●国道沿いの祠 岩肌に沿って急なカーブが続く。路面はブレーキ痕が黒い大蛇のようにのたうっていた。特に厳しいヘアピンカーブのガードレールは幾人の命を奪ってきたのか。年老いた者が嘲るような嗤いに歪んでいた。 夜には闇を貫く光が爆音を上げて疾走する。無謀な若者達が自身の命を削りながらカーブに突っ込んでいく。ガードレールを越えた先は断崖になっていて遥か下に細い川が流れていた。時に曲がり切れなかった者の三途の川となる。 今夜も若者達が自慢の改造車で爆音を撒き散らす。 「憎いのう。そうは思わぬか?」 狐面に巫女装束の人物が傾いだ鳥居の上に立っていた。周囲の中空に黒い人魂が次々に現れて呪いの言葉を呟く。 「……楽しげな者が憎い」 「……安らかな眠りを妨げられて憎い」 「……己の境遇が憎い」 「そうじゃのう。憎くて仕方がないのう」 狐面は嬉しそうな声を出した。山に取り込まれた祠を背中にして、ゆっくりと頭を動かしていく。雑草に覆われた小道を目で追っているかのようだった。 「道は閉ざされて久しい。誰も祠には来ぬ。憎々しい小童共は毎夜の如く、やって来よる」 五つの人魂はゆらゆらと揺れて薄い反応を示した。 「生ある者は憎くて仕方がないのう」 そうじゃ、と狐面は柏手を打つように手を鳴らした。思い付いた案が甚く気に入ったのか。面を上方に向けて高い声で笑った。 「あの小童共を人魂にしてやろう。お主らのようにな」 面の奥から余韻の忍び笑いが漏れる。周囲の人魂は恐れとも、怒りとも付かない様子で激しく揺れた。 ●決然と ブリーフィングルームのスクリーン映像を見終わった。 無表情に近い顔で『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は簡潔に言った。 「彼等は夜にしか現れない。夜戦になるから準備を怠らないで。そして狐面の人物を絶対に斃して」 集まった者達は同意するものの、やや強い声の調子に少しざわつく。それを受けてイヴは軽く握った拳を唇に当てた。伏せた目は何を見ているのだろうか。 「負の連鎖を断ち切って上げて」 イヴの真剣な眼差しに対して言葉は不要。一同は笑顔で応じた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒羽カラス | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月04日(日)23:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●夜の国道 月を目に例えるのならば、今は黒い瞼が落ちそうな三日月であった。 そこに眠気を妨げる雷鳴が轟く。激しい排気音が周辺の大気を震わせる。闇を貫くヘッドライトは地上を走る稲光を思わせた。道なりに蛇行して国道を瞬く間に駆け抜けていく。 「道を封鎖した方が良かったのかねぇ」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)は山際の路肩に停めた愛車を背もたれにして咥えた煙草に火を点ける。深く吸い込んで溜め息のような煙を吐いた。思考を巡らせた結果なのだろうか。軽く頭を左右に振った。 「あの速度では止まれずに事故になるか」 烏は自分の判断の正しさを再確認した。 「この騒音で敵も動き出すかもしれぬのぅ」 バイクのシートに横乗りに座った宵咲 瑠琵(BNE000129)が言った。和装の童女とは思えない年寄りじみた口調であった。それとなく視線は暗がりに流れた。不意の襲撃に備えて自分の分身を潜ませていたのだ。 「そろそろ結界の準備ですか?」 可愛らしい姿の男の子。雪待 辜月(BNE003382)は周囲を窺うように目を動かした。緊張した態度に『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が側に来て得意のテレパシーで励ました。