだろうか。銀月の瞳が逸らされる。 落ちた沈黙は、決して悪くは無いものだった。 程好く焼かれたステーキを一口。豊かな味わいを楽しむ数史の仮装は漆黒の吸血鬼。おじ様イケメン、なんて響希が絶賛したのはまた別の話なのだが。 整えた彼の格好は、非常に様になっている。その後でふんわり、甘いミルクティに口をつけるエリス近くの、壁。 \|゜p・|/ 何か見覚えあるって言うかも確定でアレな仮装の終は、そこで只管に壁の花ならぬ壁の盆栽をしていた。 寧ろ主張激しすぎて一度見ならず三度見位してしまいたいレベルである。 「……オレは盆栽、オレは盆栽☆」 つぶらな瞳できらっきらの視線を投げかけながらそんな呟きされたらもう目を逸らせないレベルである。 だってグリーンだもんなんて言葉は聞こえない。無害な盆栽なんて言うのは大嘘である。主に腹筋に害がある。やばい。 時折伸びる手が、食事を取ってもぐもぐ。あれこれなんて食虫花? いやでも、食べてるの普通のご飯ですよね。 偶然、横で食事を取っていた、愛らしいアリス世恋は興味深げにおわr……盆栽を見つめる。 ぱちぱち。なんかセンサーの玩具よろしく手を叩いてみる。うねうね、踊り出すそれに瞳が輝いた。 いや、踊っちゃうけどこれただの条件反射だし。瞳がホールを見る。嗚呼、カップルの踊りも、楽しげな会話もとても幸せそうだ。 「今日も世界は平和だね~☆」 踊る盆栽が出来るくらいには、平和ですね。 かつん、と硝子の触れ合う音。未使用のグラスを磨いて、快はふと、視線を上げた。 「あれ。……響希さんと竜牙さんも、一杯どうかな?」 良ければお連れ様も。そんな声をかけられた赤ずきんに狼、そして、煌く薄布を幾重にも重ねた可憐な妖精、筝子は連れ立って席に着いた。 「あら、マジシャンに変わってんのね、似合う」 流石にアレでバーテンは無理。そんな返しに上がる笑い声。お勧めを、と狩生が告げれば、少しだけ考えて。お化けカボチャをペイントしたグラスを取り出した。 勿論未成年にはノンアルコール。そう笑ってから、快はひとつ、指を立てる。 「お勧めは二つかな。まず、このグラスに、オレンジジュースをベースにしたカクテルを注いだ「ジャック・オー・ランタン」。行灯みたいに見えるんだ。 さらに本格的にカボチャでいくなら、カボチャのポタージュをウォッカで割って塩胡椒したのもあるよ」 どちらが良いかな、何て問い。折角だから、「ジャック・オー・ランタン」。そんな声に笑顔で応じて、その手がカクテルに使う酒を選び出す。 「というわけでカクテル作りますんで、トリックじゃなくてトリートの方向でお願いします」 冗談交じり、告げられた言葉に笑う。狩生が机に置いたパンプキンパイが、周囲を照らす灯りで艶々と煌いた。 ● 「物語から出て来たお姫様って感じだな。そのドレス……似合ってる、綺麗だ」 「えっと……その、ありがとうございます」 思った事をそのまま。真っ直ぐな猛だからこそ、その言葉に嘘はないと知っているリセリアは気恥ずかしげに視線を下げる。 ふわり、広がるドレスを眺めるのは好きだったけれど、まさか、こうして着る機会があるなんて。 そんな彼女の前で、猛は静かに手を差し伸べる。可憐な姫君に負けない位に、頑張らないといけないな、何て笑って。 「姫、俺と一緒に踊って頂けますか?」 手を重ねる。姫に合わせた王子の衣装は、猛だって良く似合っている、なんて。仕返し半分に返して。 「では、――参りましょうか」 多少ぎこちなく。けれど、ミス無くステップを踏む猛に合わせて、リセリアは型通りの動きをしっかりと。 コツさえ掴めれば、意外となんとかなるものなのか。ミスなく丁寧に踊り終えて、猛は満面の笑みを浮かべた。 踊るのは楽しい、と呟いて。伸ばされた猛の手が、リセリアの手を掬い上げる。 「姫、……少しばかりの御無礼をお許し下さい」 そうっと手の甲に触れたのは、少しだけ暖かいもの。猛の口付けだと気付けば、白い頬は一気に染まった。 本番は、もう少し後のお楽しみ。何時もの調子で、けれど少しだけ悪戯な色を浮かべた猛の笑顔に、硬直していたリセリアが辛うじて口を開きなおす。 