● 新しい靴でどこかに出かけるのは爽快なものだ。足元を彩る靴で道を踏みしめる。風を切って進むと、どこまでも行けるようなそんな気持ちになる。 そんな気持ちであるOLの女性はショッピングセンターにいた。新しい靴を探すためだ。そんな彼女にある靴が目に入る。目に明るい真っ赤なパンプスだ。一目見て気に入ったが値札がない。いぶかしく思いながらも店員に声をかけた。 「すいません。この靴が欲しいんですけど、値段がついてないみたいで」 「あら、少々お待ち下さい。調べてまいります」 店員は値札がないその靴をパソコンで在庫検索し、同じ靴を見つけた。画面に表示されている値段を女性に告げて、買い物は終了した。客は上機嫌で店を後にした。 店員が異変に気付いたのはその夜のこと。店じまいするために在庫を確かめると、今日売ったはずの靴が一足多かった。慌てて思い出してみると、微妙に細工が違う。別の靴と間違えたのかと思ったが、異常はその一足だけで、ほかの在庫はすべて正常だ。 「え? あの靴……、どこから出てきたのかしら? 気持ち悪いわ……」 客に連絡しようとしたが、あの女性は馴染みの客ではない。顔もまともに思い出せないまま、問題はそのまま放置された。 ● 「ちょっとグロテスクな画像を見せることになるから、覚悟してね」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタ達にそう告げると、スライドを映した。 あちこちから息を呑む音が響く。画面に移るのは奇妙な女性の死体。それは一見死んでいるとは考えられないほど健康な女性だった。そう、ある一点を除いては。 「見ての通り足だけが異様に細いでしょ? 他の身体の部分に異常はないのにまるで何かに吸い取られたように足だけが枯れ木のように」 また異様なのはその女性の足にぴったりと赤い靴がはまっていることだった。まるで新品の様に鮮やかで、磨きたての様に光っている。 「今回処分して貰うのはこの靴。こいつはエリューションで、履いた人間の生気を吸い取るの。そして二度とどこにも行けない身体にしてしまい、やがて死に至る」 靴型のエリューションに関わったため、歩けなくなってしまうというのは皮肉が過ぎる。死んでしまっては、もう歩くことは出来ない。被害者の女性は道を踏みしめ歩くために靴を購入したというのに、それに殺されるとはなんという皮肉だろう。イヴの落ち着いた表情にも、悲哀の色が混じる。 「こいつはショッピングセンターに紛れこんで次のターゲットを探している。次の被害者が出る前に処分してやって頂戴。そうしないとあまりにも浮かばれないものね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月16日(金)23:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● こんな昔話がある。 遊びほうけていた女の子は赤い靴に支配され、それから逃れるために足を切り落とされました。 伝わる話の筋はいつも女の子が足を失って終わる。 語り継がれる赤い靴の物語は子供に多くのことを教える。それは因果応報であったり、愚かなことをすると必ず巡って自分のもとにやってくるという戒めであったりする。悪いことはしてはならないと言う教訓の物語。これはそんな寓話だ。 今回、この伝説を想起させる事件が起った。しかし神秘によって起こされる事件はなんの必然性もなければ、因果もなく、そこにあるのはただ理不尽のみだ。地を踏みしめ、人を新しい場所へと導くための靴は、それを履いた人間をどこにもいけない身体にした。 世界の法則は覆されてはならない。 新しい靴で出掛けるとき、風を切って進める当たり前の秩序を乱すことが許されるはずがないのだ。 ● 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)から事件の報告を受けたとき、レイチェルはなんと理不尽な事件だろうと思った。リベリスタという生業であれば、今回より遙かに残虐な事件を見聞きしたこともある。しかし、今回は分かりやすい凄惨さよりも、日常を崩してしまうという点で許しがたかった。 「まったくひどい事件だよ」 『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィール(BNE002411)はつぶやいた。レイチェルの脳裏にはある童謡が浮かぶ。赤い靴を履いた女の子は異人につれられ外国に行ってしまった。この女の子の結末はこの歌では語られていない。しかしこの靴はもっとおぞましい場所へと履いた者を誘う。それは毒の沼のようであり、沈んだ先は暗い暗い深淵だ。もう二度と日の光を浴びることなどできない。 『エリューションバスター』滝沢 美虎(BNE003973)は大げさに怖がっている。 