●カラスが泣いても帰れない 「ねぇ、かえりみちをおしえてほしいの」 帰路を歩いていた女の耳に、甲高い少女の声が響いた。暗がりでよく見えないが、確かに前方に人の気配を感じる。 声からして、恐らくまだ小学校にあがったばかりくらいであろう。舌足らずな口調の相手を不安がらせぬように、女はなるべく優しげな声音で問いかける。 「迷子? おうちはどのあたりなのかな?」 相手は数秒思案するように黙った後に、ぽつりと呟いた。 「……わからないの」 「そっか。お名前は?」 「わからないの」 「えっ」 困ったように女は眉を寄せ、もう少し詳しく話を聞くために少女の方へと近づいていく。 どうやら俯いているらしい少女の顔色は、闇夜のせいで伺えない。 暗い夜の中に蠢く人影が急に不気味なものに思え、女の背筋が少しばかり冷えた。 「わからないの。なにも、なにも、わからないの」 もう少しで彼女の元へとたどり着ける。 しかし、女は少し戸惑った。本当にこの少女に近づいて良いものか、と、恐怖が体を侵食していく。 この少女、何かが。何かがおかしい。 少女に近づくに連れて、女の胸にじわじわと違和感が広がっていく。 「でも、おうち、かえりたいから、かえりみちをおしえてほしいの」 不意に近場の街灯が点き、少女――であるはずの者の姿を照らす。 目の前に現れた彼女の姿を確認し、女は言葉を失った。 少女の手には、鳥のくちばしがついていた。否、手が鳥のくちばしになっているのだ。 ソックパペットをつけているかのように、少女の本来手があるはずの場所には鋭く巨大なくちばしがあった。 それだけではない。肩からは一対の黒い羽がはえ、頭部には愛くるしい幼子の顔ではなくカラスの頭がちょこんと乗っている。 人とカラスが融合したかのような見慣れぬ生物が、そこには立っていた。 ぐしゃぐしゃとクレヨンで描かれてた落書きのように濁った鳥の瞳が、女の事を見つめ返す。 「かえりみち、おしえてくれないの? いじわるするの? ねぇねぇ?」 カラス頭のくちばしが開閉される。そこから紡がれる声は、やはり先程の少女のそれと同じだ。 悲鳴をあげる事すら忘れ呆然と佇んでいた女は、その声でようやく現実へと引き戻される。 恐れ、震え、叫び、逃げ出そうと踵を返す。 しかし、少女はそれを許さなかった。 素早い身のこなしで女を捉え、鋭い腕を構えるとそれをそのまま彼女の胸へと――。 「かえらなきゃ、からすがなくから、かえらなきゃ」 かぁーかぁーかぁー、と歌うように鳴き真似をしながら、少女は歩いて行く。 少女が歩く度に、彼女の手にあるくちばしの先から、ぽたりぽたりと赤い雫が垂れていった。 帰り道を見失った小鳥ならぬ孤鳥は、今日も歌い泣き人を殺す。 ●安寧への道標 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声を合図に、本日もリベリスタ達の仕事は始まる。 「迷子の討伐をお願いするよ」 今回のターゲットはノーフェイス。フェーズは2。元は、小学校低学年程度の少女のようだ。 恐らく、迷子になってしまっていた時に革醒してしまったのだろう。自身の家を求めてさ迷い、道行く者に道を尋ねては望んだ回答が得られない事に怒り相手を殺してしまうのだという。 「このノーフェイスは、身体の一部がカラスのようなものに変貌してしまっている。特に、両手がくちばしみたいになっているところが特徴的だね。その手で対象を続け様についばみ、出血させたりするよ」 他にも、肩にはえた一対の羽を羽ばたかせる事により小規模な複数の竜巻を作ったり、羽で相手の事を叩き陣形を崩そうとしたり、甲高い声で泣き叫びその場にいる者に精神的なショックを与える事もあるらしい。 カラスが元となったE・ビーストを、五体配下に従えてもいるという。 「彼女の身元は、まだ調べがついていないわ。家はおろか、名前さえも分からない」 帰路どころか、自分自身の事すら見失ってしまった少女。 「彼女は今もきっと、帰り道を探して街をさ迷っているはずだよ。人を見かけるとすぐに道を訪ねてくるから、遭遇は容易だと思う」 今から向かえば、イヴの見た未来では被害者となってしまった女性が少女と遭遇する前に、少女の元へ辿り着ける事だろう。 指定された場所へと向かうリベリスタ達の背中を、銀髪のフォーチュナは見送った。 