●相対するは二つの機械 それは、鴉の鳴き声に似ていた。長く尾を引く、機械の軋む音。一定の間隔で響いている。 その不快な音を打ち消すように、別の音がする。断続的に、法則性らしい法則性もなく、金属が金属に打ち付けられる音がする。一度、二度、三度――。 男の拳は、特別製。その腕の付け根から、指の先まで汚れの目立つ金属でできている。他の者は、男のことを『屑鉄フィスト』と呼んだ。男はそれを受け入れた。何故ならば、この変幻自在の鋼鉄の拳こそが、男が何よりも頼みとするものだったから――。 「チッ、硬ぇな……ッ」 まともに入った。確かにそう思ったのに、目の前の『存在』はやはり小揺るぎもしない。すでに何十発叩き込んだかわからないが、目の前の『存在』にダメージらしいダメージは見受けられない。 男が誇る拳は鋼鉄製だった。しかし、目の前の『存在』は、頭の先から足の先まで、全身が鈍い光を放つ合金に鎧われていた。 仲間達はすでに倒れている。男も傷つき、疲弊していた。それでも、いや、だからこそ男は逃げない。自分がここで逃げれば、仲間達の命はないのだ。 『存在』はゆっくりと歩みを進める。まるで男の行動に注意を払うことなく。 「……その、オレのことなんて、ハナから相手にもしてねえみたいな態度」 足元の屑鉄を蹴り、『存在』へと男は駆ける。自分よりも大きく、自分よりも強い、その『存在』を睨み上げ、男は幾多の戦いを潜り抜けてきた拳を固める。 「気に入らねえんだよぉッ!」 機械仕掛けの腕の秘めたる内燃機関が唸りを上げ、振り上げた拳に膨大な推力を与える。赤熱した機械仕掛けの腕が、満身の力を込めた拳が、『存在』の身を激しく打った。 今までとは異なる、手応えがあった。初めて『存在』の身に拳がめり込み、光沢のある金属製の骨組に皹が走る。 「いよおおおしッ! もう一発ッ!」 『存在』は男の力に初めて脅威を覚えたかのごとく、身を震わせた。そして、咆えた。壊れかけた機械を想わせる、耳障りな咆哮。 裂帛の気合と共に放たれた男の拳と、『存在』の巨大な拳が衝突する。 男は見た。そして、その身で感じた。 『存在』のこの世のものならぬ強大な力を。そして、これまで多くの敵対者を退けてきた、何よりも頼みとする自らの鋼鉄の拳が、あっけなく砕け散るのを――。 ●『機械の軋む音(メカニカルシュリーク)』と屑鉄達 「スクラップの廃棄場に、行き場のない三人の革醒者が住み着いた」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の淡々とした声が、ブリーフィングルームに響く。 「『屑鉄フィスト』鏑木敦彦、『屑鉄カノン』鉄芙美香、『屑鉄ウィング』郡山実。三人が三人とも、フェイトを持ち、身体の一部が機械と化している――つまり、そういう進化を遂げた人達」 私達の知るメタルフレームと同じね、と付け足す。 「……それぞれの事情を抱えながらも、三人は協力して外敵から身を守ってきたの。一般人や敵対するノーフェイス、フィクサード達から、ね。 争いは絶えないながらも、三人は穏やかに日々を暮らしていた。そこに三人の存在に引き付けられたみたいに、廃棄場のバグホールから現れるのが、さっきみんなにも見てもらったアザーバイト。識別名は『機械の軋む音(メカニカルシュリーク)』。今回の標的はこっち」 『機械の軋む音』の画像と情報は、すでに各自が持つ端末に送信されている。――未知の金属で全身を構成された、体高五メートル超の機械仕掛けの巨人。外殻に当たる部分はなきに等しく、骨組と内部の機械部分がほとんど露出している。元いた世界で、肉体を持つ生命体と争っていたらしく、それに類似した生命体を見かけると滅ぼそうとする。 「三人は自分達の根城を守るため、『機械の軋む音』相手に徹底抗戦するの。 