「ほんとだよ! 履いただけで足が枯れ木みたいになっちゃうなんてめっちゃ怖いじゃん!」 身振り手振りを大きくして恐怖をあらわす美虎に、『下策士』門真 螢衣(BNE001036)が微笑む。 「そんなに恐ろしがることはありませんよ。あのエリューションをうまく制御すれば、 余分な脂肪だけを食べさせて足細ダイエットができるかもしれませんね。能力者以外にはお勧めできませんが」 生真面目な『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は螢衣の軽口に眉を顰めた。 「螢衣殿、冗談でもそのようなことは」 「ああ、ごめんなさい。失言でしたね」 「いえ、螢衣殿も場を和ませようとしてくれたのでしょうが。こちらこそ申し訳ない」 アラストールは自身の真面目すぎる性格をよく承知している。そのため些細なことが見逃せない。悪意がないと分かっているのに刺々しい言い方をしてしまった気がして静かに落ち込んだ。 沈んだ空気を察したのか『親不知』秋月・仁身(BNE004092)がその会話に入る。 「まあ、あそこまで細いのはお断りですよね! 早く始末しちゃいましょう!」 仁身の気遣いにアラストールは頬笑み、重苦しい気持ちをひとまず追いやった。 『√3』一条・玄弥(BNE003422)はそんなやりとりの様子を眺めながら、今回の仕事の稼ぎのことを考えていた。玄弥は利益主義の利己主義者だが、仕事だけはきっちりと行う。また、今回は夜のアパートというだけあり、神秘を破壊することとは別の目的もある。 それぞれの思惑を抱いたままリベリスタ達は夜のデパートに足を踏み入れた。 ● 営業時間外のデパートというのは気味が悪い。いつも人々でにぎわっているからこそ、人気がない異常さが際だつ。暗い店内に設置された靴売り場はどうやら四階のようなのでそこから進む。 「うー、なんだかドキドキするよ」 『くまびすはこぶしけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)はそう呟いた。幼いミミルノにとって、深夜のデパートは興味をそそる対象なのだろう。 営業していないのにエレベータを使うと警備会社に連絡が入るかもしれないので、一行は階段を使うことにした。ミミルノはなにやらそわそわしていた。 「でぱちか……。おいしいおかしあるかもっ!」 「あら、おいしそうかもね」 『モンマルトルの白猫』セシル・クロード・カミュ(BNE004055)は色とりどりの料理に想像を巡らせる。思うままに買い食いも楽しいかもしれない。 セシルの行動原理は主に三代欲求にある。睡眠欲、食欲、性欲。今日はたまたま食欲が顔を出した。生来の気分屋は一仕事終わらせると何かおいしいものでもたべようと決意した。 くだらないことを話している内にリベリスタたちは靴売場の階まで昇る。ひとまず手分けをして探すことにした。 結界を張りその上で、電気をつけても大丈夫だろうという判断で、明りを点ける。蛍光灯の明りはさめざめとしていた。 玄弥は意識を集中させ、今回のターゲットの匂いを探る。金の匂いを探るのが得意なように、神秘を探るのはお手の物だ。リベリスタという生業上、神秘は儲けと切っても切り離せない。 棚をゆっくりと見て回る玄弥は、すぐさま金の匂いを嗅ぎつけた。意図的なのか特に隠れてもいない商品の棚にまぎれて平然と存在している様を注意深く観察し、ゆっくりと唇は弧を描いていく。 寛永通宝型のアクセスファンダムをおもむろに口元へ運び、報告を済ませる。 一足先に着いた螢衣が陣形を整える。空間が閉じ、しかしリベリスタはその空間を越え自由な視界を確保する。相手は小さい上に空も飛ぶ。逃げられたら非常にやっかいなので、まずはそれを封じてしまう。 一行が勢揃いし、陣地の作成が完了したところでミミルノがビシッと指を赤い靴へ差した。 「おしおきだよ! かくれてないででてくるの!」 その無邪気な声を聞き届けて、赤い靴はコトリと音を立てて飛び立った。軽快なタップを鳴らし、仲間達を呼びよせる。まもなく配下であろう靴達も現れた。 そして赤い靴を中心に据えて宙に浮き始める。 「おしおきするんだよ! ミミルノがめってしてあげるから! みんなっ、せんとうはいちっ!」 ミミルノが号令を掛ける。幼い彼女だが、リベリスタとしての腕は一人前だ。戦闘指揮の恩恵を前衛の仲間達に贈る。これで素早く小さな靴にも対抗できるだろう。アラストールは静かに自らの能力を高めて戦闘の準備に入った。 「よくもあんなことを」 そうつぶやいたのは、レイチェルだった。彼女はこの事件の痛ましさにもっとも心を痛めている一人だった。 「絶対に許さないわよ! すぐに壊してやるんだから」 翼の加護を発動させる。リベリスタ達の身体は軽く、空を駆るのに充分だ。空中戦への対策も万全になったところで、着々と戦況を整えていく。 