「……そんな事、楽しみにしないでください」 消え入りそうな声に、返ったのは楽しげな笑い声だった。 凛々しく決めた、シェリーの仮装姿。それに少しだけ胸を高鳴らせて。辜月は控え目に、シェリーの手を握っていた。 慣れないワルツに四苦八苦。対して、目の前のシェリーの余裕は恐らく同性であっても尊敬に値する程のものだった。 ステップを踏み違えれば、真っ赤に染まって慌てる姿。そんなミスも帳消しにするように力強いリードを行うシェリーは、面白そうに笑った。 「あたふたするでない。おぬしの方が体は大きいのだぞ」 時折混ざる罵り(?)をスパイスに、楽しく踊る最中。シェリーの目が段々と、立食スペースへと傾き始める。 伸縮自在の胃袋を持つ女と言う大食いの異名を持つらしいシェリーだが、今日は目の前の辜月とのダンスを楽しむ、と決めてきたのだ。 けれど。芳しい香りに心、基胃袋が揺れる。それはもう思いっ切り。必死に振り払えば振り払うほど力の入るダンスなど無くても彼女の希望に気付いていた辜月は、控え目にあの、と声をかけた。 「……ぇと、疲れちゃったので、ちょっと休憩しませんか?」 遠まわしな気遣い。それに気付かぬシェリーではなく。辜月に向けられるのは据わった眼差しだった。 「妾は疲れてなどいないぞ。それとも雪待は妾とダンスよりも食事がの方が良いというのか? 変な気遣いなど要らない。そう言いたげに、少しだけ拗ねた表情に辜月の表情が緩む。そんな表情も可愛い、何て口には出せないから。 こうして踊っている方が楽しい、と小さく告げた。 「真剣な表情のシェリーさん格好いいですし踊る一体感でわくわくそわそわしますし」 だから、この後休憩と言う事であっちにも行こう。そんな提案が通ったのかどうかは、二人だけが知っている。 ふわふわもこもこ。愛らしい羊の姿の那雪が、ダンスの相手に選んだのは狩生。 昔取った杵柄とでも言えば良いのだろうか。一般教養からこの手のものまで、確りと仕込まれた身体は、音楽さえかかれば軽やかに動き出していた。 「久しいけれど……意外と身体は、覚えてるもの……ね」 「とてもお上手だ。……君は立派な淑女ですね」 引いた手に合わせて近付く距離。常の服装をベースに、添えられた狼の仮装に、ほぅ、と息をついた。 とてもよく似合っている、と呟けば、気恥ずかしげに笑う顔が見えた。 「ダンスは得意、なの……?」 リードが上手い。そんな問いに、軽く首が振られる。嗜んだ程度だ、と告げる言葉と共に、ダンスは終わりを迎えていた。 お付き合いありがとう。お礼と共に、那雪の小さな手が、狩生の両手をぎゅっと握る。 目の前で瞬く瞳などお構い無しに。 「トリックオアトリート、なの」 手を離さないとお菓子が取れない? 勿論、其処まで計算済みだ。少しだけ、悪戯な笑みを浮かべる彼女に、降参だと肩を竦めた。 満足げに。取り出した何かを、狩生の頭へと乗せる。ひょこり、と顔を出したのは、愛らしい猫の耳。 「……びっくり。意外と似合うのね……」 伸びた手が、カチューシャを触る。似合いますか、と微かに苦笑して、外したそれを那雪の髪に乗せた。 「折角ですから、君にも同じ手を使おうかと思いましたが――」 狼が手を出しては、羊は怯えてしまいますね。くすり、と吐息だけで笑って。漆黒の青年は少しだけ楽しげに目を細めた。 着物では動きづらいから。仮装の着物の代わりに、ティアリアが身に纏ったのは男性用のタキシード。 愛らしい姿とはうって変わって凛々しさを際立たせたそれで、彼女が声をかけたのは響希だった。 「ごきげんよう、響希。よろしければ一曲、踊ってくださらない?」 ちゃんとエスコートを。優雅に一礼してみせる姿に、響希は酷く驚いた様に目を見開いて、すごい、と呟いた。 手を取り合う。足踏んだらごめん、と小さく断る声には、問題ないと笑った。 「いつも楽しいお誘い、ありがとう。それに、わたくしに付き合ってくださりありがとうございますわ」 普段余り言えない事を、今。ぎこちなく、しかし、上手いリードのお陰で何とか様になるダンスに安堵していた響希は、気恥ずかしげに首を振った。 