「――くれぐれも、気をつけてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:シマダ。 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月09日(金)22:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●カラスは鳴き 自身は恵まれていた、と『アメリカン・サイファイ』レイ・マクガイア(BNE001078)は思う。 家族を失くしても、生き、仲間のある今があり、帰る家を忘れた少女のように彷徨わずに済んだのだから。 (彼女を世界が受け入れていれば、あるいは……。ですが、不条理なのはいつもの事) 「全てを救うのが無理ならば、せめて被害を最小に。そうですよね、出田さん?」 レイは、親しい同僚である『ラプソディダンサー』出田 与作(BNE001111)を見やった。彼女の言葉に、与作はどこか寂しげに笑う。 「……本当は、割り切る事が良い事だとは、俺は思わない。けれどそれは残念乍、必要な事なんだろうね」 しばしの思案の後、与作は頷く。 「うん、そうだね。あの子の不安と泣き声をここで止める為に」 不条理な世界。この世界のどこかで、今も彼女は泣いている事だろう。 五体のE・ビースト、そして一体のそんな泣き虫なノーフェイスの計六体の討伐。それが今回のリベリスタ達の任務内容だ。 「自分を入れて七つの子っつーには、流石にとうが立ち過ぎだろうな」 今宵の対峙する相手と同じく、カラスの翼を持つ『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)は飄々と、けれど瞳には僅かな真剣さを滲ませながら呟いた。 「カラスが出てくる童謡だと、他には夕焼け小焼けとかが有名だけど……。七つの子……もしかしてななこちゃんっていうお名前だったりするのかな?」 彼女がカラスに拘る理由は、彼女自身がカラスになってしまった事以外にも理由があるのかもしれない。 思案し、『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)が辿り着いた一つの可能性。 もしかしたら、ななこという名前を持っているかもしれない子。平凡で、ありふれていて、けれどとても可愛らしい名前。なんであれ、今日相対するのは、元はどこにでもいる平凡な少女だったはずなのだ。 骨を返す事は、姿が変わってしまっているから難しいだろう。しかし、せめて遺品だけでも家族の元に返せれば良い、と遠子は思う。名付けた親だって、きっと愛しい子の帰りを今も待っている事だろう。 「迷子の不安とかで覚醒してしまったのでしょうか……? お家に返してあげられないのは、切ないですね」 『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)の悲しげな表情を横目で見やり、 『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)はそっと目を伏せ冷静な声音で呟く。 「迷うは人もノーフェイスも変わらぬ事。なれば、標を穿つもまた同じ」 けれどその桃色の目が、同情に揺れているのは隠せない。 「迷子の迷子のカラスちゃん、か」 何か思うところはあるようだが、『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)の瞳に、迷いはなかった。 「この声……きっと、彼女だと思う……。うん、見つけたよ……」 耳を澄まし、目標を索敵していた遠子が仲間達を振り返る。作戦の成功を祈りながら、打ち合わせ通りリベリスタ達は二手へと分かれる。 日は傾いている。少女と出会う頃には、すっかり夜になってしまっている事だろう。 何の変哲もないどこにでもいる野良のカラスが、リベリスタ達の上空を飛び交いながらカァと鳴いた。 冷たい風が、遠子の長いみつ編みを揺らす。オッドアイの少女は、小さな声で呟いた。 「カラスが鳴くから帰りましょ……。何だか寂しいね……」 頭はカラス、腕はくちばし、肩には羽が一対ずつ。そのどれもが黒に染まっている。 フォーチュナが語った通りの見た目の少女が、そこには立っていた。少女の体に似合わぬアンバランスな装備が、今の彼女を形作っている。 不気味な二つの黒い瞳が、自身に近づいてきた三人のリベリスタの事を見やる。 