辜月は幾分表情を和らげて頷いた。 遠方から複数の排気音が聞こえてきた。闇夜を切り裂くライトを絡めながら急速に近づいてくる。間もなく一同が待機する緩やかなカーブを続々と通過していった。 「頃合いだな」 烏は自分の肩を揉むようにして言った。 「アタシ、ぶっちゃけ暴走族って嫌いなのよね。エリューションの犠牲になってしまえばいいんだわ」 重そうな胸を前面に押し出して『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)が言い切った。直後に回りに視線を巡らせて、おどけたような笑顔になった。 「ま、それを救えって言うお仕事だから仕方ないわね。要望通りにしましょう」 人差し指と親指で輪を作って、これもあるし、と夜戦用の暗視ゴーグルを装着した。 程なく一同に促されて辜月は人払いの結界を張った。 「本命のはまだかのぅ」 瑠琵は上体を捻って『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)の方に顔を向けた。とらはバイクに跨った状態で手のひらを振って見せた。秘儀の名は伊達ではない。しかし、絶大な効果はそれなりの反動が付き纏う。使用は僅かな時間に限られていた。その為、敵を十分に引き付けなければならない。 「それにしても便利な力だよねぇ。つってもまぁ、時間が短めだから、なるべく早めに終わらせないといけないね」 にひひ、と独特な笑い声で『呪印彫刻士』志賀倉 はぜり(BNE002609)が話に加わった。 周辺に鋭い視線を送っていたシェリーが急に辜月の方に向いた。そして心の声を大にして敵を誘き寄せる方法を提案した。 「え、でも……」 辜月は恥ずかしそうに視線を下げた。シェリーの手を目にした途端、自然に手が伸びる。二人はしっかりと互いの手を握った。カラオケで試した曲を今ならば上手に歌えるかもしれない。心の中で気持ちを確かめ合って共に大きく息を吸い込んだ。 間近で音が爆発した。とらがバイクに乗った状態で立て続けに空吹かしをおこなったのだ。同調するかのように烏の車が重々しい音を重ねる。とても歌える状況ではなかった。理に適った行動と理解しつつもシェリーは少しむくれた。その隣で辜月が安堵したかのような表情を見せるのだった。 ●対決の時 狐面の人物は自然な姿で現れた。祠の方角から巫女装束の出で立ちで、ゆっくりと国道を歩いてきた。小ぶりな身なりを大物の態度で補っているのだろうか。夜目の効くとらは好機を逃さない。逸早く敵の退路を断つ準備に移行した。 「いつもの小童共とは、なにやら違うのう。異国の者がおるのか?」 狐面は一定の間隔を空けて立ち止まる。用心深い行動の片鱗に一同の動きは否応なく制限された。取り逃がすことは任務の失敗を意味する。 「気の昂りのせいやもしれぬ。年端のいかぬ者になにができよう」 狐面は押し殺した笑いで歩を進めた。闇を凝縮したような黒い炎の塊が中空に現れた。五つの人魂の出現に一同の目が一斉に動く。 その反応に狐面は笑い声を上げた。抑える気持ちはないらしい。 「良い目をもっておるのう。まるで、忌まわしい修験者のように!」 恨みの籠った強い口調が開戦を告げた。 その硬化した態度に大げさに天を仰ぐ者がいた。『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)である。 「生者と死者。分かり合うも、交わるも、容易いものではないが」 生佐目は胸に手を当てて流暢に語る。訊かれてもいない補足として『交わる』に不潔な意味がないことを強調した。 「なんとか間に合った!」 とらの大きな声を受けて各々が態度で理解した。外界から切り離された空間は見た目とは裏腹に強固な牢獄と化した。 「皆さん、戦いの指揮は任せてください」 辜月が後方から声を掛けた。