「やあね、あたしティアリアさんと遊びたいからお礼言われる事じゃないわよ」 くすくす、笑い交わす声。共に過ごす時間は楽しい、と囁けば、ティアリアはわたくしも、と微笑んだ。 「そうね、折角だから何か恩返しをしないといけないわね」 音楽の終わり。楽しかったと笑う響希の手を引いた。崩れかけた体制を抱き止めれば、微かな悲鳴の後に混じる、気恥ずかしげな笑い。 良かったら、友達で居てね。背に回った腕と共に、照れた様な呟きが耳を擽った。 ● 漆黒のマントに、顔を隠す仮面。裾から微かに覗くブルーのドレス。吸血鬼の姫君、リリは緊張気味に仮面を押さえた。 思い切った悪戯だった。顔も、服さえも隠して自分だとは分からない様に。不安げに辺りを見渡して、ふと。どれ程人が居ようと目に留まる愛しい人の姿に肩を揺らした。 不思議の国へいざなう兎の如く。見慣れぬ服装もばっちり着こなす姿に、思わず口元が緩んだ。 はっとして、慌てて口元を隠す。まだ、自分とは分からない筈。そう思いながら、近付いて来た彼の前で背筋を伸ばした。 「そこの吸血鬼のお面の人、えっと、身長この位の、青いドレスの女性を見なかったでござるか?」 訪ねる間も周囲を見回す腕鍛にばれない様に、声さえ気をつけて。見ていない、と囁けば残念そうに去っていく後ろ姿に漸く、少しだけ焦りを覚えた。 隠しては見たけれど、もしかしたら気付かれないままになるのでは。段々と不安になって、あの、と声をかける。 「あぁ、その子、拙者の一番大切な人なんでござるよ」 自分はこのまま探しに行くから、どうか伝言を頼みたい。恥ずかしげも無く、否、少しだけ気恥ずかしげに目を細めて。 「……未来の旦那が探しまわってるよ、とかそんな感じで」 未来の、旦那様。一気に高鳴った胸に、仮面が転がり落ちる。視線がぶつかった。紅く染まった頬を見て、腕鍛は満足げに笑った。 「あ、あー、リリ殿。一言いいでござるか?」 トリック・オア・ユー。甘い甘い囁きに、リリはそっと胸を押さえる。マントの留め具を外した。少しだけ憧れていたお姫様のドレスを揺らして、走り出す。 「――はい、」 どうぞ、貰って下さい。未来の旦那様の胸に飛び込んだ。確りと抱きとめてくれる腕に、胸が一杯になった。夢見る未来がどうか、繋がります様に。 「月の女神、アルテミスか……綺麗だ、悠月」 美しい恋人に見惚れる様に、目を細めて微笑む。そんな拓真に礼を告げて、悠月は同じくそうっと微笑んだ。 仮装をしていると、大分雰囲気が違って見えるのは彼もまた同じ。 「……昨年のクリスマス以来になるな。俺と、踊ってくれますか」 差し出した手。勿論、答えはひとつ。重なる手に微笑み合った。 クリスマスから、気付けばもうすぐ1年。ハロウィンも二回目。こうして、何度も積み重ねていく事はこの先も出来るだろうか。 拓真のリードの身を委ねて、曲調に合わせて舞い踊る。幸せな時間。暖かく満たされる胸の端で、冷たい不安が哂うのを、拓真は感じた。 身に纏う衣装。彼の神は、自らの所業故に最愛の女神を残して、その命を落とした。 ――なら、自分は? 抱いた不安は消えない。ダンスを終えたと同時。拓真はそのまま、悠月を胸の中へと抱き寄せた。 「……悠月、俺は君を離さない。約束だ」 優しく、彼女の髪を撫でて、唇を重ねた。そんな言葉を聞いて、心中で微かに苦笑した。 真っ直ぐに視線を合わせて、微笑んだ。そっと唇を重ねて、吐息が交わる程の距離。 「――大丈夫です。私が、あなたの御傍に居ます」 約束は常に色褪せない。神々の恋が悲しいままに終わったのだとしても、自分達は、自分達なのだから。 「Une farce ou une friandise?」 流暢な仏語。生憎、そっちは詳しくないわよ、と肩を竦めた響希に目を細めて、氷璃は一つ、指を立てた。 日頃から妹分の女子力を羨んでいるようだけれど、子供には子供の、大人には大人の嗜みと言うものがあるのだ。 「ダンスも碌に踊れないようでは淑女として話にならないのよ」 だから今日は特別に、自分が直々にダンスのレッスンをしよう。そう言って、浮かぶ微笑が若干サディスティックなのは気のせいだろうか。 ひくり、と響希の表情が引き攣る。