「どうした。お嬢ちゃん、迷子かい」 彼女が口を開くより前に、なるべく温和な声音で小烏は目の前の少女に尋ねる。 その異質な姿など気にもせず、彼女からまともな返答がないだろうという事を知っていても、それでも。 迷子の少女に話しかけるように、優しく。 「かえりみち、かえりみちをおしえてほしいの」 おずおずといった様子で、少女が口を開いた。今のところ、リベリスタ達に危害をくわえる様子はないようだ。 「分かった、案内するよ」 「そうだな――このおじさんたちがなんとかするさ」 与作、そして生佐目の言葉が続く。相手を刺激すぎぬように注意を払い、それでいてその事を相手に気付かせぬように振る舞う。 「おうちかえらないとこまるの。かえりみちをおしえてほしいの」 「そうだね。でも、先ずは交番で道を聞こうね。迷った時はおまわりさんが教えてくれるって、教わった事ないかい?」 話しながらも、与作は少女の靴や服を相手に気付かれぬように観察する。 痛みと摩擦の加減を見るに、何年もという長い時間を迷い続けているわけではないようだ。革醒したのは、最近の事なのかもしれない。 「はやくおうちかえってね、かえって、それでね。はやくかえりたいの」 「大丈夫さ――そろそろ帰れる」 生佐目の言葉をどこまで理解しているのか、していないのか。少女の表情は伺えない。 けれども未だ攻撃する素振りを見せてこないという事は、敵意とはとられていないのだろう。 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が彼らの進行ルートに合わせ強力な結界を張っていっているおかげか、辺りにリベリスタ達以外の人影はなかった。少女の声と、リベリスタの声だけがそこには響いている。 「まだかな、かえりみち、まだかな」 「心配しなくていい――確実に近づいている」 時折ビスケットや興味深い豆知識を語り、生佐目は少女の興味を家から逸らしていく。彼女達が話している内に小烏は少女の品に残った過去を探り、手に入る断片的な情報から話を広げていく。 彼女の言動は落ち着かず、まともな言葉が紡がれるのは稀だ。しかし一応話は耳に届いてはいるようで、興味深げに話の続きを促すような素振りを見せる事もある。 別行動をしている仲間達とは、常にアクセズ・ファンタズムで連絡を取り合っていた。仲間の口から紡がれるある情報を元に、与作達はそうやってたわいない話を交えつつも、少女に違和感を持たれないようにある目的の場所へと彼女を誘導していく。 「あっちかもしれん。一緒に行ってみんか」 少々警戒し始めた彼女に、何の心配も要らないとでも言うように小烏は微笑む。 「ほら、手を繋ごうか?」 差し出された小烏の手を、少女は不思議そうに見つめる。次いで、彼女の視線は自分の嘴のような手を見やった。 しばしの沈黙。何を考えていたのか、あるいは何も考えていなかったのか、少女は素直に手を差し出してくる。 日の落ちた空の下、烏とカラスが手を繋ぐ。くちばしと翼だけれども、しっかりと放さぬように歩いて行く。 しばらく歩いて、辿り着いたのは公園だった。程々な広さがある。もしここで戦闘が起ころうとも、邪魔になるものはないだろう。 「すまん、違ってたようだ」 その言葉と共に、小烏の懐中電灯が点灯する。照らされた先にあったのは、少女が焦がれた家ではない。 「可哀想な送り方になっちゃうけど、仕方無い、か。彷徨って家にも帰れず、人に迷惑をかけるよりはマシだもんね」 弾、弾、弾。シャワーのように降り注ぐは、弾。 「そうだよね? お兄ちゃん」 二挺の拳銃を操る影が、脳内の兄へと微笑みかける。 少女を迎えたのは、虎美の放った蜂のような弾丸の嵐であった。 ●少女は泣き 遠子とレイとななみと虎美とミリィが戦闘に適した場所を探しそれぞれが戦闘の準備をしながら待機、アクセズ・ファンタズムで少女と接触している与作と生佐目と小烏に公園への道順を教え、少女をこの場へと誘導する。 それが今回のリベリスタ達の作戦だった。 無事その作戦は成功を収めた。予定より幾分も戦いやすくなった戦場にて、リベリスタ達は少女の前面と背面を陣取る。 しかし、安堵している暇などはない。本番はまだこれからなのだ。 現に、少女は今リベリスタ達を倒すべき敵だと認識した。邪魔な人達、意地悪な人達。 自分を、家に帰してくれない人達。 