単なる言葉の気休めではなく、目に見えて士気が高まった。 「覚悟はできているな?」 効果を体現するかのようにシェリーは凄味のある声を出した。内なる闘志は激しく燃え盛っている様子だった。 「……全てが憎い」 負の感情が冷たい声で対抗する。ゆらりと揺れた黒い人魂は無数の鎖を吐き出し、瞬時に広範囲の乱打を見舞った。命中の精度を著しく欠いて被害は皆無であった。 「……安らかな眠りを。全ての者に安らかな死を」 敵の攻撃は続いて、ほぼ半数に命中した。不吉に見舞われる者もいた。その中、とらは鎖の軌道を完全に見切った。勢いに乗って説得まで試みた。 「そこの狐面は、あんた達の何? あんたらが憎い相手って、ホントはそこの狐面じゃあないの?」 人魂は揺れて口々に呪いの言葉を吐いた。世の全てに災いあれ、と願うかのように声を募らせていった。名指しされた狐面は後方で泰然として構えている。 とらの決断は早かった。上空の三日月が憤怒の赤い眼を見開いた。見紛う程の満月が敵に等しい不吉を解き放つ。逃れる術はなかった。燃え盛る火に冷水を浴びせたかのように人魂は小さくなった。一つは消え入りそうなロウソクの炎を彷彿とさせた。 選択によって戦局が大きく変わるかもしれない。そのような状況に出番が回ってきた。はぜりは困ったという風に笑った。 「説得は無理そうだし、うちは烏を待つことにするよ」 代わりとばかりに周囲の闇に押し潰されそうな人魂が攻撃の鎖を放った。不吉から逃れられた者達に再び不幸が舞い降りた。 「私達は死者の仲間入りをするつもりはない。せめてもの手向けだ――受け取るがいい」 後衛にいて伏し目がちに笑った。敢えて視野が狭くなる横向きで禍々しい漆黒のオーラを見舞う。対象の人魂は小ぶりになった。 攻撃が万遍なく降り注ぐ中、回避に長けた瑠琵だけが無傷であった。動きに制約を受けそうな和装の姿でちょこまかと逃げ回る。愛らしくも恐ろしい能力は夜の眷属らしいとも言える。 「なんとも面妖な」 狐面の物言いに瑠琵は、おぬしの方じゃ、と切り返した。似たような口調と和風姿の共通点が殺伐とした雰囲気を和らげた。周囲の目も心なしか優しくなる。 一度は緩んだ表情を辜月は自ら引き締めた。一部に気を取られて大局を見失ってはならない。全体の負傷の面では軽微でも過半数の者が不吉の渦中にいた。 辜月は意識を高めて癒しの光で全員を包み込んだ。夜を遠ざける輝きは同時に不吉な影をも退けた。一同の前途は明るい。 まだ光が残る中で杏は弦楽器を武器に現れた。ライブハウスのステージを思わせる。差し詰め、敵は観客と言ったところか。長身から挑むような視線を放った。 「こんな状態ではアタシのステージお預けだわ」 舞台袖に身を引く動作で代わりに瑠琵を指名した。わらわかぇ、と自身を指差した。改まった顔で人魂を順繰りに見ていく。一つに定めて威力を伴った影で取り囲んだ。 「ま、待つのじゃ。勝手に逝くな」 制止の声の効果はなく、人魂は急速に収縮。核の部分を辛うじて残した状態で沈黙した。 「心臓に悪いねぇ」 抑揚のない声で烏は言った。何本目かの煙草を吹かしながら凄絶なまでの光の奔流が人魂を蹂躙して焼き尽くす。 「……人間とは思えぬ。馬鹿げておる」 狐面は放心した声を漏らした。態度には余裕が失われ、やたらと周囲を気にする素振りを見せた。 待機していた、はぜりが突進して距離を詰めた。愛用の彫刻刀を奮って旋風を巻き起こす。人魂は風に翻弄されて完全な消滅を迎えた。 狐面は孤立した。抵抗する武器はない。相手の力を押し返す盾もない。気概まで失い、背中を向けて逃げ出した。 「な、なぜ進めぬ」 狐面は空間を掻き毟る。見えない障壁は何人も通しはしない。とらの秘儀は未だ有効であった。 最後の一人が舞台に立った。最後に最高の曲を聴かせる為に狐面に相対した。 「待たせたわね」 振り返った狐面は顔を左右に激しく振った。