な、なんであたし? と傾げられた首。 「――別に沙織が居ないから退屈している訳では無いわよ?」 嗚呼そういうことですね。なんて納得する間も無く。基本ステップからターンの方法まで。 勿論、氷璃のレッスンを受ける以上、甘えは許されないと思うべきである。 半ば真っ青。軽やかにステップを踏めるようになるまで確り教え込む最中。酒のグラスを傾けながら、微笑んだ。 「この試練に耐えた時、貴女は立派な“紳士”になっているわ」 「えっ、……可笑しいと思ったけど、これ、男性の……」 そうよ、と笑った。なんで、なんて言わせずに。笑った彼女は首を傾げる。 「最初に言ったわ、“お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ”――お菓子はまだかしら?」 差し出される手。してやられた、と溜息をついて、掌一杯のキャンディが差し出された。 ● さざめきから離れた、夜闇のテラスで。光介は静かに、中の様子を眺めていた。 「光介様……お父様のお仕事上、こういう場面も多かったのでは?」 隣に立って、尋ねるのはシエル。懐かしさを覚え始めていた光介ははっとした様に其方を見て、そうですね、と、少しだけぎこちなく、笑った。 父は、社交が仕事みたいなところもあったのだ、と告げた声を、シエルは真摯に聞く。 「ボクも時々、姉と一緒に。姉さんは本当、ダンスとかクラシックとか大好きで……」 もう遠い、届かないほど遠い昔。もう居ない、父と姉の記憶。懐かしさ以上に、込み上げて来る何かにそっと目を伏せた。 「まだご自分を赦すことは……出来ませんか?」 控えめに、投げかけられた問いかけ。驚いた様に向いた視線に、シエルはそっと微笑んだ。 恋人なのだ、最近の様子さえ見ていれば、彼が、1人生き残った罪悪感に苛まれているであろう事位、気付いていた。 「そう、ですね……いまでもたまに、なんでボクだけ生きてるんだろうって」 運命は、何故父や姉ではなく、自分を生かしたのだろうと、思うことだってある。目を伏せた。その身体を、シエルは優しく、けれどしっかりと抱き寄せる。 「光介様はもう一人じゃないから……私などで良ければですが……ずっとお傍に居ります」 それなら二人だから、分かち合える。幸福も、倍に出来る。そっと、頬を寄せた。 愛しい人が、自分を赦せる日がいつか訪れますように。そう願う様な気持ちで、吐息を漏らす。背中に腕が回った。 まだ、赦せはしないけれど。今はただ、隣の彼女のぬくもりだけを、感じて居たかった。 ハロウィンは、周囲を見回すだけで楽しく、雰囲気も嫌いではないのだけれど。 紅麗は、自身の衣装を摘んで少しだけ、不安げに眉を寄せた。花魁風のそれは彼に良く似合っていたけれど、どうも落ち着かない。 そんな様子に気付いたのだろう、共に外に出た響希は微かに首を傾けた。 「どうしたの? 紅麗クン、美人だから似合ってると思うけど」 「ハロウィンだから変わった仮装を……そう思った結果がこれ……」 褒められるのは嬉しいけれど。この衣装は、彼女が着ればすごく似合うかもしれない。そんな呟きを漏らせば、響希は気恥ずかしげに笑った。 そっと、仮面を外す。様子を伺う様に隣を見遣れば、此方を見上げていた顔が、楽しげに綻んだ。 会話らしい会話はないけれど、それでも、この笑顔が見られるならそれで十分だった。 「あ、折角だからこれ……どうぞ」 手の中で、ころり。転がったのは(`・ω・´)な顔をした小さな南瓜。 貴女がこれからも頑張れますように。これからも、笑顔でいてくれますように。 そんな小さな願いを込めたそれを、手の上に乗せれば、ありがとう、と笑う顔が見えた。 「じゃあ、お返し。手出して」 差し出したのは、可愛らしい包み紙のチョコレート。何時も有難う、そんな言葉が、添えられた。 ダンスといえば、確か戦略司令の誕生日で踊ってみたけれど。あの時は散々だった、とプレインフェザーは思い返す。 けれど、あの時とは二人の関係は少し違って。寄り添っていると、胸が高鳴るけれど。今は、そんな風になっていると言う事を、彼にも知って欲しいくらいだった。 