少女の悲しみが、怒りが、少女の武器となりリベリスタ達へと襲いかかる。 思わず耳をすくめてしまうような、耳を劈くような泣き声が辺りへと響き渡る。リベリスタ達の心を蝕むような声。 しかし、瞬時に小烏の放った神々しい光が、彼らの傷を、そして心を癒す。 休む間すら与えないとでもいうように、少女の配下であるE・ビースト達がその鋭い嘴で前衛に立っている者達へと狙いを定めた。 「っ……! でも、このくらいなら大丈夫ですっ」 直撃を受けたものの、その威力はななせに膝をつかせるには足りない。 (カラスが鳴いても、帰れない。帰ることなんて、出来ない。それでも、私は――……) 金の髪の少女が顔は顔を上げる。その瞳にあるのは決意。 そして、ミリィは指揮を執る。この戦いにおいて、もっとも適した動作。勝利に近づくための攻撃手段。 彼女が導き出した答えが、瞬時に仲間達へと共有されていく。 「状況を開始します」 先程までとはうってかわり、丁寧な言葉が与作の口からはこぼれる。 与作の作り出した多数の幻影が、カラス達を神速の斬撃へと巻き込んでいく。 「だって、おうちに、おうちにかえしてくれるって。おうちに、おうちにかえして」 嘆く少女に向かい、突きつけられるのは鋭い切っ先だ。 「そうだ――これがお前の帰り道だ!」 生佐目の得物が赤く染まり、少女の体を狙う。 「この一閃、道しるべなれば――喰らえ!」 しかし、一体のE・ビーストが彼女と生佐目の間に割って入ったきた。 狙いは逸れたものの、生佐目のスピアは血を啜るかのようにE・ビーストの命を削り取る。 ななせのオーラを纏った巨大な鋼のハンマーが、E・ビーストに追い打ちをかけるかのごとく続いて行く。 ななせが先程受けた傷は、もう癒えている。彼女の道を阻む物はない。 破壊的なオーラを纏った連撃に圧倒されたのか、E・ビーストはたじろぐ素振りを見せた。 ぴょこんと飛び出た赤茶の毛を持つ彼女に続くように、次に場に踊り出るは銀のあほ毛だ。 レイは炎を纏った拳で、少女に殴りかかろうとする。E・ビーストが案の定邪魔に入ってくる……が、それはレイの狙い通り。 少女を狙うと見せかけて、カラスを誘いこむための罠。まんまと罠にかかった漆黒の鳥に、銀の鳥の一撃が叩き込まれる。 遠子の体から気糸が伸びる。精密で、そして執拗な凶器が、カラス達の体と少女の喉を正確に狙い撃つ。 リベリスタ達からの猛攻を受け続けた一体のE・ビーストが、力を失くしふらふらと地面へと落ちた。そしてそのまま、動かなくなる。 「本気でいくよっ」 ――私の本気、見ててね、お兄ちゃんっ。私も、お兄ちゃんの事見てるよ。いつも。 いくら相手が素早いといえど、集中した虎美が得物を逃すはずもない。脳内の兄に語りかけながらも、彼女は正確に狙いを定め星明かりのように輝く光弾を放っていく。 残る敵の数は残り五体。あるいは、四羽と一人。……五つの子。 ●帰路は無き 少女の腕、否、鋭いくちばしが、手近にいたななせと生佐目を啄む。 カラス達も暴風を起こし、リベリスタ達を狙い撃つ。 しかし、そちらのカラスが攻ならば、こちらのカラスは守だ。小烏の放った癒しの符が、出来たばかりの生佐目の傷を癒す。 「礼を言うぞ。いや――この借りは必ず返す、と言うべきかな」 彼女なりの謝罪の言葉が紡がれる。借りだ貸しだのはしゃらくさいが、もし借りだとするならば、彼女ならすぐにでも返してくれる事だろう。そのスピアでの活躍によって。 一体のE・ビーストがレイの事をくちばしで狙うが、大きな傷を与えるには至らない。 レイ自身の実力も大きいが、直前にミリィが今度は攻撃ではなく守りのための動作を皆へと伝えていた事もあるだろう。素早さには自信があるが攻撃力はさほどでもないカラス達の前に、リベリスタ達は強固な壁として立ち塞がる。 与作がまた複数のカラスを、金属製の牙を素材としたナイフで切り刻んでいく。いっきに三体のE・ビーストが、彼の手によりこの世から葬り去られた。 残りの一体は、次々と仲間が減っていく事に動揺する素振りを見せるが、果敢にも生佐目へと攻撃を加えていく。それが、自らの仲間を更に傷つける事になるとも知らずに。 「行き掛けの駄賃だ――とっておけ!」 今しがた受けた傷を、生佐目は少女へと呪いとして刻みこんだ。苦悶にうめく少女は、助けを求めるかのように残り一体のカラスを見やる。 しかし、少女の目に映ったのはななせの手により倒され動かなくなった黒い塊だけであった。 