杏は笑顔で接した。 「最期にアタシのステージを楽しんでね」 楽器を掻き鳴らすと四色の魔光となって狐面に襲い掛かる。一色が額の面を割った。左右に分かれた中から、おかっぱの少女の無垢な笑顔が零れた。目尻には嬉し涙を溜め、身体は淡い光に包まれた。輪郭が保てなくなって、その限界で一言の言葉を残した。 ――ありがとう、と。 ●夜明け 「さて、総仕上げといきますかね」 さすがに煙草は吸っていなかった。烏は一同の先頭に立って祠のある場所に移動した。トンネルを正面にして左手が出入口になっていた。雑草の繁茂を許していても道らしき痕跡はうっすらと分かる。緩やかに曲がりながら下っていくと右に傾いだ鳥居に行き当たった。色は剥げ落ちていて黒い染みが相応の年月を思わせた。 鳥居の先は濃密な闇の溜まり場であった。烏は躊躇うことなく足を踏み入れた。 意外と奥行きはなかった。崩れた石段を数歩上がったところに小ぢんまりとした流れ屋根の祠があった。周辺の木々が風雨から守ってくれたのか。木製に関わらず、目に見えて破損している箇所はなかった。 胸部くらいの高さの屋根に積もった枯葉を烏は手で払った。全員が集結すると身動きに不自由するくらいに狭い空間なので杏は黙って鳥居まで戻った。 誰かの指示は必要なく、各々が自発的に動いた。心持ち空間が広がった。祠は汚れを払われて小ざっぱりとした。区切りとして烏はAFから素焼きの器や清酒を取り出した。事前の用意に一同は感心した様子で声を上げた。 人の手によって祠は神格を取り戻した。信仰の対象に相応しい状態へと居合わせた者達は自然に手を合わせる。 辜月は敬虔な気持ちで祈りを捧げた。付き合ってくれたシェリーに胸中で感謝の気持ちを伝える。付き合わされる身にもなって欲しいものだ、と照れ隠しの愚痴が返ってきた。自然に表情が和らいだ。 はぜりは烏の傍らで手を合わせた。薄目の状態で祠を見つめる。木彫り職人の血が騒ぐのだろうか。合わせた指先が何かを彫り込むような動きをしていた。 「締めは小道の草むしりだな」 烏は当然とばかりに言った。 目を剥いたのは鳥居に寄り掛かっていた杏だった。 「草むしりぃ? やぁよ、やりたい人だけでやれば」 「やってもいいよ」 とらはしゃがんで手当たり次第に抜き始めた。にひひ、と笑って競うように一人が続く。抜いた草の置き場所を決めて思い思いに散っていった。 残された杏は小難しい顔になり、力なく笑った。 「わかったわよ。手伝ってあげるから、さっさと終わらせて皆で帰りましょう」 単純な作業は熱が入り易いのか。一同は黙々と草むしりに勤しんだ。暗視ゴーグルを装着して抜く者までいた。傍目にはかなり怖い状況ではあるが成果は上々であった。 一時間足らずで真新しい道が完成した。埋もれていた敷石が現れて参道らしく見える。残念なことにお稲荷さんを象徴するような物は出て来なかった。 「では、解散する」 他者を労う声が飛び交った。帰りは狐面の少女の話で持ち切りとなった。 後日、イヴの口から事実の一端が明かされた。現場には小さな村があった。痩せた土地の傾斜地で日々の生活は困窮を極めていた。当時の文献では地滑りの災害等で村人が亡くなることも珍しくなかったという。 そのような風土が人柱の悪習を生み出した。童女ばかりが選ばれたのは口減らしとも考えられる。村人の罪悪感は巫女装束で隠された。無理矢理に神の使いにされて何人の子供が犠牲になったのだろうか。今回の事件は複合した思念体がエリューション化して引き起こしたものだった。特定の人物に罪がある訳ではない。 ありがとう、の一言で救われたのは狐面の少女だけではなかった。 一同は厳かな気持ちでブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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