出来ればダンスの方も、少しは。そんな彼女の前で、喜平は恭しく礼をして見せた。 美しい女神から、ダンスのお誘いを頂けるなんて。果報は寝て待て、とはこの事なのだろう。 大慌てで、大昔の忘年会のオペラマスクを引きずり出して。馴染んだコートに礼服で身を固め、オペラの怪人の如き出で立ちを作り出した。 「嗚呼、かくも麗しき女神よ。今宵この至福を授けた貴女に、永劫の信仰を捧げましょう」 気取った台詞。裾を気にする女神を気遣いながら、ゆるりと足取りを誘導していく。どうもおぼつかない足取りは、やっぱりあの時通りで。 けれど、彼が確りと支えてくれる事は知っているから、安心して失敗も出来た。プレインフェザーの表情が、少しだけ緩む。 軽やかに、テンポが上がる。フォローはもう要らない。アドリブ満載、だなんて気にする必要も無い、と喜平は笑う。 他の誰でもない、この女神様とならば。そんな彼の目の前で、少しだけ縺れた足に任せて、プレインフェザーは広い背へと腕を回してしがみ付く。 「――あんたと一緒なら大丈夫って、信じてて良いんだよな?」 少しだけ挑戦的に微笑んだ。その身体を抱え上げて、くるりと一回転。美しい白い裾が舞う中で、彼女が聞いた答えはどんなものだったのだろうか。 ● 何度踏んでも馴染まないステップ。明るい室内では何処と無く硬い響希の表情が確りと見えて。ミカサは小さく、誰も見てないから大丈夫、と囁いた。 人前で踊るなんて柄じゃない事は重々承知で。けれど、今回はこうして確りと顔を見て言葉を交わしたかった。 僅かに交わる視線はしかし、即座に下がる。微かに息をついた。 「……何が言いたいか解るだろ」 ああいうのは、困るよ。端的な言葉に解けかけた指先から伝わるのは明らかな動揺。乱れた3拍子を整えて、少しだけ表情を緩めた。 「責めている訳じゃないよ。……ただ、」 言葉を呑む。あんな笑顔は見たくなかった。笑顔は見たかったけれど、それはあんな形ではなくて。 足を止めた。ダンスフロアの片隅、転びかけた手を引いて見開いた瞳を見詰める。そっと、手を添えた頬は何時かと同じく、少しだけ紅くて、熱かった。 「……俺は逃げない。その気があるなら本気でおいで」 赤銅が瞬く。少しだけ間を空けて、染まった頬を隠す様に響希は首を振った。 硬かった表情は気付けば何時も通りで。言葉を探す様に彷徨う視線が漸く、漆黒を見上げる。 「此処、何処だか分かってる?」 こんなに人が居るのに、と消え入りそうな呟きに思わず微かに笑って、ミカサはその長身を少しだけ屈める。 近付いた距離。落ちかかる黒髪をそっと避けて、額に唇を寄せた。 「今日はハロウィンだよ。――お菓子も悪戯も欲しいんじゃなかったの」 その声音に含む色は微かな愉悦と、余裕。額を押さえ、悔しげに視線を逸らした響希はしかし、意を決した様に歩み寄った。 柄にも無い事をしたし、帰りたい。そんな呟きに少し笑って、伸ばした手がミカサの纏う黒衣にかかる。 背伸びした。引き寄せて漸く届いた耳元に顔を寄せる。 「背高過ぎ。これじゃあ、仕返しも満足に出来ないわ。……ねえ」 逃げないのよね、と囁く声。答えを待たずに彼女は口を開く。 「――好きって、言ってよ」 ばかだから、言われなきゃ分かんないの。其処まで告げて離れた。満足げに笑って、踵を返す。 あたしも帰りたい。そんな言葉と共に、白い手が差し出された。 行列用の凛々しい格好からがらりとお色直し。童話の主役と言っても過言ではない様なドレスを纏った未明は、気恥ずかしげに視線を落とす。 光を透かす柔らかな薄茶の中に煌くティアラに目を細めて、オーウェンは優しく華奢な手を取った。 手解きこそ受けた事はないが、其処は経験。海の向こうの大国で教鞭を取る合間、身に付けた振舞いは洗練され美しい。 優雅に美しく、しかし気遣いを忘れぬリードに、ぎこちなくも転ばずステップを踏む未明が視線を上げる。 「予想はしてたけど、そっちは流石に慣れてるわね」 転ばないだけで精一杯、そもそもこんな事自体初めての自分と比べて随分と手馴れた様子の恋人は、先のステップまで計算しながらその足を踏み出していく。 まさに教授。