でも、上位階層の機械生命体に、最下層の屑鉄で挑むのがそもそもの過ち。結果的には、三人が三人とも命を落とす。それでも、鏑木敦彦の捨て身の攻撃で損傷を受けた『機械の軋む音』は、丸一日活動を停止することになるのだけど」 一日経ったら、回復してまた動き出すわ。 そうなれば、とリベリスタ達は端末を見る。端末に映し出された『機械の軋む音』の奇怪な姿に目を落とす。肉体を持つ生物を忌み嫌う機械生命体がやることなど、たやすく想像できる。 「みんなにやってもらいたいのは、『機械の軋む音』を破壊すること。言葉も通じない、撤退も知らない、金属の塊。元の世界に送り返すのは現実的じゃないから。破壊して。 三人と協力はしてもしなくてもいい。生死も問わない。重要なのはアザーバイトの方。そもそも貴方達が現地に行った時、もう鏑木敦彦以外の二人は戦闘不能になっている可能性が高い」 でも、とイヴは付け加える。それまでの、静かで抑揚のない口調が少しだけ淀む。 「三人はノーフェイスとは違う。フェイトを持っているから」 ――普通の人。リベリスタ。ノーフェイスやフィクサードも。たくさんの人達が、神秘の犠牲となって死んでいく世界だけれど。 なくさなくてもいい生命まで、なくしたくはないから。 イヴは目を伏せ、言った。抑揚の薄い声音で、しかし、確かに言外の想いを込めて。 「できれば、助けてあげて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:上柳暮秋 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月09日(日)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●屑鉄の日常は脆く それは、鴉の鳴き声に似ていた。長く尾を引く、機械の軋む音。一定の間隔で響いている。 叫びを上げながら、跳躍した郡山実は、無骨な機銃で地へと叩き落された。 落下する郡山を受け止めようと、前に出た『屑鉄カノン』鉄芙美香は奇怪な『存在』の掌に捕らえられ、そのまま握り潰された。 気付けば、鏑木敦彦はたった一人になっていた。 それは、鴉の鳴き声に似ていた。長く尾を引く、機械の軋む音。 それは、鏑木敦彦にとって慣れ親しんだ日常が壊れかけ、軋みを上げる音だった。 「好き勝手やりやがって――ただで済むと思うなよテメエエエッ!」 たった数分で破られた穏やかな日々。その惨憺たる有様を見て、鋼鉄の拳を強く握り固める。 拳を『存在』に打ち付ける。一度、二度、三度。しかし、あえなく弾かれる。 瞬間、『存在』は腰より上の部分を、高速で回転させた。人間ではありえない動き。肩部分に組み付いていた鏑木は遠心力に耐え切れず、勢い良く宙に放り出された。 「しまッ……」 頭部、肩部、胸部。それぞれに搭載された機銃が、空中で身動きを取れない獲物に狙いをつけた。仲間は倒れ、一人きりの状況では、決して避け切れないタイミング。 機銃が、火を噴いた。 大量にばら撒かれた銃弾は、しかし、その一発として、鏑木敦彦を撃ち抜かなかった。 代わりに鏑木は空中で、自分とよく似た男の背中を見た。鏑木と同様に、痩身の男。そして、何より似ているのはその腕。 「よォ、兄弟。お節介かもしれねェが、ちィと手伝いに来たぜ?」 鏑木の誇る『屑鉄フィスト』を掴むのは、錆びの浮いた機械の左腕だった。男がにやりと笑う。 誰よりも早く駆けつけたのは、『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)。ユートは空中を舞う鏑木を捕まえた上で、もう一方の腕に携えた盾により、鏑木を貫かんとする弾丸の全てから彼を守ったのだった。 ユートはそのまま、鏑木は身を反転させて体勢を整えて。二人揃って、背中合わせに着地する。 