しかしそれは赤い靴も変わらない。登場した時の様に軽やかな足音ではなく、重々しい音を響かせる。それは過去の忌々しい記憶を呼び戻すような不快な、そしてこれからの未来さえも恐れてしまう様な不吉な足跡。 『破滅の足跡』は容赦なくリベリスタ達を襲う。鼓膜を奮わせるその音は、大きく響いた。明りを受けて輝く靴の光沢が冷たい。 「小癪な真似をしてくれますね……!」 螢衣が耳を塞ぎながら味方の傷を傷癒術で癒す。治癒を受けた美虎は右端にいた黒のパンプスに肉迫し、炎を帯びた拳をお見舞いする。新品同様だったパンプスは焦げ付き、その汚れに比例するかのように動きが弱くなった。 「みんな! まずはこいつから倒してやろう!」 連携の攻撃を封じるためにも、一体一体つぶしていくしかない。事前に得た情報に依ると、回復能力も持っているおそれがある。膠着状態に陥らないためにも、確実に倒す必要がある。 美虎の呼びかけに応え、シセルがしなやかな動きで飛びだす。 「なんだか眠くなってきちゃった……。早く終わらせるわよ」 気だるそうに呟き、連撃が冴えわたる。バウンテンショットでパンプスのかかとを狙い撃ちする。 「かかとのないパンプスなんて、サンダルと一緒よね。みじめだわ」 集中砲撃を浴びせる中、赤い靴が援助に向かおうとしたのか飛び立つが、その前にアラストールが立ちふさがる。長い髪がサラリと流れた。 「おっと、ここは通しませんよ」 正義の剣が炸裂する。ジャスティスキャノンによる挑発に赤いパンプスはまんまと乗ってきた。アラストールの思惑どおりにタップダンスを奏でる。軽やかで不気味なその舞踊に耐えながら、パーフェクトガードで高めた自らの身体で仲間の壁となる。 「ここは私が食い止めます! そちらはよろしくお願いします!」 赤い靴を中心にしていた隊列が崩れ、応戦する靴達。 初めに黒いパンプスが力尽きる。ひとつ、またひとつと数が減っていく。時折り靴も回復を織り交ぜるが、それで防ぎきれる攻撃であろうはずもない。 囮役を買って出てくれたアラストールを時折り回復しながら、戦局はすでに決した。 「さあ、どうする?」 美虎が挑発的に赤い靴に投げ掛けた。だが靴の表情はどこまでも無機質で感情を読みとることが出来なかった。 靴は恭順する姿勢を見せず、あくまで抗うつもりのようだ。靴磨きで自分を整え、 耳障りな足音を高らかに響かせる。被害者の女性はもう二度と足音を生み出すことが出来ないというのに。それを引き起こした神秘はあざ笑うように軽やかにタップを踏むのだ。 「貴様!」 憤慨するアラストールに対して、玄弥が撫でるような声で落ち付くように促す。不気味にも聞こえるその声には動揺などない。むしろ夜の湖の様な静けささえ満ちている。 「あんまり熱くなるもんじゃありやせんよ。しょせん相手は汚物でさあ」 感情がないはずのエリューションが『汚物』という蔑称が分かるのだろうか。赤い靴は玄弥に向き直る。 「靴なんぞ人間様の相手にもならんわな」 あくまで道具としての立場を強調するようなその嘲りに、赤い靴は逆上して襲い掛かる。 感性を研ぎ澄ました玄弥はそれを交わし、一撃をおみまいする。 「靴は地べたを這ってるのがお似合いやわ」 すでに回復する力も尽きたか、壊れかけた赤い靴を、アラストールが捉えた。それは怒りに燃えた彼女の鉄槌。理不尽を拒否する意思に満ちた裁き。 「靴職人曰く、靴には血が通い命が宿る――。歩みは人の人生そのもの。だがお前は失格だ。貴様は人の運命の運び手ではなく、簒奪者である故に」 平凡な女性の軌跡を破壊した赤い靴は、アラストールの剣によってその道理に合わぬ存在を無に帰した。無秩序を裁く剣は、こうして再び秩序をもたらしたのである。 ● 床に無残に投げ出された赤い靴はもう主人を取ることはない。 「やった、勝ったんだね!」 レイチェルが喜びの声を上げる。もはや持ち主を蝕む靴はいない。脅威は退けられたのだった。 そこに勝利に湧くなか、たたずむ影がひとつ。 「もしかしたら、誰かにはいて貰いたかっただけなのかも知れないね……。ただやり方を間違えただけで」 美虎はもう誰にも目を止められることもないであろう残骸を見て思った。 「どうした美虎殿」 アラストールがうつむく美虎に声を掛ける。 「ううん、なんでもないよ」 「さあ、何か食べましょう」 「わーいデパちか! ししょく!」 ミミルノの頭の中はすでに食べることでいっぱいのようだ。美虎はひとつ笑って賑やかな仲間達の輪の中へと入っていった。 その後あまりにミミルノが希望するのでデパ地下を見て回ったが、営業時間外では当然試食は行っておらず、項垂れるミミルノの姿があった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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