先の先まで読み切ったそれは、やはり堂々たるもので。 「……まあ、職務上必需の付き合い……と言う物だ」 転んで足を踏みかけた彼女を軽々抱き上げくるり。アドリブさえも様になるのは、音楽とオーウェンのリード、どちらのお陰だろうか。 ゆったり3拍子。けれど、やはり慣れない未明に、そのステップは難しくて。 「あ、ちょっと待っ……ご、ごめん」 頑張っては見たものの。少しだけ高いヒールが災いしたのだろうか、とうとう思い切り踏んでしまった彼の足に慌てて謝れば、目の前の顔は平気そうに首を振る。 例え踏まれてでも、踏まない様に。彼女に痛い思いをさせる位なら自分が耐えると決めた彼は表情ひとつ変えないけれど、絶対痛かったに決まっているのだ。 音楽が終わりに近付く。くるり、回って、引き寄せたまま、オーウェンは自分だけの姫君を抱き上げる。 金の髪が、未明の頬に影を落とす。頬に触れる唇。くすり、と吐息だけで笑う気配がした。 「偶にはこう言うのも、悪くはあるまい?」 「悪くは無いけど、後でちゃんと踏んだ所診せなさいよね?」 このカッコつけめ。そんな悪態さえも、愛らしい。 ふわふわ、草花を編みこんだ美しい髪が、ドレスが、舞い踊る。童話から抜け出たような旭と共に踊るのは、赤黒マントの吸血鬼、涼。 かっこいい、と絶賛されたのもいい思い出である。ラプンツェルの王子が吸血鬼だなんて、聞いたこともないけれど。 自分ヴァンパイアだし、御似合いなのかもしれない、何て微笑んだ。 「お手を拝借していいですか? お嬢様」 雰囲気重視。ダンスは上手くないけれど、男の子なんだからエスコートくらい、と差し出した手を取って、空気を読まないお姫様は軽やかに輪の中へと踏み込んでいく。 古典的なダンスなんてした事無いのはお互い様。周りの人を見ながら、旭は何と無く、ステップを覚えていく。 「こーかな? あ、こうやって、……うんうん」 なんとなく、それっぽいステップなら踏めそう。足を踏まないように気をつけるのは、勿論涼も同じで。 折角の空間で転んだりしないように、精一杯、涼は踊る。リード? で、出来ているのだろうか。酷く不安で、けれど、一緒に踊る雰囲気を楽しむ方が、きっと今はいいのだろう。 「ま、楽しめればいいさね」 ふわり、マントが翻る。異世界の王子と姫は、軽やかに舞い踊った。 ダンスフロアの中心、肌に刻んだ経さえ様になるフツは、腰を落として静かに手を差し出す。 目の前には美しいお姫様。視線を上げて、一つ、咳払い。 「拙僧はこの通り、こんな得体の知れない坊主ですが……今宵だけでも、共に踊っていただけませぬか?」 少し気取った物言いに、可憐なシンデレラ、あひるは嬉しそうに笑う。勿論受ける、と手を重ねて。 「素敵なお坊さん、貴方とは今宵だけと言わず……ずっと一緒に、踊りましょ?」 ステップはゆったりと。時間と音楽に身を任せて。間近で見つめあいながら、フツは眩しそうに瞳を細めた。 よく似合っている、と囁く。踊れば尚更、その美しさは引き立って。本物のお姫様の様だ、と心の底から思った。 そんな賞賛に照れた様にあひるが笑う。普段しない格好だからこそ、どうも恥ずかしくて。でも今日だけは、お姫様気分でも良いだろうか。 「フツはふつらしくて、すっごくカッコイイ……!」 後ろに、何か見えてしまうけれど。そんな呟きは聞こえなかった事にして。くるり、回った彼女を受け止めてから、フツは満面の笑みを見せた。 「あひるが綺麗なのは、魔法でもなんでもねえ。あひる自身が綺麗なんだ」 「フツも、貴方が思っている以上に、とても魅力的よ。大好き……!」 恥ずかしさよりも、勝るのはこの胸に溢れる愛おしさ。曲が終わっても、二人の手は離れない。 今日くらい、時間を忘れてずっとずっと、踊っていたって良いだろう。だって、今日はハロウィンで。 今日の自分達は、特別な自分達なのだから。恋の魔法は、零時を過ぎたって解けやしない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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