「ナニモンだ。てめぇ」鏑木が言う。 「半端モンだよ。てめぇと同じな」ユートが言う。 「アァ? よくわからねえな。見も知らないヤツに助けられるほど、オレは良いことをやってきた覚えはねえぜ」鏑木は、ふと、自分の周囲に目を向ける。「……しかも、一人じゃないって? どうなってやがるんだ一体」 鏑木敦彦は見た。金髪の執事を、背広姿の中年男を、黒髪の少女を、危険な気配を漂わす咥え煙草の男を、大型化した機械の左腕を持つ少女を。極めつけは鎧の二人だ。桃色のはかなり小柄で、鈍色のは相当の大柄。 鏑木敦彦は見た。一様に『機械の軋む音』に向かう者達を。この場に自分と共に戦うべく集結した、個性溢るる面々を。 「……ったく、どういう団体だよ」統一性の欠片もない。鏑木は匙を投げた、という風に鼻を鳴らす。「おい、説明しろ。関係が、見えねえッ!」 ●共同戦線 「あーもーでっかいこわい強そう……」 どこからどう仕掛けていいものか。金髪の執事、『意思を持つ記憶』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)は相手の巨大さ故に一時困惑し、迷いを感じていた。 しかし、敵が目前に迫った時、ヘルマンは迷いを放り捨てた。一縷の怯えは依然として引きずりながら、それでも、一直線に敵に向かう。 「――まどろっこしいッ! ぶっとばす!」 天高く突き上げられたヘルマンの脚が、空を裂き、アザーバイトの金属の脚部をしたたかに打つ。生命力をも込めて叩き込まれたその衝撃は、金属の表面を振動させるだけに留まらない。機械の内部にまで達し、駆動系を大きく揺るがせる。事実、衝撃で『機械の軋む音』の身体が、わずかに傾いだ。 その背後に控えるのは、危険な気配を漂わす咥え煙草の男――桐生 武臣(BNE002824)だ。『機械仕掛けの戦乙女』クリスティナ・スタッカート・ワイズマン(BNE003507)と、『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)もいる。 「まずは挨拶代わりだ。遠慮なく受け取れよ」 「ヴァルキリーシフト! カウントダウンスタート!」 「さあ、受けろ。我が一撃!」 武臣の両手に装着したフィンガーバレットが、無数の弾丸を吐き出す。クリスティナの黒槍と剛毅の剣から、闇色の波動が奔る。弾丸が頭部に、波動が胸部の中心付近に――人間ならば致命となる箇所に次々と着弾した。 結果を見て、武臣はチッ、と音高く舌打ちする。やっぱり、通じねえか。 半ば予想していたものの、下位階層の鉛玉は、上位階層の金属を貫くことができなかった。クリスティナと剛毅の放った波動も、ほとんど損傷を与えることなく霧消する。 しかし、と武臣は顔を上げる。『機械の軋む音』の頭部が、わずかに傾いた。こちらを見ている、と武臣は確信した。奴は、俺達を敵と認識した。 にやりと笑い返す。 「来いよ。殺してぇんだろ? 遊んでやるよ……!」 『機械の軋む音』が、応えるように、身を震わせた。まるで、自らに挑戦した最下層の人間達に、怒りを覚えたかのように。 機銃がごとりと動き、肉を持つ生命体を捕捉した。 「失礼を。我々はあのアザーバイドの処理を任務とする者です」 前方で戦闘が始まる中、一同を代表して鏑木に対したのは、背広姿の中年男――『ラプソディダンサー』出田与作(BNE001111)だった。 鏑木の傷を癒すため、『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675)もその場に残っている。事前の打ち合わせで、鏑木を守る役目を請けた『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)も一緒だ。 与作は風体通りの慇懃な口調で、先を続ける。 