少女を庇うものは、もういない。 レイの燃え盛る拳が、少女の体に叩き込まれる。遠子の気糸もそれに続き、少女の喉へと撃ち込まれる。 泣き叫ぼうとする少女。けれど、その声は少し厄介すぎる。放っておくわけにはいかない。故に―― 「ちょっと黙っててくれないかな」 硬貨さえ撃ち抜きそうな程の精密な射撃。虎美の喉を狙った攻撃に、少女は退く。 「そろそろ逃走すると思います。皆さん、気をつけてください」 少女の異変に気付いた与作が、すかさず仲間達へとその事を周知する。 カラスが鳴くから帰ろう。カァカァカァ。 少女はそんな風に鳴き真似をして、この場から逃げ出そうと、どこかへと帰ろうと――けれど、嗚呼、声が出ない。 それでも隙を見て逃げ出そうとする彼女を逃さぬように、リベリスタ達は立ち塞がる。 「行かせないよ……! 一緒におうちへ帰ろう……!!」 珍しく声を張り上げる遠子の言葉に、少女は攻撃的な竜巻を作り出す事で返す。鋭い暴風で傷が出来ようと、リベリスタ達は少女に道をあけたりなどしない。 「痛いよね、寂しいよね、怖い……ですよね」 家に帰れない子供の気持ちは、何よりも分かる。 「……御免なさい。カラスが鳴いても、私達はもう貴女をお家に帰してあげることが出来ないの」 それでも、ミリィは少女に退路を譲る事は出来ない。出来ないのだ。 「ごめんな、間違えて」 見つめる先の異形の怪物は、もはやリベリスタ達の声など聞いていない。最初から聞いてなどいなかった。 彼女にもはや理性はあらず、家へ帰るのだとそればかり。他の事など頭にはない。 迷い迷って、自分の事すら見失った哀れなノーフェイス。 「でもまだ探すよ、見つかるまでずっと探そう」 小烏の声は、それでも未だ優しかった。 ここまできて、退く理由はない。少女をこのまま家に帰す事など出来ない。 だから、リベリスタ達は武器を振るう。それが彼らなりの、そして彼らにしか出来ない、彼女への道案内。 ただ家に帰りたかっただけ。そんな女の子に、リベリスタ達の手により別れが告げられる。 最期に少女が小さく頷いたのが、小烏には見えた気がした。 ●迷い子は亡く 「お家に帰してあげられなくて、ごめんね」 もう少し話をする機会があったなら、家のまわりにあったもので覚えているものがないかを聞いてみたかった。 そう思うななせの前に、横たわる死体の数は六つ。もう鳴かない五体のカラス。 「せめてコイツらの血が――手向けの花になれば良い」 そして、ノーフェイスであった少女。生佐目の呟きもまた、少女のための花となる。 「ちゃんと帰してやらんとな」 小烏の言葉に、ミリィも頷く。彼女を家に帰す事は出来ない。けれど、思いだけは返す事が出来るはずだ。 「一人ぼっちは、イヤ……ですよね?」 視線の先にある少女の亡骸に、ミリィは問いかける。返事は無論、返ってこない。 けれど、答えなど聞かずともミリィには分かっていた。あんなに家を探して回っていたのだ。帰りたかったに決まっている。 一人ぼっちはイヤに、決まっているのだ。 彼女の遺品は、彼女の家へと送り届ける事にしよう。その事に異論を唱えるものはいなかった。 少女の遺品を調べ、少しでも手がかりになりそうなものを探す。 アークへの事後処理の連絡は済ませてある。アークの協力があれば、きっと近い内に少女の遺品は家へと帰れる事だろう。 「出田さん、最後に彼女に何を?」 「ん? ああ」 レイの言葉に、与作は微笑む。与作は少女を討伐した後、彼女の目を閉じさせ何かを耳元で囁いていたのだ。レイはそれに気付いていたのだろう。 「今際の幻でも家に帰り着いて欲しいから、ね。偽善かもしれない。でも俺達は結局、こう言う形でしかこの子を案内出来なかった……なら、それをするだけだよ」 だから与作は、あの迷子の少女に呟いたのだ。 ただ一言、『おかえり』、と。 リベリスタ達は帰路へとつく。 慣れ親しんだ家へと。「待っててね、お兄ちゃん」あるいは、自分を待つ者の元へと。 各々の思いを胸に抱きながら、帰っていく。 日はとうの昔に沈み、辺りにはしんとした夜があった。カラスの泣き声は、もうどこにも聞こえない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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