「……ですが、見ての通り。あれは随分と強力な個体のようだ。宜しければ、是非助勢をお願いいたします」 「ハッ。助勢と来たか」鏑木が口の端を歪める。 「弱ったな。気に入りませんか?」 軽く頭に手を当て、与作は柔和な顔に困ったような表情を浮かべた。 「ああ、気に入らないね。これは元々、オレの喧嘩だ。それに」 背後を、すでに傷つき倒れた仲間の方を一度振り返ってから、鏑木は言葉を継ぐ。 「あいつらの命も、かかってる。あんたらに任せて自分はやらねえなんて選択肢は、ハナから存在しねえんだよ」 鏑木の返答に、与作の表情が緩む。頭を下げる。「ありがとう、助かります」 説明の続きは、かるたが引き取った。今のところ戦闘不能の二人が命を落とす懸念はないこと、二人からアザーバイトを引き離そうとしていること、アークが誇るフォーチュナの力によりこの事態を知ったこと。 そうして、本来辿るはずだった鏑木の運命について、かるたが言葉を濁した時。今まで沈黙していた心が、ここぞとばかりに無い胸を張った。 「心配要らないのデス! 鏑木さんは、私が護ります。船で例えれば、私は大船。超安心なのデス」 「……大、船?」 鏑木が怪訝な顔をする。他の二人の顔に目を走らせてから、桃色の全身鎧の少女に視線を戻す。少女の瞳の中に、星が見えた。その星は、きらきらと輝いていた。尋ねる。 「あんたがか?」 「そう、大船なのデス。超硬いのですよ。えっへん」 「あー。なんて言っていいかよくわかんねえが」鏑木は頭をがしがしと掻いた。調子が狂うな、と心中で一人ごちる。「とにかく、遠慮しとくぜ。自分より小さい奴に、しかも女に、護ってもらう趣味はねえからよ」 「え、あ、ちょっと」 言うが早いか、鏑木は身を翻した。 後方で響く全身鎧ががしゃがしゃいう音も、「待って下さいー!」という少女の声も、意図的に聞こえぬふりをして。 足元のスクラップを踏み越え、跳躍する。 「戻ってきたぜ! おらッ!」 そうして、強引にでも敵アザーバイトの顔面を一発ぶん殴ったならば――そこはもう戦場である。鏑木敦彦にとっては慣れ親しんだ、少女の瞳の中の星なんて、何ら関係がない世界。 空中でふと気配を感じ、鏑木は振り返る。そこには、やはり、星が瞬いていた。翼を広げた桃色の全身鎧が、すぐ脇の空中を舞っていた。なんとも奇抜な光景だった。 「お前、飛ぶのか」毒気を抜かれて、鏑木は言った。 「まあ、飛びますね」心は言った。 ●激戦は続く 唸りを上げる黒き波動が、合金にぶつかり、散った。 想像以上の堅牢さだ。剛毅は数度の攻撃を仕掛けていながら、ほとんど手応えを感じられないでいた。 「『疾風怒濤』の」クリスティナが声をかける。 「前に依頼で一緒に戦ったことはあったよな? 何故、その呼び方なんだ。略すならば、『フルメタルセイヴァー』の方で呼んでもらいたい」 「呼びにくい」 「人生に忍耐は必要だぜ」 ふむ、と一呼吸置いて、クリスティナは剛毅の言う忍耐とやらを知ることにした。 「『フルメタルセイヴァー』よ、やり方が違う。よく見ていろ」 クリスティナは両手で長大な黒槍を構え、剛毅と同様に、暗黒色の波動を撃ち出した。波動は仲間達の上を越えて飛び、『機械の軋む音』の頭に命中した。正確には、頭頂部付近にある機銃に。機銃の砲身が歪み、台座に亀裂が走る。 「おお」剛毅は素直に感嘆の声を上げた。 「どうだ? 身体が硬いのならば、脆い箇所を狙えばいい」 得意げな笑みを浮かべるクリスティナ。その顔を見ながら、剛毅は『機械の軋む音』の動きを目の端で捉えていた。『機械の軋む音』が、こちらを向いていた。いまだ健在な機銃が、発砲の気配を見せる。 剛毅は無言だった。無言のまま、クリスティナの身を引き寄せる。直後、その足元を無数の弾丸が跳ねた。 機銃が狙いの修正に動くよりも速く、剛毅は魔力のこもった剣をは振るった。剣の纏った波動が、目にも留まらぬ速度で、こちらを狙う機銃を正確に撃ち抜く。機銃は沈黙し、ついで、小さな爆発が起きる。 「言われた通りやってみたぜ」分厚い装甲に隠れ、表情は窺えない。しかし、剛毅の口調には笑みが含まれている。「これで合ってたか?」 「ああ、完璧だ」 クリスティナは何事もなかったかのように、微笑した。相手がそれを求めている気がしたので。ただ、小さな声で付け加えるように、感謝の言葉を伝えるのを忘れなかった。 巨大な左の前腕が、半ばから回転した。拳が収納され、入れ替わるようにして、元々の拳の位置に現れたのは巨大な歯車状のもの。 それがモーター音じみた唸りと共に高速回転を始めたら、もはやその用途は明らかだった。歯車と見えた部分は刃。高速回転の機能と併せて、有機生命体を切り刻むためのメカニズム。回転鋸――サーキュラソーなのだ。 戦闘機械は、獲物を選ばなかった。それが高速回転する刃であることなど、認識していないかのごとく、ごく無造作に。手近な獲物に、サーキュラソーを押し付けた。 「――ッ!」 心は声なき声を上げた。 回転する刃が全身鎧に接触し、盛大な火花を上げ、通り過ぎていく。しかと握りしめていたはずの盾は、回転の勢いに負け、すでに取り落としてしまっていた。 至近距離で感じるサーキュラソーの存在感は、圧倒的だった。本能的恐怖を煽るその凶器を前にして、心は強く歯を食いしばる。歯の根が合っていないことに、初めて気付いた。怖かった。 ――それでも、私は護る人なのデス。いつもの台詞を心中で唱え、背後にいる護る対象のため、心はその身を盾にする決意を再度固める。 サーキュラソーが唸りを上げる。元々鏑木を狙っていたサーキュラソーの獲物は、心に変わっていた。鏑木狙いではない、避けてもいい攻撃。しかし、一度サーキュラソーを受けた怯えのために、心の動きは硬くなっていた。 やられる、と思った時、割って入ったのは鏑木だった。その手には、心の落とした盾を構えている。 盾が悲鳴をあげ、火花が散る。 目を見開いた心の前の鏑木は、仏頂面だった。呟くように、言う。 「いつまでも護られてばかりじゃあ、かっこ悪ぃからな。――それに。自分より小さい奴が、しかも女が、目の前で切り刻まれるのを、黙って見ている趣味はねえんだ」 フルフェイスの兜の下で、強ばっていた心の口元がふっと綻んだ。サーキュラソーをどうにか退けた鏑木に見えるよう、剣をびしっ、と掲げる。 「なるほど。鏑木さんの気持ち、しかと聞きました! それでは! どちらがより護るのが上手いか、競争なのデス!」 何言ってんだテメエは、という顔をする鏑木。それでも、兜の下の心の表情は晴れ晴れとしていた。 護るべき相手の心根を知り、それが快いものだとわかった。心はこれまで以上に、『護る』意欲に燃えていた。 ユートは両の拳を打ち合わせた。 そこから発した十字の光が、長く伸び、機械の巨人を打つ。損傷は軽微。にも関わらず、ユートの撃ち出した三度目の十字の光は、この機械の巨人の内奥に生じた怒りの火を煽る目的を、十分に達していた。 ユートは『機械の軋む音』の巨体のずっと奥、屑鉄に塗れて、半壊した青の軽自動車があるのを見る。戦闘が始まる前から、ユートはずっとこの軽自動車に目をつけていた。だだっぴろいこの廃棄場で、方向と位置を確認する一つの目印として。 ユートは唇の片端をかすかに吊り上げた。作戦は功を奏した。鏑木敦彦の仲間達が倒れているのは、あの軽自動車のさらに奥だった。『機械の軋む音』は、すでにあいつらに背を向けている。距離も十分と言える。 「ぼちぼち、いいンじゃねェか」 隣で戦う与作に、声をかける。与作の手には、トリガブトの名を冠したナイフがある。トリカブトの毒のように即効性はないが、弱点を的確に突く与作の攻撃は、遅効性の毒のように徐々に効果を表していた。 「ええ。この辺りで良いでしょう。首尾は上々。あとは」 「奴を始末するだけ、ってわけだ」 終始咥えていた煙草を、ぺっ、と武臣が吐き出す。 「誘導作戦は終わりです」与作が口調を崩さないままに、高らかに宣言した。「皆さん、あとはアザーバイトの殲滅のみに注力して下さい」 ●死を呼ぶ一撃 「……潰す」 殺気を含んだ百戦錬磨の拳が、異常な強度を持った金属を連続して打つ。 度重なる攻撃に弱った金属が、いよいよ限界を迎えつつあるのか。武臣の拳を受け、金属が目に見えてへこんだ。 拳に痛みを覚えながらも、武臣は殴ることをやめない。歯をむき出し、愉快げに笑う。 「……面白ぇよな。てめぇよりデカくてつええヤツとヤんのは……!」 そのすぐ背後から、黒槍の刃先がにゅうと伸びる。 「新たな主、クリスティナ・スタッカート・ワイズマンが命じる! 我が命に従い、かの敵を撃ち貫け!」 『機械仕掛けの戦乙女』クリスティナ・スタッカート・ワイズマン(BNE003507)である。 「――吼えろ、ブラッドバレルタイラント!」 クリスティナは身の丈に合わぬ槍を、強引に力で取り回す。前の所持者はこんな重い物を軽々しく扱っていたのか、と内心驚嘆しながらも、繰り出す突きは十分に鋭い。鋼と鋼が衝突し、ぱっと火花が散った。 高みから、一直線に目標へ奔る物体があった。 「わたくしの足は鋼鉄なんかじゃないけど、それでもこいつを蹴り抜くことはできる!」 自身、一陣の雷となって、上空から『機械の軋む音』を撃ち抜いたのはヘルマンだった。『機械の軋む音』の骨格が軋み、ついに、その表面に大きな亀裂が走る。 『機械の軋む音』は、身を震わせた。そして、咆えた。壊れかけた機械を想わせる、耳障りな咆哮。アザーバイトの全身に、奇妙な紋様が浮かび上がる。 来ンぜ、と。ユートが、声を上げた。イヴの見た未来では、咆哮の直後にやって来た一撃で、鏑木敦彦は生命を落とした。これ同様の咆哮ならば、次にやって来るのは――。 拳。 ヘルマンと武臣は避けようと動いた。しかし、間に合わない。 規格外の拳が、彼等に向けて振り下ろされる――。 寸前で、その腕が停止した。 機銃で、サーキュラソーで。受けた傷の全てを、呪いに変え、敵の腕の付け根に大きな切り傷を刻んだのは剛毅だった。 そして、ヘルマンの作った大きな亀裂を狙い澄まし、渾身の拳を叩き込んだのは鏑木だった。 二つの攻撃によりできた傷が繋がり、まず、拳を打ち下ろそうとしていた右腕が音を立てて脱落した。さらに皹は身体中に広がる。 そうして、鴉の鳴き声に似た機械の軋む音は、二度とこの世に響かなくなった。 『機械の軋む音』が沈黙して数分後、その身体は、液体となって周囲に降り注いだ。 郡山と芙美香を介抱した後、日の出の光に照らされて、アークの八人は帰っていった。 いまだ目を覚まさない仲間達を横目に、鏑木敦彦は朝日を眺めながら、強大な敵を倒し、去っていったアークの八人のことを考える。とりわけ、ユート・ノーマンが残した不気味な話を考える。 「最近、楽団とかいうパスタ野郎がゾンビ作って回ってるらしくてな」 狙われるぞ、と。彼はそう言った。そして、意地を張って誰かを死なせることの辛さについても、彼は語った。 鏑木は数字の記された紙を取り出し、じっと見つめる。「困った時は頼り合えるのが一番だと思うしね」と言い、与作が残していった連絡先だ。 悪いことなどこの世から全てなくなったかのように、清らかな朝日の中。 鏑木は、これからの身の振り方について、頭を悩ませていた。しかし、それも生きているからこそ、できることだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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